説明

シスプラチン耐性細胞株,その製造方法,シスプラチン感受性増強剤のスクリーニング方法,医薬組成物,及びスクリーニング用試薬

【課題】高濃度のシスプラチン(CDDP)に対する耐性を示し、且つ安定したヒト細胞株を樹立すること。また、かかるヒト細胞株を用いて、CDDP耐性ヒト口腔癌治療薬のスクリーニング法および、耐性克服方法を提供すること。
【解決手段】口腔扁平上皮癌細胞であって、特定のタンパク質発現がCDDP非投与癌細胞の0.5倍以下であるか、或いは他の特定のタンパク質の発現がCDDP非投与癌細胞の1.5倍以上であることを特徴とするCDDP耐性細胞株,これら特定のタンパク質又はその遺伝子を用いた、CDDP感受性増強剤又はCDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤,或いはCDDP感受性増強剤又はCDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗癌剤であるシスプラチンの耐性獲得機序の解明に関するものであって、更に詳しくは、シスプラチン耐性細胞株及びその製方法,当該細胞を用いたシスプラチンの感受性増強剤やシスプラチン耐性を有する口腔癌の予防又は治療剤のスクリーニング方法,これらのスクリーニング用試薬,等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シスプラチン(以下、「CDDP」と記載する。)は、癌の化学療法における中心的薬剤として広く使用されている薬剤である。なかでも口腔扁平上皮癌等の口腔癌は、本薬剤に対する感受性が高いことが一般的に知られており、CDDPを中心とした多剤併用化学療法により良好な治療効果を示す症例が増えている。しかし、その一方でCDDPなどの抗癌剤に対する耐性を示す症例も存在し治療に苦慮することがしばしば見られる。特に、一次治療後の再発症例では、CDDPに対する耐性を獲得していることが多くみられる。このように臨床的にCDDP耐性が問題となっているが、その耐性獲得の機序については不明な点が多い。
【0003】
本発明者等は、従来より、CDDP耐性細胞株を所有していたが、高耐性度を有するCDDP耐性口腔扁平上皮癌細胞株の報告例は極めて少なく、また細胞の継代培養によって、耐性が喪失するなど安定性に欠くものもあり、CDDP耐性機序の解析用には不十分であった。また、CDDP耐性口腔扁平上皮癌細胞株内の遺伝子発現の網羅的な特徴についての報告は少ない。
【非特許文献1】第21回 日本口腔腫瘍学会総会 要旨集(2002年1月発行,中谷 現等)
【0004】
そのため、CDDP耐性機序の解明に使用できる、より強く安定した耐性を有するCDDP耐性口腔扁平上皮癌細胞株の樹立が求められていた。
【0005】
高濃度のCDDP存在下においても高い増殖能を示すと共に、この薬剤耐性を安定して保持するヒト細胞株は未だ得られていない。そこで、CDDP耐性細胞に効果のある薬剤を効率よくスクリーニングするためには、当該薬剤に対する耐性が安定し、かつ、高い増殖能を有するヒト細胞株の樹立が強く望まれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者等は、鋭意研究の結果、強い耐性と耐性の安定性を有する細胞株を樹立することに成功し、当該耐性細胞内での、特異な遺伝子発現パターンを解明することに成功し、本発明に到達したものであって、その目的とするところは、十分なCDDP耐性を有する細胞株を容易かつ簡便に得る方法を確立し,さらに高濃度のCDDPに対する耐性を示し、かつ安定したヒト細胞株を樹立し、本細胞株を用いて、耐性株内での特異な遺伝子発現パターンを解析することによって、そこに特異的に発現する遺伝子パターンより、CDDP感受性増強剤(CDDP耐性獲得に対する抑制剤)及びCDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤,及びそのスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の目的は、下記(1)乃至(9)等によって達成される。
(1)口腔癌細胞であって、(X1)又は(X2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質発現が、CDDP非投与癌細胞の0.5倍以下であるか、或いは、(Y1)又は(Y2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質の発現がCDDP非投与癌細胞の1.5倍以上であることを特徴とする、CDDP耐性細胞株。
(2)口腔癌細胞を、(X1)又は(X2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質発現が、CDDP非投与癌細胞の0.5倍以下、或いは、(Y1)又は(Y2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質の発現がCDDP非投与癌細胞の1.5倍以上となるまで、シスプラチンを投与しながら継代培養を行うことを特徴とする、CDDP耐性細胞株の製造方法。
(3)上記CDDP耐性細胞株を用いることを特徴とする、CDDP感受性増強剤のスクリーニング方法。
(4)下記(X1)乃至(Y4)から選択される少なくとも一種以上を用いることを特徴とする、CDDP感受性増強剤のスクリーニング方法。
(5)上記スクリーニング方法を用いることを特徴とする、CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤のスクリーニング方法。
(6)下記(X1)乃至(X4)又は(Y5)乃至(Y6)から選択される少なくとも一種以上を含むことを特徴とする、CDDP感受性増強剤。
(7)下記(X1)乃至(X4)又は(Y5)乃至(Y6)から選択される少なくとも一種以上を含むことを特徴とする、医薬組成物。
(8)下記(X1)乃至(X4)又は(Y5)乃至(Y6)から選択される少なくとも一種以上を含むことを特徴とする、CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤。
(9)下記(X1)乃至(Y4)から選択される、少なくとも一種以上を含むことを特徴とする、CDDP感受性増強剤スクリーニング用試薬。
【0008】
(X1)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(X2)(X1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質。
