説明

コア・シェル型量子ドットの配列構造及びこれを備えた共振器ポラリトン素子

【課題】室温で共振器ポラリトン状態を動作させることを可能にする、コア・シェル型量子ドットの配列構造を提供する。
【解決手段】半導体から成るコア1と、このコア1の周囲に接して形成されたシェル2とによる、コア・シェル型量子ドット11を用いて、複数個のコア・シェル型量子ドット11が、双極子相互作用が働く範囲内の間隔で配列された、コア・シェル型量子ドットの配列構造20を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コア・シェル型量子ドットがごく短い間隔で近接して配列した、コア・シェル型量子ドットの配列構造に係わる。また、このコア・シェル型量子ドットの配列構造を備えた、共振器ポラリトン素子に関わる。
【背景技術】
【0002】
光共振器中に、光との相互作用が強い動作材料を入れた構造で生じる、光と物質の強結合状態である共振器ポラリトン状態は、閾値の非常に低い、もしくは閾値が理論上無いレーザ光源や、単一光子・相関光子対、といった量子光を生成する量子光源の動作に用いることができる(例えば、特許文献1参照。)。
ここでの閾値とは、レーザ発振の駆動開始までに必要な最小の光励起強度、或いは、最小電流値等のことである。
【0003】
従来は、この共振器ポラリトン状態を実現するために光共振器中に入れる動作材料として、無機半導体や有機会合体が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3817580号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
動作材料として、一般的な無機半導体を用いると、光と動作材料との結合力が弱く、室温で安定な共振器ポラリトン状態を得にくいため、例えば極低温で動作させるために大掛かりな冷却機を必要とする等の実用上の問題がある。
【0006】
動作材料として、有機会合体を用いると、室温で安定な共振器ポラリトン状態を実現できるが、励起光のような強い入射光に対する光耐性に乏しく、寿命が短く実用的ではない。
【0007】
室温で安定な共振器ポラリトン状態を実現するためには、光との相互作用が強い動作材料を用いることが必要であり、光と物質との相互作用力を示す指標である、ラビ分裂量が大きな動作材料を用いることが求められる。かつ、実用上、光耐性や環境耐久性がある動作材料を用いることが必要である。
安定な動作を得るためには、経験的に、ラビ分裂量が、その動作温度における熱エネルギーの3倍程度以上必要であることが知られている。例えば、室温付近の300Kにおける熱エネルギーは、25.6meVであるので、必要なラビ分裂量は76.8meV以上である。
従来の無機材料の半導体では、このラビ分裂量が小さいため、共振器ポラリトン状態を極低温でしか動作させられなかった。
従来提案されている有機会合体のような有機半導体では、ラビ分裂量が充分大きいため、室温付近でも共振器ポラリトン状態を動作させることができるが、光耐性や環境耐久性が満足できる程度になく、原理的に改良が難しいため、実用化が困難である。
【0008】
上述した問題の解決のために、本発明においては、室温で共振器ポラリトン状態を安定に動作させることを可能にし、かつ、十分な光耐性と環境耐性を持つ、コア・シェル型量子ドットの配列構造を提供するものである。また、このコア・シェル型量子ドットの配列構造を備えた共振器ポラリトンを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のコア・シェル型量子ドットの配列構造は、半導体から成るコアと、前記コアの周囲に接して形成されたシェルとによる、コア・シェル型量子ドットによって構成され、複数個の前記コア・シェル型量子ドットが、双極子相互作用が働く範囲内の間隔で配列されたものである。コア・シェル型量子ドットの配列は、1次元、2次元、3次元、有機的、円管状等、各種の配列構造とすることが可能である。
本発明の共振器ポラリトン素子は、光共振器と、上述した本発明のコア・シェル型量子ドットの配列構造とを含み、光共振器内に、コア・シェル型量子ドットの配列構造が配置されて成るものである。
【0010】
本発明のコア・シェル型量子ドットの配列構造において、量子ドットが等間隔で周期的に配列されている構成としてもよい。
本発明のコア・シェル型量子ドットの配列構造において、シェルが有機材料から成る構成としてもよい。
