説明

サクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法

【課題】オゾン影響によるイネの収量に関する分子マーカーを提供し、その分子マーカーを指標にしたイネのオゾンの影響評価方法、及びオゾン影響下での高収量イネを選抜する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、上記課題を解決するため、被検イネを通常の大気中のオゾン濃度より高い高濃度オゾン環境下かつ高温度環境下の複合環境で処理する工程と、前記処理後の被検イネのサクラネチンの蓄積量を測定する工程と、サクラネチンの検出の有無又は/及び検出量に基づきオゾンにより米の収量への影響の有無又は/及び程度を判定する工程と、からなることを特徴とするサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法の構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サクラネチンを利用したイネの米の収量に対するオゾンの影響を評価する方法に関する。詳細には、高温度環境で高濃度オゾン環境によるサクラネチンの蓄積量を測定することにより、オゾン影響による収量の減少が起こりにくいイネ品種の選抜等に応用できるサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法、それによって選抜されたイネに関する。
【背景技術】
【0002】
特にアジア地域では、急速な経済発展に伴って窒素酸化物の放出量が増大し、地表オゾン濃度の上昇が大きな問題となってきている。オゾンは二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスと同様に温暖化に関与するだけでなく、オゾンを主成分とする光化学オキシダントによる人間の健康への悪影響や地表オゾン濃度上昇による農作物や森林への悪影響が懸念されていることもあり、地球規模の気候変動や環境汚染においてオゾンを考慮することは最も重要な課題であるといわれている。
【0003】
地表オゾン濃度上昇は、小麦、米、大豆などの主要作物の収量減少に関与し、さらに温暖化に伴う地表オゾン濃度上昇は、農作物収量に想像以上の深刻な影響を与えるだろうといわれている(非特許文献1)。
【0004】
よって、農作物、特にイネ品種でのオゾンや高温への抵抗性や収量性に関する研究を行うこと、さらにはオゾンと高温度などの複合環境が農作物収量に与える影響調査をすすめることは、今後のアジア地域を中心とした食料生産に大きく貢献できると思われる。
【0005】
従来、紫外線、乾燥、高温、低温、大気汚染などの環境ストレスが植物に与える影響評価試験には特殊な設備が必要であり、さらに成長や収量への影響評価には長期間の暴露試験を行う必要もあり、多額の費用と時間を要していた。
【0006】
よって、オゾンや高温影響下の抵抗性や高収量性を実験室レベルで早期に評価できる分子マーカーを開発することで、オゾンや高温の影響評価の測定を簡易に行えるようになり、オゾンと高温の単独又は複合環境下での高収量性のイネ品種の選択や育種への効率化にも貢献できると考えられる。
【0007】
また、従来から環境ストレスが植物に与える影響を分子レベルで評価しようとする研究がなされ、指標となる遺伝子やタンパク質などの分子マーカーも多く見出されている。イネで用いられるDNAマーカーには以下のようなものがある。
(1)Pb1遺伝子と連鎖する分子マーカーを指標にイネの穂いもち抵抗性を識別する方法(特許文献1)
(2)アルミニウム耐性に関与する遺伝子、およびその利用(特許文献2)
(3)冠さび病抵抗性イネ科植物の選抜法(特許文献3)
(4)病害抵抗性植物の選抜法(特許文献4)
(5)低温耐性植物、並びにその製造方法及び同定方法(特許文献5)
(6)除草剤抵抗性遺伝子(特許文献6)
上記のように土壌汚染物資や病気、あるいは寒冷地向きイネ育成のため低温抵抗性の遺伝子マーカーなどはあるが、オゾン影響下のイネの収量性に関する分子マーカーは現在のところ見つかっていない。
【0008】
植物における収量性に関するマーカーに関しては以下のようなものがある。
(1)穀物の収量を増加させる遺伝子、並びにその利用(特許文献7)
(2)植物の茎頂分裂組織の転換の時間的制御に関わる新規遺伝子、及びその利用(特許文献8)
