説明

シグナル伝達阻害剤およびその利用

【課題】 関節リウマチの発症・進展について、有効な治療薬の開発を可能とするシグナル伝達阻害剤およびその利用を提供する。
【解決手段】 HSP90の活性を阻害することによって、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するシグナル伝達阻害剤によれば、効果的に上記シグナル伝達を阻害でき、関節リウマチ等の疾患の発症・進展を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シグナル伝達阻害剤およびその利用に関し、特に、関節リウマチ等の発症・進行に関与するシグナル伝達経路であるPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路におけるシグナル伝達を阻害するシグナル伝達阻害剤およびその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
免疫系は、本来外界からの有害な異物の侵入に対する生体の防御機構として存在するものである。しかし、時にはこの免疫系の働きが、結果的に生体に有害であることがある。これを一般的にアレルギーと呼んでいる。生体は、外界からの異物に対するのみならず、自己の成分に対しても一種のアレルギー反応・自己免疫応答を起こすことが知られている。これを自己免疫現象(autoimmunity)と称し、これをもとにある病態が生じた場合には、自己免疫疾患(autoimmune disease)と称する。
【0003】
自己免疫疾患は、全身性の疾患であるが、臓器特異性のある疾患と、特異性のない疾患の2つに大別される。臓器特異的自己免疫疾患には、橋本甲状腺炎(慢性甲状腺炎)、原発性粘液水腫、甲状腺中毒症(甲状腺剤中毒症)、悪性貧血、グッドパスチャー症候群、急性進行性糸球体腎炎、重症筋無力症、尋常性天疱瘡、水疱性類天疱瘡、インスリン抵抗性糖尿病、若年性糖尿病、アジソン病、萎縮性胃炎(自己免疫性萎縮性胃炎)、男性不妊症、早発性更年期、水晶体原性ぶどう膜炎、交感性脈炎、多発性硬化症、潰瘍性大腸炎、原発性胆汁性肝硬変、慢性活動性肝炎、自己免疫性溶血性貧血、発作性血色素尿症(発作性ヘモグロビン尿症)、特発性血小板減少性紫斑病、シェーグレン症候群がある。臓器非特異的自己免疫疾患には、関節リウマチ(慢性関節リウマチ)、全身性エリテマトーデス、円板状エリテマトーデス、多発性筋炎、強(鞏)皮症、混合結合組織病がある。
【0004】
これら自己免疫疾患のなかでも、特に本発明者らは関節リウマチに着目して研究を進めている。関節リウマチ(rheumatoid arthritis、以下「RA」ともいう)は、多発するびらん性関節炎を主徴とするが、同時に多臓器を障害する原因不明の全身性炎症疾患である。RAは寛解と増悪とを繰り返しながら慢性に進行し、無治療で放置すると関節の破壊や変形を来し、やがて運動器の機能障害を呈してくる。時には生命をも脅かす。したがって、RA患者は身体的にも精神的にも大きな苦痛を生涯に亘って背負うことになる。
【0005】
RAは、その発症の仕方も多種多様であり、その診断には、アメリカリウマチ学会の診断基準が広く利用されている。しかしながら、RAの発症は、通常、緩徐で数週間から数ヶ月にわたり、アメリカリウマチ学会の診断基準における客観的な指標としてのリウマトイド因子(rheumatoid factor、以下単に「RF」、または「リウマチ因子」と称する場合もある)の存在は、その陽性率が3ヶ月以内で33%、12ヶ月以上においても88%程度(非特許文献1参照)であり、RAと確実に診断するには至っていない。そこで、組換え抗原と反応する患者血清中のリウマチ性関節炎関連抗体IgM抗体を検出し、リウマチ性関節炎を診断しようとする試みなどがなされている(特許文献1参照)。
【0006】
また、RAの治療は、RA病態の病状の進行過程によって選択すべき治療手段は異なるのが通常である。一般的に確定診断が下せない初期では、非ステロイド抗炎症薬(NSAID)を投与し、確定診断が下せた場合は、NSAIDに加えて疾患修飾性リウマチ薬(DMARD)を投与する。特にRA発症の初期には、確定診断を下すことは困難であり、現状では、NSAIDを投与し、経過を慎重に観察しながら膠原病を含む他のリウマチ疾患との鑑別を同時に行っている。さらに症状が進行した場合は、ステロイド薬の投与を行う場合もあり、疼痛のための薬物療法と共に関節機能の維持・回復に対して理学療法・装具療法を行う。また、関節破壊により日常生活が不自由になった場合には、手術療法を行う場合もある。
【0007】
また、酵母からヒトまで高度に保存された分子シャペロンとして、HSP90(Heat Shock Protein 90)が知られているが、このHSP90の阻害剤であるGeldanamycin(以下、「GA」と称する)がアジュバント関節炎(adjuvant-induced arthritis)の進行を抑制するとの報告がなされている(非特許文献1参照)。なお、アジュバント関節炎とは、結核菌菌体外成分を含む完全Freundアジュバントでラットを免疫して、RAと類似の病態を示す多発性関節炎を引き起こしたモデル動物に見られる病態のことである。
【0008】
また、同じくGAが、関節炎の進展に中心的な役割を果たす炎症性サイトカイン;TNFα、IL−1、IL−6の活性化マクロファージにおける産生を抑制することが報告されている(非特許文献2)。
【特許文献1】特表平10−513257号(公開日:1998年12月15日)
【非特許文献1】Biochemistry and molecular biology international. 1999; 47: p587
【非特許文献2】Arthritis Rheum. 2003; 48: p541
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、HSP90と関節炎、特に関節リウマチとの関連性についての詳細は、未だ明らかとなっていなかった。特に、関節リウマチ患者の滑膜において、HSP90が発現しているか否かについての知見すらなかった。このため、HSP90と関節リウマチとの関連性についての新たな知見を得て、その知見に基づいた関節炎の治療薬、診断薬等の開発が強く求められていた。
