説明

ゲル状体及びその製造方法

【課題】高弾性で高い耐熱性を有するゲル状体及びその製造方法を提供すること
【解決手段】本発明のゲル状体は、セルロースナノファイバーと液状の有機媒体とを含み、該有機媒体が水よりも20℃における蒸気圧が小さく、含水率が50質量%以下である。前記有機媒体としては親水性有機媒体を用いることができる。また、本発明のゲル状体の製造方法は、セルロースナノファイバーと有機媒体とを分散媒中で混合してゲル前駆体を得、該ゲル前駆体から該分散媒を除去する工程を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースナノファイバー及び液状の有機媒体を含有した、高弾性で高い耐熱性を有するゲル状体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲル材料(ゲル状体)は、三次元に架橋された高分子ネットワークを有し、該高分子ネットワークの内部に水又は有機溶媒を含んで膨潤したソフトマテリアルであり、水をゲル化したものはハイドロゲル、有機溶媒をゲル化したものはオルガノゲル等と呼ばれる。ゲル材料は、従来、紙おむつ、コンタクトレンズ、高吸水性樹脂、徐放剤等の日用品や、食品、化粧品等に利用されており、近年では、ハップ剤やドラッグデリバリーシステム、再生医療基材等の医療用材料、リチウムイオンポリマー電池等の電子材料、衝撃吸収剤や制振・防音材料等、その応用は多岐にわたる。ところが、ゲル材料は一般に機械強度が低く、わずかな応力で破壊されてしまうため、安定な機械強度を必要とする用途には適さない。安定な機械強度を必要とする用途に適したゲル材料としては、高弾性で高い耐熱性を有するゲル材料が挙げられる。
【0003】
また、従来、有限な資源である石油由来の高分子材料が多用されていたが、近年、環境に対する負荷の少ない技術が脚光を浴びるようになり、斯かる技術背景の下、天然に多量に存在するバイオマスであるセルロース繊維を使った材料が注目され、これに関して種々の改良技術が提案されている。例えば特許文献1には、ナノサイズの繊維径をもったセルロース繊維(セルロースナノファイバー)に関する発明が開示されており、セルロースナノファイバーを水や親水性有機溶媒に分散した分散液が開示されている。また特許文献1には、特許文献1に記載のセルロースナノファイバーがゲル化剤として使用できる可能性がある旨記載されているが、具体的なゲル材料の製造方法やその機械強度については記載されていない。
【0004】
また特許文献2には、高い強度を有する乾燥皮膜を形成することができ、接着剤、塗料、ワックス又はそれらの製造原料として適用可能な樹脂組成物として、セルロースナノファイバーと樹脂とを含む樹脂組成物が開示されている。但し、特許文献2には、セルロースナノファイバーを用いて有機媒体をゲル化できることは開示されていない。
【0005】
また特許文献3には、セルロースナノファイバー及び水を含むゲル状組成物が開示されている。また特許文献4には、ある荷重領域で荷重の増加につれて摩擦力が降下する挙動を示すオルガノゲルとして、網目状高分子中に有機溶媒を含んでなるオルガノゲルが開示されている。
【0006】
特許文献1及び3は、セルロースナノファイバーを用いたゲル状体について言及している。このうち、特許文献3に記載のゲル状組成物は、水を多く含んだハイドロゲルであって、特許文献3に記載の技術を利用しても、セルロースナノファイバー及び液状の有機媒体を十分に含むゲルを得ることは困難である。また、特許文献3に記載のゲル状組成物は、多量の水を含み、セルロースナノファイバーが分散性を有する主原因である静電反発力(即ち、後述するセルロース繊維に含まれるカルボキシル基の解離による負電荷)が維持されているため、弾性が低く流動性に富んだゲルとなりやすく、安定な機械強度を必要とする用途に適しているとは言い難い。
【0007】
また、特許文献1及び3に記載のゲル状組成物は、好ましい組成として水を多く含むため、ゲル表面からの水分の揮発により大気中で一定の形状や物性を保つことが困難であり、これに起因して、水が液体として存在できる温度以上での使用が困難である等の耐熱性の問題から、実用上の課題が改善されているとは言い難い。
【0008】
また従来、ゲル状体として、増粘剤等として使用される各種高分子(カルボキシメチルセルロース、アルギン酸ナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム等)をゲル化剤として用いて得られる、物理ゲルと、溶媒中でポリマーを重合反応又は架橋反応させることで該溶媒をゲル化して得られる、化学ゲルとが知られているところ、物理ゲルは、高分子間の架橋点が固定されていないため、高温領域でゾル化しやすい、溶媒と高分子とが分離する等、耐熱性に課題を有しており、化学ゲルは、その製造時において反応制御や均一なゲルを得ることが困難で、機械強度の低いゲルとなるおそれがある。
【0009】
また、特許文献4に記載のオルガノゲルは、主にシリコーンオイル等の有機溶媒を網目状高分子によりゲル化したものであるところ、ゲル化剤として用いられる高分子はポリシロキサン等の従来から用いられてきたポリマーであり、耐熱性、機械強度に課題を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−1728号公報
【特許文献2】特開2009−197122号公報
【特許文献3】特開2010−37348号公報
【特許文献4】国際公開第2004/015012号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って本発明の課題は、高弾性で高い耐熱性を有するゲル状体及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、セルロースナノファイバーを用いた新規なゲル状体について種々検討した結果、後述する方法によって得られる特定のセルロースナノファイバーと水よりも20℃における蒸気圧の低い液状の有機媒体を含むゲル状体が、高弾性で高い耐熱性を有することを知見した。
【0013】
本発明は、前記知見に基づきなされたもので、セルロースナノファイバーと液状の有機媒体とを含むゲル状体であって、該有機媒体が水よりも20℃における蒸気圧が小さく、含水率が50質量%以下であるゲル状体を提供することにより、前記課題を解決したものである。
【0014】
また本発明は、前記ゲル状体の製造方法であって、セルロースナノファイバーと有機媒体とを分散媒中で混合してゲル前駆体を得、該ゲル前駆体から該分散媒を除去する工程を有するゲル状体の製造方法を提供することにより、前記課題を解決したものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明のゲル状体は、高弾性で高い耐熱性を有するゲル状体であり、機械強度や耐熱性を要求されるゲル材料として、化学、医療、電子・電気、建築、薬学、農業等の分野において有用である。また、本発明のゲル状体の製造方法は、斯かる特性を有する本発明のゲル状体を安定的に提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のゲル状体は、セルロースナノファイバーと液状の有機媒体とを含み、該有機媒体が水よりも20℃における蒸気圧が小さく、且つ含水率が50質量%以下のものである。本発明のゲル状体は、高弾性、高耐熱性で機械強度が強く、引張、曲げ、捻りに対して柔軟で、変形後の復元性が高い。
【0017】
本発明のゲル状体は、広範な温度領域で一定のゲル物性を維持し得る高い耐熱性を有していることが好ましく、斯かる観点から、弾性率の温度依存性が小さいことが好ましい。より具体的には、温度25〜110℃の範囲における、弾性率の変化率(以下、弾性率の温度依存性変化率ともいう)が0.5〜5、特に0.7〜4、とりわけ0.9〜1.5であることが好ましい。弾性率の温度依存性変化率とは、後述する方法によって測定されるゲル状体の動的粘弾性における貯蔵弾性率の変化を表すものであり、その値が1に近いほど温度によるゲル物性の変化が少ない、即ち耐熱性が高いことを意味する。
