説明

シトクロム由来のヘム鉄を含む鉄補給又は鉄強化用製剤

【課題】動物由来ウイルスの混在等の危険性がなくて安全性が極めて高くて且つ吸収性が高く、更に、容易に製造することが出来る、ヘム鉄を含む鉄補給又は鉄強化用の製剤等を提供すること。
【解決手段】アスペルギルス・テレウス、アスペルギルス・オリゼ、又はアスペルギルス・ニガー等の糸状菌のシトクロム由来のヘム鉄を含む鉄補給又は鉄強化用製剤、該製剤を含む食品組成物及び、シトクロムを蛋白質分解酵素で処理して分解しヘム鉄を調製することを含む、該製剤の製造方法その製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シトクロム由来のヘム鉄を含む鉄補給又は鉄強化用の製剤、及び、その製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
「ヘム鉄」、石倉俊治著、月刊フードケミカル1992-8, p.49-52(非特許文献1)の記事によれば、人体には約4gの鉄分が含まれ、その内の3gはヘモグロビンの構成要素として赤血球の中に含まれていて、この鉄が不足すると鉄不足性貧血となることが示されている。
【0003】
食餌療法としては、肉類、レバー、ほうれんそう、海藻類、ゴマ、大豆などの鉄分を多く含む食品を多量に摂取することが勧められているが、鉄はその存在形態により体内での吸収率が著しく異なる。更に、紅茶又は緑茶中のタンニンによって吸収が妨げられる一方で、ビタミンC等は吸収を促進する。
【0004】
従来から、鉄分の補給又は強化剤としては、無機鉄以外に、豚等の動物の血液に含まれる色素蛋白質であるヘモグロビンから調製されたヘム鉄が使用されてきた。「ヘム鉄」とは、一般に、ポルフィリンの鉄錯体の総称でありヘム蛋白質に補欠分子族として含有されている。このようにヘム鉄に含まれる鉄はポルフィリン環によって囲まれているために、タンニンや食物繊維、シュウ酸、フィチン酸等の鉄分の吸収を妨げる各種成分の影響を受けることが少ないために吸収性が高いことが知られている。更に、無機鉄と異なり、鉄として遊離していないために胃・小腸等の消化器官への負担が少ない、という利点を有する。
【0005】
しかしながら、このようなヘム鉄は豚等の屠畜血液中のヘモグロビンから調製されるために、動物は衛生的な設備で管理されているものの、ウイルス等の各種病原体による汚染の危険性が懸念され、そのリスクを排除することは困難である。更に、独特の臭いを有するため、食品でも用途が限定されてきた。
【0006】
このような屠畜血液由来のヘム鉄以外では、これまでに、微生物等に由来するシデロフォアと3価鉄イオンを含む鉄補給剤等が報告されている(特許文献1)。本物質は低分子ペプチドと鉄から構成されている物質であり、ヘム鉄とは構造上全く異なっている。
【0007】
また、動物由来のシトクロムC及びシトクロムP450等のヘム蛋白質については、生理的活性に基づく発明がなされている(特許文献2〜4)が、現実的に安価に大量に供給できるものではなく、微生物由来のものも同様の生産面の課題を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−225874号公報
【特許文献2】特開2005−104909号公報
【特許文献3】特公平7−72121号公報
【特許文献4】国際公開第2006/085523号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「ヘム鉄」、石倉俊治著、月刊フードケミカル1992-8, p.49-52
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のように、豚等の屠畜血液中のヘモグロビン以外から調製されたヘム鉄を含む鉄補給又は鉄強化用の製剤はこれまでに実用化されていない。
【0011】
従って、本発明の目的は、上記課題を解決し、吸収性が高く、且つ、安全性が高いヘム鉄を有効成分として含む鉄補給又は鉄強化用の製剤等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、従来用いられている豚等の屠畜血液中のヘモグロビンから調製されたヘム鉄に代わり、シトクロム、特に、細胞外分泌型シトクロムb、及び、アスペルギルス・テレウス、アスペルギルス・オリゼ、又はアスペルギルス・ニガー等のアスペルギルス属に分類される糸状菌由来のシトクロムbから調製されたヘム鉄が鉄補給又は鉄強化用の有効成分として容易に取得可能で、また極めて優れていることを初めて見出し、本発明を完成させた。
