説明

コアセルベーション現象を利用した羊毛染色方法

【課題】 所望の色の染料によって羊毛製品を鮮明に染め分けることのできるコアセルベーション現象を利用した羊毛染色方法の提供。
【解決手段】 色の異なる染料でそれぞれ染料コアセルベート1a,1b,1cを形成して混合した場合、(A)に例示するように、最初は各染料コアセルベート1a,1b,1cが混在しているが、羊毛繊維3上を各染料コアセルベート1a,1b,1cが移動することにより、(B)に例示するように同種の染料コアセルベート1同士が凝集する。このようなマイグレーションは、マイグレーションを促進するような条件、例えばエタノール、イソプロピルアルコールなどの溶剤と水との配合割合が溶剤20部/水80部〜溶剤80部/水20部の場合、または脂肪酸アルキロールアミドを主成分とするコアセルベート助剤、酸、尿素濃度のバランスが適合したときに発生する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コアセルベーション現象を利用した羊毛染色方法に関し、詳しくは、色の異なる複数の染料を用いて、羊毛製品をその複数の染料の色に染め分けるコアセルベーション現象を利用した羊毛染色方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、布地等の羊毛製品を染色する染色方法として、染料と糊剤とを混合した染料糊液を布地に直接付着させる直接捺染法が主流として実施されている。ところが、羊毛製品に対する直接捺染の場合、布地等を複数の色に染め分けようとすると、隣接位置に付着された染料同士が混ざり合って境界が不鮮明になる場合があった。
【0003】
また、羊毛製品を複数の色に染め分ける染色方法としては、アニオン系染料を用いて羊毛製品を染色した後水洗し、染色状態に斑のあるあたかも様々な色が混じり合ったようなメランジ調の製品を製造することが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平9-95871号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、上記公報に記載の方法では、染料の脱落を利用しているため、赤と青など所望の色によって羊毛製品を鮮明に染め分けることができなかった。そこで、本発明は、所望の色の染料によって羊毛製品を鮮明に染め分けることのできるコアセルベーション現象を利用した羊毛染色方法を提供することを目的としてなされた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達するためになされた本発明は、色の異なる複数の染料と、コアセルベート助剤と、PH調整剤と、糊剤と、を用いて羊毛を染色することを特徴とするコアセルベーション現象を利用した羊毛染色方法を要旨としている。
【0006】
本願出願人は、色の異なる複数の染料にそれぞれコアセルベートを形成させ、PHを適宜の値に調整すると、上記コアセルベートが染料毎(すなわち色毎)に凝集し合う特性を呈することを発見した。また、このような特性は、染料の種類によって若干の強弱はあるものの、種々の色の染料に対して観察された。
【0007】
そこで、本発明では、色の異なる複数の染料と、各染料にコアセルベートを形成させるコアセルベート助剤と、そのコアセルベートの周囲のPHを上記適宜の値に調整するPH調整剤と、上記コアセルベートを羊毛製品に固着する糊剤とを用いて羊毛を染色している。このため、上記複数の染料として所望の色の組み合わせを選択すれば、同じ色の染料同士が凝集し合い、羊毛製品を鮮明に染め分けることができる。
【0008】
なお、本発明は以下の構成に限定されるものではないが、上記複数の染料,上記コアセルベート助剤,上記PH調整剤,及び上記糊剤を混合して形成された染料糊液を羊毛製品に付着させ、該付着された染料糊液に、展開液を用いてマイグレーションを起こさせるものであってもよい。
【0009】
この場合、羊毛製品に付着された上記染料糊液では、展開液を用いてマイグレーションが起こされることによって、コアセルベートが染料毎に分離して同じ色の染料同士が凝集し合う。従って、この場合、複数の色が隣接配置されて従来の製品とは一味異なる色調豊かな羊毛製品を製造することができる。
【0010】
