説明

コラーゲンゲル収縮促進剤の選択方法

【課題】コラーゲンゲル収縮促進又は皮膚状態改善のための剤又は方法の提供、ならびに当該剤の選択方法の提供。
【解決手段】以下の工程を含む、コラーゲンゲル収縮促進剤又は皮膚状態改善剤の選択方法:メカノセンサーを有する基質に試験物質を添加する工程;当該メカノセンサーの活性又は発現を測定する工程;及び、当該活性又は発現に基づいて当該試験物質のコラーゲンゲル収縮促進効果又は皮膚状態改善効果を評価する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コラーゲンゲル収縮促進剤又は皮膚状態改善剤の選択方法、ならびにコラーゲンゲル収縮促進し、又は皮膚状態を改善する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の美容に対する関心の高まりにより、及び社会的な傾向として、男女を問わず、若々しい外見を保ちたいという欲求が高まっている。そこで現在では、若さの象徴である、しわのない、はりのある皮膚を保つための様々な方法が注目されている。
【0003】
人間の皮膚は、加齢と共に老化して弾力を喪失し、しわ、たるみの発生、はりの低下を生じる他に、妊娠や急激なダイエットなどによる急激な体型の変化などによっても、皮膚のしわやたるみが生じる。しかし、加齢によらないで発生したしわやたるみには、再び弾性を回復して元の形状に戻る傾向が見られる。このように皮膚には本来、その構造や弾性を維持し、はりやたるみを元に戻す機能が備わっている。
【0004】
コラーゲンは、皮膚、特に真皮に多く存在しており、皮膚の弾性の維持に関与しているタンパク質である。皮膚コラーゲンの減少、損傷や異常な蓄積は、皮膚のしわ、弾性の低下や異常を引き起こす。コラーゲンゲルを収縮させる物質は、皮膚のたるみ、はり改善剤、または創傷治癒促進剤として使用することができる(特許文献1〜6)。
【0005】
真皮のコラーゲンを産生するのは主に真皮の線維芽細胞である。またコラーゲンゲルを線維芽細胞とともに培養すると、当該ゲルの収縮が促進される。従って線維芽細胞は、コラーゲンを生成するだけでなく、生成したコラーゲンに由来する細胞外マトリクス構造の伸縮に関与することによって皮膚の構造や弾性の維持に貢献していると考えられる。
【0006】
コラーゲンゲルが伸展するとき、線維芽細胞において(1)細胞周期制御及び増殖関連因子、(2)細胞内調節因子/イオンチャネル/シグナル伝達因子、(3)DNA合成/修飾/転写及びヌクレオシド代謝関連因子、(4)転写因子及びDNA結合タンパク質、(5)受容体及び細胞表面タンパク質、(6)サイトカイン、成長因子及びケモカイン、(7)プロテアーゼインヒビター、(8)細胞外マトリクスタンパク質、(9)細胞骨格成分、(10)接着因子、等の種々の遺伝子の発現が変化することが知られている(非特許文献1)。また、線維芽細胞において細胞接着因子tensin 1の発現を阻害するとコラーゲンゲルの収縮が抑制されること、及び加齢線維芽細胞ではtensin 1発現が低下するとともにコラーゲンゲル収縮能が低下していることが知られている(特許文献4、非特許文献2)。
【0007】
線維芽細胞の活動を制御することでコラーゲンゲルの収縮を促進させ、皮膚の弾性や、しわ、たるみ、はりの低下を予防又は改善し、または創傷を改善できる可能性がある。しかし、上記のような個別の因子との関連以外には、線維芽細胞が皮膚の構造や弾性維持に貢献するための具体的な機序や作用経路はこれまで明らかにされていなかった。
【0008】
メカノセンサーとは、直接的又は間接的な機械的刺激により活性が変化する因子であり、機械的刺激の受容体として機能する。例えば、上皮成長因子受容体(EGFR)は、機械的ストレスによりリン酸化され、活性化する因子である(非特許文献3、4)。アンジオテンシンIIタイプ1レセプター(ATR1)は、アンジオテンシンIIの受容体であるが、機械的ストレスによりアンジオテンシンII非存在下でも活性化されることが知られている(非特許文献5)。P2Yレセプターは、機械的ストレスにより細胞外に分泌されたATPを受容して活性化される(非特許文献6)。TRPV受容体はTRP受容体ファミリーのサブファミリーであり、機械的ストレスにより活性化されるCa2+流入チャネルである。p130Casは、Srcキナーゼファミリーの基質であり、細胞接着(focal adhesion)に関連することや、アクチン骨格形成や細胞遊走に不可欠であることが示されていた因子であるが(非特許文献7、8)、さらに近年、物理的な力を感受してリン酸化が亢進するメカノセンサーであることが示された(非特許文献9)。p130Casは複数のドメインを持つアダプタータンパク質である。特にチロシンキナーゼ基質ドメインには15個ものtyrosin-Xaa-Xaa-proline(YXXP)モチーフが存在し、主要なリン酸化部位となっている。しかし、これらの因子の線維芽細胞のコラーゲンゲル収縮能への関与は知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001-39850号公報
