説明

コーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒の製造方法

【課題】粉化又は崩壊を抑制し反応器中の触媒成分の充填量を増加でき、メタクリル酸合成においてメタクリル酸選択率及び単流収率を向上できるコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を提供する。
【解決手段】メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を合成するためのコーティングされた固体触媒の製造方法であって、セルロースを溶媒に溶解したコーティング液を固体触媒本体に噴霧し付着させると共に、乾燥用気体を固体触媒本体に吹きかけることにより溶媒を気化させ、固体触媒本体100部に対し0.1〜5部のセルロースを固体触媒本体表面にコーティングする工程を含み、コーティング液に含まれる溶媒の供給速度(g/min)と乾燥用気体の流量(Nm3/min)との比で示されるコーティングの環境値が5〜12g/Nm3であり固体触媒本体の表面温度が45〜70℃である方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械的強度に優れたコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒、その製造方法、及びこれを用いるメタクリル酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
成形触媒、担持触媒等の固体触媒は、移送する際及び反応器に充填する際に粉化及び崩壊することがないように、ある程度以上の機械的強度を有する必要がある。固体触媒の機械的強度は、成形圧力を調節したり、成形の操作を工夫したりすることで、ある程度は改善される。しかし、このような方法で機械的強度を向上させた固体触媒は、比表面積が小さくなる、反応に有効な活性点の数が減少する、反応に有効な細孔分布が制御できない等の理由で、目的生成物の収率が低下する課題を有している。
【0003】
これらの課題を解決することを目的とした固体触媒として、例えば下記(1)から(3)の固体触媒が提案されている。
(1)触媒粉体とセルロース類等の結合剤とを混合し、該混合物を成形し、焼成したメタクリル酸合成用触媒(特許文献1)。
(2)固体触媒の表面を有機高分子化合物(ポリスチレン、ポリ−α−メチルスチレン、ポリメタクリル酸メチル)でコーティングした固体触媒(特許文献2)。
(3)固体触媒の表面の一部が水溶性又は有機溶媒溶性セルロースでコーティングされた固体触媒(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭55−73347号公報
【特許文献2】特開平04−358542号公報
【特許文献3】特開2007−111581号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記(1)の触媒は、セルロース類が触媒内部に均一に分散したものであり、セルロース類の量が少ないと機械的強度が低くなる。一方、セルロース類の量が多いと反応器中の触媒成分の充填量がセルロース類の分だけ減少するため、触媒寿命が減少し、生産性が低下又は製造コストが上昇する懸念がある。
【0006】
前記(2)の解重合性の有機高分子化合物でコーティングされた固体触媒は、工業的に機械的強度が不充分であり、更なる改善が求められている。
【0007】
前記(3)の触媒では、固体触媒充填時の固体触媒の崩壊は低減されるが、メタクリル酸合成においてメタクリル酸の選択率が低下する場合があり、更なる改善が求められている。
【0008】
本発明は、移送時、反応器への充填時等において粉化又は崩壊することが少なく、従来の結合剤を用いた固体触媒に比べ反応器中の触媒成分の充填量を増やすことができ、メタクリル酸合成に用いた場合にメタクリル酸選択率及びメタクリル酸単流収率を向上させることが可能なコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒の製造方法は、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を合成するためのコーティングされた固体触媒の製造方法であって、セルロースを溶媒に溶解したコーティング液を固体触媒本体に噴霧し付着させると共に、乾燥用気体を該固体触媒本体に吹きかけることにより溶媒を気化させ、該固体触媒本体100質量部に対し0.1〜5質量部のセルロースを該固体触媒本体表面にコーティングする工程を含み、前記工程において下記式(1)で表されるコーティングの環境値
【0010】
【数1】

【0011】
