説明

コラーゲン類生産方法及びコラーゲン類

【課題】いわゆるロット差が少なく、架橋の程度のばらつきが少ない高品質なコラーゲン類を生産する手段を提供すること、特に、β鎖又はγ鎖コラーゲンの混入が少なく、α鎖の純度が高いコラーゲン類を作製する手段を提供すること。
【解決手段】リン酸カルシウム類を含有する繊維状シートを筒状培養器内に設置し、前記繊維状シートにコラーゲン産生細胞を付着させた状態で前記筒状培養器を回転させ、連続培養を行う手順を少なくとも含むコラーゲン類生産方法を提供する。この方法で連続培養を行い、その培養液中に存在するコラーゲン類の精製などを行うことにより、分子間架橋が少なく、β鎖又はγ鎖コラーゲンの混入が少なく、α鎖の純度が高いコラーゲン類を長期間連続的に生産することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸カルシウム類を含有する繊維状シートにコラーゲン産生細胞を付着させた状態で連続培養を行う手順を少なくとも含むコラーゲン類生産方法、その生産方法により取得したコラーゲン類などに関する。本発明に係るコラーゲン類生産方法により得られた培養上清からは、純度の高いα鎖コラーゲン類(即ち、β鎖コラーゲン類及びγ鎖コラーゲン類が少ないコラーゲン類)を取得できる。一方、コラーゲン産生細胞からは、分子間及び分子内架橋を含むコラーゲン類を取得できる。
【背景技術】
【0002】
コラーゲンは、真皮、靭帯、腱、骨、軟骨などの構成タンパク質の一つで、結合組織や細胞外マトリクスの主要な成分である。体内に存在するコラーゲンの総量は、ヒトでは、全タンパク質のほぼ30%を占める。
【0003】
コラーゲンは、多くの場合、3本のα鎖(ペプチド鎖)による三重らせん構造を有する。三重らせん構造を有するコラーゲンとして、2004年時点で、30種類以上が知られており、I型、II型、IV型などのように、ローマ数字で分類されている。例えば、真皮、靭帯、腱、骨などには、I型コラーゲンが主に存在する。また、関節軟骨にはII型コラーゲンが、上皮組織の基底膜にはIV型コラーゲンが主に存在する。
【0004】
コラーゲンを構成するα鎖の分子量は、10万程度である。このα鎖についても、多数の種類が知られている。例えば、I型コラーゲンは、α鎖(I型)2本とα鎖(I型)1本による三重らせん構造により形成されている。
【0005】
コラーゲンは、線維芽細胞などのコラーゲン産生細胞において合成される。コラーゲン産生細胞内でプロコラーゲンとして発現し、プロコラーゲンが細胞外へ分泌され、細胞外でプロペプチド切断酵素によりコラーゲンに変換される。
【0006】
生体内では、コラーゲンは、成熟化した線維として存在する場合が多い。例えば、コラーゲン(三重らせん構造)同士が凝集してコラーゲン細線維を形成し、コラーゲン細線維同士が凝集してコラーゲン線維などを形成し、さらに、コラーゲンの分子間(α鎖間)又は分子内(α鎖内)で架橋が行われ、成熟コラーゲン線維が形成される。この架橋により、コラーゲンは補強され、不溶化する。なお、α鎖コラーゲンの分子間架橋により形成された二量体のコラーゲンをβ鎖コラーゲンといい、三量体のコラーゲンをγ鎖コラーゲンという。
【0007】
コラーゲンの両端には、抗原性の高い部位(テロペプチド)が存在する。その部位を酵素処理などにより除去したものを、アテロコラーゲンという。
【0008】
現在、コラーゲン分解物やアテロコラーゲンは、飲食物・化粧品などの分野の他、医療・美容分野において、広く利用されている。
【0009】
例えば、動物由来のアテロコラーゲンは、抗原性が低く、生体親和性に優れるため、人工真皮、止血材などの医療材料として、広く用いられている。
【0010】
また、コラーゲン類は、再生医療などにおける足場(scaffold)としての利用が検討され、一部実用化されている。再生医療は、特定の臓器・組織を再生させる医療であり、脳・心臓・肝臓などの臓器、皮膚、血管、骨、軟骨などで研究が進められている。皮膚・骨・軟骨などの再生医療は、一部実用化されている。一般的に、各臓器・組織の再生には、足場となる培養基材が必要である。その足場にその組織の細胞を付着・増殖させ、その組織を再生させる。
【0011】
