説明

コーヒー酸誘導体の生産方法

【課題】コーヒー酸誘導体を効率よく生産する方法を提供する。
【解決手段】ムラサキ科植物の細胞を培養し培養物よりコーヒー酸誘導体を分離する。
【効果】これまで報告されている植物や培養細胞において、微量化合物としてしか含まれていなかったコーヒー酸誘導体が飛躍的に大量に生産される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ムラサキ科(Boraginaceae)に属し、コーヒー酸誘導体を生産する能力を有する植物の細胞または組織の培養物からのコーヒー酸誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コーヒー酸由来の化合物についての有用性については幾つかの報告がなされており、コーヒー酸のエステル、アミドを構造に含む化合物については局所適用に用いる脱色素用医薬または化粧用組成物としての利用、コーヒー酸の4量体であるリソスペルミン酸Bおよびその誘導体については血管拡張効果、抗エイズ作用、ラブドシンについてはDNAトポイソメラーゼII阻害作用、活性酸素スカベンジャーとしての作用が知られている。
【0003】
これら化合物の天然の植物体に含まれる含量は非常に低いものであり、その例としてはヘリオトープの葉部でリソスペルミン酸が1.06%、リソスペルミン酸Bが0.34%であり、根部でリソスペルミン酸が1.39%、リソスペルミン酸Bが0.04%、in vitro plantの葉部においてもリソスペルミン酸が0.57%、リソスペルミン酸Bが0.42%(いずれも乾燥重あたり)であることが報告されている(植物組織培養 (1996),13(1),73-74)。
【0004】
また、コーヒー酸4量体リソスペルミン酸Bおよび2量体ロズマリン酸の植物組織培養法を利用した生産研究についてはシソ科(Lamiaceae)植物であるSalvia miltiorrhizaを材料とした研究がなされており、カルス培養ではリソスペルミン酸Bが0.1%およびロズマリン酸が1.24%、カルスより再生した植物体の葉部ではリソスペルミン酸Bが6.05%およびロズマリン酸が6.96%であることが報告されている(J. Nat. Prod. (1994), 57(6), 817-823)。
【0005】
これまで植物組織培養法を用いた有用物質生産検討は数多くの植物についてなされており、生産された有用物質は医薬品、色素などへの利用展開が検討されてきた。ムラサキ科植物においても古くからムラサキ(Lithospermum erythrorithon)培養細胞によるシコニン生産研究がなされており、細胞の生育に適したMG−5培地とシコニン生産に適したM−9培地を組み合わせた二段培養法によりシコニンを高生産する技術が確立している(Fujita Y. et al, Plant Cell Rep., (1981), 1, 61-63)。しかし、ムラサキ科植物の培養細胞または組織を培養することでコーヒー酸誘導体の生産性が飛躍的に向上することは知られていなかった。
【非特許文献1】植物組織培養 (1996),13(1),73-74
【非特許文献2】J. Nat. Prod. (1994), 57(6), 817-823
【非特許文献3】Fujita Y. et al, Plant Cell Rep., (1981), 1, 61-63
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ムラサキ科(Boraginaceae)に属し、コーヒー酸誘導体を生産する能力を有する植物の細胞または組織を培養して得られる培養物から、該コーヒー酸誘導体を分離することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者らは英意研究を重ねた結果、ムラサキ科植物がコーヒー酸誘導体を生産することを見出し、本発明を成すに至った。
【0008】
