説明

コンクリート中における化学種の拡散状態の予測方法、および、これを用いたコンクリート中における鋼材の腐食発生時期の予測方法

【課題】 コンクリート中の化学種の濃度を測定することなく、コンクリート中の化学種の長期に亘る拡散状態等を、高い精度で予測できる方法を提供する。
【解決手段】 コンクリート中の化学種の、短期の拡散状態に基づき、長期の拡散状態の予測方法であって、少なくとも下記(A)と(B)工程を含むコンクリート中における化学種の拡散状態の予測方法。
(A)コンクリートを化学種に短期間さらして化学種をコンクリートに浸透後、該化学種を呈色させて、該化学種の浸透距離を測定する浸透距離測定工程
(B)前記浸透距離と浸透期間を用いて回帰式の係数を求めた後、フィックの第2法則に基づく拡散方程式の解を用いた化学種濃度予測式であって、該係数を含み時間を変数とする拡散係数関連式を項の一つに有する予測式を求め、該予測式を用いて任意の距離および時間における化学種の濃度を算出する化学種の濃度算出工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外部からコンクリート中に浸透する塩化物イオンなどの化学種の、コンクリート中における拡散状態を予測する方法と、これを用いたコンクリート中の鋼材の腐食発生時期を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート中の鉄筋などの鋼材は、アルカリ性雰囲気下にある間は不動態被膜に覆われているため、腐食し難くなっている。しかし、二酸化炭素の浸透によりコンクリートが中性化したり、塩化物イオンや硫酸イオンなどがコンクリート中に浸透して鋼材に接すると、鋼材表面の不動態被膜は破壊され、鋼材が腐食し易くなる。これらの化学種の中でも、塩化物イオンは鉄筋の腐食作用が最も強いことが知られている。
したがって、塩化物イオンによる鋼材の腐食(塩害)が懸念される環境下において、所要の期間、耐久性が要求される鉄筋コンクリート構造物を設計・建設しようとする場合には、鋼材の適切なかぶり深さを決めるために、該構造物中の鋼材の腐食発生時期を予測することが必要となる。
【0003】
この鋼材の腐食発生時期の予測方法には、フィックの第2法則に基づく拡散方程式の解(期間と距離を変数とし、見掛けの拡散係数を含む関数)を用いる方法が知られている。すなわち、この方法は、塩化ナトリウム水溶液中に短期間浸せきしたコンクリート中の塩化物イオン濃度の分布を測定し、該測定値と前記関数から見掛けの拡散係数を求める工程と、該拡散係数と該関数を用いて、鋼材の埋設位置における塩化物イオン濃度を計算し、該計算値が、鋼材を腐食させる塩化物イオンの下限濃度(以下「腐食下限濃度」という。)に達する時期を、腐食発生時期として予測する工程とを含むものである。
見掛けの拡散係数を求める方法として、例えば、非特許文献1には、セメント硬化体を、塩化ナトリウム水溶液に、所定期間、浸せきさせた後、該硬化体中の距離xにおける塩化物イオン濃度Cを測定した後、C/(2C)とxを正規確率紙上にプロットして、下記(1)式の直線の傾きを求め、該傾きから、見掛けの拡散係数Dを算出する方法が記載されている。
【0004】
【数1】

【0005】
前記非特許文献1には、塩化物イオンの分布を測定する方法として、塩化物イオンの濃度を測定する方法と、塩化物イオンの浸透距離を測定する方法が併記されている。これらのうち、塩化物イオンの濃度を測定する方法は、塩化ナトリウム水溶液に、所定期間、浸せきさせたセメント硬化体を、硬化体表面から約0.05cm間隔に金のこで削り取り、その粉末を錠剤状に加圧成形して、蛍光X線分析により定量する方法である(128頁)。
また、塩化物イオンの浸透距離を測定する方法は、前記セメント硬化体の側面を切断した後、その切断面に、フルオレッセンナトリウム水溶液と硝酸銀水溶液を塗布して塩化物イオンを発色させ、硬化体表面から発色した境界までの距離を測定する方法である(128頁、129頁)。
【0006】
また、非特許文献2には、塩化ナトリウム水溶液に、所定期間、浸せきしたコンクリート供試体中の各深さ位置において、コンクリート単位質量あたりの全塩化物イオン濃度を測定し、下記(2)式に基づき回帰分析を行って、見掛けの拡散係数を算出する方法が記載されている。
【0007】
【数2】