【0010】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、関節リウマチの発症・進展について、有効な治療薬の開発を可能とするシグナル伝達阻害剤およびその利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、関節リウマチ患者の滑膜細胞において、HSP90が発現していることを証明するとともに、HSP90の特異的阻害剤であるGAが、関節リウマチ患者の滑膜細胞におけるPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路の両シグナル伝達経路に及ぼす影響を調べたところ、GAの濃度依存的に、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達が阻害されることを見出し、HSP90が、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達に関与するということ、およびHSP90の阻害剤が上記シグナル伝達を阻害するという新事実を独自に発見し、本願発明を完成させるに至った。本発明は、かかる新規知見に基づいて完成されたものであり、以下の発明を包含する。
【0012】
(1)PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するシグナル伝達阻害剤。
【0013】
(2)HSP90の活性を阻害することによって、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するシグナル伝達阻害剤。
【0014】
(3)上記シグナル伝達阻害剤が、Geldanamycinまたは17-Allylamino-17-demethoxygeldanamycinを有効成分として含む(1)または(2)に記載のシグナル伝達阻害剤。
【0015】
(4)NF−κBの転写活性を抑制する(1)〜(3)のいずれかに記載のシグナル伝達阻害剤。
【0016】
(5)滑膜細胞におけるシグナル伝達を阻害する(1)〜(4)のいずれかに記載のシグナル伝達阻害剤。
【0017】
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載のシグナル伝達阻害剤を有効成分とする、当該シグナル伝達阻害剤によって処置しうる疾患を処置するための組成物。
【0018】
(7)上記疾患は、関節リウマチである(6)に記載の組成物。
【0019】
(8)請求項1〜5のいずれか1項に記載のシグナル伝達阻害剤を同定するための同定方法であって:候補化合物を用意し、滑膜細胞に、上記候補化合物を接触させ、上記候補化合物が、上記滑膜細胞におけるPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するか否かを判定すること、を含む方法であり、上記滑膜細胞におけるPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害する化合物を(1)〜(5)のいずれかに記載のシグナル伝達阻害剤であると判定する同定方法。
【0020】
(9)PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するための、HSP90の活性阻害剤の使用。
【0021】
(10)HSP90の活性を阻害することにより、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するシグナル伝達阻害方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係るシグナル伝達阻害剤によれば、例えば、HSP90の活性を阻害すること等により、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害することができるため、関節リウマチの発症・進展の主たる原因の1つである滑膜細胞の細胞増殖を抑制することができる。このため、本発明に係るシグナル伝達阻害剤は、例えば、関節リウマチ等の自己免疫性関節炎疾患を処置するための医薬に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明に係るシグナル伝達阻害剤およびその利用(方法)について、以下、順に説明する。
【0024】
<1.シグナル伝達阻害剤>
これまで、関節リウマチの主たる原因の1つとして、滑膜細胞の増殖があると考えられていた(塩澤俊一著、「膠原病学−免疫学・リウマチ性疾患の理解のために−」、平成15年3月31日、丸善株式会社発行、p240−p308)。また、この滑膜細胞の増殖には、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達が関与していることが従来知られている(Harigai M, Hara M, Kawamoto m, Kawaguchi Y, Sugiura T, Tanaka M, et al., “Amplification of synovial inflammatory response though activation of mitogen-activated protein kinases and nuclear factor kappaB using ligation of CD40 on CD14+ synovial cells from patients with rheumatoid arthritis.” Arthritis Rheum. 2004; 50: p2167-p2177、および、Kim G, Jun JB, Elkon KB. “Necessary role of phosphatidylinositol 3-kinase in transforming growth factor beta-mediated activation of Akt in nomal and rheumatoid arthritis synovial fibroblasts.” Arthritis Rheum. 2002; 46: p1504-p1511参照)。
