説明

コルジセピンの製造および精製方法

【課題】高純度のコルジセピンを簡便にかつ効率よく製造する方法を提供する。また、コルジセピンを簡便にかつ高回収率で分離精製する方法を提供する。
【解決手段】ろ過滅菌した培養液を用いて冬虫夏草を培養することにより、培養液中に高濃度でコルジセピンを産生させる。また、得られた培養液から分離した培養上清より、温度変化やpH変化による晶析により、コルジセピンを高純度かつ高回収率で分離精製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冬虫夏草の培養により、高純度の生理活性物質コルジセピンを簡便かつ効率よく製造および精製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
冬虫夏草は、子嚢菌類に分類される菌類で、昆虫に寄生するキノコの総称である。寄生の形態は以下の通りである:(1)飛散した胞子が宿主である昆虫に取り付き、その体内に入り込む。(2)体内に入った胞子が、養分を吸収して菌糸を伸ばしながら成長し、菌糸の固まりである菌核を形成する。(3)成熟後、昆虫の体を突き破って、キノコ(子実体)を生じる。
【0003】
中国においては、コウモリガ(Hepialus armoricanus)の幼虫に寄生するCordyceps sinensisが、1700年代から、漢方薬として用いられてきた。近年では、Cordyceps sinensis以外の冬虫夏草についても抗菌、抗腫瘍、免疫増強、血糖降下、血管拡張作用など様々な薬理活性機能を有することが明らかにされてきており、その有効成分としてコルジセピン、エルゴステロールパーオキシド、ミリオシン、各種多糖および糖タンパク質などの存在が報告されている。これらの有効成分のなかでも、ヌクレオシド(アデノシン)のアナログであるコルジセピンは、抗菌、抗腫瘍作用を示す物質として特に注目を集めている。このように、医薬品や健康食品への利用が期待されている冬虫夏草であるが、それらは極めて小さく、また生息数が少ないため採集が困難であり、天然に生育する冬虫夏草を採集収穫するだけでは、高まりつつある需要を十分に満たすことはできない。
【0004】
そこで、近年、冬虫夏草の菌糸体や子実体を人工的に培養する方法、さらにはそこから有効成分を抽出する方法として、いくつかの提案がなされている。例えば、冬虫夏草の菌糸体や子実体の人工的な培養方法としては、水を用いて高温加熱下で抽出した蚕の蛹の組成成分の抽出液に、炭素源、アミノ酸類、ミネラル類、またはビタミン類の中から少なくとも一種を添加した培地で冬虫夏草の菌糸体と子実体を培養する方法(特許文献1)、冬虫夏草の菌糸体を合成または天然の培地で培養するに際して、対象とする冬虫夏草の寄生した昆虫と同一種の昆虫の抽出エキスを培地に添加する方法(特許文献2)などが挙げられる。人工的に培養した冬虫夏草の菌糸体や子実体から有効成分を抽出する方法としては、特許文献3〜5などが挙げられる。すなわち、特許文献3には、無菌飼育した蚕の蛹あるいは蜘蛛の体内に、ハナサナギタケ(Isaria japonica)等の冬虫夏草菌株の胞子懸濁液を接種して子実体を形成させ、得られた子実体からエタノールや水を用いて有効成分を抽出する方法が記載されている。また、特許文献4には、玄米などの穀類と昆虫組織体(寄生した昆虫と同一目、同一科の昆虫を使用)を主成分とし、アミノ酸類、ミネラル類、またはビタミン類の中から少なくとも一種の添加物を添加した固体培地に冬虫夏草菌を接種し、18〜26℃、湿度80%以上全暗で菌糸体を発育させた後、照度100Lux以上、1日6時間以上照射して子実体を培養し、培養品をそのまま粉砕する、あるいは、必要に応じて有効成分を抽出する方法が記載されている。さらに、特許文献5には、350〜550nmの波長域にピークをもつ光を連続又は間欠的に照射して冬虫夏草菌糸体を培養し、得られた菌糸体から、有機溶媒や水等で有効成分を抽出する方法が記載されている。
【0005】