本発明のコア・シェル型量子ドットの配列構造において、シェルがコアを覆って形成された無機材料から成る構成としてもよい。
本発明のコア・シェル型量子ドットの配列構造において、シェルがコアを覆って形成された無機材料と、この無機材料の周囲に接して有機材料から成る構成としてもよい。
本発明の共振器ポラリトン素子において、光共振器を対向して配置された2つの反射材で構成してもよい。
【発明の効果】
【0011】
上述の本発明によれば、量子ドットが双極子相互作用が働く範囲内の間隔で配列されているので、量子ドット間で働く双極子相互作用により、量子ドットのコア内の励起が複数の量子ドットに亘りコヒーレントに広がる。
これに伴い、励起子の振動子強度が特定の波長へ集中すること、即ち、動作材料が特定の波長の光と極めて強い相互作用を起こす状態となることにより、量子ドット単体よりもラビ分裂量を充分に大きくできるため、室温等、従来の半導体よりも高い温度で、ポラリトン状態を実現することが可能になる。
【0012】
ポラリトン状態が、ボーズ統計に従うという性質を利用すると、理論上、閾値電流・励起光を必要としない、現実には、閾値電流・励起光が無いか、閾値電流・励起光が低減された、省エネルギーのレーザ光源を実現できる。
従って、本発明により、従来の半導体よりも高い、室温等の実用上望ましい温度で駆動する、省エネルギーのレーザ光源が実現できる。また、相関光子対の発生装置、量子通信の光源等として用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】A〜C 本発明に係るコア・シェル型量子ドットの形態を示す図である。
【図2】図1Aの量子ドットを配列した配列構造を示す図である。
【図3】A、B シェルを気体層や液体層とした場合のコア・シェル型量子ドットの配列構造の形態を示す図である。
【図4】本発明に係るコア・シェル型量子ドットの一実施の形態を示す図である。
【図5】本発明の共振器ポラリトンの一実施の形態の概略構成図である。
【図6】A、B 本発明の量子ドットの配列構造の製造方法を説明する図である。
【図7】A、B 本発明の量子ドットの配列構造の製造方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、本発明の具体的な実施の形態の説明に先立ち、本発明の概要を説明する。
本発明の発明者は、鋭意研究を行い、半導体材料を用いて、有機分子により構成されたJ会合体に類似する構造を作製することにより、室温付近で共振器ポラリトン状態を実現することが可能になることを見出した。
【0015】
J会合体とは、有機色素分子が、互いの分子間力により自己組織的に1次元状に会合した有機半導体材料である。J会合体では、各分子内の励起が、双極子相互作用により、複数の分子に亘りコヒーレントに広がる。この広がりに伴い、J会合体の持つ振動子強度が特定の波長へ集中する。即ち、J会合体は、特定の波長の光と極めて強い相互作用を起こす材料となる。
これにより、J会合体を動作材料に用いると、極めて大きなラビ分裂量が得られる。本発明の発明者が作製した、擬イソシアニン色素によるJ会合体を光共振器に入れた構造では、250meVもの巨大なラビ分裂量が得られ、室温で安定な共振器ポラリトン状態が得られる。
しかしながら、有機分子の光耐性はレーザ等の用途には充分ではないことから、有機分子により構成されたJ会合体は、光耐性が充分に得られず、実用に不向きである。
【0016】
そこで、本発明では、自己組織的に形成されるJ会合体に類似した配列構造を、光耐性の充分に高い半導体をコアに用いたコア・シェル型量子ドットを使用して作製する。
これまで有機半導体のみでしか得られていない、大きなラビ分裂量を生み出す構造・機構を、無機半導体により人工的に作ることで、大きなラビ分裂量と充分な光耐性を併せ持つ材料を実現するものである。
【0017】
本発明は、前述した動作原理を実現するために、半導体から成るコアと、このコアの周囲に接して形成されたシェルとによる、コア・シェル型量子ドットによって、複数個のコア・シェル型量子ドットが、双極子相互作用が働く範囲内の間隔で配列されたコア・シェル型量子ドットの配列構造を構成するものである。シェルは、各量子ドット間を絶縁し、双極子相互作用以外のエネルギー伝達を防止、或いは、低減する、絶縁層としての働きを持つものである。
また、本発明は、対向して配置された2つの反射材で構成された光共振器中に、コア・シェル型量子ドットの配列構造を配置した共振器ポラリトン素子を構成するものである。