【0025】
また、上述したように、HSP90の特異的阻害剤のGAがアジュバント関節炎の進展、および炎症性サイトカインの産生を抑制することが知られていた(非特許文献1、2参照)。
【0026】
しかしながら、滑膜細胞、特に関節リウマチ患者の滑膜細胞において、HSP90が発現しているか否かについては全く確認されておらず、GAによる関節炎の治療効果がどのような作用機序で得られるのかについては全く明らかになっていなかった。
【0027】
そこで、本発明者らは、鋭意検討の結果、関節リウマチ患者の滑膜細胞において、HSP90が発現していること、そして、このHSP90がPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達に関与しており、このHSP90の活性を阻害することにより、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害でき、ひいては関節リウマチの発症・進展を抑制することができることを見出した。
【0028】
すなわち、本発明に係るシグナル伝達阻害剤は、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害する機能を有するものであればよく、その他の具体的な組成、成分濃度等の構成要件等は特に限定されるものではない。
【0029】
ここで「PI3Kinase(PDK/Akt)経路」とは、Rasの標的因子であるホスファチジルイノシトール3−キナーゼ(PI3Kinase)が関与するシグナル伝達経路のことであり、PI3Kinaseの産物であるホスファチジルイノシトール3−リン酸(PI3)を介したAktキナーゼの活性化やRhoファミリーの活性化因子の活性化に関与するものである。なお、PI3Kinase(PDK/Akt)経路は、細胞増殖に関与する経路であることが知られている。
【0030】
また「MAPKinase(MEK/ERK)経路」とは、MAP(Mitogen-Activated Protein)キナーゼの1種であるERK(Extracellular signal-Regulated Kinase)1,2が関与するシグナル伝達経路であり、細胞増殖や細胞分化等に関与する経路である。
【0031】
なかでも、本発明に係るシグナル伝達阻害剤としては、特に、分子シャペロンであるHSP90の活性を阻害することにより、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害する機能を有するものであることが好ましい。
【0032】
「HSP90」とは、分子量約9万の90kDa熱ショックタンパク質であり、酵母からヒトまで高度に保存された分子シャペロンである。
【0033】
このようなHSP90の活性を阻害し、その結果、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害する機能を有する化合物としては例えば、後述する実施例に示すように、Geldanamycin(GA)を挙げることができる。つまり、本発明に係るシグナル伝達阻害剤としては、Geldanamycinを有効成分として含むことが好ましい。また、近年、より副作用を抑えたGAの誘導体として、17-Allylamino-17-demethoxygeldanamycin(17AAG)が開発されている(CANCER RESEARCH 61, p4003-p4009, May 15, 2001参照)。かかる17AAGもGAと同様に、HSP90を阻害する作用を有することから、本発明に係るシグナル伝達阻害剤として有用である。
【0034】
本発明に係るシグナル伝達阻害剤は、その目的を達することができる限度において、上記有効成分以外どのような物質を含んでいてもよく、例えば、薬学的に許容できる所望の担体と組み合わせて組成物とすることができる。担体としては、例えば滅菌水、生理食塩水、緩衝剤、植物油、乳化剤、懸濁剤、塩、安定剤、保存剤、界面活性剤、徐放剤、他のタンパク質(BSA等)、トランスフェクション試薬(リポフェクション試薬、リポソーム等を含む)、グルコース、ラクトース、アラビアゴム、ゼラチン、マンニトール、デンプンのり、マグネシウムトリシリケート、タルク、コーンスターチ、ケラチン、コロイドシリカ、ばれいしょデンプン、尿素などを含んでいてもよいことはいうまでもない。
【0035】
後述する実施例に示すように、HSP90の活性を阻害する機能を有する化合物は、Rasの活動性には影響を与えないが、濃度依存的に、cRafの発現を抑制し、MEKおよびERKの活動性に対して抑制効果を示す。また、MAPK系のシグナル伝達経路の他の関連分子であるp38およびJNKの発現および活動性には何ら影響を与えない。さらに、濃度依存的に、PDKの発現を抑制するとともに、Aktの活動性を抑制する効果を有する。
【0036】
加えて、HSP90の活性を阻害する機能を有する化合物は、濃度依存的に、TNFα刺激によって惹起されるIκBαのタンパク質分解を抑制するとともに、またNF−κB/p65の核内への移行を抑制する。また、濃度に依存して、NF−κB/p65のDNA結合活性を低下させる。
【0037】
すなわち、本発明に係るシグナル伝達阻害剤では、NF−κBの転写活性を抑制するものであることが好ましい。NF−κBは増殖関連遺伝子として知られ、その転写活性が賦活されると、関節リウマチが悪化することが知られている。
【0038】
また、HSP90の活性を阻害する機能を有する化合物は、濃度依存的に、滑膜細胞の増殖を抑制する。また、濃度依存的に、細胞死誘導に特徴的なCaspase 8、Caspase 9、 Caspase 3 およびPARPタンパク質の分解を誘導し、Caspase cascadeに依存して、滑膜細胞の細胞死を誘導する。
