説明

サブマージアーク溶接方法

【課題】容易に裏波ビードの酸化を防止可能な立向き姿勢のサブマージアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】所定のギャップ31を備えて相対させた一対の鋼板1,2を立向き姿勢で溶接するサブマージアーク溶接方法であって、被覆部材32によって溶接箇所22の裏側を覆い、溶接箇所22の裏面に面してフラックスを滞留させる空間33を形成し、溶接箇所22の表面に供給するフラックスの一部を溶接箇所22の上方でギャップ31を通過させて当該空間33に供給しつつ、溶接トーチ12により溶接箇所22をアーク溶接する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立向き姿勢でのサブマージアーク溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、フラックスを用いたサブマージアーク溶接法が開発されている。サブマージアーク溶接法は、溶接箇所に粉状のフラックスを供給して表面を覆い、その中に溶接ワイヤを供給して溶接を行うものである。このようなサブマージアーク溶接法では、溶け込みが深く、溶接箇所がフラックスで覆われるため、スパッタの飛散が防止され、高能率、高品質の溶接が可能となる。
【0003】
そして、近年、造船や屋外建造物等の溶接の際に、上下方向に延びる溶接箇所を側方から溶接を行う立向き姿勢によるサブマージ溶接法が要望されており、例えば特許文献1に記載されているように立向き姿勢のサブマージアーク溶接装置及び溶接方法が開発されている。
特許文献1に記載された溶接方法では、溶接箇所を側方から袋状のフラックス受けで覆い、該フラックス受け内にフラックスを供給しながら溶接を行う。
【0004】
ところで、このようなサブマージアーク溶接時において、溶接箇所に裏波ビードが形成される場合には、裏波ビードが大気中に露出して酸化し溶接品質の低下を招く虞がある。また、立向き溶接であることから裏波が垂れ落ちる虞があり、裏波形状を一定にすることが困難であった。したがって、当該溶接後にガウジング等により裏はつり作業を行い、溶接箇所の酸化した部分を除去したり裏波形状を整えたりする必要があり、作業工数の大幅な増加を招いていた。
裏波ビードの酸化の防止及び裏波形状を整える方法としては、溶接箇所の裏側に裏当て金を密着させる方法が知られている(例えば特許文献2、特許文献3)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−307570号公報
【特許文献2】特開2006−167795号公報
【特許文献3】特許第3617589号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献2、3のように、裏当て金を溶接箇所の裏側に密着させようとしても、例えば溶接箇所にX字形に開先を施した場合には、各種開先形状に合わせて専用の裏当て金を製作しなければならず、裏当て金の種類が増加して治具コストが大幅に増加してしまう。
また、溶接箇所の表側だけでなく裏側にもフラックスを供給しようとすると、立向き姿勢の溶接ではフラックスを溶接箇所に滞留させることが困難であるとともに、表側にフラックスを供給するフラックス供給手段とは別に裏当て金と溶接箇所との間にフラックスを供給するフラックス供給手段を設けなければならず、溶接装置が複雑化してしまう。
本発明は、上記した従来の課題に着目してなされたもので、裏波ビードの酸化を防止するとともに裏波形状を整えることが容易に可能な立向き姿勢のサブマージアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記した目的を達成するために、本発明の請求項1に係る発明は、所定の隙間を備えて相対させた一対の被溶接物の溶接箇所の表面を覆うようにフラックスを供給しつつ、アーク溶接装置により側方から溶接箇所をアーク溶接する立向き姿勢のサブマージアーク溶接方法であって、アーク溶接装置により溶接する側とは反対側である溶接箇所の裏側を被覆部材によって覆い、溶接箇所の裏面に面してフラックスを滞留可能な空間を形成し、溶接箇所の表面に供給するフラックスの一部を溶接箇所の上方で隙間を通過させて当該空間に供給しつつ、アーク溶接装置により溶接箇所をアーク溶接することを特徴とする。
【0008】
また、本発明の請求項2に係る発明では、請求項1において、一対の被溶接物は溶接箇所において両側開先が施され、被覆部材は少なくとも溶接箇所の裏側の開先を覆うように配置されることを特徴とする。
また、本発明の請求項3に係る発明では、請求項1において、被溶接物の溶接箇所には片側開先が施され、被覆部材は内部が凹んで形成され、少なくとも前記隙間を覆うように配置されることを特徴とする。