【0018】
また、本発明のゲル状体は、ゲルの状態を長期に亘って維持し得る高い形状安定性を有していることが好ましく、斯かる観点から、弾性率の周波数依存性が小さいことが好ましい。より具体的には、本発明のゲル状体は、周波数0.01〜10Hzの範囲における、弾性率の変化率(以下、弾性率の周波数依存性変化率ともいう)が0.1〜20、特に0.5〜10、とりわけ0.8〜5であることが好ましい。弾性率の周波数依存性変化率とは、後述する方法によって測定されるゲル状体の動的粘弾性における貯蔵弾性率の変化を表すものであり、その値が1に近いほど周波数によるゲル物性の変化が少ないことを意味する。弾性率の周波数依存性変化率が斯かる範囲にある本発明のゲル状体は、外力が加えられてもゾル化し難く、高弾性なゲルの状態を長期に亘って維持し得る。
【0019】
また、本発明のゲル状体は、ゲルの状態を有していることが好ましく、斯かる観点から、損失正接(tanδ)が小さいことが好ましい。損失正接とは、後述する方法によって測定されるゲル状体の動的粘弾性における測定正弦歪み波と検出正弦応力波との間の位相差δのtan値で、物理的な意味合いは粘性応答/弾性応答比である。損失正接の値は損失弾性率/貯蔵弾性率で定義され、その値(tanδ値)が1より大きければ粘性応答が支配的で、1より小さければ弾性応答が支配的ということになる。ゲルについては、tanδ値が小さいほど固体的なゲルであることを意味する。より具体的には、本発明のゲル状体は、損失正接が0.6未満、特に0.1未満、とりわけ0.07未満であることが好ましい。一般に、ゲルは損失正接が1未満であり、高分子(本発明においてはセルロースナノファイバー)によって溶媒を不動化している状態と考えられているが、外力の負荷(大きな歪みや周波数領域)によって損失正接1以上、即ち流動化したゾル状態となるものもある。損失正接(tanδ)が斯かる範囲にある本発明のゲル状体は、高弾性、高耐熱性で機械強度が強く、引張、曲げ、捻りに対して柔軟で、変形後の復元性が高い。
【0020】
同様の観点から、本発明のゲル状体は損失正接の温度変化率が小さいことが好ましい。より具体的には、25℃における損失正接値(E)及び110℃における損失正接値(F)から定義される、F/Eが0.1〜5、特に0.4〜2、とりわけ0.5〜1.5であることが好ましい。損失正接値E及びFは、下記測定方法(ii)で測定される。損失正接の変化率が斯かる範囲にある本発明のゲル状体は、温度変化に依らず高弾性のゲル状態を維持し得る。
【0021】
前記の貯蔵弾性率、損失弾性率及び損失正接は、例えば回転型レオメーター(装置:MCR300、PHYSICA社製)を用いて測定される。測定セルは直径25mmのパラレルプレートでサンプル厚みは0.5〜1mmであった。ゲルサンプルの測定にあたっては、測定セル表面とサンプルと界面での滑りの抑制、及び熱膨張によるサンプル厚みの変化に対応するため、セル表面を介してサンプルに1N程度の力が加わる測定制御モードを選択して用いた。本発明のゲル状体は、揮発成分の蒸発により物性が変化し難いものであることから、斯かるゲル状体の特徴を考慮し、レオロジー測定は温度制御した乾燥窒素ガス(液体窒素を気化させたもの)を測定セル部に流しながら行った。また、サンプルからの揮発成分の蒸発程度を見積もれるよう、測定は、予め25℃に制御した測定セルにサンプルをマウントし、最初に弾性率の周波数依存性変化率(周波数依存性)を下記測定方法(i)に従って測定し、続いて弾性率の温度依存性変化率(温度依存性)を下記測定方法(ii)に従って測定した。損失正接は、下記測定方法(ii)における25℃での測定値を使用した。
【0022】
測定方法(i):弾性率の周波数依存性変化率(周波数依存性)は、温度25℃、線形歪みにおいて、0.01Hzから100Hzへ変動させたときに測定される0.01Hzにおける貯蔵弾性率(C)及び10Hzにおける貯蔵弾性率(D)から、D/Cで定義する。
測定方法(ii):弾性率の温度依存性変化率(温度依存性)は、線形歪み、周波数2Hzにおいて、2.5℃/分で25℃から110℃へ昇温したときに測定される25℃における貯蔵弾性率(A)及び110℃における貯蔵弾性率(B)から、B/Aで定義する。尚、昇温過程での弾性率の低下が大きく、同条件で110℃まで測定できなかったゲル状体の弾性率の変化率は0とした。
【0023】
本発明のゲル状体は、高弾性のゲルであることが好ましく、斯かる観点から貯蔵弾性率の値が大きいことが好ましい。より具体的には、前記測定方法(ii)で測定される25℃での貯蔵弾性率が102Pa以上、特に103Pa以上、とりわけ104Pa以上が好ましい。貯蔵弾性率が斯かる範囲にある本発明のゲル状体は、高強度なゲルとして用いることができる。
【0024】
また、本発明のゲル状体は、内包する有機媒体が加熱によって溶出し難い、高い耐熱性を有していることが好ましく、より具体的には、下記測定方法により測定される有機媒体の溶出量が50質量%以下、特に20質量%以下、とりわけ5%以下であることが好ましい。
【0025】
<有機媒体の溶出量の測定方法>
測定対象のゲル状体を槽内温度105℃に設定された恒温槽内に30分間放置することで加熱する。この操作は、例えば、ガラスシャーレに約2gのゲル状体を収容し、このガラスシャーレごと恒温槽内に入れて30分間放置することで実施できる。30分後、ガラスシャーレを恒温槽から取り出し、ゲル状体の温度が室温になるまで室温下で放置する。その後、ゲル状体の表面の溶出物(有機媒体等)を除去してから、該ゲル状体の質量を測定し、その測定値(質量B)を記録する。溶出物の除去は、例えば、ゲル状体を紙(例えば、日本製紙クレシア製のキムワイプ)で挟む等して、ゲル状体の表面の溶出物を紙に吸収させることによって実施することができる。そして、前記質量Bと、予め測定したゲル状体の加熱前の質量(質量A、前記具体例では約2g)とから、次式により有機媒体の溶出量を算出する。
有機媒体の溶出量(%)={(A―B)/A}×100
【0026】
また、本発明のゲル状体は、高弾性で高い耐熱性を有していることに加えて、柔軟性を有していることが好ましく、斯かる観点から、ASTM D 2240の規格に準拠する方法で測定される硬度が20度以下、特に0.1 〜15度、とりわけ1〜10度であることが好ましい。硬度は一般に用いられるゴム、プラスチック用硬度計(例えば、ゴム硬度計GS−709 Aタイプ、株式会社テクロック製)を用いて測定される。
【0027】
本発明のゲル状体は、必須成分として、セルロースナノファイバーと液状の有機媒体とを含んでいる。本発明においては、ゲル状体にこれら2成分が含有されていれば良く、その含有形態は特に制限されず、ゲル状体が所定の物性を有しうる範囲で適宜の含有形態を選択することができる。以下に各成分について詳細に説明する。
【0028】
本発明で用いるセルロースナノファイバーは、液状の有機媒体をゲル化するゲル化剤として機能するもので、前述した本発明のゲル状体の諸特性、特に高弾性、高耐熱性を発現させる上で、重要な役割を果たす成分である。本発明のゲル状体は、セルロースナノファイバーによる網目状のネットワークが形成する多数の微小な空間に、液状の有機媒体が保持される構造を有し、斯かる構造に起因して高弾性で耐熱性の高いゲル状体となっていると考えられる。
【0029】