他にも、最も重要な有効成分の1つであるコルジセピンの生産性を高めるため、好適な培地・培養条件が検討されている(特許文献6および7、非特許文献1〜3等)。すなわち、特許文献6には、グルコース、スクロース、糖蜜、マルトースから選ばれた少なくとも1種を1〜6重量%、ペプトン、イースト、モルト、ミルクから選ばれた少なくとも1種を1〜7重量%、アスパラギン、アスパラギン酸、グリシン、DNAから選ばれた少なくとも1種を0.1〜0.5重量%、あるいはさらに微量のビオチンおよび/またはビタミンB類を含有する冬虫夏草用培地を用いて、コルジセピンの含有率を向上させる方法が記載されている。特許文献7には、冬虫夏草用培地にコルジセピンを産生する冬虫夏草菌を接種し、暗所にて5〜28℃で20〜90日間培養する第一工程と、その培養後、照度100〜150000Luxの光照射下において、35℃以下の範囲内で第一工程より温度を上げて培養し、コルジセピンの含有量を向上させる方法が記載されている。また、非特許文献1には、通気攪拌槽を用いた深部培養において、培養開始から溶存酸素濃度(DO)を飽和の60%に制御し、コルジセピンの比生産速度が低下する時点で30%にするという2段階のDO制御方式により、高い生産量と生産性を得る方法が記載され、非特許文献2には、炭素源として、42g/L グルコース、窒素源として、15.8g/L ペプトンを含む培地を用いて、25℃、110rpm、20日間振盪フラスコによる培養を行い、高いコルジセピン生産性を得る方法が記載されている。さらに、非特許文献3には、窒素源として、45g/Lの酵母エキスを用い、8日間の振盪培養の後、8日間の静置培養を行うことにより、効率的にコルジセピンを得る方法が記載されている。
【0006】
しかしながら、従来の冬虫夏草の人工培養法は、培地に蛹粉、蛹の抽出液、および/または昆虫の抽出液を用いたり、昆虫の体内に菌を接種したり、温度、pH、光照射を細かく制御したりするなど、操作が煩雑で実用化を考慮した大量生産は困難である。また、コルジセピンを得ようとした場合、その収量は、非特許文献1に記載の方法で培地中に0.195g/L、非特許文献2に記載の方法で0.345g/L、非特許文献3に記載の方法で2.2g/L、特許文献6に記載の方法では菌体1gあたり0.02〜0.1g、特許文献7に記載の方法では菌体1gあたり0.05〜0.1gと、いずれも十分であるとはいえない。
【0007】
また、生産したコルジセピンの精製方法については、検討例が少なく効率的な方法が知られていない。例えば特許文献8では、はじめに冬虫夏草を粉末化した後エタノールで抽出し、抽出物を濃縮乾固させ、次に乾固物を蒸留水に溶解した後、ブタノールで抽出し抽出物を濃縮乾固させた後、さらに、この乾固物をシリカゲルクロマトグラフィーおよび高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって分画するという、非常に煩雑な方法によって、高純度のコルジセピンを得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−42691号公報
【特許文献2】特開平10−117770号公報
【特許文献3】特開2002−272267号公報
【特許文献4】特開2003−116522号公報
【特許文献5】特開2004−344027号公報
【特許文献6】特開2004−242506号公報
【特許文献7】特開2004−267004号公報
【特許文献8】特表2010−503729号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Biotechnol. Prog. 20, 1408-1413 (2004)
【非特許文献2】Process Biochemistry 40, 1667-1672 (2005)