上記特許文献はサイトカイニン酸化酵素遺伝子の塩基配列の違いを解析することで収量性を判断する方法(特許文献7)、あるいはapo1遺伝子の塩基配列の違いを解析することで収量性を判断する方法(特許文献8)であるが、いずれも環境ストレス条件下においての収量性との関係は明記されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、オゾン影響によるイネの収量に関する分子マーカーを提供し、その分子マーカーを指標にしたイネのオゾンの影響評価方法、及びオゾン影響下での高収量イネを選抜する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らはイネ6品種に関して常温及び高温下におけるオゾン影響と分子マーカー、及び収量性に関する研究を進めていたところ、高濃度オゾンと高温の複合環境におけるイネ葉のサクラネチン蓄積量が、オゾンによる収量減少への抵抗性と高い相関関係があることを見出した。
【0011】
サクラネチンはファイトアレキシンと総称される抗菌性二次代謝産物の一種で、病原体感染に対する抵抗性反応で生産が誘導される。サクラネチンの構造式を図1に示す。
【0012】
イネからは約15種類ほどのファイトアレキシンが報告されているが、中でもサクラネチンとモミラクトンAはいもち病菌抵抗性において中心的な働きをするため、サクラネチンとモミラクトンAのいもち病菌抵抗性に関する研究は多くなされている。他方、ジャスモン酸、キトサン、二酸化硫黄などの環境因子に対するストレス応答にもファイトアレキシンの働きが重要であることも報告されている(非特許文献2)。
【0013】
また、ファイトアレキシン蓄積を誘導する植物茎葉散布用組成物を塗布することで、サクラネチンとモミラクトンAの蓄積量が増加し、植物の病気に対する抵抗を高め、高収量性につながるとの文献もある(特許文献9)。
【0014】
発明者らは、イネ品種日本晴においてオゾン暴露によりサクラネチンが蓄積することを見出していた(非特許文献3)。他方、6品種のイネを用いてオゾンや高温によるイネの収量影響と関係がある分子マーカーを探索した結果、高濃度オゾンと高温度環境の複合環境処理後のサクラネチン蓄積量が、オゾンによる収量減少への抵抗性と高い相関関係を持っていることを今回初めて見出した。それにより本発明を完成させるに至った。
【0015】
本発明者らは上記課題を解決するために、より具体的には、被検イネを通常の大気中のオゾン濃度より高い高濃度オゾン環境下かつ高温度環境下の複合環境で処理する工程と、前記処理後の被検イネのサクラネチンの蓄積量を測定する工程と、サクラネチンの検出の有無又は/及び検出量に基づきオゾンにより米の収量への影響の有無又は/及び程度を判定する工程と、からなることを特徴とするサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法の構成とした。また、被検イネを通常の大気中のオゾン濃度より高い高濃度オゾン環境下かつ高温度環境下の複合環境で処理する工程と、前記被検イネと同品種の対照イネを通常の大気中のオゾン濃度より低いオゾン環境下かつ高温度環境下又は高温度環境下より低い温度環境下の対照環境で処理する工程と、処理後の前記被検イネ及び対照イネのサクラネチンの蓄積量を測定する工程と、測定された被検イネと対照イネのサクラネチンの蓄積量とを比較する工程と、前記複合環境下の被検イネのサクラネチンの蓄積量の前記対照環境下におけるサクラネチンの蓄積量に対する増減量に基づき前記被検イネの米の収量に対するオゾンの影響の有無又は/及び程度を判定する工程と、からなることを特徴とするサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法の構成とした。
【0016】
また、前記高濃度オゾン環境が、オゾン濃度0.06〜2ppmの範囲であることを特徴とする前記何れかに記載のイネのオゾン影響評価方法の構成、前記高温度環境が、27〜50℃の範囲であることを特徴とする前記何れかに記載のサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法の構成とした。
【0017】
さらに、前記被検イネのサクラネチンの蓄積量が、0.2μg/g生重量以上である場合に、オゾンの影響により米の収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種であると判定することを特徴とする前記何れかに記載のサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法の構成、また前記被検イネのサクラネチンの蓄積量から前記対照イネのサクラネチンの蓄積量を差し引いた値が、0.2μg/g生重量以上である場合に、オゾンの影響により米の収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種であると判定することを特徴とする前記何れかに記載のサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法の構成とした。
【0018】