また、請求項4において、請求項1〜3のいずれかにおいて、被覆部材は、アルミテープにより形成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の請求項1に係るサブマージアーク溶接方法では、被覆部材によって溶接箇所の裏側に空間が形成され、表側に供給されるフラックスの一部がギャップを通過して裏側の空間内に供給されるので、溶接箇所の表裏両面をフラックスで覆いつつ溶接可能となり、溶接箇所の表面だけでなく裏面の酸化を防止することができるとともに、被覆部材によって裏波形状を整えることができる。したがって、溶接品質を確保しつつ、溶接後に裏面のはつり作業が不要となり、溶接工数を低減させることができる。
また、表側に供給されるフラックスの一部がギャップを通過して裏側に供給されるので、裏側用のフラックス供給手段を新たに備える必要がなく、また溶接箇所の形状に合わせて密着するような専用の形状の裏当て金を用意する必要もないので、容易に溶接箇所の裏面の酸化防止及び裏波形状の安定化を図ることができる。
【0010】
本発明の請求項2に係るサブマージアーク溶接方法では、溶接箇所に両側開先、例えばX字形やH字形の開先が施されるので、被覆部材により溶接箇所の裏側の開先を覆うことで、開先内にフラックスを滞留させる空間を容易に形成することができる。
本発明の請求項3に係るサブマージアーク溶接方法では、被覆部材により溶接箇所の裏側に空間が形成されるので、片側開先、例えばV字形、U字形の開先であっても容易に溶接箇所の裏面を覆うフラックスを滞留させることができる。
本発明の請求項4に係るサブマージアーク溶接方法では、アルミテープにより被覆部材が形成されるので、安価にかつ容易に被覆部材を設けることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明に係るサブマージアーク溶接方法による溶接時の状態を示す側面図である。
【図2】フラックスの供給状態を示す溶接部の縦断面図である。
【図3】両側開先の一例であるX字形の開先を施した場合の溶接部の斜視図である。
【図4】両側開先の一例であるX字形の開先を施した場合の溶接部の水平断面図である。
【図5】両側開先の一例であるH字形の開先を施した場合の被覆部材の一実施形態を示す溶接部の水平断面図である。
【図6】片側開先の一例であるV字形の開先を施した場合の被覆部材の一実施形態を示す溶接部の水平断面図である。
【図7】片側開先の一例であるU字形の開先を施した場合の被覆部材の一実施形態を示す溶接部の水平断面図である。
【図8】片側開先の一例であるV字形の開先を施した場合の被覆部材の他の実施形態を示し、A)はアングル材、B)は厚板によって形成された場合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係るサブマージアーク溶接方法について図面を用いて説明する。
図1〜4は、本発明に係るサブマージアーク溶接方法の一実施形態の説明図であり、図1は、溶接時の状態を示す側面図、図2はフラックスの供給状態を示す溶接部の縦断面図、図3は溶接部の斜視図、図4は溶接部の水平断面図である。
本発明に係るサブマージアーク溶接方法は、上下方向に延びる溶接箇所を側方から溶接する立向き姿勢によって行われる。
【0013】
本実施形態では、図1に示すように、立設した被溶接物である1対の鋼板1、2を突き合わせ、該突き合わせ部分を上下方向にサブマージアーク溶接によって溶接する。
サブマージアーク溶接は、フラックスを溶接箇所の表面に供給して覆い、その中で行われるアーク溶接である。フラックスは、被溶接物および溶加材の酸化物等の有害物を除去し、被溶接物の表面を保護する粉状の材料である。
サブマージアーク溶接には、例えば特開2007−307570号公報に記載されているようなアーク溶接装置が用いられる。
【0014】
本実施形態において用いられるアーク溶接装置3の構成は、例えば特開2007−307570号公報に記載されているので、詳細な説明は省略するが、図1に示すようにフラックス受け10と、フラックス供給手段11と、溶接トーチ12と、移動機構13とを、主たる構成要素として備えている。フラックス受け10、フラックス供給手段11及び溶接トーチ12は、移動機構13によって、上下方向に延びる溶接線14に沿って設けられた走行レール15上を上下方向に移動可能に構成されている。
【0015】