【0018】
本発明に係るコア・シェル型量子ドットの形態を、図1A〜図1Cに示す。
図1Aは、半導体から成るコア1の周囲に、無機材料から成るシェル2を形成した、コア・シェル型量子ドット11の構造を示している。
図1Aに示すように、コア1の表面全体を覆って、無機材料から成るシェル2が形成されて、コア・シェル型量子ドット11が構成されている。
【0019】
図1Bは、半導体から成るコア1の周囲に、有機材料から成るシェル3を形成した、コア・シェル型量子ドット12の構造を示している。
なお、図1Bでは、有機材料から成るシェル3として、トリオクチルホスフィンオキシド(trioctylphosphine oxide)を使用した場合を示している。
図1Bに示すように、コア1の外側に有機材料から成るシェル3が形成されて、コア・シェル型量子ドット12が構成されている。そして、有機材料から成るシェル3の分子のうち、酸素Oがコア1に接しており、リンPに結合した3つのオクチル基が外側に延びている。
【0020】
図1Cは、半導体から成るコア1の周囲に、無機材料から成るシェル2と有機材料から成るシェル3による複合シェル(マルチシェル)を形成した、コア・シェル型量子ドット13の構造を示している。
図1Cに示すように、コア1の外側を覆って無機材料から成るシェル2が形成されており、さらに、無機材料から成るシェル2の外側に、有機材料から成るシェル3が形成されて、コア・シェル型量子ドット13が構成されている。
【0021】
コア・シェル型量子ドットの、コア・シェル粒子(図1A、図1B)及びコア・マルチシェル粒子(図1C)のコアの原料としては、例えば、以下に挙げる物質を使用することができる。
(1)周期表の1族からの第1元素と、周期表の17族からの第2元素とから成るI−VII(1−17)材料。さらにまた、このI−VII(1−17)材料中に他元素を含む、三元材料、四元材料、ドープ材料等でもよい。このようなI−VII(1−17)材料としては、例えば、LiF,LiCl,NaF,NaCl,NaBr,NaI,KF,KCl,KBr,KIが挙げられるが、これらに制限されるものではない。
(2)周期表の11族からの第1元素と、周期表の17族からの第2元素とからなるI−VII(11−17)材料。さらにまた、このI−VII(11−17)材料中に他元素を含む、三元材料、四元材料、ドープ材料等でもよい。このようなI−VII(11−17)材料としては、例えば、CuCl,CuBr,CuI,AgCl,AgBr,AgI,AuCl,AuBr,AuIが挙げられるが、これらに制限されるものではない。
(3)周期表の2族からの第1元素と、周期表の16族からの第2元素とからなるIIA−VIB(2−16)材料。さらにまた、このIIA−VIB(2−16)材料中に他元素を含む、三元材料、四元材料、ドープ材料等でもよい。このようなIIA−VIB(2−16)材料としては、例えば、MgS,MgSe,MgTe,CaS,CaSe,CaTe,SrS,SrSe,SrTe,BaS,BaSe,BaTeが挙げられるが、これらに制限されるものではない。
(4)周期表の12族からの第1元素と、周期表の16族からの第2元素とからなるIIB−VIB(12−16)材料。さらにまた、このIIB−VIB(12−16)材料中に他元素を含む、三元材料、四元材料、ドープ材料等でもよい。このようなIIB−VIB(12−16)材料としては、例えば、ZnS、ZnSe,ZnTe,CdS,CdSe,CdTe,HgS,HgSe,HgTeが挙げられるが、これらに制限されるものではない。
(5)周期表の12族からの第1元素と、周期表の15族からの第2元素とからなるII−V(12−15)材料。さらにまた、このII−V(12−15)材料中に他元素を含む、三元材料、四元材料、ドープ材料等でもよい。このようなII−V(12−15)材料としては、例えば、Zn、ZnAs、Cd、CdAs、Cd、Znが挙げられるが、これらに制限されるものではない。
(6)周期表の13族からの第1元素と、周期表の15族からの第2元素とからなるIII−V(13−15)材料。さらにまた、このIII−V(13−15)材料中に他元素を含む、三元材料、四元材料、ドープ材料等でもよい。このようなIII−V(13−15)材料としては、例えば、BN,BP,AlN,AlP,AlAs,AlSb,GaN,GaP,GaAs,GaSb,InN,InP,InAs,InSbが挙げられるが、これらに制限されるものではない。