医療用などにコラーゲン類を用いる場合、高い品質及び安全性が要求される。そこで、医療用のコラーゲンには、一般的に、原料となる皮膚や骨などのコラーゲンから抗原性の高い部位(テロペプチド)を酵素処理などで除去して可溶化した後、その可溶化コラーゲン(アテロコラーゲンなど)を架橋剤などで架橋して作製したものが用いられている。
【0012】
例えば、特許文献1には、可溶化コラーゲン溶液に化学架橋剤を混ぜて得た眼科用コラーゲンゲル成形物に関して、開示されている。
【特許文献1】特開平11−197234号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
コラーゲンの架橋の程度は、動物の個体差、年齢、採取組織などによって大きく異なる。架橋部位はテロペプチド以外の部位にも存在するため、用いた原料などにより架橋部位や架橋の程度にも差が生じる。加えて、架橋反応の設定などによっても、架橋の程度に差が生じる場合がある。そのため、従来の手順でコラーゲン類を作製した場合、いわゆるロット差が生じ、コラーゲンの品質の均一化が難しいという問題がある。
【0014】
そこで、本発明は、いわゆるロット差が少なく、架橋の程度のばらつきが少ない高品質なコラーゲン類を作製する手段を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明では、リン酸カルシウム類を含有する繊維状シートにコラーゲン産生細胞を付着させた状態で連続培養を行う手順を少なくとも含むコラーゲン類生産方法を提供する。
【0016】
このコラーゲン類生産方法により得られた培養上清からは、分子間又は分子内架橋の少ないコラーゲン類、即ち、純度の高いα鎖コラーゲン類(β鎖コラーゲン類、γ鎖コラーゲン類などの混入が少ないコラーゲン類)を取得できる。従って、本発明により、いわゆるロット差が少なく、架橋の程度のばらつきが少ない高品質なコラーゲン類を生産できる。なお、コラーゲン産生細胞からは、分子間及び分子内架橋を含むコラーゲン類も取得できる。
【0017】
本発明に係るコラーゲン類生産方法において、架橋の少ない高品質なコラーゲン類を長期間連続的に生産できる理由は、次の通りであると推測する。
【0018】
リン酸カルシウム類を含有する繊維状シートを用いてコラーゲン産生細胞の培養を行うことにより、繊維状シートと細胞との間の付着だけでなく、次第に細胞同士でも接着し始め、繊維状シートと直接接していない部分でも細胞が増殖できるようになり、三次元・立体的に増殖させることが可能になる。これにより、より生体内に近似した環境下で培養を行うことができるため、長期間連続的な培養が可能になり、かつ、その培養上清から架橋形成の少ないコラーゲン類を取得できるようになる。
【0019】
なお、例えば、連続培養を行う際、無血清培地で培養を行う段階を設けることにより、血清由来物質の混入を抑制でき、より安全性の高いコラーゲン類を生産できる。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、安全性が高く、品質の均一なコラーゲン類を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
<本発明に係るコラーゲン類について>
本発明に係るコラーゲン類には、ローマ数字で分類される各種コラーゲンのほか、アテロコラーゲン、プロコラーゲンなど、コラーゲン産生細胞が産生するコラーゲン類、及び、それらの産生されたコラーゲン類を、精製、酵素処理、酸・アルカリ処理、化学処理などすることにより取得できる全てのコラーゲン類が包含される。
【0022】
<コラーゲン生産方法について>
本発明に係るコラーゲン生産方法には、(1)連続培養システムの構築、(2)コラーゲン産生細胞の連続培養手順、(3)コラーゲン類の精製手順、などが含まれる。以下、順に説明する。
【0023】
(1)連続培養システムの構築について:
本発明に係る連続培養システムとして、例えば、リン酸カルシウム類を含有する繊維状シートを培養器内に設置したものを用いることができる。
【0024】
培養器として、回転させながら連続培養を行うことができる筒状培養器、例えば、市販の回転ローラーを用いることができる。