(X3)(X1)をコードする遺伝子。
(X4)(X2)をコードする遺伝子。
(Y1)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(Y2)(Y1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(Y1)と同じ活性を有するタンパク質。
(Y3)(Y1)をコードする遺伝子。
(Y4)(Y2)をコードする遺伝子。
(Y5)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質(Y1)の、発現を抑える遺伝子。
(Y6)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつそれらタンパク質と同じ活性を有するタンパク質(Y2)の、発現を抑える遺伝子。
【0009】
(X1),(X2),(Y1),(Y2)をコードする遺伝子(X3,X4,Y3,Y4)とは、“PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27,MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1”遺伝子そのものに加えて、“PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27,MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1が発現したタンパク質や、それらと同活性を有する改変タンパク質”を発現することのできる遺伝子配列を全て含む趣旨である。また、その配列は天然に存在するものの他、人為的に作成したもの、あるいはこれらが突然変異した遺伝子等も含んでいる。
【0010】
(X1)と同じ活性とは、CDDP感受性を上げる活性である。
(Y1)と同じ活性とは、CDDP感受性を下げる活性である。
【0011】
上記した、“遺伝子の発現タンパク質の発現を抑える遺伝子”としては、タンパク質の遺伝子に対するアンチセンス遺伝子や、siRNA等が挙げられる。siRNAとは、RNA干渉(RNAinterference; 以下「RNAi」と記載する。)という手法で用いるものであって、機能阻害したい遺伝子の特定領域と相同なセンスRNAとアンチセンスRNAからなる二重鎖RNA(double-stranded RNA; 以下「dsRNA」と記載する。)が標的遺伝子の転写産物であるmRNAの相同部分を干渉破壊するという現象を利用するものである。例えば、合成した30塩基対未満の dsRNA からなる短鎖インターフェアRNA分子(small interfering RNA; 以下「siRNA」と記載する。)を哺乳類細胞へ導入すると、相同配列を持つmRNAが分解され、その結果、標的とされたmRNAが翻訳される蛋白質の発現が著しく低下する。同様に、センス鎖とアンチセンス鎖RNAを同時に、又は逆方向反復配列のヘアピンRNA分子(hairpin RNA; 以下「hpRNA」と記載する。)を発現するDNAベクターを標的となるCDDP耐性癌細胞へ導入してRNAiを誘導できる。尚、このとき、RNAポリメラーゼIIIプロモーターを用いた方法が開発されている。
Nature Biotech (2002) 20:446-448
Nature Biotech (2002) 19:497-500
RNAポリメラーゼIIIプロモーターを用いたRNA合成方法により、RNAiを恒常的に起こす細胞を単離することができる。
Proc Natl Acad Sci U S A. (2002) 99(8):5515-20.
FEBS Lett. (2002) 532(1-2):227-30
【0012】
また、ここで言う遺伝子は、DNAの他、RNA,プラスミド,ウイルスベクター等が使用可能であり、一本鎖の他、二本鎖の場合も含む。
【発明の効果】
【0013】
十分なCDDP耐性を有する細胞株を容易かつ簡便に得ることができ、好適な例では、少なくとも5μg/mlの濃度においてCDDPに耐性を示し、安定した増殖を示すことができる。得られた耐性細胞は、CDDP耐性の研究に極めて有用である。また、耐性細胞中の特異的な遺伝子発現パターンより、CDDP耐性の原因究明が容易となる。更に、これら特異的な発現を示す遺伝子や、耐性細胞自体を用いて、CDDP感受性増強(CDDPの耐性抑制又は克服)剤や、CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤のスクリーニングが可能となる。
【0014】
本発明の他の視点において、CDDP耐性口腔癌の治療薬をスクリーニングする方法であり、候補化合物や遺伝子を用意し、それが本発明の耐性細胞の増殖を阻害するか否かを判定することを特徴とする、CDDP耐性口腔癌治療薬のスクリーニング方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のCDDP耐性細胞株は、口腔癌細胞を、上記(X1)又は(X2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質発現が、CDDP非投与癌細胞(親株)の0.5倍以下であるか、或いは、上記(Y1)又は(Y2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質の発現がCDDP非投与癌細胞(親株)の1.5倍以上となるまで、シスプラチンを投与しながら継代培養を行うことによって、得ることができる。
【0016】
口腔癌細胞としては、口腔扁平上皮癌細胞等が挙げられる。
【0017】
本発明の提供する細胞株は、少なくとも5μg/mlの濃度においてCDDPに耐性を示し、安定した増殖を示す口腔癌細胞株である。
【0018】
CDDP耐性株を得るための親細胞としては、例えばSa-3,H1等が挙げられる。
【0019】
「Sa-3(Squamous carcinoma cells derived from human oral cancer)」とは、Gene Bank に寄託(寄託番号:RCB0980)されている、日本人(63歳)上顎歯肉由来の扁平上皮癌細胞である(原田昌和、宮田和幸、和田健、大亦哲司、森田展雄、坂本忠幸 "ヒト歯肉扁平上皮癌由来細胞株 (Sa3) の樹立とその性状"Jpn J Oral Maxillofac Surg 1993; 39:965-971参照)。
