説明

ゴム中の遊離イオウの定量方法

【課題】 一般的な試薬および分析装置を用いて簡易に測定を行うことのできるゴム中の遊離イオウの定量方法を提供する。
【解決手段】ゴム試料をクロロホルムに溶解し、ジエチルエーテルを攪拌しながら加えて、ゴム試料を沈殿させて遊離イオウをジエチルエーテルに溶解させ、遊離イオウを含むジエチルエーテル溶液を減圧乾固させた後、得られた乾固物をクロロホルムに再溶解し、得られたクロロホルム溶液を液体クロマトグラフィーにて定量するゴム中の遊離イオウの定量方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴム中の遊離イオウの定量方法に関し、詳しくは液体クロマトグラフィーを用いるゴム中の遊離イオウの定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゴム中には、ゴムと化学的に結合していない状態で存在する遊離イオウが含まれている。特に、ゴムがイオウ変性クロロプレンゴムの場合、遊離イオウの含有量が多くなる。この遊離イオウは、例えば熱が加わった場合にはゴム中より揮散する場合がある。揮散した遊離イオウが半導体などの電子部品に付着した場合、イオウ被毒等により電子部品に不具合が発生する場合があるため、その対策としてゴム中のフリーイオウ量を規制する必要があり、このため、ゴム中の遊離イオウ量を正確に測定する測定方法が求められていた。
【0003】
遊離イオウの定量方法は非公知文献1に銅網法,亜硫酸ナトリウム法,臭素法の3種が規定されている。このうち銅網法は、試料中の遊離イオウを銅網の存在下でアセトン抽出し、抽出されたイオウと銅とが反応して生成した硫化銅を塩酸で処理し、生成した硫化水素を酢酸カドミウム溶液に通し、ここで生成した硫酸カドミウムをよう素滴定法で定量する方法である。
【0004】
また、亜硫酸ナトリウム法は、試料中の遊離イオウを水溶性の亜硫酸ナトリウムと反応させ、生成したチオ硫酸ナトリウムをよう素滴定法で定量する方法である。
【0005】
臭素法は、試料中の遊離イオウをアセトン抽出し、この抽出物に臭素と水とを加えて反応させ、過剰の塩化バリウム溶液を加えて硫酸バリウムを沈殿させ、この硫酸バリウムの質量を秤量する方法である。
【0006】
しかし、これらの定量方法はいずれも特別な試薬を必要としたり、また、測定までの前処理の段階で多数の工程を必要としたりする方法であるため、簡易さ迅速さの面では必ずしも好ましい方法とはいえなかった。さらに、例えば銅網法や亜硫酸ナトリウム法は滴定により定量する方法であり、精度の高い分析を行うには操作に熟練を必要とする。このため、例えば上述した不具合の低減を目的に、ゴム部品の製造メーカに測定データの提出を要求する場合にはメーカ毎に測定データのばらつきが発生するおそれがある。
【0007】
特に、ゴムがイオウ変性クロロプレンゴムの場合、チウラムジスルフィド、ジアミノスルフィド及びジメチルカルバミン酸やジブチルカルバミン酸等のイオウ化合物を含むために、上記の従来の定量方法では、遊離イオウだけでなくこれらのイオウ化合物を含んだ全イオウ量として定量され、遊離イオウ量を正確に測定できない。
【0008】
また、特許文献1にはICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)を用いた熱気化導入−ICP質量分析法による溶液中イオウの定量分析方法が開示されている。ここで、上述した不具合の低減を目的に、この熱気化導入−ICP質量分析による遊離硫黄の測定法を各製造メーカ共通の方法として使用するためには、ICP−MSの購入を製造メーカに強いることとなる。
【0009】
しかし、この方法に用いられているICP−MSは高価な分析機器であるため、遊離イオウの分析のためだけに購入するにはコスト面で問題があった。
【0010】
別の方法として、特許文献2には、ゴム試料をメタノールに浸漬し該メタノール中でゴム中の遊離イオウを抽出する抽出過程と、該抽出過程で得られた抽出液からメタノールを除去し該遊離硫黄化合物の濃縮物を得る濃縮過程と、該濃縮過程で得られた該遊離イオウの濃縮物を120℃〜180℃の加熱条件下で硝酸と過塩素酸とを含む分解溶液中で分解し単離のイオウを含む溶液を得る分解過程と、該分解過程で得られた単離のイオウを含む溶液中の単離のイオウを誘導結合プラズマ発光分析装置で分析する方法が提案されている。
【0011】
しかし、この方法では、ゴム中の遊離イオウをメタノールに抽出する抽出効率が悪く、特に、ゴムがイオウ変性クロロプレンゴムの場合、正確な定量が実施できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平10−185874号公報
