説明

コムギにおける導入された目的遺伝子の発現効率を向上させる方法

【課題】コムギにおける導入された目的遺伝子の発現効率を向上させる方法を提供すること。
【解決手段】コムギの未熟胚を低温乾燥し、形質転換操作により未熟胚またはその細胞に目的遺伝子を導入し、未熟胚またはその細胞を0.25〜1.0Mの浸透圧調節物質を含む培地で選抜培養することを含む、導入された目的遺伝子の発現効率を向上させる方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コムギにおける導入された目的遺伝子の発現効率を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に植物の形質転換方法は、植物細胞または組織に目的遺伝子を導入し、それを培養し、植物体を再生する。
【0003】
しかし、コムギでは、このような一般的な方法を用いて形質転換された植物体を得ることが難しいことが知られている。
【0004】
コムギの形質転換については、例えばVasilら(非特許文献1)による直接導入法、Chengら(非特許文献2)によるアグロバクテリウム法で成功した例が報告されおり、その後も、例えばパーティクルガン法などの直接導入法で成功した例が多く報告されているが、遺伝子の導入効率などで表される成功率は非常に低い。またコムギでは、目的遺伝子が細胞または組織に導入されたとしても、組織培養が困難で、植物体を再生して形質転換を確認することは難しい。
【0005】
コムギでは、遺伝子を導入する組織(外植片)として未熟胚が最もよく用いられているが、その形質転換効率は植物の生育環境による外植片の状態に大きく左右されるため、日本国外などで確立された形質転換系を日本国内で再現することが困難である。
【0006】
またコムギでは、遺伝子導入法としてパーティクルガン法がよく用いられているが、そのような直接導入法では、導入遺伝子の再構成などにより、導入遺伝子が正常に発現している形質転換体が得られにくい。
【0007】
コムギの形質転換における再分化効率については、例えば非特許文献3で、開花後12日目に採取して17〜19日間4℃に保存した穂の胚盤を、約2〜3%のスクロースを含む培地で培養したところ、再分化効率が高くなったことが開示されている。
【0008】
また、コムギの形質転換効率については、例えば非特許文献4で、デュラムコムギの外植片に高温または乾燥ストレス処理を行って未熟胚に除草剤耐性遺伝子を含むプラスミドで形質転換したところ、形質転換効率が向上したことが開示されている。
【0009】
しかしながら、これらの非特許文献は、再分化効率の向上、または選抜マーカー遺伝子の発現を調べて遺伝子導入効率が向上したことを開示しているが、目的遺伝子の発現効率については開示していない。
【0010】
形質転換体を作製する場合、目的遺伝子が導入できたとしても、その目的遺伝子が実際に発現しなければ意味がない。従って、目的遺伝子の発現効率を向上させることが形質転換体の作製にとって重要である。
【非特許文献1】Vasilら、Bio/Technology 10:667−674(1992)
【非特許文献2】Chengら、Plant Physiology 115:971−980(1997)
【非特許文献3】In Vitor Cell.Dev.Biol. Plant 39:20−23,Januari−February 2003
【非特許文献4】Plant Cell Rep(2002)20:955−960
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、コムギにおける導入された目的遺伝子の発現効率を向上させる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、コムギを形質転換する外植片を低温処理し、外植片に目的遺伝子を導入し、従来よりも高浸透圧の培地で外植片を選抜培養することにより、導入された目的遺伝子の発現効率を向上できることを見出し、また、高浸透圧の培地を用いることにより、従来の低浸透圧培地と比べて導入遺伝子のコピー数が少なく、導入遺伝子が発現する確率が高くなることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
本発明の特徴は、要約すると以下の通りである。
(1)コムギの未熟胚を低温乾燥し、形質転換操作により未熟胚またはその細胞に目的遺伝子を導入し、該未熟胚またはその細胞を0.25〜1.0Mの浸透圧調節物質を含む培地で培養することを含む、コムギの未熟胚またはその細胞において導入された目的遺伝子の発現効率を向上させる方法。
(2)形質転換されたコムギの未熟胚またはその細胞が、導入された目的遺伝子のコピーを1つまたは2つ含む、(1)に記載の方法。
(3)低温乾燥を0〜10℃で行う、(1)または(2)に記載の方法。
(4)浸透圧調節物質が、マルトース、スクロース、マンニトール、ソルビトール、ポリエチレングリコール、パーコールおよびフィコールからなる群から選択される、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)形質転換操作がパーティクルガン法である、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載の方法によって作製された形質転換コムギ未熟胚またはその細胞を用いて植物体を再生することを含む、導入された目的遺伝子の発現効率が向上した植物の作出方法。
(7)植物体に導入された目的遺伝子が後代に伝達されることを含む、(6)に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、コムギの形質転換体における目的遺伝子の発現効率を向上させることができる。また、コムギ植物の生育環境による外植片の状態に大きく左右されることなく、形質転換系を再現することが容易になる。さらに、導入された目的遺伝子の発現効率が向上したコムギ植物およびその後代を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のコムギの未熟胚またはその細胞において導入された目的遺伝子の発現効率を向上させる方法は、コムギの未熟胚を低温乾燥し、形質転換操作により未熟胚またはその細胞(カルスなどの培養細胞を含む)に目的遺伝子を導入し、該未熟胚またはその細胞を0.25〜1.0Mの糖または糖アルコールなどの浸透圧調節物質を含む培地で培養することを含むことを特徴する。