(7)周期表の13族からの第1元素と、周期表の14族からの第2元素とからなるIII−IV(13−14)材料。さらにまた、このIII−IV(13−14)材料中に他元素を含む、三元材料、四元材料、ドープ材料等でもよい。このようなIII−IV(13−14)材料としては、例えば、BC,AlC,GaCが挙げられるが、これらに制限されるものではない。
(8)周期表の13族からの第1元素と、周期表の16族からの第2元素とからなるIII−VI(13−16)材料。さらにまた、このIII−VI(13−16)材料中に他元素を含む、三元材料、四元材料、ドープ材料等でもよい。このようなIII−VI(13−16)材料としては、Al,AlSe,AlTe,Ga,GaSe,GeTe,In,InSe,GaTe,InTe,InTeが挙げられるが、これらに制限されるものではない。
(9)周期表の14族からの第1元素と、周期表の16族からの第2元素とからなるIV−VI(14−16)材料。さらにまた、このIV−VI(14−16)材料中に他元素を含む、三元材料、四元材料、ドープ材料等でもよい。このようなIV−VI(14−16)材料としては、例えば、PbS,PbSe,PbTe,SnTe,SnS,SnSe,SnTeが挙げられるが、これらに制限されるものではない。
(10)周期表の14族の元素による半導体材料。さらにまた、14族の元素中に他元素を含む、二元材料、三元材料、四間材料、ドープ材料等でもよい。このような半導体材料としては、例えば、Si,Ge等が挙げられるが、これらに制限されるものではない。
(11)周期表の遷移金属における任意の族からの第1元素と、周期表のpブロック元素の任意の族からの第2元素とからなる材料。さらにまた、この材料中に他元素を含む、三元材料、四元材料、ドープ材料等でもよい。このような材料としては、例えば、NiS,CrS,CuAlS,CuAlSe,CuAlTe,CuGaS,CuGaSe,CuGaTe,CuInS,CuInSe,CuInTe,AgAlS,AgAlSe,AgAlTe,AgGaS,AgGaSe,AgGaTe,AgInS,AgInSe,AgInTeが挙げられるが、これらの材料に制限されるものではない。
【0022】
ただし、近接周期配列構造を構成する粒子間に双極子相互作用が働く物質であれば、コアの原料は、必ずしも上述した(1)〜(11)の材料に制限されるというわけではない。
【0023】
次に、コア・シェル型量子ドットの、コア・シェル粒子(図1A、図1B)及びコア・マルチシェル粒子(図1C)のシェルの原料としては、例えば、以下に挙げる物質を使用することができる。
(12)上述したコアの材料として使われる、全ての無機材料を含む。必ずしもこれに制限されるわけではない。
(13)粒子の表面に配位可能な有機分子。このような有機分子としては、トリアルキルホスフィンオキシド(trioctylphosphine oxide(octyl=炭素原子数8)等の炭素原子数1〜10程度のトリアルキルホスフィンオキシド)、アルキルアミン(hexadecylamine(hexadecyl=炭素原子数16)等の炭素原子数1〜18程度のアルキルアミン)、同程度の炭素数を持つジアルキルホスフィンオキシド、アルキルホスフィンオキシド、ジアルキルアミン、トリアルキルアミン、アルキルホスホン酸、アルキルチオールが挙げられるが、必ずしもこれらに制限されるというわけではない。
(14)低分子及び高分子ポリマー及びそれらの混合物。このようなポリマーとしては、ポリメタクリル酸メチル、ポリエチレン、ポリスチレンが挙げられるが、必ずしもこれらに制限さるというわけではない。
(15)空気、窒素、酸素、ヘリウム、アルゴンを含む気体層や、水、エチレングリコール、トルエン、ブタノールを含む液体層、並びに、真空層。ただし、気体層や液体層の種類は、必ずしもこれらに制限されるというわけではない。なお、気体層や液体層、真空層によりシェルを形成する場合には、コア同士が接触することをシェルのみで防ぐことが難しいので、例えば、コアを支持する支持材(基板等)を使用することが望ましい。
【0024】
コア・シェル型量子ドットのシェルには、各量子ドットを絶縁して、トンネル効果等による量子ドット間の荷電粒子の移動を防ぐ、もしくは軽減するために、コア原料より広いバンドギャップを有する原料を用いることが望ましい。
なお、シェルの原料は、コア同士の絶縁に寄与する原料であればよく、必ずしもコア原料より広いバンドギャップを有する原料に制限されるというわけではない。
【0025】