即ち、本発明はムラサキ科(Boraginaceae)に属し、コーヒー酸誘導体を生産する能力を有する植物の細胞または組織を培養して得られる培養物から、該コーヒー酸誘導体を分離することを特徴とするコーヒー酸誘導体の製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ムラサキ科(Boraginaceae)に属し、コーヒー酸誘導体を生産する能力を有する植物の細胞または組織を培養条件をコントロールして培養することにより、これまで報告されている植物種や培養細胞においては微量化合物としてしか含まれていなかったコーヒー酸誘導体の生産が飛躍的に促進されることから、興味深い薬理活性を有するコーヒー酸誘導体を効率よく生産することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明において、コーヒー酸誘導体を生産に使用される植物としてはムラサキ科植物に属し、コーヒー酸誘導体を生産する植物であり、例えば、ムラサキ(Lithospermum erythrorhizon)、ホタルカズラ(Lithospermum zollingeri)、ミヤマホタルカズラ(Lithospermum diffusum)、イヌムラサキ(Lithospermum arvense L.)、ロヘンシソウ(Lithospermum ruderale)、テンザンシソウ(Lithospermum tschimganicum B. Fedtsch)、カシソウ(Arnebia guttata Bge.)、ナンシソウ(Arnebia euchroma (Royle) Johnst)、パミールカシソウ(Arnebia thomsonii Clarke)、シトウソウ(Arnebia saxatilis Benth. et Hook.)、テンシソウ(Onosma paniculatum Bur. et Franch)、チョウカテンシソウ(Onosmahookeri Clarke var. longiflorum Duthie)などをあげることができ、中でもムラサキが好ましい。
【0011】
本発明におけるコーヒー酸誘導体としては下記の一般式(1)
【0012】
【化1】

【0013】
[式中、Rは水素原子、又は炭素数1〜6のアルキル基を表す。]を有する化合物、または下記の式(化2)に示すエピラブドシン(epi-rabdosiin)である。
【0014】
【化2】

【0015】
一般式1における炭素数1〜6のアルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基等を挙げることができる。
【0016】
一般式1に含まれる化合物の好適例としてはリソスペルミン酸B(LA−B)(化3)、リソスペルミン酸−2(LAB−2)等を挙げることができる。
【0017】
【化3】

【0018】
本発明で用いられる培地としては、次に示す(1)〜(16)濃度条件のうち少なくとも1以上の条件を満たす培地であれば良い。
(1) 窒素源のうちアンモニウムイオンの割合が10モル%以下、
(2) 銅イオン濃度が0.2μM以上、
(3) サイトカイニン類の濃度:5μM以下、
(4) イノシトール濃度:50mg/l以下、
(5) チアミン濃度:0.05mg/l以下、
(6) ピリドキシン濃度:0.25mg/l以下、
(7) ニコチン酸濃度:0.5mg/l以下、
(8) アスコルビン酸濃度:1.0mg/l以下、
(9) グリシン濃度:1.0mg/l以下、
(10) L−システイン濃度:5.0mg/l以下、
(11) L−グルタミン濃度:5.0mg/l以下、
(12) 硫酸イオン濃度:0.1mM以下、
(13) マンガンイオン濃度:10μM以下、
(14) モリブデンイオン濃度:0.003μM以下、
(15) ヨウ素イオン濃度:2.0μM以下、
(16) 流動パラフィンおよび/または油脂濃度:10ml/l以上。
その中でも、本発明で用いられる培地としては、M−9培地が特に好ましい。
【0019】
ムラサキ科植物の培養細胞または組織を培養することにより得られる培養物からコーヒー酸誘導体を採取するための好ましい例としては、次の方法が挙げられる。尚、培養物とは培養を行う際の培養細胞、組織、培地を示す。
【0020】
ムラサキ科植物の一部、例えば根、生長点、葉、茎、種子などから採取される植物片を殺菌処理後、ゲランガムで固めたリンスマイヤー・スクーグ培地などの固体培地上に置床し、10〜35℃で14〜60日程度経過させて組織片の一部から、カルスを生成させる。このようにして得られたカルスを継代培養すると生育速度が漸次高まり安定化したカルスが得られる。ここで、安定化したカルスとは、培養中に目的外の器官分化が起こらない状態を保持する性質をもちカルスの生育速度が均質であるものをいう。
