説明

コンクリート部材の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラム

【課題】平常時には閉じているひび割れが剛性に与える影響も反映して構造部材の健全性を評価することができるようにする。
【解決手段】コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して横振動モードの固有振動数を測定することを基準時と評価時とで行い(S1)、基準時の固有振動数と評価時の固有振動数とを比較することによってコンクリート部材の健全性を診断する(S2)ようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート部材の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムに関する。さらに詳述すると、本発明は、地震や強風等の過大な外力若しくは構造材料の経年劣化によって発生するコンクリート部材の損傷を固有振動数測定に基づいて診断する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
土木建築材料として多用されている鉄筋コンクリート構造は、損傷・劣化現象がコンクリートのひび割れとして現れる。そして、通常は、鉄筋コンクリート構造部材の表面に現れるひび割れを目視で確認することによって損傷や劣化の程度を判断して健全性が評価される。
【0003】
また、目視では確認することができないコンクリート部材内部のひび割れも評価する方法として、鉄筋コンクリート構造物の剛性や固有振動数をモニタリングして建物の健全性を診断する方法もある。この方法では、ひび割れ発生前後で剛性や固有振動数を比較してこれらの値が変化していなければ健全である一方で値が変化している場合には健全性が損なわれて何らかの不具合があると判定される(特許文献1)。なお、コンクリート構造物や部材に損傷が発生して健全性が損なわれると当該コンクリート構造物や部材の固有振動数は一般的に低下する性質がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3926910号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
コンクリートに発生したひび割れの中には、例えば地震を受けて地震中の揺れている状態では開いているが、地震後には完全に閉じてしまうものがある。そして、ひび割れが閉じてしまうとひび割れによる剛性の低下を小さく見積もってしまい健全性の評価を誤ってしまう虞がある。すなわち、一旦発生してしまったひび割れは次の地震による揺れによって再び開くので、コンクリート部材の健全性評価においては、平常時には閉じてしまっているひび割れも本来は考慮されなければならない。
【0006】
しかしながら、特許文献1の建物の健全性診断法では、閉じてしまったひび割れが構造部材の剛性に与える影響を健全性の評価に反映することはできない。
【0007】
そこで、本発明は、平常時には閉じているひび割れが剛性に与える影響も反映して構造部材の健全性を評価することができるコンクリート部材の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、平常時には閉じているひび割れが剛性に与える影響も反映し得るコンクリート部材の健全性評価方法の検討を行う中で、コンクリート部材に高周波振動を励起した上で固有振動数を測定することで閉じているひび割れの影響も反映し得ることを突き止めた。本発明に特有のこの技術的思想の妥当性を検証するための試験(以下、検証試験と呼ぶ)を以下に説明する。なお、本発明では、コンクリート部材に人為的に振動を生じさせることを「振動を励起する」若しくは「振動モードを励起する」という。
【0009】
検証試験として、異型鉄筋D10が四本配筋された外形寸法10×10×100〔cm〕の鉄筋コンクリート試験柱を用い、1)無載荷自由振動試験,2)高周波スイープ試験,3)高周波付与自由振動試験を行った。なお、鉄筋コンクリート試験柱として、打設後4週間は20℃で水中養生しその後4週間は20℃で気中養生した直後のもの(言い換えると、人為的な損傷を有しないもの)を用いた。
【0010】
鉄筋コンクリート試験柱1(以下、単に試験柱1と呼ぶ)は、図3に示すように、部材軸方向(即ち上下方向)両端の境界条件を自由端(上端)−完全固定(下端)とした。そして、部材軸方向に高周波振動を付与して縦振動モードを励起したり、縦振動モードを励起した上で自由端側を部材軸直角方向に打撃して横振動モードを更に励起したりして、加速度計によって部材の自由振動を計測した。なお、図3中、記号●は水平成分X軸方向の振動,記号▲は水平成分Y軸方向の振動,記号■は垂直成分Z軸方向の振動をそれぞれ計測する加速度計の設置位置を示す。なお、水平成分(X軸方向,Y軸方向)を計測する加速度計は低振動数域に感度を有する10Gセンサを用い、垂直成分(Z軸方向)を計測する加速度計は高周波数範囲まで感度を有する50Gセンサを用いた。