本発明のゲル状体におけるセルロースナノファイバーの含有量は、所定の性質を有しうる範囲で任意に設定することができるが、ゲル状体に高弾性、高耐熱性という特性を付与することに加えて、ゲル状体の柔軟性や透明性を両立する観点から、0.1〜90質量%が好ましく、特に1〜50質量%、とりわけ2〜20質量%が好ましい。特に、以下に説明するセルロースナノファイバー(平均繊維径及びカルボキシル基含有量が特定範囲にあるセルロースナノファイバー)を用いることで、0.1質量%という極めて少量のセルロースナノファイバー含有量であっても、高弾性、高耐熱性のゲル状体が得られる。尚、ゲル状体の透明性は、主として液状の有機媒体自体の透明性に由来するものであり、セルロースナノファイバーは、透明性の高い液状の有機媒体を用いた場合に、その有機媒体の高い透明性を損なわずに、高弾性、高耐熱性を実現する。斯かる観点から、ゲル状体の透過率は、70〜100%、特に80〜100%、とりわけ90〜100%であることが好ましい。透過率は紫外可視分光硬度計(例えば、紫外可視分光硬度計U−3310、島津製作所(株)製)を用いて、波長660nmでの透過率で測定することで評価できる。尚、透過率が低い液状の有機媒体を用いた場合、ゲル状体の透過率は斯かる範囲外になることもある。
【0030】
本発明で用いるセルロースナノファイバーは、好ましくは平均繊維径が200nm以下であり、更に好ましくは50nm以下、特に好ましくは10〜1nmである。平均繊維径は下記測定方法により測定される。
【0031】
<平均繊維径の測定方法>
固形分濃度で0.0001質量%のセルロース繊維に水を加えて分散液を調製し、該分散液を、マイカ(雲母)上に滴下して乾燥したものを観察試料として、原子間力顕微鏡(NanoNaVi IIe, SPA400,エスアイアイナノテクノロジー(株)製、プローブは 同社製 SI−DF40Alを使用)を用いて、該観察試料中のセルロース繊維の繊維高さを測定する。セルロース繊維が確認できる顕微鏡画像において、セルロース繊維を5本以上抽出し、それらの繊維高さから平均繊維径を算出する。一般に高等植物から調製されるセルロースナノファイバーの最小単位は36×36の分子鎖がほぼ正方形の形でパッキングされていることから、前記原子間力顕微鏡画像で分析できる高さを繊維の径と見なすことができる。
【0032】
本発明で用いるセルロースナノファイバーは、平均アスペクト比(繊維長/繊維径)が、好ましくは10〜1000、更に好ましくは10〜500、特に好ましくは100〜350である。平均アスペクト比が斯かる範囲にあるセルロースナノファイバーを本発明のゲル状体の材料として用いることで、後述する方法によって得られる該セルロースナノファイバーと液状の有機媒体とを含むゲル状体において、少ない該セルロースナノファイバーの含有率でも高い弾性や耐熱性が奏される。平均アスペクト比は下記測定方法により測定される。
【0033】
<平均アスペクト比の測定方法>
平均アスペクト比は、セルロース繊維に水を加えて調製した分散液(セルロース繊維の質量濃度0.005〜0.04質量%)の粘度から算出する。分散液の粘度は、レオメーター(MCR、DG42(二重円筒)、PHYSICA社製)を用いて20℃で測定する。分散液のセルロース繊維の質量濃度と分散液の水に対する比粘度との関係から、下記式(1)によりセルロース繊維のアスペクト比を逆算し、これを平均アスペクト比とする。下記式(1)は、The Theory of Polymer Dynamics,M.DOI and D.F.EDWARDS,CLARENDON PRESS・OXFORD,1986,P312に記載の剛直棒状分子の粘度式(8.138)と、Lb2×ρ=M/NAの関係〔式中、Lは繊維長、bは繊維幅(セルロース繊維断面は正方形とする)、ρはセルロース繊維の濃度(kg/m3)、Mは分子量、NAはアボガドロ数を表す〕から導出される。尚、粘度式(8.138)において、剛直棒状分子=セルロース繊維とした。また、下記式(1)中、ηSPは比粘度、πは円周率、lnは自然対数、Pはアスペクト比(L/b)、γ=0.8、ρSは分散媒の密度(kg/m3)、ρ0はセルロース結晶の密度(kg/m3)、Cはセルロースの質量濃度(C=ρ/ρS)を表す。
【0034】
【数1】

【0035】
本発明で用いるセルロースナノファイバーは、該セルロースナノファイバーが平均繊維径200nm以下という微小な繊維径を安定的に有するようになる観点、及び本発明のゲル状体の諸物性の観点から、カルボキシル基含有量(該セルロースナノファイバーを構成するセルロースのカルボキシル基含有量)が0.1〜3mmol/gであることが好ましく、特に0.4〜1.8mmol/g、とりわけ0.6〜1.5mmol/gであることが好ましい。カルボキシル基含有量は下記測定方法により測定される。
【0036】
<カルボキシル基含有量の測定方法>
乾燥質量0.5gのセルロース繊維を100mlビーカーにとり、イオン交換水を加えて全体で55mlとし、そこに0.01M塩化ナトリウム水溶液5mlを加えて分散液を調製し、セルロース繊維が十分に分散するまで該分散液を攪拌する。この分散液に0.1M塩酸を加えてpHを2.5〜3に調整し、自動滴定装置(AUT−50、東亜ディーケーケー(株)製)を用い、0.05M水酸化ナトリウム水溶液を待ち時間60秒の条件で該分散液に滴下し、1分ごとの電導度及びpHの値を測定し、pH11程度になるまで測定を続け、電導度曲線を得る。この電導度曲線から、水酸化ナトリウム滴定量を求め、次式により、セルロース繊維のカルボキシル基含有量を算出する。
カルボキシル基含有量(mmol/g)=水酸化ナトリウム滴定量×水酸化ナトリウム水溶液濃度(0.05M)/セルロース繊維の質量(0.5g)
【0037】
前記カルボキシル基含有量は、特に、平均繊維径が好ましくは200nm以下という微小な繊維径のセルロースナノファイバーを安定的に得る上で重要な要素である。即ち、天然セルロースの生合成の過程においては、通常、ミクロフィブリルと呼ばれるナノファイバーがまず形成され、これらが多束化して高次な固体構造を構築しているところ、本発明で用いるセルロースナノファイバーは、後述するように、これを原理的に利用して得られるものであり、天然由来のセルロース固体原料においてミクロフィブリル間の強い凝集力の原動となっている表面間の水素結合を弱めるために、その一部を酸化し、カルボキシル基に変換することによって得られる。従って、セルロースに存在するカルボキシル基の量の総和(カルボキシル基含有量)が多い方が、より微小な繊維径として安定に存在することができ、また水中においては、電気的な反発力が生じることにより、ミクロフィブリルが凝集を維持せずにばらばらになろうとする傾向が高まり、ナノファイバーの分散安定性がより増大する。前記カルボキシル基含有量が0.1mmol/g未満では、繊維径200nm以下という微小な繊維径をもつナノファイバーとして得られ難くなり、また、水等の極性溶媒中における分散安定性が低下するおそれがある。
【0038】
尤も、本発明で用いるセルロースナノファイバーは、前記カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gの範囲内にあることを要しない。例えば、セルロースナノファイバーと他のゲル状体構成成分(液状の有機媒体、分散媒等)との親和性を向上させる等の目的で、前記カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gであるセルロースナノファイバーに化学変性処理を施し、そのセルロースに存在するカルボキシル基の一部を他の変性基へ誘導体化しても構わない。このような化学変性処理により得られる変性セルロースナノファイバーには、前記カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gの範囲外であるものも含まれる可能性があるが、そのような変性セルロースナノファイバーであっても本発明で好適に用いられる。
【0039】
