説明

ゴム摩耗試験方法

【課題】実走行タイヤのゴム表層部における性状変化を再現することで、摩耗性能を精度良く再現することができるゴム摩耗試験方法を提供する。
【解決手段】ゴム試験片や空気入りタイヤに摩耗試験を行う際に、摩耗試験対象であるゴム表層部を摩耗させる摩耗工程に先立って、該ゴム表層部を摩耗させない条件にて模擬路面に接地させて当該模擬路面から入力を付与し、これにより表層部の性状を変化させる前処理工程を行う。前処理工程での模擬路面としては、摩耗工程での模擬路面よりも表面粗さの大きいものを用いる。その後、前処理工程を得たゴムを模擬路面上で走行させることによりゴム表層部を摩耗させる摩耗工程を実施する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤの摩耗を評価するのに好適なゴム摩耗試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、空気入りタイヤの摩耗を評価する場合、テストタイヤを装着した実車を屋外のテストコースや公道にて走行させることにより行うのが一般的である。また、屋内で実車走行を模擬して行う摩耗試験も知られており、例えば、ドラム式の摩耗試験機に空気入りタイヤを装着し、該タイヤを模擬路面であるドラム上で走行させながら摩耗試験を実施している。
【0003】
このような屋内での摩耗試験は、屋外の実車摩耗試験に比べて簡便ではあるが、タイヤの仕向け地に応じた摩耗性能を評価することは容易ではない。例えば、シビアリティ(走行過酷度)が同等で路面の粗さが異なる2つの走行コースにおいて、実車摩耗試験を実施した場合、表面の粗い走行コースの方が早期に摩耗するが、従来の屋内摩耗試験では、このような2つの走行コースにおける摩耗量の差を再現することは困難である。
【0004】
下記特許文献1には、タイヤの摩耗試験において、タイヤに外径成長を生じさせる前処理工程を施した後、摩耗試験工程を実施することで、実走行での摩耗を正確に評価できると記載されている。しかしながら、特許文献1は、前処理工程において実走行での外径成長を再現するものであり、外径成長によるタイヤの形状変化に伴って摩耗入力を変化させ、すなわち摩擦エネルギーを変化させることで、実走行での摩耗特性を評価している。そのため、実走行におけるアスファルトからの路面入力によるゴム表層部の機械的・化学的な性質変化を考慮できていない。このゴム表層部の性質変化によりゴムの削れやすさが変化するため、特許文献1記載の方法では、実走行を必ずしも精度良く再現しているとは言えない。
【0005】
下記特許文献2には、タイヤ経時変化をシミュレーションにより予測し、経時変化を考慮したタイヤの寿命の予測を可能にする方法が記載されている。特許文献2では、経時変化を温度・応力等から予測し、タイヤ性能を予測するとあり、摩耗性能変化も予測できるとあるが、これは摩擦エネルギーにより表現される摩耗性能であり、この摩擦エネルギーとゴムの摩耗量の関係をサンプルの試験結果から一意的に求めるものであり、走行履歴によるゴム自体の性質変化に起因する摩耗量変化までは考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−300725号公報
【特許文献2】特開2005−47295号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上の点に鑑みてなされたものであり、実走行タイヤのゴム表層部における性状変化を再現することで、摩耗性能を精度良く再現することができるゴム摩耗試験方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るゴム摩耗試験方法は、摩耗試験対象であるゴムの表層部を第1模擬路面に接地させ圧縮方向の繰り返し入力を付与することにより前記表層部の性状を変化させる前処理工程と、前記前処理工程を経たゴムを第2模擬路面上で走行させることにより前記表層部を摩耗させる摩耗工程と、を含み、前記第1模擬路面は前記第2模擬路面よりも表面粗さが大きいことを特徴とする。
【0009】