【0013】
即ち、本発明は以下の態様に係る。
[態様1]
シトクロム由来のヘム鉄を含む鉄補給又は鉄強化用製剤。
[態様2]
シトクロムが細胞外分泌型シトクロムbである、態様1に記載の製剤。
[態様3]
細胞外分泌型シトクロムbが糸状菌に属する菌由来である、態様1又は2に記載の製剤。
[態様4]
糸状菌がアスペルギルス属の菌である、態様3記載の製剤。
[態様5]
アスペルギルス属の菌がアスペルギルス・テレウス、アスペルギルス・オリゼ、又はアスペルギルス・ニガーである、態様4記載の製剤。
[態様6]
シトクロムを構成するポリペプチドが以下の(a)、(b)又は(c)のポリペプチドから成る、態様1記載の製剤:
(a) 配列番号2又は配列番号4で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチド;
(b) 配列番号2又は配列番号4のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、付加されたアミノ酸配列から成るポリペプチド;又は
(c) 配列番号2又は配列番号4のアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列から成るポリペプチド。
[態様7]
シトクロムの蛋白質分解酵素による分解物である、態様1ないし6のいずれか一項に記載の製剤。
[態様8]
食品添加剤である、態様1ないし7のいずれか一項に記載の製剤。
[態様9]
態様1ないし7のいずれか一項に記載の製剤を含む食品組成物。
[態様10]
態様1ないし7のいずれか一項に記載の鉄補給又は強化用製剤の製造方法であって、シトクロムを蛋白質分解酵素で処理して分解しヘム鉄を調製することを含む、該製造方法。

【発明の効果】
【0014】
本発明によって、吸収性が高く、且つ、動物由来ウイルスの混在等の危険性がなく安全性が高いヘム鉄を含む鉄補給又は鉄強化用の製剤等が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、細胞外分泌型シトクロムb等に代表されるシトクロム由来のヘム鉄を鉄補給又は鉄強化用製剤の有効成分として使用することを特徴とする。シトクロムbはヘムタンパク質の一種であり、ヘムB(プロトヘムIX)を補欠分子族とするB型シトクロムの総称である。これまでに、細胞外分泌型シトクロムbがMagnaporthe grisea及びPhanderochaete chrysosporium等の生物種で存在していることが確認されている(Makoto Toshida, Kiyohiko Igarashi, et al., Applied and Enviromental Microbiology, 4548-4555(2000))。
【0016】
今回、本発明者等は、アスペルギルス・テレウス、アスペルギルス・オリゼ、又はアスペルギルス・ニガー等のアスペルギルス属の糸状菌にも細胞外分泌型シトクロムbが存在していることを確認し、それから調製したヘム鉄が鉄補給又は鉄強化用製剤の有効成分として極めて優れた機能を発揮することを初めて見出した。このようなシトクロムbは生物細胞内で生産される天然物質である為に人体への影響は少ないと考えられる。また、細胞外分泌型であるので、細胞組織の破砕などが不要であり、培養後の分離も容易であるという利点を有している。
【0017】
尚、本明細書において、「鉄補給又は鉄強化用」とは、その文言自体の狭義の語意に拘束されることなく、一般的に、例えば、食餌療法又は治療の一環として摂取した際に、一定量が体内に吸収されて、体内の貯蔵鉄又は血清鉄の量を補充・増加し、又は、体内の鉄含量を正常に維持し或いは、鉄不足を解消・軽減する作用を示したり、更には、鉄欠乏性貧血の予防若しくは改善作用等の包括的な用途の少なくともいずれか一つを有することを意味する。
【0018】
上記の細胞外分泌型シトクロムbの例として、例えば、アスペルギルス・テレウス、アスペルギルス・オリゼ、又はアスペルギルス・ニガーのようなアスペルギルス属、並びに、白色腐朽菌、マグナポルテ属、ジベレラ属のような糸状菌、食用キノコに由来する細胞外分泌型シトクロムbが好ましい。特に、アスペルギルス・テレウス、アスペルギルス・オリゼ、又はアスペルギルス・ニガーのようなアスペルギルス属は発酵・醸造等の食品製造過程において従来から利用されており、またイタコン酸やクエン酸などの食品添加物としての有機酸の生産菌株としても知られているため、その安全性は極めて高いものと考えられ、よって新規食品素材等への応用も可能と考えられる。