【0016】
形質転換を行う外植片としてコムギの未熟胚を用いる。未熟胚は、コムギ(Triticum aestivum)の開花後10〜17日に穂を採取して得ることが好ましい。未熟胚であれば特に限定されないが、例えば、American Journal of Botany vol.70,pp308−311に記載されている形態的な観察でのstageIIの終わり頃の未熟胚が好ましい。
【0017】
好ましくは、コムギの茎ごと穂を採取し、外から水分を与えずにそのまま低温暗所に立て、乾燥処理を行う。温度は、好ましくは0〜10℃、より好ましくは4〜6℃とし、好ましくは1〜20日間、より好ましくは5〜7日間乾燥させる。0℃よりも低いと凍結してしまい、10℃よりも高いと未熟胚の登熟・乾燥が急速に進んでしまい、好ましくない。また低温下では未熟胚の発達が遅くなるため、未熟胚の発達ステージを調節しやすくなるという利点がある。乾燥は、風乾、デシケーター内でのシリカゲルによる脱水などの方法で速めたり調節してもよい。
【0018】
なお、外植片(未熟胚)の前処理以前の植物体への水分の与え方、登熟温度を調節して、乾燥処理による未熟胚の細胞内の変化を穏やかに適度に進めることにより、前処理の期間を調節することも可能である。
【0019】
コムギの一般的な温室栽培条件(25/20℃)では、細胞の活性が高く、登熟が進みやすく、乾燥も進みやすい。出穂・開花から登熟初期には水分を最も要するので、少しの水不足で急激に乾燥が進み、胚の発達ステージも急激に進んでしまうため、適期がすぐ過ぎてしまう。例えば18/10℃の温室で育てた場合、開花15〜16日後に刈り取り、5℃で5日間乾燥させている(20日)が、25/20℃の温室では、開花10日後では処理を始めるには早すぎ、11日後では遅すぎることがあり得、また、18/10℃の温室で育てて水分を控えておき、開花14日後に水を抜いておけば、開花16〜17日後に刈り取り、5℃で3日間の乾燥で(19日)同様な状態の胚が得られるので、このように温度や水分の与え方を調節すると、導入処理を行う日程を調整することができる。また、穂・種子の大きさや穂の中の種子の位置によっては水の抜け方が違う(大きい種子では水が抜けにくい、穂の上の方は水が抜けやすく下の方は抜けにくいなど)ため、植物の生育状況に合わせて調節することが好ましい。
【0020】
上記のようにしてコムギの未熟胚を低温乾燥し、3〜6時間カルス誘導培地で前培養した後、目的遺伝子を未熟胚またはその細胞に導入する。
【0021】
目的遺伝子の導入には、公知の遺伝子工学的手法を用いることができ、特に限定されない。一般的には、目的遺伝子を含むベクターを作製して、未熟胚またはその細胞、あるいはそれらから誘導したカルスに、アグロバクテリウム法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、PEG−リン酸カルシウム法、リポソーム法、マイクロインジェクション法などでベクターを導入するが、コムギでは、植物体への再生効率から、パーティクルガン法を用いて未熟胚に導入する方法が好ましい。パーティクルガン法は、金属微粒子に遺伝子をコーティングして細胞組織に打ち込む方法であり、コムギのように再分化能力が低い植物に有用であると考えられている。
【0022】
目的遺伝子を含むベクターは、例えば以下のようにして作製することができる。
【0023】
ベクターは特に限定されず、pAL系(pAL51、pAL156など)、pUC系(pUC18、pUC19、pUC9等)、pBI系(pBI121、pBI101、pBI221、pBI2113、pBI101.2等)、pPZP系、pSMA系、中間ベクター系(pLGV23Neo、pNCAT等)、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)、インゲンマメモザイクウイルス(BGMV)、タバコモザイクウイルス(TMV)等を用いることができる。
【0024】
ベクターに目的遺伝子を挿入するには、例えば、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法を用いることができる。
【0025】
目的遺伝子は特に限定されず、その遺伝子の発現が望まれるものであればよく、対象となる植物の内因性遺伝子または外来遺伝子でもよい。そのような遺伝子として、例えば、糖代謝関連遺伝子、有用物質(医薬、色素、芳香成分など)生産遺伝子、植物生長制御(促進/抑制)遺伝子、耐病虫害性(昆虫食害抵抗性、カビ(菌類)及び細菌病抵抗性、ウイルス(病)抵抗性等)遺伝子、環境ストレス(低温、高温、乾燥、塩、光障害、紫外線)抵抗性遺伝子、トランスポーター遺伝子、製粉特性・製パン特性・製麺特性関連遺伝子等が挙げられる。
【0026】
ベクターには、目的遺伝子のほかに、例えばプロモーター、エンハンサー、イントロン、ターミネーター、ポリA付加シグナル、選抜マーカー遺伝子などを連結することができる。
【0027】
プロモーターとしては、植物体内または植物細胞において機能し、植物の特定の組織内あるいは特定の発育段階において発現を導くことのできるDNAであれば、植物由来のものでなくてもよい。具体例としては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来PRタンパク質プロモーター等が挙げられる。
【0028】
ターミネーターとしては、前記プロモーターにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよく、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35S ターミネーター等が挙げられる。
【0029】
選抜マーカー遺伝子としては、例えば、除草剤耐性遺伝子(ビアラホス耐性遺伝子)、薬剤耐性遺伝子(テトラサイクリン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子など)、蛍光または発光レポーター遺伝子(ルシフェラーゼ、β−ガラクトシダーゼ、β−グルクロニターゼ(GUS)、グリーンフルオレッセンスプロテイン(GFP)など)、ネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(NPT II)、ジヒドロ葉酸レダクターゼなどの酵素遺伝子が挙げられる。