本発明の好ましい実施形態において、前記前処理工程において前記表層部の性状を変化させる処理条件として、前記圧縮方向での入力の大きさ及び繰り返し回数並びに前記第1模擬路面の表面粗さを含む前処理条件を、実走行条件に基づいて設定し、設定した前処理条件にて前記前処理工程を行うことができる。前記前処理工程では、前記表層部を摩耗させない条件で前記圧縮方向の繰り返し入力を付与することが好ましい。より詳細には、前記前処理工程では、前記ゴムを前記第1模擬路面上で剪断方向の力がかからないように圧縮方向の入力を付与して走行させ、前記摩耗工程では、前記ゴムを前記第2模擬路面上で剪断方向の力をかけながら圧縮方向の入力を付与して走行させることが好ましい。摩耗試験対象の前記ゴムは、円柱状のゴム試験片であってもよく、あるいはまた、空気入りタイヤであってもよい。これらの好ましい実施形態は適宜に組み合わせることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、前処理工程において、ゴムの表層部に圧縮方向の繰り返し入力を付与して表層部の性状を変化させることにより、実走行タイヤのゴム表面での機械的・化学的な性質変化を再現することができ、そのため、摩耗性能を精度良く再現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】ゴム試験片の摩耗試験機を概念的に示す概略構成図である。
【図2】タイヤの摩耗試験機を概念的に示す概略構成図である。
【図3】ゴム試験片評価での摩耗工程走行時間と累積摩耗質量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態に係る摩耗試験方法では、ゴムの表層部を摩耗させる摩耗工程に先立って、ゴムの表層部を摩耗させない条件にて模擬路面に接地させて当該模擬路面から入力を付与し、これにより表層部の性状を変化させる前処理工程を行うことを特徴とする。空気入りタイヤは、実走行時に路面からの入力により、歪み(応力)入力を受けるので、これによりトレッドゴムの表層部の性状が変化する。すなわち、トレッドゴムの表層部は機械的、化学的な性質変化を受け、例えば破断強度などの物性が低下する。このような性状の変化により削れやすさが変化するため、タイヤの摩耗評価精度を向上するためには、この点を考慮する必要がある。本実施形態によれば、前処理工程により表層部の性状を変化させるので、実走行タイヤのゴム表面での機械的・化学的な性質変化を再現することができ、摩耗評価の精度を向上することができる。
【0013】
摩耗試験対象となるゴムとしては、空気入りタイヤ(詳細には、そのトレッドゴム)であってもよく、またゴム試験片であってもよい。ゴム試験片としては、平板状の試験片を用いることもできるが、ミニチュアタイヤのような円柱状の試験片を用いてもよい。図1は、円柱状のゴム試験片1についての摩耗試験機を示したものであり、回転ドラム2の外周面には研磨布3が装着されており、該研磨布3の表面を模擬路面として、その上をゴム試験片1が回転しながら走行する。そのため、ゴム試験片1の外周面が摩耗対象となる表層部である。図2は、空気入りタイヤ10についての摩耗試験機を示したものであり、回転ドラム12の外周面には研磨布14が装着されており、該研磨布14の表面を模擬路面として、その上をリム組みされた空気入りタイヤ10が回転しながら走行する。そのため、タイヤ10の外周面に設けられたトレッドゴム16が摩耗対象となる。なお、平板状の試験片の場合、研磨布に接触させて往復動走行させることで摩耗試験を行うことができ、前処理工程では、摩耗させない条件として研磨布に対して剪断方向の入力を加えることなく、繰り返し押し付けることにより行うことができる。以下、摩耗試験対象としては、好ましい態様としての円柱状ゴム試験片(以下、単にゴム試験片という)と空気入りタイヤの場合を中心に説明する。
【0014】
まず、前処理工程について説明する。前処理工程では、ゴムの表層部を、第1模擬路面に接地させ、圧縮方向の繰り返し入力を付与することにより、ゴム表層部の性状を変化させる。前処理工程では、ゴム表層部を摩耗させない条件にて路面からの歪み(応力)入力を与える。前処理工程は、実走行タイヤのゴム表面の性状変化を再現することが目的であり、前処理工程で摩耗させてしまうと表層部の性状変化したゴムが削れてしまい正確な評価が難しいからである。
【0015】