【0011】
試験柱1の下端部は、具体的には、二枚の鋼製ベース板2,2を介して振動台3にボルト四本によって完全固定した。
【0012】
試験柱1の上端部には高周波振動を付与するための二つの圧電アクチュエータ4,4(最大荷重3.5〔kN〕)を設置した。圧電アクチュエータ4は荷重計5と共にアルミ製留め具6と鋼製キャップ板7とで挟み込んで固定し、さらに、アルミ製留め具6は固定用金具6aによって試験柱1の上端寄りの位置に固定した。
【0013】
上述の構成により、圧電アクチュエータ4に発生する部材軸方向の高周波荷重は荷重計5とアルミ製留め具6と鋼製キャップ板7とを介して試験柱1に伝達され、試験柱1の上端付近に部材軸方向の高周波ひずみが発生し、その結果として試験柱1に部材軸方向の縦振動モードが励起される。
【0014】
また、鋼製キャップ板7の図3中記号●の位置をX軸(即ち部材軸直角方向)の負の向きにハンマーで打撃することによって横振動モードの自由振動が励起される。
【0015】
そして、二つの圧電アクチュエータ4,4の発生荷重、及び、試験柱1の部材軸方向下端Aから上端Eまでの等間隔五箇所での加速度を測定項目とし、時間刻み100〔μ秒〕で時系列データを記録した。
【0016】
1)無載荷自由振動試験
無載荷自由振動試験は、打撃時の最大応答が1,2,3,5,10〔G〕の五種類になるようにハンマーによる打撃力を変えて励起させた部材軸直角方向の横振動モードの自由振動データを記録することによって行った。なお、本試験では試験柱1に高周波振動を付与しないので無載荷時における試験柱1の部材軸直角方向の横振動モードに関するデータが得られる。そして、記録された自由振動データを用い、減衰波形を自己回帰モデル(Autoregressive model:ARモデルとも呼ばれる)に当てはめて固有振動数と減衰定数とを推定した。
【0017】
無載荷自由振動試験により、無載荷時における横振動モードの打撃時最大応答別の振幅−固有振動数の関係として図4に示す結果が得られると共に振幅−減衰の関係として図5に示す結果が得られた。
【0018】
図4に示す結果から、振幅が大きくなるほど固有振動数は小さくなることが確認される。これは、揺れ幅が大きくなるとコンクリートの剛性が低下して振動数が小さくなって周期が長くなるという固有振動数の振動振幅依存性が現れているためと考えられる。
【0019】
また、図5に示す結果から、振幅が大きくなるほど減衰は大きくなる傾向が確認される。これは、揺れ幅が大きくなるとコンクリートの内部摩擦が増加して減衰が大きくなるという減衰の振動振幅依存性が現れているためと考えられる。
【0020】
なお、ハンマーで打撃することによって試験柱1に外部要因によるものとしての実損傷が発生していないことを確認するため、五種類の打撃力を与えて計測を行った後に加速度1〔G〕の打撃を再度与えて計測を行った。図4における加速度1〔G〕での1回目の打撃の場合(図中記号○)と2回目の打撃の場合(図中記号▼)との結果を比較すると、1回目と比較した場合の2回目の固有振動数の低下量は非常に小さく、今回の試験条件であれば打撃を与えても試験体の状態は変化しないことが確認される。
【0021】
2)高周波スイープ試験
高周波スイープ試験は、一定振幅の正弦波電圧(30〔V〕)をピエゾアンプから二つの圧電アクチュエータ4,4に等しく入力し、周波数50〔Hz〕から3000〔Hz〕までの連続スイープ波(50秒間)によって試験柱1を加振することによって行った。なお、本試験では高周波振動を付与することで励起される試験柱1の部材軸方向の縦振動モードに関するデータが得られる。
【0022】
高周波スイープ試験により、計測点C・E別の部材軸方向(Z軸方向)の周波数−加速度振幅の関係として図6に示す結果が得られ、計測点C・E別の部材軸直角方向(X軸方向)の周波数−加速度振幅の関係として図7に示す結果が得られた。
【0023】
図6に示す結果から、Z軸方向に卓越する共振ピークとして周波数707〔Hz〕,1291〔Hz〕及び2111〔Hz〕の三つが確認される。また、図7に示す結果から、前記三つの周波数ではX軸方向にも共振ピークが存在することが確認される。
【0024】
そして、前記三つの共振ピークに着目し、高周波スイープ試験に基づく試験柱1の共振時の振動モード形状を推定して図8に示す結果が得られた。
【0025】
図8(A)に示す結果から、周波数707〔Hz〕及び2111〔Hz〕のZ軸方向の振動モード形状はそれぞれ1次と2次とのモード形状の特徴を示し、周波数1291〔Hz〕のZ軸方向の振動モード形状は1次と2次との両方のモード形状の特徴が含まれていることが確認される。また、図8(B)に示す結果から、前記三つの振動特性はX軸方向には3次モードとして応答していることが確認される。