「H1(Squamous carcinoma cells derived from human oral cancer)」とは、Gene Bank に寄託(寄託番号:現在変更申請中)されている、日本人(55歳)下顎歯肉由来の扁平上皮癌細胞である(原田昌和、宮田和幸、和田健、森田展雄、坂本忠幸 "ヒト歯肉扁平上皮癌由来細胞株 (H1) の樹立とその性状および温熱感受性"Human cell 1993; 6: 29-35参照)。
【0020】
以下は、耐性細胞株を製造する際の指標となるタンパク質遺伝子であって、本発明のCDDP耐性細胞内での発現が、CDDP非投与癌細胞(親細胞)に比べて減少している遺伝子(X3)の代表例である。
【0021】
PGK-1(Phosphoglycerate kinase 1, UniGene no. 283565等)は、過剰発現により耐性獲得に関与するとされている公知のタンパク質遺伝子の一つである。
【0022】
DAF(Decay Accelerating factor for component(CD55),UniGene no.1369,122669等)とは、補体制御タンパク質の遺伝子であり、補体システムによる破壊から細胞を守り、メラノーマをはじめ多くの癌細胞の表面で発現が亢進していることが知られている公知のタンパク質遺伝子である。
【0023】
FOSL1(FOS-like antigen 1, UniGene no. 386741等)とは、fos ファミリー(c-Fos, FosB, Fra-2)に属する遺伝子の一つでAP-1活性を制御することにより抗癌剤によりDNA損傷を受けた細胞の生死を制御している公知のタンパク質遺伝子である。
【0024】
MRPS27(Mitochondrial ribosomal Protein S27,UniGene no.379018等)とは、ミトコンドリアのリボソームに作用する公知のタンパク質遺伝子であり核内の転写に関連するとされている。卵巣癌においての高発現が報告されている。
【0025】
以下は、耐性細胞株を製造する際の指標となる他のタンパク質遺伝子であって、本発明のCDDP耐性癌細胞内での発現が、CDDP非投与癌細胞(親細胞)に比べて増加しているタンパク質遺伝子(Y3)の代表例である。
【0026】
MDR-1(multidrug resistant gene)とは、ABCトランスポーター遺伝子群の一つであり、細胞内の薬剤排出に関係するタンパク質遺伝子であり、CDDP耐性獲得との関連が示唆されている公知のタンパク質遺伝子である。
【0027】
MRP-1(multiple drug resistance related protein-1)とは、ABCトランスポーター遺伝子群の一つであり、細胞内の薬剤排出に関係するタンパク質遺伝子であり、CDDP耐性獲得との関連が示唆されている公知のタンパク質遺伝子である。
【0028】
MRP-2(multiple drug resistance related protein-2)とは、ABCトランスポーター遺伝子群の一つであり、細胞内の薬剤排出に関係するタンパク質遺伝子であり、CDDP耐性獲得との関連が示唆されている公知のタンパク質遺伝子である。
【0029】
SPINT-2(Serin protease inhibitor, Kunitz type 2, UniGene no.31439等)とは、CDDP耐性獲得に関連するとの報告がある公知のタンパク質遺伝子であるが、詳細な機能については不明である。
【0030】
FLJ12089(Hypothetical Protain ,UniGene no.300439等)とは、詳細な機能は解明されていないタンパク質遺伝子であり、上皮系細胞の増殖に関連するという報告も見られる。
【0031】
GRP58(Glucose regulated protein 58kDa, UniGene no.13751等)とは、細胞内シグナル伝達における活性化因子としてはたらき、CDDP感受性に関連するといわれている公知のタンパク質遺伝子である。
【0032】
FANCONI(Fanconi anemia related protein, UniGene no.69517等)とは、「Fanconi貧血」という遺伝的疾患の原因である公知のタンパク質の遺伝子であり、近年ではDNAの損傷修復に作用し、抗癌剤の耐性獲得との関連が報告されている。
【0033】
CAVEOLIN-1 (UniGene no.74034等)とは、前立腺癌等では転移に関する遺伝子学的マーカーとして知られている公知のタンパク質遺伝子である。近年では、ABCトランスポーター遺伝子と関係し、抗癌剤に対する耐性獲得との関連が報告されている。特に、このCAVEOLIN-1は、臨床検体との相関が確認されていることから、本発明に特に好適である。
【0034】
上記のタンパク質遺伝子(X3)や(Y3)及びその発現タンパク質(X1)や(Y1)の他、発現タンパク質の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質(X2)や(Y2),又はその遺伝子(X4)や(Y4)も、同様に耐性細胞株の製造の指標として用いることができる。
【0035】
本発明のCDDP耐性細胞株は、上記のタンパク質遺伝子のうち、(X3)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27は、それらのうち少なくとも一種について、耐性細胞株の細胞内での発現量が、CDDP非投与癌細胞(投与前の親細胞)の0.5倍以下であるかまたは、上記のタンパク質遺伝子のうち、(Y3)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,FLJ12089,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1は、それらのうち少なくとも一種について、耐性細胞株の細胞内での発現量が、CDDP非投与癌細胞(投与前の親細胞)の1.5倍以上であることが必要である。
【0036】
継代培養の方法としては、一般的な方法が用いられ、親細胞の培養条件に従えば良いが、例えば代表的な条件として、下記の条件を採用することができる。
【0037】
本発明のCDDP耐性口腔扁平上皮癌細胞株は、段階的にCDDP濃度を上げた牛胎児血清(FBS)を含むDMEM培地で、CO2存在下、37℃で通常の細胞培養と同様に培養を行うことによって得ることができる。
【0038】
継代培養に用いられる培地としては、BME(Basal Medium, Eagle),MEM(minimum essential medium Eagle MEM)培地,D'MEM(Dulbecco改変Eagle最小培地)等が挙げられるが、DMEM培地が好ましい。
【0039】