図2に示すように、フラックス受け10は、例えばグラスウールや金属などの耐熱性を有する物質から作られた袋状の部品であり、フレーム16、17に取り付けられて支持されることにより、箱型形状に保持されている。フラックス受け10の一方の側部は開放しており、このフラックス受け10の開放する側部がバネ18によって付勢されて鋼板1、2に当接するように配置されることで、フラックス受け10の内部に閉塞した空間20が形成される。フラックス受け10の上部には、フラックス供給手段11からフラックスが流入する開口部21が設けられている。フラックス受け10はフレーム16、17を介して移動機構13により上下方向に移動し、溶接箇所22の表面を覆うように配置される。すなわち、フラックス受け10がその開放側の側部で鋼板1、2に当接したときに、フラックス受け10の開放側が鋼板1、2で閉じられることにより、供給されるフラックスを内部に保持し、溶接箇所22の表面を覆うように滞留させておくことが可能となる。
【0016】
溶接トーチ12は、フラックス受け10内に配置され、鋼板1,2の溶接箇所22に向けて溶接ワイヤ23を供給する。
図3及び図4に示すように、本実施形態では、鋼板1、2の突き合わせ部分には、あらかじめX字形の開先30が施されている。開先30は、鋼板1、2の間の最狭部に5mm程度の隙間(ギャップ31)が設けられるように設定されている。そして、このギャップ31に溶接トーチ12から溶接ワイヤ23を延ばして溶接しつつ、溶接トーチ12を下方から上方に移動することで、ギャップ31に下方から初層ビードが置かれる。なお、図4に示すように、フラックス受け10は、少なくとも開先30を覆うように横幅が設定されている。
【0017】
特に、本実施形態のサブマージアーク溶接方法では、溶接箇所22の裏側を覆うように被覆部材32を鋼板1、2の裏面に貼付した上で溶接を行う。被覆部材32は、例えばアルミテープのような耐熱性を有する薄膜状の物質が用いられる。被覆部材32を鋼板1、2に貼付することで、ギャップ31と被覆部材32との間の開先30内に空間33が形成される。
【0018】
したがって、図2に示すように、溶接箇所22の裏側の空間33は、溶接箇所22の上方のギャップ31を介して、フラックス受け10内の空間20と連通している。そして、フラックス供給装置11からフラックス受け10内にフラックスを供給することで、その一部がギャップ31を通過して、溶接箇所22の裏側の空間33に流入する。これにより、溶接箇所22の表面だけでなく裏面もフラックスによって覆われた状態で溶接を行うことができ、よって溶接箇所22の裏波ビードの酸化を防止することができる。また、被覆部材32で溶接箇所22の裏側を覆うことで、裏波の垂れ落ちを抑え、安定したビード形成を図ることができる。
【0019】
これにより、本実施形態では、溶接箇所22の裏側の酸化部分を除去したり裏波を整えたりするためのガウジング等によるはつり作業を行う必要がなくなり、スラグを除去する程度でその後の溶接作業を続けることができ、よって工数を低減させることができる。
ところで、一般的に用いられる下向きのサブマージアーク溶接方法では、表(上面)側に供給するフラックスと、裏(下面)側に供給するフラックスとで異なる種類のものが使用されている。これは、裏側にのみ溶接ビードのたれを抑えるように溶融性の低いフラックスを用いる必要性があるためである。これに対し、本実施形態では立向き姿勢の溶接により、表側と裏側とに供給するフラックスを共通化することができる。したがって、裏側専用のフラックス供給装置を必要とすることなく、表裏両面に同一のフラックス供給装置11からフラックスを供給することができ、アーク溶接装置3全体の簡素化を図ることができる。
【0020】
以上のように、本実施形態では、溶接箇所22の裏側にアルミテープのような簡易な被覆部材32を取り付けることで、立向き姿勢の溶接であることを利用して、溶接箇所22の表側に供給するフラックスを裏側にも自動的に供給して滞留させ、溶接箇所の裏面も覆うようにするので、容易に溶接箇所22の裏波ビードの酸化を防止するとともに裏波形状を整えることが可能となる。
【0021】
以上の実施形態では、溶接箇所にX字形の開先30を施した場合でのサブマージアーク溶接方法について述べたが、本発明はこれに限定するものではなく、各種形状の開先の場合でも本発明を適用することができる。
例えば、図5に示すH字形の開先35のような両側開先の場合には、上記X字形の開先30の場合と同様に、被覆部材32を用いて溶接を行えばよい。
図6は、片側開先の一例であるV字形の開先40の溶接時における溶接部の一実施形態の断面図である。
図6に示すように、本実施形態では、溶接部に表側が開口したV字形の開先40が施されており、最狭部で前述の実施形態と同様に5mm程度の隙間(ギャップ42)が設けられている。
本実施形態では、被覆部材41は、例えば銅板により形成され、裏側に突出した形状となっており、鋼板1、2の裏面に取り付けることでその内部に空間43が形成される。
なお、被覆部材41が布状の柔らかい材質であってもよい。この場合、溶接箇所22の裏側に空間が形成可能なように弛みを持って鋼板1、2に取り付けておけば、フラックスの流入により自然と膨らんで内部にフラックスを滞留させることができる。あるいは、フラックスの流入により被覆部材41が自動的に膨らみ難い場合には、例えばフラックス流入前に作業者が細棒を用いて被覆部材41の内側を突いて膨らませることで、フラックスが滞留する空間43をあらかじめ形成しておいてもよい。
