説明

サービビンプロモーターを含む増殖制御型ウイルスベクターによる造血器腫瘍の遺伝子治療

【課題】増殖制御型ウイルスベクターを用いた造血器腫瘍の遺伝子治療を可能にする、当該ベクターの新規投与形態、並びに当該投与形態を用いた造血器腫瘍の新規治療戦略の提供。
【解決手段】造血器腫瘍細胞で特異的に発現する遺伝子(好ましくはサービビン遺伝子)のプロモーターの制御下にある、少なくとも1つのウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸を含む増殖型ウイルスベクターを含有してなる、該造血器腫瘍の治療剤であって、造血器腫瘍細胞に感染した形態で全身投与されることを特徴とする剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サービビン(Survivin)プロモーターを含む増殖制御型ウイルスベクター、もしくは該ベクターを含む造血器腫瘍、例えば成人T細胞白血病(ATL)の細胞を含有してなる、造血器腫瘍治療剤に関する。本発明はまた、造血器腫瘍、例えばATLの細胞を、サービビン(Survivin)プロモーターを含む増殖制御型ウイルスベクターに感染させることを特徴とする、造血器腫瘍治療剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
成人T細胞白血病(ATL;成人T細胞白血病リンパ腫(ATLL)ともいう)は、ヒトT細胞白血病ウイルスI型(HTLV-1)を原因ウイルスとする血液がん(造血器腫瘍)である。我が国においては、南九州を中心に約20万人ものHTLV-1感染者が存在し、毎年100人以上のATL患者が発生している。ATLは未だ決定的な治療法がなく、新規治療法開発は急務である。
【0003】
近年、癌治療には癌特異的増殖型アデノウイルス(conditionally replicating adenovirus:CRA)ベクターが有望視されている。CRAはアデノウイルスの増殖に必須なE1遺伝子領域を改変して癌細胞と正常細胞とでウイルス増殖に違いを持たせたものであり、(1) E1領域内にある、アデノウイルスの増殖に必要な細胞環境を誘導するのに必須なRbやp53との結合領域を欠損させて、それらの不活性化を阻害する(即ち、正常細胞でのウイルス増殖を阻止する)タイプと、(2) E1遺伝子の内因性プロモーターを、癌特異的に高発現している遺伝子のプロモーターに置換することにより、癌特異的にE1遺伝子を発現させる(癌特異的にウイルスを増殖させる)タイプのものがある。
小戝らは、E1AおよびE1B遺伝子領域内の欠損、当該遺伝子の内因性プロモーターの外来プロモーターによる置換、さらには他の癌治療遺伝子といった多数の癌特異化因子で、精緻なウイルス増殖制御が可能な、次世代CRAというべき多因子制御による癌特異的増殖型アデノウィルスベクター(m-CRA)を効率的に作製できる技術を開発した(特許文献1)。さらに、この技術を用いて、アポトーシス抑制タンパク質であるサービビン(Survivin)の遺伝子プロモーターの活性依存的にウイルスが増殖するCRA(Surv.CRA)を作製し、サービビンを特異的に発現する胃癌、大腸癌、肝癌、子宮頸癌、骨肉腫細胞株におけるその抗癌作用を検討し、報告している(特許文献2、非特許文献1)。
【0004】
一方、これまでCRAの造血器腫瘍に対する治療効果については、ほとんど検討がなされていない。というのも、CRAは固形癌に対する局所投与を想定しているからである。すなわち、CRAによる固形癌の治療戦略は、CRAを癌主結節に注射し、主結節を細胞死に至らしめ、さらにそこから全身の転移巣を探し出して癌を根絶するというものである。これに対して、造血器腫瘍、特にATLは進行期病変が常であり、白血化した浮遊細胞、多発リンパ節病変、骨髄・肝臓・脾臓・消化管等多臓器への浸潤病変を標的とするため、固形癌とは異なったCRAの投与方法が要求される。実際、E1Bのp53結合領域を欠損させたCRA(Onyx-015)を、転移性結腸直腸癌患者に静脈内全身投与した第II相臨床試験において、投与56時間後の生体内分布を調べたところ、CRAは肝臓・脾臓に多く存在し、腫瘍細胞におけるCRAの20倍量にも相当することが判明している(非特許文献2)。従って、この方法を造血器腫瘍に適用したとしても、末梢血中の白血病細胞、多発リンパ節病変、肝臓・脾臓以外の臓器浸潤病変に対して十分な感染効率が得られないことが予測される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−46101公報
【特許文献2】国際公開第WO2005/115476号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kamizono, J. et al., Cancer Res., 2005, 65(12): 5284-91
【非特許文献2】Hamid, O. et al., J. Clin. Oncol., 2003, 21(8): 1498-504
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、増殖制御型ウイルスベクターを用いた造血器腫瘍の遺伝子治療を可能にする、当該ベクターの新規投与形態を提供することであり、当該投与形態を用いた造血器腫瘍の新規治療戦略を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ATL細胞がサービビンを高発現していることに着目し、小戝らが独自に開発したサービビンプロモーター依存性CRA(Surv.CRA)を用いて、ATL治療のためのSurv.CRAの有効な投与方法について鋭意検討を重ねた結果、ATL患者から採取した腫瘍細胞をSurv.CRAと培養することにより十分な感染効率が得られ、かつ感染細胞の殺傷効果が得られること、並びに感染が成立したATL細胞株から、Surv.CRAの複製と未感染ATL細胞株への感染が拡大することを見出した。しかも、Surv.CRAはATL細胞に十分な感染効率と殺傷効果を示すウイルス量で、正常リンパ球におけるウイルス増殖と細胞溶解を誘導しなかったので、このウイルスベクターが高いATL特異性を有することを確認した。
これらの知見に基づいて、本発明者らは、ウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸が、造血器腫瘍特異的に発現する遺伝子のプロモーターの制御下にある増殖型ウイルスベクターを、分離された造血器腫瘍細胞に感染させ、感染した造血器腫瘍細胞を、該造血器腫瘍に罹患した患者に投与することにより、血中に移入された細胞が全身を循環する過程で増殖したウイルスにより殺傷され、標的となる白血化病変、多発リンパ節病変、骨髄・肝臓・脾臓・消化管等多臓器への浸潤病変周辺でウイルスの放出が起こり、これらの標的腫瘍細胞に効率よく感染し、殺傷効果を誘導し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は:
[1]造血器腫瘍細胞で特異的に発現する遺伝子のプロモーターの制御下にある、少なくとも1つのウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸を含む増殖型ウイルスベクターを含有してなる、該造血器腫瘍の治療剤;
[2]造血器腫瘍細胞に感染した形態で全身投与されることを特徴とする、上記[1]記載の剤;
[3]造血器腫瘍細胞で特異的に発現する遺伝子のプロモーターの制御下にある、少なくとも1つのウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸を含む増殖型ウイルスベクターに感染した造血器腫瘍細胞を含有してなる、該造血器腫瘍の治療剤;
[4]前記ウイルスベクターがアデノウイルスベクターである、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の剤;
[5]前記プロモーターがサービビンプロモーターである、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の剤;
[6]サービビンプロモーターが、配列番号1に示されるヌクレオチド配列中少なくとも1124〜1278番目のヌクレオチド配列、または配列番号3に示されるヌクレオチド配列中少なくとも1296〜1468番目のヌクレオチド配列を含む、上記[5]記載の剤;
[7]造血器腫瘍が成人T細胞白血病である、上記[1]〜[6]のいずれかに記載の剤;および
[8]前記ベクターが造血器腫瘍に対する治療遺伝子をさらに含む、上記[1]〜[7]のいずれかに記載の剤;
を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、増殖制御型ウイルスベクターを用いた造血器腫瘍の遺伝子治療が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】多因子がん特異的増殖制御型アデノウイルス(m-CRA)作製に必要なプラスミドの構造を示す模式図である。
【図2】マウス(図2A)およびヒト(図2B)のサービビンプロモーターのヌクレオチド配列および転写調節因子のコンセンサスな結合配列(四角で囲んだ)を示す図である。図中、矢印は推定の転写開始点を、下線のATGは開始コドンを示す。
【図3】Surv.CRAの白血病細胞株への感染および殺細胞効果を示す図である。横軸は感染後の日数を、縦軸はSurv.CRA感染細胞の生存度(非感染細胞に対する%)を示す。グラフは、左から非感染細胞、Surv.CRAをMOI0.3で感染させた細胞、Surv.CRAをMOI3で感染させた細胞、Surv.CRAをMOI30で感染させた細胞、およびE1領域を欠失したアデノウイルスを感染させた細胞を示す。
【図4】白血病細胞株におけるサービビンプロモーター活性とSurv.CRAの殺細胞効果との関係を示す図である。図4Aはサービビンプロモーターの下流にLacZ遺伝子を繋いだ非増殖型アデノウイルスを感染させた白血病細胞株におけるβ-ガラクトシダーゼ活性を示す。図4BはSurv.CRAの白血病細胞株に対するIC50値の関係を示す。
【図5】Surv.CRA感染白血病細胞でのウイルス複製と未感染白血病細胞への感染の拡大を示す図である。縦軸はEGFP遺伝子を含むSurv.CRAを感染させた白血病細胞株におけるEGFP発現率を示す。Ad.ΔE1は、EGFP遺伝子を含む、E1領域を欠失した非増殖型アデノウイルスを感染させた細胞の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明で用いられる増殖型ウイルスベクター(以下、単に「本発明のベクター」ともいう。)は、造血器腫瘍細胞で特異的に発現する遺伝子のプロモーターの制御下にある、少なくとも1つのウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸を含む。ここで「造血器腫瘍(血液がん)」とは、造血幹細胞や、リンパ球、Bリンパ球などから分化した形質細胞が悪性化(がん化)したものの総称で、骨髄で造血幹細胞が悪性化した白血病、形質細胞が悪性化した多発性骨髄腫、リンパ節やリンパ組織でリンパ球が悪性化した悪性リンパ腫に大別される。白血病は進行度により急性白血病と慢性白血病とに分類され、また増殖する細胞の種類により、骨髄球系の細胞を起源とする骨髄性白血病と、リンパ球系の細胞を起源とするリンパ性白血病とに分類される。造血器腫瘍の原因としては、例えば放射線、化学物質(例、ベンゼン、トルエン等)、薬剤(例、抗がん剤等)、ウイルス(例、HTLV-1、EBウイルス等)などが挙げられる。HTLV-1は成人T細胞白血病(/リンパ腫)(ATL/ATLL)、EBウイルスはバーキットリンパ腫(/白血病)(BL/BLL)の原因ウイルスとされている。
【0013】
造血器腫瘍細胞で特異的に発現する遺伝子としては、例えば、サービビン遺伝子、WT1遺伝子、Aurora遺伝子、FLT3遺伝子、BCR-ABL遺伝子、JAK2遺伝子、c-MYC遺伝子、BCL-1遺伝子、BCL-2遺伝子、BCL-6遺伝子、サイクリンD1遺伝子、E2A遺伝子、NOTCH1遺伝子等が挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、サービビン遺伝子、WT1遺伝子、Aurora遺伝子、FLT3遺伝子、BCL-2遺伝子、NOTCH1遺伝子等、より好ましくはサービビン遺伝子が挙げられる。尚、本明細書において「造血器腫瘍細胞で特異的」であるとは、正常細胞で全く転写活性を示さない場合に限定されるわけではなく、治療上許容される範囲で正常細胞においても遺伝子発現を駆動する場合も包含される。
以下、造血器腫瘍細胞で特異的に発現する遺伝子のプロモーターとしてサービビン遺伝子プロモーターを用いる場合を例に挙げて、本発明をより具体的に説明するが、当業者は造血器腫瘍細胞で特異的に発現する他の遺伝子について、同様の手法によりプロモーター領域を単離し、該プロモーターにより増殖が制御される増殖型ウイルスベクターを構築することができ、該ウイルスに該プロモーターを高発現する造血器腫瘍細胞を感染させ、患者に投与することができる。
【0014】