【非特許文献3】Biochem. Eng. J. 33, 193-201 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上述の事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、高純度のコルジセピン(3’−デオキシアデノシン)を簡便にかつ効率よく製造する方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、コルジセピンを簡便にかつ高回収率で分離精製する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するべく、冬虫夏草の培養条件を鋭意検討した結果、ろ過滅菌した培養液を用いることによって、培養液中に高濃度でコルジセピンを産生させ得ることを見いだした。また、得られた培養液から培養上清を分離し、晶析により、コルジセピンを高純度かつ高回収率で分離精製することができることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下の通りである:
[1]ろ過滅菌した培養液を用いて冬虫夏草を培養し、培養液中に高濃度でコルジセピンを産生させる工程を含む、コルジセピンの製造方法。
[2]冬虫夏草が、冬虫夏草属菌糸体に高エネルギーイオンビームを照射し、該照射処理をした菌糸体から親株と菌学的性質の異なる菌株を選抜して得られた冬虫夏草の突然変異株である、上記[1]に記載の製造方法。
[3]冬虫夏草の突然変異菌株が、Cordyceps militaris NBRC 9787の変異株(受託番号:FERM P−21315)である、上記[2]に記載の製造方法。
[4]冬虫夏草の培養が液体表面培養により行われる、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]さらに、冬虫夏草を培養して得た培養液から培養上清を分離し、該培養上清から晶析によりコルジセピンを分離精製する工程を含む、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]コルジセピンを分離精製する工程が、培養上清を粉末化して溶媒に再溶解する工程を含む、上記[5]に記載の製造方法。
[7]粉末化が凍結乾燥により行われる、上記[6]に記載の製造方法。
[8]溶媒が水である、上記[6]または[7]に記載の製造方法。
[9]ろ過滅菌した培養液を用いて冬虫夏草を培養して得た培養液から分離した培養上清を凍結乾燥した後、30〜90℃で水に再溶解して得た水溶液を、0〜10℃に冷却して析出するコルジセピンを回収する、コルジセピンの分離精製方法。
[10]ろ過滅菌した培養液を用いて冬虫夏草を培養して得た培養液から分離した培養上清を凍結乾燥した後、pHが4未満の酸性またはpHが12.5を超えるアルカリ性の水溶液に再溶解し、次いで水溶液のpHを4〜12.5として、析出するコルジセピンを回収する、コルジセピンの分離精製方法。
[11]ろ過滅菌した培養液を用いて冬虫夏草を培養して得た培養液から分離した培養上清を凍結乾燥した後、pHが4未満の酸性またはpHが12.5を超えるアルカリ性の水溶液に30〜90℃で再溶解し、次いで水溶液のpHを4〜12.5とし、0〜10℃に冷却して、析出するコルジセピンを回収する、コルジセピンの分離精製方法。
[12]冬虫夏草が、冬虫夏草属菌糸体に高エネルギーイオンビームを照射し、該照射処理をした菌糸体から親株と菌学的性質の異なる菌株を選抜して得られた冬虫夏草の突然変異株である、上記[9]〜[11]のいずれかに記載の分離精製方法。
[13]冬虫夏草の突然変異菌株が、Cordyceps militaris NBRC 9787の変異株(受託番号:FERM P−21315)である、上記[12]に記載の分離精製方法。
[14]冬虫夏草の培養が液体表面培養により行われる、上記[9]〜[13]のいずれかに記載の分離精製方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、冬虫夏草の培養により、高純度のコルジセピンを簡便にかつ効率よく製造することができる。
また、冬虫夏草の培養液より分離した培養上清から、コルジセピンを高純度かつ高回収率で分離精製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1−3及び比較例1−3の製造方法により、培地中に産生されるコルジセピンの濃度の経時変化を比較したグラフである。オープンサークルは実施例1−3、クローズドサークルは比較例1−3についての結果を示す。
【図2】実施例1−3の製造方法により製造されたコルジセピンのHPLCのクロマトグラムである。