【0008】
前記非特許文献2では、塩化物イオン濃度の分布を測定する方法は、JIS A 1154によるか、JSCE G 574によるものとされている(321頁)。
具体的には、JIS A 1154による方法は、供試体の5箇所以上(原則)から切り出した試験片を0.15mm以下に微粉砕した後、硝酸を用いて塩化物イオンを抽出して塩化物イオン量を測定するものである。また、JSCE G 574による方法は、供試体から切り出した分析試料の分析面を平坦にした後、粗粒から細粒へと、順次、研磨材を代えて表面を研磨し、次に、その表面に導電性材料を蒸着して、EPMA等の各種装置による面分析により、塩化物イオン量を測定するものである。いずれの方法も、煩雑で手間のかかる作業を必要としている。
【0009】
ところで、見掛けの拡散係数は、表1(非特許文献1の131頁に掲載のTable3)に示すように、時間(硬化体の材齢)とともに減少する変数であって、定数ではない。したがって、非特許文献1や非特許文献2に記載の方法(以下「従来の方法」という。)により、鋼材の腐食発生時期を精度よく予測するためには、硬化体の材齢ごとに見掛けの拡散係数を求めなければならない。特に、鋼材の腐食発生時期を長期に亘って予測しようとする場合、化学種の分布を求めるために、上記のような手間のかかる測定作業を、長期に亘って行う必要があった。
したがって、従来の方法を用いて、長期間の化学種の分布を高い精度で予測することは、極めて困難であった。
【0010】
【表1】

【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】後藤誠史ほか「セメント硬化体中の塩素イオンの拡散」、窯業協会誌、Vol.87,No.3,pp.126-133,1979
【非特許文献2】「浸せきによるコンクリート中の塩化物イオンの見掛けの拡散係数試験方法(案)(JSCE-G 572-2010)」、コンクリート標準示方書[基準編]、土木学会、2010年制定
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
したがって、本発明は、これらの課題に鑑みなされたもので、化学種の濃度を測定することなく、コンクリート中の化学種の長期に亘る分布を、高い精度で予測することができる方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、前記課題を解決するために、鋭意研究した結果、(1)化学種と呈色剤とが反応して呈色した呈色境界から、コンクリート表面までの距離(以下「浸透距離」という。)を測定し、次に(2)該距離等を用いて回帰式の係数を求め、さらに(3)該係数を含みかつ時間を変数とする拡散係数関連式を、項の一つに有する予測式を求めることにより、該予測式を用いれば、コンクリート中の化学種の濃度を測定することなく、コンクリート中の化学種の長期に亘る分布を、高い精度で予測することができることを見い出し、本発明を完成させた。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の[1]〜[5]を提供する。
[1]コンクリート中の化学種の、短期における拡散状態に基づき、長期に亘る拡散状態を予測する方法であって、少なくとも、下記(A)および(B)の工程を含む、コンクリート中における化学種の拡散状態の予測方法。
(A)コンクリートを化学種に短期間さらして、化学種をコンクリートに浸透させた後、該コンクリート中の化学種を呈色反応により呈色させて、該コンクリート中の化学種の浸透距離を測定する、化学種の浸透距離測定工程
(B)前記浸透距離および浸透期間を用いて回帰式の係数を求めた後、
フィックの第2法則に基づく拡散方程式の解を用いた化学種の濃度の予測式であって、該係数を含みかつ時間を変数とする拡散係数関連式を、項の一つとして有する予測式を求め、
さらに、該予測式を用いて、任意の距離および時間における化学種の濃度を算出する、化学種の濃度算出工程
【0015】
[2]前記の(B)化学種の濃度算出工程が、少なくとも、下記(B1)、(B2)および(B3)の工程を含む、前記[1]に記載のコンクリート中における化学種の拡散状態の予測方法。
(B1)化学種の浸透期間Tを説明変数に、化学種の浸透距離Xを目的変数に用い、下記(3)式を回帰式に用いて回帰分析を行い、A、b、cおよびnの値を決定する、係数A、b、c、n決定工程
(B2)下記(4)式とA値からE値を算出する、係数E算出工程
(B3)下記(5)式に、前記E、b、cおよびnの値を代入して、化学種の濃度の予測式を求め、該予測式に基づき、任意の距離xおよび時間tにおける化学種の濃度C(x、t)を算出する、濃度C算出工程
【0016】
【数3】

