説明

ココナッツジュース含有培地を用いる微生物の取得方法

【課題】本発明の主要な課題は、多様なVBNC状態の微生物に適用可能な蘇生技術を開発し、これを自然界からの微生物の取得に応用することにより、産業上有用で新規な微生物のスクリーニング技術を提供しようとするものである。
【解決手段】自然界に存在し、生きているが培養困難な状態の微生物を、ココナッツの実の内部溶液(ココナッツジュース)を0.5ml/L以上含む栄養培地で培養し、当該培地より分離することを特徴とする微生物の取得方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自然界から産業上有用な微生物を取得するためのスクリーニング技術に関し、更に詳細には、自然界に多く存在し、生存するが培養が困難な微生物群から培養可能な微生物を取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自然界から微生物を分離し、培養し、新たな微生物を得る方法としては、伝統的な平板培養法がコッホにより発明されて以来、様々な方法が開発され、それにより産業上有用な微生物が数多く分離され利用されてきた。
【0003】
特に最近、いわゆるVBNC状態(生きているが培養困難な状態)で自然界に存在する微生物を、培養が可能な状態あるいは平板培養でコロニーを形成する状態にする技術、換言すれば仮死状態にあるVBNC状微生物を通常の微生物に蘇生させる技術により、これまで知られていなかった新たな微生物が見出されるようになった。
【0004】
VBNC状態の微生物の蘇生技術に関しては、例えばカタラーゼを含む培地を用いる技術がこれまで報告されている(特許文献1:特開2004−89106号公報)。しかしながら、このような方法によっても蘇生しない微生物がまだ数多く存在することが予想されるので、当該技術に代わる新たなVBNC状微生物の蘇生・取得方法が求められている。
【0005】
ところで、ココヤシの果実であるココナッツ内部の溶液、即ちココナッツジュースは、植物の組織培養の際に添加すると、植物組織の生育促進に効果があることが知られている(非特許文献1:Steward,F.C.et al;Science.,113(2940),518−520,1951)。しかしながら、ココナッツジュースがVBNC状微生物の蘇生について何か影響を及ぼすか否かについては、全く何の知見もない。
【0006】
【特許文献1】特開2004−89106号公報
【非特許文献1】Steward,F.C.et al;Science.,113(2940),518−520,1951
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
この発明の主要な課題は、多様なVBNC状態の微生物に適用可能な蘇生技術を開発し、これを自然界からの微生物の取得に応用することにより、産業上有用で新規な微生物のスクリーニング技術を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の課題についての研究において、VBNC状微生物の蘇生技術を種々検討した。すなわち、E.coli K−12を栄養培地で培養し、48時間培養後の菌体を40日間低温に静置してVBNC状態を誘導した。このVBNC状態を誘導したE.coli K−12を使用して、熱処理、薬剤処理など、種々の条件にて検討した。その結果、低温処理してVBNC状態を誘導したE.coli K−12を、ココナッツジュースを添加した培地で培養すると蘇生率が2から5倍に向上することを見出した。これは、報告があったカタラーゼの添加条件より蘇生効果が高いことが明らかとなった。
【0009】
即ち、ココナッツジュースの添加培養法はVBNC状態の微生物をより高率で蘇生させる効果があることを見出し、課題を解決することができた。
【0010】
上述したように、本発明は、自然界に存在し、生きているが培養困難な状態の微生物をココナッツの実の内部溶液(ココナッツジュース)を0.5ml/L以上含む栄養培地で培養し、当該培地より分離することを特徴とする微生物の取得方法に存する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、VBNC状態の微生物を効率的に取得することができる。よって、産業上有用で新規な微生物を自然界からスクリーニングするための技術としての応用が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について具体的に説明する。微生物の分離はココナッツジュースを添加した平板培養法による好ましい代表例を示して、これを中心に説明するが、本発明の好ましい代表例として説明するものであり、本発明がこの代表例に限定されることはない。
【0013】
本発明において、自然界に存在し、生きているが培養困難な状態の微生物とは、通常自然界から微生物を分離する際に用いられる方法、例えば、土壌等の特定の分離源から試料を採取し、採取した試料を段階的に希釈後、平板培地に塗布し、一定時間平板培養後、プレート上に形成されるコロニーを分取する方法によっては、培養・取得が困難な微生物群を言う。
このような、自然界に存在し生きているが培養困難な状態の微生物を、本発明において、VBNC状微生物と称する場合がある。
【0014】
本発明でいう自然界とは、人工的に分離されていない微生物が存在しうるすべての環境を意味する。具体的には、土壌、泥、湖水、河水、沼水、植物および動物等の温和な環境、或いは深海、深地下、高温多湿地、極寒地、火山地、強酸性地、強アルカリ性地、高塩地、乾燥地および腐敗などにより少数の微生物種が大量に存在する天然環境等の極端な環境を意味する。又、病院、食品工場における空気および活性汚泥、風味付け汁、果汁等の食品加工産業原料、更に金属表面等の人工的環境も自然界に含める。
【0015】
本発明で使用する栄養培地は、特定割合のココナッツジュースを含有する。ココナッツジュースとは、ココナッツの内部溶液を意味し、通常は、ココナッツの内部、特に種子内部の胚乳に含まれている。ココナッツは、ココヤシ(Cocos nucifera)の実を意味する。本発明のココナッツジュースの原料としてのココナッツは、産地、品種、熟度などに限定されない。ココナッツジュースは、ココナッツの外殻及びココナッツ内部の種子の殻を破砕して抽出することができる。必要に応じて濾過、殺菌、滅菌等の処理を行ってもよい。また、市販のココナッツジュース、ココナッツミルク(ココナッツの種子内部の胚乳のうち固形部分から得られる白濁状の物質)やココナッツクリームなど、ココナッツジュースの主成分である脂肪酸、糖、有機酸、蛋白を含むココナッツ製品や加工品から抽出した液体などを用いることもできる。