また、上記発明は、上記コアセルベート助剤,PH調整剤,及び糊剤を羊毛製品に塗布した後乾燥させ、該乾燥後の羊毛製品に上記各染料を個々に付着させるものであってもよい。
【0011】
この場合、上記乾燥後の羊毛製品に各染料が個々に付着されると、各染料はその付着された位置で染料毎にコアセルベートを形成し、他の色の染料と混じり合わない。また、各染料は同じ染料同士凝集し合うので、上記付着された染料が必要以上にマイグレーションを起こして拡散することもない。従って、この場合、各染料の最初の付着状態を良好に反映した鮮明な柄を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
[基本的原理]
次に、本発明の実施の形態を、図面と共に説明する。本願出願人は、以下のような実験により、色の異なる複数の染料にそれぞれその染料を含有するコアセルベート(以下、染料コアセルベートという)を形成させ、PHを適宜の値に調整すると、上記染料コアセルベートが染料毎(すなわち色毎)に凝集し合う特性を呈することを発見した。
【0013】
図1(A)は、羊毛製品の一例としての毛織物(毛JIS添付白布)上に各染料のスポットをつくり、均染用染色助剤を展開液として、毛織物の下側をその展開液に接触させ、一定時間経過したところを示す。一方、図1(B)は、脂肪酸アルキロールアミドを主成分とし染料コアセルベートを形成するコアセルベート助剤(商標名:イルガパドール PN NEW:ハンツマン・アドバンスト・マテリアル製)を主成分とする配合液を展開液として、毛織物の下側をその展開液に接触させ、一定時間経過したところを示す。この展開液の標準配合レサイプは、コアセルベート助剤30g/L、PH調整剤の一例としての酢酸1g/Lの水溶液(以下、標準展開液という)である。
【0014】
図1(A)に示すように、均染用染色助剤を展開液として使用した場合は、各染料は完全に混ざり合い、また羊毛繊維との親和性が小さくなるために毛織物上を移行する。これに対して、図1(B)に示すように、標準展開液を使用した場合は、各染料が混ざり合わず、また羊毛繊維との親和性が大きくなるので、毛織物上で羊毛繊維に吸着され、各染料別の帯状模様ができる。
【0015】
また、展開液のpHが4以下と酸性が強く、尿素濃度が例えば尿素10g/L以下などと低い場合に、図1(B)に例示するような染料同士の凝集は大きくなる傾向があった。更に、界面活性剤(ノニオン系均染剤)を添加して染料コアセルベートを破壊すると、染料が混ざり合うことが分かった。
【0016】
また、色の異なる複数の染料を含有し、各色の染料コアセルベートが安定した状態にある染料糊液を毛織物にパッドし、そのまま長時間放置した場合、各染料コアセルベートは毛織物上を移動するマイグレーションを起こし、同種の染料を含有するコアセルベート毎に集合することが観察された。この染料糊液の標準配合レサイプは、染料15g/L、コアセルベート助剤15g/L、糊剤の一例としてのアルギン酸ナトリウム30g/L、酢酸1g/L、羊毛繊維の組織を拡げる促染剤としての尿素50g/L、羊毛用均染剤(商標名:アルベガールB:ハンツマン・アドバンスト・マテリアル製)1g/Lの水溶液である。
【0017】
図2は、このマイグレーションの状態を模式的に表す説明図である。図2(A)に例示するように、最初は各色の染料コアセルベート1a,1b,1cが混在しているが、羊毛繊維3上を各染料コアセルベート1a,1b,1cが移動することにより、図2(B)に例示するように同種の染料コアセルベート1同士が凝集する。
【0018】
このようなマイグレーションは、マイグレーションを促進するような条件、例えばエタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール類の溶剤と水との配合割合が溶剤20部/水80部〜溶剤80部/水20部の場合、または、脂肪酸アルキロールアミドを主成分とするコアセルベート助剤、酸、尿素濃度のバランスが適合したときに発生する。
【0019】