【0026】
以上より、共振周波数707〔Hz〕及び2111〔Hz〕は1次と2次との縦振動モードに対応し、共振周波数1291〔Hz〕は横振動モードと縦振動モードとが混在したモードに対応していると考えられる。
【0027】
3)高周波付与自由振動試験
高周波振動を付与した状態での自由振動試験は、周波数と振幅とを固定した正弦波電圧を二つの圧電アクチュエータ4,4に同位相で入力して試験柱1を部材軸方向の縦振動モードで定常振動させた状態でハンマー打撃によって励起した部材軸直角方向の横振動モードの自由振動データを記録することによって行った。そして、記録された自由振動データを用い、無載荷自由振動試験と同様に、減衰波形を自己回帰モデルに当てはめて固有振動数と減衰定数とを推定した。本試験では、高周波振動が付与された状態で励起される試験柱1の部材軸直角方向の横振動モードに関するデータが得られる。
【0028】
上述の高周波スイープ試験の結果に基づいて周波数707〔Hz〕,1291〔Hz〕及び2111〔Hz〕の三つの加振周波数を高周波振動として付与した状態での横振動モードの自由振動試験を行い、加振周波数別に、横振動モードの加速度振幅−振動数の関係として図9に示す結果が得られた。図9では、圧電アクチュエータ4,4の荷重値(高周波振幅)について二段階の結果と共に前述の無載荷自由振動試験の結果(図4)が無載荷(高周波なし)として整理されている。
【0029】
図9に示す結果から、いずれの加振周波数においても高周波振動を与えることによって無載荷時よりも固有振動数が低下する傾向が確認され、加振周波数が1291〔Hz〕の場合に特に顕著にこの傾向が現れていることが確認される。なお、本検証試験では養生直後であって外部要因による実損傷が発生していない試験柱を用いているので、モルタルと骨材との間に微細なクラックが存在して当該クラックが影響して図9に示される傾向が現れると考えられる。
【0030】
このことから、コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モード(疎密波)を励起することによって平常時には閉じているひび割れを開かせた若しくは滑らせた状態での剛性の評価が可能であり、コンクリート部材に高周波振動を励起した上で固有振動数や剛性を測定することで閉じているひび割れの影響も反映するという本発明に特有の技術的思想の妥当性が確認される。なお、本検証試験では試験柱1は鉄筋コンクリート構造部材であるが、本検証試験によって得られる知見はコンクリート部分に生じているひび割れの影響を反映することができるということであり、すなわち鉄筋が配筋されているか否かは問題ではないので、上記の技術的思想は鉄筋を有しないコンクリート部材に対しても当てはめ得るものである。
【0031】
付け加えると、一般に、梁や柱などの構造部材においては部材軸方向の縦振動モードの固有振動数は部材軸直角方向の横振動モードの固有振動数よりも高い。したがって、横振動モードが1周期繰り返される間に縦振動モードは何度も繰り返されるので、横振動モードが1周期発生する間に縦振動モードによってひび割れの開閉は何度も繰り返されることになる。よって、縦振動モードを励起した状態での横振動モードには、ひび割れが閉じている時の剛性に加えてひび割れが開いている時の剛性も反映されることになり、平常時には閉じているひび割れが剛性に与える影響が反映される。
【0032】
また、加振周波数が1291〔Hz〕の場合に、高周波加振の荷重振幅を増加させると加速度振幅と共に固有振動数が低下する性質(即ち固有振動数の振動振幅依存性)が緩和される(荷重振幅別のプロット群の右下がりの傾きが緩やかになる)傾向も確認される。この現象は、コンクリート内部のモルタルと骨材との間のクラックが高周波振動によって開閉し、高周波振動が強くなるほど開くクラックの数が増加して弾性係数が低下するというメカニズムによって説明できる。特に、固有振動数の振動振幅依存性の緩和現象は、自由振動を励起させるための打撃力が小さくてもコンクリートの正しい剛性評価が可能であることを示唆しており、損傷を拡大させない診断が可能であることが確認される。
【0033】
本発明は上述の知見に基づくものであり、具体的には、請求項1記載のコンクリート部材の健全性診断方法は、コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して横振動モードの固有振動数を測定することを基準時と評価時とで行い、基準時の固有振動数と評価時の固有振動数とを比較することによってコンクリート部材の健全性を診断するようにしている。
【0034】