セルロースナノファイバーのカルボキシル基に対する化学変性処理の例としては、アルキル基(メチル基、エチル基、プロピル基、2−プロピル基、ブチル基、2−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、ミリスチル基、パルミチル基、ステアリル基等)とのカルボン酸エステル化又はカルボン酸アミド化等が挙げられる。また、セルロースナノファイバー表面における水酸基に対して化学変性処理を行ってセルロースナノファイバー誘導体を得てもよい。セルロースナノファイバーの水酸基に対する化学変性処理の例としては、アシル基(アセチル基、アクリロイル基、メタクリロイル基、プロピオニル基、プロピオロイル基、ブチリル基、2−ブチリル基、ペンタノイル基、ヘキサノイル基、ヘプタノイル基、オクタノイル基、ノナノイル基、デカノイル基、ウンデカノイル基、ドデカノイル基、ミリストイル基、パルミトイル基、ステアロイル基、ピバロイル基、ベンゾイル基、ナフトイル基、ニコチノイル基、イソニコチノイル基、フロイル基、シンナモイル基等)、イソシアネート基(2−メタクリロイルオキシエチルイソシアノイル基等)、アルキル基(メチル基、エチル基、プロピル基、2−プロピル基、ブチル基、2−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、ミリスチル基、パルミチル基、ステアリル基等)、オキシラン基、オキセタン基、チイラン基、チエタン基等とのエステル化又はエーテル化等が挙げられる。このような各種の化学変性処理によって得られたセルロースナノファイバー誘導体は、未変性のセルロースナノファイバーに対して親疎水性が変化することに起因して、ゲル状体に用いる有機媒体や分散媒中での分散性が向上する場合があり、必要に応じて任意に選択することができる。
【0040】
本発明で用いるセルロースナノファイバーは、例えば次の方法により製造することができる。即ち、本発明で用いるセルロースナノファイバーは、天然セルロース繊維を酸化して反応物繊維を得る酸化反応工程、及び該反応物繊維を微細化処理する微細化工程を含む製造方法により得ることができる。以下に各工程について詳細に説明する。
【0041】
前記酸化反応工程では、先ず、水中に天然セルロース繊維を分散させたスラリーを調製する。スラリーは、原料となる天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して約10〜1000倍量(質量基準)の水を加え、ミキサー等で処理することにより得られる。天然セルロース繊維としては、例えば、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ等の木材パルプ;コットンリンター、コットンリントのような綿系パルプ;麦わらパルプ、バガスパルプ等の非木材系パルプ;バクテリアセルロース等が挙げられ、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。天然セルロース繊維は、叩解等の表面積を高める処理が施されていても良い。
【0042】
次に、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒として天然セルロース繊維を酸化処理して反応物繊維を得る。セルロースの酸化触媒として使用可能なN−オキシル化合物としては、例えば、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(以下、TEMPOとも表記する)、4−アセトアミド−TEMPO、4−カルボキシ−TEMPO、4−フォスフォノオキシ−TEMPO等を用いることができる。これらN−オキシル化合物の添加は触媒量で十分であり、通常、原料として用いた天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して0.1〜10質量%となる範囲である。
【0043】
前記天然セルロース繊維の酸化処理においては、酸化剤(例えば、次亜ハロゲン酸又はその塩、亜ハロゲン酸又はその塩、過ハロゲン酸又はその塩、過酸化水素、過有機酸等)と、共酸化剤(例えば、臭化ナトリウム等の臭化アルカリ金属)とを併用する。酸化剤としては、特に、次亜塩素酸ナトリウムや次亜臭素酸ナトリウム等のアルカリ金属次亜ハロゲン酸塩が好ましい。酸化剤の使用量は、通常、原料として用いた天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して約1〜100質量%となる範囲である。また、共酸化剤の使用量は、通常、原料として用いた天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して約1〜30質量%となる範囲である。
【0044】
また、前記天然セルロース繊維の酸化処理においては、酸化反応を効率良く進行させる観点から、反応液(前記スラリー)のpHは9〜12の範囲で維持されることが望ましい。また、酸化処理の温度(前記スラリーの温度)は、1〜50℃において任意であるが、室温で反応可能であり、特に温度制御は必要としない。また、反応時間は1〜240分間が望ましい。
【0045】
前記酸化反応工程後、前記微細化工程前に精製工程を実施し、未反応の酸化剤や各種副生成物等の、前記スラリー中に含まれる反応物繊維及び水以外の不純物を除去する。反応物繊維は通常、この段階ではナノファイバー単位までばらばらに分散していないため、精製工程では、例えば水洗とろ過を繰り返す精製法を行うことができ、その際に用いる精製装置は特に制限されない。こうして得られる精製処理された酸化セルロース繊維(もしくはセルロースナノファイバー中間体と呼ぶ)は、通常、適量の水を含浸させた状態で次工程(微細化工程)に送られるが、必要に応じ、乾燥処理した繊維状や粉末状としても良い。
【0046】
前記微細化工程では、前記精製工程を経た反応物繊維を水等の溶媒中に分散させ微細化処理を施す。この微細化工程を経ることにより、平均繊維径及び平均アスペクト比がそれぞれ前記範囲にあるセルロースナノファイバーが得られる。
【0047】
前記微細化処理において、分散媒としての溶媒は通常は水が好ましいが、水以外にも目的に応じて水に可溶な有機溶媒(アルコール類、エーテル類、ケトン類等)を使用しても良く、これらの混合物も好適に使用できる。また、微細化処理で使用する分散機としては、例えば、離解機、叩解機、低圧ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、グラインダー、カッターミル、ボールミル、ジェットミル、短軸押出機、2軸押出機、超音波攪拌機、家庭用ジューサーミキサー等を用いることができる。また、微細化処理における酸化セルロース繊維の固形分濃度は50質量%以下が好ましい。該固形分濃度が50質量%を超えると、分散に極めて高いエネルギーを必要とするため好ましくない。
【0048】
前記微細化工程後に得られるセルロースナノファイバーの形態としては、必要に応じ、固形分濃度を調整した懸濁液状(目視的に無色透明又は不透明な液)、あるいは乾燥処理した粉末状(但し、セルロースナノファイバーが凝集した粉末状であり、セルロース粒子を意味するものではない)とすることもできる。尚、懸濁液状にする場合、分散媒として水のみを使用しても良く、水と他の有機溶媒(例えば、エタノール等のアルコール類)や界面活性剤、酸、塩基等との混合溶媒を使用しても良い。
【0049】
このような天然セルロース繊維の酸化処理及び微細化処理により、セルロース構成単位のC6位の水酸基がアルデヒド基を経由してカルボキシル基へと選択的に酸化され、好ましくは平均繊維径が200nm以下にまで微細化された、高結晶性セルロース繊維を得ることができる。この高結晶性セルロース繊維は、セルロースI型結晶構造を有している。これは、本発明で用いるセルロースナノファイバーが、I型結晶構造を有する天然由来のセルロース固体原料が表面酸化され微細化された繊維であることを意味する。即ち、天然セルロース繊維は、その生合成の過程において生産されるミクロフィブリルと呼ばれる微細な繊維が多束化して高次な固体構造を構築しており、そのミクロフィブリル間の強い凝集力(表面間の水素結合)を、前記酸化処理によるアルデヒド基あるいはカルボキシル基の導入によって弱め、更に前記微細化処理を経ることで、セルロースナノファイバーが得られる。そして、前記酸化処理の条件を調整することにより、前記カルボキシル基含有量を所定範囲内にて増減させ、極性を変化させたり、該カルボキシル基の静電反発や前記微細化処理により、セルロース繊維の平均繊維径、平均繊維長、平均アスペクト比等を制御することができる。