【特許文献2】特開2003−302394号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】JIS K 6234
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上記事情を考慮してなされたもので、一般的な試薬および分析装置を用いて簡易に測定を行うことのできるゴム中の遊離イオウの定量方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は前記課題を解決するために鋭意検討した結果、本発明を完成させるに至ったものである。すなわち、本発明は、ゴム試料をクロロホルムに溶解する溶解過程と、ジエチルエーテルを攪拌しながら加えて、ゴム試料を沈殿させて遊離イオウを遊離させる遊離過程と、遊離イオウをジエチルエーテルに溶解させ、遊離イオウを含むジエチルエーテル溶液を減圧乾固させる減圧乾固過程と、得られた乾固物をクロロホルムに再溶解する再溶解過程と、得られたクロロホルム溶液を液体クロマトグラフィーにて分析する分析過程とを有することを特徴とするゴム中の遊離イオウの定量方法である。
【0016】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0017】
本発明は、ゴム試料をクロロホルムに溶解する溶解過程と、ジエチルエーテルを攪拌しながら加えて、ゴム試料を沈殿させて遊離イオウを遊離させる遊離過程と、遊離イオウをジエチルエーテルに溶解させ、遊離イオウを含むジエチルエーテル溶液を減圧乾固させる減圧乾固過程と、得られた乾固物をクロロホルムに再溶解する再溶解過程と、得られたクロロホルム溶液を液体クロマトグラフィーにて分析する分析過程とを有するゴム中の遊離イオウの定量方法である。
【0018】
本発明により遊離イオウを定量するゴムは、例えば、クロロプレンゴム、ブタジエンゴム、天然ゴム等があげられる。これらのうち、イオウ変性クロロプレンゴム、イオウ変性ブタジエンゴムの場合に特に効果的に遊離イオウを定量できる。
【0019】
溶解過程では、ゴム試料をクロロホルムに溶解するものである。具体的には、例えば、ゴム試料の表面のタルクを除去し、ハサミで所望の大きさに裁断した後、化学天秤で4桁まで秤量する。その後、ゴムをコニカルビーカー等の容器に入れてからクロロホルムを加え、2時間以上攪拌して溶解する。
【0020】
遊離過程では、ジエチルエーテルを攪拌しながら加えて、ゴム試料を沈殿させて遊離イオウを遊離させるものである。具体的には、例えば、上記でゴムを溶解したクロロホルム溶液にジエチルエーテルを攪拌下で注ぎ、ゴムを析出させ、溶解したままのイオウをゴムから遊離させ、その後、静置する。
【0021】
減圧乾固過程では、遊離イオウをジエチルエーテルに溶解させ、遊離イオウを含むジエチルエーテル溶液を減圧乾固させるものである。具体的には、例えば、上記の静置後の上澄み液を、ナスフラスコ等の容器に移し、少量のジエチルエーテルでコニカルビーカー等の容器の内壁を洗浄し、その洗液をナスフラスコ等の容器に加え、この洗浄を数回行う。その後、ナスフラスコ等の容器を、ロータリーエバポレーター等の減圧乾固可能な装置に設置して、ジエチルエーテルを除去し、乾固物を残留させる。
【0022】
再溶解過程では、得られた乾固物をクロロホルムに再溶解するものである。具体的には、例えば、上記の乾固物の残ったナスフラスコ等の容器にクロロホルムを加え、栓をしてから静置して室温で30分以上完全に溶解する。
【0023】
分析過程では、得られたクロロホルム溶液を液体クロマトグラフィーにて分析するものである。具体的には、例えば、上記のクロロホルム溶液の一部を注射器に取り、ディスポーザブルフィルターで濾過し、サンプル瓶に取る。これを液体クロマトグラフィーのサンプル液とする。
【0024】
リファレンス側に溶離液を流し、その後で、サンプル側に溶離液を流し、ベースラインが安定した後に、クロロホルム液を注射器でインジェクションバルブに入れてループ内を洗浄し、サンプル液を注射器でインジェクションバルブに入れて遊離イオウの分析を実行し、ピーク面積を測定する。
【0025】
別に、遊離イオウを化学天秤で秤量し、100mLのメスフラスコに入れてから、クロロホルムで100mLの秤線に合わせて(メスアップ)、振動・静置して原液とし、1/2に希釈した液及び1/4に希釈した液をメスアップした3種類の液を上記と同様にピーク面積を求めて、検量線を作成する。
【0026】
遊離イオウ量(%)は、ピーク面積(mm)を基にして、検量線と以下の式1から求める。
【0027】
【数1】