培地には、新生児牛血清(NBS),ウシ胎児血清(FBS),仔牛血清(CBS),成牛血清(ABS),馬血清(DHS),ブタ血清,ヤギ血清,ニワトリ血清等を添加することができるが、牛の血清を用いるのが好ましく、特にFBSが好ましい。具体的には、10%FBS等を用いることが好ましい。
【0040】
継代培養に用いられる温度としては、好ましくは35〜38%程度が好ましく、特に好ましくは37℃前後が好ましい。
【0041】
継代培養に用いられる環境のCO2濃度としては、3〜7%程度が好ましく、特に好ましくは5%前後である。
【0042】
継代培養に用いられる1サイクル中での培地交換頻度としては、1週間に1〜2回程度が望ましい。
【0043】
継代培養の頻度は一般に1回/1〜3週程度であるが、1回/1〜2週が好ましい。
【0044】
継代の際に、細胞を剥がすために、トリプシン処理等を行うが、0.05%〜0.25% 程度のトリプシンを用いるのが望ましい。
【0045】
3〜4日ごとに培養液を交換しながら、数ヶ月間細胞培養を行い、増殖してきた細胞を限界希釈法により96ウェルマイクロプレートでクローニングする。種々の濃度のCDDPを添加して、さらに限界希釈法によりクローニングを行い、得られたクローンについて増殖速度と50%増殖阻害に必要なCDDP濃度を測定することによって高濃度のCDDP存在下において増殖能の優れた細胞株を選別することができる。
【0046】
本願発明のCDDP耐性株を得るまでの、おおよその期間としては、H1,Sa-3の場合には、約6ヶ月〜8ヶ月が目安である。その後、約2週間CDDPを含まない培養液で1〜2回程度継代培養を行うことにより耐性獲得の喪失がないことを確認する。
【0047】
本発明の目的とする、耐性が強く、かつ安定しているCDDP耐性細胞株とするためには、継代培養終了の指標として、下記(X1)乃至(Y2)を用いることで、容易かつ確実にCDDP耐性株をクローニングすることができる。
【0048】
(X1)又は(X2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質発現が、CDDP非投与癌細胞(親株)の0.5倍以下であることが一つの指標となる。
【0049】
また、(Y1)又は(Y2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質の発現がCDDP非投与癌細胞(親株)の1.5倍以上であることも一つの指標となる。
【0050】
(X1)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(X2)(X1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質。
(Y1)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,FLJ12089,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(Y2)(Y1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(Y1)と同じ活性を有するタンパク質。
【0051】
これらのタンパク質の、細胞内での特異的な発現パターンは、RT-PCR法(Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction)等によって、mRNAレベルで確認することができる。
【0052】
PCR法とは、DNA鎖の熱変性(denaturation step),プライマーのアニーリング(annealing step),ポリメラーゼによる相補鎖の合成(extension step) を繰り返し行うことにより、in vitroでDNAを増幅する方法である。この方法を用いると、DNAを数時間で少なくとも105倍に増幅することができる。
【0053】
RT-PCR法とは、遺伝子の発現の有無や量をmRNAレベルで調べるときに用いる方法であり、mRNAからcDNAを作り、このcDNAを鋳型として上記のPCRを行う方法である。
【0054】
CDDP耐性は、例えば「MTTアッセイ(assay)」や「SDI法(Succinic dehydrogenase inhibition test)」等の抗がん剤感受性テストによって測定することができるが、「MTTアッセイ」が好ましい。
【0055】
MTTアッセイとは、検体の正常ヒト真皮線維芽細胞あるいは、正常ヒト表皮基底細胞に対する細胞賦活作用を、ミトコンドリアでのエネルギー代謝活性を指標に評価する方法である。MTT試薬(3−(4,5−dimethylthiazol−2−yl)−2,5−diphenyltetrazolium bromide)は、Sigma社から購入可能である。
【0056】
耐性の比較には、50%細胞増殖阻止濃度(IC50)が用いられる。
【0057】
本発明のCDDP感受性増強剤や、CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤のスクリーニングは、上記の耐性細胞株や、その特異的発現を示す上記遺伝子,その発現タンパク質等を用いることによって行うことができる。
【0058】
CDDP感受性増強剤や、CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤のスクリーニングは、(1)CDDP投与前に比べて、耐性細胞で発現が増えている遺伝子(Y1)又は(Y2)の発現量を、減少させることができるか否か,(2)CDDP投与前に比べて、耐性細胞で発現が減っている遺伝子(X1)又は(X2)の発現量を、増強させることができるか否か,(3)耐性細胞の増殖を阻害するか否か等を判定することによって、行うことができる。
【0059】
(1)の場合、(Y1)又は(Y2)の発現量を減少させることができれば、CDDP感受性増強剤や、CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤となり得る。
(2)の場合、(X1)又は(X2)の発現量を増強させることができれば、CDDP感受性増強剤や、CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤となり得る。
(3)の場合、耐性細胞の増殖を阻害することができれば、CDDP感受性増強剤や、CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤となり得る。
【0060】