【0017】
【数4】

【0018】
【数5】

[3]前記[1]または[2]に記載の化学種が塩化物イオンである、コンクリート中における化学種の拡散状態の予測方法。
[4]コンクリート中の化学種の、短期間における拡散状態に基づき、コンクリート中における鋼材の腐食発生時期を予測する方法であって、前記[1]または[2]に記載の予測方法を用いて予測した、鋼材の埋設場所における化学種の濃度が、鋼材を腐食させる化学種の下限濃度(以下「腐食下限濃度」という。)と同一になる時間を、鋼材の腐食発生時期として予測する、コンクリート中における鋼材の腐食発生時期の予測方法。
[5]前記[4]に記載の化学種が塩化物イオンである、コンクリート中における鋼材の腐食発生時期の予測方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、コンクリート中の化学種の濃度を測定することなく、従来よりも簡便な方法と、拡散係数の経時変化を反映した予測式とを用いることにより、コンクリート中の化学種の長期に亘る拡散状態と、コンクリート中の鋼材の腐食発生時期を、高い精度で予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】塩化物イオンの浸透距離と浸透期間の実測値のプロットと、予測式((3)式)により表される曲線との、フィッティングの状態を示す図である。
【図2】コンクリート中に塩化物イオンが浸透し始めてから100年間の、鉄筋の所定の位置における塩化物イオンの濃度を予測した図であって、(a)は本発明に係る予測式((5)式)を用いて予測した場合の図であり、(b)は拡散係数が定数である予測式((15)式)を用いて予測した場合の図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、上記のとおり、少なくとも、(A)化学種の浸透距離測定工程と、(B)化学種の濃度算出工程とを含む、コンクリート中における化学種の拡散状態の予測方法と、該方法を用いたコンクリート中における鋼材の腐食発生時期の予測方法である。
以下に、本発明について説明する。
【0022】
(A)化学種の浸透距離測定工程
該工程は、上記のとおり、コンクリート供試体を化学種に短期間さらして、化学種をコンクリートに浸透させた後に、該コンクリート中の化学種を呈色反応により呈色させて、該コンクリート中の化学種の浸透距離を測定する工程である。
(1)コンクリート供試体
該供試体に用いるセメントは、特に限定させず、例えば、普通ポルトランドセメントなどのポルトランドセメント、高炉セメントやフライアッシュセメントなどの混合セメント、および、普通エコセメント等が挙げられる。
また、前記供試体に用いる骨材は、特に限定されず、例えば、砂利、砕石、スラグ粗骨材、軽量粗骨材などの粗骨材や、川砂、山砂、陸砂、海砂、砕砂、硅砂、スラグ細骨材、軽量細骨材などの細骨材が挙げられる。かかる粗骨材や細骨材は、天然骨材のほか再生骨材も用いることができる。
また、供試体の養生方法は、標準養生、湿空養生、封緘養生などが挙げられる。
なお、拡散係数は、コンクリート材料の種類、配合、および、養生方法などの条件によっても変わるため、供試体は実際に使用するコンクリートと同じ条件で作製することが好ましい。
【0023】
(2)化学種の浸透
該化学種として、例えば、塩化物イオン、硫酸イオン、二酸化炭素などが挙げられる。
また、化学種を供試体に浸透させる方法は、例えば、化学種が(i)塩化物イオンの場合では、非特許文献2に記載されているJSCE−G 572−2010の方法が挙げられ、(ii)硫酸イオンの場合では、JIS原案「コンクリートの溶液浸せきによる耐薬品性試験方法(案)」が挙げられ、(iii)二酸化炭素の場合では、JIS A 1152「コンクリートの中性化深さの測定方法」が挙げられる。
【0024】
(3)化学種の呈色と浸透距離の測定
化学種の呈色方法は、例えば、供試体を割裂してその割裂面に、化学種が(i)塩化物イオンの場合では、フルオレセインナトリウム水溶液を噴霧または塗布した後、硝酸銀水溶液を噴霧または塗布して呈色させ、(ii)硫酸イオンの場合では、クロロホスホナゾIII水溶液を噴霧または塗布した後、塩化バリウム水溶液を噴霧または塗布して呈色させ、(iii)二酸化炭素の場合では、フェノールフタレイン溶液を噴霧または塗布して呈色させる方法が挙げられる。
そして、呈色部分の境界から供試体表面までの長さを測定して、化学種の浸透距離を求める。該浸透距離の測定は、後記の(B1)工程において、浸透距離と浸透期間を変数に含む回帰式の係数を精度よく定めるため、複数の浸透期間において行うことが必要であり、4以上の浸透期間で行うのが好ましい。
化学種が呈色する濃度には、一般に化学種固有の下限値(以下「呈色下限濃度」という。)が存在し、前記呈色部分の境界における化学種の濃度が該下限値と考えられる。そうすると、前記浸透距離を測定することは、すなわち、その地点での化学種の濃度を測定することにもなる。したがって、浸透距離の測定により、従来の手間のかかる化学種濃度の測定作業を省略できるという利点がある。ちなみに、硝酸銀による塩化物イオンの呈色下限濃度は、単位セメント質量あたり0.15質量%である。
【0025】
上記(3)〜(5)式の誘導
見掛けの拡散係数は経時変化する点を考慮して、拡散係数を化学種の浸透期間tのみを変数とする関数D(t)で表すと、フィックの拡散方程式は下記(6)式で表される。
【0026】
【数6】