【特許文献2】特開2003-176208号公報
【特許文献3】特開2006-316050号公報
【特許文献4】国際公開WO2008/056609号パンフレット
【特許文献5】特開2001-64196号公報
【特許文献6】特開平9-286741号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Kessler et al, J Biol Chem, 2004, 276(39):36575-36585
【非特許文献2】Saintigny et al, Exp Dermatol, 2008, 17(9):788-789
【非特許文献3】Yano et al, J Invest Dermatol, 2004, 122, 783
【非特許文献4】Kippenberger et al, 2005, J Biol Chem, 280, 3060
【非特許文献5】Zou et al, 2004, Nat Cell Biol, 6, 499
【非特許文献6】Koizumi et al, Biochem J, 2004, 380, 329
【非特許文献7】Honda et al, 1998, Nat Genet, 19, 361
【非特許文献8】Huang et al, 2002, J Biol Chem, 277, 27265
【非特許文献9】Sawada et al, 2006, Cell, 127, 1015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、コラーゲンゲル収縮促進剤又は皮膚状態改善剤の選択方法、ならびにコラーゲンゲル収縮を促進し、又は皮膚状態を改善する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、細胞のメカノレセプターの発現を特異的に阻害することにより、当該細胞のコラーゲンゲル収縮能が低下することを見出した。本発明者らは、線維芽細胞におけるメカノセンサーの活性又は発現を制御することでコラーゲンゲルを収縮させ、皮膚の弾性の低下や、しわ、たるみ、はりの低下を予防又は改善し、また創傷を改善できること、ならびに当該メカノレセプターの活性又は発現を指標とすれば、コラーゲンゲル収縮促進剤、皮膚の弾性の低下や、しわ、たるみ、はりの低下の予防又は改善剤、または創傷改善剤を評価又は選択することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下を提供する。
(1)メカノセンサーを有する基質に試験物質を添加する工程;
当該メカノセンサーの活性又は発現を測定する工程;及び
当該活性又は発現に基づいて当該試験物質のコラーゲンゲル収縮促進効果を評価する工程、
を含む、コラーゲンゲル収縮促進剤の選択方法。
(2)前記メカノセンサーがp130Casである、(1)に記載の方法。
(3)コラーゲンゲル中の細胞におけるメカノセンサーの活性又は発現を制御する工程を含む、コラーゲンゲル収縮促進方法。
(4)前記メカノセンサーがp130Casである、(3)に記載の方法。
(5)メカノセンサーを有する基質に試験物質を添加する工程;
当該メカノセンサーの活性又は発現を測定する工程;及び、
当該活性又は発現に基づいて当該試験物質の皮膚状態改善効果を評価する工程、
を含む、皮膚状態改善剤の選択方法。
(6)前記皮膚状態が、皮膚の弾性、しわ、たるみ、はりの低下又は創傷である、(5)に記載の方法。
(7)前記メカノセンサーがp130Casである、(5)に記載の方法。
(8)請求項1に記載の方法で選択されたコラーゲンゲル収縮促進剤を含む、メカノセンサー活性制御剤。