【0021】
この安定化したカルスを増殖に適した液体培地、例えばリンスマイヤー・スクーグの液体培地に移して増殖させる。液体培地において更に生育速度が高められる。
【0022】
本発明の培養のための温度としては、通常は約10〜35℃、特に23〜28℃が増殖速度が大きいので好適である。また、培養期間としては、7〜42日間が好適である。
【0023】
また、光照射条件下で培養を行うことにより、コーヒー酸誘導体の生産を抑制することなく、同時に生産されるシコニン系化合物の生産を抑制することが可能であり、光照射条件下での培養はコーヒー酸誘導体の分離精製を効率よく行うことに有利である。本発明の培養のための光照射培養における照度としては、通常は500〜20000ルクス、特に2000〜10000ルクスが好適である。
【0024】
培養された細胞は、公知の方法で植物体に再分化させ、優良系統選抜などの育種用途に使用することができる。また、培養細胞および/または培地から目的とするコーヒー酸誘導体を有機溶媒による抽出等の方法によって分離することができる。
【0025】
コーヒー酸誘導体の抽出に用いられる有機溶媒としては、コーヒー酸誘導体が溶解する有機溶媒であれば特に制限はなく、メチルアルコール、エチルアルコール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、イソブチルアルコール、酢酸エチル、クロロホルム、アセトン、ヘキサンなどを挙げることができる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例、比較例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕
リンスマイヤー・スクーグ(LS)の寒天固体培地に、前もって2%アンチホルミン溶液または70%エタノール溶液等で滅菌処理したムラサキの子葉の組織片を置床し、25℃、暗所にて静置培養してムラサキのカルスを得た。継代を繰り返すことにより、数多くのフラスコからp−O−β−D−グルコシル安息香酸(PHBOG)含量が高く維持されたM−18TOM株を取得した。また、継代の過程で細胞がシコニンを全く生産しないCO株を取得した。次にM−18TOM株のカルス1g(新鮮重)をLSの液体培地(ただし植物ホルモン類として1μMインドール酢酸および10μMカイネチン、炭素源として30g/lシュークロースを含む)20ml入りの三角フラスコに移し、ロータリーシェーカー上で旋回培養(振幅25mm、100rpm)し、14日毎に継代し、カルスの生育速度を速めた。液体培養による継代過程において試験的にM−9の液体培地で培養したところ、シコニンを生産する培養細胞の入ったフラスコと生産しない培養細胞が入ったフラスコがあり、生産する培養細胞をM−18TOM株、生産しない培養細胞をWM18株とした。
【0027】
このようにして得られたM−18TOM株培養細胞を、M−9の液体培地で20ml入りの三角フラスコに移し、ロータリーシェーカー上で旋回培養(振幅25mm、100rpm)し、暗所下、21日間培養した。得られた培養物を濾紙を用いて細胞と培地に分離した後、細胞1g(新鮮重)に対して10mlのメタノールを加え、ソニケーターを用いて0℃、90分間超音波処理することによりコーヒー酸誘導体の抽出を行った。得られた抽出液に対し、定量のための内部標準として1mg/mlβ−ナフトール(n−ブタノール溶液)を加え、15000rpmで5分間遠心分離し、n−ブタノール相を以下に示す条件により高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分析した。また、培地20mlに対し、1mg/mlβ−ナフトール(n−ブタノール溶液)を加え、更に20mlのn−ブタノールを加えて15000rpmで5分間遠心分離し、n−ブタノール相を以下に示す条件によりHPLCで分析した。HPLC分析結果のクロマトグラムを図2に、コーヒー酸誘導体を含むフェニルプロパノイドの含量を表1に示す。
【0028】
(HPLC分析条件)
カラム:Hikalisil C18 (4.6×250mm)
移動相:1%のアルコールを含むCH3CN/H2O(linear gradient condition)
流 量:1ml/min.
