説明

シアン化水素含有廃油の処理方法

【課題】特別な装置を使用せずに、シアン化水素含有廃油を安全に無害化処理する方法を提供する。
【解決手段】反応装置から排出した、実質的に水と混和しない有機溶媒にシアン化水素が含有された廃油を、アルカリ水溶液と混合し、ついで静置して油相と水相とに分液させ、前記シアン化水素をシアン化物として水相に分配する。分液後、油相は焼却処分される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばシアノヒドリンなどの化学薬品製造工程から排出されるシアン化水素含有廃油を安全に無害化処理する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シアノヒドリンは、農薬製造や医薬合成の中間体として有用な化合物であり、一般にはアルデヒドまたはケトンにシアン化物イオンを反応させて合成される。この反応は可逆反応であるので、水とシアノヒドリンによる逆反応を防止するため、反応液を脱水濃縮するが、この脱水濃縮において留出する廃油には有害なシアン化水素HCNが含まれているため、該廃油を処理して無害化する必要がある。
【0003】
このような廃油の処理には、通常、燃焼法が採用されている。特許文献1には、シアン化合物を含む主に石油化学製造工程より排出される廃液を、800〜1100℃の温度で燃焼又は分解処理することが記載されている。これにより、シアン化合物は窒素酸化物になって無害化される。
【0004】
しかしながら、このような燃焼法では、廃油の抜き出し時等において、シアン化水素が大気中に飛散しないようにハンドリングに注意が必要である。すなわち、留出した廃油を取り扱う部位においては、配管を二重にするなどして、焼却炉を閉鎖系にする必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−132241号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、特別な装置を使用せずに、シアン化水素含有廃油を安全に無害化処理する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下のシアン化水素含有廃油の処理方法を提供するものである。
(1)反応装置から排出した、実質的に水と混和しない有機溶媒にシアン化水素が含有された廃油を、アルカリ水溶液と混合し、前記シアン化水素をシアン化物として水相に分配することを特徴とする、シアン化水素含有廃油の処理方法。
(2)前記廃油を廃液タンクに導き、該廃液タンク内で前記アルカリ水溶液と攪拌下で混合し、ついで静置して油相と水相とに分液させる(1)に記載の処理方法。
(3)前記分液後、油相を焼却処分する(2)に記載の処理方法。
(4)前記反応装置からの前記廃油の排出から前記アルカリ水溶液との混合までの工程が、大気と遮断されたクローズ系で行われ、これに続く静置および分液工程から焼却工程が大気開放下で行われる(2)または(3)に記載の処理方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係るシアン化水素含有廃油の処理方法によれば、反応装置から排出した、実質的に水と混和しない有機溶媒にシアン化水素が含有された廃油(すなわちシアン化水素含有廃油)をアルカリ水溶液と混合することにより、シアン化水素を水溶性のシアン化物(すなわちシアン化水素酸の塩)に変換し、水相に分配するので、油相からシアン化水素を殆ど除去できる。そのため、油相を焼却処分するのに特別な装置を必要せず、安全に無害化処理することができる。なお、シアン化物を含有した水相は微生物処理などの通常の処理方法で処理可能である。
従って、反応装置からの前記シアン化水素含有廃油の排出から前記廃液タンク内でのアルカリ水溶液との混合までの工程を、大気と遮断された閉鎖系で行い、これに続く後工程、すなわち静置および分液工程から焼却工程を大気開放下で行うことができるので、処理装置自体も簡略化できるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係る処理方法の一実施形態を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
この実施形態に係るシアン化水素含有廃油(以下、HCN含有廃油という)の処理方法を図1に示す。すなわち、シアノヒドリン合成の反応装置における脱水濃縮において、排出するHCN含有廃油をアルカリ水溶液で処理するものである。
【0011】
HCN含有廃油は、例えばシアノヒドリンを製造する反応装置から脱水濃縮された廃油である。上記シアノヒドリンを合成する反応では、実質的に水と混和しない有機溶媒中で反応が行われるので、HCN含有廃油もこの有機溶媒にシアン化水素が溶解したものである。シアノヒドリン製造に使用される、実質的に水と混和しない有機溶媒としては、例えばトルエン、キシレン、エチルベンゼンなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。上記反応装置から排出したHCN含有廃油には、通常、シアン化水素が当該廃油に含まれた溶媒への溶解度に相当する量またはそれ以下の濃度で含有されている。このとき、密閉された気相には、上記廃油の組成中のシアン化水素量および取り扱う温度に応じた蒸気圧に相当する濃度で含有されている。
【0012】