前記複合環境が、発芽した被検イネを高温度環境下で5日間〜生育終了までの期間生育させている間又は生育させた後、高濃度オゾン環境下に1時間〜生育終了までの期間暴露させることを特徴とする前記何れかに記載のサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法の構成とした。
【0019】
前記何れかに記載のサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法を用いて、オゾン影響下においても米の収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選択することを特徴とするイネ品種の選抜方法の構成とした。また、前記イネ品種の選抜方法を用いて、選抜、育種されたことを特徴とするイネの構成とした。
【0020】
より詳しくは、オゾンによる米の収量への影響の有無とは、所定のオゾン濃度であるときイネの米の収量に対してオゾンの影響が有る、無いということである。極めて高いオゾン濃度であれば、何れのイネ品種であっても何らかのオゾンの影響はあるので、場合によっては致死的でもあるので、ここで影響が無いとするのは、オゾン濃度との関連においてであり、どのようなオゾン濃度であってもオゾンによる影響がないということではない。
【0021】
オゾンによる米の収量への影響の程度とは、所定のオゾン濃度であるとき、あるイネ品種の米の収量がオゾンの影響を受けやすい、影響を受けにくいという相対的判断である。また、米の収量が低下しない又は低下しにくいとは、上記同様に、所定のオゾン濃度であるとき、オゾンによりあるイネ品種の米の収量が低下しない又は低下しにくいと判定することである。
【0022】
従って、このようにして判定、選抜されたイネは、自然環境中のオゾン濃度の上昇において、米の収量減少に対する抵抗性がより強いイネということになる。つまり、サクラネチンは、オゾンの影響によるイネの米収量減少に関する分子マーカーであるといえる。
【0023】
高濃度オゾン環境は、通常の大気中のオゾン濃度より高い濃度であればよいが、より好ましい高濃度オゾンの範囲は、0.06ppm〜2ppmである。0.06ppmより低濃度では、オゾンストレスが弱くサクラネチン蓄積量又は対照イネとの差が小さすぎ或いは認められず、誤判定を起こしやすい。なお、通常の大気中のオゾン濃度とは、光化学オキシダントが発生しているときや越境大気汚染が来ているときにオゾン濃度が高まっている場合は除き、概ね0.06ppmより低い値である。
【0024】
高濃度オゾンの上限は、イネにとって致死的でない濃度で暴露時間によって異なる。概ね2ppmを越えると、オゾンストレスが強すぎ短い期間でもイネには致死的でサクラネチンの収量を求めることができないことがあるため好ましくない。イネにおいて最も好適な高濃度オゾン環境は、オゾン濃度0.15ppmである。
【0025】
高温度環境としては、27℃以上で上限は致死的でない温度、例えば50℃以下が好ましい。高温度が27℃より低温であると、オゾン感受性の品種でもサクラネチンが蓄積しやすくなるため誤判定が発生する危険性が高まる。また高温度が50℃より高い温度域ではそもそもイネが生育できる環境でないため好ましくない。ただし、致死的でない場合においては、特に短時間であれば、当然に50℃以上であっても構わない。高温度条件として、より好ましくは30℃〜40℃程度である。イネにおいて、30℃が最も好適である。なお、高温度環境下より低い温度環境下とは、前記高温度環境の下限27℃より低い温度かつ低温障害が発生しない温度の範囲のことである。
【0026】
高温度処理は、より詳しくは、温度により異なるが、5〜30日間程度、さらには生育終了まで可能である。より具体的には例えば30℃であれば発芽後に鉢に植えてから8〜10日間程度でよい。これより短いとイネの生育が不充分なため、得られる葉の試料が少なくなる。一方、これより長くなるほど、手法の簡便性が失われてゆく。
【0027】
高濃度オゾン処理は、より詳しくは、オゾン濃度により異なるが、1時間〜30日間程度、さらには生育終了まで可能である。より具体的には例えば0.15ppm程度であれば、6時間〜24時間程度でよい。高濃度オゾン処理時間が6時間より短いとサクラネチンの蓄積の誘導が充分に起こらず、24時間より処理時間を長くしてもサクラネチンの蓄積量は処理時間に比例して増加しない。
【0028】
高濃度オゾン処理は、高温度処理を実施した後、又は実施中のイネに行う。高濃度オゾン処理時間が24時間以上の場合は、処理直後に試料(イネ葉等)を採取することが望ましい。高濃度オゾン処理後のサクラネチンの分解による減少が起きる前にサクラネチンの蓄積量の測定をすることが望ましいからである。但し、高濃度オゾン処理時間が24時間未満の場合は、サクラネチンが充分に蓄積するのを待つため、高濃度オゾン処理開始から24時間以降に試料を採取するのが望ましい。