前処理工程において摩耗させないための条件としては、例えば、前後方向の力や横方向の力などの剪断方向の力が荷重(鉛直荷重)に対して0.05倍未満であることが好ましい。このように剪断方向の力が小さいと、ゴム表層部は実質的に摩耗しないので、このような条件を上記の摩耗させない条件とする。より好ましくは、第1模擬路面上を剪断方向の力がかからないように圧縮方向の入力を付与して走行させることである。詳細には、前後方向の力と横方向の力を0に近づけ、荷重(鉛直荷重)のみを付与して、第1模擬路面上を転動させることが好ましい。そのためには、スリップ率、スリップ角及びキャンバー角をいずれも付与せずに、荷重を付与して、ゴム試験片や空気入りタイヤを第1路面上で走行させればよい。但し、特に空気入りタイヤの場合、スリップ率等を付与しなくても、転がり抵抗により制動力が発生し、前後方向や左右方向に力が発生する場合がある。このような場合、これらの転動時に発生している前後方向と左右方向の力をキャンセルする方向にスリップ率やスリップ角、キャンバー角を付与した状態で荷重を付与して、第1模擬路面上を走行させればよい。なお、ゴム表面が凹凸のある模擬路面に接触すると、微視的にみれば、各凸部ないし凹部でゴムには剪断力が作用するが、このような剪断力は上記剪断方向の力には該当しない。すなわち、ここでは、スリップ率やスリップ角等を付与することによりゴム表層部の全体にかかる剪断方向の力を問題としており、このような剪断方向の力を前処理工程ではかけずに走行させる。
【0016】
前処理工程は、十分な歪み入力を与えるため、表面粗さの大きい模擬路面を用いて行う。すなわち、前処理工程で用いる第1模擬路面は、後述する摩耗工程で用いる第2模擬路面よりも表面の粗い路面とする。表面の粗い模擬路面でないと、摩耗評価に十分な表層厚みのゴムの変質を与えることができず、評価精度が低下するからである。
【0017】
図3は、ゴム試験片(直径50mm、幅10mmのミニチュアタイヤ)について、摩耗試験を行ったときの、摩耗工程での走行時間と累積摩耗質量との関係を示したグラフである。前処理工程を行わずに摩耗工程を行った例(前処理なし)と、表面の粗い模擬路面A24で前処理工程を行った後に摩耗工程を行った例(A24での前処理)と、表面の細かい模擬路面A240で前処理を行った後に摩耗工程を行った例(A240での前処理)とを示している。前処理工程では、図1に示す試験機を用いて、スリップ率等を付与せずに前後方向力及び横方向力をほぼ0として、荷重30N、回転数200rpmにて50万回転走行させた。粗い模擬路面A24は、研磨布A24(アルミナ質研削材A、粒度P24、JIS R6010参照)を用いた路面であり、細かい模擬路面A240は、研磨布A240(アルミナ質研削材A、粒度P240、JIS R6010参照)を用いた路面である。摩耗工程では、研磨布A240を用いて、荷重30N、スリップ率3%、回転数200rpmにて走行させた。
【0018】
図3に示すように、前処理工程なしに比べて、粗い模擬路面A24で前処理工程を行った場合、走行8時間までの摩耗が速く、8時間以降では摩耗速度は同等であった。一方、前処理工程において摩耗工程と同じ表面粗さの模擬路面A240を用いた場合、前処理工程なしに比べて、若干摩耗が速くなる傾向が見られたが、その違いは小さかった。以上より、摩耗速度の違いは、前処理工程によるゴム表層部の性状変化によるものであり、性状が変化した部分が摩耗により削れると、その後は摩耗速度には差が無くなること、また、前処理工程での模擬路面の表面粗さが細かいと十分な深さで性状変化を生じさせることができないことが分かる。そのため、摩耗量の差を大きくして評価精度を向上するためには、前処理工程では摩耗工程よりも表面の粗い模擬路面を用いて、摩耗評価に十分な表層厚みのゴムの変質を与えることが重要であることが分かる。
【0019】
模擬路面の表面粗さは、路面突起の平均幅及び平均高さで規定することができ、前処理工程で使用する第1模擬路面の突起平均幅及び平均高さが、摩耗工程で使用する第2模擬路面の突起平均幅及び平均高さよりも大きいことが好ましい。突起平均幅とは、各突起の平面視における最大幅(最大径)について、無作為に抽出した10個の突起についての平均値である。突起平均高さとは、各突起のベース面からの突出高さについて、無作為に抽出した10個の突起についての平均値である。特に限定するものではないが、突起平均幅をl、突起の平均高さをhとしたとき、第1模擬路面については、0.4<l<50[mm]かつ0.1<h<50[mm]であることが好ましい。ここで、上限を50mmとしたのは、実際のアスファルトを模擬路面として使用することを考慮したものである。
【0020】
