説明

コーティングされた歯科用移植物

【課題】歯科用移植物上への歯肉の充分な取り込みを可能にし、これによって、とりわけ、歯肉溝および歯肉の細菌感染を予防する、コーティングされた歯科用移植物、ならびにこの移植物を患者に移植した際に、歯肉溝の形成および細菌感染を予防するための、このコーティングされた歯科用移植物を使用する方法の提供。
【解決手段】コーティングは、この移植物材料の表面の少なくとも一部分に塗布されており、ここで、この生体適合性コーティングは、ポリマーのビス−ポリ−トリフルオロエトキシ−ポリホスファゼンを含有し、(i)歯肉縁の形成が実質的になく、(ii)コーティングされた歯科用移植物の近くの歯肉の細菌感染が実質的になく、そして(iii)コーティングされた歯科用移植物の、改善された長期間の耐性を生じる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用移植物上への歯肉の充分な取り込みを可能にし、これによって、とりわけ、歯肉溝および歯肉の細菌感染を予防する、コーティングされた歯科用移植物、ならびにこの移植物を患者に移植する際の、歯肉溝の形成および細菌感染を予防するための、このコーティングされた歯科用移植物を使用する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人工移植物に由来する、もっとも重大な公知の合併症の1つは、患者における移植物の表面での栓球の増加した体積である。この合併症を取り扱う可能性は、コーティングされた移植物を使用することである。例えば、DE 196 13 048は、生体適合性コーティングを有する人工移植物を記載し、このコーティングは、抗トロンボゲン特性を有する化合物を含有する。
【0003】
人工歯科用移植物の頻繁な問題は、歯肉と歯科用移植物との間の不十分な接続にある;すなわち、患者への移植の際の、歯肉上への歯科用移植物の不十分な組織一体化である。不十分な接続は、しばしば、歯肉溝の形成、および細菌感染の増加した危険性を生じる。これは、最悪の場合には、歯科用移植物の損失に関連する、重篤な炎症を引き起こし得る。
【0004】
現在まで、歯肉溝の形成なしで、もしくは少なくとも減少させて、そして/または細菌感染の危険性なしで、もしくは少なくとも減少させて、歯肉を歯科用移植物上に十分に取り込むための、有望な解決法は、当該分野において公知ではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、患者への移植の際に、歯科用移植物上への歯肉の充分な取り込みを可能にし、これによって、歯肉溝の形成を十分に予防し、細菌感染の危険性を少なくとも最小にし、そしてこの歯科用移植物の長期間の耐性を改善する、人工歯科用移植物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
具体的には、本発明は、生体適合性コーティングを有する歯科用移植物材料を備える歯科用移植物に関し、このコーティングは、この移植物材料の表面の少なくとも一部分に塗布されており、ここで、この生体適合性コーティングは、この歯科用移植物上への歯肉の充分な取り込みを可能にし、(i)歯肉縁の形成が実質的になく、(ii)コーティングされた歯科用移植物の近くの歯肉の細菌感染が実質的になく、そして(iii)コーティングされた歯科用移植物の、改善された長期間の耐性を生じる。
【0007】
表現「表面の少なくとも一部分」とは、移植物材料の表面の、移植の際に患者の歯肉と接触するべき一部分を意味する。
【0008】
本発明の別の目的は、本願の歯科用移植物の、患者への移植の際に、(i)歯科用移植物における歯肉溝の形成を予防する方法、(ii)歯科用移植物における歯肉の細菌感染を予防する方法、および(iii)歯肉を歯科用移植物上に取り込む方法を提供することである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(発明の詳細な説明)
本発明の好ましい実施形態において、歯科用移植物は、生体適合性コーティングを有する移植物材料を備え、このコーティングは、この移植物材料の表面の少なくとも一部分に塗布されており、ここで、この生体適合性コーティングは、一般式(I):
【0010】
【化5】