【0050】
このように得られたセルロースナノファイバーを固形分1質量%に希釈した水分散液は、高弾性のゲル状体を得る観点から、光透過率が40%以上であることが好ましく、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは80%以上である。セルロースナノファイバーの水分散液の透過率は、前述したゲル状体の透過率の測定方法と同様の方法で測定できる。
【0051】
本発明のゲル状体は、セルロースナノファイバーに加えて、液状の有機媒体を必須成分とする。本発明のゲル状体は、前記セルロースナノファイバーをゲル化剤として用いた、物理ゲルであるとも言える。本発明のゲル状体は、物理ゲルでありながら、従来の物理ゲルのように耐熱性の課題を有しておらず、前述したように高弾性で耐熱性が高いという特長を有している。
【0052】
本発明で用いる液状の有機媒体としては、水よりも20℃における蒸気圧が小さいことを特徴とし、本発明のゲル状体が使用される温度領域(通常1〜150℃)で液状である有機物質であれば特に制限なく用いることができ、親水性有機媒体でも疎水性有機媒体でも良い。特に、本発明のゲル状物に高弾性、高耐熱性という特性を付与することに加えて、ゲル状体の柔軟性や透明性を両立する観点から、液状の有機媒体としては親水性有機媒体が好ましい。
【0053】
本発明のゲル状体は、液状の有機媒体が水よりも20℃における蒸気圧が小さいことが好ましい。液状の有機媒体の20℃における蒸気圧(mmHg、20℃)をP1、水の20℃における蒸気圧(17.5mmHg、20℃)をPwとした場合、P1/Pwは、好ましくは0.001〜0.9、更に好ましくは0.001〜0.5である。P1/Pwが斯かる範囲にあることで、高温(水の沸点以上)でも形状や物性を維持し得る、高耐熱性のゲル状体が得られる。
【0054】
本発明で用いる液状の有機媒体は、親水性でも疎水性でも良い。液状の親水性有機媒体としては、例えば、グリセリン、2−ブタノール、2-メチル−1−プロパノールグリセリン、1−ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等のアルコール類、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、コハク酸メチルジグリコールエステル等のエステル類、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド類、ポリエチレングリコール、ポリメチレンオキシド等のポリオキシド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムエチルスルファート等のイオン液体、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、プロピオニトリル等が挙げられる。液状の疎水性有機媒体としては、例えば、ポリジメチルシロキサン等のシリコーンオイル、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、ステアリン等の高級脂肪酸、オクチルアルコール、デシルアルコール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、ステアリンアルコール等の高級アルコール、流動パラフィン等の炭化水素油、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレン誘導体、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、アルキルアルカノールアミド、アルキルアミン、第4級アンモニウム塩、アルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩等の界面活性剤、エステル油、軽油、灯油、原油、サラダ油、大豆油、ヒマシ油、トリグリセライド、ポリイソプレン、フッ素変性油等が挙げられる。本発明ではこれらの液状の有機媒体の1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0055】
本発明において特に好ましく用いられる液状の有機媒体は、グリセリン、グリセリン誘導体(例えば、モノステアリン酸グリセリン、モノオレイン酸グリセリン、トリ2−エチルヘキサン酸グリセリル、モノカプリル酸グリセリン、トリカプリル酸グリセリル及びトリ(カプリル酸・カプリン酸)グリセリンなどのグリセリン脂肪酸エステルや、ポリグリセリンなどが挙げられる)、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール(PEG)、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、コハク酸メチルトリグリコールジエステル、イオン液体(以上、液状の親水性有機媒体)、シリコーンオイル、流動パラフィン(以上、液状の疎水性有機媒体)である。液状の有機媒体としてこれらの1種以上を用いることで、本発明のゲル状体の諸物性がより好ましいものとなる。
【0056】
本発明のゲル状体における液状の有機媒体の含有量は、所定の性質を有しうる範囲で任意に設定することができるが、ゲル状体に高弾性、高耐熱性という特性を付与することに加えて、ゲル状体の柔軟性や透明性を両立する観点から、10〜99.9質量%が好ましく、特に50〜98質量%、とりわけ70〜97質量%が好ましい。液状の有機媒体の含有量は、後述するゲル状体の製造方法において各成分の仕込量から算出する方法の他、例えば熱重量分析によってゲル状体中の構成成分の熱分解温度の違いを利用する方法や、各種溶媒への溶解性や揮発性の違いを利用して重量変化から算出する方法等により求めることができる。
【0057】
本発明のゲル状体は、物性に悪影響を及ぼさない範囲内で水を含んでいても良いが、含水率は50質量%以下であり、好ましくは25質量%以下、更に好ましくは15質量%以下である。一般に、含水率が50質量%を超えるような水分を多量に含むゲルは、水の揮発による形状や物性の変化が大きいため、大気中で一定の形状や物性を保つことが困難であり、本発明においては斯かる観点から、ゲル状体の含水率を50質量%以下としている。また、本発明のゲル状体の必須成分であるセルロースナノファイバーは、その静電反発力(即ち、カルボキシル基の解離による負電荷)に起因し、特に水中において流動性の高いゾル状態の分散体となりやすいところ、該ゲル状体の含水率を50質量%以下とすることにより、そのようなゾル状態を効果的に防止できる。ゲル状体の含水率を前記範囲内に調整することは、高弾性で高い耐熱性を有するゲル状体を得る上で有効である。
【0058】