【0029】
高濃度オゾン処理の代わりに清浄空気で同様に処理した試料を対照イネとして、サクラネチン含量を測定し、サクラネチンの蓄積が高濃度オゾン処理によるものであることを確認することが望ましい。
【0030】
高濃度オゾン処理期間は、特に発芽直後でなくてもイネの生育期であればどの時期に設けてもよいが、発芽直後から処理を実施することで、オゾンの影響をより早期に判定することができることとなる。
【0031】
高濃度オゾン処理に起因する被検イネのサクラネチンの蓄積量が、例えばイネ葉において、0.2μg/g生重量以上である場合に、測定誤差等の誤差を排除し、オゾンの影響により米の収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種に特徴的なサクラネチンの蓄積量であると捉えることができ、誤判定が回避される。
【0032】
イネが健全に育った場合には、通常の大気中のオゾン濃度より低いオゾン環境下ではサクラネチンの蓄積がほとんど起こらないが、生育中に病原体感染等の影響によりサクラネチンが蓄積する可能性があるため、対照イネとの比較に基づき、高濃度オゾン環境下の被検イネのサクラネチンの蓄積量から対照イネのサクラネチンの蓄積量を差し引いた値を高濃度オゾン処理に起因するサクラネチンの蓄積量とし、この値が、例えばイネ葉において、0.2μg/g生重量以上である場合に、測定誤差等の誤差を排除し、オゾンの影響により米の収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種に特徴的なサクラネチンの蓄積量であると捉えることができ、誤判定が回避され、より精度の高いイネのオゾン影響を判定することができることとなる。
【発明の効果】
【0033】
本発明者らは、特に植物ファイトアレキシンとして知られるサクラネチンの蓄積量が、イネ品種におけるオゾンの収量への影響に関し、特に収量減少への抵抗性と高い相関性を持つことを見出した。これにより、高温度環境で高濃度オゾンによるイネ葉のサクラネチン蓄積量を測定することで、そのイネ品種のオゾン環境下での収量影響評価が早期に判断でき、効率的な育種等に貢献できることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】サクラネチンの構造式である。
【図2】高濃度オゾンと温度との影響を調べる試験の模式図である。
【図3】オゾンによるサクラネチン及びモミラクトンA生成と収量影響との関係を調べた結果(表)である。
【図4】収量測定に用いた暴露オゾン濃度(ppb)の日パターンである。
【図5】イネ収量(相対収量)に及ぼすオゾンの影響を調べた結果である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下の通りである。なお、言うまでもないが、本発明は、特に本実施の形態の記載のみに限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
[イネ栽培方法及び高濃度オゾンと高温度環境処理方法]
日本型(japonica)品種の日本晴(Nipponbare)、コシヒカリ(Koshihikari)、きらら397(Kirara397)及びにこまる(Nikomaru)と、インド型(indica)品種のタカナリ(Takanari)及びカサラス(Kasalath)の合計6品種を選択した。
【0037】
・イネ籾の入手先
「日本晴」、「コシヒカリ」及び「きらら397」は(独)農業環境技術研究所、「にこまる」は(独)農研機構・九州農業研究センター、「タカナリ」は(独)農研機構・作物研究所、「カサラス」は(独)国立環境研究所より入手した。
【0038】
・イネ籾の殺菌
50mlの希釈次亜塩素酸ナトリウム溶液(次亜塩素酸ナトリウム溶液(Sodium hypochlorite solution):和光純薬工業(株)を1/4に滅菌水で希釈した)に対して、100粒のイネ種子{しゅし}を加え、30分間の振とうによる殺菌処理を行い、その後50mlの滅菌水で2分間の振とうによる洗浄処理を10回行った。
【0039】
・イネ籾の発芽
殺菌洗浄後のイネ種子{しゅし}は200ml容のビーカーに移し、50〜100mlの滅菌水を加え、アルミホイルで全体を覆い3日間、25℃の暗条件下で発芽させた。発芽処理の際、滅菌水は1日毎に取り換えた。
【0040】
・発芽イネ籾の播種
同程度の発芽状態のイネ種子{しゅし}を栽培用プラスチックケースに入れた育苗用床土(くみあい粒状培土K、田植機用育苗床土:全農)の上に30−40粒並べ、さらに種の上に育苗用床土をかるくふるい、蒸留水を十分にかけた。栽培用プラスチックケースの下の水受けには十分な蒸留水を入れた。
【0041】
・複合環境処理前生育