また、コア・シェル型量子ドットのシェルは、前記の(12)〜(15)の原料による単層構造、もしくは、(12)〜(15)から選ばれる複数の原料を混合したハイブリッド構造、もしくは、2種類の原料を積層した、例えば(12)の原料と(13)〜(15)から選ばれる原料とを積層した、マルチ構造(図1C)である。
ただし、近接周期配列構造をなす粒子間を絶縁し、トンネル効果等による粒子間の荷電粒子の移動を防ぐ、もしくは軽減することができる構造であれば、必ずしもこれらの構造に制限されるというわけではない。
【0026】
コア・シェル型量子ドットのコア・シェル粒子及びコア・マルチシェル粒子のコアの形状は、例えば、球体、桿体、円板状、放射状(四脚形や星形等)からなる群から選択した形状とすることができる。
もちろん、量子ドット間に双極子相互作用が働く形状であれば、コアの形状は、必ずしもこれらの形状に制限されるというわけではない。
【0027】
そして、本発明のコア・シェル型量子ドットの配列構造では、上述した構成のコア・シェル型量子ドットを、双極子相互作用が働く範囲内の間隔で配置する。
隣り合う量子ドットに働く双極子相互作用の大きさJは、量子ドットが互いに平行な1次元ダイポールを持つと仮定すると、


と表される。ただし、μは、量子ドットが持つ遷移双極子モーメントの大きさ、βは、互いの量子ドットの中心を結ぶ線分と遷移双極子モーメントのなす角、rは量子ドットの中心間距離である。
双極子相互作用の大きさは、距離の3乗に逆比例するため、距離の増加に伴い急激に減少する。そのため、双極子相互作用が有効的に働く範囲は、非常に近い距離までに限られる。
例えば、上述の擬イソシアニン色素を用いたJ会合体は、色素が約1nm間隔で配列した物質であり、この条件を十分に満たしている。
量子ドットの場合、コアを構成する半導体材料の持つμの大きさに依存するが、上限が2nm〜数nm程度となる。
シェルの厚さやシェルの大きさと量子ドットの間隔とを合わせた、コア間の距離が、双極子相互作用が働く範囲内になるようにする。
そのため、例えばコアの直径を2nm以下とした構成のように、通常の量子ドットよりも小さい量子ドットを使用することが望ましい。このような量子ドットは、現状の技術で作製することが可能である。
このような微細な大きさの量子ドットを、1次元、2次元、3次元、有機的、円管状等の構成で配列する。なお、量子ドットは厳密に等間隔に配列されていなくても、双極子相互作用が働く範囲内の間隔であれば良い。
【0028】
本発明のコア・シェル型量子ドットの配列構造によれば、双極子相互作用が働く範囲内の間隔で量子ドットが配列されているので、量子ドット間で働く双極子相互作用により、量子ドットのコア内の励起が複数の量子ドットに亘りコヒーレントに広がる。
【0029】
これに伴い、光と極めて強い相互作用を起こす材料となることで、量子ドット単体よりもラビ分裂量を充分に大きくして、室温等、従来の半導体よりも高い温度で、ポラリトン状態を実現することが可能になる。
従って、ポラリトン素子を応用して、閾値がなく、レーザ発振に要する電流や光を低減した、省エネルギーのレーザ光源を実現することが可能になる。また、相関光子対の発生装置、量子通信の光源等を実現することが可能になる。
【0030】
さらにまた、量子ドットのコア内の励起が複数の量子ドットに亘りコヒーレントに広がることに伴い、光と極めて強い相互作用を起こす材料となることで、ポラリトン素子以外の応用も可能になる。例えば、非線形光学素子、フェムト秒オーダーかそれに近い高速応答が可能な超高速応答素子、増感剤、エネルギー伝達用の素子等を実現することが可能になる。
【0031】
本発明のコア・シェル型量子ドットの配列構造の一形態として、図1Aに示したコア・シェル型量子ドット11を配列した構成を、図2に示す。
図2に示すコア・シェル型量子ドットの配列構造20は、図1Aに示したコア・シェル型量子ドット11を、量子ドット11が互いに接触するように、ほぼ一直線に配列した構造である。
なお、図2では、量子ドット11が互いに接触するように配置されているが、量子ドット11間で双極子・双極子相互作用が生じる範囲であれば、量子ドット11がある程度の間隔を有していても良い。
【0032】
このようにコア・シェル型量子ドットの配列構造20を構成したことにより、量子ドット内のコアで生じた励起が、量子ドット間で働く双極子・双極子相互作用により、複数個の量子ドットに亘り、コヒーレントに広がる。これにより、量子ドット単体よりもラビ分裂量を充分大きくして、室温等従来の半導体よりも高い温度でポラリトン状態を実現することが可能になる。