第1模擬路面及び第2模擬路面として研磨布を用いる場合、第1模擬路面の方が、第2模擬路面よりも、JIS R6010に準拠した粒度の値(P値)の小さいもの(P値が小さいほど表面は粗い。)を用いることが好ましい。参考までに、上記実験で用いた研磨布A240は、l=0.3mm、h=0.07mmであり、研磨布A24は、l=1.5mm、h=0.7mmである。
【0021】
なお、上記のように前処理工程は実質的に摩耗させない条件で行うが、これは、表面の粗い模擬路面で入力を与えながら摩耗させると、実際の摩耗モードとは異なる削れ方をしてしまい正確な評価が難しくなるためである。そのため、事前走行工程である前処理工程と摩耗工程とを分けて行い、前処理工程ではなるべく摩耗させない条件とする。
【0022】
前処理工程では、実走行における路面からの歪み(応力)入力を、試験・実験又はシミュレーションにより予測ないし推定し、同等の入力を与えることが好ましい。そのため、ゴム表層部には、実走行条件に基づいて設定した前処理条件に従って、圧縮方向の繰り返し入力を付与する。詳細には、前処理工程においてゴム表層部の性状を変化させる処理条件として、圧縮方向での入力(荷重)の大きさ及びその繰り返し回数(走行時間)、第1模擬路面の表面粗さ等の前処理条件を、実走行条件に基づいて設定し、設定した前処理条件にて前処理工程を行う。なお、前処理工程では、路面からの入力とともに、雰囲気温度による熱履歴を与えてもよく、そのため、実走行条件や前処理条件には雰囲気温度を含めてもよい。
【0023】
実走行条件に基づいて前処理条件を設定する方法としては、特に限定するものではないが、次の方法が挙げられる。
【0024】
第1の方法では、実車走行でのゴム表層部の物性変化を測定し、模擬路面を用いた試験で同等の物性変化を生じさせる処理条件を前処理条件とする。詳細には、評価を行う実路面で実際に実車走行を実施し、タイヤ表面から表層部(例えば、表面から厚さ0.5mm)のゴムを切り出し、そのゴム片について物性を測定する。また、十分な凹凸のある模擬路面上で、タイヤ又はゴム試験片を、実走行に近い雰囲気温度でかつ摩耗させない条件にて走行させ、その際、荷重、走行時間及び模擬路面の表面粗さを適宜変更して試験を実施する。例えば、荷重を一定条件として、前処理工程における回転数を0〜100万回転まで変更していき、そのそれぞれにおいて、実車結果と同様に表層部のゴムを切り出し、物性を測定する。そして、実車走行の物性と一致する条件を見出し、前処理条件とする。計測する材料物性としては、破断強度や破断伸びが挙げられ、例えばJIS K6251に記載されている方法で引っ張り試験を実施し測定する。実車走行によりタイヤ表層部におけるこれらの物性が低下するので、模擬路面について同等の物性低下となる条件を見つけ出せばよい。
【0025】
第2の方法では、コンピュータを用いたシミュレーションにより、実走行における路面からの入力による最大歪みと、前処理工程での模擬路面からの入力による最大歪みとが一致するように前処理条件を設定する。詳細には、摩耗試験対象となるタイヤまたはゴム試験片の評価厚みwを決定する(通常w=0.2〜1[mm]程度)。また、実走行させる代表路面形状(路面入力が大きく支配的な路面を1〜数点)から有限要素モデルを作成するとともに、タイヤについても有限要素モデルを作成する。そして、走行時の接触圧力を考慮した接触解析を実施し、タイヤのトレッドゴムへの入力(歪みの入力分布)を求める。また、前処理工程で用いる模擬路面と、タイヤ又はゴム試験片についても有限要素モデルを作成し、模擬路面の表面粗さや荷重違いで有限要素モデルによる接触解析を実施し、ゴムへの入力を求める。そして、上記評価厚みwでの最大歪みレベルが同等となるような路面と荷重条件を決定する。一方、実タイヤでの評価厚みw[mm]あたりの走行距離Lを求め、走行距離Lにおけるタイヤ転動回数Nを求めておく。そして、実路面での接触解析結果について、接地面からw[mm]の内部断面において、最大歪みに対して0.9倍以上の歪みが生じている領域(即ち、歪みの最大値を100として90〜100の歪みを持つ領域)の面積を求め、該面積について全体の断面積に対する面積比率Srを求める。また、評価路面での接触解析結果についても、接地面からw[mm]の内部断面において、最大歪みに対して0.9倍以上の歪みが生じている領域の面積を求め、該面積について全体の断面積に対する面積比率Stを求める。そして、これら実路面と評価路面の面積比率の比Sr/StにNを掛け合わせた回転数を算出し、前処理条件として決定する。
【0026】