【図3】実施例2の製造方法により分離精製されたコルジセピンのHPLCのクロマトグラムである。
【図4】実施例3−1の製造方法により分離精製されたコルジセピンのHPLCのクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0016】
本発明のコルジセピンの製造方法は、ろ過滅菌した培養液を用いて冬虫夏草を培養し、培養液中に高濃度でコルジセピンを産生させる工程を含む。
【0017】
本発明に用いる冬虫夏草は、野生株の冬虫夏草であっても、人工栽培されている冬虫夏草であってもコルジセピンを産生するものであれば、特に限定されない。好ましくは、産生したコルジセピンを菌体外に排出するものがよい。例えば、コルジセプス属のCordyceps militaris NBRC 9787、Cordyceps militaris NBRC 30377、Cordyceps militaris ATCC 26848、Cordyceps militaris ATCC 34164、Cordyceps militaris ATCC 34165等が適している。コルジセピン産生量の観点から、さらに好ましくは、特開2009−34045号公報に開示した、冬虫夏草属菌糸体に高エネルギーイオンビームを照射し、該照射処理をした菌糸体から親株と菌学的性質の異なる菌株を選抜して得られた冬虫夏草の突然変異株を用いることができる。「親株と菌学的性質の異なる菌株」としては、8−アザアデニン、8−アザグアニン等のアデニンおよび/またはグアニンのアナログ存在下で生存可能な菌株が、高いコルジセピン産生性を有する可能性があるため、好ましく選抜される。本発明においては、コルジセピン高産生株として、コルジセピン産生量が親株の1.3倍以上のものを用いることが好ましく、1.5倍以上のものを用いることがより好ましい。かかる突然変異株としては、Cordyceps militaris NBRC 9787より得られた変異株がより好ましく、茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター 中央第6、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託された受託番号:FERM P−21315株(受託日:2007年7月5日)が、特に好ましい。
【0018】
本発明の冬虫夏草の培養では、通常菌糸体の培養に用い得る培養液を用いることができ、該培養液は成分として炭素源および窒素源、ならびに/または他の添加物を含む。利用可能な炭素源としては、グルコース、スクロース、マルトース、ラクトース、糖蜜等が挙げられ、窒素源としては、ペプトン、酵母エキス、カザミノ酸、コーンスティープ、小麦胚芽等が利用可能であるが、酵母エキスが好ましい。また、グリシン、グルタミン、アスパラギン酸、システイン等のアミノ酸、アデニン、グアニン、アデノシン等の核酸関連物質のいずれか1種、または複数種を添加してもよい。
【0019】
上記培地成分の配合量としては、例えば炭素源は、水を含む培地全重量の1〜20重量%、好ましくは2〜15重量%であり、窒素源は培地全重量の0.25〜20重量%、好ましくは0.5〜15重量%である。アミノ酸を添加する場合は、その配合量は培地全重量の0.5〜5重量%、好ましくは1〜3重量%であり、核酸関連物質を添加する場合は、その配合量は培地全重量の0.05〜0.6重量%、好ましくは0.1〜0.4重量%である。
【0020】
具体的には、例えばポテトデキストロース寒天プレート、またはグルコース 20g/L、ペプトン 2.5g/L、および酵母エキス 7.5g/Lを含有する寒天プレートの中心に、一白金耳の菌糸体を接種し、15〜35℃、好ましくは20〜30℃で、7〜21日間、好ましくは10〜16日間静置培養したものを種菌として用いることができる。上記のプレート上に増殖した菌蓋の周縁部の菌糸体をくり抜き、培養瓶内の培養液表面に浮かべることによって、コルジセピン産生のための液体表面培養を行うことができる。培養温度は、15〜35℃、好ましくは20〜30℃である。前記培養液の量は、液深さが1〜10cm、好ましくは2〜5cmとなるように設定することによって、コルジセピン産生量が増大する。