が5〜12g/Nm3であり、且つ前記固体触媒本体の表面温度が45〜70℃である方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、機械的強度を向上させることで移送時、反応器への充填時等において粉化又は崩壊することが少なく、従来の結合剤を用いた固体触媒に比べ反応器中の触媒成分の充填量を増やすことができ、メタクリル酸合成に用いた場合にメタクリル酸選択率及びメタクリル酸単流収率を向上させることが可能なコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る方法に用いるコーティング装置の一例の側面断面図である。
【図2】本発明に係る方法に用いるコーティング装置の一例の、コーティング容器の正面断面図である。
【図3】本発明に係る方法に用いるコーティング装置の一例の、コーティング容器の背面図である。
【図4】本発明に係る方法に用いる二重管式熱交換型反応器の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係るコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒の製造方法は、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を合成するためのコーティングされた固体触媒の製造方法であって、セルロースを溶媒に溶解したコーティング液を固体触媒本体に噴霧し付着させると共に、乾燥用気体を該固体触媒本体に吹きかけることにより溶媒を気化させ、該固体触媒本体100質量部に対し0.1〜5質量部のセルロースを該固体触媒本体表面にコーティングする工程を含み、前記工程において前記式(1)で表されるコーティングの環境値が5〜12g/Nm3であり、且つ前記固体触媒本体の表面温度が45〜70℃である方法である。
【0015】
(固体触媒本体)
固体触媒本体としては、触媒成分を所望の形状に成形した成形触媒、所望の形状を有する担体に触媒成分を担持させた担持触媒が挙げられる。ここでいう触媒成分としては、焼成等の活性化処理を施していない触媒前駆体も含むものとする。固体触媒本体は、触媒成分以外の他の添加成分を含んでいてもよい。
【0016】
成形触媒の形状としては、球状、円柱状、円筒状、星形状、井形等が挙げられる。成形触媒は、公知の打錠機、押出成形機、転動造粒機等で触媒成分を成形して得られる。
【0017】
担持触媒の形状としては、球状、円柱状、円筒状、板状等が挙げられる。担体の材料としては、シリカ、アルミナ、シリカ・アルミナ、マグネシウム、チタニア等が挙げられる。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0018】
(触媒成分)
触媒成分としては、下記一般式で表される組成を有する複合酸化物触媒が比較的高いメタクリル酸単流収率が得られるため好ましい。
aMobcCudefgh
前記式中、P、Mo、V、Cu及びOは、それぞれリン、モリブデン、バナジウム、銅及び酸素を示す。Xはアンチモン、ビスマス、砒素、ゲルマニウム、ジルコニウム、テルル、銀、セレン、ケイ素、タングステン及びホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種類の元素を示す。Yは鉄、亜鉛、クロム、マグネシウム、タンタル、コバルト、マンガン、バリウム、ガリウム、セリウム及びランタンからなる群より選ばれる少なくとも1種類の元素を示す。Zはカリウム、ルビジウム、セシウム及びタリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示す。a、b、c、d、e、f、g及びhは各元素の原子比率を表し、b=12のときa=0.5〜3、c=0.01〜3、d=0.01〜2、e=0〜3、f=0〜3、g=0.01〜3であり、hは前記各元素の原子価を満足するのに必要な酸素の原子比率である。
【0019】
以下、触媒成分の調製方法について説明する。
【0020】
まず、モリブデン、リン等の触媒構成元素の原料を含有する混合溶液又はスラリーを調製する。次いで、該混合溶液又はスラリーを乾燥し、触媒前駆体の乾燥物を得る。次いで、該触媒前駆体の乾燥物を必要により粉砕することで触媒成分の粉体が得られる。
【0021】
混合溶液又はスラリーの調製方法としては、従来からよく知られている、沈殿法、酸化物混合法等が挙げられる。具体的には、触媒構成元素を含む原料の所要量を、水等の溶媒中に適宜溶解又は懸濁させて混合溶液又はスラリーを調製する。
【0022】
触媒構成元素の原料としては、通常は酸化物、又は強熱することにより酸化物となる塩化物、硫酸塩、硝酸塩、炭酸塩、酢酸塩、アンモニウム塩、ハロゲン化物、又はそれらの混合物が挙げられる。
【0023】