【0039】
さらに、ERKおよびAktを賦活化させる化合物(例えば、fibronectin等)の存在下では、HSP90の活性を阻害する機能を有する化合物の添加による滑膜細胞の細胞死の誘導が、有意に抑制される。また、細胞死誘導に特徴的なCaspase 8、Caspase 3 およびPARPタンパク質分解も抑制される。
【0040】
このため、HSP90は、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路を介して、滑膜細胞内のシグナル伝達に関与し、NF−κBの転写機構と細胞死誘導の両者を調節していると考えられる。
【0041】
さらに、本発明に係るシグナル伝達阻害剤では、滑膜細胞におけるシグナル伝達を阻害することが好ましい。特に、関節リウマチ患者における滑膜細胞におけるシグナル伝達を阻害することが特に好ましい。なお、ヒトの関節の主要構成成分である滑膜細胞には、Ang-1のリガンドTie-2が発現しPI3Kinase(PDK/Akt)経路とMAPKinase(MEK/ERK)経路の両経路のシグナルが伝達されることが解明されている(China Sakai, Akira Hashiramoto, Yasushi Miura, Koichiro Komai, Yasuhiro Terashima, Shuji Abe, Kozo Koyama, Natsuko Nakagawa, Yasuhiro Saegusa, Kazuko Shiozawa, Shinichi Yoshinichi Yoshiya, Masahiro Kurosawa and Shunichi Shiozawa., “ Angiopoietin-1/Tie-2 Signaling protects synovial cells from apatosis by potentiating MAPK and PI3’-kinase pathway.” Arthritis Rheum. 2004; 50 (Suppl): p655-p656参照)。
【0042】
<2.シグナル伝達阻害剤の利用>
本発明に係るシグナル伝達阻害剤の利用法としては、例えば、組成物、同定方法、使用等を挙げることができる。以下、これらの利用法について説明する。
【0043】
<2−1.組成物>
まず、本発明に係るシグナル伝達阻害剤は、これを有効成分とする、当該シグナル伝達阻害剤によって処置しうる疾患を処置するための(薬学的・医学的)組成物として利用可能である。
【0044】
本発明に係るシグナル伝達阻害剤は、関節リウマチ等の発症・進展に重大な影響を及ぼすPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するものである。このため、本発明に係るシグナル伝達阻害剤を有効成分として用いることにより、関節リウマチ等の疾患を効果的に治療することができる。
【0045】
特に、本発明に係るシグナル伝達阻害剤では、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を両方阻害することが、特に効果があると考えられる。これは、どちらか一方の経路のシグナル阻害だけでは、阻害されていない他方のシグナル伝達経路により代償されてしまうと考えられるためである。
【0046】
なお、後述する実施例に示すように、MAPK阻害剤であるPD98059、およびPI3−K阻害剤であるWortmaninも、それぞれ一方のシグナル伝達経路を阻害するため、本発明に係る組成物の有効成分として利用することができる程度に効果がある。ただし、より好適には、HSP90の活性を阻害し、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を一度にブロックする物質を用いることが好ましい。
【0047】
したがって、本発明に係るシグナル伝達阻害剤は、関節リウマチ等の疾患に対する予防または治療のための医薬となる。上記シグナル伝達阻害剤として利用可能な化合物は、薬学的に許容できる所望の担体と組み合わせて組成物とすることができる。担体としては、例えば滅菌水、生理食塩水、緩衝剤、植物油、乳化剤、懸濁剤、塩、安定剤、保存剤、界面活性剤、徐放剤、他のタンパク質(BSA等)、トランスフェクション試薬(リポフェクション試薬、リポソーム等を含む)等が挙げられる。
【0048】
さらに、使用可能な担体としては、グルコース、ラクトース、アラビアゴム、ゼラチン、マンニトール、デンプンのり、マグネシウムトリシリケート、タルク、コーンスターチ、ケラチン、コロイドシリカ、ばれいしょデンプン、尿素などが挙げられる。製剤化する場合の剤型は制限されず、たとえば溶液(注射剤)、粉体、マイクロカプセル、錠剤などであってよい。
【0049】
使用対象の疾患としては、好ましくは関節リウマチが好適であるが、これに限られるものではなく、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達がその発症・進展と関連する疾患であって、本発明に係るシグナル伝達阻害剤が有効成分として処置可能な疾患であればよい。
【0050】
例えば、関節リウマチ以外の自己免疫性関節炎、パジェット(Paget)病、および骨癌などが含まれる。また、投与は全身または局所的に行い得るが、全身投与による副作用や効果の低下がある場合には、局所投与することが好ましい。例えば本シグナル伝達阻害剤を徐放剤と組み合わせ、関節炎を呈する疾患部位を標的とするドラッグデリバリーにより効果的に治療を行うことが可能と考えられる。
【0051】
患者への投与は、有効成分の性質に応じて、例えば経皮的、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、腹腔内、静脈内、関節内、皮下、脊髄腔内、脳室内、または経口的に行われうるがこれらの方法に限定されるものではない。また、投与量、投与方法は、組成物の有効成分の組織移行性、治療目的、患者の体重や年齢、症状などにより変動するが、当業者であれば適宜選択することが可能である。