前記培養液の滅菌法としては、高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)や低温滅菌、ろ過滅菌などの様々な方法を採用することが可能であるが、グルコースなどの還元性を有する物質を含む培養液の場合には、高圧蒸気滅菌が好ましくない場合がある。特に高濃度の培地成分を含有する培養液の場合には、発酵阻害物を生じる可能性があるため、培養によるコルジセピンの製造においては、コルジセピン産生量を向上させるためには、ろ過滅菌が好ましい。ろ過滅菌については、通常、孔径0.20μmのメンブランフィルターを用いて雑菌等の除去を行うが、雑菌等の混入が認められなければ、他の材質、孔径のものを用いてもよい。
【0021】
冬虫夏草の菌糸体は、上記培養液中の成分を栄養源として、培養液表面において増殖し、コルジセピンを産生する。ここで、産生されたコルジセピンの90%以上は培養液中に分泌される。従って、産生されたコルジセピンを回収するには、はじめに培養液から菌糸体を分離して、培養上清を得る必要がある。菌糸体を分離する方法としては、遠心分離やろ過など様々な方法が利用可能であり、特に限定されない。
【0022】
分離した培養上清には、コルジセピンが高濃度で含まれており、コルジセピンの溶解度差を利用した様々な晶析法でコルジセピンの回収が可能である。例えば、培養上清を減圧濃縮することにより、溶解度を超えて上清液中に析出したコルジセピンを沈殿として回収することができる。また、予め凍結乾燥や真空乾燥などによりコルジセピンを含む培養上清を粉末化した後、これを高濃度となるように溶媒に溶解し、次いで晶析させることも可能である。高濃度に溶解したコルジセピンの晶析方法としては、溶液の温度を変化させる方法やpHを変化させる方法、コルジセピン溶液にコルジセピンの貧溶媒を加える方法などを用いることが可能である。本発明において用い得るコルジセピンの貧溶媒としては、アセトン、エタノール、プロパノール等が挙げられる。
【0023】
コルジセピンを溶解する溶媒としては、コルジセピンと反応せず毒性の低いもの、また沸点の低いものであれば特に限定されないが、水が好ましい。コルジセピンの水に対する溶解度は、高温で高く、低温で低くなる。従って、高温でコルジセピンを溶解した後に冷却することによって、コルジセピンの晶析を行うことができる。コルジセピンを溶解する温度としては、コルジセピンの加水分解等が生じない限り特に限定されないが、溶媒として水を用いた場合には30〜90℃が適しており、好ましくは40〜80℃である。また、溶解したコルジセピンを析出させる温度としては、溶液が凍結しない範囲であれば特に限定されないが、20℃以下が適しており、好ましくは0〜10℃である。
【0024】
また、コルジセピンの水に対する溶解度は、中性付近で低く、酸性領域やアルカリ性領域で高い。従って、コルジセピンを酸性あるいはアルカリ性の水溶液に高濃度に溶解した後、水溶液のpHを中性付近に変化させることにより、コルジセピンの晶析を行うことができる。コルジセピンを溶解させるpHとしては、4未満、あるいは12.5超が好ましく、3未満或いは13超がより好ましい。また、溶解したコルジセピンを析出させるpHとしては、4〜12.5が好ましく、5〜10がより好ましい。
【0025】
さらに本発明においては、上記した温度変化とpH変化を組み合わせて、コルジセピンの晶析を行うこともできる。
すなわち、培養上清の凍結乾燥粉末を、pHが好ましくは4未満、より好ましくは3未満の酸性の水溶液、またはpHが好ましくは12.5、より好ましくは13を超えるアルカリ性の水溶液に、30〜90℃、好ましくは40〜80℃で再溶解し、次いで水溶液のpHを好ましくは4〜12.5、より好ましくは5〜10とし、20℃以下、好ましくは0〜10℃に冷却して、析出するコルジセピンを回収する。
【0026】
析出したコルジセピンは、遠心分離やろ過により回収することができる。なお、遠心分離やろ過は、一般的に析出した結晶を分取する際に行われる方法、条件等で行うことができる。たとえば遠心分離は、製造スケールに応じて、小型遠心分離機、卓上遠心分離機、工業用遠心分離機等により、9000〜15000×gにて15〜30分程度行う。またろ過は沈殿物のろ過分取に適するろ紙を用いて行うことができるが、ADVANTEC No.5Aろ紙等、JIS規格P 3801[ろ紙(化学分析用)]に規定される5種Aに相当するろ紙等を用いて行うことが好ましい。
