説明

ゴム組成物およびそれを用いたタイヤ

【課題】天然ゴムラテックスまたはエポキシ化天然ゴムラテックスの凝集時間が短く、凝固した天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴムから酸を除去する必要がなく、かつ天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴム中に残存してもゴム物性を低下させない凝集剤を用いたゴム組成物、および該ゴム組成物を用いたタイヤを提供する。
【解決手段】凝集剤を用いて凝集する工程を含んでなる天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴムの製造方法であって、凝集剤が改質されたキトサンである製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改質されたキトサンによって凝集した天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴムを含むゴム組成物、および該ゴム組成物を用いたタイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、タイ、マレーシアなどの天然ゴム産出国では、ラテックス凝固による天然ゴムの凝集化が行われている。通常、天然ゴムの凝集化は、工業的にはゴムの樹から採取した天然ゴムラテックスにおいてギ酸や酢酸などの酸を添加してゴム成分を凝集させ、該凝集物をローラーにかけて切断しつつ水洗・精製を行い、凝集ゴムを得ている。しかしながら、天然ゴムラテックスの凝集において、近年、環境問題の悪化から酸の使用が問題となっている。また、水洗・精製の工程において、多量の水を使用しないと酸を充分除去できないという問題があった。さらに、従来の酸による天然ゴムの凝集は、凝集時間が長く、また、酸の除去が不充分であると、天然ゴムの劣化が生じてしまうという問題があった。そのため、天然ゴムを凝集させる凝集剤として、ギ酸や酢酸などの酸に代わる代替品が求められている。
【0003】
ところで、排水処理(水の浄化)や石油化学工業等において、高分子凝集剤であるジメチルエチルアクリレートが広く一般的に使用されている。しかしながら、ジメチルエチルアクリレートを天然ゴムの凝集剤として用いた場合、ゴムの凝集性能が弱い(凝集時間が長い)、コスト高になるという問題があった。また、特許文献1では、凝固剤として分子量が300以上の非イオン界面活性剤を用いた天然ゴムの固形化が記載されている。しかしながら、凝固剤として前記の特定の非イオン界面活性剤を用いた場合、石油系の合成低分子界面活性剤であり、環境中において非分解性、かつ長期間に渡り残存するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6−322004号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、天然ゴムラテックスまたはエポキシ化天然ゴムラテックス(以下、合わせて「天然ゴムラテックス」ということもある)の凝集時間が短く、凝固した天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴムから酸を除去する必要がなく、かつ天然ゴムラテックス中に残存してもゴム物性を低下させない凝集剤を用いたゴム組成物、および該ゴム組成物を用いたタイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、凝集剤を用いて凝集した天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴムを含むゴム組成物であって、凝集剤が改質されたキトサンであるゴム組成物に関する。
【0007】
改質されたキトサンが式(I)であることが好ましい。
【0008】
【化1】

(式中、R1は、水素原子または炭素数1〜15のアルキル基、R2は、水素原子、カルボキシメチル基、または式(II):
【0009】
【化2】

(Y-は、ハロゲン原子の陰イオン、CH3COO-、式(III):
【0010】
【化3】

を示す)
およびX-は、Y-と同じ置換基を示す)
【0011】
さらに、プロトン酸を含むことが好ましい。
【0012】
また、本発明は、前記のゴム組成物を用いたタイヤにも関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、凝集剤として酸を用いた場合よりも天然ゴムラテックス粒子の凝集時間を短くすることができる。また、本発明で用いる凝集剤は、水溶性であるため、凝集剤の大部分が天然ゴムラテックス粒子の凝集後に再び水層へと移るため、凝集した天然ゴムラテックス中には凝集剤がほとんど残らない。そのため、凝固した天然ゴムラテックスを水洗する際に、多量の水を必要としない。
【0014】
また、天然ゴムラテックス中に該凝固剤が若干残存していても、得られたゴム物性が劣化しない。
【0015】
さらに、該凝集剤には消臭効果があるため、ゴム特有のにおいを消すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明において天然ゴムラテックス粒子が改質されたキトサンによって凝集するメカニズムを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、凝集剤を用いて凝集した天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴムを含むゴム組成物であって、凝集剤が改質されたキトサンであるゴム組成物に関する。
【0018】
天然ゴム(NR)またはエポキシ化天然ゴム(ENR)は、単独で用いてもよく、その他のゴムを2種以上組み合わせて用いてもよい。その他のゴムとしては、ブチルゴム(BR)、ハロゲン化ブチルゴムなどが用いられる。すべての天然ゴムは、その製造工程が違っていてもゴム農園で採取されたゴム樹液(天然ゴムラテックス)を原料に用いられているものを含む。
【0019】
改質されたキトサンの原料であるキトサンは、キチンを脱アセチル化することによって得られ、分子鎖を構成するグルコサミン残基が遊離の一級アミノ基(NH2)を有している高分子電解質である。キトサンはピラノース環を有し、生分解性、生理活性を示す。また、アミノ基および水酸基を有しており、これらの置換基を化学装飾することによって改質されたキトサンが得られる。
【0020】
推定される本発明における凝集メカニズムを図1にしたがって説明する。図1は、天然ゴムラテックス粒子が改質されたキトサンによって凝集するメカニズムを示す模式図である。
【0021】
改質されたキトサン1は、酸性下で正電荷を持つため、水2にコロイド状態で分散している天然ゴムラテックス粒子3に改質されたキトサン1を配合すると(図1(a))、天然ゴムラテックス粒子3の表面の負電荷と改質されたキトサン1の正電荷との相互作用により複合体4が形成される(図1(b))。さらに、該複合体4中の天然ゴムラテックス粒子3は不安定となるため凝集し、凝集体5を形成する(図1(c))。改質されたキトサン1は水溶性であるため、凝集体5から再び水層へと戻る。その結果、凝集体5中には改質されたキトサン1はほとんど残存せず、凝集体5は実質的に天然ゴムラテックス粒子で構成されることとなる。一方、原料である未改質のキトサンでは、上記のような電荷間の相互作用が弱く、天然ゴムラテックス粒子を凝集する力に劣る。
【0022】
改質されたキトサンは、式(I)であることが好ましい。
【0023】
【化4】