【0052】
また、本発明に係る組成物は、一般的に、総組成物の重量で0.1〜90%の有効成分(治療薬物)であるシグナル伝達阻害剤を含む。非経口投与では、一日当たり体重1kg当たり0.0001mg〜1000mg、好ましくは0.001mg〜300mg、より好ましくは0.01mg〜100mgである。しかし、疾患状態、体重、及び治療に対する患者の個々反応、治療薬物が投与される組成物の種類、および投与形態、病気の経過の段階または投与の間隔に依存して、これら投与速度は適宜調整可能であることはいうまでもない。
【0053】
したがって、上述した最小投与量より少なく使うことがときには適量であったり、また、他の場合には治療効果を得るために上限を越えたりする場合もある。投与は1回から数回に分けて行うことができ、一日1〜5回投与することができる。対象となる個体は、例えば、ヒト、およびマウス、ラット、ウサギ、サルなどの非ヒト哺乳動物、およびその他の脊椎動物が挙げられる。非ヒト哺乳動物への適用は、ヒトの関節リウマチ等の疾患に対する予防法または治療法を開発するためのモデル動物への適用の面でも有用である。これにより、例えば、関節リウマチ等の発症・進展を予防する新たな治療プロトコルを開発することができる。
【0054】
また、本発明には、関節リウマチ等の疾患の治療のためのキットであって、上述したシグナル伝達阻害剤、およびその他治療に必要な物質を含むキットが含まれていてもよい。
【0055】
以上のように、本発明に係る組成物は、関節リウマチ等の自己免疫性関節炎の疾患の治療および予防に有用である。関節リウマチは、自己免疫性の慢性炎症性疾患であり、増殖した滑膜が活発に骨軟骨へと侵入し、多発性の関節破壊をもたらす。本発明の組成物は、この関節骨破壊を防止するために好適に用いられる。
【0056】
<2−2.同定方法>
また、本発明には、上述した本発明に係るシグナル伝達阻害剤を同定するための同定(スクリーニング)方法が含まれる。
【0057】
本発明に係る同定方法は、より詳細には、候補化合物を用意し、脊椎動物(好ましくは哺乳動物)の滑膜細胞に、上記候補化合物を接触させ、上記候補化合物が、上記滑膜細胞におけるPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するか否かを判定すること、を含む方法であり、上記滑膜細胞におけるPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害する化合物を、本発明に係るシグナル伝達阻害剤であると判定する方法である。
【0058】
すなわち、本発明におけるシグナル伝達を阻害(抑制)する化合物のスクリーニングにおいては、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を抑制する化合物を選択する。このような化合物によりPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達が抑制されると、滑膜細胞の増殖が抑制され、また炎症性サイトカインであるTNFα、IL−1、IL−6等の産生が抑制される。また、NF−κBの転写活性も抑制され、関節リウマチ等の疾患の発症・進展を抑制することができる。
【0059】
本発明におけるPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を抑制する化合物のスクリーニングにおいては、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル経路の任意の段階を指標にすることができる。特に、HSP90の発現または活性の抑制に直接作用する化合物は、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達の抑制に対して高い特異性並びに効果を示すと考えられることから好ましい。GAによってHSP90の活性を特異的に抑制することによって、関節リウマチ等の関節炎に効果があるとの詳細な記載は、非特許文献1、2を参照することができる。
【0060】
例えば、本発明の同定方法には、以下のようなスクリーニングが含まれる。
(a)候補化合物存在下でHSP90の活性を検出し、これを阻害するような化合物を選択する。
(b)候補化合物存在下で、HSP90以外のPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路に関与する因子の活性を検出し、これを阻害する化合物を選択する。などを指標としてスクリーニングすることができる。具体的には、例えば、後述する実施例に示すように、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達の抑制の有無をウェスタンブロット(Western blot)法にて行うことができる。例えば、MAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達の抑制の有無は、Ras、cRaf、MEK、およびERKの発現抑制効果および/または活動性について、ウェスタンブロット法にて評価を行うことができる。また、例えば、PI3Kinase(PDK/Akt)経路のシグナル伝達の抑制の有無については、PDK、Aktの発現抑制や活動性について、ウェスタンブロット法にて評価を行うことができる。
【0061】
また、NF−κBの転写活性の抑制の有無を指標として、スクリーニング方法を実施することもできる。この場合、後述する実施例に示すように、ELISA法により行うことができる。例えば、滑膜細胞をTNFαで刺激し、候補化合物がNF−κB転写活性に与える影響をウェスタンブロット法で評価することができる。
【0062】
候補化合物を含む試料としては特に制限はなく、例えば、合成低分子化合物のライブラリー、精製タンパク質、遺伝子ライブラリーの発現産物、合成ペプチドのライブラリー、細胞抽出液、細胞培養上清などが挙げられる。
【0063】