マウスおよびヒトのサービビン遺伝子のプロモーターは単離されており、その配列情報は開示されている(例えば、Li, F. and Altieri, D.C., Cancer Res., 59: 3143-3151, 1999; Li, F. and Altieri, D.C., Biochem. J., 344: 305-311, 1999を参照)。
本発明のベクターに用いられるサービビンプロモーターとしては、ヒトサービビン遺伝子または他の哺乳動物(例えば、サル、ウシ、ウマ、ブタ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、マウス、ラット等)におけるそのオルソログ遺伝子のプロモーター、好ましくはヒトまたはマウス由来のサービビン遺伝子のプロモーター、より好ましくはヒトサービビン遺伝子のプロモーターである。治療対象である哺乳動物に応じて、それと同種のサービビンプロモーターを用いることが好ましいが、標的造血器腫瘍細胞への十分な感染効率と殺傷効果を与える程度のプロモーター活性を発揮し得る限り、異種プロモーターを用いてもよい。例えば、ヒト造血器腫瘍の治療用ベクターとして、マウスサービビン遺伝子のプロモーターを含むベクターを用いることができる。
【0015】
サービビンプロモーターのヌクレオチド配列長は、標的造血器腫瘍細胞(例えば、ATL細胞)特異的で、かつ造血器腫瘍に対して十分な治療活性を発揮する程度に、下流に連結された遺伝子の転写を活性化し得る限り特に制限されない。例えば、マウスサービビン遺伝子プロモーターの場合、翻訳開始点を+1として-173〜-19位のヌクレオチド配列(配列番号1に示されるヌクレオチド配列中1124〜1278番目のヌクレオチド配列)、ヒトサービビン遺伝子プロモーターの場合、翻訳開始点を+1として-173〜-1位のヌクレオチド配列(配列番号2に示されるヌクレオチド配列中1296〜1468番目のヌクレオチド配列)を含んでいれば、目的の特異性および転写活性が得られうる(例えば、図3参照)。従って、好ましくは、本発明のベクターに用いられるサービビンプロモーターは、配列番号1に示されるヌクレオチド配列中少なくとも1124〜1278番目のヌクレオチド配列、または配列番号2に示されるヌクレオチド配列中少なくとも1296〜1468番目のヌクレオチド配列を含む。サービビンプロモーターのヌクレオチド配列長の上限も特に制限はないが、5’上流域の長さが大きくなりすぎると却ってプロモーターの転写活性や特異性に好ましくない影響を与える場合がある。例えば、ヒトサービビン遺伝子プロモーターの場合、翻訳開始点を+1として約-6000〜-1位のヌクレオチド配列であれば、目的の特異性および転写活性が得られうるが、好ましくはプロモーターの5’末端は-3000位より下流、より好ましくは-1500位より下流である。他の哺乳動物由来のサービビンプロモーターやサービビン以外の遺伝子プロモーターを用いる場合も、種々の長さのプロモーターの下流にレポーター遺伝子を繋いだベクターを作製し、標的造血器腫瘍細胞に導入してレポーターの発現を指標にして該プロモーター活性を評価することにより、該プロモーターの好適な配列長の範囲を決定することができる。
【0016】
サービビンプロモーターはまた、天然の哺乳動物由来(即ち、野生型)サービビンプロモーターとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸であって、該天然プロモーターと実質的に同一の特性を有する核酸を包含する。「実質的に同一の特性」とは、標的造血器腫瘍細胞特異的な遺伝子発現を駆動する性質を意味し、転写活性の程度は同等(例えば、約0.5〜約2倍)であることが好ましいが、目的の造血器腫瘍に対して十分な治療活性を発揮できる程度の遺伝子発現を駆動し得る限り、量的要素は異なっていてもよい。例えば、マウスサービビンプロモーターの場合、配列番号1に示されるヌクレオチド配列中1124〜1278番目のヌクレオチド配列の相補鎖配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸が、またヒトサービビンプロモーターの場合、配列番号2に示されるヌクレオチド配列中1296〜1468番目のヌクレオチド配列の相補鎖配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸が挙げられる。このような核酸としては、例えば、配列番号1または2の上記部分ヌクレオチド配列と約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上、特に好ましくは約97%以上、最も好ましくは約98%以上の相同性を有するヌクレオチド配列を含有する核酸などが挙げられる。本明細書におけるヌクレオチド配列の相同性は、例えば、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST (National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool) を用い、以下の条件 (期待値=10; ギャップを許す; フィルタリング=ON; マッチスコア=1; ミスマッチスコア=-3) にて計算することができる。
ハイブリダイゼーションは、自体公知の方法あるいはそれに準じる方法、例えば、Molecular Cloning, 2nd ed. (J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989) に記載の方法などに従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、ハイブリダイゼーションは、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。ハイブリダイゼーションは、好ましくは、ハイストリンジェントな条件に従って行なうことができる。ストリンジェントな条件としては、(1) 洗浄に低イオン強度及び高温、例えば、50℃で0.015 M 塩化ナトリウム/0.0015 M クエン酸ナトリウム/0.1% 硫酸ドデシルナトリウムを使用し、(2) ホルムアミドのような変性剤、例えば、0.1% ウシ血清アルブミン/0.1% フィコール/0.1% ポリビニルピロリドン/750 mM 塩化ナトリウム、75 mM クエン酸ナトリウムを含む50 mM リン酸ナトリウム緩衝液 (pH 6.5) とともに、50% (v/v) ホルムアミドを42℃で使用することを特徴とする反応条件が例示される。あるいは、ストリンジェントな条件は、50% ホルムアミド、5xSSC (0.75 M NaCl、0.075 M クエン酸ナトリウム)、50 mM リン酸ナトリウム (pH 6.8)、0.1% ピロ燐酸ナトリウム、5xデンハート溶液、超音波処理鮭精子DNA (50 mg/ml)、0.1% SDS、及び10% 硫酸デキストランを42℃で使用し、0.2xSSC及び50% ホルムアルデヒドで55℃で洗浄し、続いて55℃でEDTAを含有する0.1xSSCからなる高ストリンジェント洗浄を行うものであってもよい。当業者は、プローブ長等のファクターに応じて、ハイブリダイゼーション反応および/または洗浄時の温度、緩衝液のイオン強度等を適宜調節することにより、容易に所望のストリンジェンシーを実現することができる。