次に、変数tを下記(7)式により変数変換する。
dT = D(t)dt ……(7)
該変数変換により、上記(6)式は下記(8)式に変形される。
【0027】
【数7】

ここで、境界条件として、コンクリート表面における化学種の濃度をCs(一定)とし、初期条件として、コンクリートに初めから含まれている化学種の濃度をCi(一定)とすると、上記(8)式の解析解は下記(9)式になる。
【0028】
【数8】

上記(9)式において、x=X(化学種の呈色境界とコンクリート表面との距離)、C=CNS(呈色部分の境界における化学種の濃度)を代入した後、Xを表す式に変形すると、下記(10)式になる。
【0029】
【数9】

ここで、浸透期間tを変数とする前記の関数D(t)を、見掛けの拡散係数と浸透期間との関係から経験的に新規に得られた下記(11)式を用いて表す。
【0030】
【数10】

次に、上記(11)式を前記(7)式に代入して積分すると、下記(12)式が得られる。
【0031】
【数11】

さらに、上記(12)式を上記(10)式に代入すると、下記(3)式が得られる。
【0032】
【数12】

ここで、上記(3)式中のAは下記(4)式で表される定数である。
【0033】
【数13】

また、上記(12)式を上記(9)式に代入すると、下記(5)式が得られる。
【0034】
【数14】

【0035】
(B)化学種の濃度算出工程
該工程は、上記のとおり、前記浸透距離および浸透期間を用いて回帰式の係数を求めた後、フィックの第2法則に基づく拡散方程式の解を用いた化学種の濃度の予測式であって、該係数を含みかつ時間を変数とする拡散係数関連式を、項の一つとして有する予測式を求め、さらに、該予測式を用いて、任意の距離および時間における化学種の濃度を算出する工程である。
該工程は、好ましくは、
(B1)化学種の浸透期間Tを説明変数に、化学種の浸透距離Xを目的変数に用い、上記(3)式を回帰式に用いて回帰分析(フィッティング)を行い、A、b、cおよびnの値を決定する、係数A、b、c、n決定工程と、
(B2)上記(4)式とA値からE値を算出する、係数E算出工程と、
(B3)上記(5)式に、前記E、b、cおよびnの値を代入して、化学種の濃度の予測式を求め、該予測式に基づき、任意の距離xおよび時間tにおける化学種の濃度C(x、t)を算出する、濃度C算出工程とを含むものである。
以下に、各工程について説明する。
【0036】
(B1)係数A、b、c、n決定工程
該工程は、浸透期間T(説明変数)を横軸(または縦軸)に、浸透距離X(目的変数)を縦軸(または横軸)にとり、先に実測して得た(T,X)を座標上にプロットした後、これに上記(3)式により表される曲線をフィッティングすることによって、(3)式の係数A、b、cおよびnの値を決定する工程である。ここで、前記フィッティングとは、下記(13)式で表される目的関数F(A,b,c,n)が最小になるように、A、b、cおよびnの値を定める操作である。
【0037】
【数15】

