説明

サルモネラ・エンテリティディス分離用培地

【課題】ペプトン量を1.0〜10.0g/Lの範囲と通常用いられている量以下とし、更にキシロースおよびアラビノース、またはマルトース、およびアミノ酸を含有させることにより、一枚の平板で、サルモネラ・エンテリティディスを他菌種と区別し、分離・検出が可能となる。従って、検体中のサルモネラ・エンテリティディスを、特殊な技術や熟練を必要とせず、短時間にかつ容易に検出することができる特定の培地組成物を提供する。
【解決手段】硫化水素産生能を利用して黒色コロニーの有無を鑑別する培地中に、キシロースおよびアラビノース、またはマルトース、アミノ酸、およびペプトン1.0〜10.0g/Lを含有することを特徴とするサルモネラ・エンテリティディス分離用培地。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食中毒の原因菌であるサルモネラ・エンテリティディス分離用培地に関するものである。
【背景技術】
【0002】
サルモネラ属菌は、大腸菌と同じ腸内細菌科に属し、グラム陰性、通性嫌気性の無芽胞桿菌である。サルモネラによる食中毒は、サルモネラに汚染された食肉、牛乳、卵およびこれらの加工食品を摂取し、腸管内で増殖することによって起こる感染型食中毒で、サルモネラ食中毒は増加の傾向にあるとされている。
【0003】
従来、サルモネラの検出法としては、サルモネラがチオ硫酸塩含有培地(TSI培地)において硫化水素を産生する性質を利用し、培地中に第二鉄イオンを含有せしめておき、硫化水素と第二鉄イオンとの反応により硫化鉄を生成させ、コロニーの黒色化の有無を観察する方法が汎用されていた(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、この方法では、検体の前増菌培養、増菌培養、分離培養による推定試験のほかに、生化学的分類法および免疫学的判定法による確認試験を必要とし、検体中のサルモネラ菌を同定するまでには極めて長い時間、労力、熟練を要するものであった。
【0005】
殊に分離培養による推定試験では、培地成分とサルモネラ菌との作用で中心部が黒色で周縁部が半透明の定型的コロニーを生じるが、サルモネラ菌以外にこのコロニーの特徴を有する細菌類も多く、この段階でサルモネラ菌を同定することは困難であった。
【0006】
この問題を解決するため、検体成分を含硫アミノ酸および第二鉄イオンを含む寒天培地で培養して、培地上に中心部が黒色で周縁部が半透明のコロニーを形成し、かつ集落裏側における培地表面において黒色の痕跡を検出するサルモネラ菌の簡易検出法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
上記のサルモネラ分離用培地としては、MLCB寒天培地が広く使用されている。
しかしながら、従来のMLCB寒天培地を用いたサルモネラ検出法では、サイトロバクターに代表される他の硫化水素産生菌との鑑別ができないと言う問題があった。
【0008】
このため、チオ硫酸塩および第二鉄イオンを含有する培地に、サルモネラによって分解されずサイトロバクターによって分解されて酸を生成しうる糖類を0.1〜3.0重量%の範囲で含有させたサルモネラ分離用培地が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0009】
この培地は、サルモネラによっては分解されず、サイトロバクターによって分解されて酸を生成しうる糖類を一定量添加して用いれば、サイトロバクターは硫化水素を産生するが、同時に糖類を分解して酸を生成するための培地のpHが低下して硫化水素と第二鉄イオンとの反応が進行しないため、黒色のコロニーをつくらないことから、サルモネラが選択的に検出できるようにしたものである。
【0010】
一方、本発明者らは、硫化鉄の産生による黒色集落の有無によりサルモネラを鑑別する培地において、グリセリンを含有させたサルモネラの分離用培地を提案している(例えば、特許文献3参照、特許文献4参照)。
この培地は、グリセリンを添加すると、サルモネラ以外の硫化水素産生菌による硫化水素の産生が抑制され、結果としてサルモネラのみが培地上で硫化水素を産生するようにしたものである。
【0011】
また、本発明者は、硫化鉄の産生によるサルモネラの黒色集落をより黒色に発色させる物質(例えば、リジンまたはその塩)と、赤痢菌が非分解性の糖(例えば、キシロース)とを含有するサルモネラ・シゲラ検出用培地を既に提案している(例えば、特許文献5参照)。
【0012】
【非特許文献1】食品衛生検査指針((社)日本食品衛生協会編)
【特許文献1】特開平6−22791号公報
【特許文献2】特開平6−62833号公報
【特許文献3】特開2000−116395号公報
【特許文献4】特開2002−253216号公報
【特許文献5】特開2002−335994号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上記培地ではサルモネラ・シゲラについては、確かに検出できるものの、サルモネラ・エンテリティディスについては、未だ検出することができず、他のサルモネラと区別して分離・検出できる培地の開発が強く望まれている。
