説明

ゴム物品補強用ワイヤ及びその製造方法

【課題】初期接着性能を更に向上させることのできるゴム物品補強用ワイヤ及びその製造方法を提供する。
【解決手段】ゴム物品補強用ワイヤ1は、一対の平面とこれらの平面の端部に接続する凸面とにより横断面がトラック形状になる扁平ワイヤ11の表面にブラスめっき層12を備え、このブラスめっき層12は最表層側に粒径20nm以下の微細結晶粒部12aを有する。この微細結晶粒部12aは、製造時の塑性加工により微細結晶粒部12aを形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴム物品補強用ワイヤ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ゴム物品補強用ワイヤは、例えばゴム物品としての空気入りタイヤを補強するために、当該空気入りタイヤの構成部材であるベルト等に埋設されて用いられている。空気入りタイヤは、薄肉、軽量化が求められていることから、この空気入りタイヤに用いられるゴム物品補強用ワイヤに関して、高強力化により強度を維持しながら径を小さくしたワイヤや、撚線のコード本数を低減した又は無撚りのワイヤや、横断面が扁平のワイヤ等が研究されている。これらのうち、扁平のワイヤについては、丸線の線材に圧延等の塑性加工を施して製造されたワイヤであって、一対の平面とこれらの平面の端部に接続する凸面とによりトラック形状になる扁平な横断面における、平面間の短径と曲面の曲率半径とを、所定の関係を満たすようにすることで、ワイヤとゴムとの接着界面における局所的に応力集中を回避して耐セバレーション性を向上させたワイヤがある(特許文献1)。また、ゴム補強用扁平ワイヤにブラスめっきを施し得ることも知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−41170号公報
【特許文献2】特開2006−336154号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
扁平ワイヤは、端部剥離やコード折れを抑止し、乗り心地と操縦安定性等のタイヤ諸性能を良好に保ちながら、空気入りタイヤの軽量化と転がり抵抗の低減とを図ることができる。しかしながら、ゴム物品補強用ワイヤは、ゴムとの接着性に関して、単に耐セパレーション性に優れているだけでなく、加硫工程において速やかにかつ確実に接着されるという、初期接着性能も求められている。
【0005】
この点についてワイヤの表面にブラスめっき層を具備する扁平ワイヤは、ブラスめっき中の銅成分とゴム中の硫黄成分とが反応して接着層を形成するので初期接着性能の向上に有利である。もっとも、ダム物品補強用ワイヤに対する初期接着性能の向上の要請はやむことがなく、更なる向上が求められている。
【0006】
本発明は、上記の問題を有利に解決するものであり、初期接着性能を更に向上させることのできるゴム物品補強用ワイヤ及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のゴム物品補強用ワイヤは、一対の平面とこれらの平面の端部に接続する凸面とにより横断面がトラック形状になる扁平ワイヤの表面にブラスめっき層を備え、このブラスめっき層は最表層側に粒径20nm以下の微細結晶粒部を有することを特徴とする。
【0008】
本発明のゴム物品補強用ワイヤの製造方法は、横断面が円形になり表面にブラスめっき層を備えるブラスめっき線材に塑性加工を施して、一対の平面とこれらの平面の端部に接続する凸面とにより横断面がトラック形状になるワイヤを製造するに当たり、この塑性加工により、ブラスめっき層の最表層側に粒径20nm以下の微細結晶粒部を形成することを特徴とする。
【0009】
本発明のゴム物品補強用ワイヤの製造方法の製造方法において、塑性加工は、加工後のワイヤの短径が加工前のブラスめっき線材の直径から35%以上減少した加工であることが好ましい。また、塑性加工を、150℃以下で行うことが、より好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、扁平ワイヤの表面に施されたブラスめっき層の最表層側に、塑性加工時の強加工により生じた活性の高い微細結晶粒部を有し、この微細結晶粒部は加硫時においてゴムとの反応性が高く、強力な接着層を速やかに形成するのでゴムとの初期接着性能をいっそう向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施形態のゴム物品補強用ワイヤの模式的な断面図である。
【図2】図1のゴム物品補強用ワイヤの表面近傍の模式的な拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明のゴム物品補強用ワイヤ及びその製造方法の実施形態を、図面を用いつつ具体的に説明する。
図1に模式的な横断面で示す本実施形態のゴム物品補強用ワイヤ1は、扁平ワイヤ11とこの扁平ワイヤ11の表面に形成されたブラスめっき層12とを備えている。扁平ワイヤ11は、一対の平面11aと、これらの平面11aの両端部でそれぞれ接続する一対の凸面11bとにより横断面がトラック形状を有している。
【0013】
扁平ワイヤ11は、横断面における短径Tが、0.15mm以上0.30mm以下であることが好ましい。短径Tが0.15mm未満では、ゴム物品の剛性が十分ではなく、空気入りタイヤの補強用ベルトとして用いた場合には操縦安定性が低下するおそれがある。短径Tが0.30mmを超えると、曲げ方向の変形応力が加わった時にワイヤの表面歪が大きくなって、空気入りタイヤの補強用ベルトとして用いた場合には車両の急旋回時などの際に当該ワイヤの折れが発生しやすくなってしまう。
【0014】
扁平ワイヤ11の凸面11bの曲率半径R(mm)は、上記短径T(mm)との関係で、次式0.6354×T≦R≦0.77×T+0.019 で表される関係を満足することが好ましい。凸面11bの曲率半径R(mm)が0.6354×T(mm)未満では、曲率半径が小さ過ぎるためにワイヤとゴムとの接着界面に発生する剪断応力が局所的に大きくなって、セパレーションが生じ易くなる。一方、曲率半径R(mm)が0.77×T+0.019(mm)を超えると、ワイヤの直線部と円弧部との境界領域においてワイヤとゴムとの接着界面に発生する剪断応力が局所的に大きくなって、セパレーションが生じ易くなる。
