説明

コハク酸の製造方法

【課題】リンゴ酸の副生を抑制した高純度のコハク酸の製造方法を提供する。
【解決手段】加圧反応器に水性溶媒と貴金属触媒を仕込んだ後に水素ガスを加圧状態となるまで供給し、次いで、原料の無水マレイン酸またはマレイン酸を反応器に添加して水素化反応を行わせるコハク酸の製造方法において、加圧反応器に添加する無水マレイン酸またはマレイン酸の全量の10重量%以上を逐次添加方式によって添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コハク酸の製造方法に関し、詳しくは、リンゴ酸の副生を抑制した高純度のコハク酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コハク酸は、マレイン酸または無水マレイン酸を水媒体中で水素化反応して得られ、食品添加物、医薬品の中間体などに使用されている有用な化合物である。このような用途に使用するコハク酸は、収率の点のみならず、安全性の観点からも、高純度のコハク酸が必要とされる。ところで、コハク酸の製造方法においてはマレイン酸に水が付加したリンゴ酸が副生するため、高純度のコハク酸を製造するためには、リンゴ酸の副生を抑制する必要がある。以下の化学反応式は、マレイン酸およびリンゴ酸の生成ルートを示すものであり、(A)は無水マレイン酸、(B)はマレイン酸、(C)はコハク酸、(D)はリンゴ酸である。
【0003】
【化1】

【0004】
しかしながら、リンゴ酸の副生の抑制については、マレイン酸を水媒体中で水素ガスの存在下に水素化触媒に接触させてコハク酸を製造する際の反応温度に関し、温度が高すぎるとリンゴ酸などの副生物が多くなるため、通常20〜150℃が選択されると提案されている程度である(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−31011号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記実情に鑑み、リンゴ酸の副生を抑制した高純度のコハク酸の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
即ち、本発明の要旨は、加圧反応器に水性溶媒と貴金属触媒を仕込んだ後に水素ガスを加圧状態となるまで供給し、次いで、原料の無水マレイン酸またはマレイン酸を反応器に添加して水素化反応を行わせるコハク酸の製造方法において、加圧反応器に添加する無水マレイン酸またはマレイン酸の全量の10重量%以上を逐次添加方式によって添加することを特徴とするコハク酸の製造方法に存する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、リンゴ酸の副生を抑制した高純度のコハク酸の製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0010】
本発明のコハク酸の製造方法は、加圧反応器に水性溶媒と貴金属触媒を仕込んだ後に水素ガスを加圧状態となるまで供給し、次いで、原料の無水マレイン酸またはマレイン酸を反応器を添加して水素化反応を行わせるバッチ式方式である。
【0011】
原料として使用する無水マレイン酸およびマレイン酸としては一般に市販されているものを使用することができる。マレイン酸を原料とした場合は、無水マレイン酸を原料とした場合に比してリンゴ酸が副生し易い傾向があり、また、マレイン酸は異性化してフマル酸を生成するために水素化反応時間が長くなる。従って、本発明においては、無水マレイン酸の使用が推奨される。
【0012】
水素化触媒として使用する貴金属触媒としては、従来公知のものを使用することができる。具体的には、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、白金などが挙げられる。これらの中では特にパラジウムが好適である。また、これらは単独で使用しても複数併用しても構わない。
【0013】
貴金属触媒は、そのまま使用することもできるが、担体として、シリカ、チタン、ジルコニア等の酸化物又はこれらの複合酸化物、活性アルミナ又は活性炭などを使用することができる。これらは単独で使用しても複数併用しても構わない。貴金属の担持量は、特に限定されないが、担体に対する割合として、通常0.1〜10重量%である。また、貴金属触媒は、水素化反応終了後、濾別したものをそのまま次の反応の水素化触媒として再使用することもできる。貴金属触媒を反応器に仕込む際、そのまま仕込むこともできるし、水のスラリーとして仕込むこともできる。
【0014】
水素化反応に使用する水素としては、窒素、ヘリウム、アルゴン等との混合ガスを使用することもできるが、水素の分圧を上げるため、純粋な水素ガスを使用することが好ましい。
【0015】
水素化反応の圧力は、一般に常圧〜5MPaであるが、好ましくは0.3〜1.0MPaである。水素圧力が低すぎる場合は水素化反応に長時間を要し、一方、高すぎても著しい水素化反応時間の短縮とはならない。
【0016】