【0019】
更に、シトクロムを構成するポリペプチドの好適例として以下の(a)、(b)又は(c)のポリペプチドを挙げることが出来る。
(a) 配列番号2又は配列番号4で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチド;
(b) 配列番号2又は配列番号4のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、付加されたアミノ酸配列から成るポリペプチド;又は
(c) 配列番号2又は配列番号4のアミノ酸配列と70%以上、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上、さらにより好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の相同性を有するアミノ酸配列から成るポリペプチド。尚、これらポリペプチドはヘムB(プロトヘムIX)を補欠分子族として含有できるものである。
【0020】
ここで、配列番号2及び配列番号4で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチドは、それぞれ、アスペルギルス・テレウス及びアスペルギルス・オリゼの菌株に由来する細胞外分泌型シトクロムbである。
【0021】
上記のポリペプチドは、例えば、以下の(d)、(e)又は(f)のポリヌクレオチドにコードされる:
(d)配列番号1又は配列番号3に示される塩基配列を含むポリヌクレオチド、
(e)塩基配列(d)から成るポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド、又は
(f)塩基配列(d)から成るポリヌクレオチドと70%以上、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上、さらにより好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の相同性を有する塩基配列を含むポリヌクレオチド。
【0022】
本明細書において、アミノ酸配列又は塩基配列における相同性とは、比較対象となる基準配列の全長にわたり、所定の同一性を有する各配列をいう。このような配列の同一性パーセンテージは、基準配列を照会配列として比較するアルゴリズムをもった公開又は市販されているソフトウェアを用いて計算することができる。例として、BLAST、FASTA、又はGENETYX(ソフトウエア開発株式会社製)などを用いることができ、これらはデフォルトパラメーターで使用することができる。
【0023】
本発明において、ポリヌクレオチド間のハイブリダイズに際しての「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズ」の具体的な条件とは、例えば、50%ホルムアミド、5×SSC(150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸三ナトリウム、10mM リン酸ナトリウム、1mM エチレンジアミン四酢酸、pH7.2)、5×デンハート(Denhardt’s)溶液、0.1% SDS、10% デキストラン硫酸及び100μg/mLの変性サケ精子DNAで42℃インキュベーションした後、フィルターを0.2×SSC中42℃で洗浄することを例示することができる。
【0024】
尚、本発明において、「ポリヌクレオチド」とは、プリン又はピリミジンが糖にβ‐N‐グリコシド結合したヌクレオシドのリン酸エステル(ATP(アデノシン三リン酸)、GTP(グアノシン三リン酸)、CTP(シチジン三リン酸)、UTP(ウリジン三リン酸);又はdATP(デオキシアデノシン三リン酸)、dGTP(デオキシグアノシン三リン酸)、dCTP(デオキシシチジン三リン酸)、dTTP(デオキシチミジン三リン酸))が100個以上結合した分子をいい、具体的には細胞外分泌型シトクロムb等のシトクロムをコードする染色体DNA、染色体DNAから転写されたmRNA、mRNAから合成されたcDNA及び、それらを鋳型としてPCR増幅したポリヌクレオチドを含む。「オリゴヌクレオチド」とはヌクレオチドが2‐99個連結した分子をいう。また「ポリペプチド」とは、アミド結合(ペプチド結合)又は非天然の残基連結によって互いに結合した30個以上のアミノ酸残基から構成された分子を意味し、さらには、これらに糖鎖が付加したものや、人工的に化学的修飾がなされたもの等も含む。