モリブデン原料としては、パラモリブデン酸アンモニウム、三酸化モリブデン、モリブデン酸、塩化モリブデン等が挙げられる。リン原料としては、正リン酸、メタリン酸、五酸化リン、ピロリン酸、リン酸アンモニウム等が挙げられる。また、モリブデンとリンの原料に、リンモリブデン酸、リンモリブデン酸アンモニウム等のヘテロポリ酸化合物を用いてもよい。
【0024】
溶媒としては、水、エチルアルコール、アセトン等が挙げられ、水が好ましい。
【0025】
原料と溶媒との含有比(質量比)は、通常、1:0.1〜1:100が好ましく、1:0.5〜1:50がより好ましい。
【0026】
乾燥方法としては、蒸発乾固法、噴霧乾燥法、ドラム乾燥法、気流乾燥法、静置乾燥法等が挙げられる。乾燥機の機種、乾燥時の温度、時間等は、特に限定されず、目的に応じて適宜選択すればよい。乾燥によって、混合溶液又は水性スラリーから実質的に固体状の触媒成分が得られればよく、乾燥物における残存溶媒の量は特に限定されない。乾燥物の形状としては、粉状、ブロック状等が挙げられる。
【0027】
(セルロース)
本発明に係るコーティング液には溶媒に溶解可能なセルロースを用いる。該セルロースとしては、例えば、水酸基の水素原子の一部がメチル基又はヒドロキシプロピル基あるいはヒドロキシエチル基で置換されたセルロースが挙げられる。具体的には、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース等が挙げられる。市販品では、信越化学(株)製のメチルセルロース(商品名:メトローズSM−15)、信越化学(株)製のヒドロキシプロピルメチルセルロース(商品名:メトローズ60SH−15)、日本曹達(株)製のヒドロキシプロピルセルロース(商品名:HPC−L)、米国・アクアロン社製のヒドロキシプロピルセルロース(商品名:クルーセルL)等が挙げられる。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0028】
溶媒としては、水、メタノール及びエタノール等のアルコール、ジクロロメタン、ジクロルエタン、クロロホルム、四塩化炭素、ジメチルホルムアミド、ベンジルアルコール、ジメチルスルホキシド、トリクロロエタン、クロルベンゼン、エチルセロソルプ等を用いることができる。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0029】
前記セルロースを用いることにより、溶媒に溶解させてコーティング液を調製する際に、十分に均一な溶液とすることができる。その結果、均一なコーティングを行うことができる。なお、固体触媒本体表面にコーティングされたセルロースは、固体触媒がメタクリル酸合成反応に使用される前に加熱により熱分解又は燃焼され、除去される。
【0030】
固体触媒本体表面にコーティングするセルロースの量は、固体触媒本体100質量部に対し、0.1〜5質量部である。前記セルロースの量は、0.2〜2質量部が好ましく、0.3〜1質量部がより好ましい。前記セルロースの量が0.1質量部未満では、充分な機械的強度が得られない。また、セルロースの量が5質量部を超えても機械的強度は向上せず、経済的に不利である。
【0031】
(コーティング液)
本発明に係るコーティング液は、前記セルロースを溶媒に溶解した溶液である。溶媒としては水又は前記有機溶媒を用いることができるが、経済的であり、環境負荷及び安全性の観点から水が好ましい。
【0032】
コーティング液中のセルロースの濃度は、0.5〜10質量%が好ましい。セルロースの濃度が0.5質量%未満の場合、コーティングするセルロースに対し溶媒量が増大し、コーティング時間の増大、加熱及び装置運転に関わるユーティリティ費の増大等が生じる場合がある。また、セルロースの濃度が10質量%を超えると、コーティング液の粘度が高くなることによって、送液装置の負荷増大、及びスプレーノズルに前記セルロースが付着しやすくなり噴霧不良が生じる場合がある。また、固体触媒本体同士が粘着し、操作上困難を招く場合がある。より好ましくは、セルロースの濃度は0.6〜6質量%である。
【0033】
(コーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒の製造方法)
本発明において固体触媒本体にセルロースをコーティングする方法としては、セルロースを溶媒に溶解したコーティング液を固体触媒本体に噴霧して、固体触媒本体に付着させながら、同時に溶媒を気化、蒸発させるために乾燥用気体を固体触媒本体に吹きかける。この方法によれば、容易にかつ均一にセルロースを固体触媒本体表面にコーティングすることができる。
【0034】