また、請求項3記載のコンクリート部材の健全性診断装置は、コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して計測された基準時の横振動モードの振動データ及び評価時の横振動モードの振動データが蓄積されている記憶手段と、該記憶手段から基準時の横振動モードの振動データを読み込む手段と、記憶手段から評価時の横振動モードの振動データを読み込む手段と、基準時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する手段と、評価時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する手段と、基準時の固有振動数と評価時の固有振動数とを比較することによってコンクリート部材の健全性を判定する手段とを有するようにしている。
【0035】
また、請求項5記載のコンクリート部材の健全性診断プログラムは、コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して計測された基準時の横振動モードの振動データが蓄積されている基準時振動データベース及び評価時の横振動モードの振動データが蓄積されている評価時振動データベースが格納されている記憶手段にアクセス可能なコンピュータに、基準時振動データベースから基準時の横振動モードの振動データを読み込む処理と、評価時振動データベースから評価時の横振動モードの振動データを読み込む処理と、基準時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する処理と、評価時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する処理と、基準時の固有振動数と評価時の固有振動数とを比較することによってコンクリート部材の健全性を判定する処理とを行わせるようにしている。
【0036】
したがって、これらのコンクリート部材の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムによると、コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して計測された横振動モードの振動データを用いて計算される固有振動に基づいてコンクリート部材の健全性を判定するようにしているので、平常時には閉じているひび割れを開かせた若しくは滑らせた状態でのコンクリート部材の剛性が評価される。
【0037】
また、請求項2,4,6記載の発明は、請求項1,3,5記載のコンクリート部材の健全性診断方法,健全性診断装置,健全性診断プログラムにおいて、縦振動モードの高周波振動の振動数が縦振動モードの共振周波数であるようにしている。この場合には、縦振動モードの共振周波数でコンクリート部材を高周波振動させることになるので、コンクリート部材の縦振動モードの応答が大きくなって閉じたひび割れが開いてスリップが起こり易くなる。その結果として、閉じた状態のひび割れを考慮したコンクリート部材の剛性や損傷が正しく評価できるようになる。
【発明の効果】
【0038】
請求項1,3,5記載のコンクリート部材の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムによれば、平常時には閉じているひび割れを開かせた若しくは滑らせた状態でのコンクリート部材の剛性を評価することができるので、平常時には閉じているひび割れが剛性に与える影響も反映してコンクリート部材の健全性を判定することができ、健全性診断の性能の向上を図り、有用性と信頼性との向上を図ることが可能になる。
【0039】
また、請求項2,4,6記載のコンクリート部材の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムによれば、さらに、コンクリート部材の縦振動モードの応答を大きくして閉じたひび割れを開かせてスリップを起こり易くすることができるので、平常時には閉じているひび割れが剛性に与える影響をより一層確実に反映してコンクリート部材の健全性を判定することができ、健全性診断の性能・精度の更なる向上を図り、有用性と信頼性との更なる向上を図ることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明のコンクリート部材の健全性診断方法の実施形態の一例を説明するフローチャートである。
【図2】本実施形態のコンクリート部材の健全性診断方法をプログラムを用いて実施する場合のコンクリート部材の健全性診断装置の機能ブロック図である。
【図3】検証試験の試験柱及び加速度計の設置位置を説明する図である。
【図4】無載荷自由振動試験での部材軸直角方向の振幅−固有振動数の関係を示す図である。
【図5】無載荷自由振動試験での部材軸直角方向の振幅−減衰の関係を示す図である。
【図6】高周波スイープ試験での部材軸方向の周波数−加速度振幅の関係を示す図である。