(式中、Fは、検量線より求めるピーク面積(mm)からイオウ量(mg/10mL)へ換算するための係数をいう)
【発明の効果】
【0028】
以上述べてきたように、本発明のゴム中の遊離イオウの定量方法は、精度の高い分析を可能とするものである。すなわち、JIS K 6234に示されるような従来の遊離硫黄の定量方法は、遊離硫黄に種々の試薬を反応させ、生成した硫黄化合物を測定する間接的な方法であり、その反応効率により、分析誤差が生じていたが、本発明の定量方法は、ゴム試料を溶媒としてジエチルエーテルに溶解させてから、別の溶媒、クロロホルム溶液に遊離イオウは溶解させたままで、ゴム試料を再析出させ、ゴム試料と遊離イオウを分離すれば、遊離イオウの全量をクロロホルム溶液中に溶解させたまま単離することができ、そのクロロホルム溶液を通常用いられている機器分析装置の液体クロマトグラフィーにより簡便に遊離イオウの定量が可能となる。本発明の方法によれば、遊離イオウの測定誤差を低減することができ、測定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】実施例1で得られた液体クロマトグラフィーのチャートの一例を示す。
【図2】遊離イオウの定量に使用した検量線を示す図である。
【実施例】
【0030】
本発明を以下の実施例でより具体的に説明するが、これらの実施例により本発明は何等限定されるものでない。
【0031】
実施例1
ゴム試料としてイオウ変性クロロプレンゴム(「スカイプレン」(登録商標)R−22、東ソー社製)を使用し、その表面のタルクをサラシ布で除去し、ハサミで裁断して化学天秤で秤量した。その後、イオウ変性クロロプレンゴムを300mLのコニカルビーカーを入れてから50mLのメスシリンダーでクロロホルムを40mL加え、2時間以上攪拌溶解をした。
【0032】
200mLのジエチルエーテルを、上記のコニカルビーカーにガラス棒でかき混ぜながら約1分間で注ぎイオウ変性クロロプレンゴムを析出させ、1時間静置した。
【0033】
静置後の上澄み液を300mLのナスフラスコに移し、5mLのジエチルエーテルで当該コニカルビーカーの内壁を洗い流す洗浄し、この洗浄液を上記ナスフラスコに加え、この洗浄操作を2回実施した。
【0034】
上記のナスフラスコを、ロータリーエバポレーター(東京理化器械製、型式:N−1)に取り付けて、40℃のウオーターバスに入れ、アスピレーターを使用して減圧にして、1時間かけてジエチルエーテルとクロロホルムを除去し、窒素パージを10分間行い、乾固物を残留させた。
【0035】
このナスフラスコ内の乾固物にクロロホルム10mLをホールピペットで、ナスフラスコの内壁を洗い流す様に加え、栓をしてテフロン(登録商標)シールテープでシールし、30分間静置して完全に溶解した。
【0036】
完全に溶解後、この溶解液5ccを注射器に取り、これを口径0.5μmのディスポーザブルフィルターで濾過し、20mLのサンプル瓶に取り、これを液体クロマトグラフィーの供試サンプルとした。以下の表1に示される条件で遊離イオウの定量を実施した。
【0037】
【表1】