さらに、回収したコルジセピンを低温の水で洗浄することにより、コルジセピン純度を向上させることができる。
【0027】
回収したコルジセピンは、風乾、凍結乾燥等により乾燥する。保存安定性等の観点からは、凍結乾燥することが好ましい。
【実施例】
【0028】
以下に本発明について、実施例により詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0029】
[実施例1]冬虫夏草変異体の液体表面培養によるコルジセピンの製造
Cordyceps militaris NBRC 9787の突然変異体G81−3(産総研特許生物寄託センター 受託番号:FERM P−21315)をポテトデキストロース寒天プレート上にて、25℃、13日間前培養し、種菌とした。表1に示す組成の本培養培地100mLを、メンブランフィルター(「A020A047A」、ADVANTEC社製、孔径0.2μm)を用いてろ過滅菌した後、静置培養用の容器(容量500mL)に入れ、次に、前培養により3.5〜4.5cmに成長した種菌の菌蓋を滅菌済み円筒形カッター(1cm)でくり抜き、本培養培地に浮かべ、静置培養を行った。
【0030】
【表1】

【0031】
培養液を経時的にサンプリングし、孔径0.45μmのメンブランフィルター(「SLHPX13NK」、Millipore社製)でろ過し、ろ液のコルジセピン濃度をHPLCにより測定した。コルジセピン濃度が最大値に達したことを確認した後、本培養を終了し、培地より菌体を遠心分離(15000×g、20分間)により除去した後、培地をADVANTEC No.5Aろ紙でろ過し培養上清を分離回収した。
【0032】
ここでHPLCの測定条件は以下の通りである。
カラム:東ソー製TSK−GEL ODS−80Ts(4.6mm ID×25.0cm)
移動相:メタノール:0.1容量%リン酸=2:98(容量比)
カラム温度:40℃
流速:1.0mL/min
注入量:20μL
ピーク検出:UV検出器(260nm)
【0033】
なお、実施例1において、メンブランフィルターによるろ過滅菌の代わりに、本培養の培地をオートクレーブ滅菌したものを用いて同様に培養し、培養上清を得た(比較例1)。実施例1および比較例1の各製造において、最大コルジセピン産生量(g/L−培地)と、最大産生量に到達するまでの培養期間を表2に示した。
【0034】
【表2】

【0035】
また、表2の実施例1−3および比較例1−3の製造方法におけるコルジセピン濃度の経時変化を図1に、実施例1−3の製造方法において、得られた培養上清についてのHPLCによる代表的な分析結果の例を図2に示した。表2より、ろ過滅菌した培地を用いた場合(実施例1−1〜1−4)には、オートクレーブ滅菌した培地を用いた場合(比較例1−1〜1−4)の1.3〜2.1倍の最大コルジセピン産生量が得られ、さらに、最大産生量に到達するまでの培養期間も、最大27%短縮されたことが示された。このように、培地の滅菌法としてろ過滅菌を用いることにより、生産効率を向上させることが可能であった。なお、グルコース120.7g/Lおよび酵母エキス131.3g/Lを含有する培地をオートクレーブ滅菌して用いた比較例1−5の製造方法では、菌体の生育が見られなかった。また、図2より、培養上清に含まれる主たる不純物は、保持時間においてコルジセピンの直後に出現するピーク(以下Main impurityと称す)であることが示された。
【0036】
[実施例2]温度変化による晶析を利用したコルジセピンの精製