本発明においては、加圧反応器に原料を逐次添加する前に、反応器内を水素ガスで置換しておくことが好ましい。また、濾液を再使用する場合は、当該濾液中に水素ガスを吹き込みながら反応器内を置換しておくことが好ましい。
【0017】
水素化反応に供する原料の形態は、固体の状態でも溶融状態でもよいが、流動性の観点から、溶融状態が好ましい。溶融温度は、通常60〜120℃、好ましくは80〜100℃である。溶融温度が低すぎる場合は反応器に添加した時に結晶が析出して反応時間が長くなり、一方、温度が高すぎる場合はリンゴ酸の副生量が増加する。
【0018】
水素化反応温度は原料の逐次添加に従って昇温していくことが好ましい。水素化反応の初期温度は、通常20〜60℃、好ましくは30〜50℃の範囲である。水素化反応の初期温度が低すぎる場合は無水マレイン酸の結晶が析出して反応時間が長くなる。一方、初期温度が高すぎる場合はリンゴ酸の副生量が増加する。原料を逐次添加して反応を進行させる際の反応温度は、通常90〜120℃、好ましくは100〜110℃の範囲である。反応温度が低すぎる場合は水素化反応に長時間を要し、一方、反応温度が高すぎる場合はリンゴ酸の副生量が増加する。なお、水素化反応の進行に伴って水素が消費されるため、例えば反応圧力の変化などで水素の消費量を監視することにより、反応の進捗状況を知ることが出来る。
【0019】
本発明の最大の特徴は、加圧反応器に添加する原料(無水マレイン酸またはマレイン酸の)の全量の10重量%以上を逐次添加方式によって行う点にある。ここで、逐次添加とは、一括添加せずに、連続的添加(一定時間かけて添加する態様)又は断続的添加(複数回に分けて分割添加する態様)を意味する。加圧反応器に添加する原料の全量は、加圧反応器の容量を勘案して適宜決定される。逐次添加する原料の割合が10重量%未満の場合、リンゴ酸の副生を抑制する効果が十分ではない。逐次添加方式によって添加する原料の割合は、生産性をも考慮し、好ましくは50〜70重量%である。
【0020】
連続的に逐次添加する場合の原料の添加時間は、反応温度、反応圧力などの条件により異なるが、通常1〜4時間、好ましくは2〜3時間である。つまり、これらの時間を掛けて一定速度で連続に添加する。添加時間が短すぎる場合は、リンゴ酸の副生を抑制する効果が十分ではない。また、水素化反応は発熱反応であるため、反応熱の除去が困難となり、反応温度が高くなりすぎてリンゴ酸が副生し易くなる。一方、添加時間が長すぎる場合は、水素化反応の時間が長くなり効率的ではない。
【0021】
断続的に逐次添加する場合の原料の分割回数は、反応温度、反応圧力などの条件の他、逐次添加に供する原料の割合によっても異なるが、通常3〜10回、好ましくは4〜7回であり、間隔(インターバル)は、水素化反応の終結を目安にすることも可能であるが、時間的に言えば、通常5〜60分、好ましくは10〜30分である。
【0022】
原料の逐次添加が終了した後、水素化反応を完結するため、通常0.5〜2時間程度反応状態を継続することが好ましい。水素化反応に要する時間は、一概に決定することができないが、水素の消費が停止した時点で水素化反応は終了する。
【0023】
水素化反応終了後は、濾過などの操作によりコハク酸含有反応液から水素化触媒を分離し、次いで、冷却などによりコハク酸を晶析させ、コハク酸の結晶を濾別する。濾過の際、コハク酸のケーキに濾液が残留している場合は、コハク酸の純度が低下するため、コハク酸のケーキの脱液を十分行うか、またはコハク酸のケーキを水で洗浄することが好ましい。
【0024】
本発明においては、コハク酸のケーキを濾別した後の濾液は次の反応に再使用することができる。その理由は、濾液中のコハク酸とリンゴ酸の濃度は、バッチを重ねるに従って略一定の濃度に収束するからである。また、濾液中のコハク酸とリンゴ酸の濃度は、水素化反応時のコハク酸およびリンゴ酸の転化率には影響せず、反応温度、反応圧力、水素化触媒の使用量などに依存するからである。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0026】
<実施例1>
内容積1リットルのステンレス製オートクレーブに無水マレイン酸46gと水375gとを仕込む。これに水素化触媒として5重量%パラジウム担持した粉末状活性炭を1.4g(50重量%含水)添加した。オートクレーブの空隙部を窒素で置換し、タービン翼攪拌羽根を用いて300rpmで攪拌し、50℃まで昇温した。攪拌を止めてオートクレーブの空隙部を水素で置換し、オートクレーブの内圧を0.35MPa(ゲージ圧)となるよう調整した後、1200rpmで攪拌して反応を開始した。次に、無水マレイン酸131gを予め80℃に加熱して溶融状態にし、この溶融液の全量を3時間かけて一定速度で連続的に逐次添加した。この溶融液を添加するに従ってオートクレーブ内の温度は上昇し、100℃まで上昇したら、オートクレーブを冷却し、100℃になるように調整した。この溶融液の添加が終了した後、さらに0.5時間反応させ、水素化反応を完結させた。次いで、オートクレーブ内の水素ガスを放出して常圧に戻し、窒素ガスで空隙部を置換した。その後、水を560g加えて希釈し、反応液中の水素化触媒を濾過器を用いて分離し、清澄なコハク酸含有反応液を得た。このコハク酸含有反応液を高速液体クロマトグラフィにより成分を分析し、コハク酸とリンゴ酸の反応収率を算出した。この算出結果を逐次添加に供した無水マレイン酸の割合と共に表1に示した。