【図7】高周波スイープ試験での部材軸直角方向の周波数−加速度振幅の関係を示す図である。
【図8】高周波スイープ試験に基づく共振時振動モード形状を示す図である。
【図9】無載荷自由振動試験及び高周波付与自由振動試験での部材軸直角方向の加速度振幅−振動数の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下、本発明の構成を図面に示す実施の形態の一例に基づいて詳細に説明する。
【0042】
図1及び図2に、本発明のコンクリート部材の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムの実施形態の一例を示す。本発明のコンクリート部材の健全性診断方法は、図1に示すように、コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して横振動モードの固有振動数を測定することを基準時と評価時とで行い(S1)、基準時の固有振動数と評価時の固有振動数とを比較することによってコンクリート部材の健全性を診断する(S2)ようにしている。
【0043】
また、本発明のコンクリート部材の健全性診断装置は、コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して計測された基準時の横振動モードの振動データ及び評価時の横振動モードの振動データが蓄積されている記憶手段(16)と、該記憶手段(16)から基準時の横振動モードの振動データを読み込む手段(11a)と、記憶手段(16)から評価時の横振動モードの振動データを読み込む手段(11b)と、基準時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する手段(11c)と、評価時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する手段(11d)と、基準時の固有振動数と評価時の固有振動数とを比較することによってコンクリート部材の健全性を判定する手段(11e)とを備えている。
【0044】
上述のコンクリート部材の健全性診断方法及びコンクリート部材の健全性診断装置は、本発明のコンクリート部材の健全性診断プログラムをコンピュータ上で実行することによっても実現される。本発明のコンクリート部材の健全性診断プログラムは、コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して計測された基準時の横振動モードの振動データが蓄積されている基準時振動データベース及び評価時の横振動モードの振動データが蓄積されている評価時振動データベースが格納されている記憶手段にアクセス可能なコンピュータに、基準時振動データベースから基準時の横振動モードの振動データを読み込む処理と、評価時振動データベースから評価時の横振動モードの振動データを読み込む処理と、基準時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する処理と、評価時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する処理と、基準時の固有振動数と評価時の固有振動数とを比較することによってコンクリート部材の健全性を判定する処理とを行わせるようにしている。
【0045】
本実施形態では、コンクリート部材の健全性診断プログラムをコンピュータ上で実行する場合を例に挙げて説明する。
【0046】
コンクリート部材の健全性診断プログラム17を実行するためのコンピュータ10(即ちコンクリート部材の健全性診断装置10;以下、単に健全性診断装置10と呼ぶ)の全体構成を図2に示す。この健全性診断装置10は、制御部11、記憶部12、入力部13、表示部14及びメモリ15を備え相互にバス等の信号回線により接続されている。また、健全性診断装置10にはデータサーバ16がバス等の信号回線により接続されており、その信号回線を介して相互にデータや制御指令等の信号の送受信(即ち出入力)が行われる。
【0047】
制御部11は記憶部12に記憶されているコンクリート部材の健全性診断プログラム17によって健全性診断装置10全体の制御並びにコンクリート部材の健全性の診断に係る演算を行うものであり、例えばCPU(中央演算処理装置)である。記憶部12は少なくともデータやプログラムを記憶可能な装置であり、例えばハードディスクである。メモリ15は制御部11が各種の制御や演算を実行する際の作業領域であるメモリ空間となるものであり、例えばRAM(Random Access Memory の略)である。
【0048】
入力部13は少なくとも作業者の命令を制御部11に与えるためのインターフェイスであり、例えばキーボードである。
【0049】
表示部14は制御部11の制御により文字や図形等の描画・表示を行うものであり、例えばディスプレイである。
