説明

シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物

【課題】本発明の目的は、非イオン性SHCL表面への角膜細胞の接着を抑制することができ、またイオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を抑制できる、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物を提供することである。
【解決手段】(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と
、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫
酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを併用して、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物を調製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物に関する。より詳細には、非イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ表面への角膜細胞の接着を抑制することができ、またイオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズへの花粉タンパク質の蓄積を抑制できる、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用の眼科組成物に関する。また、本発明は、非イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ表面への角膜細胞の接着を抑制する方法、並びにイオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズへの花粉タンパク質の蓄積を抑制する方法に関する。更に、本発明は、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの摩擦を低減する方法、及びシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズへの細菌付着を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コンタクトレンズ(CL)の装用者が増えており、中でもソフトコンタクトレンズ(SCL)の装用者が増えている。一般的に、ソフトコンタクトレンズを装用した場合には、大気からの酸素供給量が低下し、その結果として角膜上皮細胞の分裂抑制や角膜肥厚につながる場合があることが指摘されている。そのため、より高い酸素透過性を有するソフトコンタクトレンズの開発が進められてきた。
【0003】
シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズは、そのような背景の下、高酸素透過性を有するソフトコンタクトレンズとして近年開発されてきたものである。シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズは、ハイドロゲルにシリコーンを配合させることにより、従来のハイドロゲルコンタクトレンズの数倍の酸素透過性を実現する。従って、ソフトコンタクトレンズの弱点である酸素供給不足を改善することができ、酸素不足に伴う角膜に対する悪影響を大幅に抑制できるものとして、大きく期待されている。
【0004】
また、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの表面には、通常のハイドロゲルコンタクトレンズの表面には見られない顕著な凹凸が存在することが近年報告されている(非特許文献1)。このような顕著な凹凸は、滑らかな表面を有するものに比べて生体由来物質や汚れ等を付着させ易いだけでなく、摩擦の増大を生じさせることも予想され、とりわけ過敏な眼組織では、装用中に異物感や乾燥感などの不快感を引き起こすことも十分に考えられる。
【0005】
一般に、ソフトコンタクトレンズ装用者の眼に対して適用される点眼剤については、ソフトコンタクトレンズの種類に応じて、安全性等の影響を十分に考慮して設計することが不可欠である。特に、ソフトコンタクトレンズは、素材によってイオン性の有無や含水率の高低等が種々異なるため、ソフトコンタクトレンズ装用者の眼に適用される点眼剤は、適用されるソフトコンタクトレンズの性質に応じて製剤設計を行うことが肝要である。
【0006】
また、花粉症は、花粉に含まれる花粉タンパク質が抗原となって粘膜等と接触することにより引き起こされるアレルギー症状である。近年、花粉症の患者が増加しており、大きな社会問題になりつつある。眼科分野でも、花粉症の予防や悪化抑制に有用な眼科組成物の開発が強く求められている。
【0007】
一方、ネオスチグミン、グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩は、ピント調節機能を回復させたり、新陳代謝や細胞呼吸を促進して目の疲れを解消させたり、抗炎症作用を発揮させたり、あるいは涙液成分を補給すること等を目的として、従来から眼科組成物に使用されている(特許文献1参照)。しかし、これらの成分がシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズに及ぼす影響については明らかにされていない。ましてや、これらの中の特定の成分の組み合わせが、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズに与える影響については、全く推認すらできないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−232822号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】針谷明美等、第51回日本コンタクトレンズ学会総会プログラム講演抄録集、110頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者等は、各種ソフトコンタクトレンズの角膜上皮細胞の接着性について種々の検討を行っていたところ、全く予想していなかったことに、非イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(以下、非イオン性SHCLと表記することもある)のレンズ表面は、角膜上皮細胞の接着性が著しく高いという全く新しい知見を得た。このような角膜上皮細胞の接着性が高いコンタクトレンズは、コンタクトレンズの装用時に角膜上でレンズに角膜細胞が接着して、レンズが動く度に、又はレンズを外す際等に、眼組織から該細胞を剥離させて、角膜表面の損傷やそれに伴う痛みを発生させる恐れがあり、ひいてはコンタクトレンズ使用者のQOL(Quality of Life)を著しく低下させることにもなる。更に、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(以下、SHCLと表記することもある)は、他のソフトコンタクトレンズに比して比較的長期に亘って連続装用される場合が多いことを考慮すると、長期間の連続装用によって生じる角膜上皮細胞の非イオン性SHCLへの接着は、重大な眼疾患又は眼粘膜症状を引き起こす一因にもなりかねない。そのため、非イオン性SHCLへの角膜上皮細胞の接着を抑制できる手段の開発が求められている。