【0025】
本発明のシトクロム(ポリペプチド)及びそれをコードするポリヌクレオチドは、当業者に公知の任意の方法で容易に調製・取得することができる。例えば、アスペルギルス属等の糸状菌に由来する細胞外分泌型シトクロムb及びそれをコードするポリヌクレオチドは、本明細書の実施例に記載の遺伝子工学的方法に準じて調製することが出来る。
また、遺伝子組換え技術以外にも、アスペルギルス・テレウス、アスペルギルス・オリゼ、又はアスペルギルス・ニガーに対して、古来から知られている菌株改良の手法、例えば変異処理後、細胞外分泌型シトクロムbの高生産菌株を選択するという手法、及び/又は、培養条件の検討によってシトクロムbの生産性を向上させるという手法もある。
遺伝子組換え微生物でシトクロムbを取得した場合、又は変異処理等で得られた微生物でシトクロムbを取得した場合のどちらの方法においても、培養液をそのまま、又は精製をして使用することができるが、本発明においては、その生産方法は限定されない。
【0026】
本発明の鉄補給又は鉄強化用製剤に有効成分として含まれるシトクロム由来のヘム鉄は、当業者に公知の任意の方法によって、容易に調製することができる。例えば、従来の血液中のヘモグロビンからヘム鉄を調製する方法に準じて、シトクロムを当業者に公知の任意の方法でアルカリプロテアーゼのような適当な蛋白質分解酵素により部分的に分解処理し、加熱失活等の処置後、限外濾過法又は等電点沈殿法等の手法により酵素分解液中の鉄分を含まない不要なペプチドとヘム鉄を含むペプチドとを分離することによって得ることが出来る。こうして得られたヘム鉄には、蛋白質分解酵素による分解の程度によるが、通常、乾燥物重量換算で、シトクロム由来の一部が分解されたポリペプチドが約20〜80%程度、鉄分は約0.2〜1.0%程度含有されている。尚、鉄の定量は、第一鉄を酸化して第二鉄とした後にヨウ素法により滴定する方法や、公定法である原子吸光光度法又は1,10-フェナントロリン吸光光度法等がある。或いは、蛋白質分解酵素による分解処理を施さずに、ヘム鉄を含むシトクロム自体を有効成分として使用することも可能である。
【0027】
本発明の鉄補給又は鉄強化用製剤は、このようにして得られるシトクロム由来のヘム鉄を有効成分として含むものである。
【0028】
上記の製剤には、更に、食品添加物又は薬学的に許容される、賦形剤、結合剤、崩壊剤、潤沢剤、鉄の吸収促進剤及び付湿剤等の当業者に公知の任意の各種の補助剤を適当量含有させることが出来る。
【0029】
賦形剤としては、例えば、乳糖、ショ糖、ブドウ糖等の各種の糖類、トウモロコシデンプン等の各種デンプン類、デンプンの部分加水分解物であるデキストリン類、結晶セルロース等の各種セルロース類、無水リン酸水素カルシウム、炭酸カルシウム等の各種無機塩類等を使用することができる。結合剤としては、例えば、アルギン酸ナトリウム、結晶セルロース、アラビアゴム、ポリビニルピロリドン、プルラン等を使用することができる。崩壊剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、アルギン酸ナトリウム等を使用することができる。潤沢剤としては、例えば、ステアリン酸マグネシウム及びタルク等を使用することができる。鉄の吸収促進剤としては、例えば、ビタミンCや、ジフルクトースアンハイドライド、キシロオリゴ糖などの糖類、カルノシン、アンセリンなどのペプチド類、動物性タンパク質、ニコチアナミンに代表されるキレート剤、又、付湿剤としては、例えば、大豆リン脂質、グリセリン、ソルビトール、落花生油、オリーブ油、及びゴマ油等の油脂類を使用することが出来る。
【0030】
製剤形態に特に制限はなく、当業者に公知の任意の形態、例えば、粉末、錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤等の経口投与剤等の各種製剤形態を挙げることができる。このような製剤は、製剤形態に応じて、当業者に公知の任意の方法で製造することができる。
【0031】
本発明の鉄補給又は鉄強化用製剤に含まれるシトクロム由来のヘム鉄の含量は、上記の製剤形態、適用用途等の諸条件に応じて、摂取した際に、上記の鉄補給又は鉄強化の作用が十分に得られ、且つ、副作用が現れないような適当な範囲を、当業者が適宜、選択することが出来、通常、0.01〜10重量%(例えば、蛋白質分解酵素による分解処理を行った場合)である。
【0032】