【0027】
<実施例2>
内容積1リットルのステンレス製オートクレーブに無水マレイン酸75gと水375gとを仕込む。これに水素化触媒として5重量%パラジウム担持した粉末状活性炭を1.4g(50重量%含水)添加した。オートクレーブの空隙部を窒素で置換し、タービン翼攪拌羽根を用いて300rpmで攪拌し、50℃まで昇温した。攪拌を止めてオートクレーブの空隙部を水素で置換し、オートクレーブの内圧を0.35MPa(ゲージ圧)となるよう調整した後、1200rpmで攪拌して反応を開始した。攪拌開始から1時間後、無水マレイン酸106gを予め80℃に加熱して溶融状態にし、この溶融液の全量を2時間かけて一定速度で連続的な逐次添加した。この溶融液を添加するに従ってオートクレーブ内の温度は上昇し、100℃まで上昇したら、オートクレーブを冷却し、100℃になるように調整した。この溶融液の添加が終了した後、さらに0.5時間反応させ、水素化反応を完結させた。次いで、オートクレーブ内の水素ガスを放出して常圧に戻し、窒素ガスで空隙部を置換した。その後、水を560g加えて希釈し、反応液中の水素化触媒を濾過器を用いて分離し、清澄なコハク酸含有反応液を得た。このコハク酸含有反応液を高速液体クロマトグラフィにより成分を分析し、コハク酸とリンゴ酸の反応収率を算出した。この算出結果を逐次添加に供した無水マレイン酸の割合と共に表1に示した。
【0028】
<実施例3>
オートクレーブ内に仕込む無水マレイン酸を0g、反応中に添加する無水マレイン酸の溶融液を173gとした以外は、実施例1と同様の方法で反応を行った。得られたコハク酸含有反応液を高速液体クロマトグラフィにより成分を分析し、コハク酸とリンゴ酸の反応収率を算出した。この算出結果を逐次添加に供した無水マレイン酸の割合と共に表1に示した。
【0029】
<実施例4>
オートクレーブ内に仕込む無水マレイン酸を100g、反応中に添加する無水マレイン酸の溶融液を75gとした以外は、実施例2と同様の方法で反応を行った。得られたコハク酸含有反応液を高速液体クロマトグラフィにより成分を分析し、コハク酸とリンゴ酸の反応収率を算出した。この算出結果を逐次添加に供した無水マレイン酸の割合と共に表1に示した。
【0030】
<比較例1>
内容積1リットルのステンレス製オートクレーブに無水マレイン酸176gと水375gとを仕込む。これに水素化触媒として5重量%パラジウム担持した粉末状活性炭を1.4g(50重量%含水)添加した。オートクレーブの空隙部を窒素で置換し、タービン翼攪拌羽根を用いて300rpmで攪拌し、50℃まで昇温した。攪拌を止めてオートクレーブの空隙部を水素で置換し、オートクレーブの内圧を0.31MPa(ゲージ圧)となるよう調整した後、1200rpmで攪拌して反応を開始してから3.5時間で水素化反応を完結させた。オートクレーブ内の温度が100℃まで上昇したら、オートクレーブを冷却し、100℃になるように調整した。反応圧力は、この溶融液の添加が終了した後、さらに0.5時間反応させ、水素化反応を完結させた。次いで、オートクレーブ内の水素ガスを放出して常圧に戻し、窒素ガスで空隙部を置換した。その後、水を560g加えて希釈し、反応液中の水素化触媒を濾過器を用いて分離し、清澄なコハク酸含有反応液を得た。このコハク酸含有反応液を高速液体クロマトグラフィにより成分を分析し、コハク酸とリンゴ酸の反応収率を算出した。この算出結果を逐次添加に供した無水マレイン酸の割合と共に表1に示した。
【0031】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
加圧反応器に水性溶媒と貴金属触媒を仕込んだ後に水素ガスを加圧状態となるまで供給し、次いで、原料の無水マレイン酸またはマレイン酸を反応器に添加して水素化反応を行わせるコハク酸の製造方法において、加圧反応器に添加する無水マレイン酸またはマレイン酸の全量の10重量%以上を逐次添加方式によって添加することを特徴とするコハク酸の製造方法。
【請求項2】
原料が無水マレイン酸である請求項1に記載のコハク酸の製造方法。
【請求項3】
水素化反応温度が70〜120℃の範囲である請求項1又は2に記載のコハク酸の製造方法。
【請求項4】
貴金属触媒がパラジウム触媒又はルテニウム触媒である請求項1〜3の何れかに記載のコハク酸の製造方法。

【公開番号】特開2013−23464(P2013−23464A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−158811(P2011−158811)
【出願日】平成23年7月20日(2011.7.20)
【出願人】(000199795)川崎化成工業株式会社 (133)
【Fターム(参考)】