【0022】
そして、上記X字形の開先の場合と同様のアーク溶接装置3を用いることで、本実施形態では、フラックス受け10内の空間20に流入するフラックスが、V字形の開先40内に滞留して溶接箇所22の表面を覆うとともに、その一部がギャップ42を通過して被覆部材41内の空間43に流入する。したがって、上記X字形の開先30の場合と同様に溶接箇所22の裏面も容易にフラックスによって覆うことができる。
また、図7に示すU字形の開先45のような片側開先の場合には、上記V字形の開先40の場合と同様に、被覆部材41を用いて溶接を行えばよい。
【0023】
被覆部材32、41は、被溶接部材(鋼板1、2)に取り付けることで溶接箇所22の裏側にフラックスが滞留する空間が形成されればよく、上記形状及び材質以外にも各種形状、材質を採用することが可能である。例えばV字形やU字形のような片側開先の場合には、図8(A)に示すようにアングル材により形成された被覆部材50を用いたり、同図(B)に示すように内部に空間51を有する例えばセラミックの厚板による被覆部材52を用いたりしてもよい。
被覆部材の材質に関しては、上記実施形態のようなアルミテープ、銅板の他に、各種鋼材、セラミック等、溶接時の温度上昇に耐えうる材質であればよい。
【0024】
また、被覆部材の取り付け方法に関しては、溶接時に温度上昇しても固定が保持され、かつ溶接後に容易に取り外し可能な方法であればよい。例えば耐熱性を有する接着剤を用いたり、被覆部材が鉄製であれば点付け溶接によって固定したりしてもよい。あるいは、被覆部材がセラミックや銅である場合には、溶接部から離間した位置でアルミテープによって固定すればよい。
被覆部材の材質や取り付け方法は、溶接部からの距離や入熱に応じて選択するとよい。例えば、V字形やU宇形のような片側開先の場合は、X字形やH字形のような両側開先の場合と比較して溶接部から被覆部材の取り付け部までの距離が短いので、アルミテープを用いると糊が熱により劣化する虞がある。したがって、片側開先の場合には、アルミテープではなく、上記のように鋼板やセラミックを選択するとよい。入熱については、鋼板1、2の板厚及び材質、溶接金属材質、開先形状、溶接条件により変化するので、これらの条件に基づいて入熱を推定し、被覆部材の材質や取り付け方法を選択すればよい。
【符号の説明】
【0025】
1、2 鋼板
3 アーク溶接装置
22 溶接箇所
30、35、40、45 開先
31、42 ギャップ
32、41、50、52 被覆部材
33、43、51 空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の隙間を備えて相対させた一対の被溶接物の溶接箇所の表面を覆うようにフラックスを供給しつつ、アーク溶接装置により側方から前記溶接箇所をアーク溶接する立向き姿勢のサブマージアーク溶接方法であって、
前記アーク溶接装置により溶接する側とは反対側である前記溶接箇所の裏側を被覆部材によって覆い、前記溶接箇所の裏面に面してフラックスを滞留可能な空間を形成し、
前記溶接箇所の表面に供給するフラックスの一部を前記溶接箇所の上方で前記隙間を通過させて前記空間に供給しつつ、前記アーク溶接装置により前記溶接箇所をアーク溶接することを特徴とするサブマージアーク溶接方法。
【請求項2】
前記一対の被溶接物は前記溶接箇所において両側開先が施され、前記被覆部材は少なくとも前記溶接箇所の裏側の開先を覆うように配置されることを特徴とする請求項1に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項3】
前記被溶接物の前記溶接箇所には片側開先が施され、
前記被覆部材は内部が凹んで形成され、少なくとも前記隙間を覆うように配置されることを特徴とする請求項1に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項4】
前記被覆部材は、アルミテープにより形成されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のサブマージアーク溶接方法

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−79039(P2011−79039A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−235265(P2009−235265)
【出願日】平成21年10月9日(2009.10.9)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】