(9)前記メカノセンサーがp130Casである、(8)に記載のメカノセンサー活性制御剤。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(A)p130Cas標的RNAiがコラーゲンゲル中の線維芽細胞におけるp130Cas発現に及ぼす影響。−:Nagative control siRNA処理、+:p130Cas標的siRNA処理。(B)p130Cas標的RNAiがコラーゲンゲル収縮に及ぼす影響:DMEM培養コラーゲンゲルを示す写真。Pre:DMEM培養前、1D:培養1日目、2Ds:培養2日目、4Ds:培養4日目。(C)p130Cas標的RNAiがコラーゲンゲル収縮に及ぼす影響:ゲル減少率の測定結果を示すグラフ。Mean ± S.D. (n=3)、**;p<0.01、*;p<0.05。
【図2】ミシマサイコエキス及びオランダガラシエキスによるp130Cas活性化。(A)ウエスタンブロットによるリン酸化p130Casの検出結果。(B)バンドの強度の定量解析結果。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書において、「メカノセンサー」とは、機械的刺激によって活性又は発現が変化する因子である。メカノセンサーとしては、外力による機械的ストレス(例えば収縮や伸展)自体を感知する因子であってもよく、機械的ストレスにより二次的に活性化される細胞のシグナルを受容する因子であってもよい。好ましいメカノセンサーとしては、例えば、上皮成長因子受容体(EGFR)、アンジオテンシンIIタイプ1レセプター(ATR1)、P2Yレセプター、TRPV受容体、p130Cas、それらの遺伝子、又はそれらのmRNA等が挙げられる。このうちp130Casは、従来Srcキナーゼファミリーの基質として知られていたが、近年、キナーゼ活性と関係なく細胞に対する引張り力を感知してリン酸化を亢進させるメカノセンサーであることが示された(非特許文献9)。
【0016】
本明細書において、「コラーゲンゲル」とは、コラーゲンと細胞成分を含有するゲル上の組成物であり、コラーゲンと細胞成分とを含むゲル組成物、細胞のインビトロ培養物、及び生体の真皮における線維芽細胞と周辺の細胞外マトリクスとを含む構造物を包含する。
【0017】
本明細書において、「皮膚状態」とは、皮膚の弾性、しわ、たるみ、はりの状態、及び皮膚の創傷を包含する。「皮膚状態の改善」とは、皮膚の弾性の向上や加齢等による皮膚の弾性低下の遅延、しわの減少やしわの増加の遅延、皮膚のたるみの改善やたるみの遅延、皮膚のはりの向上や、はりの低下の遅延、皮膚の創傷の改善等を包含する。
【0018】
本発明は、メカノセンサーを有する基質に試験物質を添加する工程;当該メカノセンサーの活性又は発現を測定する工程;及び、当該活性又は発現に基づいて当該試験物質のコラーゲンゲル収縮促進効果を評価する工程、を含むコラーゲンゲル収縮促進剤の選択方法を提供する。また本発明は、メカノセンサーを有する基質に試験物質を添加する工程;当該メカノセンサーの活性又は発現を測定する工程;及び、当該活性又は発現に基づいて当該試験物質の皮膚状態改善効果を評価する工程、を含む皮膚状態改善剤の選択方法を提供する。
【0019】
「メカノセンサーを有する基質」としては、メカノセンサーを有する生体由来の物質、例えば、生体から単離されたメカノセンサーを有する細胞又はその培養物、メカノセンサーを有する細胞膜、メカノセンサーを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞又はその培養物、メカノセンサーを有する当該組換え細胞の膜、メカノセンサーを有する人工脂質二重膜等が挙げられる。このうち、天然にメカノセンサーを有する細胞、メカノセンサーを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞、及びこれらの培養物が好ましい。メカノセンサーを有する細胞としては、特に限定されないが、哺乳類の皮膚由来の細胞(例えば、表皮角化細胞、真皮線維芽細胞、色素細胞等)、血管由来の細胞(例えば、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞)、心臓由来の細胞(例えば、心筋細胞、心血管細胞等)、骨由来の細胞(例えば、骨芽細胞、破骨細胞等)、軟骨由来の細胞(例えば、軟骨細胞等)、筋肉由来の細胞(例えば、筋細胞等)、歯由来の細胞(例えば、歯根膜細胞、歯肉細胞等)、各種線維芽細胞等が好ましい。このうち、ヒト由来の線維芽細胞がより好ましく、ヒト由来の真皮線維芽細胞がさらに好ましい。
【0020】