上記のスクリーニング方法としては、当業者であれば標準的な技術を利用して実施することが可能である(例えば Edited by J. Sambrook et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2001, 3rd ed., Cold Spring Harbor Laboratory 参照)。
【0064】
また、候補化合物を含む試料の存在下、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を測定し、対照に比べ該シグナル伝達を抑制する化合物を選択する。対照の条件としては、当該候補化合物を含まないか、あるいはより低用量で含む場合であり、典型的には、候補化合物の非存在下(例えば被検化合物の添加に用いた担体のみの添加)における場合が挙げられる。候補化合物を含む試料の非存在下における場合と比べ、当該シグナル伝達を抑制させる化合物を選択することにより、滑膜細胞の増殖を防止し、関節リウマチの発症・進展を抑制する化合物を得ることができる。
【0065】
また、対照の条件として、候補化合物をより低い用量で含む場合を用いれば、化合物の用量依存性が明らかとなる。また、対照の条件としては、当該シグナル伝達を抑制し得る他の化合物の存在下における場合を挙げることもできる。この場合、対照で用いた化合物の存在下における場合と比べ、当該シグナル伝達をより抑制させる化合物を選択する。このようなスクリーニングにおいては、ある化合物に比べより高い効果を有する化合物を得ることができる。なお、上記シグナル伝達の検出は、上記の通りに行なえばよい。
【0066】
本発明に係る同定方法は、例えば、本明細書実施例に記載したような滑膜細胞における in vitro アッセイ系を用いて行うことができる。具体的には、例えば、滑膜細胞(24穴プレートの1ウェル当たり5×10細胞)をダルベツコ変法イーグルメム培地で培養した細胞を利用できる。つまり、ここに候補化合物を含む試料を添加して培養することにより、所望の化合物をスクリーニングできる。また、in vivo の系であれば、例えば、関節リウマチ動物モデル(コラーゲン関節炎モデルマウス、抗原誘導関節炎モデルマウス、大腸菌感作による実験関節炎モデルマウス、SKGマウス、アジュバント関節炎モデルマウス、SCIDマウス、TNF−αトランスジェニックマウス、IL−6トランスジェニックマウス、c−fosトランスジェニックマウス、HTLV−Iトランスジェニックマウス、IL−1 ra ノックアウトマウス、IgG FcγRII欠損マウス等)を用いた系が挙げられる。
【0067】
この検出の結果、候補化合物を含む試料の添加により、対照の条件下と比較して上記シグナル伝達が有意に抑制されれば、用いた候補化合物を含む試料は滑膜細胞の増殖を調節する化合物の候補となる。このスクリーニング方法により単離される化合物は、滑膜細胞の増殖を制御するために有用であり、関節リウマチ等の予防薬や治療薬の開発の上でも有用である。
【0068】
つまり、本発明に係る同定方法により得られた化合物は、上記シグナル伝達の阻害剤として、ひいては、関節リウマチ等の治療薬として用いることができる。臨床適用のための化合物の投与条件は、さらなる検討により決定することができる。すなわち、上記検査方法を用いて投与量、投与間隔、投与ルートを含む投与条件を検討し、適切な予防または治療効果を得られる条件を決定することができる。このような化合物は、関節リウマチ等の疾患に対する予防または治療のための医薬となる。
【0069】
また、本発明には、上記PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するための、HSP90の活性阻害剤の使用、つまり使用方法が含まれる。さらに、HSP90の活性を阻害することにより、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するシグナル伝達阻害方法も本発明に含まれる。
【0070】
かかるHSP90の活性阻害剤の使用方法やシグナル伝達阻害方法によれば、効果的に上記シグナル伝達を抑制することができ、間接リウマチ等の治療・予防に非常に有用である。
【0071】
以下実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0072】
関節リウマチ患者の滑膜細胞において、HSP90と細胞内シグナル伝達系の相互作用を解析し、関節リウマチ患者における滑膜細胞の増殖機構を解析した。具体的には、種々の濃度のGeldanamycin(GA)で処理した関節リウマチ患者の滑膜細胞における、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のタンパク質の発現とリン酸化の状態をウェスタンブロット法にて、さらにNF−κBの転写活性に与える影響をELISA法およびウェスタンブロット法により評価した。また、GAが滑膜細胞に及ぼす細胞死(アポトーシス)誘導能を検討するために、PD98059(MAPK阻害剤)またはWortmanin(PI3−K阻害剤)の存在下・非存在下にて、細胞増殖試験(MTTアッセイ)、核染色、さらに、Caspases、Bcl-2ファミリータンパク質、チトクロム−c、およびPARPのウェスタンブロットを行って評価した。
【0073】
各実験の結果を、以下に示す。
【0074】
まず、図1(a)には、免疫染色法を用いて、関節リウマチ患者の滑膜細胞におけるHSP90タンパク質の発現の有無を調べた結果を示す。なお、左側のパネルは、弱拡大した図であり、右側のパネルは強拡大した図である。同図に示すように、関節リウマチ患者の滑膜細胞において、HSP90タンパク質が発現していることが証明された。
【0075】
また、図1(b)には、ウェスタンブロット法を用いて、8人のリウマチ患者から得た滑膜組織より樹立した初代培養系滑膜細胞株におけるHSP90タンパク質の発現の有無を評価した結果を示す。その結果、樹立した全ての初代培養系滑膜細胞株において、HSP90タンパク質の発現が確認された。
【0076】