本発明に用いることができる簡易的なコーティング装置としては、オニオンパン等のパンと呼ばれる容器に回転機構を付加した装置が挙げられる。該装置を用いることにより、固体触媒本体を転動させ、コーティング液を霧状に噴霧して固体触媒本体に付着させながら、同時に乾燥用気体を吹きかけて溶媒を除去することができる。このようなコーティング装置としては、例えば、医薬業界、食品業界で用いられている錠剤の糖衣加工機、コーティング機が挙げられる。その基本的な構造は特公昭50−38713号公報に記載されている。市販品では、フロイント産業社製のコーティング機(商品名:ハイコーター、アクアコーター)や(株)パウレック社製のコーティング機(商品名:ドリアコーター、パウレックコーター)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
以下に、本発明に係る方法に用いることができるコーティング装置の一例を図1〜3を用いて示す。図1〜3に示すコーティング装置は、特公昭50−38713号公報に記載されているコーティング装置を基本構造とする。図2に示すように、コーティング容器1(以下、パン1)は正面から見た断面が八角形であり、各面と対面の長さが360mm、軸方向の長さが250mmのドラム形状である。パン1の8つの面にはそれぞれ多孔部分2が設けられている。各多孔部分2の穴は、固体触媒本体が抜け落ちないように長さ10mm、幅2mmの長穴としている。
【0036】
各面の多孔部分2はパン1の外側に設置されているダクト3でそれぞれ被覆され、各ダクト3はパン1後部の摺り円盤4の連結口5aにそれぞれ接続されている。摺り円盤4の中心部には回転軸6が設置され、電動機を直接接続することによって、もしくはギアやベルトを介して間接的にパン1を回転させることができる。
【0037】
摺り円盤4と固定排気円盤7は接触するように設置され、パン1が回転しても固定排気円盤7は回転せず、接触面は摺り合わせ部を形成する。固定排気円盤7の下部にも連結口5bが設置されて、排気ノズル8を介して排気ブロワー等の吸引装置に接続されている。したがって、固定排気円盤7の連結口5bと摺り円盤4の下部に位置する連結口5aが繋がることになり、パン1内の乾燥用気体は下部の多孔部分2を通過して排気ノズル8から吸引される。パン1が回転しても、固定排気円盤7の連結口5bに対応する摺り円盤4の連結口5aが切り替わり、常にパン1の下部に位置する多孔部分2から吸引される。
【0038】
パン1前面の開口部9には通風治具10が設置されている。通風治具10の挿入面にはパン1内部の気密性を確保するためにシール材としてOリング11が設置されている。通風治具10の側面には給気ノズル12が設置され、乾燥用気体の供給ラインが接続されている。そして、通風治具10にスプレーノズル13を装着することにより、固体触媒本体にコーティング液を噴霧することができる。また、通風治具10の前面にはコーティング中の固体触媒本体の表面温度が測定できるように開閉扉14が設けられている。
【0039】
本発明においては、前記セルロースによる固体触媒表面のコーティングの際、前記式(1)で表されるコーティングの環境値が5〜12g/Nm3であり、且つ固体触媒本体の表面温度は45〜70℃である。この条件によりコーティングが行われた固体触媒は、機械的強度が向上すると共に、メタクリル酸合成反応に使用した際のメタクリル酸選択率及びメタクリル酸単流収率が向上する。
【0040】
なお、コーティングの環境値(g/Nm3)において、コーティング液に含まれる溶媒の供給速度とは、固体触媒本体に噴霧されるコーティング液の供給速度(g/min)に、コーティング液中に含まれる溶媒の割合を乗じた値である。また、乾燥用気体の流量とは、固体触媒本体に吹きかける乾燥用気体の流量(Nm3/min)である。
【0041】
前記コーティングの環境値が5g/Nm3未満の場合、乾燥速度が速いためコーティング液が固体触媒本体に到達する前に気化してしまい、前記セルロースが固体触媒本体に付着せず機械的強度の低下を招くため好ましくない。また、前記コーティングの環境値が12g/Nm3を超える場合、乾燥速度が遅いため固体触媒表面に多くのコーティング液の溶媒が滞在し、触媒同士の付着等の問題を起こしやすくなるため好ましくない。前記コーティングの環境値は、7〜12g/Nm3であることが好ましい。
【0042】
固体触媒本体の表面温度が45℃未満の場合、固体触媒本体から速やかにコーティング液の溶媒が気化せず湿り状態になるため好ましくない。また、固体触媒本体の表面温度が70℃を超える場合、乾燥速度が速いためコーティング液が固体触媒本体に到達する前に気化してしまい、前記セルロースが固体触媒本体に付着せず機械的強度の低下を招くため好ましくない。前記固体触媒本体の表面温度は、50〜65℃であることが好ましい。
【0043】
なお、固体触媒本体の表面温度の制御は、乾燥用気体の温度を調節することにより行うことができる。また、固体触媒本体の表面温度は、放射温度計を用いることにより測定することができる。
【0044】