従って、(X1)乃至(Y4)は、CDDP感受性増強剤スクリーニング用試薬や、CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤のスクリーニング用試薬として用いることができる他、(X1)〜(X4)については、それ自体、CDDP感受性増強剤や、CDDP耐性口腔癌等の予防又は治療剤として使用することが可能である。
【0061】
CDDP耐性口腔癌とは、口腔癌において、癌細胞が生来有するCDDP耐性能、いわゆる自然耐性又はCDDP投与により後天的にCDDP耐性を有した口腔癌を言う。口腔癌の具体的な例としては、口腔扁平上皮癌等が挙げられる。
【0062】
本発明のCDDP感受性増強剤は、下記(X1)乃至(X4)から選択される少なくとも一種以上を含むことを特徴とするものである。
【0063】
ここで、CDDP感受性増強とは、CDDP耐性の抑制又は克服等をも意味するものである。
【0064】
本発明の医薬組成物は、(X1)乃至(X4)又は(Y5)乃至(Y6)から選択される少なくとも一種以上を含むものである。
【0065】
本発明のCDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤は、下記(X1)乃至(X4)又は(Y5)乃至(Y6)から選択される少なくとも一種以上を含むものである。
【0066】
本発明のスクリーニング剤は、下記(X1)乃至(Y4)から選択される、少なくとも一種以上を含むものである。
【0067】
(X1)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(X2)(X1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質。
(X3)(X1)をコードする遺伝子。
(X4)(X2)をコードする遺伝子。
【0068】
(Y1)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,FLJ12089,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(Y2)(Y1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(Y1)と同じ活性を有するタンパク質。
(Y3)(Y1)をコードする遺伝子。
(Y4)(Y2)をコードする遺伝子。
(Y5)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質(Y1)の、発現を抑える遺伝子。
(Y6)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつそれらタンパク質と同じ活性を有するタンパク質(Y2)の、発現を抑える遺伝子。
【0069】
また、本発明のCDDP感受性増強剤や、医薬組成物,CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤には、その感受性増強効果(耐性抑制効果)や予防又は治療効果を阻害しない範囲で、他の成分を含有させることができ、例えば薬学的に許容される担体として、賦形剤,滑沢剤,結合剤,崩壊剤,安定剤,矯味矯臭剤,希釈剤,界面活性剤,乳化剤,可溶化剤,吸収促進剤,保湿剤,吸着剤,充填剤,増量剤,付湿剤,防腐剤等の添加剤を用いて周知の方法で製剤化することができる。
【0070】
ここに、賦形剤としては、有機系賦形剤及び無機系賦形剤等が挙げられる。
【0071】
本発明のCDDP感受性増強剤や、医薬組成物,CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤は、主に経口投与するためのものであるが、具体的には、例えば錠剤,カプセル剤,顆粒剤,散剤,丸剤,トローチ,もしくはシロップ剤等の形態で、経口投与される。
【0072】
投与形態としては、経口投与のほか、静注等の静脈投与,筋肉内投与、経皮投与,皮内投与,皮下投与,腹腔内投与,直腸内投与,粘膜投与、吸入等が挙げられるが、静注等の静脈投与が安全かつ血中濃度を一定に保つという点で好ましい。
【0073】
本発明のCDDP感受性増強剤や、医薬組成物,CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤中の、有効成分の含有量は、剤形によって様々であり、一概に限定できず、各種剤形化が可能な範囲で、投与量との関係で適宜選択すれば良いが、例えば液剤の場合、0.0001〜10(w/v%),好ましくは0.001〜5(w/v%),特に注射剤の場合、0.0002〜0.2(w/v%),好ましくは0.001〜0.1(w/v%),固形剤の場合、0.01〜50(w/w%),好ましくは0.02〜20(w/w%)等として調製できるが、必ずしもこの範囲に限定されるものでは無い。
【0074】
本発明のCDDP感受性増強剤や、医薬組成物,CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤の投与量は、投与経路,症状,年齢,体重,耐性化予防又は治療剤の形態等によって異なるが、例えば、CDDP感受性増強剤や、医薬組成物,CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤中の有効成分の量が、処置を必要としている対象体重1kg当たり0.005〜500mg,好ましくは、0.1〜100mg,但し、成人に対して1日あたり、下限として0.01mg(好ましくは0.1mg),上限として、20g(好ましくは2000mg,より好ましくは500mg,更に好ましくは100mg)となるように、1回又は数回に分けて、症状に応じて投与することが望ましい。
【0075】
本発明のCDDP感受性増強剤や、医薬組成物,CDDP耐性口腔癌の予防又は治療剤に用いられる有効成分が遺伝子の場合、その遺伝子の形態としては、DNAの他、RNA,プラスミド,ウイルスベクター等が使用可能であり、一本鎖であっても二本鎖であっても良い。
【0076】
プラスミドを用いる場合、発現プラスミドを直接筋肉内に投与する方法(DNAワクチン法)、リポソーム法、リポフェクチン法、マイクロインジェクション法、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法等が挙げられ、特にDNAワクチン法、リポソーム法が好ましい。
【0077】
ウイルスベクターを用いる場合、(日経サイエンス,1994年4月号,20−45頁、月刊薬事,36(1),23−48(1994)、実験医学増刊,12(15),(1994)、およびこれらの引用文献等)等に記載されているように、ウイルスに、目的とする遺伝子を組み込むことによって行うことができる。