【0025】
繊維状シートを、例えば、筒状培養器内に固定して用いる。固定方法、固定手段などは特に限定されない。例えば、不織布を筒状培養器の内周壁面と略対面した状態で設置した場合、遠心作用により細胞の剥離を少なくできる、同じく遠心作用により全ての細胞に栄養分などが均一に到達しやすくなる、などの利点がある。
【0026】
繊維状シートは、不織布が好適であるが、それに限定されない。不織布は、メッシュなど規則的に織られたものと異なり、繊維枝同士が不規則に結合しており、適度な空間、厚み、弾力を有している。そのため、細胞と足場(不織布)が接していない部分で細胞同士が接着する際、不織布は、その細胞間の適度な距離を保つ機能を持ち、細胞同士の接着を促していると推測する。
【0027】
不織布の材質(原料)は、リン酸カルシウム類を含有可能であれば特に限定されず、公知なものを用いることができる。不織布の材質(原料)として、例えば、天然繊維(木綿、麻、羊毛など)、再生繊維(レーヨン、キュプラ)、半合成繊維(アセテート、プロミックス)、合成繊維(ナイロン、ポリエステル、アクリル系、ビニロン、ポリ塩化ビニル、ビニリデン、ポリオレフィン系、ポリウレタン、ポリクラール、フルオロカーボン系、ノボロイド系など)、無機繊維(ガラス繊維、炭素繊維、アルミナ繊維、シリコンカーバイド繊維、スラグ繊維、金属繊維など)、などが挙げられる。また、不織布を分解吸収性の素材、例えば、PGA(ポリグリコール酸)、PLGA(ポリ乳酸とポリグリコール酸の共重合体)などで形成してもよい。
【0028】
不織布の繊維密度は、比較的高い方が、細胞密度(培養効率)を高くできる点で、好適である。例えば、不織布の繊維密度を、繊維状シートの単位面積あたりの重量に換算した場合、少なくとも、0.1〜0.3g/100cmの範囲内のものは、効率的な細胞培養に好適である。
【0029】
リン酸カルシウム類として、第1リン酸カルシウム、第2リン酸カルシウム、第3リン酸カルシウム、各種アパタイト類(例えば、ハイドロキシアパタイト、フッ素アパタイト、塩酸アパタイト、炭酸アパタイトなど)などが挙げられる。リン酸カルシウム類は、培養開始時において、不織布に対する細胞の付着を促進していると推測する。
【0030】
リン酸カルシウム類を不織布に含有させる方法は、公知技術を用いることができ、特に限定されない。その方法として、例えば、不織布にリン酸カルシウム類を塗布する方法、バインダー(接着剤)を用いる方法、などが挙げられる。但し、人体などに適用するコラーゲンなどを産生する場合、バインダーを用いない方法のほうが、安全性などの観点から、より好ましい。
【0031】
(2)コラーゲン産生細胞の連続培養手順について:
繊維状シートにコラーゲン産生細胞を付着させ、連続培養を行う。
【0032】
例えば、筒状培養器内に培地を入れ、コラーゲン産生細胞をまき込み、筒状培養器を回転させ、細胞培養を開始する。筒状培養器を回転させる時期、回転速度などは任意に設定でき、また、連続培養の全ての時期において、筒状培養器を回転させるかどうかについても任意に設定できる。
【0033】
コラーゲン産生細胞には、ヒト繊維芽細胞をはじめ、コラーゲンを産生する細胞が全て包含される。なお、リン酸カルシウム類を含有する繊維状シートは、コラーゲンを産生するほとんど全ての種類の付着細胞に適用可能である。
【0034】
培地には、公知のものを用いることができる。また、培養の途中で無血清培地に切り替え、無血清培地で培養を行う段階を設けてもよい。
【0035】
無血清培地を用いることには、コラーゲン類への血清の混入を極力排除できるという利点がある。例えば、再生医療をはじめとする医療・美容分野に用いる場合、コラーゲンなどへ血清中の抗原粒子などが混入し、そのコラーゲン類を適用した患者がアレルギーを引き起こす可能性を完全には排除できない。また、ウシ血清を用いた場合、BSEプリオンや人畜共通感染ウイルスなどがコラーゲンなどへ混入する可能性を完全には排除できない。それに対し、無血清培地を用いた場合、それらの危険性をより抑えることができ、より安全性の高いコラーゲン類を提供できる。
【0036】