前処理条件としては、特に限定されないが、上記のように、第1模擬路面の表面粗さが0.4<l<50[mm]かつ0.1<h<50[mm]であり、かかる模擬路面に対して1000回〜500万回の転動入力を与えることが好ましい。荷重は、接触面の平均圧力が100〜5000kPaとなる範囲であることが好ましい。参考までに、上記実験において、研磨布A240の場合、接触面の平均圧力が500kPa相当の荷重による走行でゴム表層部の最大圧縮歪みが約30%であったのに対し、研磨布A24の場合、最大圧縮歪みが約60%であり、研磨布の種類を替えることで最大歪みレベルを変化させることができた。
【0027】
以上のようにして前処理工程を実施しゴム表層部の性状を変化させた後、第2模擬路面上でゴム表層部を摩耗させる摩耗工程を実施する。上記のように前処理工程により、ゴム表層部の性状が変化し、実走行タイヤのゴム表面での性状変化が再現されているので、摩耗工程において実走行での摩耗特性をより正確に評価することができる。特に、路面の粗さが異なる複数の走行コースについて、前処理工程でそれぞれの走行コースに応じた前処理条件により相応の性状変化を生じさせておくことにより、これらの走行コースにおける摩耗速度の差を再現することができ、摩耗評価の精度を向上することができる。
【0028】
摩耗工程では、第2模擬路面上を剪断方向の入力とともに圧縮方向の入力を付与して走行させる。詳細には、空気入りタイヤやゴム試験片に対して、前後方向及び/又は横方向の力を付与するとともに、荷重(鉛直荷重)を付与して、第2模擬路面上を転動させる。そのためには、スリップ率、スリップ角及びキャンバー角の少なくとも1つを付与するとともに、荷重を付与して、空気入りタイヤやゴム試験片を第2模擬路面上で走行させればよい。
【0029】
摩耗工程では、仕向け地におけるシビアリティ(走行過酷度)を考慮して実施することが好ましく、それに応じて前後方向や横方向の力を設定することができる。
【0030】
以上のように、本実施形態であると、表面粗さが異なる実路面に応じた摩耗量(摩耗速度)の差を、屋内の摩耗試験で再現することができるので、タイヤの仕向け地に応じた摩耗性能を精度良く評価することができ、タイヤの摩耗性能評価法として好適に用いることができる。
【0031】
また、タイヤの評価を実施する際には、性状変化を起こした表層のみの評価となるため、摩耗量の絶対値が小さくなってしまい試験精度が低下する恐れがある。このような場合においては、例えば前処理工程と摩耗工程を繰り返し実施して十分に摩耗させて評価することが好ましい。
【0032】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明はかかる実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない限り、種々の変更が可能である。
【実施例1】
【0033】
195/65R15の乗用車用空気入りラジアルタイヤについて、実車走行コースとしてコースA及びBの2つの走行コースにおける摩耗性能の評価を行った。2つのコースA,Bは、走行シビアリティが同等で、路面粗さの異なるコースであり、コースBの方がコースAより表面が粗い路面である。
【0034】
まず、実車摩耗評価を行った。実車摩耗評価では、上記タイヤをセダンのFF車の前輪に装着し、コースA及びBのそれぞれについて、1万km走行での摩耗量[mm]を測定した。該摩耗量から摩耗1mmあたり走行距離を求め、コースAでの走行距離を100とした指数(実車摩耗指数)で評価した。その結果、コースAでの実車摩耗指数100に対して、コースBでの実車摩耗指数は70であり、コースBの方が摩耗の進行が早いことが分かった。
【0035】
次に、上記タイヤのトレッドゴムと同じゴム組成物からなるゴム試験片を加硫成形して、ラボ評価による摩耗試験を実施した。該ゴム試験片は、直径50mm、幅10mmの円柱状をなすミニチュアタイヤである。摩耗試験としては、以下の試験1〜3を行った。
【0036】
・試験1:コースA相当の路面入力を付与した前処理工程を行った後、摩耗工程を実施した。前処理工程では、図1に示す試験機を用いて、ゴム試験片を摩耗させないようにスリップ率、スリップ角及びキャンバー角のいずれも付与せずに(前後力≒0[N]、横力≒0[N])、かつ、ゴム表層部に圧縮方向の繰り返し入力を付与するために荷重を付与して、回転数200rpmにて回転走行させた。