本発明の鉄補給又は鉄強化用製剤は補助食品(所謂、「サプリメント」)として単独で摂取したり、食品添加剤として各種の食品に適当量を添加して摂取することができ、鉄補給又は鉄強化用、即ち、食餌療法又は治療の一環として摂取した際に、一定量が体内に吸収されて、体内の貯蔵鉄又は血清鉄の量を補充・増加し、又は、体内の鉄含量を正常に維持し、或いは、鉄不足を解消・軽減する作用、又は鉄欠乏性貧血の予防若しくは改善作用といった効果を挙げることができる。
【0033】
従って、本発明は、上記のシトクロム由来のヘム鉄を含む鉄補給又は鉄強化用製剤を食品添加剤として含有する、例えば、ふりかけ、ゼリー菓子、クッキー、調味料等の各種の食品組成物にも係るものである。本食品組成物は、一般食品のみならず、栄養機能食品又は特定保健用食品などとして提供することもでき、これらの食品組成物の容器又は包装等には、栄養機能食品においては栄養成分表示、また特定保健用食品においては、鉄欠乏性貧血の予防若しくは改善作用を有する旨の表示を付すことが出来る。このような食品組成物は当業者に公知の任意の方法で製造することができる。
【0034】
食品組成物中のヘム鉄の含有量は、食品の種類などによって異なるが、一日に該食品組成物を摂取した際に、上記の作用の少なくともいずれか一つが十分に得られ、且つ、鉄過剰症等の副作用が現れないような適当な範囲が望ましい。例えば、日本人の食事摂取基準(2005年度版)によれば、推奨量は7.5mg/日であるので、その値を基準に商品設計することができる。
【0035】
本発明の食品組成物には、当業者に公知の任意の各種添加剤を適宜配合することができる。添加剤としては、例えば、増粘剤、乳化剤、ゲル化剤などの安定化剤、可溶化剤、結合剤、滑沢剤、懸濁剤、pH調整剤、抗酸化剤、賦形剤、湿潤剤、保存剤、矯味剤、矯臭剤、着色料、糖類、甘味料、香料、各種ビタミン類、及び、ミネラル類等を挙げることができる。
【0036】
尚、本発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、遺伝子工学及び分子生物学的技術はSambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995などに記載の方法あるいはそこで引用された文献記載の方法又はそれらと実質的に同様な方法や改変法に基づき実施可能である。さらに、この発明における用語は基本的にはIUPAC-IUB Commission on Biochemical Nomenclatureによるものであり、あるいは当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものである。
【0037】
以下、実施例に則して本発明を更に詳しく説明する。尚、本発明の技術的範囲はこれらの記載によって何等制限されるものではない。又、本明細書中に引用される文献に記載された内容は、本明細書の一部として本明細書の開示内容を構成するものである。
【実施例1】
【0038】
細胞外分泌型シトクロムb遺伝子の取得
1)培養
パインデックス2%(松谷化学工業社製)(W/V)、トリプトン1%(BD社製)(W/V)、リン酸二水素カリウム0.5%(ナカライテスク社製)(W/V)、硫酸マグネシウム七水和物0.05%(W/V)(ナカライテスク社製)および水からなる液体培地150mLを、500mL容の坂口フラスコに入れ、シリコセンで栓をした後、121℃、20分間オートクレーブした。冷却したこの液体培地に対して、アスペルギルス・テレウスNIH2624株、及びアスペルギルス・オリゼ RIB40株をそれぞれ別々に接種し、30℃で62時間振とう培養したものを培養液とした。
2)Total RNA抽出
実施例1−1)に記載の方法によって培養したそれぞれの湿菌体2gを液体窒素によって凍結後、illustra RNAspin Mini Kit(GEヘルスケア社製)を用いて、0.1mgのTotal RNAを抽出した。
3)cDNAライブラリーの調製
抽出したそれぞれのTotal RNAから、逆転写酵素およびアダプター付きオリゴdTプライマーを用いた逆転写反応によりcDNAライブラリーを調製した。反応にはPrime Script RT-PCR Kit(TAKARA社製)を使用し、反応条件は説明書記載のプロトコールに準じて行った。
4) 細胞外電子伝達タンパク質の大腸菌へのサブクローニング