その他、この細胞培養方法を用いることには、以下のような有利性がある。この細胞培養方法では、細胞の増殖性を維持した状態で、長期間連続培養を行うことができる。即ち、継代培養を行わず、定期的な培地交換のみで、長期間連続培養を行うことができる。
【0037】
なお、この細胞培養方法において、長期間連続培養が可能な理由は、次のような機序に基づくと推測する。この細胞培養を行う場合、細胞と繊維状シートが接触していない部分で、細胞同士が接着し、生体内における細胞間間隙と同様の構造を構築する。それにより、個々の細胞が、直接、培地を用いて代謝を行い、必要な物質を自ら合成できるようになり、壊死を回避する。
【0038】
(3)コラーゲン類の精製手順について:
続いて、培養上清を採取し、その培養上清からコラーゲン類を抽出・精製などする。
【0039】
コラーゲン類の精製は、公知の方法により行うことができる。例えば、培養上清を採取後遠心分離し、その遠心上清に塩化ナトリウムなどの塩を高濃度に添加し、沈殿物を析出させる(塩析)。そして、遠心分離後、精製水で透析し、真空凍結乾燥し、コラーゲンの粉末を得る。なお、この手順では、培養上清からコラーゲン類を精製できるため、繊維状シートからコラーゲン類を抽出する手順を省略又は簡略化できるという利点がある。
【0040】
アテロコラーゲンの抽出・精製の場合、例えば、酢酸水溶液にペプシンを加えて抽出を行い、抽出後、水酸化ナトリウムなどで、ペプシンの不活性化とpHの調整を行う。
【0041】
その他、例えば、培養上清にEDTAを添加した後、塩析などを行うことにより、コラーゲンとプロコラーゲンの両者を精製できる。また、EDTAを添加せずに塩析などを行うことにより、コラーゲンのみを精製できる。
【0042】
以上、上記手順により精製されたコラーゲン類は、架橋構造をほとんど含まない。即ち、β鎖及びγ鎖コラーゲンをほとんど含有せず、α鎖コラーゲンの純度が高い。
【0043】
(4)その他:
繊維状シートに付着したコラーゲン産生細胞からは、架橋構造を有する(即ち、α鎖コラーゲン、β鎖コラーゲン、γ鎖コラーゲンを含有する)コラーゲン類を採取できる。
【0044】
コラーゲン産生細胞の剥離手段、コラーゲン類の抽出・精製などは、公知の方法により行うことができる。手順の例を次に示す。まず、繊維状シートを酢酸水溶液に浸し、所定時間撹拌してコラーゲンを抽出する。次に、得られた粘調な液を遠心分離した後、その上清に塩化ナトリウムなどの塩を高濃度に添加し、沈殿物を析出させる(塩析)。次に、遠心分離後、精製水で透析し、真空凍結乾燥し、コラーゲンの粉末を得る。
【0045】
アテロコラーゲンの抽出・精製の場合、例えば、酢酸水溶液にペプシンを加えて抽出を行い、抽出後、水酸化ナトリウムなどで、ペプシンの不活性化とpHの調整を行う。
【0046】
その他、例えば、酢酸とともにEDTAを添加した後、塩析などを行うことにより、コラーゲンとプロコラーゲンの両者を精製できる。また、EDTAを添加せずに塩析などを行うことにより、コラーゲンのみを精製できる。
【実施例1】
【0047】
実施例1では、独自の培養装置を作製し、その装置を用いてコラーゲン産生細胞の連続培養を試みた。本実施例では、コラーゲン産生細胞に、ヒト正常線維芽細胞を用いた。
【0048】
はじめに、培養装置を作製した。ハイドロキシアパタイトを塗布した不織布を準備し、市販のローラーボトルの中にその不織布を入れ、その不織布をローラーボトルの内周壁面と略対面した状態で設置し、8本の棒状体でその不織布を固定した(図1参照)。
【0049】
続いて、作製した培養装置を用いて細胞の連続培養を行った。作製した培養装置に培地を入れ、ヒト正常線維芽細胞を2×10個ずつ一週間ごとに計4回(トータルで8×10個)播種し、その後約3ヶ月間(計約4ヶ月間)、連続培養を行った。連続培養では、培養装置を回転ローラー上に設置し、連続的かつ緩やかに回転させて行った。
【0050】
播種時の培養では、培地として、DMEMに20mMのAsc2−P(アスコルビン酸2−リン酸)と抗菌剤カクテル(Sigma社製、製品コード「A5955」)を添加したものを300mLずつ用いた。培地交換は週に2回行った。全細胞を播種した後(約1ヵ月後)の培養では、培地として、FBSを最終濃度で5%添加したもの(5%FBS添加培地)を500mLずつ用いた。培地交換は前記と同様、週に2回行った。そして、5%FBS添加培地を1週間用いた後、培地を無血清培地に切り替え、以後の連続培養を行った。培地交換は週に1回行った。
