説明

シアノバクテリアが産生する水素の水素吸蔵合金による効率的回収方法および水素の増収方法

【課題】微生物による水素生産効率を向上させる技術の提供。
【解決手段】水素産生能を有する微生物を培養し、得られた培養液を不活性ガス及び水素吸蔵合金の存在下に水素を発生させることを特徴とする水素の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物による効率的な水素の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、化石燃料と異なり、燃焼しても炭酸ガスや硫黄酸化物等の環境問題となる物質を発生しないクリーンエネルギー源として注目されている。水素の単位質量当たりの熱量は原油の3倍以上であり、燃料電池用エネルギー源として特に注目されている。
【0003】
従来、水素の生産方法としては、天然ガスやナフサの熱分解水蒸気改質法が広く採用されている。しかし、この方法は、高温高圧の反応条件が必要であり、このとき製造されるガスには一酸化炭素が含まれるという問題がある。そこで、微生物による水素生産技術が燃料電池用燃料供給手段として注目されている。
【0004】
微生物による水素生産は、ヒドロゲナーゼまたはニトロゲナーゼという酵素によって触媒される。ヒドロゲナーゼは、微生物中の余分な還元力(電子)によってプロトンを還元して水素を生成するが、反応は可逆的であるため、ある程度水素ガス濃度が高くなると水素取り込み反応と平衡してそれ以上水素を生成しなくなる。平衡に達する水素濃度は、微生物の種類や培養条件によって異なる。
一方、ニトロゲナーゼは、本来空中窒素ガスをアンモニアに還元する酵素であるが、プロトン還元反応をも行う。このプロトン還元反応は、100%窒素ガス雰囲気でも副反応として起こるが、アルゴンガス中ではプロトン還元反応のみとなる。反応に生体エネルギー物質であるATPを消費するため、事実上の不可逆反応であり、還元力とATPが供給される限り、100%水素雰囲気であっても水素を生成する。しかし、ごく少数の例外(遺伝子組替えによるヒドロゲナーゼ欠損株をも含む)を除き、多くのニトロゲナーゼを有する微生物は、ヒドロゲナーゼをも有しており、微生物外部の水素ガスを吸収する性質を持つ。ヒドロゲナーゼおよびニトロゲナーゼともに酸素に極めて弱く、酵素活性は阻害・失活を受けるが、ニトロゲナーゼを有するバクテリアは細胞レベルで耐酸素防御機構(多重の膜構造や高い呼吸活性など)を有しているものもあり、これらは生菌体レベルでは空気中でも窒素固定が可能である。よって、現段階では、ヒドロゲナーゼによる水素生産は窒素、ヘリウムまたはアルゴン、ニトロゲナーゼによるものは、窒素還元との競合を回避するため、アルゴンまたはヘリウム雰囲気中に、微生物懸濁液を密封容器に閉じこめることで行われている。
【0005】
そこで、水素の生産効率を上げるため、新たな微生物の探索(特許文献1、2)、微生物の改善(特許文献3)、リアクターの改良(特許文献4)等が行なわれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−133785号公報
【特許文献2】特表2007−525199号公報
【特許文献3】国際公開2006/062130号パンフレット
【特許文献4】国際公開2008/153202号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の手段では、生成した水素をアルゴンガスやヘリウムガスから回収することが容易ではなく、また水素の発生量も十分満足できるものではなかった。
従って本発明の課題は、水素の発生量が増大し、かつ水素の回収が容易な微生物による水素製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者は、微生物を用いた効率的な水素の製造法について種々検討したところ、水素生産微生物を培養した後、その培養液を不活性ガス雰囲気中に置き、かつその不活性ガス雰囲気中に水素吸蔵合金を置き、その条件下で水素を発生させたところ、発生した水素が効率良く合金に吸蔵されるだけでなく、微生物の水素生産量が顕著に増大することを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、水素産生能を有する微生物を培養し、得られた培養液を不活性ガス及び水素吸蔵合金の存在下に水素を発生させることを特徴とする水素の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明方法によれば、微生物が産生した水素を水素吸蔵合金中に吸蔵させることができるため、不活性ガスから水素を分離する操作を必要としない。さらに、本発明方法によれば、微生物による水素生産量が増大するので、単位微生物当たりの生産効率が増大する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】培養液と不活性ガス及び水素吸蔵合金との設置例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の水素製造方法においては、水素産生能を有する微生物を培養する。ここで、水素産生能を有する微生物としては、ヒドロゲナーゼ及び/又はニトロゲナーゼを有する微生物が挙げられ、具体的には微細藻類(Anabaena、Synechococcus、Synechocystis、Spirulina、Chlamydomonas、Chlorella、Scenedesmusなど)、光合成細菌(Rhodobacter、Rhodopseudomonas、Rhodospirillum など)、絶対嫌気性細菌(Clostridiumなど、通性嫌気性細菌(Escherichia、Enterobacter、Citrobacterなど)、嫌気性古細菌(Pyrococcusなど)が挙げられる。これらのうち、ヒドロゲナーゼを有する微生物、微細藻類、光合成細菌において水素の増収効果がより顕著で、特にAnabaena、Spirulina、Chlamydomonas、Chlorella、Scenedesmus、Rhodobacter、Rhodopseudomonas、Rhodospirillumなどが好ましい。