また、本発明のゲル状体が、セルロースナノファイバー及び液状の有機媒体に加えて、更に分散媒を含む場合、該液状の有機媒体の20℃における蒸気圧は、該分散媒の20℃における蒸気圧よりも小さいことが好ましい。分散媒とは、前述の液状の有機媒体以外の液体であり、セルロースナノファイバー及び有機媒体を実質的に分散又は溶解し得るものであれば良く、水もそれに含まれる。特に、本発明のゲル状体を、後述する製造方法(分散媒の揮発工程を有する製造方法)により製造する場合には、液状の有機媒体としては、併用される分散媒よりも20℃における蒸気圧が小さいものが好ましい。液状の有機媒体の20℃における蒸気圧(mmHg、20℃)をP1、分散媒の20℃における蒸気圧(mmHg、20℃)をP2とした場合、P1/P2は、好ましくは0.001〜0.9、更に好ましくは0.001〜0.5である。例えば分散媒が水である場合、20℃において水よりも蒸気圧が小さく、本発明で好ましく用いられる液状の有機媒体としては、グリセリン、グリセリン誘導体、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール(PEG)、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、コハク酸メチルトリグリコールジエステル、イオン液体、シリコーンオイル、及び流動パラフィン等が挙げられる。
【0059】
前述したように、本発明のゲル状体は、セルロースナノファイバー及び液状の有機媒体のみを含んで構成されていても良いが、これらに加えて更に分散媒を含んでいても良い。分散媒としては、通常、水が用いられるが、ゲル状体の製造やゲル物性に悪影響を与えない限りにおいて、水以外の分散媒、例えば、非水溶性有機溶媒、水溶性有機溶媒、あるいはこれらと水との混合媒体等を用いることができる。具体的にどのような分散媒を用いるかは、セルロースナノファイバー及び液状の有機媒体の溶解性や分散性に応じて適宜決定すれば良い。また、本発明のゲル状体を、後述する製造方法(分散媒の除去工程を有する製造方法)により製造する場合には、分散媒を揮発させる等して本発明のゲル状体が得られるため、分散媒としては、併用される液状の有機媒体よりも20℃における蒸気圧が大きいものが好ましい。両者の20℃における蒸気圧の関係は、前述した通りである。
【0060】
本発明で用いる水以外の分散媒としては、例えば、トルエン、クロロホルム、酢酸エチル、ヘキサン、ベンゼン、塩化メチレン、ジエチルエーテル、キシレン、フェノール、ピリジン等の非水溶性有機溶媒;エタノール、メタノール、イソプロパノール、t−ブチルアルコール、アセトン、N−メチル−2−ピロリドン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル等の水溶性有機溶媒が挙げられ、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0061】
本発明のゲル状体が水以外の分散媒を含んでいる場合、該ゲル状体における水以外の分散媒の含有量は、ゲル状体の強度や耐熱性の観点から、好ましくは50質量%以下、更に好ましくは25質量%以下、特に好ましくは15質量%以下である。水以外の分散媒の含有量が多すぎると、ゲル状体の流動性が高まってゾルに近い状態となるため好ましくない。
【0062】
本発明のゲル状体は、前述したセルロースナノファイバー及び液状の有機媒体並びに分散媒に加えて、更に必要に応じて、セルロースナノファイバー以外の各種ポリマー、架橋剤や粘土鉱物、着色剤、帯電防止剤、香料成分、電解質、生理活性成分、無機粉体等の各種機能剤を含んでいても良い。本発明のゲル状体におけるこれら機能剤の含有量(総含有量)は、通常0.01〜30質量%程度である。
【0063】
本発明のゲル状体は、例えば次のようにして製造することができる。本実施態様の製造方法は、セルロースナノファイバー、有機媒体及び分散媒の3成分を必須成分として含む、ゲル状体の製造方法であり、(i)セルロースナノファイバーと有機媒体とを分散媒中で混合してゲル前駆体を得る工程、及び(ii)前記ゲル前駆体から前記分散媒を除去する工程を有する。
【0064】
前記(i)の工程においては、セルロースナノファイバー、有機媒体及び分散媒の3成分を混合すれば良く、具体的な混合方法としては、例えば、1)分散媒にセルロースナノファイバーを分散させたナノファイバー分散液を調製しておくと共に、別途液状の有機媒体(必要に応じて、有機媒体も分散媒に溶解させておく)を調製しておき、これら両液を混合する方法、2)乾燥した繊維状あるいは粉末状等のセルロースナノファイバーと有機媒体とを分散媒に同時にあるいは順次添加・混合する方法等が挙げられる。分散媒は、セルロースナノファイバー及び有機媒体を実質的に分散又は溶解し得るものであれば良く、特に前述したものの中から適宜選択することができるが、セルロースナノファイバーの分散媒中での分散はセルロース表面のカルボキシル基の存在によるところが大きく、そのためセルロースナノファイバーは特に水も含めた水溶性有機媒体中で分散しやすい傾向があることを考慮すると、分散媒としては水も含めた親水性有機媒体が好ましい。尚、本発明のゲル状体に前記各種機能剤を含有させる場合には、前記(i)の工程において、セルロースナノファイバー、有機媒体及び分散媒と共にこれらを混合させれば良い。
【0065】
また前記(i)の工程で用いられる有機媒体は、分散媒に分子レベルで溶解するもの(例えば前記水溶性有機媒体)でも良いし、エマルジョン状態で分散媒に分散するもの(エマルジョン化された有機媒体)でも良い。エマルジョン化された有機媒体としては、特に前記疎水性有機媒体をエマルジョンの分散質としたものが好ましく、具体的にはポリジメチルシロキサン等のシリコーンオイル、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、ステアリン等の高級脂肪酸、オクチルアルコール、デシルアルコール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、ステアリンアルコール等の高級アルコール、流動パラフィン等の炭化水素油、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレン誘導体、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、アルキルアルカノールアミド、アルキルアミン、第4級アンモニウム塩、アルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩等の界面活性剤、エステル油、軽油、灯油、原油、サラダ油、大豆油、ヒマシ油、トリグリセライド、ポリイソプレン、フッ素変性油等を、界面活性剤の添加や変性により、エマルジョン化したものが好適に用いられ、その場合、エマルジョンの分散媒としては通常水が用いられる。
【0066】
前記(i)の工程で得られるゲル前駆体におけるセルロースナノファイバーの濃度は、分散媒の種類にかかわらず、0.05〜30質量%、特に0.1〜10質量%とすることが、セルロースナノファイバーと有機媒体とを均一に分散させる観点、及び前記(ii)の工程における分散媒の除去(ゲル前駆体の乾燥)に要するエネルギー負荷を軽減する観点から好ましい。同様の観点から、ゲル前駆体における有機媒体の濃度は0.1〜90質量%、特に0.2〜80質量%であることが好ましい。また、ゲル前駆体は、前記(ii)の工程において、後述するように所望の形態に成形されてから乾燥されて本発明のゲル状体とされるため、このような工程をスムーズに進行させる観点から、ある程度の流動性を有していることが好ましいところ、各成分がそれぞれ前記範囲にあることで、適度な流動性を有し成形性に優れたゲル前駆体を得ることができる。
【0067】
前記(ii)の工程では、前記(i)の工程で得られたゲル前駆体から分散媒を除去して該ゲル前駆体をゲル化し、本発明のゲル状体を得る。分散媒の除去方法は特に制限されないが、主にゲル前駆体の乾燥(分散媒の揮発)によって行う。ゲル前駆体の乾燥は、ゲル前駆体を室温下で放置するだけの自然乾燥でも良く、あるいは加熱乾燥、真空乾燥、凍結乾燥、噴霧乾燥等の公知の乾燥方法でも良い。噴霧乾燥は、ゲル前駆体をノズルから噴出させて微細な液滴となし、次いで対流空気中で該液滴を加熱乾燥することによりなされる。特に、自然乾燥や加熱乾燥を用いる場合には、ゲル前駆体をキャスト(流延)する等して膜状あるいはシート状に成形してからその成形体を乾燥させることが、乾燥効率の点から好ましい。