以下の表1に示した2組のプライマーを合成し、それぞれを実施例1−3)で調製したアスペルギルス・テレウスNIH2624株、及びアスペルギルス・オリゼ RIB40株のcDNAライブラリーに対して、PCR法により細胞外電子伝達タンパク質の構造遺伝子領域を増幅した。それぞれのカビからのTotal-RNA抽出およびcDNA合成は常法に従った。PCRプライマーとして、フォワード側に制限酵素BglIIで認識される配列(四角枠内)を付加したプライマー(AT Cytb Bgl2_F、AO Cytb Bgl2_F)をデザインし、リバース側にそれぞれXhoIとNcoIで認識される配列(四角枠内)を付加したプライマー(AT Cytb Xho1_R、AO Cytb Nco1_R)をデザインした。
【0039】
なお、下記プライマーはNCBI(National Center for Biotechnology Information)(ウェブサイトhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/)で公開されている遺伝子データベースより、XM_001216771(アスペルギルス・テレウス:mRNAの一部でタンパク質をコードしていると推定されている)及びXM_001820457(アスペルギルス・オリゼ:mRNAの一部でタンパク質をコードしていると推定されている)の配列を基に設計した。その理由は、SMART(ウェブサイトhttp://smart.embl-heidelberg.de/)を用いて上記XM_001216771のドメイン構造予測を行った結果、電子伝達能を有するタンパク質(シトクロム)であると推測されたためである。
【0040】
【表1】

【0041】
アスペルギルス・テレウスNIH2624株に対してはAT Cytb Bgl2_FとAT Cytb Xho1_Rの組み合わせ、アスペルギルス・オリゼRIB40株に対してはAO Cytb Bgl2_FとAO Cytb Nco1_Rの組み合わせでPCRを行い、それぞれの目的の遺伝子領域を増幅した。
なお、PCRは、市販のポリメラーゼpfu ultra(STRATAGENE社製)を使用し、反応条件は〔94℃/2分→(94℃/30秒→55℃/30秒→72℃/1分)×30サイクル〕とした。
【0042】
次いで、それぞれの増幅遺伝子断片を制限酵素で切断し、同制限酵素処理したカビでの発現用ベクターにライゲーションし、細胞外電子伝達タンパク質発現用ベクターを構築した。
なお、本ベクターは文献1(アスペルギルス属の異種遺伝子発現系、峰時俊貴、化学と生物、38、12、P831-838、2000)に記載してある、アスペルギルス・オリゼ由来のアミラーゼ系の改良プロモータを使用し、目的遺伝子が発現可能なベクターを調製した。
これらの発現用ベクターを大腸菌JM109株に導入して形質転換した。Illustra plasmidprep Mini Flow Kit(GEヘルスケア社製)を用いて、得られた形質転換体のうちそれぞれ3クローンずつよりプラスミドを抽出し、インサートの配列解析をおこなったところ、全てのプラスミドで目的の遺伝子が確認できた。
5)
【0043】
6) アスペルギルス・テレウスNIH2624株由来細胞外電子伝達タンパク質遺伝子の取得
しかしながら、取得したアスペルギルス・テレウスNIH2624株由来の遺伝子が公開配列(配列番号1)と比べて10塩基欠失していたため、欠失箇所を含む周辺275塩基を人工合成し、アスペルギルス・テレウスNIH2624株由来細胞外電子伝達タンパク質遺伝子の該当箇所に挿入した。作製した遺伝子断片は実施例1−4)記載の方法と同様にして、大腸菌にクローニングした後、遺伝子解析を行った結果、公開配列と同じ目的の遺伝子が取得できた。
なお、本発明により取得したアスペルギルス・テレウスNIH2624株、及びアスペルギルス・オリゼRIB40株由来の細胞外電子伝達タンパク質の遺伝子配列及びアミノ酸配列を配列番号1及び2、並びに、配列番号3及び4に夫々示す。
【実施例2】
【0044】
細胞外分泌型シトクロムbの発現・精製
1)カビの形質転換と目的タンパク質の発現確認
実施例1−4)及び5)で調製した発現用ベクターを用いて、公知文献1、3(清酒用麹菌の遺伝子操作技術、五味勝也、醸協、P494−502、2000)に記載の方法に準じて、細胞外電子伝達タンパク質を生産する組み換えカビをそれぞれ作製した。
なお、使用する宿主カビは公知文献2(BioSci. Biotech. Biochem., 61(8), 1367-1369, 1997)にあるように、1997年(平成9年)に醸造試験場で育種され、転写因子の解析、各種酵素の高生産株の育種などに利用され、分譲されているものが入手可能である。