【0013】
これらの微生物の培養条件は、当該微生物が増殖し得る条件であればよく、微細緑藻や光合成細菌であれば光照射下、必要に応じて炭素源、窒素源、無機塩の存在下、10〜40℃で培養するのが好ましい。光合成細菌の培養における炭素源としてはリンゴ酸、コハク酸、乳酸、酢酸等の有機酸が用いられる。窒素源としては、硫安、グルタミン酸等が用いられる。また微細藻類の培養においては、有機物は必要なく、炭素源は二酸化炭素、炭酸水素ナトリウム等が使用される。窒素源としては硝酸塩、アンモニア等の無機塩が用いられる。
光照射の光源は、白熱電球、蛍光灯、太陽光が用いられ、光強度は50〜400マイクロアインシュタイン/m2/秒程度でよい。
【0014】
次に、得られた培養液を不活性ガス及び水素吸蔵合金の存在下に水素を発生させる。得られた培養液は、ヒドロゲナーゼ濃度又は菌体濃度を高くするために、濾過、遠心分離等の操作を行なってもよい。培養液中の菌体濃度は、0.1〜3mg/mL程度であるのが好ましい。50mMリン酸ナトリウム緩衝液、pH7.5を用いた場合の光学強度OD540で1〜3程度が好ましい。
【0015】
不活性ガスとしては、水素、酸素等のヒドロゲナーゼ活性に影響を及ぼさないガス、例えばアルゴンガス、窒素ガス、ヘリウムガス等が挙げられる。Spirulinaの場合はアルゴンガス、窒素ガス、ヘリウムガスが好ましく、Anabaenaの場合は、アルゴンガス、ヘリウムガスが好ましい。
【0016】
水素吸蔵合金としては、水素吸蔵能を有することが知られている合金であればよく、例えばチタン、マンガン、ジルコニウム、ニッケルなどの遷移元素の合金をベースとしたAB2型合金(例えばTiMn1.5、ZrCr2、ZrMn2、Zr(Ni0.5Mn0.52、Zr(Cr0.5Mn0.52、Ti0.2Zr0.8(Fe0.2Mn0.82、Ti0.5Zr0.5(Fe0.2Mn0.81.5、Ti0.2Zr0.8(Cr0.2Mn0.82、Ti0.2Zr0.8(Ni0.2Mn0.82、など);希土類元素、ミッシュメタルMm(希土類元素の混合物)カルシウム1に対して触媒効果を持つ遷移元素(ニッケル、コバルト、アルミニウムなど)5を含む合金をベースとしたAB5型合金(例えばLaNi5、CeNi5、MmNi5、CaNi5、LaCo5、LaNi4Alなど);Ti−Fe系合金;TiZrFe2などのTi−Zr−Fe系合金;Ti−Ni系合金;Ti0.1Cr0.10.8、Ti0.1Mn0.10.8などのV系合金;Mg−10%NiなどのMg系合金;Nb25などの触媒を添加したMgまたはMg系合金、Pd系合金;Ca系合金等が挙げられる。合金は、使用前に耐水性を付与しておくことが好ましく、耐水性の付与は例えばゾルゲル法によるカプセル化(特許第3927318号等)等によって行うことができる。
【0017】
培養液は、不活性ガスを封入した容器に入れ、水素吸蔵合金は不活性ガス中に存在せしめる。具体的には、例えば図1のように、容器中に培養液を入れ、その中に培養液に接触しないように水素吸蔵合金を設置し、容器を不活性ガスで置換して密封すればよい。水素吸蔵合金の前置量は、容器中の不活性ガスの含量が水素ガスに置換した場合の全水素量を吸蔵できる量とするのが好ましい。水素を発生させるには、培養液中の微生物を暗条件下又は光照射下、不活性ガス雰囲気中に5〜40℃に2〜14日程度おけばよい。Anabaenaの場合、培養液中の微生物に光を照射し、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガス雰囲気中におけばよい。その条件は、例えば25〜35℃、1週間程度が好ましい。Spirulinaでは、アルゴンガス、窒素ガスまたはヘリウムガスの不活性ガス雰囲気中に置き、1週間程度、暗条件で水素生産を行う。
【0018】
前記のように設置することにより、培養液中で発生した水素は、不活性ガス中に放出されるとともに水素吸蔵合金中に吸蔵される。本発明方法によれば、発生した水素が水素吸蔵合金中に効率良く吸蔵される。得られた水素吸蔵合金は、そのまま、または50〜350℃に加熱して水素放出させることにより、燃料電池等に使用することができる。また、本発明方法によれば、不活性ガス中に放出された水素の一部が合金に吸蔵される結果、水素発生量が増大し、微生物当たりの水素生産量が顕著に増大する。
【実施例】
【0019】
次に実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこの実施例に何ら限定されない。
【0020】
実施例1
シアノバクテリア、Spirulina platensis NIES 46株(K.Aoyama, I.Uemura, J.Miyake; Fermentative metabolism to produce hydrogen gas and organic compounds in a cyanobacterium, Spirulina platensis. J. Ferment. Bioeng. Vol83, pp.17-20(1997))をSOT培地(表1)を用い、蛍光灯による光照射(約100μEinstein/m2/s)下、約5日間培養し、無菌的に濾過して、培地を硝酸ナトリウム(NaNO3)欠乏SOT培地に交換して、同じ光照射条件下で2日間培養した。
この菌体を濾過して濃縮し、リン酸ナトリウム緩衝液(50mM、pH7.5)に懸濁させ、菌体濃度を、光学密度ODが0.5〜4になるように調整して、約0.3〜2.4mg/mLとした。この懸濁液を容量13mLの瓶に2mL入れたものを2本準備した。1本はそのまま、もう1本には、水素吸蔵合金Ti0.5Zr0.5(Fe0.2Mn0.81.5、約20〜30mgを入れた小型プラスチックチューブを挿入した(瓶内で転倒しない長さのチューブを用いた)。ともに気密性のよいゴム蓋をし、注射針を用いて気相をアルゴンガスに交換した(図1)。
2本の瓶をアルミニウムホイルでくるんで遮光し、ロータリーシェーカーで約100rpmの速度で、30℃で約一週間インキュベートし、気相中に蓄積した水素の濃度をガスクロマトグラフィーで定量し、また、水素吸蔵合金に吸収された水素量を、既知体積中で350℃に加熱して水素を放出させた時の圧力測定により定量した。
【0021】
【表1】