【0016】
栄養培地へのココナッツジュースの添加量は、平板培地の場合では1プレート当たり10μl/プレート以上が望ましく、更に望ましくは100μl/プレート以上の塗布が望ましい。一方、乾燥の観点からは、ココナッツジュースの塗布量を10ml/プレート以下とすることが好ましい。
【0017】
ここで、プレート1枚あたりの平板培地の量は20mlである。つまり栄養培地中のココナッツジュース添加量は、濃度換算で0.5ml/l以上が望ましく、更に望ましくは5ml/l以上が望ましいということになり、上限は例えば500ml/l以下とすることが望ましいこととなる。このように、プレート当たりの添加量を、50倍すれば培地1lあたりの濃度換算値となる。
【0018】
本発明で使用する栄養培地は、上述した特定割合のココナッツジュースを含有する点以外は特に限定されず、通常の微生物分離法で使用される栄養培地に含まれるものと同様のものを含むことができる。具体的には例えば、下記のものに、適宜所要量のココナッツジュースを加えたものを用いることができる。
【0019】
例えば温和な環境から採取された試料については完全培地が使用される。具体的に培地について例示すれば、NUTRIENT BROTH(NB培地)(DIFCO社)、LB−BROTH(Luria−Bartani−broth:カゼイン加水分解物 1.0%、酵母エキス 0.5%、食塩 1.0%、DIFCO社)、TORYPTIC SOY BROTH(DIFCO社)、YG培地(グルコース 0.1%、酵母エキス 0.1%、K2HPO4 0.03%、KH2PO4 0.02%、MgSO4・7H2O 0.02%、pH6.8)等が使用される。特定の微生物群、例えば乳酸菌の分離を目指す場合にはGYP−S培地(グルコース 1%、酵母エキス 1.0%、ペプトン 0.5%、酢酸ナトリウム 0.2%、Tween80 0.5%、塩溶液 0.5%、pH6.8)、酵母、酢酸菌、乳酸菌等の場合にはGYMP培地(グルコース 1%、酵母エキス 0.5%、麦芽エキス 0.3%、ペプトン 0.5%、pH6.0)等がある。しかしながら、極端な環境から採取した試料の場合には、採取した試料の存在する環境を考慮し、その環境にあった培地を使用することが望ましい。例えば活性汚泥から採取した試料の場合には、活性汚泥を培地の構成成分として加えたり、海洋微生物を分離する際には、海水または人工海水を培地成分として使用する等、培地についての配慮が必要である。
【0020】
通常、自然界から微生物を分離するには、土壌等の特定の分離源から試料を採取し、採取した試料を段階的に希釈後、平板培地に塗布し、一定時間平板培養後、プレート上に形成されるコロニーを分取する方法、あるいは一旦液体培地で集積培養を行った後、平板培養法で分離する方法が行なわれる。この際、微生物の培養も当然のことながら分離源の環境を考慮した培養条件で培養される。例えば温泉から採取した試料の場合には高温で培養することが望ましい。
【0021】
ココナッツジュースを添加した平板培地で、VBNC状微生物を培養するとVBNC状微生物が増殖し、コロニーの出現数が増大することで、VBNC状微生物の増殖が確認される。ココナッツジュースの添加効果を人工的に誘導したE.coli K−12株で調べると、ココナッツジュースを100μl/プレート添加した場合には、まったく添加しない場合に比べて蘇生率が4倍に向上する。
【0022】
土壌から採取した試料をココナッツジュースを添加した平板培地で培養すると、ココナッツジュース無添加で培養した場合に比べて、プレート上のコロニーの出現数が2倍弱程度に向上する。プレート上のコロニーを分離し、VBNC状微生物を取得することができる。尚、分離した微生物をココナッツジュースを含まない培地で培養するといずれの微生物も、繰り返し培養できることから、VBNC状微生物が蘇生していることが示される。
【実施例】
【0023】
本発明を以下の実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0024】
実施例1(ココナッツジュースによるVBNC状微生物の蘇生能の検討)
まず、VBNC状微生物を実験的に多量取得するために、モデル微生物としてEscherichia coli(E.coli) K−12株を選択した。E.coli K−12株をLB−BROTH(Difco)を用いて培養した。48時間振盪培養した菌体(660nmにおける26倍希釈溶液の濁度、0.2)を4℃に静置した。静置開始後、経時的に生菌数(Viability Cell)とコロニー形成数(colony forming units)を測定した。
【0025】
生菌数の測定には、松下エコシステム社製、微生物迅速検査装置バイオプローラを使用した。コロニー形成数の測定はLB−BROTH(DIFCO)寒天培地を用いて実施した。その結果4℃に静置後、40日間で99%の微生物がVBNC状態になることが確認された。
【0026】
次に、VBNC状態にしたE.coli K−12菌体を使用して蘇生条件の検討(コロニー形成能の復活検討)を行った。E.coli K−12をVBNC状態に誘導するためLB−BROTH(Difco)を用いて37℃で48時間培養した後、4℃の低温下で、40日間、静置反応を行い、VBNCが進行した状態の菌体を調製した。この菌体を使用し、培地にはLB−BROTH(DIFCO)寒天培地を使用して、種々の蘇生条件の実験を実施した。尚、ココナッツジュースは、ココナッツ(中華街で購入、インドネシア産)の殻及び種皮に穴を開けて液を抽出し、0.22μmのフィルター(セルロース製)を用いて濾過滅菌をして調製した。その結果、表1に示すようにココナッツジュースの添加培養法によってコロニー形成数の増大が見出された。また、表1に示すように、ココナッツジュース添加によるVBNC状E.coli K−12の蘇生効果は、LB−BROTH(DIFCO)寒天培地でプレートあたり10μl/plate以上、好ましくは100μl/plate以上の、ココナッツジュースの添加により、顕著であることが見出された。
【0027】
【表1】