【0011】
更に、本発明者等は、各種のソフトコンタクトレンズに対する花粉タンパク質の吸着特性について種々検討していたところ、イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(以下、イオン性SHCLと表記することもある)には花粉タンパク質が著しく吸着し易いという全く新しい知見を得た。一般に、タンパク質は、SHCLに対しては吸着し難いと考えられており、かかる知見は全く意外なものである。そして一般的に、コンタクトレンズ装用時には、眼が乾き易くなり、その結果、涙液による洗浄作用が低下して、花粉等の異物が眼に滞留し易くなるため、花粉症の発症リスクが高くなると考えられている。そのうえ、コンタクトレンズに花粉タンパク質が多量に吸着し蓄積していくとすれば、花粉症の発症リスクを著しく高めることになり、アレルギー症状を誘発する一因にもなりかねない。更に、コンタクトレンズに吸着した花粉タンパク質の除去が不十分になれば、コンタクトレンズの装用感が損なわれて不快感を誘発し、使用期間が短縮化されることにもなる。そのため、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を抑制できるような手段の開発が求められている。
【0012】
そこで、本発明の目的の1つは、非イオン性SHCL表面への角膜細胞の接着を抑制することができるSHCL用眼科組成物を提供することである。また、本発明の他の目的の1つは、イオン性SHCLからの花粉タンパク質の除去を促進し、再付着も防止することで、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を抑制できるSHCL用眼科組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、前記課題を解決するために鋭意検討した結果、(A)ネオスチグミン及び/又はその塩と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを併用することにより、角膜上皮細胞の非イオン性SHCLへの接着を著しく抑制できることを見出した。また、本発明者等は、上記(A)成分及び(B)成分の併用は、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積をも抑制できることを見出した。
【0014】
また、本発明者等は、更に鋭意検討した結果、驚くべきことに、上記(B)成分のうちのアスパラギン酸及び/又はその塩と共に、上記(A)成分とを組み合わせて用いることにより、アスパラギン酸及び/又はその塩の接触により引き起こされるSHCL表面の摩擦増大を効果的に抑制できることをも見出した。
【0015】
更に、本発明者等は検討を進めたところ、SHCLは従来のハイドロゲルレンズに比べて細菌(S.aureus)が付着し易い性質があることを確認した。そして、上記(A)成分及び(B)成分はそれぞれ単独では該細菌付着をやや助長する傾向も認められたものの、両者を組み合わせて用いた場合には両成分の作用が相俟って、SHCLへの細菌付着増大を抑制できることを見出した。
【0016】
本発明は、かかる知見に基づいて、更に改良を重ねることにより完成したものである。
【0017】
即ち、本発明は、下記に掲げるSHCL用眼科組成物を提供する。
項1-1.(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを含有する、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
項1-2.(A)成分として、メチル硫酸ネオスチグミンを含む、項1-1に記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
項1-3.(A)成分を総量で0.0001〜0.1w/v%含有する、項1-1又は1-2に記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
項1-4.(B)成分として、グリチルリチン酸二カリウム、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸カリウム、アスパラギン酸マグネシウム、アスパラギン酸マグネシウム・カリウム、及びコンドロイチン硫酸ナトリウムからなる群より選択される少なくとも1種を含む、項1-1〜1-3のいずれかに記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
項1-5.(B)成分を総量で0.001〜5w/v%含有する、項1-1〜1-4のいずれかに記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
項1-6. 更に、緩衝剤を含有する、項1-1〜1-5のいずれかに記載のシリコーンハイドロ
ゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
項1-7. 緩衝剤としてホウ酸緩衝剤を含む、項1-6に記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
項1-8. 緩衝剤を総量で0.01〜10w/v%含有する、項1-6又は1-7に記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
項1-9. 点眼剤である、項1-1〜1-8のいずれかに記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
項1-10. 非イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用である、項1-1〜1-9のいずれかに記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
項1-11. イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用である、項1-1〜1-9のいずれかに記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
【0018】
また、本発明は、下記に掲げる非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制方法を提供する。
項2.(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを含有するシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物を、非イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと接触させることを特徴とする、非イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズに対する角膜上皮細胞の接着抑制方法。