【0051】
なお、Asc2−P(アスコルビン酸2−リン酸)は活性持続型ビタミンCとも呼ばれ、コラーゲン合成を活性化する作用などを有する。本実験では、Asc2−Pを以下の手順で調製し、用いた。超純水500mLに、Asc2(L−アスコルビン酸リン酸エステルマグネシウム塩n水和物)2.9g、PBS4.8gを加えて撹拌した後、0.22μmのフィルターでろ過滅菌した。調製したAsc2−Pは遮光、4℃条件下で保存した。
【0052】
上述の培養の間、1週間ごとに、ELISA法により、培地中の総コラーゲン量(ヒト正常線維芽細胞によるコラーゲン産生量)の定量を行った。総コラーゲン量の定量には、コラーゲン用ELISAキット「ヒトコラーゲンタイプ1 ELISA(株式会社エーシーバイオテクノロジーズ製)」を用いた。
【0053】
結果を図2に示す。図2は、図1に示す培養装置を用いて連続培養を行った場合における総コラーゲン量の変化を示すグラフである。グラフの横軸は培養期間を、縦軸はコラーゲン産生量(培地中の濃度)を、それぞれ示す。
【0054】
図2に示す通り、図1に示す培養装置を用いて連続培養を行った場合、無血清培地に切り替えた後(第5週以降)も、約3ヶ月間、20μg/ml程度以上のコラーゲンを産生し続けた。
【0055】
なお、図2では培養開始から4ヶ月を経過した後にコラーゲン産生量が大幅に減少したが、一般的に、これらのコラーゲン産生量の増減は、コラーゲン産生細胞の通常の培養でも観察される。従って、培養開始から4ヶ月を経過した後もしばらくの間、この連続培養システムにより、コラーゲン産生細胞の培養を持続できると推測する。
【0056】
従って、これらの結果は、この連続培養システムを用いることにより、コラーゲン産生細胞の連続培養を無血清培地で行うことができ、かつ、長期間連続的にコラーゲンを生産できることを示す。
【実施例2】
【0057】
実施例2では、実施例1の培養により得た培養上清を用いて、アテロコラーゲンの調製を試みた。
【0058】
はじめに、培養上清中のタンパク質の粗精製を行った。まず、実施例1において得られた無血清培養時の培養上清を40倍濃縮し、濃縮した培養上清50mLを、遠心チューブに入れた。次に、その遠心チューブの中に、酢酸(原液)295μL(最終濃度0.1M)と、粉末のNaClを最終濃度0.75M〜1Mになるように、それぞれ加え、ゆっくり撹拌して塩析させた後、10,000×g、30分間、4℃で遠心分離を行い、上清を捨てた。そして、その沈殿物に0.1M酢酸50mLを加えて溶解し、同様の手順で塩析を3回繰り返した。
【0059】
続いて、ペプシン処理により、含有するコラーゲン類のアテロ化を行った。3回目の塩析で得られた沈殿物に、0.1M酢酸を12mL、2mg/mlのペプシンを120μL(最終濃度0.02mg/ml)、それぞれ加え、4℃条件下で一晩撹拌した。
【0060】
続いて、生成したアテロコラーゲンの精製を行った。まず、粉末のNaClを0.528g(最終濃度0.75M)それぞれ加え、ゆっくり撹拌して塩析させた後、10,000×g、30分間、4℃で遠心分離を行い、上清を捨てた。そして、沈殿物に0.1M酢酸12mLを加えて溶解した後、同様の手順で塩析を5回繰り返した。
【0061】
続いて、電気泳動後銀染色を行い、アテロコラーゲンの検出を行った。5回目の塩析で得られた沈殿物に0.1M酢酸50mLを加えて溶解し、SDS−PAGE(ドデシル硫酸−ポリアクリルアミドゲル電気泳動)によりゲル内で展開させた後、銀染色を行った。
【0062】
結果を図3(A)及び(B)に示す。図3(A)は、市販のアテロコラーゲンの電気泳動写真(コントロール)、図3(B)は、調製したアテロコラーゲンの電気泳動写真である。
【0063】
図3(A)の左側のレーンは分子量マーカーを、右側のレーン(図中「i」のレーン)は市販のアテロコラーゲンの電気泳動結果を、それぞれ表す。また、図3(B)の一番左側のレーンは分子量マーカーを、中央のレーン(図中「ii」のレーン)は実施例1の培養により得た培養上清を用いて調製したアテロコラーゲンの電気泳動結果を、一番右側のレーン(図中「iii」のレーン)はコラーゲン産生細胞の周囲に沈着した不溶化コラーゲンから調製したアテロコラーゲンの電気泳動結果を、それぞれ表す。