【0011】
を有するポリマーを含有する。
ここで、nは、2〜∞であり、
R1〜R6は、同じかまたは異なり、そしてアルコキシ基、アルキルスルホニル基、ジアルキルアミノ基、またはアリールオキシ基、あるいはヘテロ原子として窒素を有するヘテロシクロアルキル基またはヘテロアリール基を表す。
【0012】
式(I)のポリマーにおいて、基R1およびR2のうちの少なくとも1つは、少なくとも1つのフッ素原子で置換されたアルコキシであることが好ましい。
【0013】
式(I)のポリマーにおいて、アルコキシ基、アルキルスルホニル基およびジアルキルアミノ基におけるアルキル基は、例えば、直鎖または分枝鎖の、1〜20個の炭素原子を有するアルキル基であり、ここで、これらのアルキル基は、例えば、少なくとも1つのハロゲン原子(例えば、フッ素原子)で置換され得る。
【0014】
アルコキシ基の例は、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、およびブトキシ基であり、これは、好ましくは、少なくとも1つのフッ素原子で置換され得る。2,2,2−トリフルオロエトキシ基が、特に好ましい。
【0015】
アルキルスルホニル基の例は、メチルスルホニル基、エチルスルホニル基、プロピルスルホニル基およびブチルスルホニル基である。
【0016】
ジアルキルアミノ基の例は、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、ジプロピルアミノ基およびジブチルアミノ基である。
【0017】
アリールオキシ基におけるアリール基は、例えば、1つ以上の芳香族環系を有する化合物であり、ここで、このアリール基は、例えば、上で定義されるような少なくとも1つのアルキル基で置換され得る。
【0018】
アリールオキシ基の例は、フェノキシ基およびナフトキシ基、ならびにこれらの誘導体である。
【0019】
ヘテロシクロアルキル基は、例えば、3〜7個の原子を含み、これらの環原子のうちの少なくとも1つが窒素原子である、環系である。このヘテロシクロアルキル基は、例えば、上で定義されるような少なくとも1つのアルキル基で置換され得る。ヘテロシクロアルキル基の例は、ピペリジニル基、ピペラジニル基、ピロリジニル基およびモルホリニル基、ならびにこれらの誘導体である。
【0020】
ヘテロアリール基は、例えば、1つ以上の芳香族環系を有し、少なくとも1つの環原子が窒素原子である、化合物である。ヘテロアリール基は、例えば、上で定義されるような少なくとも1つのアルキル基で置換され得る。ヘテロアリール基の例は、ピロリル基、ピリジニル基、ピリジノリル基、イソキノリニル基、およびキノリニル基、ならびにこれらの誘導体である。
【0021】
本発明の好ましい実施形態において、生体適合性コーティングは、ポリマーのビス−ポリ−トリフルオロエトキシ−ポリホスファゼンを含有する。
【0022】
式(I)のポリマー(例えば、ビス−ポリ−トリフルオロエトキシ−ポリホスファゼン)の生成は、ヘキサクロロシクロトリホスファゼンで開始され、当該分野において公知である。ヘキサクロロシクロトリホスファゼンの重合は、Korsakら、Acta Polymerica 30,No.5,245−248頁(1979)に明瞭に記載されている。この重合によって生成されるポリジクロロホスファゼンのエステル化は、Fear,ThowerおよびVeitch,J.Chem.Soc.1324頁(1958)に記載されている。
【0023】
本発明による歯科用移植物の生体適合性コーティングは、例えば、約1nm〜約100μm、好ましくは、約10nm〜約10μm、そしてより好ましくは、約1μmまでの厚さを有する。
【0024】
コーティングされていない歯科用移植物に対して使用されるべき材料には、特定の限定はない。これは、歯科用移植物のために有用な任意の移植物材料であり得る。具体的には、この歯科用移植物材料は、金属、合金、ポリマー材料またはセラミック材料であり得る。例えば、金属材料は、チタンであり得る。本発明の好ましい実施形態において、チタンは、電気研磨されて、コーティングされていない歯科用移植物のTiO2表面を得る。
【0025】
本発明の1つの実施形態において、接着促進剤を含有する層が、コーティングされていない歯科用移植物の表面と、生体適合性コーティングとの間に提供される。この接着促進剤(またはスペーサー)は、例えば、有機ケイ素化合物であり、好ましくは、アミノ末端を有するシランまたはアミノシランに基づく化合物、あるいはアルキルリン酸である。アミノプロピルトリメトキシシランが、特に好ましい。