図3(A)は、エタノール/水混合溶液による11種の染料相互の分離特性を示す。なお、11種の染料は、No. 1が酸性レベリング黄:Sandlan Yellow E-2GLN 、No. 2が酸性レベリング赤:Sandlan Red E-NEW、No. 3が酸性レベリング青:Sandlan Blue E-HRLN、No. 4が含金黄:Kayakalan Yellow GL143、No. 5が含金赤:Kayakalan Bordex BL 、No. 6が含金青:Kayakala Grey BL167%、No. 7が酸性ミリング黄:Kayanol Milling Yellow 5GW、No. 8が酸性ミリング赤:Kayanol Milling Red BW、No. 9が酸性ミリング青1:Kayanol Milling Blue BW、No. 10が酸性ミリング青2:Kayanol Milling Blue GW、No. 11が酸性ミリング青3:Kayanol Milling Turquois Blue 3Gである。
【0020】
実験方法は、2色を混合し、ろ紙にスポットを作って溶剤エタノール50%展開液で展開し、染料分離を視覚判定して行うもので、2色が完全に分離したものを◎、2色が境界で一部混合したものを○、一方の色と混合色とに分離したものを△、2色とも混合したものを×として評価した。図3(A)に示すように、上記のようにマイグレーションを起こす特性には染料によって若干の相違があり、レベリング系の染料よりもミリング系の染料の方が特性が顕著であった。
【0021】
また、図3(B)は、溶剤を使用せず、上記標準展開液を用いて同様の実験を行った結果である。このように、安全性、作業環境、コスト面などで溶剤を使用できない場合は、コアセルベート助剤、酢酸、尿素の混合溶液を展開液として用いることで、羊毛への親和性を増し、かつ染料コアセルベートの分離を行うことができる。この場合も、マイグレーションを起こす特性には染料によって若干の相違があった。
【0022】
[工業的染色への応用その1]
図4は、上記特性を利用した染色方法を表す工程図である。工程における手順は、図4に示すように、釜蒸機を利用する方法とフラット型芯地接着プレス機を使用する方法との2つに大別される。前者は、例えば毛織物の染色に、後者は、例えば縫製パーツの染色に、それぞれ利用することができる。
【0023】
釜蒸機利用の染色方法では、転写シートに上記染料糊液をパッドして乾燥させ(S1)、毛織物には展開液をパッドしておく(S2a)。そして、S1にて作成された染料糊液含有の転写シートとS2aで作成された毛織物を重ね合わせて巻き上げて、すなわち絞って紐で固定して、釜蒸機に入れてスチーミング処理する(S3a)。また、フラット型芯地接着プレス機利用の染色方法では、縫製パーツに展開液をパッドし(S2b)、その縫製パーツ,S1にて作成された転写シート,汚染防止布の3層を重ね合わせてプレス処理し、染料コアセルベートを移動させて柄を出す(S3b)。
【0024】
以上の工程を経ることにより、転写シートから毛織物または縫製パーツに転写された染料コアセルベートが染料毎に分離して同じ染料同士凝集し合い、複数の色が隣接配置されて従来の製品とは一味異なる色調豊かな羊毛製品を製造することができる。なお、上記のように染色がなされた毛織物または縫製パーツは、適宜の条件で熱水処理,熱水洗浄等を施して堅牢度を向上させるのが好ましい。また、本染色方法は、織物や縫製パーツといった布地に限らず、かせなどに対しても同様に実施することができる。
【0025】
[工業的染色への応用その2]
また、前述のように染料コアセルベートが同じ染料同士凝集し合う特性を利用して、染料が必要以上にマイグレーションを起こすのを抑制して鮮明な柄を形成することも可能である。以下、このような染色方法について説明する。すなわち、このような染色方法は、例えば、上記標準配合レサイプの染料糊液において染料を添加しないものを羊毛製品に塗布して乾燥させた後、所望の染料を所望の位置に各種方法で付着させることによってなされる。
【0026】