【0038】
(B2)係数E算出工程
該工程は、上記(4)式に、供試体表面における化学種の濃度C、化学種の呈色下限濃度CNS、該供試体に初めから含まれている化学種の濃度C、および、前記(B1)工程で求めた係数Aを代入して、係数Eを算出する工程である。
【0039】
(B3)濃度C算出工程
該工程は、上記(5)式に、供試体表面における化学種の濃度C、該供試体に初めから含まれている化学種の濃度C、前記(B2)工程で算出した係数Eと、係数b、cおよびnを代入して、距離xおよび時間tを変数とする化学種の濃度C(x、t)についての予測式を求め、任意の浸透距離xおよび浸透期間tにおける化学種の濃度C(x、t)を算出する工程である。
以上の工程を経て、任意の浸透距離および浸透期間におけるコンクリート中の化学種の拡散状態を、簡易かつ精度よく予測することができる。
【0040】
コンクリート中における鋼材の腐食発生時期の予測方法
該方法は、前記[1]または[2]に記載の予測方法を用いて予測した、鋼材の埋設場所における化学種の濃度が、鋼材の腐食下限濃度と同一になる時間を、鋼材の腐食発生時期として予測する方法である。ちなみに、化学種が塩化物イオンで、セメントが普通ポルトランドセメントの場合は、腐食下限濃度は、単位セメント質量あたり0.4質量%である。
また、上記(5)式を方程式の形に書き換えた下記(14)式に対し、ニュートン・ラフソン法などの数値計算法を用いて、この近似解として鋼材の腐食発生時期を求めてもよい。
【0041】
【数16】

【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
1.浸せき試験用の供試体の作製
高炉セメントB種を用いて、水セメント比(W/C)がそれぞれ74%、63%、53%のコンクリートを練り混ぜ、型枠に打ち込み、材齢1日で脱型して、縦10cm、横10cm、長さ40cmの角柱供試体を得た。引き続き、該供試体を材齢7日まで標準養生した後、20℃、60%RHで、材齢28日まで気中養生した。
次に、該養生後の供試体を、型枠の側面に接していた一側面を除き、エポキシ樹脂で被覆して浸せき試験用の供試体を作製した。
【0043】
2.浸せき試験
前記浸せき試験用の供試体を、液温20℃、濃度3質量%の塩化ナトリウム水溶液に3日間浸せきした後、20℃、60%RHの恒温恒湿槽内に載置して4日間乾燥させた。
この浸せきと乾燥の合計7日間(1週間)の操作を1サイクルとして、浸せき・乾燥操作を1、4、8、13および26サイクル(週)行って、塩化物イオンが浸透した供試体を得た。
次に、該供試体を割裂して得た割裂面に、0.1質量%のフルオレセインナトリウム水溶液を噴霧した後、0.01Mの硝酸銀水溶液を噴霧して、塩化物イオンが浸透した領域を呈色(発光)させた。
該供試体の表面から、塩化物イオンが浸透した境界までの距離を、5点、ノギスで測定し、該測定値を平均して塩化物イオンの浸透距離を得た。その結果を表2に示す。
【0044】
【表2】

【0045】
3.回帰分析(フィッティング)
塩化物イオンの浸透期間を横軸に、塩化物イオンの浸透距離を縦軸にして、表2の浸透期間と浸透距離を座標上にプロットした。該プロットに対し、(3)式で表される曲線を、(13)式の目的関数F(A,b,c,n)が最小になるようにフィッティングして、A、b、cおよびnの値を定めた。その結果を表3に示す。
また、すべての水セメント比の供試体における浸透距離と浸透期間のプロットと、表3に示すA、b、cおよびnの値を代入した(3)式により表される曲線との、フィッティングの状態を図1に示す。図1に示すように、すべての水セメント比の供試体において、フィッティングの状態は極めて良好であった。
【0046】
【表3】

【0047】
4.鉄筋の腐食発生時期の予測方法
前記A値を(4)式に代入してE値を求め、さらに、このE値と前記b、cおよびnの値を(5)式に代入して、コンクリート中における化学種の拡散状態の予測式C(x、t)を求めた。この予測式C(x,t)を用いれば、任意の距離xおよび時間tにおける塩化物イオンの分布を予測することができる。
したがって、この予測式C(x、t)に、一例として、鉄筋のかぶり深さx=4cm、C=3質量%、および、C=0質量%を代入し、コンクリート中に塩化物イオンが浸透し始めてから100年間の、塩化物イオンの濃度を計算して、鉄筋の腐食発生時期を予測した。その結果を図2の(a)に示す。
【0048】
ここで、鉄筋の腐食下限濃度を単位セメント質量あたり0.4質量%とすると、図2の(a)の曲線から、鉄筋の腐食発生時期は、水セメント比が74%の供試体の場合は7.5年、該比が63%の場合は54.6年、該比が53%の場合は88.9年となり、水セメント比が低いコンクリートほど、鉄筋の腐食発生時期は遅れるとの予測結果になった。
一般に、同一のコンクリート材料からなるコンクリートでは、水セメント比が低いほど,塩化物イオンの浸透抵抗性が高く、高耐久性であることが知られており、本予測結果は、かかる一般的な知見と整合している。
【0049】
ここで、比較例として、拡散係数の経時変化を考慮しない例を示す。すなわち、表2の塩化物イオンの浸透距離と浸透期間とのプロットに対し、拡散係数が定数である下記(14)式で表される曲線をフィッティングして得られた見掛けの拡散係数Dと、前記CおよびCの値と,下記(15)式とを用いて、コンクリート中に塩化物イオンが浸透し始めてから100年間の、鉄筋のかぶり深さd=4cmの位置における塩化物イオンの濃度を計算して、鉄筋の腐食発生時期を予測した。その結果を図2の(b)に示す。
なお、下記(15)式は、上記(1)式や上記(2)式の逆関数に相当し、下記(16)式は上記(1)式や上記(2)式と実質的に同じ式である。
【0050】
【数17】