【0068】
ゲル前駆体から分散媒を除去することにより、その除去方法の種類を問わず、高弾性で高い耐熱性を有し、強い応力や熱負荷に対して構造変化し難いゲル状体が得られる。その理由は、セルロースナノファイバーが有するカルボキシル基の静電反発力によって、乾燥過程においてセルロースナノファイバーが凝集せずに均一に有機媒体中に配置され、それによってセルロースナノファイバーの網目状のネットワークが形成する多数の微小な空間に、有機媒体が保持された構造が形成されるためと考えられる。また、前述した方法で得られるセルロースナノファイバーが高い結晶性を持つこと、及び有機媒体中では前述した静電反発力が弱まりナノファイバー間の結合(いわゆる架橋点)が固定化されることも、強い応力や熱負荷に対して構造変化し難いゲル状体が得られる要因と考えられる。
【0069】
本発明においては、分散媒の除去方法として、前述したゲル前駆体の乾燥以外の方法を利用することもでき、例えば、透析法(浸透圧差を利用して分散媒のみを除去)や沈殿法(ゲル前駆体を貧溶媒に注いでゲル化)を利用することもでき、あるいはモレキュラーシーブスのような脱水剤を用いることもできる。
【0070】
前記(ii)の工程において、ゲル前駆体から分散媒をどの程度除去するかは、最終的に得られるゲル状体が所定の諸物性(高弾性、高耐熱性等)を得る範囲において任意に選択できる。前述したように、本発明のゲル状体における水等の分散媒の含有量は、諸物性の観点から50質量%以下とすることが好ましく、分散媒を完全に除去してその含有量を0質量%としても良い。従って、ゲル前駆体からの分散媒の除去量は、斯かる分散媒の含有量を達成するように適宜調整することが好ましい。
【0071】
本発明のゲル状体の形態は特に制限されず、例えば、立体状、膜状やシート状、あるいは粉末状や粒状等とすることができる。ゲル状体の形態は、前述した製造方法において、ゲル前駆体からの分散媒の除去方法を適宜選択することによって調整することができ、例えば、ゲル前駆体をキャスト(流延)して乾燥させることで膜状やシート状のゲル状体を得ることができ、また、噴霧乾燥を用いることで粉末状や粒状のゲル状体を得ることができる。また、ゲル前駆体を任意の形状の型に流し込んで乾燥することで、立体形状のゲル状体を製造することもできる。
【0072】
本発明のゲル状体は、前述した製造方法(分散媒の除去工程を有する製造方法)以外の製造方法によって製造することができ、例えば、セルロースナノファイバー分散液を有機媒体中に滴下するドリッピング法や、予め調製したセルロースナノファイバーが網目状に配置されたエアロゲルに有機媒体を含浸、注入する方法によっても製造することができる。
【0073】
前述したように、ゲル状体の必須成分(ゲル化剤)としてセルロースナノファイバーを用いることで、そのゲル状体の製造方法において極めて高いゲル化率を達成すること可能となる。即ち、有機媒体中に広く均一にセルロースナノファイバーの網目状ネットワークが形成されることで、少ないセルロースナノファイバーの使用量(含有量)であっても多量の有機媒体をゲル化することが可能となる。
【0074】
以上のようにして得られる本発明のゲル状体は、高弾性で高い耐熱性を有し、機械強度が強く、引張、曲げ、捻りに対して柔軟で、変形後の復元性が高いという特長を有する。特に、本発明のゲル状体は、その高い形状安定性や耐熱性により、日用品、具体的には例えば貼付剤や再生医療基材等の医療材料;二次電池用ゲル電解質等の電子材料;口紅等の化粧品;香りや洗浄剤の徐放基材;衝撃吸収剤等に応用でき、化学、医療、電子・電気、建築、薬学、農業等の幅広い分野において好適に用いられる。例えば、現在貼付剤として、グリセリンを含むゲルシートを用いたハップ剤が使用されているが、シート状の本発明のゲル状体を患部に貼り付けることで、該ゲル状体をハップ剤として使用することもできるし、また、本発明の製造方法に係るゲル前駆体を皮膚等の患部に塗って乾燥させることで、膜状の本発明のゲル状体を該患部上に直接形成することもできる。
【0075】
また本発明のゲル状体は、機械特性に加えて、液状の有機溶媒を高濃度で保持できることを特徴とする。例えば、本発明のゲル状体に水への親和性の高い機能剤を内包することで、機能剤の有機媒体から肌や内臓などの高含水表面に対する分配移動を促進し、高い徐放性を有する基材とすることもできる。
【実施例】
【0076】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は斯かる実施例に限定されるものではない。以下、特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0077】
〔酸化セルロース繊維の製造方法〕
原料となる天然セルロース繊維として針葉樹晒しクラフトパルプ(フレッチャー チャレンジ カナダ製、CSF650ml)を用い、酸化触媒としてTEMPO(ALDRICH製、Free radical、98%製)を用い、酸化剤として次亜塩素酸ナトリウム(和光純薬工業(株)、Cl:5%製)を用い、共酸化剤として臭化ナトリウム(和光純薬工業(株)製)を用いた。天然セルロース繊維100gにイオン交換水9900gを加えて十分に攪拌してスラリーを得、該スラリーに、TEMPOを対パルプ1.25質量%、臭化ナトリウムを対パルプ12.5質量%、次亜塩素酸ナトリウムを対パルプ28.4質量%、それぞれこの順で添加し、更にpHスタッドを用い、0.5Mの水酸化ナトリウムの滴下にてスラリーのpHを10.5に保持し、温度20〜0℃で天然セルロース繊維の酸化処理を行った。120分間の酸化時間で水酸化ナトリウムの滴下を停止し、酸化処理後の天然セルロース繊維をイオン交換水にて十分に洗浄し、脱水処理を行った。こうして、カルボキシル基含有量1.2mmol/gの酸化セルロース繊維を得た。
【0078】
〔セルロースナノファイバーの製造方法〕
前記〔酸化セルロース繊維の製造方法〕で得られた酸化セルロース繊維10g(固形分換算)とイオン交換水990gとを、ミキサー(大阪ケミケル(株)製、Vita-mix-Blender ABSOLUTE)にて120分間攪拌した(即ち微細化処理時間120分間)。こうして、平均繊維径4nm、カルボキシル基含有量1.2mmol/gのセルロースナノファイバーの水分散液(固形分濃度1.0質量%)を得た。
【0079】
〔実施例1〕
ゲル化剤として前記〔セルロースナノファイバーの製造方法〕で得られたセルロースナノファイバー(略称:CSNF)を用い、液状の有機媒体としてグリセリン(和光純薬工業(株)製)を用い、分散媒としてイオン交換水を用い、前述したゲル状体の製造方法(分散媒の除去工程を有する製造方法)に準じた方法でゲル状体を製造した。より具体的には、前記セルロースナノファイバーの水分散液(固形分濃度1.0質量%)100質量部に対して、グリセリンを32質量部添加し、30分間マグネチックスターラーで攪拌して、ゲル前駆体を調製した。このゲル前駆体をポリスチレン製シャーレ(φ80mm)に12.4g注いで、室温環境下で2週間保持することで、該ゲル前駆体中のイオン交換水を所定量揮発させて乾燥処理を行い、該ゲル前駆体をゲル化した。こうして得られたゲル状体を実施例1とした。実施例1のゲル状体は、ピンセットで摘んでもそのシート状(膜状)の形態を維持できる透明なゲルであった。
【0080】
〔実施例2〕
実施例1において、グリセリンの添加量を19質量部とし且つゲル前駆体のシャーレへの注ぎ量を18.4gとした以外は、実施例1と同様にしてゲル状体を得、これを実施例2とした。実施例2のゲル状体は、ピンセットで摘んでもそのシート状(膜状)の形態を維持できる透明なゲルであった。
【0081】
〔実施例3〕