その後、25℃と30℃の温度に設定された各チャンバーに栽培用プラスチックケースを設置し、12時間ごとの明暗周期(am7:00−pm7:00までが明条件)、相対湿度70%の条件で生育させた。明条件は白色蛍光{はくしょく けいこう}灯を用いて光強度約400μmolm−2−1に設定した。
【0042】
・高濃度オゾン暴露
25℃では10日間、30℃では8日間生育させた後、イネをプラスチックケースごとそれぞれ25℃と30℃に設定されたオゾンチャンバーに移し、0.15ppm濃度の高濃度オゾン処理(風速0.22m/s)を6時間行った。高濃度オゾン処理は、午前10:00から開始させ、午後4:00に終了させた。いずれもメタルハライドランプ{はくしょく けいこう}を用いた光強度約400μmolm−2−1の明条件で、相対湿度70%で行った。
【0043】
・対照実験(非高濃度オゾン環境)
対照区としてフィルター処理した汚染のない空気(風速0.22m/s)を使用し、他の条件は全て高濃度オゾン処理のものと同じ設定で行った。高濃度オゾン処理後に、それぞれ25℃と30℃の温度に設定されたもとのチャンバーに戻し、12時間ごとの明暗周期、相対湿度70%の条件で25℃、30℃ともオゾン暴露終了から24時間後の午後4:00に葉のサンプリングを行った(図2)。
【0044】
[イネ葉のサンプリング方法及び調製方法]
・イネ葉のサンプリング
サンプリングには下から3番目の葉を使用した(図2)。イネのストレス応答解析研究のモデルシステムにおいて3番目の葉を使用している。下から3番目の葉は安定しており再現性に優れていることが解っていることから(非特許文献2)、今回の実験でも3番目の葉を用いることにした。
【0045】
・イネ葉の処理
各栽培用プラスチックケースから30枚の葉をハサミで切り取り、直ちに液体窒素で凍結させた。凍結イネ葉30枚をすべて液体窒素と共に乳鉢に入れ、細かなパウダー状になるまですりつぶした。パウダー状にする際に液体窒素を常に絶やさないように注意し、パウダー状になったサンプルは液体窒素中で冷やしておいたサンプルチューブに移し、−80℃で保存した。
【0046】
[サクラネチン及びモミラクトンAの定量方法]
・指標物質の溶出
パウダー状のイネ葉サンプル150−200mgを5mlの80%メタノール中で5分間煮沸した。10mlの塩化ナトリウム溶液を加えた。このサンプル液に5mlの酢酸エチルで3回抽出を繰り返した。抽出液は遠心濃縮し、2mlのn−ヘキサンに溶解した。得られた抽出液からSep−Pak Light Silica カートリッジ(Waters社)にて、イネのファイトアレキシンを溶出(溶媒;酢酸エチル:n−ヘキサン=1:2)した。
【0047】
・指標物質の定量
溶出画分は遠心濃縮し、2mlのメタノールに溶解し、そのうち2μlをHPLC(カラム:
Xbridge C18 3.5μm,2.1x150(Waters社)、溶媒:メタノール:水=4:1、流速;0.1ml/min)で分画し、LC−MS/MS分析(PE Scix API−2000(PerkinElmer社)(非特許文献4))により、サクラネチン及びモミラクトンAの蓄積量を定量した。
【0048】
検出はSIMモード、MRMモードの組み合わせで、サクラネチンがm/z287、モミラクトンAがm/z315/271の条件で行った。図3に25℃及び30℃での高濃度オゾン処理後のサクラネチンとモミラクトンAの蓄積量の結果を示した。
【実施例2】
【0049】
[イネ野外暴露処理及び収量の測定方法]
・育苗
クミアイテクリードCフロアブル(クミアイ化学工業製;イプコナゾール・銅水和剤200倍)とスミチオン乳剤(協友アグリ製;1000倍)の混合液にイネ種子{しゅし}を24時間浸漬処理した後、流水洗、催芽を行い、水稲用育苗箱に播種し、ガラス室内で育苗した。
【0050】
・暴露環境
病虫害予防用にビルダープリンス粒剤(北興化学工業製;フィプロニル・プロベナゾール粒剤)を育苗箱あたり50g散布し、育苗した苗は赤城試験センター(群馬県前橋市苗ヶ島町)内の標高540m地点に設置されているオープントップチャンバー(間口3.6m、奥行3.6m、高さ2.4m、以下、OTCと記す)内にあらかじめブロック配置したポットに定植を行うとともに高濃度オゾンの暴露処理、高温度処理を開始した。
【0051】
・用土
実験に用いた用土は、構内で採取した黒ボク土を用い、ポットは白色の1/2000aのワグネルポット(土壌容量12L)を用い、ポットあたり4個体を定植した。なお、OTCの構造等の詳細は非特許文献5に記した通りである。
【0052】
・生育(灌水及び施肥)