【0019】
また、本発明は、下記に掲げる、SHCL用眼科組成物に非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用を付与する方法を提供する。
項3.シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物に、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを配合することを特徴とする、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物に非イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用を付与する方法。
【0020】
また、本発明は、下記に掲げるイオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を抑制する方法を提供する。
項4.(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを含有するシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物を、イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと接触させることを特徴とする、イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズへの花粉タンパク質の蓄積を抑制する方法。
【0021】
また、本発明は、下記に掲げる、SHCL用眼科組成物にイオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積抑制作用を付与する方法を提供する。
項5.シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物に、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを配合することを特徴とする、イオン性シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズへの花粉タンパク質の蓄積を抑制する作用を該眼科組成物に付与する方法。
【0022】
また、本発明は、下記に掲げる、アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種により増大されるシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの摩擦を低減する方法を提供する。
項6. (A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種とを併用することを特徴とする、該(B)成分を接触させることにより増大されるシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの摩擦を低減させる方法。
項7. (B)アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を含む眼科組成物に、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を配合することを特徴とする、該(B)成分を接触させることにより増大されるシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの摩擦を低減する作用を、該眼科組成物に付与する方法。
【0023】
また、本発明は、下記に掲げるアスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種により増大されるシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの摩擦を低減するための剤を提供する。
項8. (A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と接触させることにより増大するシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの摩擦を低減するための剤。
【0024】
また、本発明は、下記に掲げるシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズへの細菌の付着増大を抑制する方法を提供する。
項9. (A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを併用することを特徴とする、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズへの細菌付着増大を抑制する方法。
【0025】
また、本発明は、下記に掲げるシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズへの細菌付着増大を抑制する作用を眼科組成物に付与する方法を提供する。
項10.眼科組成物において、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B) グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを配合することを特徴とする、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズへの細菌付着増大を抑制する作用を該眼科組成物に付与する方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明のSHCL用眼科組成物によれば、非イオン性SHCLに対して角膜上皮細胞が接着するのを効果的に抑制できるので、非イオン性SHCLの使用による角膜表面の損傷やそれに伴う痛みを改善することできる。また、ソフトコンタクトレンズ装用時には角膜は障害が起きても自覚し難いことが知られているため、非イオン性SHCLの長期間の連続装用を繰り返すと、重症になるまで放置してしまうことがある。これに対して、本発明のSHCL用眼科組成物によれば、このような悪影響についても改善でき、高い安全性をもって非イオン性SHCLを長期間連続装用することをも可能になる。
【0027】
また、本発明のSHCL用眼科組成物によれば、イオン性SHCLの装用中に花粉タンパク質とイオン性SHCLが接触しても、イオン性SHCLからの花粉タンパク質の除去を促進し、再付着も防止することで、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を抑制できる。従って、花粉症又は花粉症予備軍の使用者にとってアレルギー症状の発症リスクを低減させることができる。更に、本発明のSHCL用眼科組成物によれば、イオン性SHCLの装用中又は装用前後にイオン性SHCLを清潔に保持することもできる。
【0028】