【0050】
そして、コンクリート部材の健全性診断プログラム17を実行することにより、データサーバ16にアクセス可能なコンピュータである健全性診断装置10の制御部11には、基準時振動データベース18から基準時の横振動モードの振動データを読み込む処理を行う基準時振動データ読込部11aと、評価時振動データベース19から評価時の横振動モードの振動データを読み込む処理を行う評価時振動データ読込部11bと、基準時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する処理を行う基準時固有振動数計算部11cと、評価時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する処理を行う評価時固有振動数計算部11dと、基準時の固有振動数と評価時の固有振動数とを比較することによってコンクリート部材の健全性を判定する処理を行う健全性判定部11eとが構成される。
【0051】
なお、本実施形態では、データサーバ16が、コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して計測された基準時の横振動モードの振動データが蓄積されている基準時振動データベース18及び評価時の横振動モードの振動データが蓄積されている評価時振動データベース19が格納されている記憶手段として機能する。
【0052】
本発明の実施にあたっては、まず、コンクリート部材の基準時と評価時との部材軸直角方向の横振動モードの固有振動数が測定される(S1)。なお、診断対象のコンクリート部材が複数ある場合には、S1の処理は診断対象のコンクリート部材毎に行われる。
【0053】
本発明では、基準時と評価時とにおいて、コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して横振動モードの振動が計測される(S1−1,S1−1')。なお、健全性評価時が複数時点ある場合には、S1−1'の処理は評価時毎に行われる。
【0054】
基準時は、特定の時点に限られるものではなく、例えば、構造物が新設や構造補強された時点、或いは、現状を基準にして将来における健全性を診断する場合の現時点などが該当する。
【0055】
本発明によって健全性が診断されるコンクリート部材としては、例えば、コンクリート構造物を構成する個々の柱や梁などが考えられる。なお、本発明におけるコンクリート部材は鉄筋コンクリート部材でも良いし無筋コンクリート部材でも良い。
【0056】
コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起する方法は、高周波振動をコンクリート部材に生じさせるものであれば特定の方法に限定されるものではない。具体的には例えば、高周波加振器(=ピエゾ素子)をコンクリート部材に固定して取り付け、該高周波加振器によってコンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を生じさせることが考えられる。なお、高周波加振器は、少ないエネルギーで診断対象のコンクリート部材を大きく振動させることができるように、当該高周波加振器によって与える振動数で振動させたときに診断対象のコンクリート部材の縦振動モードの振動振幅が最も大きくなる部分に設置することが好ましい。具体的には例えば、診断対象のコンクリート部材の軸方向両端が他の構造部材と結合するなどによって固定されている場合には軸方向中央位置に高周波加振器を設置することが好ましい。
【0057】
また、本発明では、数十から数千ヘルツの周波数の縦振動モードの振動をコンクリート部材に生じさせるようにする。具体的には例えば50〔Hz〕から3000〔Hz〕程度の周波数の縦振動モードの振動を生じさせる。
【0058】
コンクリート部材に励起させる縦振動モードの高周波振動の周波数は、高周波スイープ加振を予め行って部材軸方向の縦振動モードの共振ピーク周波数を見つけておいて当該共振ピーク周波数のうちのいずれかとすることが好ましく、当該共振ピーク周波数のうちで一番卓越しているものとすることがより一層好ましい。なお、部材軸方向の縦振動モードの共振周波数はコンクリート部材の損傷や状態の変化と共に変化するので、各評価時における診断の前に高周波スイープ加振を行って縦振動モードの共振周波数を推定する。
【0059】
また、コンクリート部材に部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起する方法も特定の方法に限定されるものではない。具体的には例えば、ハンマーで打撃することによってコンクリート部材に部材軸直角方向の横振動モードの振動を生じさせることが考えられる。なお、本発明は建物を構成する個々のコンクリート部材を診断するものであるところ、建物の固有周期の範囲に一致するようにゆっくりと打撃した場合には打撃力は建物全体に伝達されて建物全体が揺れるようになってしまうので、部材周期に合わせた短時間のパルスの打撃力を与えて診断対象のコンクリート部材のみを自由振動させるようにする。