従って本発明は、このような従来の課題に着目してなされたものであって、サルモネラ・エンテリティディスを確実に検出することのできるサルモネラ・エンテリティディス分離用培地を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究した結果、ペプトン量を1.0〜10.0g/Lの範囲とし、更にキシロースおよびアラビノース、またはマルトース、およびアミノ酸を含有させることにより、サルモネラ・エンテリティディスのみを簡易かつ確実に分離・検出できることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
本発明は、下記のような構成からなるものである。
(1)硫化水素産生能を利用して黒色コロニーの有無を鑑別する培地中に、キシロースおよびアラビノース、またはマルトース、アミノ酸、およびペプトン1.0〜10.0g/Lを含有することを特徴とするサルモネラ・エンテリティディス分離用培地。
(2)キシロースの含有量が0.05〜8.0g/Lであり、アラビノースの含有量が0.005〜7.0g/Lであり、マルトースの含有量が0.5〜20.0g/Lである(1)記載の培地。
(3)アミノ酸がリジンおよび/またはオルニチン、またはそれらの塩類である(1)記載の培地。
(4)リジンの含有量が1.0〜20.0g/Lであり、オルニチンの含有量が0.5〜15.0g/Lである(3)記載の培地。
(5)(1)〜(4)記載の分離用培地に被検体を接種して培養した後、該培地上の黒色コロニーの有無を検出することを特徴とするサルモネラ・エンテリティディスの検出法。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、ペプトン量を1.0〜10.0g/Lの範囲と通常用いられている量以下とし、更にキシロースおよびアラビノース、またはマルトース、およびアミノ酸を含有させることにより、一枚の平板で、サルモネラ・エンテリティディスを他菌種と区別し、分離・検出が可能となる。従って本発明によれば、検体中のサルモネラ・エンテリティディスを、特殊な技術や熟練を必要とせず、短時間にかつ容易に検出することができる特定の培地組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
本発明のサルモネラ・エンテリティディス分離用培地の特徴は、培地中にペプトンを1.0〜10.0g/L、好ましくは3.0〜7.0g/L、最も好ましくは5.0g/Lで含有させることにある。
【0018】
従来の培地では、ペプトン量が通常15〜22g/Lの範囲にあったため、ペプトンの分解からpHが高くなり、どのような種類の糖を添加しても、培地がアルカリ性になり、サルモネラ以外にサイトロバクターも黒色のコロニーを形成する。
そのため、本発明においては、ペプトン量を1.0〜10.0g/L程度に減らし、キシロースおよびアラビノース、またはマルトースを添加することでpHを低下させ、さらにアミノ酸を添加することで、サイトロバクターの黒色形成を抑制し、サルモネラ・エンテリティディスのみに黒色を形成させることができる。
【0019】
本発明においては、糖としてキシロースおよびアラビノース、またはマルトースを含有させる。キシロース、アラビノース、マルトースのいずれも、サイトロバクターが分解して桃色のコロニーを形成する。このキシロースの含有量は0.05〜8.0g/Lであることが好ましく、アラビノースの含有量は0.005〜7.0g/Lであることが好ましく、マルトースの含有量は0.5〜20.0g/Lであることが好ましい。
【0020】
サルモネラ・エンテリティディスもキシロース、アラビノースまたはマルトースを分解して僅かに桃色コロニーを形成するものがあり、サイトロバクターと区別が付かない場合がある。そのため、本発明においては、キシロース、アラビノースまたはマルトースを分解しても極端に酸性にならなようにアミノ酸を添加する。このアミノ酸としては、リジンおよび/またはオルニチン、またはそれらの塩類が好適である。また、リジンの含有量は1.0〜20.0g/Lであることが好ましく、オルニチンの含有量は0.5〜15.0g/Lであることが好ましい。
【0021】
本発明は、サルモネラ・エンテリティディスの有する硫化水素産生能を利用して、黒色コロニーの有無によりサルモネラ・エンテリティディスを検出することを原理としている。本発明は、この硫化水素産生能を確認できる培地として従来から用いられているもの、例えば、TSI培地、SS寒天培地、SS−SB寒天培地、DHL寒天培地、マカライトグリーン寒天培地、XLD寒天培地、MLCB寒天培地などに応用可能である。
【実施例】
【0022】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【0023】
実施例1.本培地の作製
表1に示した本培地、および対照として表2に示した市販の白糖加SSS培地(栄研化学社製)に精製水を加えて全量を1000mLとし、100℃で30分間加温溶解した。50〜56℃に冷却後、20mLずつシャーレに分注して固化した。固化後、30分間乾燥させた。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
実施例2.本培地におけるサルモネラ・エンテリティディスの発育
実施例1で作製した本培地および対照培地に表3記載の菌種を接種し、37℃で18時間培養し、コロニーの発育状況を調べた。その結果を表3に示す。尚、検体として10CFU/mLの各菌液5μLを各培地に接種した。
【0027】
【表3】

【0028】
表3の結果からも明らかなように、本発明のサルモネラ・エンテリティディス分離用培地では、サルモネラ・エンテリティディスのコロニーにのみ黒色が見られ、サイトロバクターは全て桃色に呈色したことが判る。これに対し、従来品である白糖加SSS培地では、サイトロバクターに黒色と桃色のコロニーが観察された。
【0029】
実施例3.本培地と従来品との比較
実施例2で用いた対照培地である白糖加SSS培地に代えて従来品であるXLD培地としてA社製品(栄研化学社製の商品名:XLD寒天培地‘栄研’)、B社製品(ベクトン ディッキンソン社製の商品名:XLD Agar)、C社製品(日本製薬社製の商品名:XLD寒天培地「ダイゴ」)をそれぞれ用いた以外は、実施例2と全く同様な方法でサルモネラ・エンテリティディスの発育を調べた。
【0030】
【表4】

【0031】
表4の結果からも明らかなように、本発明のサルモネラ・エンテリティディス分離用培地では、サルモネラ・エンテリティディスのコロニーにのみ黒色が見られ、サイトロバクターは全て桃色に呈色したことが判る。従って、本発明品によれば、サルモネラ・エンテリティディスと、サイトロバクターを精度良く区別することができる。
これに対し、従来品であるXLD培地では、いずれもサイトロバクターに黒色と黄色のコロニーが観察され、白糖加SSS培地を用いた場合と同様にサルモネラ・エンテリティディスとサイトロバクターを区別することができなかった。
【0032】
実施例4.本培地とサルモネラ・シゲラ培地との比較
実施例2で用いた対照培地である白糖加SSS培地に代えてサルモネラ・シゲラ培地を用いた以外は、実施例2と全く同様な方法でサルモネラ・エンテリティディスの発育を調べた。
【0033】
【表5】

【0034】
表5の結果からも明らかなように、本発明のサルモネラ・エンテリティディス分離用培地では、サルモネラ・エンテリティディスのコロニーにのみ黒色が見られ、サイトロバクターは全て桃色に呈色したことが判る。
これに対し、サルモネラ・シゲラ培地では、サルモネラ・エンテリティディスにも桃色が見られ、サルモネラ・エンテリティディスとサイトロバクターを区別することができなかった。
【0035】
実施例5.マルトースを用いた場合の効果
実施例1で示した本培地で用いたL-アラビノースおよびD-キシロースに代えてマルトースを用いた以外は、実施例2と全く同様な方法でサルモネラ・エンテリティディスの発育を調べた。
【0036】
【表6】

【0037】
表6の結果からも明らかなように、本発明のサルモネラ・エンテリティディス分離用培地では、サルモネラ・エンテリティディスのコロニーにのみ黒色が見られ、サイトロバクターは桃色に呈色したことが判る。従って本培地の成分としてマルトースを用いることでサルモネラ・エンテリティディスとサイトロバクターを区別することができる。
【0038】
比較例
実施例1で作製した本培地からD−キシロースのみを除いたもの(L−アラビノースのみ添加)、L−アラビノースのみを除いたもの(D−キシロースのみ添加)、L−アラビノースおよびD−キシロースの両者を除いたもの(両方なし)を作製し、表3記載の菌種を接種し、37℃で18時間培養し、コロニーの発育状況を調べた。その結果を表7に示す。
【0039】
【表7】

【0040】
表7の結果からも明らかなように、本培地からD−キシロースのみを除いたもの、L−アラビノースのみを除いたもの、L−アラビノースおよびD−キシロースの両者を除いたものは、サイトロバクターに黒色と桃色のコロニーが観察された。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明によれば、検体中のサルモネラ・エンテリティディスを、特殊な技術や熟練を必要とせず、短時間にかつ容易に検出することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化水素産生能を利用して黒色コロニーの有無を鑑別する培地中に、キシロースおよびアラビノース、またはマルトース、アミノ酸、およびペプトン1.0〜10.0g/Lを含有することを特徴とするサルモネラ・エンテリティディス分離用培地。
【請求項2】
キシロースの含有量が0.05〜8.0g/Lであり、アラビノースの含有量が0.005〜7.0g/Lであり、マルトースの含有量が0.5〜20.0g/Lである請求項1記載の培地。
【請求項3】
アミノ酸がリジンおよび/またはオルニチン、またはそれらの塩類である請求項1記載の培地。
【請求項4】
リジンの含有量が1.0〜20.0g/Lであり、オルニチンの含有量が0.5〜15.0g/Lである請求項3記載の培地。
【請求項5】
請求項1〜4記載の分離用培地に被検体を接種して培養した後、該培地上の黒色コロニーの有無を検出することを特徴とするサルモネラ・エンテリティディスの検出法。

【公開番号】特開2006−20629(P2006−20629A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−87826(P2005−87826)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(000120456)栄研化学株式会社 (67)
【Fターム(参考)】