更に、本発明者等は、SHCLは、著しく摩擦が大きいことを確認した。また、本発明者等は、アスパラギン酸及び/又はその塩の接触によりSHCL表面の摩擦が更に増大することを確認した。これら摩擦増大は、SHCL装用時に不快感(異物感や乾燥感など)や目の疲れなどを引き起こす原因となり得る。さらに、摩擦の大きなコンタクトレンズは、眼瞼の裏側の粘膜とコンタクトレンズ表面とが擦れ合う際に、又は眼球表面上でコンタクトレンズが動くたびに、角結膜に上皮障害を引き起こす惧れもある。これに対して、本発明によれば、アスパラギン酸及び/又はその塩を含んでいながらSHCL表面の摩擦増大を顕著に抑制することができるので、SHCL装用時の不快感や目の疲れ等を低減でき、また角結膜上皮障害を防止して、快適且つ安全にSHCLを使用することができる。
【0029】
また、SHCLは角膜に十分量の酸素を供給できるという大きなメリットがあるものの、結膜常在細菌が付着し易いという欠点も併せ持っている(M. D. P. Willcox et al., Bacterial interactions with contact lenses; effects of lens material, lens wear and microbial physiology、Biomaterials 22(2001),3235-3247)。また、結膜常在細菌の多くは非病原性であるが、過剰な付着や増殖がおこると、付着・増殖した細菌から分泌される菌体外物質によりSHCL表面にバイオフィルムが形成され、病原性微生物の温床となる危険性がある。更にSHCLは高い酸素透過性を有するが故に最長1ヶ月間連続装用される場合もあることから、装用中に細菌の付着を助長し易い傾向があるといえ、細菌感染症のリスク要因の一つであるとも指摘されている。これに対して、本発明によれば、上記(A)成分と(B)成分を組み合わせて用いることにより、両成分の作用が相俟って、SHCLへの細菌付着増大を効果的に抑制できるので、病原性微生物の増殖を抑制することができ、且つ長期間のSHCL装用でも細菌感染症のリスクを低減でき、SHCLを安全に使用することが可能になる。
【0030】
このように、本発明のSHCL用眼科組成物は、非イオン性及びイオン性SHCLの装用時に懸念される問題点を一挙に解決できるので、SHCLの使用において高い安全性と快適性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】参考試験例1において、各種ソフトコンタクトレンズの角膜上皮細胞の接着性を評価した結果を示す図である。
【図2】試験例1において、試験液(実施例1−4及び比較例1−5)の非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞接着抑制効果を評価した結果を示す図である。
【図3】参考試験例2において、各種ソフトコンタクトレンズへの花粉タンパク質の吸着性を評価した結果を示す図である。
【図4】試験例2において、各種試験液(実施例1及び比較例1−2)がイオン性SHCLに吸着した花粉タンパク質を除去する効果を評価した結果を示す図である。
【図5】試験例3において、各種試験液(実施例5及び比較例6−7)の、SHCL表面の摩擦に対する効果を評価した結果を示す図である。
【図6】試験例4において、各種試験液(実施例6−8及び比較例8−12)の、SCLへの細菌付着抑制効果を評価した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
1.SHCL用眼科組成物
本発明のSHCL用眼科組成物は、ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種(以下、(A)成分と表記することもある)を含有する。
【0033】
ネオスチグミンは、N-(-3-ジメチルカルバモイルオキシフェニル)-N,N,N-トリメチルアンモニウムとも称される化合物である。ネオスチグミン及びその塩は、目のピント調節機能改善剤として公知の化合物であり、公知の方法により合成してもよく市販品として入手することもできる。
【0034】
本発明で使用される上記(A)成分の内、ネオスチグミンの塩としては、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容されるものであれば、特に制限されないが、具体的には、メチル硫酸塩(メチル硫酸ネオスチグミン)、臭化物塩(臭化ネオスチグミン)等が例示される。これらの塩の中でも、好ましくはメチル硫酸塩が挙げられる。これらのネオスチグミンの塩は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。
【0035】
本発明のSHCL用眼科組成物には、(A)成分として、ネオスチグミン及びその塩の中から、1種のものを選択して単独で使用してもよく、2種以上のものを任意に組み合わせて使用してもよい。本発明に使用される(A)成分として、好ましくはネオスチグミンの塩、更に好ましくはメチル硫酸ネオスチグミンが挙げられる。
【0036】
本発明のSHCL用眼科組成物において、(A)成分の配合割合については、(A)成分の種類、該SHCL用眼科組成物の製剤形態等に応じて適宜設定されるが、一例として、SHCL用眼科組成物の総量に対して、(A)成分が総量で0.0001〜0.1w/v%、好ましくは0.0005〜0.05w/v%、更に好ましくは0.001〜0.01w/v%が例示される。
【0037】
本発明のSHCL用眼科組成物は、上記(A)成分に加えて、グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種(以下、(B)成分と表記することもある)を含有する。このように(A)及び(B)成分を併用することによって、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着を有効に抑制させることが可能になり、またイオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を有効に抑制させることが可能になり、更にはSHCLへの細菌付着増大を抑制することができる。また、 (B)成分のうちのアスパラギン酸及び/又はその塩を単独で用いた場合には、SHCLの摩擦が増大されてしまうものの、このような(B)アスパラギン酸及び/又はその塩と(A)成分とを併用することによって、かかる摩擦増大も効果的に低減することができる。
【0038】
(B)成分の内、グリチルリチン酸は、20β-カルボキシ-11-オキソ-30-ノルオレアナ-12-エン-3β-イル-2-O-β-D-グルコピラヌロノシル-α-D-グルコピラノシドウロン酸とも称される公知化合物である。グリチルリチン酸及びその塩は、抗炎症剤又は抗アレルギー剤として公知の化合物であり、公知の方法により合成してもよく市販品として入手することもできる。
【0039】