【0015】
扁平ワイヤ11の材料については、ゴム物品補強用ワイヤに用いられる公知の材料、例えば炭素含有量が0.7〜0.9質量%程度の高炭素鋼を適用することができる。
【0016】
扁平ワイヤ11の表面に形成されるブラスめっき層12は、層厚が0.1〜0.4μm程度である。図2に示すブラスめっき層12が形成された扁平ワイヤ11の平面11aの表面近傍の模式的な断面図のように、ブラスめっき層12は、最表層側に結晶粒径20nm以下の微細結晶粒部12aを有している。この微細結晶粒部12aは、ブラスめっき線材の表面を強加工することにより得られる。ブラスめっき層12のうち、微細結晶粒部12aよりも扁平ワイヤ11側は、結晶粒径20nmを超える結晶粒部12bである。微細結晶粒部12aと結晶粒部12bとの境界は、必ずしも明確なものではない。もっとも、ブラスめっき層12の最表層側に微細結晶粒部12aを有することは、電子顕微鏡又は機器分析により調べられる。微細結晶粒部12aの部分は、結晶粒径20nm以下と微細であることから、電子線回折では明確な菊池パターンが現れず、非晶質物と同様のパターンとなることから、このような菊池パターンの有無により、微細結晶粒部12aの有無を確認できる。結晶粒部12b上に微細結晶粒部12aが形成されている領域において、結晶粒部12b及び微細結晶粒部12aの総和に対する微細結晶粒部12aの体積割合は、20〜80%程度である。
【0017】
強加工により得られた微細結晶粒部12aは、格子欠陥濃度が高いので活性が高く、ブラス中の銅原子の拡散速度が高い。このため、加硫時においては、ゴム中の硫黄成分と反応して接着層が速やかに形成される。また、接着層の形成後においては、結晶粒部12bから銅原子が微細結晶粒部12aに供給されるので、微細結晶粒部12aの脆化が抑制される。更に、結晶粒部12bは、扁平ワイヤ11表面との付着強度が微細結晶粒部12aよりも高いため、ブラスめっき層12中に微細結晶粒部12aのみを有する場合に比べて破壊強度が高い。これらのことから、ブラスめっき層12に微細結晶粒部12aを有する本実施形態のゴム物品補強用ワイヤ1は、ゴムとの初期接着性能をいっそう向上させることができる。
【0018】
微細結晶粒部12aは、ブラスめっき層12の表面に露出していることにより、所期した効果が得られる。ゴム物品補強用ワイヤ1の表面のうち、一部分でも微細結晶粒部12aになっていれば上記の効果が得られるが、めっき層表面の全体に対して微細結晶粒部12aが占める面積割合が、20%以上であることにより、上記効果を確実に得ることがでる。より好ましい面積割合は80%以上である。
【0019】
粒径20nm以下の微細結晶粒部12aは、ゴム物品補強用ワイヤ1を製造する過程において、横断面が円形になり表面にブラスめっき層を備えるブラスめっき線材を原料として、このブラスめっき線材に塑性加工を施して、ブラスめっき扁平ワイヤを得るときの当該塑性加工を強加工にすることで形成することができる。この塑性加工は、例えば一対のフラットロール間にブラスめっき線材を通す圧延がある。圧延は、加工後の扁平ワイヤの短径が加工前のブラスめっき線材の直径から35%以上減少した加工であること、すなわち、1パス又は複数パスによる圧延を行う前のブラスめっき線材の直径をD、圧延を行った後のゴム物品補強用ワイヤ1の短径をL(Lは、扁平ワイヤ11の短径Tにブラスめっき12の厚さを加えた長さ)とするとき、{(D−L)/D}×100で表される加工度が35%以上であることが好ましい。35%以上であることにより、ブラスめっき層12の表面に微細結晶粒部12aを確実に形成させることができる。
【0020】
また、ブラスめっき扁平ワイヤを得る圧延加工は、150℃以下で行うことが好ましい。圧延時の線材温度が高いと、ブラスめっき層12に導入される格子欠陥が減少し、また、線材の延性が低下するおそれがある。圧延時の温度を150℃以下で行うために、1パス当たりの加工度を低めにしたり、圧延前及び/又は圧延後の線材を冷却したりすることができる。
【0021】
ブラスめっき扁平ワイヤを得る塑性加工は、圧延に限定されず、例えは偏平孔のダイスを用いた伸線加工によっても行うことができる。このときの加工は、上述したような、加工前の直径が35%以上減少するような加工とすることができる。
【0022】
本発明のゴム物品補強用ワイヤ1が補強材として用いられたゴム物品は、空気入りタイヤや工業用ベルト等が挙げられるが、特には、空気入りタイヤである。本発明のゴム物品の一例としての空気入りタイヤに本発明のゴム物品補強用ワイヤ1を適用することにより、空気入りタイヤの諸性能を損なうことなく、また、ワイヤに起因する不具合を生ずることもなく、軽量化を図ることが可能となる。この場合、ゴム物品補強用ワイヤ1を、その長径方向が空気入りタイヤのシート状ベルトの表面と平行な方向に揃えて配列させることにより、ゴム物品の厚みを薄くすることができ、軽量化の点で優れるものとなる。
【実施例】
【0023】
直径0.60mmのブラスめっき線材を圧延してブラスめっき扁平ワイヤを製造した。この圧延の際、加工度を、10%、20%及び35%の各条件で実施した。また、圧延時の表面加工温度を、1パスの圧下率の調整により30〜50℃とした。表面加工温度は、加工後に接触式線温計で測定したものであり、加工度は、マイクロメータで圧延前後の厚みを測定して算出したものである。
【0024】
得られたブラスめっき扁平ワイヤについて、初期接着特性試験を実施した。この初期接着性試験は、鋼線を等間隔に平行に並べ、両側からゴムでコーティングした後、160℃、7〜20分の加硫後、得られたゴム−スチールコード複合体につき、ゴムからスチールコードを剥離し、その時のゴム付着率を測定し、その結果について実施例1を100とした指数で示した。指数は、数値が大きいほど接着性が良好であることを示す。初期接着特性試験結果を表1に示す。なお、表1中、比較例1は、圧延加工を行わなかった例である。
【0025】
【表1】