【0064】
なお、図3(B)の一番右側のレーンで用いたアテロコラーゲンの調製手順は以下の通りである。まず、24ウエルプレートの各ウエルに直径16mmの不織布を敷き、そこにコラーゲン産生細胞を播種して、付着・増殖させた。次に、その不織布を取り出し、0.1M酢酸を1mL滴下し、細胞をさっと洗った後、再び各ウエルに戻した。次に、各ウエルに0.1M酢酸を1mL加え、超音波洗浄器とVortexで繰り返し振動を加えた後、内容液を1.5mLプラスチックチューブに移し、2mg/mlのペプシンを10μL(最終濃度0.02mg/ml)加え、4℃条件下で一晩撹拌した。次に、遠心分離を行った後、その上清を1.5mLプラスチックチューブに移した。そして、前記と同様の手順により、8回、塩析を行い、アテロコラーゲンを精製した。
【0065】
図3(A)及び図3(B)に示す通り、レーン「i」(市販のアテロコラーゲン)、及び、レーン「iii」(コラーゲン産生細胞の周囲に沈着した不溶化コラーゲンから調製したアテロコラーゲン)では、β鎖及びγ鎖のアテロコラーゲンのバンドが検出されたのに対し、レーン「ii」(実施例1の方法における培養上清から得たアテロコラーゲン)では、α鎖のアテロコラーゲンのバンドのみが検出され、β鎖及びγ鎖のアテロコラーゲンのバンドは検出されなかった。
【0066】
この結果は、実施例1の培養システムで得た培養上清からアテロコラーゲンを調製することにより、α鎖コラーゲンの割合が高く、β鎖コラーゲン及びγ鎖コラーゲンが少ないアテロコラーゲン、即ち、分子間又は分子内架橋の少ないアテロコラーゲンを調製できることを示す。
【0067】
なお、銀染色が非常に高感度な染色方法であることを勘案すると、実施例1の方法により得た培養上清から調製したアテロコラーゲンの純度が95%以上であると推定できる。
【実施例3】
【0068】
実施例3では、実施例1の培養により得た培養上清を用いて、プロコラーゲンの調製を試みた。
【0069】
はじめに、実施例2と同様の手順により、培養上清中のタンパク質の粗精製を行った。まず、実施例1において得られた無血清培養時の培養上清を40倍濃縮し、濃縮した培養上清50mLを遠心チューブに入れた。次に、その中に、酢酸(原液)を295μL(最終濃度0.1M)、粉末のNaClを2.18g(最終濃度0.75M)それぞれ加え、ゆっくり撹拌して塩析させた後、10,000×g、30分間、4℃で遠心分離を行い、上清を捨てた。
【0070】
続いて、含有するコラーゲン類の精製を、EDTAを加えて行った。まず、遠心分離により得られた沈殿物に、0.1M酢酸を1mL、10mMのEDTAを加え、沈殿物を溶解させた後、10,000×g、30分間、4℃で遠心分離を行い、沈殿物と上清をそれぞれ分取した。そして、その沈殿物について、同様の手順を繰り返して、4回塩析を行い、沈殿物を得た。また、上清についても、同様の手順を繰り返して、4回塩析を行い、沈殿物を得た。
【0071】
続いて、それらの沈殿物を集め、エタノールを加え(最終濃度30%)、ゆっくり撹拌した後、10,000×g、30分間、4℃で遠心分離を行い、最終的なコラーゲン類の沈殿物を得た。
【0072】
続いて、実施例2と同様の手順により電気泳動後銀染色を行い、コラーゲン類の検出を行った。
【0073】
結果を図4に示す。図4は、調製したコラーゲン類の電気泳動写真である。
【0074】
図4の一番左側のレーンは分子量マーカーを、中央のレーン(図中「iv」のレーン)は本実施例において調製したコラーゲン類の電気泳動結果を、それぞれ表す。なお、一番右側のレーン(図中「v」のレーン)については後述する。
【0075】
図4に示す通り、レーン「iv」では、α鎖及びプロコラーゲンのバンドが検出され、β鎖及びγ鎖のバンドは検出されなかった。
【0076】
この結果は、実施例1の培養システムで得た培養上清からコラーゲン類を調製することにより、α鎖の割合が大きく、β鎖及びγ鎖が少ないプロコラーゲン及びコラーゲン、即ち、分子間又は分子内架橋の少ないプロコラーゲン及びコラーゲンを調製できることを示す。