【0028】
また、そのココナッツジュースの添加によるVBNC状E.coli K−12の蘇生効果は、表2に示したように、これまで報告されていたカタラーゼの添加による効果より、大きいことが明らかとなった。
【0029】
【表2】

【0030】
実施例2(新規微生物の取得)
次に、人工的に誘導したVBNC状E.coli K−12の蘇生に対するココナッツジュースの添加効果を、自然分離源の例として、VBNC状微生物が多いことが知られている土壌からの分離に応用した。木更津市の土壌から採取したサンプルを0.8%の生理食塩水にて適当に希釈した後、ココナッツジュースを100μl/plate添加した1/10NB培地に塗布した。30℃で平板培養し、1週間後にプレート上に形成したコロニー数をカウントした。ココナッツジュース無添加の対照区とともにその結果を表3に示す。表3のように、ココナッツジュースの添加によって、コロニー形成数が増大し、新たなコロニー形成菌の出現が認められた。
【0031】
【表3】

【0032】
次に、対照区から取得した微生物10株と、ココナッツジュース添加区より取得した微生物10株を選択し、選択した微生物について新規性を調べた。選択した微生物の16SrRNA遺伝子の塩基配列の解析を行い、データーベース上での相同性が97%以下を示す微生物を新規性有りと判定した。その結果を表4に示す。
【0033】
【表4】

【0034】
表4に示すように、培地へのココナッツジュースの添加により、新規微生物の取得率が向上することが認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自然界に存在し、生きているが培養困難な状態の微生物を、ココナッツの内部溶液(ココナッツジュース)を0.5ml/L以上含む栄養培地で培養し、当該培地より分離することを特徴とする微生物の取得方法。

【公開番号】特開2008−142002(P2008−142002A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−332299(P2006−332299)
【出願日】平成18年12月8日(2006.12.8)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【出願人】(301037213)独立行政法人製品評価技術基盤機構 (25)
【Fターム(参考)】