説明

コエンザイムQ10を含有する細胞培養用の培地組成物

【課題】 コエンザイムQ10を培養細胞が摂取し得る状態で安定に含む細胞培養用培地を提供する。
【解決手段】 水溶化されたコエンザイムQ10を含む組成物を細胞培養に必要な栄養成分を含む培地組成物に添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コエンザイムQ10を含有する細胞培養用の培地組成物に関する。詳細には、水溶化されたコエンザイムQ10を培地組成物に配合することにより、所望の濃度で含有されるコエンザイムQ10が長期間安定に保持されることを特徴とする、細胞培養用の培地組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
コエンザイムQ10は、ユビデカレノンまたは補酵素Q10として知られる高等動物に存在する補酵素Qの1種(分子式 C59H90O4、分子量 863.36)である。コエンザイムQ10は、補酵素として生物活性をもつだけでなく、酸素利用効率を改善させる作用を有するビタミン様作用物質として知られている。コエンザイムQ10は、生体膜の安定化や抗酸化などの作用を有すると考えられ、臨床的にも狭心症、心不全、虚血性心疾患、筋ジストロフィー等の症状改善に薬理効果が認められている。
【0003】
一方、細胞培養技術の進歩により、ヒト患者自身の表皮細胞を培養して、移植用シートに応用する等の技術が現実のものとなりつつあり、細胞培養技術は再生医療における重要な役割を担うものとして注目されている。しかしながら、細胞培養により再生医療に必要とされる細胞培養物を作ることは、細胞が一定の増殖の後に増殖しなくなる等の理由により容易ではない。このため、培養細胞の発育を促進して細胞培養物の製造を容易とする添加物を加えた培地や、病院などでも簡単に使用できる操作性の良い培地組成物に対する要求が高まっている。
【0004】
細胞培養のための基本培地としては、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM培地)、マッコイの5A培地(McCoy's 5A Medium)、それを改変したRPMI 1640培地等が基礎培地成分として用いられ、これらは市場から容易に入手することができる。例えばDMEM培地は、塩化カルシウム、硝酸第二鉄、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、塩化ナトリウム、燐酸二水素ナトリウム等の無機塩、塩化コリン、パントテンサンカルシウム、葉酸、イノシトール、ニコチン酸アミンド、ピリドキサール塩酸塩、リボフラビン、チアミン塩酸塩等のビタミン類、グリシン、L−アルギニン、L−シスチン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−セリン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン、L−バリン等のアミノ酸、D−グルコースあるいはデキストロース、ピルビン酸、炭酸水素ナトリウム等の他の成分を基本成分としている。細胞培養にこれらの基本培地を使用する場合、必要に応じて銅塩や亜鉛塩等の無機塩、蛋白質等の成分を添加している。蛋白質は動物由来のものを用いる場合のほか、動物に由来するウイルス感染を避ける目的で遺伝子組換蛋白質を用いる場合が増えている。
【0005】
コエンザイムQ10をこのような培地に添加することによって、細胞の増殖を促進することが期待される。しかし、コエンザイムQ10は融点の低い親油性固体でありエーテルなどにはやや溶解するが水に難溶性である。このため、コエンザイムQ10には液体培地中に溶解させることができないという問題がある。また、コエンザイムQ10は不安定であり、分解してヒドロキノン体やユビクロメノール等が生成するという問題もある。これまでコエンザイムQ10は細胞に対する生理作用を研究する目的で、使用時にエタノール、ジメチルスルフォキサイド(DMSO)等の両親媒性の有機溶剤に溶解し、液体培地に添加されていた(例えば、非特許文献1)。しかし、この方法では、添加したコエンザイムQ10は添加直後こそ均一に分散するものの、大部分のコエンザイムQ10は実際には培地中で速やかに析出し、浮遊するか、培養器等の壁に付着してしまい、培養細胞がこれを細胞内に取り
込むことが困難であった。
【非特許文献1】P. Navas等、Ceramide-dependent Caspase 3 Activation is Prevented by Coenzyme Q from Plasma Membrane in serum-derived Cells, Free Radical Research, 2002年、36巻4号、p.369-374
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、コエンザイムQ10を培養細胞が摂取し得る状態で含む細胞培養用の培地組成物を提供することであり、詳しくは、コエンザイムQ10が安定な状態で保存できかつ水性液体培地中で均一に分散されているコエンザイムQ10を含有する細胞培養用の液体培地、およびそのような液体培地を簡単に製造できる粉末培地組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を行ったところ、コエンザイムQ10をあらかじめ水溶化することにより、水性液体培地中でのコエンザイムQ10の安定性に優れたコエンザイムQ10含有液体培地を製造しうることを見出して本発明を完成した。