【0030】
上記目的遺伝子を含むベクターを、パーティクルガン法でコムギの未熟胚またはその細胞(カルスなどの培養細胞でもよい)に撃ち込む。
【0031】
まず、金粒子を洗浄滅菌し、金粒子、ベクター、CaCl、スペルミジンをボルテックスミキサーなどで攪拌しながら加えて、ベクターを金粒子にコーティングし、エタノールで洗浄する。その金粒子をマクロキャリヤーフィルムに塗布して乾燥させる。そして、マクロキャリヤーフィルム、ターゲットの未熟胚またはその細胞をパーティクルガン装置に設置し、ガス加速管から高圧ヘリウムガスをマクロキャリヤーフィルムに向かって発射する。マクロキャリヤーフィルムはストッピングプレートで止まるが、金のパーティクルはストッピングプレートを通過して、ストッピングプレートの下に設置したターゲットに貫入し、目的遺伝子が導入される。
【0032】
次に、目的遺伝子を導入したコムギの未熟胚またはその細胞をカルス誘導培地で培養する。カルス誘導培地は、従来の培地よりも高浸透圧になるように、培地に0.25〜1.0M、好ましくは0.3〜0.65M、より好ましくは0.4〜0.5Mの浸透圧調節物質を加える。浸透圧調節物質が0.25M未満であると細胞質が流出するなど遺伝子導入処理に耐えられなくなり、1.0Mを超えると細胞活性が過度に抑制されるので好ましくない。また、浸透圧調節物質は特に限定されないが、例えば糖または糖アルコールなどが好ましく、具体的にはマルトース、スクロース、マンニトール、ソルビトール、ポリエチレングリコール(PEG)、パーコール(商品名、アマシャムバイオサイエンス社、ポリビニルピロリドン被膜を持つコロイドシリカ製品)、フィコール(商品名、ファルマシア社、ショ糖とエピクロロヒドリンを共重合した水溶性の合成品)を用いることができる。これらを単独で用いてもよいし、複数の糖などを組み合わせて用いてもよいが、コムギでは通常マルトースが好ましく用いられる。
【0033】
また、カルス誘導培地のベースとなる組成は、コムギの培養に適していれば特に限定されず、寒天、無機要素、ビタミン、炭素源、および高濃度(例えば2mg/L)の2,4−Dなどのオーキシン、サイトカイニン等の植物ホルモン(植物生長調節物質)等を含めることができる。カルス誘導培地では、遺伝子導入後、例えば約1〜3日間培養する。
【0034】
形成されたカルスを、例えばカルス誘導培地よりも濃度を低くした2,4−D(例えば0.5mg/L)などのオーキシン等の植物生長調節物質を含む、新しいカルス維持培地に移しかえて培養する。カルス維持培地にも、高浸透圧条件になるように上記濃度の浸透圧調節物質(マルトースが好ましい)を加えることが好ましい。
【0035】
また、選抜のために、ベクターに導入した選抜マーカーに対応する除草剤や薬剤を培地に添加することが好ましい。カルス維持培地では、カルス誘導後、例えば約2〜4週間培養する。
【0036】
なお、従来の培地は、0.088〜0.12Mのマルトースを含み、本発明で用いる培地よりも低浸透圧条件である。本発明の高浸透圧条件下で選抜培養すると、低浸透圧条件と比べて、培養細胞または再生された植物体に含まれる導入遺伝子の正常な発現ユニットのコピー数が1または2つ程度と少ないことがわかり(実施例2の5.導入遺伝子のコピー数の推定を参照)、導入遺伝子が発現する確率が高くなると考えられる。
【0037】
培養したカルスを適当な条件下で更に培養することにより、器官の再分化を誘導し、最終的に完全な植物体を再生させることができる。再分化誘導は、培地における2,4-Dなどのオーキシンやゼアチンなどのサイトカイニン等の植物生長調節物質、炭素源等の各種成分の種類や量、光、温度等を適切に設定することにより行うことができる。再分化誘導により、不定胚、不定芽、不定茎葉等が形成される。更に、オーキシンやサイトカイニンを含まない発根培地に移植して、完全な植物体へと育成させる。
【0038】
以上の手法により、導入された目的遺伝子の発現効率が向上した植物を作出することができる。また、このようにして作出された植物は、導入目的遺伝子のコピー数が少なく、安定的に目的遺伝子が発現し、後代に正常に遺伝する(伝達される)。
【0039】
コムギへの遺伝子導入効率および目的遺伝子発現効率(形質転換効率)は、以下のようにして調べることができる。
【0040】
遺伝子の導入効率は、例えば上記ベクターに導入した外来遺伝子としての除草剤耐性遺伝子に対応する除草剤などを含む培地で選抜しつつ培養して再分化させ、再分化個体からDNAを抽出してPCR法および電気泳動により、該遺伝子を検出することができ、導入に用いた外植片数と外来遺伝子を有していた再分化個体数から、遺伝子導入効率を算出する。
【0041】
目的遺伝子の発現効率は、遺伝子の導入が確認された再分化個体について、目的遺伝子から発現されたタンパク質の有無を調べる。タンパク質の有無は、例えば植物片の染色、電気泳動、ウエスタンブロット法などで確認することができる。そして導入に用いた外植片数と目的遺伝子から発現されたタンパク質の存在が確認された再分化個体数から、目的遺伝子発現効率(形質転換効率)を算出する。
【0042】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0043】
試薬と使用培地の調製
1.試薬
(1)マルトースストック液(0.5g/ml)
蒸留水600mlに、maltose monohydrate(Wako)500gを加え、ホットスターラーで加熱しながら溶解した。蒸留水で1Lにフィルアップし、組織培養フィルターユニット(0.2μm PES)(NALGENE)でフィルター滅菌した。これをストック液とし、4℃で保存した。
(2)1000×MSビタミンストック溶液
蒸留水50mlに、glycine(Wako)を200mg、nicotinic acid(Wako)を50mg、pyridoxine−HCl(Wako)を50mg、thiamin−HCl(Wako)を100mg、myo−inositol(Wako)を10g加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて100mlにフィルアップし、これをストック溶液とし、1.5mlチューブに1mlずつ小分けにして、−30℃で保存した。
【0044】
(3)2,4−Dストック溶液(1mg/ml)