【0078】
ウイルスベクターに用いるウイルスとしては、例えばレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ関連ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス等のDNAウイルス又はRNAウイルスが挙げられる。
ウィルスの中では、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ関連ウイルス、ワクシニアウイルス等が好ましく、特にアデノウイルスが好ましい。
【0079】
遺伝子を実際に医薬として作用させるには、当該遺伝子を直接体内に導入する「in vivo法」の他、ヒトかから採集した細胞に当該遺伝子を導入し、その後、遺伝子導入細胞を体内に戻すという、「ex vivo法」等がある[日経サイエンス,1994年4月号,20−45頁、月刊薬事,36(1),23−48(1994)、実験医学増刊,12(15),(1994)、およびこれらの引用文献等]が、in vivo法がより好ましい。
【0080】
「in vivo法」により投与する場合は、治療目的の疾患、症状等に応じた適当な投与経路を選択することができる。投与経路としては、例えば、静脈、動脈、皮下、皮内、筋肉内等が挙げられる。
【0081】
「in vivo法」によって投与する場合は、例えば、液剤等の製剤形態をとりうるが、一般的には有効成分である遺伝子を含有する注射剤等の形態が好ましく、必要に応じて、慣用の担体を加えてもよい。
【0082】
また、遺伝子を含有するリポソームまたは膜融合リポソーム(センダイウイルス(HVJ)−リポソーム等)においては、懸濁剤、凍結剤、遠心分離濃縮凍結剤等のリポソーム製剤の形態として用いることができる。
【実施例1】
【0083】
以下の実施例において、より具体的に説明される。実施例は、口腔扁平上皮癌患者から樹立されたSa-3、H1の両細胞株(ともに、和歌山県立医科大学 歯科口腔外科にて樹立)を用いて、本発明者らがCDDP耐性能を獲得した細胞株を樹立し、得られた細胞株の種々の性質及び遺伝子発現を調べたものである。
【0084】
(実験方法)
CDDPは生理食塩水に1mg/mlになるように溶解した溶液を保存液として、これを種々の濃度になるように培養液に添加して用いた。Sa-3、H1細胞株は、10%牛胎児血清、100U/mlのペニシリン、0.1mg/mlのストレプトマイシン(Gibco)を含むDMEM培地(Nissui)中で、5%CO2存在下、37℃で培養した。この培養条件において両細胞株の2倍増加時間(doubling time)は、Sa-3が55時間、H1が37時間であった。
【0085】
Sa-3、H1細胞株を、CDDP存在下、薬剤の濃度を徐々に増加させて(0.1〜10μg/ml)数ヶ月以上にわたり継代培養を続けた。細胞増殖を50%阻害するCDDP濃度(IC50)は、親株ではSa-3が0.58μg/ml、H1では0.7μg/mlであった。Sa-3、H1の両細胞株を長期間にわたりCDDPに接触させたところ、1〜2μg/mlの濃度のCDDP存在下でも90%以上の生存能力を示すCDDP耐性細胞株、Sa-3R(IC50=4.4μg/ml)、H1R(IC50=7.1μg/ml)が獲得できた。倍加時間はそれぞれ58時間、40時間であった。さらにSa-3R、H1R細胞は10μg/mlのCDDP存在下において、90〜98%の生細胞率で6ヶ月以上増殖を続けた。
【0086】
P-糖蛋白質(P-gp)をコードするMDR1遺伝子や、MRP1、MRP2遺伝子の発現が、癌細胞におけるCDDPをはじめとした薬剤耐性獲得指標の一つとして知られている。このP-gpは細胞膜を介して薬剤を細胞外に排出するABCトランスポーター蛋白質である。CDDP耐性細胞における本遺伝子の発現をRT-PCRにて解析した。
【0087】
細胞増殖の測定はMTTアッセイにて行った。各濃度のCDDP含有培養液(0.005、0.1、0.25、0.5、1.0、1.25、2.5、5、10μg/ml)に培養液を交換し、24時間CDDP処理を行った。その後、PBSで3回洗浄後、CDDP非含有の培養液に交換し、72時間培養した。そして、MTT cell growth assay kitを用い、micro plate readerにて吸光度(570nm、対象:630nm)を測定した。細胞生存率から増殖曲線を求め、それぞれの細胞株における50%細胞増殖抑制濃度(IC50)を決定した。これを比較することにより耐性株における親株に対する相対的耐性度を求めた。
【0088】
親株Sa-3、H1およびCDDP耐性株Sa-3R、H1Rから、TRIzol(Invitrogen)を用いてtotalRNAを抽出した。これをSuperScriptII reverse transcriptase(Invitrogen)を用い逆転写反応を行い、cDNAを合成した。
【0089】
このcDNAを用いて、マイクロアレイ解析を行った。マイクロアレイ解析とは、数千から数万種といった規模の遺伝子発現を同時に観察することができる手法であって、遺伝子機能の解析等に利用されている方法である。逆転写により得られたcDNAを保持するプラスミドから、PCR法によって増幅されたDNA断片を、スライドガラス上に高密度にスポットしたマイクロアレイを用いる。この場合、解析対象のターゲットは、逆転写時に異なる蛍光色素(通常Cy3、およびCy5)により標識することによって調製する。このターゲットをアレイ上で競合的にハイブリダイゼーションさせ、各プローブDNA(各スポット)のシグナルを数値化し解析する。マイクロアレイ解析には、千葉大学にて開発された口腔疾患由来cDNAクローンを2201個搭載した口腔癌解析用in-house cDNA microarray(ver.2)を使用して解析を行った。スキャンイメージの取得にはScanArray Lite(Packared BioChip Technologies LLC)を使用した。解析は、蛍光標識の入れ替えも含めて複数回行ったデータをもとにQuantArray Software(Packared BioChip Technologies LLC)で解析した。尚、コントロールとして、GAPDH(glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)タンパク質遺伝子の発現量を調査した。
【0090】
マイクロアレイ解析の結果のうち、複数のCDDP耐性細胞株で発現変動がみられたCAVEOLIN-1について、遺伝子発現と化学療法効果との関連について、免疫組織染色により検討を行った。