図5は、そのマイグレーション抑制効果を表す説明図である。図5における特殊表面加工は、上記標準配合レサイプの染料糊液において染料を添加しないものを毛織物にスクリーンプリントして乾燥した処理である(乾燥重量2.8%o.w.f.)。図5は、この特殊表面加工を施した毛織物と、未加工の毛織物に対して、酸性ミリング赤(Kayanol Milling Red BW)を15g/L添加した上記染料糊液を幅2cm長さ5cmの帯状にスクリーン捺染し、以下に説明する1〜7のいずれかの各種処理を施した上で20分間スチーミングした後に、上記帯状にスクリーン捺染した部分からマイグレーションして着色した部分の面積を画像処理で解析して染料移動距離を比較した結果である。なお、図5において各種処理とは、1は乾燥のみを行った場合を、2は水スプレーのみを行った場合を、3は水スプレーの後15分放置した場合を、4は界面活性剤(均染剤)を低濃度でスプレーした場合を、5は界面活性剤を低濃度でスプレーした後15分放置した場合を、6は界面活性剤を高濃度でスプレーした場合を、7は乾燥のみで上記スチーミングも省略した場合を、それぞれ表している。
【0027】
全ての条件で、染料移動距離(染料マイグレーション)は、上記特殊表面加工を施した方が未加工の場合より顕著に小さくなった。このことにより、コアセルベートがすでに羊毛上に存在する場合、コアセルベート相互の関係から染料マイグレーションは大幅に抑制されるため、コアセルベート形成により染料マイグレーションをコントロールできることが分かった。従って、このような染色方法を用いれば、各染料の最初の付着状態を良好に反映した鮮明な柄を形成することができる。染料の付着方法としては、周知の各種捺染方法の他、インクジェットプリンタを用いた付着方法も考えられ、後者の場合、各色のドットを鮮明にして良好な柄を形成することができる。
【0028】
[本発明の他の実施の形態]
なお、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の形態で実施することができる。例えば、糊剤としては、アルギン酸ナトリウムの他、アラビアゴム、ブリティッシュゴム、ローカストビーンガム、グアールガム、トラガントゴム、ペクチン酸等を使用することができる。また、PH調整剤としては、酢酸の他、酒石酸、しゅ酸アンモン等を使用することができる。更に、促染剤としては、尿素の他、芒硝、食塩、酢酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等を使用することができる。また、本発明は羊毛を染色の対象としているが、本発明と同様の方法により、絹,各種獣毛等のタンパク系繊維も同様に染色できる可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】コアセルベート助剤を利用した場合のマイグレーションを、コアセルベート助剤を利用しない場合との比較において表す写真である。
【図2】そのマイグレーションの状態を模式的に表す説明図である。
【図3】染料の分離特性を各種組み合せに対して表す説明図である。
【図4】その分離特性を利用した染色方法を表す工程図である。
【図5】コアセルベート助剤を羊毛製品に先に塗布した場合のマイグレーション抑制効果を表す説明図である。
【符号の説明】
【0030】
1a,1b,1c…染料コアセルベート 3…羊毛繊維

【特許請求の範囲】
【請求項1】
色の異なる複数の染料と、コアセルベート助剤と、PH調整剤と、糊剤と、を用いて羊毛を染色することを特徴とするコアセルベーション現象を利用した羊毛染色方法。
【請求項2】
上記複数の染料,上記コアセルベート助剤,上記PH調整剤,及び上記糊剤を混合して形成された染料糊液を羊毛製品に付着させ、
該付着された染料糊液に、展開液を用いてマイグレーションを起こさせることを特徴とする請求項1記載のコアセルベーション現象を利用した羊毛染色方法。
【請求項3】
上記コアセルベート助剤,PH調整剤,及び糊剤を羊毛製品に塗布した後乾燥させ、
該乾燥後の羊毛製品に上記各染料を個々に付着させることを特徴とする請求項1記載のコアセルベーション現象を利用した羊毛染色方法。

【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図1】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−156761(P2008−156761A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−343511(P2006−343511)
【出願日】平成18年12月20日(2006.12.20)
【出願人】(000116622)愛知県 (99)
【出願人】(506422858)全国シロセット加工業協同組合 (1)
【Fターム(参考)】