【0026】
この接着促進剤は、この接着促進剤を歯科用移植物材料の表面に結合させること(例えば、イオン結合および/または共有結合による)によって、そしてさらに、この接着促進剤を反応性成分(特に、生体適合性コーティングのポリマー)に結合させること(例えば、イオン結合および/または共有結合による)によって、歯科用移植物材料の表面への生体適合性コーティングの接着を、特に改善する。
【0027】
本発明の歯科用移植物上への歯肉の驚くべきほど改善された取り込みは、本発明による歯科用移植物の生体適合性コーティングが、生物学的表面および生理学的表面の模倣を生じる変性なしでの、可逆的なネイティブタンパク質を吸着する機構に基づき得るが、これに限定されない。本発明の歯科用移植物のこの独特の特性は、歯肉溝の形成なしでの、改善されかつ加速された、歯肉の歯科用移植物上への取り込みを可能にする。さらに、歯肉の細菌感染が、本発明による歯科用移植物の患者への移植の際に、この移植物において、予防され得、そして本発明の歯科用移植物の長期間の耐性が、改善され得る。
本発明は、ここで、以下の実施例おいてさらに説明されるが、これらに限定されない。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
(細胞試験)
コーティングされたチタンプレートおよびコーティングされていないチタンプレートを、それらの生体適合性に関して試験した。
【0029】
試験を、30000細胞/cm2の密度を有するHEKn−Keratinozyteを用いて、異なるコーティングされたチタンプレートおよびコーティングされていないチタンプレートに対して実施した。これらの細胞のインキュベーションを、EpiLife培地中で、37℃で5%CO2の雰囲気で、インキュベーター内で実施した。新たな細胞の増殖を、試験段階の間に新たに発生した細胞をブロモデスオキシウリジンでマーキングし、そして抗体反応によって生じた色の、Elisa−Readerで620nmでの強度を比較することによって、測定した。
【0030】
(結果)
Polyzene−Fでコーティングされたチタンプレートは、24時間後に、むき出しのチタンにおいて見出されたものよりも有意に多数の新たに発生した細胞を示した。Ti=100%に対して、Ti−Polyzene−F=150%。
【0031】
(実施例2)
15個の従来の歯科用移植物(Dr.Ihde Dental GmbH,Munich,Allfit(登録商標) STI,から市販されており、直径4.1mm、それぞれ長さ11mmおよび13mmの大きさ)(純粋なチタン製)を、電気研磨した(Admedes Schuessler GmbH,Pforzheimから市販されている)。この手順は、純粋なTiO2表面を提供する。1200万を超える分子量を有し、Cl濃度が0.0005%未満である、非常に精製された線状Polyzene−F(ビス−ポリ−トリフルオロ−エトキシ−ホスファゼン、Polyzenix GmbH,Ulmから市販されている)を、歯科用移植物の表面全体に塗布した。いかなるコーティングもされていない15個の歯科用移植物を、コントロールとして使用した。これらの歯科用移植物の各々を、患者の顎骨に移植し、そして歯肉組織のこの歯科用移植物上への一体化を評価した。
【0032】
移植の約8週間後、本発明に従う歯科用移植物は、この歯科用移植物上への歯肉の完全な取り込みを示し、そして歯肉溝が観察されなかった。これと対照的に、コントロール群の歯科用移植物は、この歯科用移植物上への歯肉の充分な取り込みを示さず、そして2mmより大きい深さでの歯肉溝の明らかな形成を示した。いくつかの場合には、すでに細菌感染を伴ったことが、この患者において観察された。
【0033】
本発明による歯科用移植物は、患者への移植の際に、歯肉の、歯科用移植物上への取り込みを急激に改善する。この驚くべき結果は、歯肉溝の形成を予防し、従って、細菌感染の危険性が、予防されない場合には、最小化され得る。その結果として、本発明の歯科用移植物上への歯肉の充分な取り込みは、この歯科用移植物の損失をかなり減少させるか、または予防し、そしてこの歯科用移植物の長期間の耐性を改善する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯科用移植物であって、該歯科用移植物は、生体適合性コーティングを有する移植物材料を備え、該コーティングは、該移植物材料の表面の少なくとも一部分に塗布される、歯科用移植物。
【請求項2】
前記生体適合性コーティングが、一般式(I):
【化1】