【0033】
なお、図2では量子ドット11をほぼ一直線に配列したが、量子ドットを平面的に配列したり、量子ドットを立体的に配列したりしてもよい。また、量子ドットを平面的又は立体的に配列する場合に、隣接する量子ドットの行や隣接する量子ドットの面と互い違いに配列してもよい。
また、図1Bに示したコア・シェル型量子ドット12や図1Cに示したコア・シェル型量子ドット13も、コア・シェル型量子ドット11と同様に配置して、コア・シェル型量子ドットの配列構造を構成することができる。
【0034】
また、シェルを気体層や液体層とした場合のコア・シェル型量子ドットの配列構造の形態を、図3A及び図3Bの断面図に示す。
【0035】
図3Aは、シェルを気体層もしくは真空層とした形態である。球状のコア21が下の基板22と一体化して形成されている。コア21と基板22との間は細い支持部23によって接続されている。コア21とコア21の間の空間24は、気体層もしくは真空層となっている。コア21を基板22と一体化して形成して、コア21を一列に配列したことにより、コア・シェル型量子ドットの配列構造を構成している。
このような構成は、例えば、電子ビームリソグラフィー装置やFIB(集束イオンビーム)装置によって基板を加工したり、基板を化学エッチングしたりすることにより、コア21と支持部23と基板22とを同一材料で一体化して形成することができる。
【0036】
図3Bは、シェルを液体層とした形態である。
図3Aに示した、コア21と基板22とが一体化した構成を利用して、コア21の周りに液体層のシェル25を形成している。
なお、図3Bでは、コア21の周囲に沿って液体層のシェル25が形成されている。これに対して、コア21とコア21との間の空間をシェルの液体層で完全に埋めた構成としても構わない。
【0037】
次に、本発明のコア・シェル型量子ドットの配列構造の一実施の形態を説明する。
まず、本実施の形態のコア・シェル型量子ドットの配列構造に係るコア・シェル型量子ドット30の概略構成図を、図4に示す。
図4に示すコア・シェル型量子ドット30は、基本的な構造は、図1Cに示したコア・マルチシェル粒子の量子ドット13と同様となっている。
即ち、半導体から成るコア1と、コア1の外側を覆って形成された、無機材料から成るシェル2と、無機材料から成るシェル2の外側に形成された、有機材料から成るシェル3とを有して、コア・シェル型量子ドット30が構成されている。
【0038】
そして、本実施の形態では、コア1にCdSeを使用し、シェル2にZnSを使用している。
また、本実施の形態では、特に、コア・シェル型量子ドット30の有機材料から成るシェル3が、トリオクチルホスフィンオキシド(TOPO)から成るシェル3Aと、ヘキサデシルアミン(HDA)から成るシェル3Bとの、2種類のシェル3A,3Bにより構成されている。
トリオクチルホスフィンオキシドから成るシェル3Aは、図1Cに示した量子ドット13と同様に、シェル3Aの分子のうち、酸素Oが無機材料から成るシェル2に結合し、リンPに結合した3つのオクチル基が外側に延びている。
ヘキサデシルアミンから成るシェル3Bは、ヘキサデシルアミンのNH−CH(CH15のアミンの窒素Nが無機材料から成るシェル2に結合し、炭化水素基が外側に延びている。
【0039】
本実施の形態のコア・シェル型量子ドット30において、コア1の直径d1は、2nm以下とすることが好ましい。
無機材料から成るシェル2の直径d2は、3nm以下とすることが好ましい。
有機材料から成るシェル3の直径、即ち量子ドット30の直径d3は、4nm以下とすることが好ましい。
【0040】
数ナノメートル程度の大きさを持つコア・シェル型量子ドットでは、コアの原料の種類やコアの形状・粒径により、発光波長が変化することが知られている。例えば、同じコアの原料の球状の量子ドットでは、コアの直径が大きいほど発光波長が長くなる。
【0041】
実際に、本実施の形態に係る量子ドット30を作製して、作製した量子ドット30をトルエンに分散させて、発光波長を調べた。
その結果、コアの直径が2nmのときは480nm付近の発光を生じ、コアの直径が6nmのときは600nm付近の発光を生じた。
【0042】
そして、本実施の形態では、図4に示したコア・シェル型量子ドット30を、双極子相互作用が働く範囲内の間隔で、図2に示したと同様に一列に配置する、もしくは、平面的や立体的に配列して、コア・シェル型量子ドットの配列構造を構成する。