【0024】
式中、R1は、水素原子または炭素数1〜15のアルキル基が、水への溶解性、天然ゴムラテックス粒子の凝固性の観点から好ましい。
【0025】
式中、R2は、水素原子、カルボキシメチル基または式(II):
【0026】
【化5】

があげられる。ここで、Y-としては、ハロゲン原子の陰イオン、CH3COO-または式(III):
【0027】
【化6】

があげられる。これらの中でR2は、水素原子が好ましい。
【0028】
-としては、前記のY-と同じ置換基のものがあげられる。これらの中でY-は、Cl-が好ましい。
【0029】
前記の改質されたキトサンの中で、式(IV)〜式(VIII):
【化7】

【0030】
【化8】

【0031】
【化9】

【0032】
【化10】

【0033】
【化11】

が、水への溶解性の観点から特に好ましい。
【0034】
改質されたキトサンの配合量は、天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴム100重量部に対して、1重量部以上が好ましく、10重量部以上がより好ましく、20重量部以上がさらに好ましい。改質されたキトサンの配合量が、1重量部未満であると、ゴムラテックス粒子の凝固性能が充分ではない傾向がある。また、改質されたキトサンの配合量は、天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴム100重量部に対して、80重量部以下が好ましく、50重量部以下がより好ましく、30重量部以下がさらに好ましい。改質されたキトサンの配合量が、80重量部をこえると、加工性が悪化し、ゴム練りすることができなくなる傾向がある。
【0035】
改質されたキトサンを水に溶解させた際のpHは、4以上が好ましく、4.5以上がより好ましく、5以上がさらに好ましく、7以上が特に好ましい。pHが4未満であると、中和するために凝固したゴムを水浄する時間がかかる傾向がある。また、改質されたキトサンを水に溶解させた際のpHは、10以下が好ましく、9以下がより好ましく、8以下がさらに好ましい。pHが10をこえると、凝固したゴムを中性にするための時間がかかり、また、ゴム自体が劣化する傾向がある。
【0036】
前記改質されたキトサン以外に、さらに凝集剤としてプロトン酸を添加することが、ゴムを完全に凝固させる観点から好ましい。
【0037】
プロトン酸の具体例としては、ギ酸、酢酸、硫酸、塩酸等があげられるが、洗浄後、ゴム分から酸を完全に除去する点から、ギ酸が好ましい。
【0038】
プロトン酸の配合量は、天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴム100重量部に対して、0.5重量部以上が好ましく、1重量部以上がより好ましく、5重量部以上がさらに好ましい。プロトン酸の配合量が0.5重量部未満であると、凝固効果が見られない傾向がある。また、プロトン酸の配合量は、天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴム100重量部に対して、10重量部以下が好ましく、5重量部以下がより好ましく、2重量部以下がさらに好ましく、1重量部以下が特に好ましい。プロトン酸の配合量が、10重量部をこえると、ゴムの水洗に時間がかかる傾向がある。
【0039】
本発明のゴム組成物は、前記凝集剤を用いて凝集した天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴム以外に、老化防止剤、カーボンブラックおよびシリカなどの補強剤、アロマオイルなどの軟化剤、ステアリン酸、酸化亜鉛、硫黄などの加硫剤、加硫促進剤などの添加剤を適宜配合することができる。また、本発明の改質されたキトサンを天然ゴムラテックスに添加することで固形ゴムを得ることができ、酸の添加量を減らすことができる。
【0040】
本発明のゴム組成物の用途としてはタイヤがあげられるが、タイヤ用途に特に限定されるものではない。
【0041】
本発明のゴム組成物をタイヤとして用いる場合、加硫剤および加硫促進剤以外の薬品を混練りする第一の工程、ならびに第一の工程により得られた混練り物に加硫剤および加硫促進剤をさらに添加して混練りする第二の工程からなる2つの混練り工程を用いて製造されることが一般的である。
【実施例】
【0042】
本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、これらのみに限定されるものではない。
【0043】
実施例および比較例で用いた各種薬品について詳細に説明する。
・天然ゴムラテックス:ハイアンモニアラテックス(固形分60%、アンモニア含有量0.7%、チンダール法によるチッ素含有量0.3%)
・キトサン:和光純薬工業(株)製のキトサン(キチンの脱アセチル化:95%)
・HOBT:和光純薬工業(株)製の1−ヒドロキシベンゾトリアゾール
・メタノール:和光純薬工業(株)製
・エタノール:和光純薬工業(株)製
・酢酸:和光純薬工業(株)製
・塩酸:和光純薬工業(株)製
・硫酸:和光純薬工業(株)製
・改質されたキトサン
【0044】
キトサンを原料として用いて、公知の物質である改質されたキトサンを下記の文献を参照して水溶性キトサン塩を調製した。
・カルボキシメチル−キトサン(CM−CS):Chen, et al., Carbohydrate Polymers 2003, 53, 355-359.
・キトサン−ヒドロキシベンゾトリアゾール(CS−HOBt):Fangkangwanwong, J. et al., Biopolymers, 200 82(6), 580-586.
・O−[(2−ジメチルアミノ)エチルアミンキトサン](DETNH−CS):Yoksan, R. et al., Biomacromolecules 2001, 2(3), 1038-1044.
・ヨードキトサン(Iodo−CS):Domard, A., et. al., Int. J. Biol. Macromol., 1986, 8, 105-107.
【0045】
なお、キトサン−アセテート(CS−Acetate)については、室温下でキトサン(1.509g)および酢酸(2容量%、100mL)で混合することによって得た。
【0046】
得られた各改質されたキトサンの構造式を式(IV)〜(VIII)に示す。
【0047】
・CM−CS:
【化12】