【実施例4】
【0077】
実施例4では、実施例1の培養により得た培養上清を用いて、コラーゲンの調製を試みた。
【0078】
調製手順は、EDTAを添加しないこと以外は、実施例3と同様である。
【0079】
結果を前記図4に示す。図4の一番右側のレーン(図中「v」のレーン)は、EDTAを添加せずに調製したコラーゲン類の電気泳動結果を表す。
【0080】
図4に示す通り、レーン「v」では、コラーゲンのバンドのみが検出され、プロコラーゲン、β鎖及びγ鎖のバンドは検出されなかった。
【0081】
この結果は、実施例1の培養システムで得た培養上清からEDTAを用いずにコラーゲン類を調製することにより、プロコラーゲンの混在していないコラーゲンを調製できることを示す。
【0082】
なお、EDTAを用いずに調製を行うことにより、コラーゲンのみが検出され、プロコラーゲンが検出されなくなった理由は、次の通りであると推測できる。1回目の塩析後、EDTAを添加せずに沈殿物を酢酸で溶解し、4℃条件下で保存したことにより、混入するプロペプチド切断酵素がプロコラーゲンを切断する。これにより、プロコラーゲンがコラーゲンに変換される。
【産業上の利用可能性】
【0083】
上述の通り、本発明により、α鎖の純度の高く、安全性の高いコラーゲン類を、簡易かつ比較的大量に生産できる。加えて、生産したコラーゲン類は、架橋構造が少ないため、生産したコラーゲン同士の品質の誤差が少ない。従って、いわゆるロット差が少ないコラーゲン類を安定的に提供できる。
【0084】
医療用コラーゲンは、人体などに用いるため、安全性の観点などから、品質が均一でロット差の少ないものを用いることが好ましい。また、例えば、コラーゲンを用いた培養実験などにおいて、コラーゲンのロット差が増殖性などに影響を与える可能性もある。その他、例えば、人工臓器を移植する場合などにおいて、用いるコラーゲンの架橋の程度により、移植後のモデリングに差が出る場合がある。従って、本発明は、ロット差の少ないコラーゲン類を提供できる点で、産業上有用である。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】実施例1で用いた培養装置の図面代用写真。
【図2】図1に示す培養装置を用いて連続培養を行った場合における総コラーゲン量の変化を示すグラフ。
【図3A】実施例2における、市販のアテロコラーゲンの電気泳動写真。
【図3B】実施例2における、調製したアテロコラーゲンの電気泳動写真
【図4】実施例3及び実施例4における、調製したプロコラーゲン及びコラーゲンの電気泳動写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸カルシウム類を含有する繊維状シートにコラーゲン産生細胞を付着させた状態で連続培養を行う手順を少なくとも含むコラーゲン類生産方法。
【請求項2】
前記コラーゲン類は、アテロコラーゲン、プロコラーゲン、コラーゲンのいずれか又は複数であることを特徴とする請求項1記載のコラーゲン類生産方法。
【請求項3】
前記繊維状シートは、不織布であることを特徴とする請求項1記載のコラーゲン類生産方法。
【請求項4】
前記リン酸カルシウム類は、ハイドロキシアパタイトであることを特徴とする請求項1記載のコラーゲン類生産方法。
【請求項5】
前記培養を無血清培地で行う段階を少なくとも含むことを特徴とする請求項1記載のコラーゲン類生産方法。
【請求項6】
請求項1記載のコラーゲン類生産方法により取得したコラーゲン類。



【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−282515(P2007−282515A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−110130(P2006−110130)
【出願日】平成18年4月12日(2006.4.12)
【出願人】(301058137)株式会社エーシーバイオテクノロジーズ (6)
【出願人】(302050972)フューテック株式会社 (2)
【Fターム(参考)】