これにより、量子ドット30内のコア1で生じた励起が、量子ドット30間で働く双極子相互作用により、複数個の量子ドット30に亘りコヒーレントに広がることに伴って、光と極めて強い相互作用を起こす材料となることで、量子ドット30単体よりもラビ分裂量を充分に大きくして、室温等従来の半導体よりも高い温度でポラリトン状態を実現することが可能になる。
従って、このコア・シェル型量子ドットの配列構造を用いて、閾値のないレーザ光源や、相関光子対の発生装置、量子通信の光源等を実現することが可能になる。
【0043】
なお、コア1には、上述したCdSeの他にも、前述した各種の半導体材料、即ち前述した(1)〜(11)の半導体材料を使用することができる。
シェル2には、上述したZnSの他にも、前述した無機材料、即ち前述した(12)の無機材料を使用することができる。
シェル3(3A,3B)には、上述したトリオクチルホスフィンオキシド(TOPO)やヘキサデシルアミン(HDA)の他にも、前述した有機材料、即ち前述した(13)〜(14)の有機材料を使用することができる。
【0044】
次に、本発明の共振器ポラリトンの一実施の形態の概略構成図を、図5に示す。
図5に示す共振器ポラリトン50は、それぞれの反射面が対向するように光の波長の半分の間隔で平行に配置された、2枚のミラー41と、2枚のミラー41の間に配置された、量子ドット42とから構成されている。
量子ドット42は、前述した材料から成る、コア・シェル型量子ドットによって、構成する。
このような構成により、ミラー41の間隔の2倍の波長の光を共振器内で強めることができ、この波長の光と量子ドット42のコアの半導体とを相互作用させて、光子と励起子との混合状態である共振器ポラリトン状態を実現することができる。
【0045】
なお、光を強めあう構造を構成できれば、必ずしも光の波長の半分の間隔である必要は無い。また、ミラー41の代わりに、フォトニッククリスタル等、その他の反射構造を使用して共振器ポラリトンを構成することも可能である。
【0046】
本発明の量子ドットの配列構造は、様々な方法により製造することが可能である。
配列構造を構成する量子ドットに使用するコア及びシェルの材料に対応して、適切な製造方法を選定すればよい。
続いて、コア・シェル型量子ドットの配列構造の製造方法の形態を、以下に示す。
【0047】
(テンプレート方式による製造方法)
本形態では、テンプレートを用いて、コア・シェル型量子ドットの配列構造を製造する。
まず、図6Aに示すように、テンプレートとしてのテラス・ステップ構造52を持つ基板51を用意する。
基板51としては、例えば、酸化物であるSrTiOを、(100)面から2°オフした傾斜面で切り出して、1気圧(酸素:窒素=1:1000の分圧)・1000℃で15時間焼成して得られる基板(例えば、M. Naito et al., Physica, 305, 233 (1998)を参照)を使用することができる。このような条件で焼成することにより、基板51の表面にテラス・ステップ構造52を形成することができる。
テンプレートは、必ずしもこの材料・構成に制限されるというわけではない。
【0048】
そして、図6Bに示すように、基板51のテラス・ステップ構造52上に、トルエン等の溶媒に分散した量子ドット(コア・シェル粒子、もしくは、コア・マルチシェル粒子)53を滴下して、スピンコーターによる遠心力を利用して量子ドット53を配列する。
なお、テンプレート上への量子ドットの粒子の展開方法や配列方法は、必ずしも上述した方法に制限されるわけではない。
【0049】
(自己組織化方式による製造方法)
本形態では、量子ドットの表面に有機分子を配位して有機材料から成るシェルを形成して、その有機材料の持つ疎水性(もしくは親水性)を利用して、自己組織的に近接周期配列構造を製造する(例えば、V. Santhanam et al., Langmuir, 19, 7881 (2003)を参照)。
【0050】
まず、コア又は無機材料から成るシェルの表面に有機分子を配位して、有機材料から成るシェルを形成して、量子ドットを作製する。
次に、良溶媒中に、量子ドットのコア・シェル粒子もしくはコア・マルチシェル粒子を分散させる。量子ドットの有機材料から成るシェルの外側が疎水性の場合には非極性溶媒(有機溶媒等)を良溶媒として使用し、量子ドットの有機材料から成るシェルの外側が親水性の場合には極性溶媒(水や親水性の有機酸等)を良溶媒として使用する。