を有するポリマーを含有し、ここで、R1〜R6は、同じかまたは異なり、そしてアルコキシ基、アルキルスルホニル基、ジアルキルアミノ基またはアリールオキシ基、あるいはヘテロ原子として窒素を有するヘテロシクロアルキル基またはヘテロアリール基を表す、請求項1に記載の歯科用移植物。
【請求項3】
前記基R1およびR2のうちの少なくとも1つが、少なくとも1つのフッ素基で置換されたアルコキシ基である、請求項2に記載の歯科用移植物。
【請求項4】
前記生体適合性コーティングが、ビス−ポリ−トリフルオロエトキシ−ポリホスファゼンを含有する、請求項1に記載の歯科用移植物。
【請求項5】
患者への移植の際に、歯科用移植物における歯肉溝の形成を防止する方法であって、該方法は、生体適合性コーティングを有する移植物材料を備える歯科用移植物の使用を包含し、該生体適合性コーティングは、該移植物材料の表面の少なくとも一部分に塗布されている、方法。
【請求項6】
前記生体適合性コーティングが、一般式(I):
【化2】

を有するポリマーを含有し、ここで、R1〜R6は、同じかまたは異なり、そしてアルコキシ基、アルキルスルホニル基、ジアルキルアミノ基またはアリールオキシ基、あるいはヘテロ原子として窒素を有するヘテロシクロアルキル基またはヘテロアリール基を表す、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記基R1およびR2のうちの少なくとも1つが、少なくとも1つのフッ素基で置換されたアルコキシ基である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記生体適合性コーティングが、ビス−ポリ−トリフルオロエトキシ−ポリホスファゼンを含有する、請求項5に記載の方法。
【請求項9】
患者への移植の際に、歯科用移植物における歯肉の細菌感染を防止する方法であって、該方法は、生体適合性コーティングを有する移植物材料を備える歯科用移植物の使用を包含し、該生体適合性コーティングは、該移植物材料の表面の少なくとも一部分に塗布されている、方法。
【請求項10】
前記生体適合性コーティングが、一般式(I):
【化3】

を有するポリマーを含有し、ここで、R1〜R6は、同じかまたは異なり、そしてアルコキシ基、アルキルスルホニル基、ジアルキルアミノ基またはアリールオキシ基、あるいはヘテロ原子として窒素を有するヘテロシクロアルキル基またはヘテロアリール基を表す、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記基R1およびR2のうちの少なくとも1つが、少なくとも1つのフッ素基で置換されたアルコキシ基である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記生体適合性コーティングが、ビス−ポリ−トリフルオロエトキシ−ポリホスファゼンを含有する、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
患者への移植の際に、歯科用移植物に歯肉を取り込む方法であって、該歯科用移植物は、生体適合性コーティングを有する移植物材料を備え、該生体適合性コーティングは、該移植物材料の表面の少なくとも一部分に塗布されている、方法。
【請求項14】
前記生体適合性コーティングが、一般式(I):
【化4】

を有するポリマーを含有し、ここで、R1〜R6は、同じかまたは異なり、そしてアルコキシ基、アルキルスルホニル基、ジアルキルアミノ基またはアリールオキシ基、あるいはヘテロ原子として窒素を有するヘテロシクロアルキル基またはヘテロアリール基を表す、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記基R1およびR2のうちの少なくとも1つが、少なくとも1つのフッ素基で置換されたアルコキシ基である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記生体適合性コーティングが、ビス−ポリ−トリフルオロエトキシ−ポリホスファゼンを含有する、請求項13に記載の方法。

【公開番号】特開2011−93911(P2011−93911A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2010−276374(P2010−276374)
【出願日】平成22年12月10日(2010.12.10)
【分割の表示】特願2006−504884(P2006−504884)の分割
【原出願日】平成16年3月26日(2004.3.26)
【出願人】(502368901)セロノヴァ バイオサイエンスィズ ジャーマニー ゲーエムベーハー (3)
【Fターム(参考)】