また、グリチルリチン酸の塩としては、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容されることを限度として、特に制限されるものではない。このような塩として、具体的には、有機塩基との塩(例えば、メチルアミン、トリエチルアミン、トリエタノールアミン、モルホリン、ピペラジン、ピロリジン、トリピリジン、ピコリン等の有機アミンとの塩等)、無機塩基との塩[例えば、アンモニウム塩;アルカリ金属(ナトリウム、カリウム等)、アルカリ土類金属(カルシウム、マグネシウム等)、アルミニウム等の金属との塩等]等が挙げられる。これらの塩の中でも、好ましくは無機塩基との塩、更に好ましくは、ナトリウムやカリウム等のアルカリ金属との塩;アンモニウム塩等が挙げられる。より具体的には、グリチルリチン酸二ナトリウム、グリチルリチン酸三ナトリウム、グリチルリチン酸二カリウム、グリチルリチン酸三カリウム等のアルカリ金属との塩;グリチルリチン酸モノアンモニウム等のアンモニウム塩等が例示される。これらの中でも、好ましくはグリチルリチン酸のアルカリ金属塩、更に好ましくはグリチルリチン酸二カリウムが挙げられる。これらのグリチルリチン酸の塩は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。
【0040】
なお、本発明において、(B)成分として、グリチルリチン酸及び/又はその塩を使用する場合、グリチルリチン酸及び/又はその塩を含有する生薬(例えば、カンゾウ)を使用することもできる。
【0041】
グリチルリチン酸及びその塩の中でも、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用を一層高める、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積抑制作用を一層高めるという観点、或いはSHCLへの細菌付着増大を抑制する作用を一層有効に獲得するという観点から、好ましくはグリチルリチン酸の塩、更に好ましくはグリチルリチン酸のアルカリ金属塩、特に好ましくはグリチルリチン酸二カリウムが挙げられる。
【0042】
また、(B)成分の内、アミノエチルスルホン酸は、タウリンとも称される公知の化合物である。
【0043】
アミノエチルスルホン酸の塩としては、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容されるものであれば、特に制限されない。アミノエチルスルホン酸の塩として、具体的には、有機塩基との塩(例えば、メチルアミン、トリエチルアミン、トリエタノールアミン、モルホリン、ピペラジン、ピロリジン、トリピリジン、ピコリン等の有機アミンとの塩等)、無機塩基との塩[例えば、アンモニウム塩;アルカリ金属(ナトリウム、カリウム等)、アルカリ土類金属(カルシウム、マグネシウム等)、アルミニウム等の金属との塩等]等が挙げられる。これらのアミノエチルスルホン酸の塩は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。
【0044】
アミノエチルスルホン酸及びその塩の中でも、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用を一層高める観点、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積抑制作用を一層高めるという観点、或いはSHCLへの細菌付着増大を抑制する作用を一層有効に獲得するという観点から、好ましくはアミノエチルスルホン酸が挙げられる。
【0045】
また、(B)成分の内、アスパラギン酸は、2-アミノブタン二酸とも称される酸性アミノ酸として公知の化合物である。アスパラギン酸は、L体、D体、DL体のいずれであってもよいが、好ましくはL体である。
【0046】
アスパラギン酸の塩としては、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容されるものであれば、特に制限されない。アスパラギン酸の塩としては、具体的には、上記アミノエチルスルホン酸がとり得る塩と同形態のものが例示される。これらの塩の中でも、好ましくは、アスパラギン酸の無機塩基との塩、より好ましくはアルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩、更に好ましくはアスパラギン酸カリウム、アスパラギン酸マグネシウム、及びアスパラギン酸マグネシウム・カリウム、特に好ましくはアスパラギン酸カリウムである。これらのアスパラギン酸の塩は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。
【0047】
アスパラギン酸及びその塩の中でも、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用を一層高める観点、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積抑制作用を一層高めるという観点、SHCLへの細菌付着増大を抑制する作用を一層有効に獲得するという観点、或いは上記(A)成分による摩擦増大抑制効果をより一層有効に獲得できるという観点から、好ましくはアスパラギン酸の無機塩基との塩、より好ましくはアスパラギン酸のアルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩、更に好ましくはアスパラギン酸カリウム、アスパラギン酸マグネシウム、及びアスパラギン酸マグネシウム・カリウム、特に好ましくはアスパラギン酸カリウムが挙げられる。
【0048】
また、(B)成分の内、コンドロイチン硫酸は、D-グルクロン酸とN-アセチル-D-ガラクトサミンの2つ糖が反復する糖鎖に硫酸が結合した構造を持つグリコサミノグリカンの1種である。コンドロイチン硫酸及びその塩は、角膜保護作用等が知られている公知の化合物であり、公知の方法により製造してもよく市販品として入手することもできる。
【0049】
本発明に使用されるコンドロイチン硫酸としては、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容される限り、その由来については、特に制限されず、例えば、哺乳動物や魚類の軟骨(サケ軟骨等)などに由来するものなどが使用され得る。また分子量についても、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容される限り特に制限されず、例えば、粘度平均分子量が0.01万〜10万、好ましくは0.05万〜7万、更に好ましくは0.1万〜5万程度のものが使用され得る。ここで粘度平均分子量は、第十五改正日本薬局方の一般試験法 粘度測定法 第1法:毛細管粘度計法に準じて極限粘度ηを求め(
測定条件:溶解液0.2mol/L NaCl、温度25.0±0℃、ウベローデ粘度計)、得られた極限粘度ηを用いて下式Iより算出される。
式I:[η]=5.8×10−40.74(ここで、Mは粘度平均分子量である。)
また、コンドロイチン硫酸の塩としては、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容されることを限度として、特に制限されるものではない。コンドロイチン硫酸の塩としては、具体的には、上記アミノエチルスルホン酸がとり得る塩と同形態のものが例示される。これらの塩の中でも、好ましくは、コンドロイチン硫酸の無機塩基との塩、より好ましくはアルカリ金属塩、更に好ましくはナトリウム塩(コンドロイチン硫酸ナトリウム)が挙げられる。これらのコンドロイチン硫酸の塩は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。