【0022】
その結果、下記のように2本の瓶から回収された水素の全量は、水素吸蔵合金を加えた方が多かった。
(結果)
(1)水素吸蔵合金無しの場合の全水素生産量(実験期間6日間)
シアノバクテリアのOD=0.5の時:0.07mL STP
シアノバクテリアのOD=2の時:0.39mL STP
シアノバクテリアのOD=4の時:0.54mL STP
(2)水素吸蔵合金有りの場合の全水素生産量(気相+水素吸蔵合金)
シアノバクテリアのOD=0.5の時:0.09mL STP+0.33mL STP=0.42mL STP
シアノバクテリアのOD=2の時:0.35mL STP+0.25mL STP=0.60mL STP
シアノバクテリアのOD=4の時:0.35mL STP+0.37mL STP=0.72mL STP
【0023】
実施例2
シアノバクテリア、Anabaena cylindrica NIES 11(J.R.Benemann & N.M.Weare: Nitrogen fixation by Anabaena cylindrica III. Hydrogen-supported nitrogenase activity. Arch.Microbiol.Vol.101, pp.401-175 (1974))を窒素源(硝酸塩)欠乏BG−11培地(表2)で約5日間培養し、遠心分離によってその菌体を収穫し、同じ窒素源欠乏BG−11培地に懸濁し、菌体濃度を、光学密度ODが0.5〜4になるように調整して、約0.3〜2.4mg/mLとし、実施例1と同様に、2本の13mL容瓶にいれ、一方の瓶には水素吸蔵合金 ZrVFe 約40〜60mgを入れた小型プラスチックチューブを挿入した。ゴム栓で蓋をした後、気相は、注射針を用いてアルゴンプラス約5%の二酸化炭素に交換した。実施例1とは異なり、蛍光灯による約100μEinstein/m2/sの光照射条件下、これらの瓶を、ロータリーシェーカーで、100rpm、30℃において約一週間インキュベートした。気相中の水素ガスは、ガスクロマトグラフィーによって定量し、また、水素吸蔵合金に吸収された水素量を、既知体積中で350℃に加熱して水素を放出させた時の圧力測定により定量した。
【0024】
【表2】

【0025】
その結果、OD=1.2の時の下記例のように、水素吸蔵合金を加えた場合の方が全体の水素生産量は多かった。
(結果)
(1)水素吸蔵合金無しの場合の全水素生産量
実験期間7日間の時:0.73mL STP
実験期間8日間の時:0.91mL STP
(2)水素吸蔵合金有りの場合の全水素生産量(気相+水素吸蔵合金)
実験期間7日間の時:0.46mL STP+4.67mL STP=5.13mL STP
実験期間8日間の時:0.61mL STP+5.93mL STP=6.54mL STP

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素産生能を有する微生物を培養し、得られた培養液を不活性ガス及び水素吸蔵合金の存在下に水素を発生させることを特徴とする水素の製造方法。
【請求項2】
発生した水素を、水素吸蔵合金及び/又は不活性ガス雰囲気から回収する請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
水素産生能を有する微生物が、ヒドロゲナーゼ及び/又はニトロゲナーゼを有する微生物である請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
不活性ガスが、窒素、アルゴン及びヘリウムから選ばれるガスである請求項1〜3のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項5】
水素吸蔵合金が、AB2型、AB5型、Ti−Fe系、Ti−Ni系、V系、Mg系、Pd系及びCa系合金から選ばれるものである請求項1〜4のいずれか1項記載の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−249577(P2012−249577A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−124597(P2011−124597)
【出願日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】