Czapek-Dox固体培地で形質転換体を選択した後、実施例1−1)に記載の液体培地10mLを太試験管(22mm×200mm)に入れて、形質転換を植菌し、30℃で62時間振とう培養した。培養終了後、培養上清を遠心(3,000×g、20分)し、沈殿を取り除いたものを粗タンパク質サンプルとした。粗タンパク質を15.0%ポリアクリルアミドゲルを使用しLaemmLiらの方法に従い、SDS-PAGEによる分析を実施した。泳動後にCBB染色し、移動度を分子量マーカー(GEヘルスケア社製のLMW Marker)のそれと比較して目的タンパク質の発現を確認したところ、分子量約30kDaのところに目的タンパク質の発現が確認された。
【0045】
2)組み換えカビの種培養
パインデックス2%(松谷化学工業社製)(W/V)、トリプトン1%(BD社製)(W/V)、リン酸二水素カリウム0.5%(ナカライテスク社製)(W/V)、硫酸マグネシウム七水和物0.05%(W/V)(ナカライテスク社製)および水からなる液体培地150mLを、500mL容の坂口フラスコに入れ、シリコセンで栓をした後、121℃、20分間オートクレーブした。冷却したこの液体培地に実施例3で作製した組み換えカビをそれぞれ接種し、30℃で62時間振とう培養したものを種培養液とした。
3)本培養
パインデックス2%(松谷化学工業社製)(W/V)、トリプトン1%(BD社製)(W/V)、リン酸二水素カリウム0.5%(ナカライテスク社製)(W/V)、硫酸マグネシウム七水和物0.05%(W/V)(ナカライテスク社製)、消泡剤および水からなる液体培地3.5LをpH6.0に調製し、5L容のジャーファメンターに入れた。121℃、20分間オートクレーブした。冷却したこの液体培地に、上記1)で調製した培養液45mLをそれぞれ別々に接種し、30℃で62時間、通気撹拌の条件で培養した。培養液をろ過して得た培養上清を粗タンパク質溶液として使用した。
上記培養液からさらに、以下4)‐6)により細胞外分泌型シトクロムbと思われる細胞外電子伝達タンパク質をそれぞれ単離精製した。
4)濃縮・脱塩
粗タンパク質溶液を分画分子量10000の限外ろ過膜「ペリコン2モジュール」(ミリポア社製)で濃縮し、20mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に置換して、粗タンパク質濃縮液を調整した。
【0046】
5)Butyl-TOYOPEAL650M(東ソー社製)による精製
前記粗タンパク質液を、60% 飽和硫酸アンモニウム液(pH7.5)になるように調整後、遠心分離し得られた上清を、60% 硫酸アンモニウムを含む20mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.0)で平衡化したButyl-TOYOPEAL650Mカラムに通液して目的タンパク質を吸着させ、同緩衝液で洗浄したのち、60%‐30% の硫酸アンモニウム濃度でのグラジエント溶出法でタンパク質を溶出させた。目的画分については、350nm‐600nmのスペクトル解析を行い、シトクロムb562に特徴的な562nmにおける還元スペクトルが観察されたものについて回収した。
7)DEAE-セルロファインA-500(生化学工業社製)による精製
前記活性画分を限外濾過膜「ペリコン2モジュール」で濃縮し、脱塩後5mM トリス・塩酸緩衝液(pH8.0)と平衡化させ、前記緩衝液で平衡化したDEAE-セルロファインA-500に吸着させ、同緩衝液で洗浄したのち、同緩衝液と0.2MNaClを含む同緩衝液でグラジエント溶出法でタンパク質を溶出させて、目的画分を集めた。得られた精製タンパク質を、15.0%ポリアクリルアミドゲルを使用しLaemmLiらの方法に従い、SDS-PAGEによる分析を実施した。泳動後にCBB染色し、移動度を分子量マーカー(GEヘルスケア社製のLMW Marker)のそれと比較した結果、単一(分子量約30kDa)になっていることが確認できた。
【0047】
更に、アスペルギルス・テレウスNIH2624株及びアスペルギルス・オリゼRIB40株から精製されたタンパク質は、共に以下の物理化学的性質を有していることから、ヘムを含んだタンパク質の一種であると考えられ、ヘム特有のスペクトルのパターンから、シトクロムbと判断した。
(1)赤色を呈している。
(2)シトクロムb562に特徴的な吸収スペクトル(427、531、562nm)を有する。
(3)公知文献4(Simultaneous Determination of Hemes a,b,and c from Pyridine Hemochrome Spectra, Analytical Biochemistry 161,1-14(1987))に記載の手法で吸収スペクトルを測定した結果、ヘモクロームbの吸収スペクトルと同一の556nm近傍に特徴的な吸収極大が認められる。