【0017】
サービビンプロモーターは、ヒトまたは他の哺乳動物(例、サル、ウシ、ウマ、ブタ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、マウス、ラット等)由来の細胞・組織から抽出したゲノムDNAより、公知のサービビン遺伝子プロモーター配列(例えば、Li, F. and Altieri, D.C., Cancer Res., 59: 3143-3151, 1999; Li, F. and Altieri, D.C., Biochem. J., 344: 305-311, 1999を参照)からなる核酸をプローブとして該プロモーター領域を含むゲノムDNAをクローニングし、DNA分解酵素、例えば、適当な制限酵素を用いて所望の部分プロモーター配列を含むDNA断片に切断、ゲル電気泳動で分離後、所望のバンドを回収してDNAを精製することにより調製することができる。あるいは、上記細胞の粗抽出液もしくはそこから単離したゲノムDNAを鋳型として、公知のサービビン遺伝子プロモーター配列を基に合成したプライマーを用いたPCRにより、サービビンプロモーター部分配列を増幅、単離することもできる。サービビンプロモーターのヌクレオチド配列が未知の哺乳動物については、該動物のサービビンcDNA配列をクエリーとして該動物のゲノムDNAに対してBLAST検索を行うことにより、該動物のサービビンプロモーター領域のヌクレオチド配列を入手することができる。
また、サービビンプロモーターは、公知のサービビン遺伝子プロモーター配列(例えば、配列番号1または2に示されるヌクレオチド配列)を基に、そのヌクレオチド配列の全部または一部を含む核酸を、市販のDNA/RNA自動合成装置を用いて化学合成することによっても得ることができる。
【0018】
本発明のベクターは、増殖型(制限増殖型)ウイルスベクターである。即ち、標的造血器腫瘍細胞において特異的に(正常細胞よりも優位に)増殖することを特徴とする。本発明のベクターは、少なくとも1つのウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸をサービビンプロモーターの制御下におくことにより構築することができる。ここで「ウイルスの複製に必要なタンパク質」とは、各種のウイルス遺伝子の転写に必要なウイルスタンパク質(例えばアデノウイルスではウイルス構造タンパク質の転写の前に初期遺伝子であるE1A, E1B, E2およびE4の転写が必要である、特にアデノウイルスではE1Aが感染後に最初に転写・翻訳されるタンパク質で、このE1Aタンパク質の転写が引き続いておこる各種のウイルスタンパク質の転写開始に必須である)、あるいはウイルスの構造タンパク質(例えばアデノウイルスでは後期遺伝子であるL1, L2, L3, L4, L5など)などの、ウイルスが自己複製を行うために必須のいずれかの遺伝子を意味し、用いるウイルス種によって異なるが、例えば、アデノウイルスの場合には、E1A、E1B、E2およびE4など、好ましくはE1AおよびE1B、アデノ随伴ウイルスの場合、p5プロモーターの制御下にあるRep78およびRep68、p19プロモーターの制御下にあるRep52およびRep40など、単純ヘルペスウイルスの場合、ICP0、ICP4、ICP22、ICP27等の初期遺伝子産物、チミジンキナーゼなど、センダイウイルスの場合、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質などである。かかる増殖型ウイルスベクターは、少なくとも1つのウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸の内因性プロモーターをサービビンプロモーターで置換することにより得ることができる。本発明のベクターがアデノウイルスベクターの場合、好ましくは、E1Aおよび/またはE1Bをコードする核酸、より好ましくは少なくともE1Aをコードする核酸がサービビンプロモーターの制御下におかれる。
【0019】
細胞内に導入された増殖型ウイルスベクターは、サービビンプロモーターが活性化されない環境下(例えば、正常細胞)では増殖できないため、当該細胞は傷害を受けない。一方、本発明のベクターが、サービビンプロモーターが活性化される環境(即ち、標的造血器腫瘍細胞)内に侵入すると、そこでウイルスが増殖し、ウイルスタンパク質の細胞毒性により細胞が傷害される。溶解した細胞から放出されたウイルスは周辺のベクター未導入の造血器腫瘍細胞、さらには血液循環によって全身の造血器腫瘍細胞に感染し、同様のステップが繰り返される。こうして、最終的にはすべての造血器腫瘍細胞に本発明のベクターが導入され得る。
【0020】
ウイルスの複製に必要なタンパク質は、正常細胞におけるウイルスの増殖に必要な細胞環境を誘導するのに必須であるが、標的造血器腫瘍細胞におけるウイルスの増殖には必要でない領域を欠損させたものであってもよい。例えば、正常細胞でのウイルス増殖のためには、細胞周期を回すためにRbやp53を不活性化することが必要であるが、造血器腫瘍細胞ではすでに細胞周期が回っている状態にあるので、例えばアデノウイルスの場合、造血器腫瘍細胞でのウイルスの増殖には、E1AのRb結合領域やE1Bのp53結合領域は必要ではない。したがって、本発明の増殖型アデノウイルスベクターは、E1A24KDa、E1B55KDa、またはE1B19KDaの領域を欠損させることによっても、造血器腫瘍細胞特異的なウイルスの増殖を可能とすることができる。
【0021】