溶媒を気化、蒸発させるために固体触媒本体に吹きかける乾燥用気体としては、特に制限されず、例えば空気、窒素等を用いることができるが、経済的観点から空気を用いることが好ましい。溶媒の乾燥を目的とするため、乾燥用気体には出来る限り気化した溶媒を含まない気体を用いることが好ましい。乾燥用気体の温度としては、前述したように固体触媒本体の表面温度を所定の範囲とする温度に適宜設定することができ、例えば50〜110℃とすることができる。
【0045】
(メタクリル酸の製造方法)
本発明のメタクリル酸の製造方法は、本発明のコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒の焼成物を用いてメタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造する方法である。
【0046】
メタクロレインと分子状酸素との反応は、例えば二重管式熱交換器型反応器、工業的には多管式熱交換型反応器を用いて実施される。二重管式熱交換器型反応器(以下、単に「反応器」という。)の一例について図4を参照しながら説明する。図4の反応器20は、反応器20の胴21内に、触媒の充填により触媒層が形成された反応管22と、反応器20下部に設けられた原料ガス入口23と、反応器20上部に設けられた反応生成ガス出口24と、反応管22を加熱又は除熱するための熱媒体を反応器20に導入する熱媒体入口25と、熱媒体を反応器20内から排出する熱媒体出口26と、熱媒体を反応器20に循環させるポンプ27と、熱媒体を温度調節する加熱装置28と、を具備して構成される。
【0047】
反応管22の外径、肉厚及び長さは特に制限されない。
【0048】
触媒層は、固体触媒のみからなる1層でもよく、活性調整のために固体触媒と不活性材料を混合した層、又は性能の異なる固体触媒を混合した層を組み合わせた2層以上としてもよい。
【0049】
本発明のコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒は、反応器への充填後、固体触媒本体表面にコーティングされたセルロースを除去し、触媒活性を発現させるために焼成処理が行われる。焼成条件は通常空気等の酸素含有ガス流通下及び/又は不活性ガス流通下で300〜500℃、好ましくは300〜450℃で、0.5時間以上、好ましくは1〜40時間行われる。
【0050】
メタクリル酸を製造する際には、メタクロレインと分子状酸素とを含む原料ガスを、前記焼成処理後の固体触媒に接触させる。
【0051】
原料ガス中のメタクロレイン濃度は、1〜20容量%が好ましく、3〜10容量%がより好ましい。原料ガス中の分子状酸素濃度は、5〜15容量%が好ましい。分子状酸素源としては、経済性の点から空気が好ましい。必要であれば、空気に純酸素を加えて分子状酸素を富化した気体等を用いてもよい。原料ガス中の水蒸気の濃度は5〜50容量%であることが好ましい。原料ガスは、メタクロレイン及び分子状酸素源を、窒素、炭酸ガス等の不活性ガスで希釈したものであってもよい。原料ガスは、低級飽和アルデヒド等の不純物を少量含んでいてもよいが、その量はできるだけ少ないことが好ましい。
【0052】
原料ガスの流量は、固体触媒1gあたりの空間速度が0.5〜2.0NL/hrとなる流量が好ましい。反応圧力は、大気圧〜数気圧が好ましい。反応温度は、230〜450℃が好ましく、250〜400℃がより好ましい。
【0053】
以上説明したように、本発明に係る方法により製造されるコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒は、移送時、反応器への充填時等に粉化又は崩壊することが少なく、取り扱い性に優れる。また、従来の結合剤を用いた固体触媒に比べ、反応器中の触媒成分の充填量を増やすことができる。更に、メタクリル酸合成においてメタクリル酸選択率及びメタクリル酸単流収率を向上させることができる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明に係る実施例を示すが、本発明はこれらに限定されない。なお、実施例及び比較例中の「部」は質量部を意味する。
【0055】
(充填粉化率)
コーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒の充填時における充填粉化率は、以下のように求めた。コーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒400(g)を水平方向に対して垂直に設置した内径3cm、長さ6mのステンレス製円筒容器上部より落下させ充填した。落下充填後、容器底部より回収された触媒のうち、14メッシュのふるいを通過しないコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒の質量a(g)を計り、下記式から充填粉化率を求めた。
【0056】
充填粉化率(%)={(400−a)/400}×100。