コルジセピンの精製は、Main impurityの含有量を減少させることを主目的として行った。実施例1−3の製造方法により得られた培養上清を凍結乾燥し、コルジセピン9.6g相当を含む乾燥品をコルジセピン濃度が約20g/Lとなるように蒸留水480mLに添加し60℃で溶解させた。加温した状態で、微量の不溶物をADVANTEC No.5Aろ紙を用いてろ過した後(ろ液の回収量は420mLであった)、アルミ製のバットに移し、5℃の冷蔵庫内に静置した。溶液の温度、析出したコルジセピン量および析出物中のMain impurity量の割合を経時的にモニターし、ほぼ定常状態に到達した36時間後に析出物をろ過により回収した。ろ紙としてADVANTEC No.5Aを用い、ろ過した後、氷冷水を用いて析出物を洗浄した。洗浄したコルジセピンを凍結乾燥し、6.54gの精製コルジセピンを得た(精製収率66%)。得られたコルジセピンのHPLCによる分析結果を図3に示した。260nmの紫外線で検出されるピーク面積から算出したMain impurityの含有率は、培養上清では3.8〜4.0%であったが、本実施例による精製後は1.0%に減少した。すなわち、コルジセピンの純度は、約96%から99%に上昇した。
【0037】
[実施例3]温度変化による晶析を利用したコルジセピンの再精製
実施例2の精製方法により得られたコルジセピンには、わずかな着色が見られた。そこで、さらに高純度のコルジセピンを得るために、再度温度変化による晶析を利用した精製を行った。はじめに、実施例2の精製方法により得られたコルジセピン2.00g、1.50g、1.00gに、それぞれ蒸留水400mL、300mL、200mLを添加し、溶解させた(それぞれ、実施例3−1、3−2、3−3)。この溶液をADVANTEC No.5Aろ紙でろ過することにより、前工程で混入したろ紙繊維等を取り除いた。各ろ液を凍結乾燥後、乾燥品に蒸留水各50mLを添加し、60℃に加温して完全に溶解させた。溶液を5℃の冷蔵庫内で24時間静置した後、析出物をADVANTEC No.5Aろ紙を用いてろ過し、回収した。最終的なコルジセピン回収量と精製品の純度を表3に示した。実施例3−1の再精製方法により得られたコルジセピンにおけるMain impurityの含有率は、約0.3%に減少した。すなわち、コルジセピンの純度は約99.7%まで高めることができた。実施例3−1の再精製方法により得られたコルジセピンのHPLCによる分析結果を、図4に示した。
【0038】
【表3】

【0039】
[実施例4]pH変化による晶析を利用したコルジセピンの精製
実施例1−3の製造方法により得られた培養上清を凍結乾燥し、得られた乾燥品8.68g(コルジセピン含有量1.91g)を20mLの蒸留水に懸濁した後、5N塩酸水溶液を少しずつ添加し、温度を25℃に保ちながら69g/Lのコルジセピン溶液を調製した。この溶液のpHは2.7であった。この溶液を9100×gで20分間遠心分離し、若干含まれている不溶成分を取り除いた。得られた上清の温度を25℃に保ちながら、5N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpHを5.3に調整したところ、多量の沈殿が生成した。この沈殿をADVANTEC No.5Aろ紙を用いて回収し、氷冷水を用いて洗浄した後、凍結乾燥し、1.36gの精製品を得た。最終的なコルジセピンの純度と回収率を、表4に示した。pH変化による晶析により、純度99%以上のコルジセピンを70%以上の高い収率で回収できることが確認された。
【0040】
[実施例5]pH変化および温度変化による晶析を利用したコルジセピンの精製
実施例4と同様にして得た培養上清の乾燥品7.14g(コルジセピン含有量1.57g)を30mLの蒸留水に懸濁した後、5N塩酸水溶液を少しずつ添加し、温度を25℃に保ちながら42.4g/Lのコルジセピン溶液を調製した。この溶液のpHは2.7であった。この溶液を9100×gで20分間遠心分離し、若干含まれている不溶成分を取り除いた。次いで、得られた上清の温度を25℃に保ちながら5N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpHを6.6に調整した。さらに4℃の冷蔵庫内で3時間冷却したところ、多量の沈殿が生成した。この沈殿をADVANTEC No.5Aろ紙を用いて回収し、氷冷水を用いて洗浄した後、凍結乾燥し、1.17gの精製品を得た。最終的なコルジセピンの純度と回収率を、表4に併せて示した。pH変化と温度変化を組み合わせた晶析により、純度98%以上のコルジセピンを75%以上の高い収率で回収できることが確認された。