【0037】
コースA相当の前処理条件としては、第1模擬路面として研磨布A24(アルミナ質研削材A、粒度P24)を用いて、荷重30Nで、10万回転走行させた。雰囲気温度は25℃とした。
【0038】
また、摩耗工程では、図1に示す試験機を用いて、第2模擬路面として研磨布A240(アルミナ質研削材A、粒度P240)をセットし、荷重30N、スリップ率3%、回転数200rpmにて、ゴム試験片を10万回転走行させた。雰囲気温度は25℃とした。
【0039】
・試験2:コースB相当の路面入力を付与した前処理工程を行った後、上記試験1と同じ摩耗工程を実施した。コースB相当の前処理条件としては、第1模擬路面として研磨布A24(アルミナ質研削材A、粒度P24)を用いて、荷重30Nで、50万回転走行させ、その他は、試験1と同様に実施した。
【0040】
・試験3(比較例):前処理工程を行わずに、上記試験1と同じ摩耗工程を実施した。
【0041】
上記試験1,2におけるコースA,B相当の前処理条件については、上記第1の方法に従い、各コースの実車走行での破断強度の変化を測定するとともに、ゴム試験片を用いた試験において、模擬路面として研磨布A24を用い荷重及び走行時間を変えた場合の破断強度の変化を測定し、実車走行の破断強度の変化と一致する条件(荷重及び走行時間)を求めることにより設定した。今回の試験では、荷重を30Nで固定し、前処理工程において研磨布A24の路面上を回転数10万、20万、50万、100万回転と変更していき、各回転数毎に表層0.4[mm]での破断強度の変化を測定し、実車走行の破断強度と一致する条件を見出し、それを試験条件として設定した。
【0042】
上記試験1〜3の摩耗工程後の試験片について、摩耗量[mm]を測定し、該摩耗量から摩耗1mmあたり走行距離を求め、試験3での走行距離を100とした指数(ラボ摩耗指数)で評価した。
【0043】
その結果、試験3でのラボ摩耗指数100に対して、試験1のラボ摩耗指数は95であり、試験2のラボ摩耗指数は70であった。コースAに相当する試験1とコースBに相当する試験2とは、ラボ摩耗指数の比が、実車摩耗評価におけるコースAとコースBの摩耗指数の比とほぼ一致していた。すなわち、試験1及び2のように、前処理工程を行ってゴム表層部の物性を仕向け地に合った程度に変化させることにより、コースAとコースBとの摩耗量の差を再現することができるようになった。
【実施例2】
【0044】
上記実施例1においてゴム試験片での評価を行う代わりに、195/65R15のタイヤそのものを用いて、その他は実施例1と同様に、屋内における摩耗試験を実施した。摩耗試験としては、以下の試験4〜6を行った。なお、リムサイズは15X6Jとし、タイヤの内圧は230kPaとした。
【0045】
・試験4:コースA相当の路面入力を付与した前処理工程を行った後、摩耗工程を実施した。前処理工程では、図2に示す試験機を用いて、摩耗させないようにスリップ率、スリップ角及びキャンバー角を転動における発生力をキャンセルするように付与し(前後力≒0[N]、横力≒0[N])、かつ、トレッドゴム表層部に圧縮方向の繰り返し入力を付与するために荷重を付与して、回転数500rpmにて回転走行させた。
【0046】
コースA相当の前処理条件としては、第1模擬路面として研磨布A24(アルミナ質研削材A、粒度P24)を用いて、荷重5000Nで、10万回転走行させた。雰囲気温度は25℃とした。
【0047】
また、摩耗工程では、図2に示す試験機を用いて、第2模擬路面として研磨布A240(アルミナ質研削材A、粒度P240)をセットし、実車走行を模擬した条件(シビアリティ)にて、前後力=−1500〜+1500N、横力=−1500〜+1500N、荷重5000N、回転数500rpmにて、20万回転走行させた。雰囲気温度は25℃とした。
【0048】
・試験5:コースB相当の路面入力を付与した前処理工程を行った後、上記試験4と同じ摩耗工程を実施した。コースB相当の前処理条件としては、第1模擬路面として研磨布A24(アルミナ質研削材A、粒度P24)を用いて、荷重5000Nで、50万回転走行させ、その他は、試験4と同様に実施した。
【0049】
・試験6(比較例):前処理工程を行わずに、上記試験4と同じ摩耗工程を実施した。
【0050】