ポットへの灌水は、自動給水装置を使用して地下水(平均pH7.7)を灌水するとともに、必要に応じて手灌水を行った。また、チャンバー内に併設したミスト散布装置を用いてポット上部からミスト散布を行った。ミスト散布には脱イオン水(平均pH5.7)を使用し、1日につき1回約5mmを、1週につき1〜2回の割合で散布した。定植後、くみあいLPコート入り複合444−D80号(14−14−14;チッソ旭肥料製)をポット当たり5.36g(15KgN/10a相当量)施肥し、追肥は実施しなかった。
【0053】
・高濃度オゾン濃度設定
OTCに導入する空気を活性炭フィルターで浄化した浄化空気区(以下、CF区と記す)と、これに4段階のオゾン添加区を設定した。また、1処理区当たり2つのチャンバー反復を設定した。オゾン添加区に用いた基準オゾン濃度は、埼玉県環境科学国際センター(埼玉県北埼玉郡騎西町)において2000〜2007年に観測された5月〜9月のオゾン濃度から時間平均値を求め、これを基準(以下、×1.0と表記)にして、基準濃度の2.0倍の濃度区を設けた(図4、以下、CF、×2.0区と記す)。
【0054】
・温度条件
定植から最終収穫までの全試験期間中(6月〜10月)のチャンバー内の平均気温はそれぞれ21.1℃であった。なお、試験期間中の屋外の平均気温は19.8℃であった。
【0055】
・収穫
イネの籾がほぼ黄色になった段階で、サンプリングし、自動種子精別機(藤原製作所製FV−459A)を用いて全籾をシイナと稔実籾に選別し、それぞれをマルチオートカウンター(藤原製作所製KC−10M3)で計測し、稔実率を求めた。
【0056】
国産品種については電動もみすり器(ケット科学研究所製TR−200)で籾すりを行い,玄米を得た。精籾及び玄米についてはそれぞれ重量を測定した。海外産品種の籾は,電動もみすり器を用いると砕粒米になる割合が著しく高かったため,籾すりは行わず,精籾の収量を比較検討した。
【0057】
・結果
図5にイネ収量に及ぼすオゾンの影響の結果を示した。オゾンにより収量が減少しやすい品種は、カサラス、タカナリ、きらら397であり、にこまる、日本晴、コシヒカリはオゾンにより収量が減少しにくい品種であることが解った。
【0058】
先に述べた実験室レベルでの高濃度オゾン及び高温度環境処理のイネ葉のファイトアレキシン蓄積量の結果と野外オゾン暴露実験におけるイネ収量の結果とを比較してみると、モミラクトンAに関しては、25℃及び30℃でのオゾン処理のいずれの場合(図3)でも、カサラスを除いたすべての品種において対照区よりも増加しており、収量に相関関係は見られないことが確認できる。
【0059】
これに対してサクラネチンは、25℃でのオゾン処理の場合(図3)では、収量の減少したきらら397でも対照区より蓄積量の増加がみられるものの、30℃でのオゾン処理(図3)では、収量減少に影響がなかった品種、にこまる、日本晴、コシヒカリのみで対照区に比べてサクラネチンの蓄積量に増加が確認された。
【0060】
よって、これらの結果から高温度30℃での高濃度オゾン処理によるイネ葉のサクラネチン蓄積量を測定することで、早期にオゾン影響下におけるイネ品種の収量性を評価できることから、オゾンによる影響評価や育種分野等に貢献できると思われる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明はイネに及ぼすオゾンの収量影響の判定に利用できるため、環境影響評価及び植物育種の技術分野に貢献できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0062】
【特許文献1】特開2007−54020号公報
【特許文献2】特開2008−54532号公報
【特許文献3】特開2008−237174号公報
【特許文献4】特開平10−127290号公報
【特許文献5】特開2007−228914号公報
【特許文献6】特表2009−513139号公報
【特許文献7】国際公開WO2004/044200
【特許文献8】特開2005−278499号公報
【特許文献9】特開2001−10914号公報
【非特許文献】
【0063】
【非特許文献1】http://royalsociety.org/news.asp?id=3084
【非特許文献2】Jwa et al.(2006) Plant Physiol. Biochem., 44,26-273
【非特許文献3】Cho et al.(2008) J. Proteome Res., 7,2980-2998
【非特許文献4】Nakazato etal. (2000) Biosci. Biotechnol. Biochem., 64,577-583