【0050】
コンドロイチン硫酸及びその塩の中でも、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用を一層高める観点、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積抑制作用を一層高めるという観点、或いはSHCLへの細菌付着増大を抑制する作用を一層有効に獲得するという観点から、好ましくはコンドロイチン硫酸の塩、より好ましくはコンドロイチン硫酸の無機塩基との塩、更に好ましくはコンドロイチン硫酸のアルカリ金属塩、特に好ましくはコンドロイチン硫酸ナトリウムが挙げられる。
【0051】
本発明のSHCL用眼科組成物において、(B)成分は、グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩の中から1種のものを単独で使用してもよく、また2種以上のものを任意に組み合わせて使用してもよい。本発明で使用される(B)成分の好適な一例として、グリチルリチン酸二カリウム、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸カリウム、アスパラギン酸マグネシウム、アスパラギン酸マグネシウム・カリウム及びコンドロイチン硫酸ナトリウムが挙げられる。
【0052】
本発明で使用される(B)成分の中でも、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用を一層高めるという観点から、好ましくは、グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩;好ましくは、グリチルリチン酸及びその塩;特に好ましくは、グリチルリチン酸二カリウムが例示される。また、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積抑制作用を一層高めるという観点から、好ましくはグリチルリチン酸及びその塩;更に好ましくは、グリチルリチン酸二カリウムが例示される。更に、SHCLへの細菌付着増大を一層抑制するという観点から、好ましくはアミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩;更に好ましくはアミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸カリウム、コンドロイチン硫酸ナトリウムが例示される。
【0053】
本発明のSHCL用眼科組成物において、(B)成分の配合割合は、(B)成分の種類、併用する(A)成分の種類等に応じて適宜設定されるが、一例として、SHCL用眼科組成物の総量に対して、(B)成分が総量で0.001〜5w/v%、好ましくは0.05〜1.5w/v%が例示される。より具体的には、SHCL用眼科組成物の総量に対する各(B)成分の配合割合として、以下の範囲が例示される。
(B)成分がグリチルリチン酸及び/又はその塩の場合:これらが総量で、通常0.005〜1.25w/v%、好ましくは0.01〜0.5w/v%、更に好ましくは0.05〜0.3w/v%;
(B)成分がアミノエチルスルホン酸及び/又はその塩の場合:これらが総量で、通常0.001〜5w/v%、好ましくは0.01〜2w/v%、更に好ましくは0.1〜1.5w/v%;
(B)成分がアスパラギン酸及び/又はその塩の場合:これらが総量で、通常0.001〜5w/v%、好ましくは0.01〜2w/v%、更に好ましくは0.1〜1.5w/v%;
(B)成分がコンドロイチン硫酸及び/又はその塩の場合:これらが総量で、通常0.001〜5w/v%、好ましくは0.01〜2w/v%、更に好ましくは0.1〜1w/v%。
【0054】
上記(B)成分の配合割合は、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用を一層高める観点、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積抑制作用を一層高めるという観点、或いはSHCLへの細菌付着増大を一層抑制するという観点から好適である。
【0055】
また、本発明のSHCL用眼科組成物において、(A)成分に対する(B)成分の比率については、特に制限されるものではないが、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用を一層高める観点、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積抑制作用を一層高めるという観点、或いはSHCLへの細菌付着増大を一層抑制するという観点から、(A)成分の総量100重量部当たり、上記(B)成分の総量が20〜500000重量部、好ましくは1000〜100000重量部となる範囲が例示される。より具体的には、(A)成分の総量100重量部当たりの各(B)成分の比率として、以下の範囲が例示される:
(B)成分がグリチルリチン酸及び/又はその塩の場合:これらが総量で、通常100〜125000重量部、好ましくは200〜50000重量部、更に好ましくは1000〜25000重量部;
(B)成分がアミノエチルスルホン酸及び/又はその塩の場合:これらが総量で、通常20〜500000重量部、好ましくは200〜100000重量部、更に好ましくは2000〜100000重量部;
(B)成分がアスパラギン酸及び/又はその塩の場合:これらが総量で、通常20〜500000重量部、好ましくは200〜100000重量部、更に好ましくは2000〜100000重量部;
(B)成分がコンドロイチン硫酸及び/又はその塩の場合:これらが総量で、通常20〜500000重量部、好ましくは200〜100000重量部、更に好ましくは2000〜50000重量部。
【0056】
本発明のSHCL用眼科組成物は、更に緩衝剤を含有していてもよい。本発明のSHCL用眼科組成物に配合できる緩衝剤としては、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容されるものであれば、特に制限されない。かかる緩衝剤の一例として、ホウ酸緩衝剤、リン酸緩衝剤、炭酸緩衝剤、クエン酸緩衝剤、酢酸緩衝剤、トリス緩衝剤、イプシロン−アミノカプロン酸、アスパラギン酸、アスパラギン酸塩等が挙げられる。これらの緩衝剤は組み合わせて使用しても良い。好ましい緩衝剤は、ホウ酸緩衝剤、リン酸緩衝剤、炭酸緩衝剤、及びクエン酸緩衝剤であり、より好ましい緩衝剤は、ホウ酸緩衝剤、及びリン酸緩衝剤であり、特に好ましい緩衝剤はホウ酸緩衝剤である。ホウ酸緩衝剤としては、ホウ酸、又はホウ酸アルカリ金属塩、ホウ酸アルカリ土類金属塩等のホウ酸塩が挙げられる。リン酸緩衝剤としては、リン酸、又はリン酸アルカリ金属塩、リン酸アルカリ土類金属塩等のリン酸塩が挙げられる。炭酸緩衝剤としては、炭酸、又は炭酸アルカリ金属塩、炭酸アルカリ土類金属塩等の炭酸塩が挙げられる。