【0057】
(固体触媒の表面温度)
放射温度計(商品名:非接触ハンディ温度計IT2−80、KEYENCE製)を用い、図1に示す開閉扉14からパン1内部の固体触媒の表面温度を測定した。
【0058】
(触媒組成)
触媒組成は、触媒成分の原料仕込み量から求めた。
【0059】
(メタクロレインの反応率、メタクリル酸の選択率、メタクリル酸の単流収率)
反応原料ガス及び生成物の分析は、ガスクロマトグラフィーを用いて行った。ガスクロマトグラフィーの結果から、メタクロレインの反応率、生成したメタクリル酸の選択率、メタクリル酸の単流収率を下記式にて求めた。
【0060】
メタクロレインの反応率(%)=(B/A)×100
メタクリル酸の選択率(%)=(C/B)×100
メタクリル酸の単流収率(%)=(C/A)×100
式中、Aは供給したメタクロレインのモル数、Bは反応したメタクロレインのモル数、Cは生成したメタクリル酸のモル数である。
【0061】
(触媒成分粉末の調製)
純水400部に、三酸化モリブデン100部、85質量%リン酸水溶液7.3部、五酸化バナジウム4.2部、酸化銅0.9部、酸化鉄0.2部を加え、還流下で5時間攪拌した。この液を50℃まで冷却した後、硝酸セシウム9.0部を純水30部に溶解した溶液を滴下し15分間攪拌した。その後、50℃を維持したまま29質量%アンモニア水37.4部を滴下した後、15分間攪拌し、水性スラリーを得た。得られた水性スラリーを101℃まで加熱し、攪拌しながら濃縮を開始した。スラリーの粘度が0.70Pa・sとなった時点で加熱を停止し、濃縮スラリーを得た。濃縮に有した時間は2時間であった。濃縮スラリーを70℃まで冷却した後、2時間保持した。保持後の濃縮スラリーの粘度は0.40Pa・sであった。この濃縮スラリーを101℃まで加熱し、攪拌しながら再度濃縮を開始した。濃縮中は温度を101℃に保ち、スラリーの粘度が0.70Pa・s、比重が1.64×103kg/m3となった時点で加熱を停止し、濃縮スラリーを得た。濃縮に有した時間は0.5時間であった。濃縮直後のスラリーをドラムドライヤーで120℃にて乾燥して触媒成分粉末を得た。得られた触媒成分粉末の水分含有率は1.0質量%であった。
【0062】
触媒成分粉末100部に対してグラファイト3部を添加した後、打錠成型機により、直径5mm、長さ5mmの円柱状に成形し、メタクリル酸合成用固体触媒本体を得た。このときの触媒の組成は、P1.5Mo120.6Cu0.1Fe0.2Cs1であった。
【0063】
〔実施例1〕
先ず、コーティング液として、メチルセルロース(商品名:メトローズSM−15、信越化学(株)製)を5質量%含む水溶液を調製した。図1に示すコーティング装置のパン1内に前記メタクリル酸合成用固体触媒本体を4500g充填し、スプレーノズル13を装着した通風治具10を設置した。通風治具10の給気ノズル12には加熱空気ラインを接続し、固定排気円盤7の排気ノズル8には排気ブロワーを設置した。なお、前記メタクリル酸合成用固体触媒本体にコーティングされるメチルセルロースの質量は、メタクリル酸合成用固体触媒本体100質量部に対し0.3質量部とした。このため、噴霧するコーティング液の量を270gとした。
【0064】
パン1は12rpmで回転させた。乾燥用気体として給気ノズル12の直近で100℃の加熱空気を0.4Nm3/minで加熱空気ラインから給気ノズル12を通じてパン1内に導入した。また、パン1内の静圧が−50Paとなるように排気ブロワーの吸引量を調節した。
【0065】
メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が56℃になったところで、スプレーノズル13から3.37g/minで前記コーティング液をメタクリル酸合成用固体触媒本体に噴霧した。コーティング液に5質量%のコーティング剤が含まれるため、それを除した3.2g/minがコーティング液に含まれる溶媒の供給速度となる。したがって、前記式(1)よりコーティングの環境値は8g/Nm3である。メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度を56℃に維持するための加熱空気の温度は84℃であった。コーティング液の噴霧量が270gとなったところでコーティング液の噴霧を止めて、水分を完全に除去するために10分間加熱空気を流し続けた。その後コーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を回収した。該コーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒について充填粉化率を測定したところ、0.02%であった。
【0066】