次に、滑膜細胞の培養液中にGAを1、5、10μMの濃度をふって添加し、24時間培養後、MAPK系のシグナル伝達経路への影響をウェスタンブロット法で検討した。その結果を図2(a)に示す。同図に示すように、GAは、Rasの活動性には影響を与えなかったが、cRafの発現抑制効果、MEKおよびERKの活動性に対して、濃度依存的に抑制効果を有することがわかった。
【0077】
また、図2(b)には、MAPK系のシグナル伝達経路の他の関連分子であるp38とJNKに対する、GAの影響を評価した結果を示す。なお、p−P38はリン酸化p38を示し、p−JNKはリン酸化JNKを示す。同図に示すように、GAは、MAPK系のシグナル伝達経路の他の関連分子であるp38およびJNKには何ら影響を与えないことがわかった。
【0078】
次いで、滑膜細胞の培養液中にGAを1、5、10μMの濃度をふって添加し、24時間培養後、PI3-K/Akt系のシグナル伝達経路への影響をウェスタンブロット法で検討した。その結果を図3(a)に示す。同図に示すように、GAは、濃度依存的に、PDKの発現を抑制するとともに、Aktの活動を抑制する効果を有することが証明された。
【0079】
また、同様に、滑膜細胞をTNFαで刺激し、GAがNF−κB転写活性に与える影響をウェスタンブロット法で検討した。その結果を図3(b)に示す。同図に示すように、GA(10μMおよび20μM)の添加により、TNFα刺激(10ng/ml)によって惹起されるIκBαのタンパク質分解が抑制されること(細胞質タンパク質: cytoplasmic fraction)、またNF−κB/p65の核内への移行が抑制されること(核タンパク質: nuclear fraction )が証明された。
【0080】
また、上記図3(b)の実験と同様の条件にて、NF−κB/p65のDNA結合活性についてELISA法を用いて検討した。その結果を図3(c)に示す。有意検定として、*1はp<0.001を示し、*2はp<0.05を示す。同図に示すように、GA添加濃度に依存して、NF−κB/p65のDNA結合活性が低下することが証明された。
【0081】
続いて、滑膜細胞の培養液中にGAを0.1、1、10、20μMの濃度をふって添加し、24時間培養後、GAの細胞増殖に与える影響を検討した。その結果を図4(a)に示す。なお、有意検定として、*1はp<0.001を示し、*2はp<0.05を示す。同図に示すように、GA濃度依存的に、滑膜細胞の増殖が抑制された。その抑制の程度は、GAと薬剤の由来が類似する抗真菌剤であるHerbimycin A(HA)より有意に強く、また滑膜細胞に細胞死を誘導することが知られている抗Fas抗体(clone CH11)(300ng/ml)と同等であった。
【0082】
また、滑膜細胞の培養液中にGAを1、5、10μMの濃度をふって添加し、24時間培養後、滑膜細胞の細胞死が誘導される際に変化するCaspase 8、Caspase 9、 Caspase 3 およびPARPタンパク質の変化をウェスタンブロット法で用いて検討した。その結果を図4(b)に示す。同図に示すように、GA濃度依存的に、細胞死誘導に特徴的なCaspase 8、Caspase 9、 Caspase 3 およびPARPタンパク質の分解が生じることがわかった。
【0083】
次に、ERKおよびAktを賦活化させる作用が知られているfibronectinを塗布した培養シャーレを用いて、GAの細胞死誘導効果を、蛍光顕微鏡を用いた細胞核形態の変化より検討した。その結果を図5(a)に示す。同図に示すように、20μMのGA添加では、fibronectin塗布およびコントロール(poly-L-lysine塗布培養シャーレ)の双方で細胞死が観察されたが、10μMのGA添加では、fibronectin塗布によって有意に細胞死の誘導が抑制されることがわかった。
【0084】
また、上述したものと同種類の培養シャーレにて培養した滑膜細胞に、10μMのGAを添加し、24時間培養後、ERKおよびAktの活性化、さらに滑膜細胞の細胞死が誘導される際に変化するCaspase 8、Caspase 3 およびPARPタンパク質の変化をウェスタンブロット法で用いて検討した。その結果を図5(b)に示す。同図に示すように、fibronectin塗布によってERK およびAktが活性化されること、さらに細胞死誘導に特徴的なCaspase 8、Caspase 3 およびPARPタンパク質分解が抑制されることが明らかとなった。
【0085】
最後に、滑膜細胞にGA(10μM)、PI3-K/Akt系の特異的抑制剤wortmannin(Wt;10μM)、またはMAPK系の特異的抑制剤 PD98059(PD;50μM)を添加し、24時間培養後、ERKおよびAktの活性化、さらに細胞死誘導に関連するBcl-2ファミリータンパク質、およびチトクロム−c(Cytochrome-c)の変化をウェスタンブロット法で用いて検討した。その結果を図6に示す。同図に示すように、GAは、PI3-K/Akt系のシグナル伝達経路およびMAPK系のシグナル伝達経路の双方を阻害し、滑膜細胞の細胞死を誘導することが明らかとなった。
【0086】
以上の結果をまとめると、GA濃度依存的にPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達が阻害され、NF−κBの転写活性も低下することがわかった。また、滑膜細胞の細胞死は、PI3-K/Akt系のシグナル伝達経路およびMAPK系のシグナル伝達経路の双方が阻害されることにより、GA濃度依存的に誘導され、それはCaspase cascadeに依存していることがわかった。
【0087】
したがって、HSP90は、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路を介して、滑膜細胞内のシグナル伝達に関与し、NF−κBの転写機構と細胞死誘導の両者を調節していることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0088】