従って、本発明は、
[1]水溶化されたコエンザイムQ10を含有することを特徴とする細胞培養用の培地組成物;
[2]培地組成物が液体状である[1]記載の培地組成物;
[3]コエンザイムQ10が水性液体培地組成物中において、平均粒径3μm以下の粒子として存在する[1]または[2]記載の培地組成物;
[4]コエンザイムQ10の水性液体培地組成物中の含有量が、0.1〜1000μg/mLである、[1]〜[3]のいずれかに記載の培地組成物;
[5]培地組成物が粉末状であり、水と混合することによって水性液体培地組成物とすることができる[1]記載の培地組成物;および
[6]血清および血清由来の成分を含まない、[1]〜[5]のいずれかに記載の培地組成物に関する。
【0008】
本発明の水溶化されたコエンザイムQ10を含有することを特徴とする細胞培養用の培地組成物は、市販されている細胞培養用の培地組成物に水溶化コエンザイムQ10組成物を添加することによって容易に作ることができる。また、水溶化コエンザイムQ10組成物を予め細胞培養用の培地組成物に混合して培地組成物とすることは、当業者であれば適宜行うことができる。このような培地組成物は、粉末としてあるいは液体の製品とすることができる。粉末の製品の場合は、粉末の培地組成物に粉末のコエンザイムQ10組成物を添加することにより、または、コエンザイムQ10を含む液状の培地組成物を乾燥させることによって製造することができる。粉末の培地組成物は、使用時に適当な量の水と混合することにより即時に使用可能な水性液体培地とすることができる。コエンザイムQ10を添加する細胞培養用の培地組成物は、前記のDMEM培地等の市販のもののほか、必要に応じて他の成分を加えた如何なる培地組成物であってもよい。
【0009】
細胞培養用の培地組成物に添加することができる水溶化コエンザイムQ10組成物としては、例えば下記(1)〜(5)に挙げられる乳化組成物が挙げられるが、これらに限定されない。
【0010】
(1)特開2004−196781号公報記載の組成物
特定の2種の界面活性剤を用いて水中油型エマルジョンを形成させることにより可溶化されたコエンザイムQ10組成物である。詳しくは、(A)コエンザイムQ105〜40質量%、(B)平均重合度10のポリグリセリンとステアリン酸、オレイン酸またはリノール酸のモノエステル5〜30質量%、(C)平均重合度3〜6のポリグリセリンとステアリン酸、オレイン酸またはリノール酸のモノ、ジ、トリまたはペンタエステル1〜18質量%、および、(D)水からなるコエンザイムQ10含有水性液体組成物を高圧ホモジナイザーによって用いて分散・乳化させた水溶性コエンザイムQ10含有組成物である。コエンザイムQ10の平均粒子径は110nm以下である。
【0011】
(2)多価アルコールおよび水溶性物質を含む水性液体中に分散・乳化させることによって水溶化された水溶化コエンザイムQ10組成物である。詳しくは、多価アルコールとしてグリセリンまたは糖アルコール、好ましくはグリセリンを用い、水溶性物質としてアラビアガム、水溶性コーンファイバー、デンプン、ゼラチン、キサンタンガム、カゼイン、デキストリン等、好ましくはアラビアガムおよびデンプン、特に好ましくは加工デンプンを用いて製造したコエンザイムQ10含有水性液体組成物を高圧ホモジナイザーによって分散・乳化させた水溶性コエンザイムQ10含有組成物である。この組成物の1例が、以下の実施例において水溶化Q10−2として示されている。
【0012】
(3)特許第3549197号公報記載の組成物
有機酸の存在下、アラビアガム、寒天、水溶性コーンファイバー、デンプン、ゼラチン、キサンタンガム、カゼイン、デキストリン、カルメロースナトリウム、ポリビニルピロリドンからなる群から選択される1つ以上の水溶性物質にコエンザイムQ10を分散・乳化した水溶性コエンザイムQ10含有組成物である。
【0013】
(4)コエンザイムQ10、中鎖脂肪酸トリグリセライドおよびプロピレングリコール脂肪酸エステルを含有することを特徴とするコエンザイムQ10含有組成物であり、中鎖脂肪酸トリグリセライド2〜30質量%、プロピレングリコール脂肪酸エステル2〜30質量%を含有する。中鎖脂肪酸トリグリセライドは、C6〜C14脂肪酸トリグリセライドから選択される1種以上であり、プロピレングリコール脂肪酸エステルは、プロピレングリコールとC6〜C18脂肪酸モノまたはジエステルから選択される1種以上である。
【0014】
(5)特開2003−238396号公報記載の組成物