気相酸化反応については図4に示す反応器20を用いた。前記コーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を内径25.4mm、長さ6mの反応管22に3500g落下充填し、触媒層を形成した。なお、反応管の空洞部(原料ガス入口23側の端部と触媒層との間)には直径6mmのアルミナ球を充填した。反応器20の胴21内には、硝酸カリウム50質量%と亜硝酸ナトリウム50質量%からなる塩溶融物を熱媒体として導入し、胴21内を循環させた。
【0067】
反応管22内部で空気流通下、375℃にて10時間焼成して焼成物を得た。該焼成物に、メタクロレイン6容量%、酸素10容量%、水蒸気15容量%、窒素69容量%の混合ガスを、反応生成ガス出口24で100kPaの下、反応温度285℃、原料ガス流量3500NL/hrで通じてメタクリル酸を合成した。メタクリル酸合成時の反応成績を表1に示す。
【0068】
〔実施例2〕
コーティング液の供給速度を4.63g/min(溶媒の供給速度4.4g/min)とし、メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が62℃となるように加熱空気の温度を97℃にしてコーティングを実施した。それ以外は実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造し、性能評価を行った。なお、コーティングの環境値は11g/Nm3である。結果を表1に示す。
【0069】
〔実施例3〕
コーティング液の供給速度を4.63g/min(溶媒の供給速度4.4g/min)とし、メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が48℃となるように加熱空気の温度を79℃にしてコーティングを実施した。それ以外は実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造し、性能評価を行った。なお、コーティングの環境値は11g/Nm3である。結果を表1に示す。
【0070】
〔実施例4〕
コーティング液の供給速度を2.53g/min(溶媒の供給速度2.4g/min)とし、メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が62℃となるように加熱空気の温度を88℃にしてコーティングを実施した。それ以外は実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造し、性能評価を行った。なお、コーティングの環境値は6g/Nm3であった。結果を表1に示す。
【0071】
〔実施例5〕
コーティング液の供給速度を2.53g/min(溶媒の供給速度2.4g/min)とし、メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が48℃となるように加熱空気の温度を70℃にしてコーティングを実施した。それ以外は実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造し、性能評価を行った。なお、コーティングの環境値は6g/Nm3であった。結果を表1に示す。
【0072】
〔比較例1〕
コーティング液の供給速度を3.37g/min(溶媒の供給速度3.2g/min)とし、メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が80℃となるように加熱空気の温度を115℃にしてコーティングを実施した。それ以外は実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造し、性能評価を行った。なお、コーティングの環境値は8g/Nm3であった。結果を表1に示す。
【0073】
〔比較例2〕
コーティング液の供給速度を3.37g/min(溶媒の供給速度3.2g/min)とし、メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が40℃となるように加熱空気の温度を63℃にしてコーティングを実施した。それ以外は実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造した。しかし、コーティング液の溶媒の蒸発が追いつかず、固体触媒がパン1の内壁に付着したためコーティングを中止した。なお、コーティングの環境値は8g/Nm3である。結果を表1に示す。
【0074】
〔比較例3〕
コーティング液の供給速度を6.74g/min(溶媒の供給速度6.4g/min)とし、メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が80℃となるように加熱空気の温度を131℃にしてコーティングを実施した。それ以外は実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造し、性能評価を行った。なお、コーティングの環境値は16g/Nm3である。結果を表1に示す。