送液ポンプの流量(1.4mL/分)に設定して、送液スイッチを入れ、ドレインバルブを反時計廻り一杯に回し、レファレンス側に20から30分間、溶離液を流し、その後、ドレインバルブを時計廻り一杯に回して、溶離液をサンプル側に流した。
【0038】
検出器{RI−8000(東ソー社製)}のレンジが×128、記録計のレンジが×10mVであることを確認してから、チャートスピード5mm/分で約1時間ベースラインの安定するのを待ち、インジェクションバルブをインジェクション側にして2mLのクロロホルムを注射器で注入し、サンプルループ内を洗浄し、この洗浄操作を3回実施した。
【0039】
その後、インジェクションバルブをロード側にして、注射器内のクロロホルムを完全に脱気してから、上記の供試サンプルを1mL注射器に取り、この注射器よりインジェクションバルブより注射器で注入した直後に、インジェクションバルブをインジェクション側にして、検出器のスイッチを押して、分析を開始した。
【0040】
分析開始後、遊離イオウのピークが約48分で出て、その後8分間はチャートを動かし、約1時間で分析は終了した。
【0041】
その際に得られた、液体クロマトグラフィーのチャートの一例を図1に示す。
【0042】
遊離イオウを化学天秤で秤量し、100mLのメスフラスコに取り、クロロホルムでメスアップしてから振動・静置して原液とし、1/2に希釈した液及び1/4に希釈した液をメスアップした3種類の液を上記の操作と同じ操作で液体クロマトグラフィーで遊離イオウのピーク面積を求めて、検量線を作成した。その検量線を図2に示す。
【0043】
この検量線から、遊離イオウのFは、0.0503×10−3(g/mm)となった。
【0044】
=0.0503g×10−3g/mmから、以下の式1から遊離イオウ量(%)を求めた。
【0045】
【数2】

ゴム試料の重量、ピーク面積の測定値及びその測定値から求めた遊離イオウ量を以下の表2に示す。
【0046】
【表2】

この結果から、測定誤差は1.55%と非常に精度の良い定量方法であることが明らかとなった。
【0047】
実施例2
ゴム試料として、イオウ変性していないクロロプレンゴム(「スカイプレン」(登録商標)B−30、東ソー社製)を使用し、イオウ含有量を0.50%とする様にイオウを添加して実施例1と同じ方法で遊離イオウ量(%)を求めた。その結果を表3に示す。
【0048】
【表3】

実施例3
イオウ変性クロロプレンゴム(「スカイプレン」(登録商標)R−10、東ソー社製)を使用した以外は、実施例1と同じ操作でゴム中の遊離イオウを定量した。その結果を表4に示す。
【0049】
【表4】

実施例4
イオウ変性クロロプレンゴム(「スカイプレン」(登録商標)T−505、東ソー社製)を使用した以外は、実施例1と同じ操作でゴム中の遊離イオウを定量した。その結果を表4に示す。
【0050】
実施例5
イオウ変性していないクロロプレンゴム(「スカイプレン」(登録商標)B−30、東ソー社製)を使用し、実施例1と同じ方法で遊離イオウ量(%)を求めた。その結果を表4に示す。
【0051】
比較例1
ゴム試料として、実施例2と同じイオウ変性していないクロロプレンゴム(「スカイプレン」(登録商標)B−30、東ソー社製)に、イオウ含有量を0.50%とする様にイオウを添加した実施例2と同じゴム資料を使用して、クロロプレンゴムを析出させる溶媒としてジエチルエーテルの代わりにメタノールを使用する以外は実施例1と同じ方法で遊離イオウ量を測定した。
【0052】
その結果を表3に示すが、同じ試料で、定量結果が実施例2の36%の定量値しか得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明のゴム中の遊離イオウ定量方法は、例えば、ゴムが半導体の被毒や電線の被覆材の被毒による断線を防ぐ為に、なるべく遊離イオウ量が少ないゴムの種類の選定に利用される。
【符号の説明】
【0054】
1:遊離イオウのピーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴム試料をクロロホルムに溶解する溶解過程と、ジエチルエーテルを攪拌しながら加えて、ゴム試料を沈殿させて遊離イオウを遊離させる遊離過程と、遊離イオウをジエチルエーテルに溶解させ、遊離イオウを含むジエチルエーテル溶液を減圧乾固させる減圧乾固過程と、得られた乾固物をクロロホルムに再溶解する再溶解過程と、得られたクロロホルム溶液を液体クロマトグラフィーにて分析する分析過程とを有することを特徴とするゴム中の遊離イオウの定量方法。
【請求項2】
ゴム試料がイオウ変性クロロプレンゴムであることを特徴とする請求項1記載のゴム中の遊離イオウの定量方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−38954(P2011−38954A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−188213(P2009−188213)
【出願日】平成21年8月17日(2009.8.17)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】