【0091】
1999年1月から2003年12月までの期間に、和歌山県立医科大学 歯科口腔外科を受診し、 neo-adjuvant chemotherapy (NAC) としてCDDP - based combination chemotherapy (CVP therapy, CDDP, VLB, PEP) を行った未治療口腔扁平上皮癌患者は187症例のうち、NACによる臨床効果がCR(著効)であった18例、NC(無効)であった7例、PR(有効)であった5例の計30症例についてCAVEOLIN-1遺伝子の発現との関連を検討した。
【0092】
なお、すべての生検組織は化学療法の開始前に採取したものを用い発現解析を行った。すべての生検組織 は 10%ホルマリン で固定した後、常法に従いパラフィン包埋を行い、4 μmの厚さに標本を作製した。一次抗体 ( anti- Caveolin-1 rabbit polyclonal antibody 1:400 ; Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA)を4℃で1夜反応させ、LSAB 法(Labeled StreptAvidin-Biotin,アビジン・ビオチン法,アビジンとビオチンの親和性が極めて高いことを利用したABC法の一種。特異抗体にビオチン標識2次抗体を反応させ、その後パーオキシダーゼ(POD)標識ストレプトアビジンを反応させる方法)にて発色反応を行ったのち、検鏡した。陽性判定は、過去のいくつかの報告をもとに、5視野を計測し細胞質染色が50%以上を示すものを陽性と判定した。
【0093】
(実験結果の考察)
図1から分かる通り、CDDP非投与癌細胞Sa-3(親株)と、CDDP耐性株Sa-3Rの成長曲線には、際だった差は見られなかった。これは、これらの細胞株間に、細胞増殖性能において差が無く、IC50の比較が可能であることを裏付けるものである。
【0094】
図2から分かる通り、CDDP非投与癌細胞Sa-3のIC50が0.58μg/mlであるのに対し、耐性細胞Sa-3RのIC50は4.4μg/mlであった。つまり、CDDP耐性は、非投与の親細胞の7.5倍以上に増大していた。
【0095】
図3から分かる通り、耐性細胞Sa-3Rでは、CDDP非投与癌細胞Sa-3に比べて、MDR-1,MRP-1,MRP-2の発現が1.5倍以上に増加していた。
【0096】
図4から分かる通り、CDDP非投与癌細胞H1(親株)と、CDDP耐性株H1Rの成長曲線には、際だった差は見られなかった。これは、これらの細胞株間に、細胞増殖性能において差が無く、IC50の比較が可能であることを裏付けるものである。
【0097】
図5から分かる通り、CDDP非投与癌細胞H1のIC50が0.7μg/mlであるのに対し、耐性細胞H1RのIC50は7.1μg/mlであった。つまり、CDDP耐性は、非投与の親細胞の10倍以上に増大していた。
【0098】
図6から分かる通り、耐性細胞H1Rでは、CDDP非投与癌細胞H1に比べて、MDR-1,MRP-1,MRP-2の発現が1.5倍以上に増加していた。
【0099】
また、図には示していないが、耐性細胞Sa-3Rでは、CDDP非投与癌細胞Sa-3に比べて、PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27の発現が、低下していることが確認された。
更に、SPINT-2,FLJ12089,GRP58,FANCONIの発現は、耐性細胞Sa-3Rでは、CDDP非投与癌細胞Sa-3に比べて、増強していることも確認された。
【0100】
更に、得られた耐性株を、その後、約2週間CDDPを含まない培養液で継代培養を行うことにより耐性獲得の喪失がないことが確認できた。
【0101】
口腔扁平上皮癌組織におけるCAVEOLIN-1の発現は、CR(著効)15症例中、陽性例が13例(86.7%)にみられた。一方、NC(無効)症例7例では、陰性例が6例(85.7%)であり、この2群間では有意差(p=0.02)がみとめられた。本遺伝子はCDDP耐性株Sa-3R、H-1Rにおいて発現減弱していた。
【0102】
これらの結果により、口腔扁平上皮癌において、CAVEOLIN-1の発現がCDDPに対する感受性発現に影響を及ぼしていることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】親株Sa-3およびそのCDDP耐性株Sa-3Rの増殖曲線
【0104】
【図2】種々のCDDP濃度におけるSa-3、Sa-3Rの増殖曲線
【0105】
【図3】親株Sa-3およびCDDP耐性株Sa-3RにおけるABCトランスポーター遺伝子の発現
【0106】
【図4】親株H1およびそのCDDP耐性株H1Rの増殖曲線
【0107】
【図5】種々のCDDP濃度におけるH1、H1Rの増殖曲線
【0108】
【図6】親株H1およびCDDP耐性株H1RにおけるABCトランスポーター遺伝子の発現

【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔癌細胞であって、(X1)又は(X2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質発現が、シスプラチン非投与癌細胞の0.5倍以下であるか、或いは、(Y1)又は(Y2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質の発現がシスプラチン非投与癌細胞の1.5倍以上であることを特徴とする、シスプラチン耐性細胞株。
(X1)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(X2)(X1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質。
(Y1)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(Y2)(Y1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(Y1)と同じ活性を有するタンパク質。
【請求項2】
口腔癌細胞を、(X1)又は(X2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質発現が、シスプラチン非投与癌細胞の0.5倍以下、或いは、(Y1)又は(Y2)から選択される少なくとも一種以上のタンパク質の発現がシスプラチン非投与癌細胞の1.5倍以上となるまで、シスプラチンを投与しながら継代培養を行うことを特徴とする、シスプラチン耐性細胞株の製造方法。