コエンザイムQ10をショ糖酢酸イソ酪酸エステル等の中鎖脂肪酸エステル(油相成分)に溶解し、次いでこの溶液と多価アルコールに乳化剤を溶解した溶液を混合した後、乳化処理して得られる、コエンザイムQ10乳化組成物である。この乳化組成物は、0.1〜50質量%のコエンザイムQ10、0.1〜50質量%の油相成分、1〜90質量%の多価アルコールおよび0.1〜50質量%の乳化剤を含有する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、DMSO等の両親媒性の有機溶剤を用いて、分散した場合に起こる分散状態の崩壊を起こすことなく、コエンザイムQ10を安定に含有する細胞培養用液体培地を提供することができる。また本発明の組成物は、液体培地として提供されるばかりでなく、粉末で、使用時に容易に溶解可能な粉末培地とすることができる。このため、本発明の細胞培養用液体培地およびその組成物は、液状、粉末状のいずれの形態でも流通することができ、研究および産業上有効に利用できるコエンザイムQ10含有細胞培養用液体培地が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のコエンザイムQ10含有細胞培養用液体培地および粉末培地は、あらかじめ水溶化されたコエンザイムQ10を液体培地または粉末培地組成物に、液体培地としたときのコエンザイムQ10の含量が0.1〜500μg/ml、好ましくは0.5〜50μg/mlになるように添加したものである。本発明の液体培地中のコエンザイムQ10は液体培地中で分散・乳化状態で含有され、その平均粒径は10μm以下、好ましくは3μm以下である。
【0017】
このように調製されたコエンザイムQ10含有細胞培養用液体培地は、冷蔵(8℃以下)または冷凍(−10℃以下)で流通可能であり、また粉末培地の場合は冷蔵(8℃以下)で流通可能である。
本発明中の培地に含有されるコエンザイムQ10は、培地の使用期限内に90%以上が安定に保存され、使用時おいては水性液体培地中に微細な分散粒子として存在するので、培養される細胞中に有効に利用されうるという利点を有する。
【0018】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例で用いる水溶化コエンザイムQ10組成物および培地は次のものを用いた。
(1)水溶化Q10−1
日清ファルマ株式会社製の水溶化コエンザイムQ10「アクアQ10L10」(商品名)を用いた。これは、グリセリン脂肪酸エステルを用いてコエンザイムQ10を水溶化した液体製品であり、特開2004−196781号公報に記載される水溶化コエンザイムQ10である。
(2)水溶化Q10−2
アラビアガム(伊那食品工業製)800g、デキストリン(松谷化学工業製)340gおよびグリセリン60gを精製水4000gに加え、約60℃まで加温する。これにコエンザイムQ10(日清ファルマ製)800gを添加して混合し、さらに高圧ホモジナイザー(処理圧力700kg/cm2、3回)を通過させ、微細且つ均一なエマルジョンを得た。このエマルジョン中のコエンザイムQ10を含有する分散乳化粒子の粒径をレーザー回折・散乱法式粒度分布測定装置(MICROTRAC FRA;日機装社製)を用いて測定したところ、50%粒径は0.94μmであった。
次いで、このエマルジョンを180℃に加熱した熱気流中に噴出し、水分を除去して橙色の粉末組成物を得た。これは特許第3549197号に記載される水溶化コエンザイムQ10である。
(3)DMSO−Q10
比較例として、100倍量のDMSOで溶解したコエンザイムQ10(DMSO−Q10とする)を用いた。
(4)培地
細胞培養用培地として、コスモバイオ株式会社より入手した、ダルベッコ改変イーグル培地(カタログNo.P134500の液体培地、カタログNo.16103010の粉末培地)、RPMI1640培地(カタログNo.10−040−CMの液体培地、カタログNo.16105010の粉末培地)を用いた。
【実施例1】
【0019】
1.コエンザイムQ10含有培地の調製
液体培地を調製する場合には、細胞培養用液体培地に、水溶化Q10−1、水溶化Q10−2およびDMSO−Q10を、コエンザイムQ10の濃度が10μg/mlおよび500μg/mlになるように液体培地に加えよく混和した。
粉末培地を調製する場合には、細胞培養用粉末培地に、水溶化Q10−1、水溶化Q10−2およびDMSO−Q10を、水に溶解したときのコエンザイムQ10の濃度が、10μg/mlおよび500μg/mlになるように、粉末培地に加えよく混和した。そして、水溶化Q10−2を添加したものはそのまま用いたが、水溶化Q10−1およびDMSO−Q10を添加したものは凍結乾燥して水分およびDMSOを除去することによりコエンザイムQ10含有粉末培地を調製した。
【0020】
2.培地組成物中のコエンザイムQ10の安定性試験
液体培地は、冷蔵(4℃)および冷凍(−20℃)、6ヶ月間保存し、保存中のコエンザイムQ10含量を確認した。また粉末培地は冷蔵(4℃)の条件で、12ヶ月間保存し、保存中のコエンザイムQ10含量を確認した。このとき、粉末培地は保存後のものを使用時の濃度を使用時の濃度(10μg/mlおよび500μg/ml)に溶解した後、コエンザイムQ10の含量を測定した。
その結果を表1および表2に示す。
表1、表2よりあらかじめ水溶化したコエンザイムQ10を用いることにより、安定なコエンザイムQ10含有細胞培養用液体培地および粉末培地を調製することができる。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶化されたコエンザイムQ10を含有することを特徴とする細胞培養用の培地組成物。
【請求項2】
コエンザイムQ10が、液体培地としたときに平均粒径3μm以下の粒子として存在する、請求項1記載の培地組成物。
【請求項3】
液体培地としたときのコエンザイムQ10の濃度が、0.1〜1000μg/mLである、請求項1または2記載の培地組成物。
【請求項4】
血清および血清由来の成分を含まない、請求項1〜3のいずれか1項に記載の培地組成物。