【0048】
・CS−HOBt:
【化13】

【0049】
・CS−Acetate
【化14】

【0050】
・DETNH−CS
【化15】

【0051】
・lodo−CS
【化16】

【0052】
実施例1〜5
改質されたキトサンに水を添加し、表1に示す濃度(モル濃度M)の水溶液を調製した。該水溶液(30mL)を固形分60%の天然ゴムラテックス(5g)に添加し、凝集させた。回収したゴムの量と天然ゴムラテックスの凝集状態から、キトサン塩の凝集剤としての性能を評価した。評価結果を表1に示す。
【0053】
表1中、○は完全に凝集したことを、△は一部凝集したことを、×は凝集しなかったことを示す。
【0054】
比較例1〜4
実施例1の改質されたキトサンを、キトサン、ギ酸、酢酸、塩化アルミニウムにそれぞれ替えた以外は、実施例1と同様の方法で凝集させた。回収したゴムの量とラテックスの凝集状態から、キトサン塩の凝集剤としての性能を評価した。評価結果を表1に示す。
【0055】
【表1】

【0056】
表1より改質されたキトサンのすべてが天然ゴムを凝固させる能力があることがわかった。
【符号の説明】
【0057】
1 改質されたキトサン
2 水
3 天然ゴムラテックス粒子
4 複合体
5 凝集体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然ゴムラテックスまたはエポキシ化天然ゴムラテックスに、凝集剤として改質されたキトサンを添加し、天然ゴムラテックスまたはエポキシ化天然ゴムラテックスを凝集させる工程を含んでなる、天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴムの製造方法。
【請求項2】
改質されたキトサンが式(I)
【化1】

(式中、R1は、水素原子または炭素数1〜15のアルキル基、R2は、水素原子、カルボキシメチル基、または式(II):
【化2】

(Y-は、ハロゲン原子の陰イオン、CH3COO-、式(III):
【化3】

を示す)
およびX-は、Y-と同じ置換基を示す)
で示されるものである、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
さらに、凝集剤としてプロトン酸を含む請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1、2または3記載の製造方法により得られた天然ゴムまたはエポキシ化天然ゴムを含んでなるゴム組成物。
【請求項5】
請求項4記載のゴム組成物を用いたタイヤ。

【図1】
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【公開番号】特開2013−47352(P2013−47352A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−254256(P2012−254256)
【出願日】平成24年11月20日(2012.11.20)
【分割の表示】特願2007−15404(P2007−15404)の分割
【原出願日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【出願人】(000183233)住友ゴム工業株式会社 (3,458)
【Fターム(参考)】