排出したHCN含有廃油は、廃液タンク(または留出ドラム)に送られ、該廃液タンク内で前記アルカリ水溶液と攪拌下で混合される。攪拌は、攪拌機による機械的な攪拌のほか、窒素ガスなどの不活性気体のバブリングであってもよい。また、シアン化水素は沸点が約26℃で揮散しやすいため、反応装置から廃液タンクまでのHCN含有廃油の経路(図1に符号1で示す領域)では、シアン化水素が大気中に飛散しないようにクローズ系(密閉系)とするのが好ましい。具体的には、蒸留槽から廃液タンクまでを大気と接触しないように密閉する。このような閉鎖系とするには、例えば(1)配管を二重にする、(2)気体または液体の漏洩が懸念されるフランジ部などに局所除害装置を設けて漏洩気体または液体を吸引する、(3)必要な部位にガス検知器を設置するなどが挙げられる。また、蒸留槽から廃液タンクまで、あるいはそのうちの一部を隠蔽性のある建屋内に収容し、建屋内をブロワーで吸引するようにしてもよい。
【0013】
前記アルカリ水溶液としては、例えばNaOH,KOH,Ca(OH)2などのアルカリ金属、アルカリ土類金属の水酸化物などが挙げられ、特にNaOHの水溶液が挙げられる。アルカリ水溶液中のアルカリ量は、少なくとも、反応装置から排出するシアン化水素をシアン化物として固定化するのに必要な量であればよい。また。アルカリ水溶液中のアルカリ濃度は、特に限定されないが、5〜30重量%程度であるのがよい。
【0014】
アルカリ水溶液は、予め廃液タンクに所定量を仕込んでおき、廃液タンクの底部から窒素ガスなどの不活性気体をバブリングするか、あるいは攪拌機で攪拌しながら、HCN含有廃油を廃液タンクに導き、アルカリ水溶液と混合する。これにより、廃油に含有されるシアン化水素は、アルカリによって蒸気圧のないシアン化物に固定化される。すなわち、アルカリがNaOHのとき、シアン化水素はNaCNとして固定される。この場合、気相中のシアン化水素もアルカリ水溶液と接触して固定化されるが、一部固定されないシアン化水素が存在していたとしても、タンク内を常圧に戻した時には規制値を下回る微量程度しか含有されていない。
【0015】
このようにしてシアン化水素を固定することにより、シアン化水素が気相中に飛散しなくなるので、廃液タンク内を常圧に戻した後、該タンクより廃油を取り出し、大気下での開放系にて、それ以降の処理操作を行うことが可能になる。
【0016】
すなわち、廃液タンク内でシアン化水素をアルカリ水溶液に混合後、廃液タンクを静置して油水分離を行い、ついで水相と油相とに分液する。NaCNなどのシアン化物が含有された水相は、通常の排水と同様にして、微生物処理法などの排水処理が可能である。なお、シアン化物を含有した水相を抜き出す際は、窒素置換のうえ、シアン化水素が検出されないことを検知器で確認するのが好ましい。
【0017】
一方、油相は焼却炉に送られ、焼却処理される。このとき、油相およびこの油相が接触する気相にはシアン化水素は殆ど検出されない。従って、焼却炉としては、通常の有機溶媒用の焼却炉などが使用可能である。また、油相から、有機溶媒等を回収後、残渣を焼却処理してもよい。
【0018】
このように、この実施形態に係る処理方法では、シアン化水素含有廃油をアルカリ水溶液と混合することにより、シアン化水素をNaCNなどの水溶性のシアン化物に変換し、水相に分配するので、油相からシアン化水素を殆ど除去できる。そのため、油相を特別な装置を必要せずに安全に焼却処分することができる。
【0019】
以下、実施例を挙げて本発明の処理方法を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0020】
20%NaOH水溶液の100重量部を留出ドラム(廃液タンク)内に仕込み、留出ドラムの底部から窒素ガスを吐出させてバブリングした。一方、シアノヒドリンを合成する反応装置から脱水濃縮によって留出されたHCN含有廃油の約580重量部を、留出開始から留出終了までの4時間にわたって連続的に留出ドラム内に導入させ、窒素ガスをバブリングさせながら、HCN含有廃油をNaOH水溶液と混合した。前記HCN含有廃油は、反応溶媒としてのトルエンを溶媒として含有する。なお、上記反応装置から留出ドラムまでのうち、シアン化水素の漏洩が懸念されるフランジ部は樹脂性のカバーで覆い、その内部空間をブロワーにより連続的に吸引することで外気と遮断した閉鎖系とした。
油水混合後、静置して油相約567重量部と水相約113重量部とに分離させ、水相を抜き出した。一方、油相は焼却炉に送り、焼却処理した。
これらの処理において、HCN含有廃油、水相および油相における液相および気相でのシアン化水素の含有量を表1に示す。なお、それぞれの液相および気相でのシアン化水素量は、ドレーゲル社製の単成分ガス検知警報器「パックIII」により測定した。その際、被検液が使用した検知器の測定限界を超えている場合は、空気で希釈して測定した。

【表1】

【0021】
表1から明らかなように、HCN含有廃油の液相および気相にそれぞれ含まれていたシアン化水素は、ほぼ全てがNaCNに変換されて水相に移行しており、無害化されていることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応装置から排出した、実質的に水と混和しない有機溶媒にシアン化水素が含有された廃油を、アルカリ水溶液と混合し、前記シアン化水素をシアン化物として水相に分配することを特徴とする、シアン化水素含有廃油の処理方法。
【請求項2】
前記廃油を廃液タンクに導き、該廃液タンク内で前記アルカリ水溶液と攪拌下で混合し、ついで静置して油相と水相とに分液させる請求項1に記載の処理方法。
【請求項3】
前記分液後、油相を焼却処分する請求項2に記載の処理方法。
【請求項4】
前記反応装置からの前記廃油の排出から前記アルカリ水溶液との混合までの工程が、大気と遮断されたクローズ系で行われ、これに続く静置および分液工程から焼却工程が大気開放下で行われる請求項2または3に記載の処理方法。

【図1】
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