【0060】
そして、例えば加速度計・振動センサを用いてコンクリート部材の部材軸直角方向の横振動モードの振動の計測が行われ、本実施形態では、基準時の横振動モードの振動データは基準時振動データベース18として、また、評価時の横振動モードの振動データは評価時振動データベース19としてデータサーバ16に蓄積される。なお、診断対象のコンクリート部材が複数ある場合には、基準時及び評価時の横振動モードの振動データは個々のコンクリート部材を識別する情報(例えばID)と対応づけられた上で基準時振動データベース18及び評価時振動データベース19としてデータサーバ16に蓄積される。また、健全性評価時が複数時点ある場合には、評価時の横振動モードの振動データは計測時点の情報と対応づけられた上で評価時振動データベース19としてデータサーバ16に蓄積される。
【0061】
そして、S1−1,S1−1'の処理によって整備された横振動モードの振動データを用いて基準時と評価時とのそれぞれにおける横振動モードの固有振動数が計算される(S1−2,S1−2')。なお、健全性評価時が複数時点ある場合には、S1−2'の処理は評価時毎に行われる。
【0062】
具体的には、制御部11の基準時振動データ読込部11aが基準時振動データベース18として蓄積されている基準時の横振動モードの振動データをデータサーバ16から読み込んで当該振動データをメモリ15に記憶させ、さらに、制御部11の評価時振動データ読込部11bが評価時振動データベース19として蓄積されている評価時の横振動モードの振動データをデータサーバ16から読み込んで当該振動データをメモリ15に記憶させる。
【0063】
そして、制御部11の基準時固有振動数計算部11cがメモリ15に記憶された基準時の横振動モードの振動データを読み込んで当該振動データを用いてコンクリート部材の基準時の固有振動数を計算し、さらに、制御部11の評価時固有振動数計算部11dがメモリ15に記憶された評価時の横振動モードの振動データを読み込んで当該振動データを用いてコンクリート部材の評価時の固有振動数を計算する。
【0064】
コンクリート部材の固有振動数の計算は、例えば、固有値解析法,モード解析法,スペクトル解析法(金澤健司・平田和太:クロススペクトル推定法による多自由度系構造物の振動モード同定,日本建築学会構造系論文集,NO.529,pp.89-98, 2000年3月)などによって行う。
【0065】
そして、基準時固有振動数計算部11cは算出したコンクリート部材の基準時の固有振動数の値をメモリ15に記憶させ、さらに、評価時固有振動数計算部11dは算出したコンクリート部材の評価時の固有振動数の値をメモリ15に記憶させる。なお、診断対象のコンクリート部材が複数ある場合には、基準時及び評価時の固有振動数の値は個々のコンクリート部材を識別する情報と対応づけられた上でメモリ15に記憶させられる。また、健全性評価時が複数時点ある場合には、評価時の固有振動数の値は計測時点の情報と対応づけられた上でメモリ15に記憶させられる。
【0066】
続いて、S1の処理によって得られた基準時と評価時との固有振動数が比較され(S2)、コンクリート部材の健全性が判定される(S3)。なお、診断対象のコンクリート部材が複数ある場合には、S2及びS3の処理は診断対象のコンクリート部材毎に行われる。また、健全性評価時が複数時点ある場合には、S2及びS3の処理は評価時毎に行われる。
【0067】
具体的には、制御部11の健全性判定部11eは、S1の処理においてメモリ15に記憶されたコンクリート部材の基準時の固有振動数の値と評価時の固有振動数の値とをメモリ15から読み込む。
【0068】
そして、健全性判定部11eは、基準時の固有振動数と評価時の固有振動数との差分を計算し、当該差分が健全性判定閾値未満の場合にはコンクリート部材の健全性が保たれていると判定し、健全性判定閾値以上の場合にはコンクリート部材の健全性が損なわれていると判定する。
【0069】
ここで、健全性判定閾値は、損傷が発生してコンクリート部材の健全性が損なわれていると判定される固有振動数の低下の程度・幅である。健全性判定閾値は特定の値に限られるものではなく、例えば基準時の固有振動数の値に基づいて適当な値が適宜設定される。例えば、基準時の固有振動数の数%程度の値として設定することが考えられる。なお、健全性判定閾値は例えばコンクリート部材の健全性診断プログラム17の中に予め規定される。
【0070】
そして、健全性判定部11eは、S2及びS3の処理における判定結果として、建物の健全性が保たれている旨若しくは損なわれている旨を、必要な場合には診断対象のコンクリート部材別・評価時毎に、表示部14に表示したり、例えば記憶部12やデータサーバ16内に診断結果データファイルとして保存したりする。