本発明のベクターが、2以上のウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸を含む場合、これらの核酸の少なくとも1つがサービビンプロモーターの制御下におかれていれば、ウイルスの増殖はサービビンプロモーターが活性化される環境下に限定されるので、他のウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸は任意のプロモーターの制御下に置かれてよい。例えば、サイトメガロウイルス (CMV) 由来プロモーター (例、CMV前初期プロモーター)、ヒト免疫不全ウイルス (HIV) 由来プロモーター (例、 HIV LTR)、ラウス肉腫ウイルス (RSV) 由来プロモーター (例、RSV LTR)、マウス乳癌ウイルス (MMTV) 由来プロモーター (例、 MMTV LTR)、モロニーマウス白血病ウイルス (MoMLV) 由来プロモーター (例、 MoMLV LTR)、単純ヘルペスウイルス (HSV) 由来プロモーター (例、 HSVチミジンキナーゼ(TK) プロモーター)、SV40由来プロモーター (例、 SV40初期プロモーター)、エプスタインバーウイルス (EBV) 由来プロモーター、アデノ随伴ウイルス (AAV) 由来プロモーター (例、 AAV p5プロモーター)、アデノウイルス (AdV) 由来プロモーター (Ad2またはAd5主要後期プロモーター) など、並びにβ-アクチン遺伝子プロモーター、PGK遺伝子プロモーター、トランスフェリン遺伝子プロモーター等の哺乳動物の構成タンパク質の遺伝子プロモーターなどの構成的プロモーターを用いてもよいし、標的造血器腫瘍細胞で特異的に発現し得る遺伝子のプロモーターや誘導性プロモーターを用いることもできる。誘導性プロモーターとしては、例えば、メタロチオネイン-1遺伝子プロモーターなどを用いることができる。メタロチオネイン-1遺伝子プロモーターを用いた場合、金、亜鉛、カドミウム等の重金属、デキサメサゾン等のステロイド、アルキル化剤、キレート剤またはサイトカインなどの誘導物質を、所望の時期に投与することにより、任意の時期に標的造血器腫瘍細胞特異的にウイルスタンパク質の発現を誘導することができる。
また、2以上のウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸をサービビンプロモーターの制御下におく場合、用いるプロモーターは同一のプロモーターであってもよいし、異なるものであってもよい。例えば、ヒトサービビンプロモーターとマウスサービビンプロモーターとを、1つのベクター内で併用することもできる。
【0022】
あるいは、サービビンプロモーター以外のプロモーターにより制御されるウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸として、正常細胞におけるウイルスの増殖に必要な細胞環境を誘導するのに必須であるが、標的造血器腫瘍細胞におけるウイルスの増殖には必要でない領域を欠損させた、上記の変異ウイルスタンパク質をコードする核酸を用いることもできる。
【0023】
本発明のベクターは、ウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸に加えて、造血器腫瘍に対する治療遺伝子をさらに含むことができる。ここで「治療遺伝子」とは、該遺伝子が転写(および翻訳)された場合に、直接的もしくは間接的に標的造血器腫瘍に対して治療効果をもたらす限り、いかなるタンパク質(もしくはRNA)をコードするものであってもよいが、例えば、腫瘍サプレッサー遺伝子(p53、p21など)、サイトカイン遺伝子(GM-CSF、IL-2、IL-4、IFNなど)、アポトーシス誘導遺伝子(Fasなど)、イオンチャネル(ナトリウムチャネルなど)の構成タンパク質をコードする遺伝子、プロドラッグを毒物に変換することによって細胞を傷害しうるタンパク質の遺伝子(自殺遺伝子)(HSV-チミジンキナーゼ、シトシンデアミナーゼなど)、がん原因遺伝子に対するアンチセンス核酸(TGF-βに対するアンチセンス核酸、サービビンに対するアンチセンス核酸など)、血管新生抑制遺伝子(血小板第IV因子、アンジオスタチン、エンドスタチン、可溶性VEGFレセプターなど)等が挙げられる。あるいは、本発明のベクターは治療遺伝子の代わりに、またはそれに加えて、ベクターに感染した造血器腫瘍細胞を識別するための可視化遺伝子(例えば、GFP、EGFP、RFP、ルシフェラーゼ、LacZ遺伝子など)をさらに含むことができる。
【0024】
上述のように、ウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸の少なくとも1つがサービビンプロモーターの制御下におかれていれば、ウイルスの増殖はサービビンプロモーターが活性化される環境下に限定されるので、治療遺伝子は任意のプロモーターの制御下に置かれてよい。かかるプロモーターとしては、上記したウイルスプロモーターや哺乳動物の構成タンパク質の遺伝子プロモーターなどの構成的プロモーター、標的造血器腫瘍細胞で特異的に発現し得る遺伝子のプロモーター、誘導性プロモーターなどを同様に用いることができる。もちろん治療遺伝子をサービビンプロモーターの制御下におくこともできる。
【0025】
ウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸や治療遺伝子は、それを産生する細胞・組織から自体公知の方法によりcDNAとして単離することができ、サービビンプロモーターもしくは他の任意のプロモーターの下流に機能的に連結することができる。サービビンプロモーターもしくは他の任意のプロモーターの制御下にある、ウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸または治療遺伝子を含む発現カセットは、好ましくは該核酸または遺伝子の下流に適当なポリアデニレーション配列を含む。
【0026】
本発明のベクターは、宿主細胞で自律増幅するための複製起点や、形質転換細胞選択のための選択マーカー遺伝子 (テトラサイクリン、アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン、ホスフィノスリシン等の薬剤に対する抵抗性を付与する遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子等) をさらに含有することもできる。
【0027】
本発明のベクターは、制限増殖型ベクターを構築可能な限り、いかなるウイルス由来のベクターであってもよく、例えばアデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、センダイウイルス等のウイルスベクターが挙げられるが、好ましくはアデノウイルスベクターである。
本発明の好ましい一実施形態では、小戝らが開発した多因子がん特異的増殖制御型組換えアデノウイルス系(m-CRA;特開2005-046101号及び国際公開第WO2005/012536号)の一部として、サービビンプロモーターを用いることができる。m-CRAの構築に好適に用いられるプラスミドベクターの例を、図1に提示する。図中で、プラスミドベクターP1のうち、プロモーターAおよび/またはプロモーターBとしてサービビンプロモーターを用い、プラスミドベクターP2のプロモーターC(治療遺伝子の発現を制御する)として、サービビンプロモーターもしくは別の標的造血器腫瘍細胞特異的プロモーターまたは構成的プロモーター等の他の任意のプロモーターを用いることができる。標的造血器腫瘍細胞特異的プロモーターとしては、造血器腫瘍細胞で特異的に発現する上記の各種遺伝子のプロモーターを例示できる。
【0028】
後述の実施例に示した具体的な実施形態では、サービビンプロモーターと機能的に連結したE1A遺伝子(24KDa領域を欠損していてもよい)、及び構成的プロモーター(CMVプロモーターなど)と機能的に連結したE1B遺伝子(19KDa又は55KDa領域を欠損していてもよい)を含むプラスミドベクターP1、構成的プロモーター(CMVプロモーターなど)と機能的に連結されたレポーター遺伝子(治療遺伝子のモデル系として)を含むプラスミドベクターP2、並びにE1領域を欠失するアデノウイルスゲノム(ファイバー遺伝子内に標的細胞特異的は変異を有していてもよい)を含むバックボーンプラスミドP3が提供される。これら3種のプラスミドを適宜組み合わせ、Creリコンビナーゼ-loxシステムを用いてプラスミド融合と、各プラスミドに搭載された薬剤耐性遺伝子とoriを利用した目的プラスミドの選択により、サービビンプロモーター-E1A発現カセット、構成的プロモーター-E1B発現カセットおよび構成的プロモーター-治療遺伝子発現カセットを搭載した、造血器腫瘍細胞特異的増殖型アデノウイルス(CRA)ベクタープラスミドを作製する。続いて該ベクターを用いて、E1を相補する細胞株(例、293細胞)にトランスフェクションすることにより、CRAベクターを作製することができる。実施例で用いたm-CRAベクターは、E1Aの発現を制御するプロモーター(サービビンプロモーター)、E1B遺伝子(E1BΔ55K)の2因子でベクターの増殖が制御されているが、E1A遺伝子、E1Bの発現を制御するプロモーター、治療遺伝子の発現を制御するプロモーター、治療遺伝子、さらにはバックボーンのファイバー遺伝子を他の要素に置換することにより、さらに多因子による高度な増殖および発現制御が可能となる。
【0029】
本発明のベクターは、少なくとも1つのウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸が、造血器腫瘍で特異的に発現する遺伝子(例、サービビン)のプロモーターの制御下にある制限増殖型のウイルスベクターであるので、該プロモーターが転写活性を発揮しない細胞内ではウイルス増殖できない。従って、本発明のベクターは、造血器腫瘍で特異的に発現する遺伝子のプロモーターの制御下にある核酸がコードするウイルスの複製に必要なタンパク質を相補する細胞に導入し、該細胞を培養することにより増幅させることができる。例えばアデノウイルスベクターの場合、E1AおよびE1B遺伝子が組み込まれた293細胞株などを相補細胞株として使用することができる。増幅されたウイルスは当該細胞の培養上清から常法に従って回収することができる。
【0030】
本発明のベクターをそのまま全身投与しても、例えばアデノウイルスベクターの場合、投与されたベクターは肝臓・脾臓に多く存在し、腫瘍細胞におけるCRAの20倍量にも相当するとの知見があることから、この方法を造血器腫瘍に適用したとしても、末梢血中の腫瘍細胞に対して十分な感染効率が得られない可能性が高い。これに対し、本発明では、上記ベクターを分離された造血器腫瘍細胞に感染させ、感染した造血器腫瘍細胞を、該造血器腫瘍に罹患した患者に全身投与することにより、血中に移入された細胞が全身を循環する過程で増殖したウイルスにより殺傷され、標的となる白血化病変、多発リンパ節病変、骨髄・肝臓・脾臓・消化管等多臓器への浸潤病変周辺でウイルスの放出が起こり、これらの標的腫瘍細胞に効率よく感染して該細胞に対する殺傷効果を誘導することができる。従って、本発明は、上記増殖型ウイルスベクターに感染した造血器腫瘍細胞を含有してなる、該造血器腫瘍の治療剤を提供する。
【0031】
本発明のベクターに感染した造血器腫瘍細胞を含有する製剤により治療し得る造血器腫瘍患者は、該ベクターに搭載される造血器腫瘍特異的プロモーターが治療に有効なレベルで転写活性を発揮し得る造血器腫瘍を有する動物個体であれば特に制限されず、例えば、急性リンパ性白血病、急性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病、非ホジキンリンパ腫、ホジキンリンパ腫、多発性骨髄腫の患者(多発リンパ節病変、骨髄・肝臓・脾臓・消化管等の臓器への浸潤病変を有する者を含む)などが挙げられる。特に好ましい対象がんとして、成人T細胞白血病/リンパ腫などが含まれる。
【0032】
本発明のベクターに感染させる造血器腫瘍細胞は、治療対象となる動物(好ましくはヒト)に投与されるものであるため、該動物個体から採取した造血器腫瘍細胞であることが特に好ましいが、治療対象自体からの腫瘍細胞の採取が困難な場合には、MHCの型が同一もしくは実質的に同一の他個体から腫瘍細胞を採取することもできる。ここでMHCの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤等の使用により、該腫瘍細胞を治療対象動物に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にMHCの型が一致していることをいう。例えばヒトの場合、たとえば主たるHLA(例えばHLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる。
【0033】
造血器腫瘍の場合、腫瘍細胞が末梢血中に存在するので、治療対象動物から採血することにより容易に腫瘍細胞を採取することができる。採血は、例えば、真空採血管やシリンジ等を用いて、静脈採血により行うことができる。採取した血液をショ糖、フィコール、パーコールなどを用いた密度勾配遠心に付すことにより、目的とする腫瘍細胞を採取することができる。あるいは、成分献血に用いられる血球分離装置を利用して目的の腫瘍細胞を分離することもできる。さらには、サービビンは癌抗原ペプチドとして腫瘍細胞表面に抗原提示されることが報告されているので、サービビンペプチドに対する抗体を用いてFACS等によりサービビン遺伝子を高発現する腫瘍細胞を単離することもできる。また、HTLV-1感染ATL細胞ではHTLV-1由来taxを抗原提示しているので、抗tax抗体を用いてFACS等によりATL細胞を単離することも可能である。
【0034】
本発明のベクターは、サービビン遺伝子等の造血器腫瘍細胞で特異的に発現する遺伝子のプロモーターが一定レベル以上の転写活性を発揮し得る細胞でのみ増殖し、殺細胞効果を示すので、別の実施態様においては、目的の腫瘍細胞を単離することなく他の血液細胞が混在した状態で、腫瘍細胞を本発明のベクターに感染させてもよい。
【0035】
採取された造血器腫瘍細胞は、本発明のベクターに感染させる前に、培養を行って増幅させておいてもよい。造血器腫瘍細胞の培養に用いられる基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば、特に限定されない。該培地は、血清含有培地であっても無血清培地であってもよいが、異種成分の排除による細胞移植の安全性の確保という観点から、無血清培地が好ましい。ここで、無血清培地とは、無調整または未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当するものとする。かかる無血清培地としては、例えば、市販のKNOCKOUTTM SR(KSR)を適量(例えば、1〜20%)添加した無血清培地、インスリンおよびトランスフェリンを添加した無血清培地(例えば、N2B27[50% DMEM/F12、50% Neurobasal medium (Gibco)、25μg/mL インスリン、100μg/mL アポトランスフェリン、6ng/mL プロゲステロン、16μg/mL プトレシン、5.2ng/mL 亜セレン酸ナトリウム、1×B27 (Gibco)、0.1% BSA、2mM グルタミン]、CHO-S-SFM II(GIBCO BRL社製)、Hybridoma-SFM(GIBCO BRL社製)、eRDF Dry Powdered Media(GIBCOBRL社製)、UltraCULTURETM(BioWhittaker社製)、UltraDOMATM(BioWhittaker社製)、UltraCHOTM(BioWhittaker社製)、UltraMDCKTM(BioWhittaker社製)、ITPSG培地(Cytotechnology, 5, S17 (1991))、ITSFn培地(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 77, 457 (1980))、mN3培地(Mech. Dev. 59, 89 (1996) など)などが挙げられる。該培地は、必要に応じて、その他の成分、例えば、アミノ酸(例、グルタミン等)、有機酸(例、ピルビン酸、乳酸等)抗酸化剤(例、2-メルカプトエタノール等)、サイトカイン(例、IL-2等)、増殖因子(例、インスリン等)、ビタミン類(例、アスコルビン酸等)、抗生物質(例、ペニシリン、ストレプトマイシン)等を適切な濃度で含有していてもよい。
【0036】
造血器腫瘍細胞の培養に用いられる培養器は、細胞培養用であれば特に限定されないが、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。培養器は、細胞非接着性であっても細胞接着性であってもよい。細胞接着性の培養器は、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で、細胞支持用基質でコーティングされたものであり、そのような細胞支持用基質としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、マトリゲル、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチンが挙げられる。
培養は、例えば、CO2インキュベーター中、約1〜約10%、好ましくは約2〜約5%のCO2濃度の雰囲気下、約30〜約40℃、好ましくは約37℃で行うことができる。
【0037】
造血器腫瘍細胞への本発明のベクターの感染方法は、ベクターの種類によって異なるが、例えばアデノウイルスベクターの場合、上記培養器中に約105〜約106細胞/mlとなるように播種した造血器腫瘍細胞に、例えば感染多重度(MOI)が約0.1〜約3000、好ましくは約1〜約1000、より好ましくは約3〜約300となるようにウイルス液を添加し、上記と同様の条件下で約0.5〜約24時間、好ましくは約1〜約12時間インキュベートすることにより感染を成立させることができる。長期間インキュベートし過ぎると、治療対象に投与する前に細胞溶解を生じてしまうので好ましくない。造血器腫瘍細胞の前培養培地として血清培地を用いる場合には、感染効率の低下を防ぐため、ウイルス感染に先立って無血清培地に交換した方が好ましい場合がある。
【0038】
感染処理終了後、培養上清を除去して未感染のベクターを除いた後(本発明のベクターが可視化遺伝子を含む場合、所望によりFACS等を用いて該遺伝子を発現する造血器腫瘍細胞(感染が成立した腫瘍細胞)を分取した後)、常套手段にしたがって医薬上許容される担体と混合するなどして、非経口製剤、好ましくは、注射剤、懸濁剤、点滴剤等の非経口製剤として製造される。当該非経口製剤に含まれ得る医薬上許容される担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウムなど)などの注射用の水性液を挙げることができる。本発明の剤は、例えば、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤、酸化防止剤などと配合してもよい。
【0039】
本発明のベクターに感染した造血器腫瘍細胞を水性懸濁液剤として製剤化する場合、上記水性液に約1.0×106〜約1.0×107細胞/mlとなるように、該腫瘍細胞を懸濁させればよい。
このようにして得られる製剤は、治療対象動物体内の造血器腫瘍細胞に感染しそれらを殺傷し得る条件で、正常細胞を殺傷することがないので、ヒトなどの哺乳動物に対して安全に投与することができる。投与方法は特に限定されないが、好ましくは注射もしくは点滴による全身投与であり、例えば静脈内投与、動脈内投与などが挙げられる。
本発明の造血器腫瘍治療剤の投与量は、投与対象動物種、標的造血器腫瘍の種類、体重、症状、投与方法などにより差異はあるが、通常、ATL患者(体重60kgとして)においては、例えば、静脈内注射の場合、1回につきATL細胞量として約1.0×105〜約1×107細胞を単回、あるいは約2〜約8週間隔で、約2〜約8回投与するのが好都合である。
【0040】
本発明を以下の実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例】
【0041】
実施例1 サービビン依存性増殖型アデノウイルスベクター(Surv.CRA)の白血病細胞株への感染・殺細胞効果
サービビン依存性増殖型アデノウイルスベクターとして、Kamizono, J. et al., Cancer Res., 2005, 65(12): 5284-91に記載のSurv.CRAwt(開始ATGを+1として-173〜-19位のヌクレオチド配列からなるマウスサービビンプロモーター断片の制御下にあるE1A遺伝子、CMV前初期プロモーターの制御下にあるE1BΔ55K遺伝子、並びにCMV前初期プロモーターの制御下にあるEGFP遺伝子を含む)を用いた。コントロールベクターとしてE1領域を欠失したEGFP遺伝子を含む複製欠損アデノウイルス(Ad.ΔE1; Chen, S.H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92: 2577-2581, 1995に従って作製)を用いた。白血病細胞株として、ATL患者の末梢血単核細胞から樹立されたHTLV-1感染細胞株S1T、Oh13T、Su9T01、K3T、F6T(Arima, N. et al., J. Virol., 65(12): 6892-6899, 1991)およびMT-2(Miyoshi, I. et al., Nature, 294: 770-771, 1981)、コントロールとして正常ヒト末梢血リンパ球を用いた。10% 胎仔ウシ血清、2mM L-グルタミンおよびペニシリン/ストレプトマイシンを添加したRPMI 1640培地を分注した96-ウェルプレートに、各細胞を1〜2×105細胞/ウェルで添加し、Surv.CRAwtを種々のMOI(0.3、3および30)で感染させ、5日間培養した。感染3日後および5日後に、3-(4,5-Dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazolium bromide, a tetrazole(MTT) アッセイにより各細胞の生存度を調べた。結果を図3に示す。
Surv.CRAwtは、種々の白血病細胞株に対してMOI依存的な殺細胞効果を示したが、正常末梢血リンパ球は傷害しなかった。
【0042】
実施例2 サービビンプロモーター活性とSurv.CRAの殺細胞効果との相関の検討
WO 2005/115476の実施例2に記載の方法に準じて、サービビンプロモーターの制御下にLacZ遺伝子を発現するE1欠失複製欠損アデノウイルス(Ad.Surv-LacZ; Chen, S.H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 1995 (上述) に従って作製)をMOI30で各ATL細胞株に感染させ、外部から導入されたベクターに挿入されたサービビンプロモーターの活性を、β-ガラクトシダーゼ活性を指標にして調べた。結果を図4Aに示す。また、Adenoviral Gene Transcription Efficiency(AGTE)はアデノウイルスをMOI30で感染させたときの感染率を示している。Ad.Surv-LacZをMOI30で感染させた場合の5種のATL細胞株におけるβ-ガラクトシダーゼ活性とSurv.CRAwtによる殺細胞効果(IC50値)との関係を調べたところ、良好な相関が認められた(R2=0.9936)。結果を図4Bに示す。
【0043】
実施例3 Surv.CRAの複製と未感染白血病細胞への感染拡大
実施例1と同様にして、Surv.CRAwtをMOI3でK3T細胞株に感染させた後48時間まで、時間経過を追って観察した。コントロールベクターとしてAd.ΔE1を用いた。未感染細胞への感染の拡大の指標として、EGFP陽性細胞をフローサイトメーターで検出した。結果を図5に示す。Ad.ΔE1 を感染させた白血病細胞では、55.3%の白血病細胞への感染にとどまったが、Surv.CRAwtを感染させた白血病細胞では、時間経過とともにほぼ100%に近い白血病細胞への感染の拡大が確認された。このように、Surv.CRAの複製と未感染細胞への感染の拡大が示された。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、従来固形がんへの局所投与に使用が限局されていた増殖型ウイルスベクターを、造血器腫瘍の治療用ベクターとして利用することが可能となる。即ち、本発明は、造血器腫瘍に対する新規な遺伝子治療戦略を提供した点において、きわめて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
造血器腫瘍細胞で特異的に発現する遺伝子のプロモーターの制御下にある、少なくとも1つのウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸を含む増殖型ウイルスベクターを含有してなる、該造血器腫瘍の治療剤。
【請求項2】
造血器腫瘍細胞に感染した形態で全身投与されることを特徴とする、請求項1記載の剤。
【請求項3】
造血器腫瘍細胞で特異的に発現する遺伝子のプロモーターの制御下にある、少なくとも1つのウイルスの複製に必要なタンパク質をコードする核酸を含む増殖型ウイルスベクターに感染した造血器腫瘍細胞を含有してなる、該造血器腫瘍の治療剤。
【請求項4】
前記ウイルスベクターがアデノウイルスベクターである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の剤。
【請求項5】
前記プロモーターがサービビンプロモーターである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の剤。
【請求項6】
サービビンプロモーターが、配列番号1に示されるヌクレオチド配列中少なくとも1124〜1278番目のヌクレオチド配列、または配列番号3に示されるヌクレオチド配列中少なくとも1296〜1468番目のヌクレオチド配列を含む、請求項5記載の剤。
【請求項7】
造血器腫瘍が成人T細胞白血病である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の剤。
【請求項8】
前記ベクターが造血器腫瘍に対する治療遺伝子をさらに含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−201813(P2011−201813A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70942(P2010−70942)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【Fターム(参考)】