【0041】
【表4】

【0042】
以上、本発明の内容の特定部分を詳細に述べたが、当業界における通常の知識を有する者であれば、このような具体的技術は好適な実施態様に過ぎず、これらの実施態様に本発明の範囲が制限されるのではないことは明白であろう。従って、本発明の実質的な範囲は請求の範囲とそれらの等価物によって定義されるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、高純度のコルジセピンを簡便にかつ効率よく得ることのできる製造方法を提供することができる。
また、冬虫夏草の培養液より分離した培養上清から、コルジセピンを高純度かつ高回収率で分離精製する方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ろ過滅菌した培養液を用いて冬虫夏草を培養し、培養液中に高濃度でコルジセピンを産生させる工程を含む、コルジセピンの製造方法。
【請求項2】
冬虫夏草が、冬虫夏草属菌糸体に高エネルギーイオンビームを照射し、該照射処理をした菌糸体から親株と菌学的性質の異なる菌株を選抜して得られた冬虫夏草の突然変異株である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
冬虫夏草の突然変異菌株が、Cordyceps militaris NBRC 9787の変異株(受託番号:FERM P−21315)である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
冬虫夏草の培養が液体表面培養により行われる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
さらに、冬虫夏草を培養して得た培養液から培養上清を分離し、該培養上清から晶析によりコルジセピンを分離精製する工程を含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
コルジセピンを分離精製する工程が、培養上清を粉末化して溶媒に再溶解する工程を含む、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
粉末化が凍結乾燥により行われる、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
溶媒が水である、請求項6または7に記載の製造方法。
【請求項9】
ろ過滅菌した培養液を用いて冬虫夏草を培養して得た培養液から分離した培養上清を凍結乾燥した後、30〜90℃で水に再溶解して得た水溶液を、0〜10℃に冷却して析出するコルジセピンを回収する、コルジセピンの分離精製方法。
【請求項10】
ろ過滅菌した培養液を用いて冬虫夏草を培養して得た培養液から分離した培養上清を凍結乾燥した後、pHが4未満の酸性またはpHが12.5を超えるアルカリ性の水溶液に再溶解し、次いで水溶液のpHを4〜12.5として、析出するコルジセピンを回収する、コルジセピンの分離精製方法。
【請求項11】
ろ過滅菌した培養液を用いて冬虫夏草を培養して得た培養液から分離した培養上清を凍結乾燥した後、pHが4未満の酸性またはpHが12.5を超えるアルカリ性の水溶液に30〜90℃で再溶解し、次いで水溶液のpHを4〜12.5とし、0〜10℃に冷却して、析出するコルジセピンを回収する、コルジセピンの分離精製方法。
【請求項12】
冬虫夏草が、冬虫夏草属菌糸体に高エネルギーイオンビームを照射し、該照射処理をした菌糸体から親株と菌学的性質の異なる菌株を選抜して得られた冬虫夏草の突然変異株である、請求項9〜11のいずれか1項に記載の分離精製方法。
【請求項13】
冬虫夏草の突然変異菌株が、Cordyceps militaris NBRC 9787の変異株(受託番号:FERM P−21315)である、請求項12に記載の分離精製方法。
【請求項14】
冬虫夏草の培養が液体表面培養により行われる、請求項9〜13のいずれか1項に記載の分離精製方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate