説明

サンプルプレート

【課題】 表面に固着されるサンプルにエネルギーを与えることによりこれをイオン化させる機能性サンプルプレートであって、製作工程が簡略化され、構成を柔軟に変更可能なサンプルプレートを提供する。
【解決手段】 本発明に係るサンプルプレート1は、アノーダイジング処理により片側全面に多孔質層4を形成した機能性プレート2と、金属薄板に複数の開口部31を形成したマスクプレート3とを接合してなる。従来はサンプルを固着させるスポット状のウェルを形成するために、レジスト塗布→露光→開口部エッチング→アノーダイジング処理→レジスト除去などの工程が必要であったが、本発明では全面へのアノーダイジング処理1工程だけで済むため、作製工程や作業時間、製造コストの面で有利である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被分析試料(サンプル)を保持するためのサンプルプレートに関し、特に、保持された試料にエネルギーを与えることによりこれをイオン化して雰囲気中に放出するものとして用いられ、質量分析装置、特にシリコン上脱離イオン化法(DIOS:Desorption/Ionization on (porous)Silicon)や表面支援レーザ脱離イオン化法(SALDI:Surface Assisted Laser Desorption/Ionization)に用いられるサンプルプレートとして好適に利用される。
【背景技術】
【0002】
臨床、生化学などの分野において、タンパク質などの試料に対して定性あるいは定量分析を行うために、質量分析装置が多用されている。これは、試料にエネルギーを与えることによって生ずるイオンの質量(m)と電荷数(z)を利用して物理的なフィルタリングを行って得た質量スペクトルから分析を行うもので、例えば、生成イオンがイオン発生部から検出器に到達するまでの時間を利用して定性・定量分析を行う飛行時間型質量分析装置(TOFMS:Time of Flight Mass Spectrometry)等が知られている。
【0003】
図1に飛行時間型質量分析装置の一般的な構成例を示す。
装置は、大別してイオン発生部5とドリフト部6とから構成されており、これらの部屋は10-4〜10-5Pa程度の真空度に保たれている。分析されるサンプルは、サンプルプレート2上に保持されており、これに光源8からレーザ光等のエネルギービームを照射するなどの適当な方法でエネルギーを与えると、サンプルはイオン化すると同時にアブレーション現象により気相中に放出される。サンプルプレート2とリペラー電極9間に適当な電圧を印加すると、生成した様々な質量数を有するイオンは、同一のエネルギーを与えられた上でドリフト部6内に引き出される。このとき、サンプルプレート2とリペラー電極9との間の電位差をEとすると、電荷qに与えるエネルギーはqEであるから、これが全て運動エネルギーに変換されると次式の関係が成り立つ。
【0004】
qE=1/2・m・v2 ・・・式(1)
【0005】
従って、図2に示すように、分子量mの小さいイオンほど速度vは高速になるので、mの大きいイオンより短時間で検出器10に到達することになる。飛行時間型質量分析装置ではこの到達時間差を利用して、サンプルの定性・定量分析を行う。
【0006】
こうした分析手法において、特にタンパク質などの生体物質やポリマーのような分子量が大きいサンプルを分析する場合などにおいては、サンプルをマトリックスと称する有機化合物と混合した上でサンプルプレート上に保持させ、これにエネルギービームを照射することにより試料を脱離およびイオン化して質量分析を行うMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)法が一般に知られている。
【0007】
一方で、サンプルをマトリックス添加することなくイオン化する手法も考案され、実用化されつつある。その代表的なものにDIOS法(Desorption/Ionization on (porous)Silicon:特許文献1)がある。このイオン化法では、サンプルのイオン化能をサンプルプレート自体に付加する手法であって、Si基板表面にスポット状にアノーダイジング処理(Anodizing Treatment:電気化学的陽極酸化法の一種)を行うことにより、サブミクロンオーダーの多孔質部をウェルとして形成したものをサンプルプレートとして用いる。また、DIOSの名前の由来はSiを基材とすることにあるが、Si以外の材質を基材とするSALDI法でも同様の効果が得られることが報告されている(非特許文献1、2)。
【0008】
これらの手法において、サンプルは多孔質部に滴下・乾固されて保持され、レーザ照射等によってイオン化されるが、マトリクスを使用するMALDIに比べ、DIOSやSALDIでは滴下・乾固されたサンプルが見えにくく、レーザ照射時にサンプル位置の判定が困難であるという不都合がある。そこで、サンプルの滴下位置を明確にするために、多孔質部は、図3に示すように、Si基板21表面の部分的なスポットであるウェル22として形成される。図3左図はウェル1個分の拡大断面図である。この様なプレートを用いて、適当な分散剤に分散させたサンプルをウェル22に滴下・乾固させた後、ウェル22をターゲットエリアとしてレーザ照射を行うことによりサンプルをイオン化している(非特許文献4)。
【0009】
【特許文献1】米国特許第6,288,390号公報
【0010】
【特許文献2】特開2004−361405号公報
【0011】
【特許文献3】特開2004−163142号公報
【0012】
【非特許文献1】Bull.Koream Chem.Soc.2002,Vol.23,No.2 315-319(参照:http://66.102.7.104/search?q=cache:mu-nxZU1HioJ:newjournal.kcsnet.or.kr/main/j_search/j_download.htm%3Fcode%3DB020226+%EF%BC%B3%EF%BC%A1%EF%BC%AC%EF%BC%A4%EF%BC%A9%E3%80%80mass&hl=ja)
【非特許文献2】http://www.mssj.jp/Japanese/Conference/2005/program_2005_C1_SY.html(1A-S1-02)
【非特許文献3】Mei Han, Jan Sunner, J.Am.Soc.Mass Spectrom.2000,11,644-649
【非特許文献4】http://www.waters.co.jp/product/column/massprep/dios_target.html
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上述したように、サンプルプレート上にウェル22を形成するには、プレート形成の際、まず基材にマスキングを施し、次にアノーダイジング処理を行ない、その後マスクを除去する必要があり、プレートの作製工程が複雑であるという欠点があった。
【0014】
一方で、マスキングを施さず、基材の全面をアノーダイジング処理したものにスポット状にサンプルを滴下し乾固させる手法も考案されてはいるが(特許文献2)、プレートの作製工程は極端に単純化されるものの、そのままではサンプルが拡散してしまうため、ペースト状に調整するか(段落番号0029)、あるいは隣接するサンプルとの混入を防ぐために十分な間隔でサンプルを滴下する必要が出てくる。滴下間隔を広げればプレートの大型化を招き、また間隔を近くするならば、MALDIにおいて考案されているように(特許文献3、図1)、溝50を形成するなど別途の製作工程を追加することによって、隣接するサンプル間の混入を防止しなければならない。
【0015】
さらに、臨床等の分野で多用されるこの種の分析装置においては、一般に数μ〜ml程度の微量な試料を多数分析するケースが多いので、1枚のサンプルプレート上に多数の試料を保持させたいという要求がある。そのため、サンプルプレート上には、できるだけ多数の試料を保持させるスポットを設けると共に、どの位置にどの試料があるかを容易に把握できる必要がある。あるいは、サンプルプレート上の任意の座標のスポットを自動化装置によってレーザ照射位置まで移動させる機能を有する自動分析化が望まれており、そのためにも、サンプルプレート上のターゲットスポットが常に規則性を持って形成されていることが必要である。また一般にDIOSやSALDIでは滴下・乾固されたサンプルが見えにくく、レーザ照射時にサンプル位置の判定が困難であるため、サンプルの滴下位置を明確にするためにもウェル22を形成することが望まれている。
【0016】
本発明はこうした技術的課題や要求仕様を鑑みて為されたものであり、プレート全体を大型化させることなく、多数の試料を近接保持することが可能で、しかも製作が容易なサンプルプレートを提供するものである。

【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の目的を達成するため、本発明に係るサンプルプレートは、表面に固着されるサンプルにエネルギーを与えることによりイオン化させる機能性プレートと、該基板上に固定されサンプルを固着するための開口部を有するマスクプレート、を備えてなる。
【0018】
また、本発明に係る質量分析装置は、イオン化部のサンプルプレートとして前記サンプルプレートを備えてなる。
【0019】
上記構成によれば、機能性プレート上のサンプルが滴下されるべきスポット(ウェル)は、機能性プレートに重ねられるマスクプレートの開口部によって形成されるため、機能性プレートの作製の際にはマスキング等の複数工程を経ることなく、少なくとも開口部配置部の下全面に対してアノーダイジング処理などの機能性付加処理を行なうだけで良く、プレートの製作工程や製作時間を大幅に低減することができる。また、マスクプレートを機能性プレートと着脱可能に構成することにより、常に開口部は一定のものとすることができ、サンプルの滴下やイオン化などの手順において質量分析装置の自動化が容易となる。

【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図を参照して本発明の実施形態について説明する。本発明に係るサンプルプレートが適用される質量分析装置は、全体構成において従前のものと相違ない。例えば、図1に一例を示す飛行時間型質量分析装置は、大別してイオン発生部5とドリフト部6とから構成されており、これらの部屋は10-4〜10-5Pa程度の真空度に保たれている。被分析物であるタンパク質などのサンプルはサンプルプレート2上に保持されており、これに光源8から赤外線レーザ光等のエネルギービームを照射するなどの適当な方法でエネルギーを与えると、サンプルはイオン化すると同時に気相中に放出される。サンプルプレート2とリペラー電極9間に適当な電圧を印加すると、生成した様々な質量数を有するイオンは、同一のエネルギーを与えられた上でドリフト部6内に引き出される。このとき、サンプルプレート2とリペラー電極9との間の電位差をEとすると、電荷qに与えるエネルギーはqEであるから、これが全て運動エネルギーに変換されると前述した式(1)の関係が成り立つ。従って、分子量mの小さいイオンほど速度vは高速になるので、mの小さいイオンほど短時間で検出器10に到達することになる。飛行時間型質量分析装置ではこの到達時間差を利用して、サンプルの定性・定量分析を行う。
【0021】
ここでは、飛行時間型質量分析装置を例に説明しているが、イオントラップ型質量分析装置などの時間分離型のものであっても勿論構わない。また、顕微分析装置など質量分析以外の顕微観察などの機能を主目的とする複合機であっても構わない。サンプルプレートを利用する公知の技術への適用が可能である。
【0022】
本発明では、このような質量分析装置において用いられるサンプルプレートの構成に以下の特徴を有する。DIOS用サンプルプレートを例に説明するが、SALDIなどその他の種類の機能性サンプルプレートにも適用できることは言うまでもない。
【0023】
図6は、本発明に係るサンプルプレートの一構成例であって、サンプルのイオン化能を有するDIOS用サンプルプレートである。図4に示すように、Si基板の表面全体に対してアノーダイジング処理を施し、基板の片側全面に多孔質層4を形成して機能性プレート2とする。従前の図3の様なウェルを形成する場合には、レジスト塗布→露光→開口部エッチング→アノーダイジング処理→レジスト除去などの工程が必要であったが、本発明では全面へのアノーダイジング処理1工程だけで済むため、作製工程や作業時間、製造コストの面で有利である。
【0024】
次に、本発明に係るマスクプレートを図5に示す。マスクプレート3は、金属などの薄板(例えば厚さ0.1mmのアルミニウム薄板)に対して開口部31を複数形成したものである。薄板の材質には、真空中で使用される場合にアウトガスの少ない金属が好適であるが、分析に支障がなければ、セラミックスや高分子材料などでも特にこだわらない。開口部31の形成は、パンチングや研削など、公知の加工手段が利用できる。開口部31の配列は、適用される質量分析装置のサンプルの自動位置決め座標に準じたものであることが望ましいが、形状や寸法は任意に選択が可能である。
【0025】
これら図4に示す機能性プレート2と、図5に示すマスクプレート3とを重ね合わせて、図6に示す本発明に係るサンプルプレート1とする。重ね合わせの際には、両方のプレートを完全に接合してしまっても良いし、密着性良く重ね合わせておくだけでも良い。重ね合わせの際には、開口部に滴下されるサンプルが、隣接する開口部へ漏洩しないよう液密であることが要求される。
【0026】
接合する場合には、機能性プレートとマスクプレート各々の材質によって公知の接合方法が採用できる。例えば、金属同士であれば、溶接、ロウ付け、金属ペースト、接着剤、粘着テープ、などが利用できる。また、双方あるいは一方のプレートが、非金属材料であるならば、金属ペースト、接着剤、粘着テープ、などが利用できる。
【0027】
密着性良く重ね合わせておく機械的コンタクトの手法を採用した一例を図7に示す。機能性プレート2に対し、これよりも幅の広いマスクプレート3を作製し、マスクプレート3の両端を折り曲げて双方を接触させたものである。あるいは、図6のように同じ大きさの両プレート2、3を重ねた後に、プレートの周囲を枠体等の固定具で圧接固定させることでも良い。機械的コンタクトの手法を採用した場合には、測定後にサンプルプレートを分解し、マスクプレートを再利用することができるという利点もある。
【0028】
上述した実施例構成に限らず、同効果を奏する範囲で構成を変形実施することが可能である。例えば、機能性プレート2で上部などに余白を残して多孔質層4を形成し、多孔質層4の形成範囲に重なるようにマスクプレート3を重ねても良い。
【0029】
このように、本発明に係るサンプルプレートでは、機能性プレートの種類を変更したり、マスクプレートの大きさや材質、開口部の大きさや形状や個数などの異なるものなど、重ね合わせる各々のプレートの仕様を任意に選択することにより、多種多様なサンプルプレートの作製が容易である。また、適用機器への柔軟性も良好である。
【0030】
(試作例)
機能性プレートとして、43×23×0.5mmのSi基板の片側全面にアノーダイジング処理を施したものを作製した。また、43×23×0.1mmのAl薄板に直径2mmの開口部を4×8個形成したものをマスクプレートとして作製した。これらを電子顕微鏡用の導電性カーボン両面テープで貼り合わせてサンプルプレートとし、測定を行なったところ、良好な結果を得る事ができた。

【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明に係るサンプルプレートは、質量分析装置用、特にDIOSやSALDI用サンプルプレートとして好適に使用されるが、その他、マトリクスフリーのイオン化プレートを利用したイオン化法にも適用可能である。

【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】飛行時間型質量分析装置の一般的な構成例を示す説明図である。
【図2】飛行時間型質量分析装置の分析原理を示す説明図である。
【図3】従来のサンプルプレートの説明図である。
【図4】本発明に係るサンプルプレートの機能性プレートの作製例を示す図である。
【図5】本発明に係るサンプルプレートのマスクプレートの作製例を示す図である。
【図6】本発明に係るサンプルプレートの作製例を示す図である。
【図7】本発明に係るサンプルプレートの他の作製例を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
1・・・サンプルプレート
2・・・機能性プレート(従来のサンプルプレート)
3・・・マスクプレート
4・・・多孔質層
5・・・イオン発生部
6・・・ドリフト部
8・・・レーザ光源
9・・・リペラー電極
10・・・検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に固着されるサンプルにエネルギーを与えることによりイオン化させる機能を有する機能性プレートと、
サンプルを固着させるための複数の開口部を有するマスクプレートとを、
液密に重ね合わされてなるサンプルプレート。
【請求項2】
DIOS又はSALDIの機能を有する請求項1記載のサンプルプレート。
【請求項3】
サンプルプレートとして請求項1記載のサンプルプレートを備えてなる質量分析装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−192673(P2007−192673A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−11248(P2006−11248)
【出願日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】