添加される試験物質としては、コラーゲンゲル収縮促進剤又は皮膚状態改善剤として使用することを所望する物質であれば、特に制限されず、例えば、動植物、海洋生物、微生物等及びその抽出物;それらに由来する天然成分;合成化合物;ならびにそれらの混合物及び組成物等が挙げられる。
【0021】
上記抽出物は、当該分野で通常行われる方法によって調製することができる。例えば、植物抽出物としては、常法により得られる各種溶剤抽出液、又はその希釈液、その濃縮液、その乾燥末若しくはその活性炭処理したものが挙げられる。このうち、各種溶媒抽出液が好ましい。植物抽出物は、植物の任意の部分、例えば全草、葉、茎、芽、花、蕾、木質部、樹皮、地衣体、根、根茎、仮球茎、球茎、塊茎、種子、果実、菌核若しくは樹脂等、又はそれらの組み合わせを、そのまま、又は粉砕、切断若しくは乾燥させた後、これを抽出工程に供することによって得ることができる。あるいは、市販される植物エキスを使用することもできる。
【0022】
上記植物抽出物は、例えば、抽出原料の5〜40倍量(質量比)の抽出溶剤に植物を浸漬し、常温又は還流加熱下で1日から1ヶ月抽出した後、濾過して残渣を除去すること位如って調製することができる。抽出溶剤としては、極性溶剤、非極性溶剤のいずれをも使用することができる。当該抽出溶剤の具体例としては、例えば、水;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;プロピレングリコール、ブチレングリコール等の多価アルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等の鎖状及び環状エーテル類;ポリエチレングリコール等のポリエーテル類;スクワラン、ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテル等の炭化水素類;トルエン等の芳香族炭化水素類;ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類;及び二酸化炭素等が挙げられ、これらは混合物として用いることができる。これらのうち、好適な具体例としては、エタノール水溶液、ブタンジオール水溶液、プロピレングリコール水溶液が挙げられ、エタノール水溶液、ブタンジオール水溶液がより好ましく、エタノール水溶液がさらに好ましい。当該エタノール水溶液としては、5〜99.5容量%のエタノール水溶液が好ましく、10〜95容量%のエタノール水溶液がより好ましい。
【0023】
メカノセンサーの活性又は発現の測定は、対象とするメカノセンサーのタイプに依存して任意のパラメータを測定すればよい。例えば、活性又は発現は、メカノセンサータンパク質の発現、又は当該タンパク質をコードする遺伝子若しくはmRNAの発現を測定することによって決定ことができる。あるいはメカノセンサーの活性化形態を検出、測定してもよい。例えば、EGFRやp130Casのような機械的ストレスによってリン酸化されるメカノセンサーにおいては、そのリン酸化レベルを検出及び測定することによってその活性を測定することができる。メカノセンサーの活性の測定前には、試験物質に加えて、当該メカノセンサーに機械刺激(伸展刺激等)を負荷してもよい。
【0024】
メカノセンサーの活性又は発現の測定は、測定されるパラメータ(例えば、タンパク質発現、遺伝子又はmRNA発現、リン酸化レベル等)に応じて定法に従って行えばよい。測定方法としては、例えば、PCR、アガロースゲル電気泳動、SDS−PAGE、クロマトグラフィー法、免疫学的測定法(例えば、免疫組織化学、ELISA、ウエスタンブロット、免疫沈降等)、比色定量法、蛍光・光学的測定法、質量分析、電子顕微鏡観察等、及びこれらの組み合わせが挙げられる。
【0025】
上記測定結果に基づいて、試験物質のコラーゲンゲル収縮促進効果又は皮膚状態改善効果を評価する。評価は、例えば、試験物質投与前後で、又は試験物質添加群と試験物質非添加群若しくは対照物質添加群とを比較することによって行われる。あるいは、評価は、種々の濃度の試験物質間で測定結果を比較することによって行われ得る。メカノセンサーの活性又は発現に影響を与えた物質を、コラーゲンゲル収縮促進剤、又は皮膚状態改善剤として選択することができる。例えば、後述の実施例に示すように、その発現を阻害するとコラーゲンゲル収縮が抑制されるメカノセンサーであるp130Casの場合、その遺伝子若しくはmRNAの発現レベルを増加させる物質、p130Casタンパク質の発現量を増加させる物質、またはp130Casの活性化形態であるリン酸化p130Casのレベルを増加させる物質をコラーゲンゲル収縮促進剤として選択することができる。さらに、コラーゲンに由来する真皮細胞外マトリクス構造の収縮は皮膚状態の維持に関わっていることから、コラーゲンゲル収縮促進作用を有する当該物質はまた、皮膚の弾性、しわ、たるみ、はりの低下又は創傷を改善することができる皮膚状態改善剤としても有用である。コラーゲンゲルを収縮させる物質は、皮膚のたるみ、はり、又は創傷等を改善させる剤として有用であることが知られている(特許文献1〜6)。