クエン酸緩衝剤としては、クエン酸、又はクエン酸アルカリ金属塩、クエン酸アルカリ土類金属塩等が挙げられる。また、ホウ酸緩衝剤又はリン酸緩衝剤として、ホウ酸塩又はリン酸塩の水和物を用いてもよい。より具体的な例として、ホウ酸緩衝剤として、ホウ酸又はその塩(ホウ酸ナトリウム、テトラホウ酸カリウム、メタホウ酸カリウム、ホウ酸アンモニウム、ホウ砂等);リン酸緩衝剤として、リン酸又はその塩(リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸三ナトリウム、リン酸二カリウム、リン酸一水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム等);炭酸緩衝剤として、炭酸又はその塩(炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸カリウム、炭酸カルシウム、炭酸水素カリウム、炭酸マグネシウム等);クエン酸緩衝剤として、クエン酸又はその塩(クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、クエン酸カルシウム、クエン酸二水素ナトリウム、クエン酸二ナトリウム等);酢酸緩衝剤として、酢酸又はその塩(酢酸アンモニウム、酢酸カリウム、酢酸カルシウム、酢酸ナトリウム等);トリス緩衝剤として、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン又はその塩(塩酸塩、酢酸塩、スルホン酸塩等);アスパラギン酸又はその塩(アスパラギン酸ナトリウム、アスパラギン酸マグネシウム、アスパラギン酸カリウム等)等が例示できる。これらの緩衝剤の中でも、ホウ酸緩衝剤は、より確実に本発明の効果を奏させることが期待されるため、本発明のSHCL用眼科組成物に好適に使用される。これらの緩衝剤は1種単独で使用してもよく、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。
【0057】
本発明のSHCL用眼科組成物に緩衝剤を配合する場合、該緩衝剤の配合割合については、使用する緩衝剤の種類、他の配合成分の種類や量、該眼科組成物の製剤形態等に応じて異なり、一律に規定することはできないが、例えば、該SHCL用眼科組成物の総量に対して、該緩衝剤が総量で0.01〜10w/v%、好ましくは0.1〜5w/v%、更に好ましくは0.5〜2w/v%となる割合が例示される。
【0058】
本発明のSHCL用眼科組成物は、更に界面活性剤を含有していてもよい。本発明のSHCL用眼科組成物に配合可能な界面活性剤としては、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容されることを限度として特に制限されず、非イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤のいずれであってもよい。
【0059】
本発明のSHCL用眼科組成物に配合可能な非イオン性界面活性剤としては、具体的には、モノラウリン酸POE(20)ソルビタン(ポリソルベート20)、モノパルミチン酸POE(20)ソルビタン(ポリソルベート40)、モノステアリン酸POE(20)ソルビタン(ポリソルベート60)、トリステアリン酸POE(20)ソルビタン(ポリソルベート65)、モノオレイン酸POE(20)ソルビタン(ポリソルベート80)等のPOEソルビタン脂肪酸エステル類;ポロクサマー407、ポロクサマー235、ポロクサマー188、ポロクサマー403、ポロクサマー237、ポロクサマー124等のPOE・POPブロックコポリマー類;POE(60)硬化ヒマシ油(ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60)等のPOE硬化ヒマシ油類;POE(9)ラウリルエーテル等のPOEアルキルエーテル類;POE(20)POP(4)セチルエーテル等のPOE-POPアルキルエーテル類;POE(10)ノニルフェニルエーテル等のPOEアルキルフェニルエーテル類等が挙げられる。なお、上記で例示する化合物において、POEはポリオキシエチレン、POPはポリオキシプロピレン、及び括弧内の数字は付加モル数を示す。また、本発明のSHCL用眼科組成物に配合可能な両性界面活性剤としては、具体的には、アルキルジアミノエチルグリシン等が例示される。また、本発明のSHCL用眼科組成物に配合可能な陽イオン性界面活性剤としては、具体的には、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム等が例示される。また、本発明のSHCL用眼科組成物に配合可能な陰イオン性界面活性剤としては、具体的には、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキル硫酸塩、脂肪族α−スルホメチルエステル、αオレフィンスルホン酸等が例示される。
【0060】
本発明のSHCL用眼科組成物において、上記界面活性剤は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0061】
上記の界面活性剤の中でも、好ましくは非イオン性界面活性剤;より好ましくはPOEソルビタン脂肪酸エステル類、POE硬化ヒマシ油類、又はPOE・POPブロックコポリマー類が用いられる。
【0062】
本発明のSHCL用眼科組成物に界面活性剤を配合する場合、該界面活性剤の配合割合については、該界面活性剤の種類、他の配合成分の種類や量、該SHCL用眼科組成物の製剤形態等に応じて適宜設定できる。界面活性剤の配合割合の一例として、SHCL用眼科組成物の総量に対して、該界面活性剤が総量で、0.001〜1.0w/v%、好ましくは0.005〜0.7w/v%、更に好ましくは0.01〜0.5w/v%が例示される。
【0063】
本発明のSHCL用眼科組成物は、更に等張化剤を含有していてもよい。本発明のSHCL用眼科組成物に配合できる等張化剤としては、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容されるものであれば、特に制限されない。かかる等張化剤の具体例として、例えば、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、酢酸カリウム、酢酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、グリセリン、プロピレングリコール等が挙げられる。これらの等張化剤の中でも、より確実に本発明の効果を奏させるという観点から、好ましくは、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、グリセリン、及びプロピレングリコールが挙げられる。これらの等張化剤は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。
【0064】
本発明のSHCL用眼科組成物に等張化剤を配合する場合、該等張化剤の配合割合については、使用する等張化剤の種類等に応じて異なり、一律に規定することはできないが、例えば、該等張化剤が総量で0.01〜10w/v%、好ましくは0.05〜5w/v%、更に好ましくは0.1〜3w/v%となる割合が例示される。