上記試験4,5におけるコースA,B相当の前処理条件については、上記第1の方法に従い、各コースの実車走行での破断強度の変化を測定するとともに、タイヤを用いたドラム試験において、模擬路面として研磨布A24を用い荷重及び走行時間を変えた場合の破断強度の変化を測定し、実車走行の破断強度の変化と一致する条件(荷重及び走行時間)を求めることにより設定した。今回の試験では、荷重を5000Nで固定し、前処理工程において研磨布A24の路面上を回転数10万、20万、50万、100万回転と変更していき、各回転数毎に表層0.4[mm]での破断強度の変化を測定し、実車走行の破断強度と一致する条件を見出し、それを試験条件として設定した。
【0051】
上記試験4〜6の摩耗工程後のタイヤについて、トレッド表面の摩耗量[mm]を測定し、該摩耗量から摩耗1mmあたり走行距離を求め、試験6での走行距離を100とした指数(ラボ摩耗指数)で評価した。
【0052】
その結果、試験6でのラボ摩耗指数100に対して、試験4のラボ摩耗指数は90であり、試験5のラボ摩耗指数は65であった。コースAに相当する試験4とコースBに相当する試験5とは、ラボ摩耗指数の比が、実車摩耗評価におけるコースAとコースBの摩耗指数の比とほぼ一致していた。すなわち、試験4及び5のように、前処理工程を行ってゴム表層部の物性を仕向け地に合った程度に変化させることにより、コースAとコースBとの摩耗量の差を再現することができるようになった。
【0053】
以上のように、従来の評価法ではシビアリティが同じコースA,Bにおける実車摩耗評価の摩耗量の差を台上評価およびラボ評価では再現できなかったが、上記実施例によれば、コースAとコースBとの摩耗量の差を再現することができ、タイヤの仕向け地に応じた摩耗性能を評価することが可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、乗用車用タイヤだけでなく、トラックやバス、その他の大型車両用タイヤなどの各種タイヤにおいて、その摩耗性能を評価するために用いることができる。
【符号の説明】
【0055】
1…ゴム試験片 2…回転ドラム 3…研磨布
10…空気入りタイヤ 12…回転ドラム 14…研磨布
16…トレッドゴム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩耗試験対象であるゴムの表層部を第1模擬路面に接地させ圧縮方向の繰り返し入力を付与することにより前記表層部の性状を変化させる前処理工程と、
前記前処理工程を経たゴムを第2模擬路面上で走行させることにより前記表層部を摩耗させる摩耗工程と、
を含み、前記第1模擬路面は前記第2模擬路面よりも表面粗さが大きい
ことを特徴とするゴム摩耗試験方法。
【請求項2】
前記前処理工程において前記表層部の性状を変化させる処理条件として、前記圧縮方向での入力の大きさ及び繰り返し回数並びに前記第1模擬路面の表面粗さを含む前処理条件を、実走行条件に基づいて設定し、設定した前処理条件にて前記前処理工程を行うことを特徴とする請求項1記載のゴム摩耗試験方法。
【請求項3】
前記前処理工程では、前記表層部を摩耗させない条件で前記圧縮方向の繰り返し入力を付与することを特徴とする請求項1又は2記載のゴム摩耗試験方法。
【請求項4】
前記前処理工程では、前記ゴムを前記第1模擬路面上で剪断方向の力がかからないように圧縮方向の入力を付与して走行させ、前記摩耗工程では、前記ゴムを前記第2模擬路面上で剪断方向の力をかけながら圧縮方向の入力を付与して走行させることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のゴム摩耗試験方法。
【請求項5】
摩耗試験対象の前記ゴムが円柱状のゴム試験片であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のゴム摩耗試験方法。
【請求項6】
摩耗試験対象の前記ゴムが空気入りタイヤであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のゴム摩耗試験方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−104735(P2013−104735A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−247703(P2011−247703)
【出願日】平成23年11月11日(2011.11.11)
【出願人】(000003148)東洋ゴム工業株式会社 (2,711)