【0026】
本発明のコラーゲンゲル収縮促進剤の選択方法又は皮膚状態改善剤の選択方法により選択された物質は、コラーゲンゲル収縮促進又は皮膚状態改善のために使用でき、あるいはコラーゲンゲル収縮促進剤又は皮膚状態改善剤の有効成分となり得る。また、これらの物質は、コラーゲンゲル収縮促進又は皮膚状態改善のための組成物、試薬、医薬、医薬部外品、化粧料又は飲食品として、あるいはそれらの製造のために使用することができる。
【0027】
本発明のコラーゲンゲル収縮促進剤及び皮膚状態改善剤、ならびに上記組成物、試薬、医薬、医薬部外品、化粧料及び飲食品は、in vitro、in vivo、ex vivo、in situ等での研究のために使用されるか、又は、コラーゲンゲル収縮促進若しくは皮膚状態改善を必要とするヒト又は動物に投与され得る。組成物、試薬、医薬、医薬部外品、化粧料又は飲食品として使用する場合、本発明のコラーゲンゲル収縮促進剤及び皮膚状態改善剤は、単独で使用されるか又は組み合わせて使用され、あるいはさらに薬学的に、化粧料として又は飲食品として許容される担体と組み合わせて使用されてもよい。当該担体としては、例えば、賦形剤、結合剤、キレート剤、崩壊剤、滑沢剤、界面活性剤、希釈剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、光沢剤、活性増強剤、抗炎症剤、粉体、角質溶解剤、殺菌剤、矯味剤、矯臭剤等が挙げられる。上記組成物、試薬、医薬、医薬部外品、化粧料又は飲食品はまた、同じ又は異なる有効成分との混合物として提供されてもよい。
【0028】
医薬品及び医薬部外品の投与経路は特に限定されず、経口及び非経口投与が挙げられる。投与のための剤型は特に限定されないが、例えば経口投与のための形態としては、錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤のような固形製剤、及びエリキシロール、シロップおよび懸濁液のような液体製剤が挙げられ、また非経口投与のための形態としては、注射、輸液、経皮、経粘膜、経鼻、経腸、吸入、坐剤、ボーラス等が挙げられる。化粧品の形態は特に限定されず、例えばローション、乳液、懸濁液、クリーム、軟膏、ペースト、パウダー、ケーキ、スティック、シート、パッチ等が挙げられる。
【0029】
飲食品は、コラーゲンゲル収縮促進効果または皮膚状態改善効果をコンセプトとし、その旨を表示した機能性飲食品、病者用飲食品、特定保健用食品、ペットフード等に応用できる。飲料の形態としては、特に限定されないが、例えば、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料等、あらゆる飲料が挙げられる。食品の形態は、やはり特に限定されないが、固形、半固形または液状であり得、錠剤形態、丸剤形態、カプセル形態、液剤形態、シロップ形態、粉末形態、顆粒形態等であってもよい。具体的な食品の形態としては、パン類、麺類、ゼリー状食品や各種スナック類、焼き菓子、ケーキ類、チョコレート、ガム、飴、タブレット、カプセル、スープ類、乳製品、冷凍食品、インスタント食品、その他加工食品、調味料およびそれらの原料等が挙げられる。
【0030】
上記組成物、試薬、医薬、医薬部外品、化粧料又は飲食品における本発明のコラーゲンゲル収縮促進剤又は皮膚状態改善剤の配合量は、それらの使用目的又は対象によって当業者が適宜設定すればよい。例えば、本発明のコラーゲンゲル収縮促進剤の配合量は、製造物の全質量に対して0.00001〜10質量%(固形残分)の範囲であればよく、好ましくは0.0001〜3質量%(固形残分)が好ましい。
【0031】