【0071】
そして、制御部11は、コンクリート部材の健全性診断の処理を終了する(END)。
【0072】
以上の構成を有する本発明のコンクリート部材の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムによれば、平常時には閉じているひび割れが剛性に与える影響も反映してコンクリート部材の健全性を判定することができ、健全性診断の性能の向上を図り、有用性と信頼性との向上を図ることが可能になる。
【0073】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、本実施形態では、振動データが蓄積される記憶手段をデータサーバ16としているが、記憶部12でも良いし、他の記憶装置を用いるようにしても良い。
【符号の説明】
【0074】
1 鉄筋コンクリート試験柱
10 コンクリート部材の健全性診断装置
17 コンクリート部材の健全性診断プログラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して前記横振動モードの固有振動数を測定することを基準時と評価時とで行い、前記基準時の固有振動数と前記評価時の固有振動数とを比較することによって前記コンクリート部材の健全性を診断することを特徴とするコンクリート部材の健全性診断方法。
【請求項2】
前記縦振動モードの高周波振動の振動数が縦振動モードの共振周波数であることを特徴とする請求項1記載のコンクリート部材の健全性診断方法。
【請求項3】
コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して計測された基準時の前記横振動モードの振動データ及び評価時の前記横振動モードの振動データが蓄積されている記憶手段と、該記憶手段から前記基準時の横振動モードの振動データを読み込む手段と、前記記憶手段から前記評価時の横振動モードの振動データを読み込む手段と、前記基準時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する手段と、前記評価時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する手段と、前記基準時の固有振動数と前記評価時の固有振動数とを比較することによって前記コンクリート部材の健全性を判定する手段とを有することを特徴とするコンクリート部材の健全性診断装置。
【請求項4】
前記縦振動モードの高周波振動の振動数が縦振動モードの共振周波数であることを特徴とする請求項3記載のコンクリート部材の健全性診断装置。
【請求項5】
コンクリート部材に部材軸方向の縦振動モードの高周波振動を励起した状態で部材軸直角方向の横振動モードの振動を励起して計測された基準時の前記横振動モードの振動データが蓄積されている基準時振動データベース及び評価時の前記横振動モードの振動データが蓄積されている評価時振動データベースが格納されている記憶手段にアクセス可能なコンピュータに、前記基準時振動データベースから前記基準時の横振動モードの振動データを読み込む処理と、前記評価時振動データベースから前記評価時の横振動モードの振動データを読み込む処理と、前記基準時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する処理と、前記評価時の横振動モードの振動データを用いて固有振動数を計算する処理と、前記基準時の固有振動数と前記評価時の固有振動数とを比較することによって前記コンクリート部材の健全性を判定する処理とを行わせることを特徴とするコンクリート部材の健全性診断プログラム。
【請求項6】
前記縦振動モードの高周波振動の振動数が縦振動モードの共振周波数であることを特徴とする請求項5記載のコンクリート部材の健全性診断プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図9】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−247700(P2011−247700A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−119844(P2010−119844)
【出願日】平成22年5月25日(2010.5.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年3月1日 社団法人日本建築学会関東支部発行の「日本建築学会関東支部 2009年度 研究発表会 研究報告集」に発表
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】