【非特許文献5】松村秀幸, 河野吉久(2003)常緑広葉樹におよぼす二酸化硫黄とオゾンの単独および複合影響 電力中央研究所 研究報告 U02021.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検イネを通常の大気中のオゾン濃度より高い高濃度オゾン環境下かつ高温度環境下の複合環境で処理する工程と、前記処理後の被検イネのサクラネチンの蓄積量を測定する工程と、サクラネチンの検出の有無又は/及び検出量に基づきオゾンにより米の収量への影響の有無又は/及び程度を判定する工程と、からなることを特徴とするサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法。
【請求項2】
被検イネを通常の大気中のオゾン濃度より高い高濃度オゾン環境下かつ高温度環境下の複合環境で処理する工程と、前記被検イネと同品種の対照イネを通常の大気中のオゾン濃度より低いオゾン環境下かつ高温度環境下又は高温度環境下より低い温度環境下の対照環境で処理する工程と、処理後の前記被検イネ及び対照イネのサクラネチンの蓄積量を測定する工程と、測定された被検イネと対照イネのサクラネチンの蓄積量とを比較する工程と、前記複合環境下の被検イネのサクラネチンの蓄積量の前記対照環境下におけるサクラネチンの蓄積量に対する増減量に基づき前記被検イネの米の収量に対するオゾンの影響の有無又は/及び程度を判定する工程と、からなることを特徴とするサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法。
【請求項3】
前記高濃度オゾン環境が、オゾン濃度0.06〜2ppmの範囲であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のイネのオゾン影響評価方法。
【請求項4】
前記高温度環境が、27〜50℃の範囲であることを特徴とする請求項1〜請求項3の何れか1項に記載のサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法。
【請求項5】
前記被検イネのサクラネチンの蓄積量が、0.2μg/g生重量以上である場合に、オゾンの影響により米の収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種であると判定することを特徴とする請求項1〜請求項4の何れか1項に記載のサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法。
【請求項6】
前記被検イネのサクラネチンの蓄積量から前記対照イネのサクラネチンの蓄積量を差し引いた値が、
0.2μg/g生重量以上である場合に、オゾンの影響により米の収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種であると判定することを特徴とする請求項2〜請求項5の何れか1項に記載のサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法。
【請求項7】
前記複合環境が、発芽した被検イネを高温度環境下で5日間〜生育終了までの期間生育させている間又は生育させた後、高濃度オゾン環境下に1時間〜生育終了までの期間暴露させることを特徴とする請求項1〜請求項6の何れか1項に記載のサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法。
【請求項8】
請求項1〜請求項7の何れか1項に記載のサクラネチンを利用したイネのオゾン影響評価方法を用いて、オゾン影響下においても米の収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選択することを特徴とするイネ品種の選抜方法。
【請求項9】
請求項8に記載のイネ品種の選抜方法を用いて、選抜、育種されたことを特徴とするイネ。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−33533(P2011−33533A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181643(P2009−181643)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年7月22日 インターネットアドレス「http://www3.interscience.wiley.com/journal/122519339/abstract」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、環境省、委託研究「気温とオゾン濃度上場が水稲の生産性におよぼす複合影響評価と適応方策に関する研究(その1)及び(その2)」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501273886)独立行政法人国立環境研究所 (30)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】