以上のように、本発明に係るシグナル伝達阻害剤は、関節リウマチ等の自己免疫性関節炎に関する学術的な価値のみでなく、臨床的な利用にも非常に価値を有する。したがって、医薬や診断等の面で産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】図1(a)は、免疫染色法を用いて、関節リウマチ患者の滑膜細胞におけるHSP90タンパク質の発現の有無を調べた結果を示す図であり、図1(b)は、ウェスタンブロット法を用いて、8人のリウマチ患者から得た滑膜組織より樹立した初代培養系滑膜細胞株におけるHSP90タンパク質の発現の有無を評価した結果を示す図である。
【図2】図2(a)は、滑膜細胞の培養液中にGAを1、5、10μMの濃度をふって添加し、24時間培養後、MAPK系のシグナル伝達経路への影響をウェスタンブロット法で検討した結果を示す図であり、図2(b)は、MAPK系のシグナル伝達経路の他の関連分子であるp38とJNKに対する、GAの影響を評価した結果を示す図である。
【図3】図3(a)は、滑膜細胞の培養液中にGAを1、5、10μMの濃度をふって添加し、24時間培養後、PI3-K/Akt系のシグナル伝達経路への影響をウェスタンブロット法で検討した結果をに示す図であり、図3(b)は、滑膜細胞をTNFαで刺激し、GAがNF−κB転写活性に与える影響をウェスタンブロット法で検討した結果をに示す図であり、図3(c)は、上記図3(b)の実験と同様の条件にて、NF−κB/p65のDNA結合活性についてELISA法を用いて検討した結果をに示す図である。
【図4】図4(a)は、滑膜細胞の培養液中にGAを0.1、1、10、20μMの濃度をふって添加し、24時間培養後、GAの細胞増殖に与える影響を検討した結果を示す図であり、図4(b)は、滑膜細胞の培養液中にGAを1、5、10μMの濃度をふって添加し、24時間培養後、滑膜細胞の細胞死が誘導される際に変化するCaspase 8、Caspase 9、 Caspase 3 およびPARPタンパク質の変化をウェスタンブロット法で用いて検討した結果を示す図である。
【図5】図5(a)は、fibronectinを塗布した培養シャーレを用いて、GAの細胞死誘導効果を、蛍光顕微鏡を用いた細胞核形態の変化より検討した結果を示す図であり、図5(b)は、図5(a)と同種類の培養シャーレにて培養した滑膜細胞に、10μMのGAを添加し、24時間培養後、ERKおよびAktの活性化、さらに滑膜細胞の細胞死が誘導される際に変化するCaspase 8、Caspase 3 およびPARPタンパク質の変化をウェスタンブロット法で用いて検討した結果を示す図である。
【図6】滑膜細胞にGA(10μM)、PI3-K/Akt系の特異的抑制剤wortmannin(Wt;10μM)、またはMAPK系の特異的抑制剤 PD98059(PD;50μM)を添加し、24時間培養後、ERKおよびAktの活性化、さらに細胞死誘導に関連するBcl-2ファミリータンパク質、およびチトクロム−c(Cytochrome-c)の変化をウェスタンブロット法で用いて検討した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害することを特徴とするシグナル伝達阻害剤。
【請求項2】
HSP90の活性を阻害することによって、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害することを特徴とするシグナル伝達阻害剤。
【請求項3】
上記シグナル伝達阻害剤が、Geldanamycinまたは17-Allylamino-17-demethoxygeldanamycinを有効成分として含むことを特徴とする請求項1または2に記載のシグナル伝達阻害剤。
【請求項4】
NF−κBの転写活性を抑制することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のシグナル伝達阻害剤。
【請求項5】
滑膜細胞におけるシグナル伝達を阻害することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のシグナル伝達阻害剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のシグナル伝達阻害剤を有効成分とする、当該シグナル伝達阻害剤によって処置しうる疾患を処置するための組成物。
【請求項7】
上記疾患は、関節リウマチであることを特徴とする請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のシグナル伝達阻害剤を同定するための同定方法であって:
候補化合物を用意し、
滑膜細胞に、上記候補化合物を接触させ、
上記候補化合物が、上記滑膜細胞におけるPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するか否かを判定すること、
を含む方法であり、
上記滑膜細胞におけるPI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害する化合物を請求項1〜5のいずれか1項に記載のシグナル伝達阻害剤であると判定することを特徴とする同定方法。
【請求項9】
PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害するための、HSP90の活性阻害剤の使用。
【請求項10】
HSP90の活性を阻害することにより、PI3Kinase(PDK/Akt)経路およびMAPKinase(MEK/ERK)経路のシグナル伝達を阻害することを特徴とするシグナル伝達阻害方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−111555(P2006−111555A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−299147(P2004−299147)
【出願日】平成16年10月13日(2004.10.13)
【出願人】(504156706)株式会社膠原病研究所 (13)
【Fターム(参考)】