【0075】
〔比較例4〕
コーティング液の供給速度を6.74g/min(溶媒の供給速度6.4g/min)とし、メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が40℃となるように加熱空気の温度を79℃にしてコーティングを実施した。それ以外は実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造した。しかし、コーティング液の溶媒の蒸発が追いつかず、固体触媒がパン1の内壁に付着したためコーティングを中止した。なお、コーティングの環境値は16g/Nm3である。結果を表1に示す。
【0076】
〔比較例5〕
コーティング液の供給速度を1.68g/min(溶媒の供給速度1.6g/min)とし、メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が80℃となるように加熱空気の温度を107℃にしてコーティングを実施した。それ以外は実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造し、性能評価を行った。なお、コーティングの環境値は4g/Nm3である。結果を表1に示す。
【0077】
〔比較例6〕
コーティング液の供給速度を1.68g/min(溶媒の供給速度1.6g/min)とし、メタクリル酸合成用固体触媒本体の表面温度が40℃となるように加熱空気の温度を55℃にしてコーティングを実施した。それ以外は実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造した。しかし、コーティング液の溶媒の蒸発が追いつかず、固体触媒がパン1の内壁に付着したためコーティングを中止した。なお、コーティングの環境値は4g/Nm3である。結果を表1に示す。
【0078】
〔比較例7〕
メチルセルロースのコーティングを行わないこと以外は、実施例1と同様にしてコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒を製造し、評価を行った。結果を表1に示す。
【0079】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明に係る方法により製造されるコーティングされたメタクリル酸合成用触媒は、移送時、反応器への充填時等に粉化又は崩壊することが少なく、メタクリル酸合成時のメタクリル酸の選択率、及びメタクリル酸の単流収率が向上し、メタクリル酸の製造に有用である。
【符号の説明】
【0081】
1 :コーティング容器(パン)
2 :多孔部分
3 :ダクト
4 :摺り円盤
5a:連結口
5b:連結口
6 :回転軸
7 :固定排気円盤
8 :排気ノズル
9 :開口部
10:通風治具
11:Oリング
12:給気ノズル
13:スプレーノズル
14:開閉扉
20:反応器
21:胴
22:反応管
23:原料ガス入口
24:反応生成ガス出口
25:熱媒体入口
26:熱媒体出口
27:ポンプ
28:加熱装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を合成するためのコーティングされた固体触媒の製造方法であって、
セルロースを溶媒に溶解したコーティング液を固体触媒本体に噴霧し付着させると共に、乾燥用気体を該固体触媒本体に吹きかけることにより該溶媒を気化させ、該固体触媒本体100質量部に対し0.1〜5質量部のセルロースを該固体触媒本体表面にコーティングする工程を含み、
前記工程において下記式(1)で表されるコーティングの環境値
【数1】

が5〜12g/Nm3であり、且つ
前記固体触媒本体の表面温度が45〜70℃であるコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法により製造されるコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒。
【請求項3】
請求項2に記載のコーティングされたメタクリル酸合成用固体触媒の焼成物を用いてメタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造するメタクリル酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−5992(P2012−5992A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−146184(P2010−146184)
【出願日】平成22年6月28日(2010.6.28)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】