(X1)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(X2)(X1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質。
(Y1)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(Y2)(Y1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(Y1)と同じ活性を有するタンパク質。
【請求項3】
請求項1記載のシスプラチン耐性細胞株を用いることを特徴とする、シスプラチン感受性増強剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
下記(X1)乃至(Y4)から選択される少なくとも一種以上を用いることを特徴とする、シスプラチン感受性増強剤のスクリーニング方法。
(X1)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(X2)(X1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質。
(X3)(X1)をコードする遺伝子。
(X4)(X2)をコードする遺伝子。
(Y1)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(Y2)(Y1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(Y1)と同じ活性を有するタンパク質。
(Y3)(Y1)をコードする遺伝子。
(Y4)(Y2)をコードする遺伝子。
【請求項5】
請求項3又は4記載のスクリーニング方法を用いることを特徴とする、シスプラチン耐性口腔癌の予防又は治療剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
下記(X1)乃至(X4)又は(Y5)乃至(Y6)から選択される少なくとも一種以上を含むことを特徴とする、シスプラチン感受性増強剤。
(X1)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(X2)(X1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質。
(X3)(X1)をコードする遺伝子。
(X4)(X2)をコードする遺伝子。
(Y5)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質の、発現を抑える遺伝子。
(Y6)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつそれらタンパク質と同じ活性を有するタンパク質の、発現を抑える遺伝子。
【請求項7】
下記(X1)乃至(X4)又は(Y5)乃至(Y6)から選択される少なくとも一種以上を含むことを特徴とする、医薬組成物。
(X1)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(X2)(X1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質。
(X3)(X1)をコードする遺伝子。
(X4)(X2)をコードする遺伝子。
(Y5)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質の、発現を抑える遺伝子。
(Y6)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつそれらタンパク質と同じ活性を有するタンパク質の、発現を抑える遺伝子。
【請求項8】
下記(X1)乃至(X4)又は(Y5)乃至(Y6)から選択される少なくとも一種以上を含むことを特徴とする、シスプラチン耐性口腔癌の予防又は治療剤。
(X1)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(X2)(X1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質。
(X3)(X1)をコードする遺伝子。
(X4)(X2)をコードする遺伝子。
(Y5)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質の、発現を抑える遺伝子。
(Y6)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつそれらタンパク質と同じ活性を有するタンパク質の、発現を抑える遺伝子。
【請求項9】
下記(X1)乃至(Y4)から選択される、少なくとも一種以上を含むことを特徴とする、シスプラチン感受性増強剤スクリーニング用試薬。
(X1)PGK-1,DAF,FOSL1,MRPS27,から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(X2)(X1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(X1)と同じ活性を有するタンパク質。
(X3)(X1)をコードする遺伝子。
(X4)(X2)をコードする遺伝子。
(Y1)MDR-1,MRP-1,MRP-2,SPINT-2,GRP58,FANCONI,CAVEOLIN-1から選択される少なくとも一種以上の遺伝子の発現タンパク質。
(Y2)(Y1)の1若しくは数個のアミノ酸が欠失,置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなりかつ(Y1)と同じ活性を有するタンパク質。
(Y3)(Y1)をコードする遺伝子。
(Y4)(Y2)をコードする遺伝子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−288243(P2006−288243A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−111405(P2005−111405)
【出願日】平成17年4月7日(2005.4.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年10月22日 社団法人日本口腔外科学会主催の「第49回 社団法人日本口腔外科学会総会(2004)」において文書をもって発表
【出願人】(505128500)
【Fターム(参考)】