次に、量子ドットを分散させた良溶媒を、貧溶媒上に滴下する。良溶媒が非極性溶媒の場合には貧溶媒として極性溶媒を使用し、良溶媒が極性溶媒の場合には貧溶媒として非極性溶媒を使用する。
例えば、図7Aに示すように、水等の極性溶媒61中に、補助材として浮き62を浮かべる。そして、浮き62の間に、量子ドット64を分散させた、有機溶媒(油層)等の非極性溶媒63を滴下する。これにより、量子ドット64を分散させた非極性溶媒63と、極性溶媒61とが分離する。
次に、良溶媒を揮発させる。例えば、図7Aの非極性溶媒63を揮発させる。これにより、図7Bに示すように、極性溶媒61の表面に量子ドット64が凝縮されていき、量子ドット64から成る自己組織膜65が形成される。
【0051】
即ち、良溶媒と貧溶媒との相分離を利用して、量子ドット64を自己組織化して、コア・シェル型量子ドット64の配列構造を持つ自己組織膜65を製造することができる。
なお、量子ドットのコア・シェル粒子もしくはコア・マルチシェル粒子を自己組織化する方法は、必ずしもこの方法に制限されるというわけではない。
【0052】
粒子間に双極子相互作用が働き、かつ、粒子間の絶縁性の高い構造を作製することができる方法であれば、必ずしもこれらの製造方法に制限されるというわけではない。
【0053】
本発明は、上述の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲でその他様々な構成が取り得る。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、上記の通り、量子ドット単体よりもラビ分裂量を充分に大きくして、室温等、従来の半導体よりも高い温度で、ポラリトン状態を実現することが可能になる、という優れた効果を有するので、ポラリトン素子を応用した、無閾値の省エネルギーレーザ、相関光子対の発生装置、量子通信の光源等や、ポラリトン素子以外の非線形光学素子、超高速応答素子、増感剤、エネルギー伝達用の素子において活用でき、産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0055】
1,21 コア、2 無機材料から成るシェル、3 有機材料から成るシェル、11,12,13,30 コア・シェル型量子ドット、20 コア・シェル型量子ドットの配列構造、22,51 基板、25 液体層から成るシェル、41 ミラー、42,53,64 量子ドット、50 共振器ポラリトン、52 テラス・ステップ構造、61 極性溶媒、63 非極性溶媒、65 自己組織膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体から成るコアと、前記コアの周囲に接して形成されたシェルとによる、コア・シェル型量子ドットによって構成され、
複数個の前記コア・シェル型量子ドットが、双極子相互作用が働く範囲内の間隔で配列された
コア・シェル型量子ドットの配列構造。
【請求項2】
前記量子ドットが等間隔で周期的に配列されている、請求項1に記載のコア・シェル型量子ドットの配列構造。
【請求項3】
前記シェルが有機材料から成る、請求項1に記載のコア・シェル型量子ドットの配列構造。
【請求項4】
前記シェルが、前記コアを覆うように形成された無機材料から成る、請求項1に記載のコア・シェル型量子ドットの配列構造。
【請求項5】
前記シェルが、前記コアを覆うように形成された無機材料と、前記無機材料の周囲に接して形成された、有機材料から成る、請求項1に記載のコア・シェル型量子ドットの配列構造。
【請求項6】
光共振器と、
半導体から成るコアと、前記コアの周囲に接して形成されたシェルとによる、コア・シェル型量子ドットによって構成され、複数個の前記コア・シェル型量子ドットが、双極子相互作用が働く範囲内の間隔で配列されたコア・シェル型量子ドットの配列構造とを含み、
前記光共振器内に、前記コア・シェル型量子ドットの配列構造が配置されて成る
共振器ポラリトン素子。
【請求項7】
前記光共振器が、対向して配置された2つの反射材で構成されている、請求項6に記載の共振器ポラリトン素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−32490(P2012−32490A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−170383(P2010−170383)
【出願日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】