【0026】
表1から、圧延加工を行うことにより、初期接着性が向上し、特に35%以上の加工率の場合、格段に向上していた。
【0027】
次に、直径0.80mmのブラスめっき線材を圧延してブラスめっき扁平ワイヤを製造した。この圧延後のブラスめっき扁平ワイヤの短径は0.35mmであり、加工度は56%であった。また、圧延時の表面加工温度を、線速の調整により200℃と、150℃との二種類の圧延条件で行って、それぞれのブラスめっき扁平ワイヤを得た。表面加工温度は、加工後に接触式線温計で測定したものであり、加工度は、マイクロメータで圧延前後の厚みを測定して算出したものである。
【0028】
得られたブラスめっき扁平ワイヤの初期接着特性試験の結果を表2に示す。初期接着特性試験の評価手法は、上述と同じである。なお、表2では、圧延加工を行わなかった例を比較例2として示した。
【0029】
【表2】

【0030】
表2から、加工温度を150℃以下にすることにより、接着性に優れたブラスめっき鋼線が得られた。
【符号の説明】
【0031】
1:ゴム物品補強用ワイヤ
11:扁平ワイヤ
12:ブラスめっき層
12a:微細結晶粒部
12b:結晶粒部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の平面とこれらの平面の端部に接続する凸面とにより横断面がトラック形状になる扁平ワイヤの表面にブラスめっき層を備え、このブラスめっき層は最表層側に粒径20nm以下の微細結晶粒部を有することを特徴とするゴム物品補強用ワイヤ。
【請求項2】
横断面が円形になり表面にブラスめっき層を備えるブラスめっき線材に塑性加工を施して、一対の平面とこれらの平面の端部に接続する凸面とにより横断面がトラック形状になるワイヤを製造するに当たり、この塑性加工により、ブラスめっき層の最表層側に粒径20nm以下の微細結晶粒部を形成することを特徴とするゴム物品補強用ワイヤの製造方法。
【請求項3】
前記塑性加工は、加工後のワイヤの短径が加工前のブラスめっき線材の直径から35%以上減少した加工である請求項2記載のゴム物品補強用ワイヤの製造方法。
【請求項4】
前記塑性加工を、150℃以下で行う請求項2又は3に記載のゴム物品補強用ワイヤの製造方法。

【図1】
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【図2】
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