後述の実施例に示すように、コラーゲンゲルに含まれる細胞のメカノセンサーの活性又は発現を制御すると、当該コラーゲンゲルの収縮率は変化する。従って、本発明はまた、コラーゲンゲル中の細胞におけるメカノセンサーの活性又は発現を制御する工程を含む、コラーゲンゲル収縮促進方法又は皮膚状態改善方法を提供する。上記細胞としては、哺乳類の皮膚由来の細胞(例えば、表皮角化細胞、真皮線維芽細胞、色素細胞等)、血管由来の細胞(例えば、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞)、心臓由来の細胞(例えば、心筋細胞、心血管細胞等)、骨由来の細胞(例えば、骨芽細胞、破骨細胞等)、軟骨由来の細胞(例えば、軟骨細胞等)、筋肉由来の細胞(例えば、筋細胞等)、歯由来の細胞(例えば、歯根膜細胞、歯肉細胞等)、各種線維芽細胞等が好ましい。このうち、ヒト由来の線維芽細胞がより好ましく、ヒト由来の皮膚線維芽細胞がさらに好ましい。
【0032】
上記方法において、メカノセンサーの活性又は発現を制御する方法としては、特に限定されないが、例えば、メカノセンサーの遺伝子、mRNA若しくはタンパク質の発現を増強又は抑制する方法、メカノセンサータンパク質を改変することによって、機械刺激に対する感受性が増強又は低下した改変メカノセンサーを作製する方法等が挙げられる。メカノセンサー遺伝子、mRNAしくはタンパク質の発現の制御は、外来メカノセンサー遺伝子の導入、内在遺伝子の不活性化若しくは削除又は増幅、突然変異誘発による発現活性化又は抑制、遺伝子の転写又は翻訳因子の活性化又は抑制、アンチセンス配列、siRNA等によるmRNA抑制等により行うことができる。あるいは、改変メカノセンサーの作製は、メカノセンサー遺伝子の部位特異的突然変異誘発等により行うことができる。制御するメカノセンサーは1種類でも複数でもよい。
【0033】
本発明のコラーゲンゲル収縮促進剤の選択方法においては、メカノセンサーの活性又は発現に影響を与えた試験物質がコラーゲンゲル収縮促進剤として選択される。言い換えれば、当該方法で選択されたコラーゲンゲル収縮促進剤は、メカノセンサーの活性に影響を与えるメカノセンサー活性制御剤である。例えば、下記の実施例に示されるミシマサイコエキス、及びオランダガラシエキスは、メカノセンサーの活性化レベルを増強するメカノセンサー活性制御剤である。
【実施例】
【0034】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明する。
【0035】
実施例1 メカノセンサーp130Casを介したコラーゲンゲル収縮制御
方法
(1)p130Cas標的RNAi
ヒト真皮線維芽細胞(cell system社)にp130Cas標的siRNAとしてBCAR1-HSS114271、BCAR1-HSS114272、およびBCAR1-HSS114273(全てStealthTM RNAi、Invitrogen社)を製品添付のプロトコールに従い、LIPOFECTAMINETM 2000(Invitrogen社)を用いて導入した(40nM siRNA、2μl LIPOFECTAMINETM 2000)。陰性対象として、同様の手順でStealthTM RNAi Nagetive Control Duplexes(Invitrogen社)を導入した。導入24時間後の細胞を用いてコラーゲンゲルを作製した。
(2)コラーゲンゲル作製
既報(J. Cell Science,102,315 (1992)、J. Invest. Dermatol,93,792 (1989))に準じた方法でコラーゲンゲルを作製した。すなわち、コラーゲンゲルは氷冷下でコラーゲンゲル溶液(新田ゼラチンtypeI-A(3.0mg/ml pH 3))にHEPES(250mM)、DMEM(GIBCO DMEM, low glucose)5倍濃縮溶液、FCS、および精製水を加え、充分に攪拌した。続いてsiRNA導入24時間後の細胞の懸濁液を細胞密度が1.0×105 cells/dishとなるように上記混合溶液に加えた。このとき、コラーゲンは1.5mg/ml、HEPESは25mM、FCSは2.5%となっている。最後にこの線維芽細胞含有コラーゲンゲル溶液をφ3.5cm dishに2mlずつ分注し、37℃で培養することでゲル化させた。
(3)Western blot解析によるゲル包埋細胞中のp130Cas発現解析