実施例1において、グリセリンの添加量を4質量部とし且つゲル前駆体のシャーレへの注ぎ量を40gとした以外は、実施例1と同様にしてゲル状体を得、これを実施例3とした。実施例3のゲル状体は、ピンセットで摘んでもそのシート状(膜状)の形態を維持できる透明なゲルであった。
【0082】
〔実施例4〕
実施例1において、グリセリンに代えてジメチルスルホキシド(DMSO、和光純薬工業(株)製)を用いた以外は、実施例1と同様にしてゲル状体を得、これを実施例4とした。実施例4のゲル状体は、ピンセットで摘んでもそのシート状(膜状)の形態を維持できる透明なゲルであった。
【0083】
〔実施例5〕
実施例1において、グリセリンに代えてポリエチレングリコール(和光純薬工業(株)製、PEG400)を用いた以外は、実施例1と同様にしてゲル状体を得、これを実施例5とした。実施例5のゲル状体は、ピンセットで摘んでもそのシート状(膜状)の形態を維持できる透明なゲルであった。
【0084】
〔実施例6〕
実施例1において、グリセリンに代えてイオン液体である1−エチル−3−メチルイミダゾリウムエチルスルファート(シグマアルドリッチ製)を用いた以外は、実施例1と同様にしてゲル状体を得、これを実施例6とした。実施例6のゲル状体は、ピンセットで摘んでもそのシート状(膜状)の形態を維持できる透明なゲルであった。
【0085】
〔比較例1〕
カルボキシメチルセルロース(略称:CMC、商品名:HE1500F、第一工業製薬(株)製)1gをイオン交換水99gに加えて攪拌し、固形分濃度1質量%のCMC水溶液を得た。そして、実施例1において、セルロースナノファイバーの水分散液に代えて該CMC水溶液を用いた以外は、実施例2と同様にしてゲル状体を得、これを比較例1とした。比較例1のゲル状体は、ピンセットで摘むことができない程度の粘凋性(流動性)を有する透明なゲルであった。
【0086】
〔比較例2〕
前記〔酸化セルロース繊維の製造方法〕で得られた酸化セルロース繊維50g(固形分換算)とイオン交換水950gと混合し、高圧ホモジナイザー(スターバーストラボ HJP−25005、スギノマシン株式会社製)を用いて、245MPaで微細化処理を1回行い、こうしてカルボキシル基含有量1.2mmol/gのセルロースナノファイバーの水分散液(固形分濃度5.0質量%)を得た。前記セルロースナノファイバーの水分散液67質量部にグリセリンを33質量部加えてよく攪拌してゲル前駆体を得、該ゲル前駆体(分散媒の除去工程を経ていないもの)を比較例2とした。比較例2のゲル状体は、ピンセットで摘むことができない程度の粘凋性(流動性)を有する半透明なゲルであった。
【0087】
〔評価〕
実施例及び比較例のサンプル(ゲル状体)について、前記方法により各条件において貯蔵弾性率、損失弾性率、及び有機媒体の溶出量をそれぞれ測定すると共に、弾性率の変化率(温度依存性、周波数依存性)、損失正接を算出し、また、下記方法によりゲル状体の含水率(分散媒としての水の含有量)の測定及びセルロースナノファイバー含有量の算出を実施した。これらの結果を下記表1に示す。
【0088】
<含水率の測定方法及びセルロースナノファイバー含有量の算出方法>
ゲル状体を、水分計(ハロゲン水分計HR83、メトラー・トレド製)を用いて、105℃で40分間加熱し、その含水率を評価した。また、この含水率からゲル状体におけるセルロースナノファイバー含有量を算出した。
【0089】
【表1】

【0090】
表1より明らかなように、含水率が50質量%以下でゲル化剤としてセルロースナノファイバーを用いた実施例1〜6は、弾性率の変化率(温度依存性)が0.9〜1.5の範囲、弾性率の変化率(周波数依存性)が0.8〜5の範囲にあり、高弾性で耐熱性の高いゲル状体であった。一方、セルロースナノファイバーが含まれず、CMCをゲル化剤として用いた比較例1は、前述した粘弾性測定において、温度約80℃でゲル状体がゾル化して測定不能(弾性率の変化率0)となったことから分かる通り、耐熱性の低いゲル状体であり、また周波数による弾性率の変化率も14と大きかった。特に、ゲル化剤の含有量が比較例1とほぼ同量の実施例1は、弾性率の変化率、損失正接、貯蔵弾性率の何れもが前述した好ましい範囲に含まれ、比較例1に比して良好な結果が得られたことから、セルロースナノファイバーがCMC等の従来のゲル化剤に比べて、高弾性で高い耐熱性を有するゲル状体を得るのに有用であることが分かる。
【0091】
また、含水率が50質量%以上である比較例2は、ゲル化剤としてセルロースナノファイバーを用いているため、その網目状構造によって、弾性率の変化率(周波数依存性)は小さいものの、100℃以上では水の相転移に伴った急激な弾性率の上昇が生じた。そのため比較例2は、弾性率の変化率(温度依存性)が7.5と大きく、耐熱性の低いゲル状体となった。
【0092】
実施例1〜3は、液状の有機媒体としてグリセリンを用い、セルロースナノファイバーの含有率(ゲル化剤含有量)を変化させたものであり、該含有率の多い実施例3が貯蔵弾性率は最も大きくなるが、損失正接は実施例1及び2の方が好ましい範囲(0.07未満)であった。また、実施例1及び4〜6は、液状の有機媒体の種類が互いに異なっているが、何れも良好な結果が得られたことから、ゲル化剤としてセルロースナノファイバーを用いることで、各種液状の有機媒体を高弾性で耐熱性の高いゲル状体とすることが可能となることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースナノファイバーと液状の有機媒体とを含むゲル状体であって、該有機媒体が水よりも20℃における蒸気圧が小さく、含水率が50質量%以下であるゲル状体。
【請求項2】
温度25〜110℃の範囲における、弾性率の変化率が0.5〜5である請求項1記載のゲル状体。
【請求項3】
周波数0.01〜10Hzの範囲における、弾性率の変化率が0.1〜20である請求項1又は2記載のゲル状体。
【請求項4】
温度25℃、周波数2Hzの条件における損失正接が0.6未満である請求項1〜3の何れか1項に記載のゲル状体。
【請求項5】
下記測定方法により測定される前記有機媒体の溶出量が20質量%以下である請求項1〜4の何れか1項に記載のゲル状体。
有機媒体の溶出量の測定方法:測定対象のゲル状体を槽内温度105℃に設定された恒温槽内に30分間放置することで加熱した後、恒温槽から取り出して該ゲル状体の温度が室温(25℃)になるまで室温下で放置する。その後、ゲル状体の表面の溶出物を除去してから、該ゲル状体の質量を測定し、その測定値(質量B)と、予め測定した該ゲル状体の加熱前の質量(質量A)とから、次式により有機媒体の溶出量を算出する。
有機媒体の溶出量(%)={(A―B)/A}×100
【請求項6】
前記セルロースナノファイバーの含有量が2〜20質量%である請求項1〜5の何れか1項に記載のゲル状体。
【請求項7】
前記有機媒体が親水性有機媒体である請求項1〜6の何れか1項に記載のゲル状体。
【請求項8】
前記有機媒体が、グリセリン、グリセリン誘導体、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルスルホキシド、コハク酸メチルジグリコールエステル、イオン液体、シリコーンオイル、及び流動パラフィンからなる群から選択される1種以上である請求項1〜7の何れか1項に記載のゲル状体。
【請求項9】
請求項1〜8の何れか1項に記載のゲル状体の製造方法であって、セルロースナノファイバーと有機媒体とを分散媒中で混合してゲル前駆体を得、該ゲル前駆体から該分散媒を除去する工程を有するゲル状体の製造方法。

【公開番号】特開2013−82796(P2013−82796A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−223024(P2011−223024)
【出願日】平成23年10月7日(2011.10.7)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】