【0051】
【数18】

【0052】
鉄筋の腐食下限濃度を、実施例と同一とした場合、図2の(b)の曲線から、鉄筋の腐食発生時期は、水セメント比が74%の供試体の場合は7.1年、該比が63%の場合は20.7年、該比が53%の場合は14.2年となった。
本来、時間の経過とともに減少する見掛けの拡散係数を、比較例では、一定値としたため、比較例において以下の矛盾等が生じた。すなわち、
(1)供試体の水セメント比が63%から53%と減少しているにもかかわらず、腐食発生時期は20.7年から14.2年に早まるという結果は、上記の一般的な知見と、明らかに矛盾する。
(2)比較例における塩化物イオンの浸透速度が、実施例における該速度よりも速くなった結果、腐食発生時期は実施例よりも早まった。
このように、比較例の方法では、見掛けの拡散係数の経時変化を考慮しないため、上記のように現実と異なる結果となったことから、本発明の方法と比べ予測の信頼性は著しく低いといえる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の方法は、コンクリート中の化学種の長期に亘る拡散状態の予測と、コンクリート中の鋼材の腐食発生時期の予測に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンクリート中の化学種の、短期における拡散状態に基づき、長期に亘る拡散状態を予測する方法であって、少なくとも、下記(A)および(B)の工程を含む、コンクリート中における化学種の拡散状態の予測方法。
(A)コンクリートを化学種に短期間さらして、化学種をコンクリートに浸透させた後、該コンクリート中の化学種を呈色反応により呈色させて、該コンクリート中の化学種の浸透距離を測定する、化学種の浸透距離測定工程
(B)前記浸透距離および浸透期間を用いて回帰式の係数を求めた後、フィックの第2法則に基づく拡散方程式の解を用いた化学種の濃度の予測式であって、該係数を含みかつ時間を変数とする拡散係数関連式を、項の一つとして有する予測式を求め、
さらに、該予測式を用いて、任意の距離および時間における化学種の濃度を算出する、化学種の濃度算出工程
【請求項2】
前記の(B)化学種の濃度算出工程が、少なくとも、下記(B1)、(B2)および(B3)の工程を含む、請求項1に記載のコンクリート中における化学種の拡散状態の予測方法。
(B1)化学種の浸透期間Tを説明変数に、化学種の浸透距離Xを目的変数に用い、下記(1)式を回帰式に用いて回帰分析を行い、A、b、cおよびnの値を決定する、係数A、b、c、n決定工程
(B2)下記(2)式とA値からE値を算出する、係数E算出工程
(B3)下記(3)式に、前記E、b、cおよびnの値を代入して、化学種の濃度の予測式を求め、該予測式に基づき、任意の距離xおよび時間tにおける化学種の濃度C(x、t)を算出する、濃度C算出工程
【数1】

【数2】

【数3】

【請求項3】
請求項1または2に記載の化学種が塩化物イオンである、コンクリート中における化学種の拡散状態の予測方法。
【請求項4】
コンクリート中の化学種の、短期間における拡散状態に基づき、コンクリート中における鋼材の腐食発生時期を予測する方法であって、請求項1または2に記載の予測方法を用いて予測した、鋼材の埋設場所における化学種の濃度が、鋼材を腐食させる化学種の下限濃度と同一になる時間を、鋼材の腐食発生時期として予測する、コンクリート中における鋼材の腐食発生時期の予測方法。
【請求項5】
請求項4に記載の化学種が塩化物イオンである、コンクリート中における鋼材の腐食発生時期の予測方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−202731(P2012−202731A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−65203(P2011−65203)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【出願人】(000000240)太平洋セメント株式会社 (1,449)
【Fターム(参考)】