(2)の手法によりゲル化させたゲルをdishより剥離し、剥離直後(収縮前)、及び剥離後DMEM(2.5%FCS)中に浮遊させて4日間培養後(収縮4日目)させた後、遠心により細胞が包埋されたゲルを培地から分離した。分離したゲルをRIPA buffer中でガラスホモジナイザーにてすりつぶし、細胞内のタンパク質を抽出した。抽出したタンパク質溶液を90〜100℃で変性させ、SDS−PAGEでサンプルを分離後、Immobilon(PVDF transfer membrane、MILLIPORE)にブロットした。その後、5%スキムミルク/PBS-T(0.1% Tween20/PBS)溶液中でブロッキングした後、一次抗体との反応、およびHRP結合二次抗体との反応を行った。p130Cas(Total)の検出にはp130Cas抗体(BD Transduction Labs社)を一次抗体として用いた。結果を図1Aに示す。
(4)コラーゲンゲル収縮の評価
(2)の手法によりゲル化させたゲルをdishより剥離し、DMEM(2.5%FCS)中に浮遊させて培養し、経時的に撮影したゲルの写真を画像解析し、直径を測定した。ゲルの収縮は剥離前の直径に対する減少率で評価した。DMEM培養コラーゲンゲルの写真を図1Bに、ゲル減少率の測定結果を図1Cに示す。
【0036】
結果
p130Cas標的RNAiにより、ゲル収縮評価期間中(4日間)メカノセンサーp130Casの発現は阻害されており(図1A)、またコラーゲンゲル収縮が抑制された(図1B、C)。よって、メカノセンサーが真皮線維芽細胞のコラーゲンゲル収縮活性に関与していることが示され、メカノセンサーの発現又は活性を制御することによりコラーゲンゲル収縮を促進し、また皮膚状態を改善することができることが示唆された。
【0037】
実施例2 メカノセンサーp130Cas活性を指標にしたコラーゲンゲル収縮抑制活性の評価
(1)試験物質
試験物質として、ミシマサイコ(Bupleurum falcatum L.)、およびオランダガラシ(Nasturtium officinale)の水抽出物を用いた。
ミシマサイコ(Bupleurum falcatum L.)の根(新和物産)40gに、400mLの水を加え、70℃で5時間抽出後、ろ過し、ろ液を濃縮して、ミシマサイコ水抽出物11.8gを得た。
オランダガラシ(Nasturtium officinale)(ベトナム産)100gに、1000mlの水を加え、70℃で5時間抽出後、ろ過し、ろ液を濃縮して、オランダガラシ抽出物23.11gを得た。
なお、ミシマサイコエキス及びオランダガラシエキスは、それぞれ特開2001-39850号公報及び特開2006-316050号公報に開示されるように、ハリ、タルミ改善剤として知られている。
【0038】
(2)コラーゲンゲル収縮促進剤処理
フィブロネクチンでコーティングしたシリコンエラストマー製のStretch chamber(ストレックス社)にヒト真皮線維芽細胞を2.2×104cells/cm2で播種し、翌日、終濃度が0.001(w/v)%(乾燥固形換算重量%)となるように上記で調製した各植物エキスあるいはコントロールとして等量の10%エタノールを加えたDMEM(FCS不含)培地と交換し、さらに3日間培養を行った。
【0039】
(3)細胞伸展刺激
細胞伸展装置STREX(ストレックス社)に正常ヒト表皮角化細胞(NHEK)を播種したチャンバーをセットし、伸展率20%で伸展刺激を負荷した。2分間負荷した後、p130Casのリン酸化(活性化)状態を保持しながら細胞からタンパク質を抽出するため、phosphatase inhibitorを含む抽出bufferであるPhosphoSafe Extraction Reagent(Novagen社)を200μlずつチャンバーに加え、室温で5分間インキュベーションした。
【0040】
(4)Western blot解析によるp130Cas活性評価
抽出したタンパク質溶液を90〜100℃で変性させ、SDS-PAGEでサンプルを分離後、Immobilon(PVDF transfer membrane、MILLIPORE)にブロットした。その後、5%スキムミルク/PBS-T(0.1% Tween20/PBS)溶液中でブロッキングした後、一次抗体との反応、およびHRP結合二次抗体との反応を行った。リン酸化p130Casの検出にはPhospho-p130Cas (Tyr165) Antibody(Cell Signaling社)を一次抗体として用いた。各群から検出されたバンドの強度を、Control(エタノール添加群)の非伸展刺激サンプル(Non treated)での強度を1.00とした相対値(arbitrary units)として算出し、各群でのp130Casのリン酸化(活性化)レベルを評価した。
【0041】
結果