2,4−D(2,4−Dichlorophenoxy acetic acid)(Wako)50mgを、99.5%EtOH(Wako)で溶解し、50mlにフィルアップし、Steriflip Filter Unit(0.22μm PES)(MILLIPORE)でフィルター滅菌した。これをストック溶液とし、−30℃で保存した。
(4)picloramストック溶液(2mg/ml)
1N KOH(Wako)5mlに、picloram(4−amino−3,5,6−trichloro−pyridine−2−carboxylic acid)(SIGMA)を100mg加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて50mlにフィルアップし、Steriflip Filter Unit(0.22μm PES)(MILLIPORE)でフィルター滅菌した。これをストック溶液とし、滅菌済みの1.5mlチューブに1mlずつ小分けにして、−30℃で保存した。
【0045】
(5)ascorbic acidストック溶液(100mg/ml)
ascorbic acid(Wako)2gを蒸留水18mlに加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて20mlにフィルアップし、Steriflip Filter Unit(0.22μm PES)(MILLIPORE)でフィルター滅菌した。これをストック溶液とし、滅菌済みの1.5mlチューブに1mlずつ小分けにして、−30℃で保存した。
(6)ビアラフォスストック溶液(5mg/ml)
蒸留水40mlに、ビアラフォス(進陽産業株式会社)を250mg加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて50mlにフィルアップし、Steriflip Filter Unit(0.22μm PES)(MILLIPORE)でフィルター滅菌した。これをストック溶液とし、滅菌済みの1.5mlチューブに1mlずつ小分けにして、−30℃で保存した。
【0046】
(7)L培地KHPOストック溶液
蒸留水200mlにKHPO(Wako)を20g加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて250mlにフィルアップし、オートクレーブした。これをストック溶液として4℃で保存した。
(8)L培地CaClストック溶液
蒸留水90mlにCaCl・2HO(Wako)を15g加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて100mlにフィルアップし、オートクレーブした。これをストック溶液として4℃で保存した。
(9)L培地MgSOストック溶液
蒸留水90mlにMgSO・7HO(Wako)を25g加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて100mlにフィルアップし、オートクレーブした。これをストック溶液として4℃で保存した。
【0047】
(10)L培地Fe・Na・EDTAストック溶液
蒸留水90mlにFe・Na・EDTA(同仁)を4g加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて100mlにフィルアップし、オートクレーブした。これをストック溶液として4℃で保存した。
(11)L培地マイクロ無機塩ストック液
蒸留水90mlにMnSO・5HO(Wako)を1120mg、ZnSO・7HO(Wako)を860mg、HBO(Wako)を620mg、KI(Wako)を83mg、CuSO・5HO(Wako)を2.5mg、CoCl・6HO(Wako)を2.5mg加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて100mlにフィルアップし、オートクレーブした。これをストック溶液として4℃で保存した。
【0048】
(12)1000×Lビタミンストック溶液
蒸留水40mlに、thiamin−HCl(Wako)を500mg、pyridoxine−HCl(Wako)を50mg、nicotinic acid(Wako)を50mg、Calcium(+)−pantothenate(Wako)を50mg、ascorbic acid(Wako)を50mg加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて50mlにフィルアップし、Steriflip Filter Unit(0.22μm PES)(MILLIPORE)でフィルター滅菌した。これをストック溶液とし、滅菌済みの1.5mlチューブに1mlずつ小分けにして、−30℃で保存した。
(13)zeatinストック溶液(5mg/ml)
1N HCl(Wako)2mlに、zeatin(6−(4−hydroxy−3−methylbut−2−enylamino)purine)(SIGMA)を50mg加え、溶解した。その後、蒸留水を加えて10mlにフィルアップし、Steriflip Filter Unit(0.22μm PES)(MILLIPORE)でフィルター滅菌した。これをストック溶液とし、滅菌済みの1.5mlチューブに1mlずつ小分けにして、−30℃で保存した。
【0049】
2.培地
(1)カルス誘導マンニトール含有培地(CI−0.2Man:Callus Induction−0.2M Mannitol)
蒸留水650mlに、ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類(日本製薬)を1包、D(−)−mannitol(Wako)を7.3g、L(+)−glutamine(Wako)を500mg、L(−)−plorine(Wako)を115mg、L−asparagine monohydrate(Wako)を150mg、casein hydrolysate(DUCHEFA)を100mg、MES(2−(N−morpholino)ethanesulfonic acid)(同仁)を1.95g、1000×MSビタミンストック溶液を1ml添加し、5N KOHを加えてpHを5.8に調整した。蒸留水で700mlにフィルアップし、phytagel(SIGMA)を2g添加した。オートクレーブ後すぐにクリーンベンチ内でマルトースストック溶液300mlを加えよく撹拌し、その後50℃ぐらいに冷めてから、2,4−Dストック溶液を2ml、picloramストック溶液を1ml、ascorbic acidストック溶液1mlを添加した。
【0050】
(2)カルス維持選抜培地(CM−5B:Callus Maintenance−5mg/L Bialapos)
CI−0.2Man培地とは、マンニトールを加えず、マルトース濃度と2,4−D濃度が低く、選抜薬剤であるビアラフォスを加えているところが異なる。
【0051】
蒸留水900mlに、ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類(日本製薬)を1包、maltose monohydrate(Wako)を40g、L(+)−glutamine(Wako)を500mg、L(−)−plorine(Wako)を115mg、L−asparagine monohydrate(Wako)を150mg、casein hydrolysate(DUCHEFA)を100mg、MES(2−(N−morpholino)ethanesulfonic acid)(同仁)を1.95g、1000×MSビタミンストック溶液を1ml添加し、5N KOHを加えてpHを5.8に調整した。蒸留水で1Lにフィルアップし、phytagel(SIGMA)を2g添加した。オートクレーブ後50℃ぐらいに冷めてから、2,4−Dストック溶液を0.5ml、picloramストック溶液を1ml、ascorbic acidストック溶液1ml、ビアラフォスストック溶液1mlを添加した。
【0052】
(3)高浸透圧カルス維持選抜培地(CM−5B−150Mal:Callus Maintenance−5mg/L Bialapos−150g/L Maltose)
CM−5B培地とは、マルトース濃度のみが異なる。
【0053】
蒸留水650mlに、ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類(日本製薬)を1包、L(+)−glutamine(Wako)を500mg、L(−)−plorine(Wako)を115mg、L−asparagine monohydrate(Wako)を150mg、casein hydrolysate(DUCHEFA)を100mg、MES(2−(N−morpholino)ethanesulfonic acid)(同仁)を1.95g、1000×MSビタミンストック溶液を1ml添加し、5N KOHを加えてpHを5.8に調整した。蒸留水で700mlにフィルアップし、phytagel(SIGMA)を2g添加した。オートクレーブ後すぐにクリーンベンチ内でマルトースストック溶液300mlを加えよく撹拌し、その後50℃ぐらいに冷めてから、2,4−Dストック溶液を0.5ml、picloramストック溶液を1ml、ascorbic acidストック溶液1ml、ビアラフォスストック溶液1mlを添加した。
【0054】
(4)再分化培地(SG−2B:Shoot Growth−2mg/L Bialaphos)
蒸留水900mlに、KNO(Wako)を1.4g、NHNO(Wako)を300mg、L培地 KHPOストック溶液を2.5ml、L培地CaClストック溶液を3ml、L培地MgSOストック溶液を1.4ml、L培地Fe・Na・EDTAストック溶液を1ml、L培地マイクロ無機塩ストック液を1ml、maltose monohydrate(Wako)を30g、myo−inositol(Wako)を200mg添加し、1N KOHを加えてpHを5.7に調整した。蒸留水で1Lにフィルアップし、Agar(Powder)植物培地用(Wako)を5g添加した。オートクレーブ後50℃ぐらいに冷めてから、2,4−Dストック溶液を0.1ml、1000×Lビタミンストック溶液1ml、zeatinストック溶液を1ml、ビアラフォスストック溶液0.4mlを添加した。
【0055】
(5)発根培地(RG−5B:Root Growth−5mg/L Bialaphos)
SG−2B培地とは、2,4−D、zeatinが含まれず、ビアラフォス濃度、pHが高いところが異なる。
【0056】
蒸留水900mlに、KNO(Wako)を1.4g、NHNO(Wako)を300mg、L培地 KHPOストック溶液を2.5ml、L培地CaClストック溶液を3ml、L培地MgSOストック溶液を1.4ml、L培地Fe・Na・EDTAストック溶液を1ml、L培地マイクロ無機塩ストック液を1ml、maltose monohydrate(Wako)を30g、myo−inositol(Wako)を200mg添加し、1N KOHを加えてpHを5.8に調整した。蒸留水で1Lにフィルアップし、Agar(Powder)植物培地用(Wako)を5g添加した。オートクレーブ後50℃ぐらいに冷めてから、1000×Lビタミンストック溶液1ml、ビアラフォスストック溶液1mlを添加した。
【0057】
コムギ未熟胚への遺伝子導入
1.植物材料
植物材料としては、コムギ品種「Bobwhite」の中で特に形質転換に適している系統としてCIMMYTで選抜された系統名「Bobwhite SH 98 26」(Pellegrineschiら,2002 Genome 45:421−430)を用いた。
【0058】
2.植物材料の育成
種子を毎週2ポットに4粒ずつ播種し、植物材料を準備した。培養土は2種類の培養土、サカタソイルミックス(サカタのタネ):クレハ園芸培土(呉羽化学)を、2:1の割合で混ぜて篩をかけ、篩を抜けた土と篩を抜けない土をそれぞれ用意した。直径18cm高さ15cmのポリポットの底の穴に5cm四方のガーゼ2枚を置き、篩を抜けない土をポットの下に体積で450ml分敷き、篩いにかけた土を1650ml分入れた。中心9cmの円上に種子を4粒置き、篩いにかけた土450ml分を覆土し、その上に篩いを抜けなかった土を250ml分敷いた。土は強く押さえつけないようにし、短日の温室(15±2℃、8時間日長(自然光))で約12週間生育させた。4週間後にポットの土を上から押し固めた。6週間後から土を乾燥させないようにポットをバットの上に置き、8週間後から開花が始まるまで毎週追肥した。8・9週目はハイポネックス原液6:10:5(ハイポネックス)の500培希釈液を、それ以降は333倍希釈液を500ml与えた。開花前の12週間後に長日の人工気象室(18℃/10℃、16時間日長(400Wメタルハライドランプ三菱ネオBOCランプ800μmol/m2s)、湿度50−70%)に移して、開花・登熟させた。
【0059】
3.乾燥前処理
穂毎に開花日をチェックし、初めに穂が開花して1週間後から気象室の床に直に置き、水は葉がしおれない程度に控えめに与えた(1日400ml程度)。開花12日後(処理3日前)から水を与えることを止め、開花15日後に茎の根元から切り5℃、暗黒の部屋で5〜7日立てて、低温でゆっくり乾燥させた。前処理を行わない対照としては、水を与え続けたもので、開花後18日後のものを用いた。
【0060】
4.未熟胚の摘出
未熟胚に遺伝子導入を行うために、未熟種子を滅菌し、未熟胚を摘出してCI−0.2Man培地で前培養した。
【0061】
穂から未熟種子を取り出し、ガーゼで包んで輪ゴムで口を縛った。70%エタノールで約1分間濯ぎ、次亜塩素酸ナトリウム溶液(Wako)15mlを蒸留水で10倍に希釈し(有効塩素濃度 0.5%)、polyoxyethylen(20) sorbitan monolaurate (Tween 20)(Wako)を70μl加えた溶液に入れ、スターラーバーで15分間撹拌して滅菌した。以後、無菌操作で作業をした。滅菌水100mlで未熟種子を3回洗浄した。実体顕微鏡で見ながら幼芽幼根をメスで切り取った未熟胚を摘出し、胚盤側を上にしてCI−0.2Man培地の中心1cmの円上に、1プレートあたり32個を置床し、25℃、暗所にて3〜5時間前培養した。図1に、培地上に置床した未熟胚の写真を示す。
【0062】
5.遺伝子導入
コムギ未熟胚への遺伝子導入は、パーティクルガン法を用いて以下のようにして行った。
(1)導入遺伝子
実施例においては、導入遺伝子は除草剤耐性遺伝子(bar:phosphinothricin acetyltransferase)および/レポーター遺伝子(GUS:β−glucronidase)を含むプラスミドDNA(pAL156)を用いた。pAL156は英国John Innes CentreのHarwood博士らが開発したものであり、bar遺伝子とGUS遺伝子がそれぞれトウモロコシのユビキチンプロモーターと第一イントロン(PUbi+In)の制御下で発現するよう設計されたものである(図2)。図2に、DraI切断部位および切り出される断片のサイズ、サザン分析でプローブとして用いた領域を示す。
【0063】
除草剤の有効成分であるビアラフォスにより、bar遺伝子が発現している細胞がビアラフォスに耐性となり選抜されるが、同一プラスミド上にある他の遺伝子は、ビアラフォス耐性の細胞で発現している保証はない。言い換えれば、従来、形質転換させたい(発現させたい)遺伝子(目的遺伝子)を導入する多くの場合で、目的遺伝子が発現している細胞は選抜されていなかった。そこで、発現していることの確認が容易であるGUS遺伝子を目的遺伝子と見立てて、選抜されるbar遺伝子が導入されている遺伝子導入個体が得られる割合と、GUS遺伝子が発現している形質転換体が得られる割合を評価の指標として用いることとした。
【0064】
(2)金粒子の滅菌
1μm金粒子40mgをはかり取り、99.5%EtOH 1mlを加え、vortexにてよく懸濁した。その後、遠心により、金粒子を沈殿させ、エタノールを除去した。その後、滅菌水1mlを加え滅菌金粒子溶液とした。
【0065】
(3)DNAのコーティング
滅菌金粒子含有溶液は使用前に、超音波発生器(トミー精工UR−20P)を使って念入りに懸濁し、1.5 mlチューブに1shotあたり10μl入れた。その後、Qiagen Midi Kit(Qiagen)により精製したプラスミドDNA溶液(1μg/μl)を1shotあたり1μgになるように入れピペッティングにより攪拌した。次に1.5mlチューブのフタに1shotあたりCaCl(nacalai tesque)(2.5M)10μlをのせ、Spermidin(SIGMA)(0.1M)4μlを加えてチューブのフタの上でピペッティングにより攪拌し、フタを閉めて全ての液を混合した。ここまでの操作はすべて氷上にて行った。混合後すぐに、voltexにより5分間激しく懸濁した。3分間室温にて放置後、上清を除去し、70%エタノールで1回、モレキュラーシーブス3A(Wako)により脱水した100%エタノールで2回洗浄した。上清を除去して脱水100%エタノールを1shotあたり10μl添加してよく懸濁した。クリーンベンチ内でマクロキャリアーの中央に注ぎ、風乾させた。
【0066】
(4)導入
パーティクルガンは、Biolistic PDS−1000/He Particle Delivery System(BIO−RAD)を使用し、撃ち込み時の圧力は約63.3kg/cm(900psi)とし、標的組織までの距離は6cmとした。1シャーレにつき2回ずつ撃ち込んだ。
【0067】
6.遺伝子導入細胞の増殖と選抜
培養には直径9cm厚さ2cmのプラスチックシャーレ(Iwaki)を用い、培養中のシールは全てサージカルテープ(3M)を用いた。パーティクルガンで遺伝子導入後、25℃、暗所にてCI−0.2Man培地でカルスを誘導し、導入処理3日後に選抜薬剤であるビアラフォスを含むCM−5BもしくはCM−5B−150Mal培地に移植し25℃、暗所にて選抜培養した。選抜培養では、1シャーレに置床するカルスの数は16個までとした。2週間後にカルスを新しい選抜培地に移植しさらに2週間選抜培養した。CM−5B培地とCM−5B−150Mal培地で選抜培養した場合の再分化培地に移植する直前のカルスの写真を図3A〜Bに示した。CM−5B培地で選抜培養した場合は、カルスの体積は大きく増加するが、浸水状の部位の割合が多く(図3A、矢印は浸水状部位を示す)、浸水状の部位からはその後再分化したシュートが得られなかった。CM−5B−150Mal培地で選抜培養した場合は、CM−5B培地に比べて、体積の増加は小さいが、浸水状の部位の割合は小さかった(図3B)。
【0068】
7.再生
4週間の選抜培養後、再分化培地に移植した。培養条件を25℃、明所に移し再分化を促し、3週間培養した。再分化培地では、1シャーレに置床するカルスの数は8個までとした。再分化培地で再生シュートが形成され発根してくるような個体(図3C)が、遺伝子導入されている個体である確率が高かった。
【0069】
再生シュートのみ発根培地に移植した(図3D)。発根培地では、再生シュートは由来する未熟胚毎で区別できるようにし、1シャーレに置床する再生シュートは4個の未熟胚由来のものとした。発根培地での培養3週間後に旺盛に生育してきている個体を選び、クレハ園芸培土(呉羽化学)を入れたポットに植え替えた。長日の人工気象室(18℃/10℃、16時間日長(400Wメタルハライドランプ三菱ネオBOCランプ800μmol/m2s)、湿度50−70%)で育成し、出穂後すぐにパラフィン紙材の交配袋を掛け自殖させた。約5ヶ月後には自殖種子が収穫できた。
【実施例2】
【0070】
遺伝子導入の確認及び遺伝子導入効率と実質的形質転換効率
1.遺伝子導入の確認
得られた植物体において、選抜マーカー遺伝子であるbar遺伝子の有無をPCR法により調査した。鉢上げ2週間後の植物体の葉100mgからDNeasy Plant Mini Kit(キアゲン)を用いてゲノミックDNAを抽出し、これを鋳型として、bar遺伝子に特異的な配列から作製したプライマーを用いてPCR反応を行った。
プライマーの配列:GGTCTGCACCATCGTCAACC(配列番号1)
プライマーの配列:GTCATGCCAGTTCCCGTGCT(配列番号2)
【0071】
PCR反応液には、ゲノミックDNA10pg、ExTaq(タカラ)0.25U、10×添付バッファー1μl、2mM dNTPs、プライマー対各2.5pmol、PCRx enhancer(インビトロジェン)1μlを加え、滅菌蒸留水で合計10μlにフィルアップした。
【0072】
PCRは、TaKara PCR Thermal Cycler Dice(タカラ)を用いて、95℃を20秒、60℃を30秒及び72℃を30秒の反応を1サイクルとしてこれを30サイクル行った。PCR反応後、1.2%のアガロースゲル(Agarose LO3「TaKaRa」)電気泳動を行い、エチジウムブロマイドで染色してPCR産物を検出し、予想される421bpのbar遺伝子断片が検出されたものを、遺伝子導入個体と判断した。
【0073】
2.遺伝子導入効率
乾燥前処理の有無とカルス選抜維持培養でのマルトース濃度(0.12Mと0.44M)の組合せ4通りにおいて、それぞれ得られた遺伝子導入個体数から遺伝子導入処理を行った未熟胚数当たりの遺伝子導入効率(遺伝子導入個体数/処理未熟胚数×100)を算出した。それぞれの条件で9回の独立した実験における遺伝子導入効率の結果を表1に示す。
【0074】
【表1】

【0075】
遺伝子導入効率については、誤差が大きいためそれぞれの条件間の平均値の差は有意ではなかったが、カルス選抜維持培養中の浸透圧条件に関わらず、乾燥前処理を行うことにより効率が向上した。また、乾燥前処理を行わない場合、カルス選抜維持培養での高浸透圧条件により、遺伝子導入効率は低下した。
【0076】
3.導入遺伝子の発現の確認
PCR法の結果より遺伝子導入個体と判断した植物体について、レポーター遺伝子であるGUS遺伝子の発現を葉のGUS染色により調べた。GUS活性(組織化学的方法)は以下の通り行った。数mm幅の葉片約10枚を100μlのGUS反応液(100mM pH7.0リン酸ナトリウム緩衝液、1mM X−gluc(5−ブロモ−4−クロロ−3−インドール−β−グルクロン酸)、0.5mMフェリシアン化カリウム、0.5mMフェロシアン化カリウム、0.1%Triton X−100)に浸し、真空ポンプで5分間吸引して反応液を浸潤させた後、37℃で一晩インキュベートした。反応終了後、70%エタノールで脱色し、青く染色されているものをGUS発現個体と判断した。GUS活性の検出の一例を図4に示す。
【0077】
4.実質的形質転換効率
乾燥前処理の有無とカルス選抜維持培養でのマルトース濃度(0.12Mと0.44M)の組合せ4通りにおいて、GUS遺伝子の発現している実質的な形質転換体の数から遺伝子導入処理を行った未熟胚数当たりの実質的形質転換効率(GUS遺伝子発現個体数/処理未熟胚数×100)を算出した。それぞれの条件で9回の独立した実験における実質的形質転換効率(GUS遺伝子発現効率)の結果を上記表1に示し、表1をグラフ化したものを図6に示す(エラーバーは標準誤差)。実質的形質転換効率は、乾燥前処理を行い、高浸透圧条件でカルス選抜維持培養を行った場合のみ、従来法の条件(乾燥前処理なし、浸透圧条件(低)0.12M)を対照として5%水準で有意差が認められ(図6の*)、約7倍に効率が向上した。
【0078】
5.導入遺伝子のコピー数の推定
PCR法の結果より遺伝子導入個体と判断した植物体について、サザンブロッティング法により、導入遺伝子のコピー数を分析した。
【0079】
鉢上げ約1ヶ月後に0.5gの若葉をサンプリングし、CTAB法によりゲノミックDNAを抽出した。微量分光高度計NanoDrop(スクラム)によりDNA濃度を測定し、各遺伝子導入個体のゲノミックDNA(30μg)を制限酵素DraIで消化した。コピー数の推定のための標準として、コムギのゲノムサイズを16,000,000kbpとして、30μgのゲノミックDNAに対する2、4、8コピー相当の導入プラスミドDNA(11kbp)量、それぞれ21pg、42pg、84pgを非形質転換体のゲノミックDNA(30μg)と混合して制限酵素DraIで消化したものを用意した。0.9%アガロースゲル電気泳動した後、J.Sambrookら, Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory Press, A Laboratory Manual, 2ndEditionに記載された定法に従い、アルカリ変性処理、中和処理をしてナイロンメンブレンポジティブチャージ(Roche)にブロッティングした。PCR DIG probe synthesis kit(Roche)によりGUS遺伝子特異的なプローブ(図2に示す領域)を作製した。プローブ作製に用いたプライマーは以下の通りで、PCR反応を利用してジゴキシゲニンラベルした。
プライマーの配列:TTGAACTGCGTGATGCGGAT(配列番号3)
プライマーの配列:ACTGCCTCTTCGCTGTACAG(配列番号4)
【0080】
DIGイージーハイブ(Roche)をハイブリダイゼーション液に用いて、42℃で一晩プローブをハイブリダイズさせた。65℃で0.1×SSCの洗浄20分を2回行い、DIG洗浄およびブロックバッファーセット(Roche)、AP標識抗ジゴキシゲニン抗体、Fabフラグメント(Roche)、発光基質としてCDP−star(Roche)を用いて、X−rayフィルムに露光してバンドを可視化した。
【0081】
サザン分析の結果を図5に示す。図5において、各条件とGUS活性の有無を図の上側に、DraIにより切り出される4.63kbのバンドの位置を図の右側に示し、また、MはλHindIII分子量マーカー、NTは非導入個体、2C、4C、8Cはそれぞれ2コピー、4コピー、8コピー相当のプラスミドDNAを非導入個体のゲノムDNAと混合してDraIで消化したものを示す。
【0082】
非形質転換体ではバンドが検出されないのに対して、調べた全ての遺伝子導入個体で何らかのバンドが検出された。GUS活性が検出された全個体で、レポーター遺伝子の発現ユニットが正常に導入されていることを示す4.63kbpの位置のバンドが検出された。それ以外のバンドは導入遺伝子が再構成されて導入されたものや導入遺伝子の一部が切り取られて組み込まれたと考えられる。4.63kbpのバンドの濃さとコピー数の推定のための標準のバンドの濃さの比較から正常な発現ユニットのコピー数は、乾燥前処理の有無に関わらず0.44Mの浸透圧条件でカルス選抜維持培養を行った場合は1コピー程度であるのに対し、0.12Mの浸透圧条件の場合は3〜10コピーとコピー数が多かった。
【0083】
乾燥前処理を行なわずに高浸透圧条件でのカルス選抜維持培養を行った場合、遺伝子導入効率への悪影響が大きかった。乾燥前処理を行うことにより、この悪影響は改善されており、乾燥前処理は高浸透圧条件でのカルス選抜維持培養に耐えられるような馴化のような効果を持っていることが考えられる。高浸透圧条件でのカルス選抜維持培養により導入される遺伝子のコピー数が抑えられており、これにより、導入遺伝子が発現する確率が高まったことが考えられる。これらのことより、乾燥前処理と高浸透圧条件での選抜培養を組み合わせることにより、実質的形質転換効率の向上が達成されたと考えられる。
【0084】
6.導入遺伝子の遺伝分離
得られた形質転換体について、導入遺伝子の遺伝分離状況を調査した。導入遺伝子のコピー数が少なく、GUS遺伝子の発現が確認された2系統と、導入遺伝子のコピー数が多く、GUS遺伝子の発現が確認された1系統について、自殖種子24粒を播種し、前述の方法でbar遺伝子の有無をPCR法により調べた。その結果、導入遺伝子のコピー数が少なかった系統の後代では、bar遺伝子を保持する個体:bar遺伝子を保持しない個体の分離状況は、15:9と16:7(1粒発芽せず)となった。この分離比は、1遺伝子座の3:1の分離比に適合した(χ検定)。さらに、GUS活性を調べたところ、bar遺伝子を保持する個体でのみGUS活性が検出された。一方、導入遺伝子のコピー数が多かった系統の後代では、24の全個体がbar遺伝子を保持していたが、そのうち3個体でのみかすかなGUS活性が検出された。
【0085】
このように、前処理を行い、高浸透圧条件でカルス選抜培養を行って得られた導入遺伝子のコピー数が少ない系統では、目的とする導入遺伝子の安定的な発現が正常に遺伝していた。形質転換系では、導入遺伝子が安定的に発現し、これが導入遺伝子の分離遺伝状況に伴って安定的に遺伝してはじめて遺伝子機能解析への利用が可能となる。改良された条件では、こうした遺伝子機能解析に利用可能な形質転換体を効率的に作出することができた。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、コムギにおいて導入された目的遺伝子の発現効率を高めることを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】培地に置床した、遺伝子導入処理直後のコムギ未熟胚を示す。
【図2】導入遺伝子を含むプラスミドpAL156の構造を示す。
【図3A】0.12Mマルトースを含むカルス維持選抜培地(CM−5B培地)での選抜培養4週間後のカルスを示す。
【図3B】0.44Mマルトースを含むカルス維持培地(CM−5B−150Mal培地)での選抜培養4週間後のカルスを示す。
【図3C】再分化培地での培養3週間後に再生してきたシュートを示す。
【図3D】発根培地での培養3週間後の再分化植物体を示す。
【図4】再分化植物体の葉でのGUS活性の検出を示す。
【図5】サザンブロッティング法による導入遺伝子の検出を示す。
【図6】処理外植片(未熟胚)当たりの遺伝子導入効率と導入遺伝子の発現効率を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コムギの未熟胚を低温乾燥し、形質転換操作により未熟胚またはその細胞に目的遺伝子を導入し、該未熟胚またはその細胞を0.25〜1.0Mの浸透圧調節物質を含む培地で培養することを含む、コムギの未熟胚またはその細胞において導入された目的遺伝子の発現効率を向上させる方法。
【請求項2】
形質転換されたコムギの未熟胚またはその細胞が、導入された目的遺伝子のコピーを1つまたは2つ含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
低温乾燥を0〜10℃で行う、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
浸透圧調節物質が、マルトース、スクロース、マンニトール、ソルビトール、ポリエチレングリコール、パーコールおよびフィコールからなる群から選択される、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
形質転換操作がパーティクルガン法である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法によって作製された形質転換コムギ未熟胚またはその細胞を用いて植物体を再生することを含む、導入された目的遺伝子の発現効率が向上した植物の作出方法。
【請求項7】
植物体に導入された目的遺伝子が後代に伝達されることを含む、請求項6に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図3D】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−212048(P2008−212048A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−53174(P2007−53174)
【出願日】平成19年3月2日(2007.3.2)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】