オーブン温度:40℃
検出波長:254nm
Gradient conditionは図1のとおり。
【0029】
〔比較例1〕
実施例1に於いて、M−9の液体培地の代わりにLSの液体培地で培養した以外は該実施例と同様に操作した。その結果を図2および表1に示す。
【0030】
〔実施例2〕
実施例1に於いて、M−18TOM株 の代わりにCO株を用いたこと以外は該実施例と同様に操作した。その結果を表1に示す。
【0031】
〔比較例2〕
実施例2に於いて、M−9の液体培地の代わりにLSの液体培地で培養した以外は該実施例と同様に操作した。その結果を表1に示す。
【0032】
〔実施例3〕
実施例1に於いて、M−18TOM株 の代わりにWM18株を用いたこと以外は該実施例と同様に操作した。その結果を表1に示す。
【0033】
〔比較例3〕
実施例3に於いて、M−9の液体培地の代わりにLSの液体培地で培養した以外は該実施例と同様に操作した。その結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
〔実施例4〕
インタクトのムラサキ植物の上、中、下部の葉、茎部、根部、側根部から実施例1に示した抽出方法によりコーヒー酸誘導体を含むフェニルプロパノイドの抽出を行い、更に該実施例に示したHPLC条件により分析を行い、含量を求めた。その結果を表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
〔実施例5〕
実施例1に於いて、培養期間を0,2,4,7,14,21日と継時的に変化させた以外は該実施例と同様に操作した。その結果を図3に示す。
【0038】
〔比較例4〕
実施例5に於いて、M−9の液体培地の代わりにLSの液体培地で培養した以外は該実施例と同様に操作した。その結果を図4に示す。
【0039】
〔実施例6〕
ムラサキ培養細胞をLSの液体培地またはM−9の液体培地20ml入りの三角フラスコに移し、ロータリーシェーカー上で旋回培養(振幅25mm、100rpm)し、暗所下または光照射条件下で21日間培養した。得られた培養物から実施例1に示した抽出方法によりコーヒー酸誘導体を含むフェニルプロパノイドの抽出を行い、更に該実施例に示したHPLC条件により分析を行い、含量を求めた。その結果を図5に示す。
【0040】
〔実施例7〕
実施例6に於いて、培養フラスコ内に3ml流動パラフィンを添加して培養した以外は該実施例と同様に操作した。その結果を図5に示す。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】HPLCにおけるグラジエントコンディションを示すグラフである。
【図2】M−9培地で培養した細胞の抽出液をHPLC分析したクロマトグラム(上部、実施例1)、またはLS培地で培養した細胞の抽出液をHPLC分析したクロマトグラム(下部、比較例1)を比較した図である。
【図3】M−9培地で培養した培養細胞の生育(白丸印)およびPHBOG含量(白三角印)およびコーヒー酸誘導体含量(エピラブドシン:黒丸印、リソスペルミン酸B−2:白四角印、ロズマリン酸:黒三角印、リソスペルミン酸B:黒四角印)の経時変化を示すグラフである。
【図4】LS培地で培養した培養細胞の生育(白丸印)およびPHBOG含量(白三角印)およびコーヒー酸誘導体含量(エピラブドシン:黒丸印、リソスペルミン酸B−2:白四角印、ロズマリン酸:黒三角印、リソスペルミン酸B:黒四角印)の経時変化を示すグラフである。
【図5】コーヒー酸誘導体生産に対する光の影響を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ムラサキ科(Boraginaceae)に属し、コーヒー酸誘導体を生産する能力を有する植物の細胞または組織を培養して得られる培養物から、該コーヒー酸誘導体を分離することを特徴とするコーヒー酸誘導体の製造方法。
【請求項2】
ムラサキ科植物がLithospermum erythrorhizonである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
コーヒー酸誘導体が、下記の一般式(1)
【化1】

[式中Rは水素原子、又は炭素数1〜6のアルキル基を表す。]で示される化合物ある請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
コーヒー酸誘導体が、エピラブドシンである請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
光照射条件下で培養を行うことを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−92954(P2008−92954A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−280482(P2007−280482)
【出願日】平成19年10月29日(2007.10.29)
【分割の表示】特願平10−240677の分割
【原出願日】平成10年8月26日(1998.8.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成10年4月1日 社団法人日本農芸化学会開催の「日本農芸化学会1998年度大会」において文書をもって発表
【出願人】(501123547)北海道三井化学株式会社 (8)
【Fターム(参考)】