【実施例3】
【0048】
プロテアーゼ分解した画分の取得
実施例2にて取得した、ヘムを含んだタンパク質を含む水溶液に市販のプロテアーゼ(アルカラーゼ(ノボザイムズ))を添加して、55℃、2時間作用させ、80℃、30分の熱処理によって、ヘム鉄を含む画分を沈殿物として回収した。この画分を0.05N−NaOHの弱アルカリ溶液で溶解することにより、可溶化した、蛋白質分解酵素による分解物であるヘム鉄を取得することができた。
【実施例4】
【0049】
食品への添加例
実施例3で取得したヘム鉄を含んだ分解物(ヘムタンパク質)の食品への添加例を以下に示す。
1)タブレット
含水結晶ブドウ糖 100g、炭酸カルシウム 5g、シュガーエステル 1g、香料 0.5gに、ヘムタンパク質 1gを混合した後、打錠機により加圧成型して、鉄強化タブレットを得た。
2)クッキー
薄力粉 200g、バター 120g、グラニュー糖 80g、卵黄 1 個に、ヘムタンパク質 0.5gを混合し、これをオーブンで180℃ 、10 分間焼き上げ、鉄強化クッキーを得た。
3)ふりかけ
いりごま 100g、味付けごま 100g、味付け削り節 100g、味付けのり 100 に、ヘムタンパク質10gをよく混合して、鉄強化ふりかけを得た。
4)飴
上白糖 100g、水飴 100gを少量の水に溶解し、減圧下130℃で煮詰めた。その後、ヘムタンパク質 1g、クエン酸 1gを添加した後、冷却して鉄強化飴を得た。
5)飲料
異性化糖20g、クエン酸0.5g、香料0.1g、ヘムタンパク質0.05gを混合し、水で総量100gにして、容器に充填。加熱殺菌後、冷却することで鉄強化飲料を得た。
【産業上の利用可能性】
【0050】
ヘム鉄は無機鉄に較べて、吸収性が高く、更に、金属臭又は金属味がなく食品などに添加しやすいものである。更に、本発明によって、動物由来ウイルスの混在等の危険性がなく安全性が極めて高い、糸状菌で生産したシトクロム由来のヘム鉄を鉄補給又は鉄強化用の製剤等の有効成分として使用することが可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シトクロム由来のヘム鉄を含む鉄補給又は鉄強化用製剤。
【請求項2】
シトクロムが細胞外分泌型シトクロムbである、請求項1に記載の製剤。
【請求項3】
細胞外分泌型シトクロムbが糸状菌に属する菌由来である、請求項1又は2に記載の製剤。
【請求項4】
糸状菌がアスペルギルス属の菌である、請求項3記載の製剤。
【請求項5】
アスペルギルス属の菌がアスペルギルス・テレウス、アスペルギルス・オリゼ、又はアスペルギルス・ニガーである、請求項4記載の製剤。
【請求項6】
シトクロムを構成するポリペプチドが以下の(a)、(b)又は(c)のポリペプチドから成る、請求項1記載の製剤:
(a) 配列番号2又は配列番号4で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチド;
(b) 配列番号2又は配列番号4のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、付加されたアミノ酸配列から成るポリペプチド;又は
(c) 配列番号2又は配列番号4のアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列から成るポリペプチド。
【請求項7】
シトクロムの蛋白質分解酵素による分解物である、請求項1ないし6のいずれか一項に記載の製剤。
【請求項8】
食品添加剤である、請求項1ないし7のいずれか一項に記載の製剤。
【請求項9】
請求項1ないし7のいずれか一項に記載の製剤を含む食品組成物。
【請求項10】
請求項1ないし7のいずれか一項に記載の鉄補給又は強化用製剤の製造方法であって、シトクロムを蛋白質分解酵素で処理して分解しヘム鉄を調製することを含む、該製造方法。

【公開番号】特開2010−280608(P2010−280608A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−135297(P2009−135297)
【出願日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【出願人】(000210067)池田食研株式会社 (35)
【Fターム(参考)】