結果を図2に示す。ゲルの伸展刺激に応じてリン酸化p130Cas(p-p130Cas)の量が増加しており、伸展刺激によりp130Casが活性化されたことが示された。伸展刺激に加えてミシマサイコエキス、オランダガラシエキスを添加した場合、p-p130Casはさらに増加したことから、活性化がより増強されたことが分かった。すなわち、ミシマサイコエキス、オランダガラシエキスの水抽出物は、いずれもメカノセンサーp130Casの活性を増強させた。
【0042】
実施例3 試験物質のコラーゲンゲル収縮促進効果
ヒト皮膚真皮線維芽細胞(cell system社)を用いた。コラーゲンゲルは氷冷下でコラーゲンゲル溶液(新田ゼラチンtypeI-A(3.0mg/ml pH=3))にHEPES(250mM)、DMEM
(GIBCO DMEM, low glucose)5倍濃縮溶液、FCS、および精製水を加え、充分に攪拌した後、終濃度が0.001(w/v)%(乾燥固形換算重量%)となるようにミシマサイコエキス、あるいはコントロールとして等量の10%エタノールを加えた。続いてヒト線維芽細胞の懸濁液を細胞密度が2.5×104cells/wellとなるように上記混合溶液に加えた。終濃度で、コラーゲンは1.5mg/ml、HEPESは25mM、FCSは2.5%となっている。最後にこの線維芽細胞含有コラーゲンゲル溶液を48穴プレートに600μl/wellずつ分注し、37℃で培養することでゲル化させた。ゲル化後、プレートよりゲルを剥離し、DMEM(2.5%FCS)中に浮遊させて培養し、2日後、ゲルの直径および重量を測定した。エキスのゲル収縮促進効果は、各エキスを添加したゲルの直径および重量についてコントロールを100とした場合の相対値で評価した。
【0043】
表1に示すとおり、サイコエキス添加により、コラーゲンゲルの直径および体積が小さくなり、当該エキスがコラーゲンゲル収縮促進活性を有することが確認された。
【0044】
【表1】

【0045】
以上のとおり、メカノセンサーp130Casの活性を基準に、公知のコラーゲンゲル収縮促進剤且つ皮膚状態改善剤であるミシマサイコエキス及びオランダガラシエキスを評価及び選択することができた。これらの結果は、メカノセンサーの活性又は発現を解析することでコラーゲンゲル収縮促進剤及び皮膚状態改善剤を評価、選択することが可能であることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メカノセンサーを有する基質に試験物質を添加する工程;
当該メカノセンサーの活性又は発現を測定する工程;及び
当該活性又は発現に基づいて当該試験物質のコラーゲンゲル収縮促進効果を評価する工程、
を含む、コラーゲンゲル収縮促進剤の選択方法。
【請求項2】
前記メカノセンサーがp130Casである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
コラーゲンゲル中の細胞におけるメカノセンサーの活性又は発現を制御する工程を含む、コラーゲンゲル収縮促進方法。
【請求項4】
前記メカノセンサーがp130Casである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
メカノセンサーを有する基質に試験物質を添加する工程;
当該メカノセンサーの活性又は発現を測定する工程;及び、
当該活性又は発現に基づいて当該試験物質の皮膚状態改善効果を評価する工程、
を含む、皮膚状態改善剤の選択方法。
【請求項6】
前記皮膚状態が、皮膚の弾性、しわ、たるみ、はりの低下又は創傷である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記メカノセンサーがp130Casである、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
請求項1に記載の方法で選択されたコラーゲンゲル収縮促進剤を含む、メカノセンサー活性制御剤。
【請求項9】
前記メカノセンサーがp130Casである、請求項8に記載のメカノセンサー活性制御剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−19698(P2012−19698A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−157879(P2010−157879)
【出願日】平成22年7月12日(2010.7.12)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】