【0065】
本発明のSHCL用眼科組成物のpHについては、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容される範囲内であれば特に限定されるものではない。本発明のSHCL用眼科組成物のpHの一例として、4.0〜9.5、好ましくは5.0〜9.0、更に好ましくは5.5〜8.5となる範囲が挙げられる。
【0066】
また、本発明のSHCL用眼科組成物の浸透圧については、生体に許容される範囲内であれば、特に制限されない。本発明のSHCL用眼科組成物の浸透圧比の一例として、好ましくは0.5〜5.0、更に好ましくは0.6〜3.0、特に好ましくは0.7〜2.0となる範囲が挙げられる。浸透圧の調整は無機塩、多価アルコール、糖アルコール、糖類等を用いて、当該技術分野で既知の方法で行うことができる。浸透圧比は、第十五改正日本薬局方に基づき286mOsm(0.9w/v%塩化ナトリウム水溶液の浸透圧)に対する試料の浸透圧の比とし、浸透圧は日本薬局方記載の浸透圧測定法(氷点降下法)を参考にして測定する。なお、浸透圧比測定用標準液(0.9w/v%塩化ナトリウム水溶液)は、塩化ナトリウム(日本薬局方標準試薬)を500〜650℃で40〜50分間乾燥した後、デシケーター(シリカゲル)中で放冷し、その0.900gを正確に量り、精製水に溶かし正確に100mLとして調製するか、市販の浸透圧比測定用標準液(0.9w/v%塩化ナトリウム水溶液)を用いる。
【0067】
本発明のSHCL用眼科組成物は、本発明の効果を妨げない限り、上記成分の他に、種々の薬理活性成分や生理活性成分を組み合わせて適当量含有してもよい。かかる成分は特に制限されず、例えば、一般用医薬品製造(輸入)承認基準2000年版(薬事審査研究会監修)に記載された眼科用薬における有効成分が例示できる。具体的には、眼科用薬において用いられる成分としては、次のような成分が挙げられる。
抗ヒスタミン剤:例えば、イプロヘプチン、塩酸ジフェンヒドラミン、マレイン酸クロルフェニラミン、フマル酸ケトチフェン、ペミロラストカリウム等。
充血除去剤:例えば、塩酸テトラヒドロゾリン、塩酸ナファゾリン、硫酸ナファゾリン、塩酸エピネフリン、塩酸エフェドリン、塩酸メチルエフェドリン等。
殺菌剤:例えば、セチルピリジニウム、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩酸クロルヘキシジン、グルコン酸クロルヘキシジン、塩酸ポリヘキサメチレンビグアニド等。
ビタミン類:例えば、フラビンアデニンジヌクレオチドナトリウム、シアノコバラミン、酢酸レチノール、パルミチン酸レチノール、塩酸ピリドキシン、パンテノール、パントテン酸カルシウム等。
消炎剤:例えば、プラノプロフェン、アラントイン、アズレン、アズレンスルホン酸ナトリウム、グアイアズレン、ε−アミノカプロン酸、塩化ベルベリン、硫酸ベルベリン、塩化リゾチーム、甘草等。
収斂剤:例えば、亜鉛華、乳酸亜鉛、硫酸亜鉛等。
その他:例えば、クロモグリク酸ナトリウム、スルファメトキサゾール、スルファメトキサゾールナトリウム等。
【0068】
また、本発明のSHCL用眼科組成物には、発明の効果を損なわない範囲であれば、その用途や形態に応じて、常法に従い、様々な添加物を適宜選択し、1種又はそれ以上を併用して適当量含有させてもよい。それらの添加物として、例えば、医薬品添加物事典2007(日本医薬品添加剤協会編集)に記載された各種添加物が例示できる。代表的な成分として次の添加物が挙げられる。
担体:例えば、水、含水エタノール等の水性担体。
増粘剤:例えば、カルボキシビニルポリマー、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、メチルセルロース、アルギン酸、ポリビニルアルコール(完全、又は部分ケン化物)、ポリビニルピロリドン、マクロゴール等。
糖類:例えば、シクロデキストリン等。
糖アルコール類:例えば、キシリトール、ソルビトール、マンニトールなど。これらはd体、l体又はdl体のいずれでもよい。
防腐剤、殺菌剤又は抗菌剤:例えば、塩酸アルキルジアミノエチルグリシン、安息香酸ナトリウム、エタノール、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、グルコン酸クロルヘキシジン、クロロブタノール、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル、硫酸オキシキノリン、フェネチルアルコール、ベンジルアルコール、ビグアニド化合物(具体的には、ポリヘキサメチレンビグアニド等)、グローキル(ローディア社製 商品名)等。
pH調節剤:例えば、塩酸、ホウ酸、イプシロン−アミノカプロン酸、クエン酸、酢酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、ホウ砂、トリエタノールアミン、モノエタノールアミン、ジイソプロパノールアミン、硫酸、リン酸、ポリリン酸、プロピオン酸、シュウ酸、グルコン酸、フマル酸、乳酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、グルコノラクトン、酢酸アンモニウム等。
安定化剤:例えば、ジブチルヒドロキシトルエン、トロメタモール、ナトリウムホルムアルデヒドスルホキシレート(ロンガリット)、トコフェロール、ピロ亜硫酸ナトリウム、モノエタノールアミン、モノステアリン酸アルミニウム、モノステアリン酸グリセリン等。
キレート剤:例えば、エチレンジアミン二酢酸(EDDA)、エチレンジアミン三酢酸、エチレンジアミン四酢酸(エデト酸、EDTA)、N-(2-ヒドロキシエチル)エチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)等。
香料又は清涼化剤:例えば、メントール、アネトール、オイゲノール、カンフル、ゲラニオール、シネオール、ボルネオール、リモネン、リュウノウ等。これらは、d体、l体又はdl体のいずれでもよく、また精油(ハッカ油、クールミント油、スペアミント油、ペパーミント油、ウイキョウ油、ケイヒ油、ベルガモット油、ユーカリ油、ローズ油等)として配合してもよい。
【0069】
本発明のSHCL用眼科組成物は、所望量の上記(A)及び(B)成分、及び必要に応じて他の配合成分を所望の濃度となるように添加することにより調製される。
【0070】
本発明のSHCL用眼科組成物は、その剤型については、眼科分野で使用可能である限り特に制限されないが、例えば、液状、軟膏状等が挙げられる。これらの中でも、液状が好ましい。また液状の中でも水性液状が好ましい。本発明のSHCL用眼科組成物を水性液状にする場合、医薬上、薬理学的に(製薬上)又は生理学的に許容される水を水性担体として使用すればよく、このような水として、具体的には、蒸留水、常水、精製水、滅菌精製水、注射用水、注射用蒸留水等が例示される。これらの定義は第一五改正日本薬局方に基づく。ここで、水性液状とは、水を含有する液状の形態を意味し、通常は、SHCL用眼科組成物中に水を1重量%以上、好ましくは5重量%以上、より好ましくは20重量%以上、更に好ましくは50重量%以上を含有するものを意味する。
【0071】
本発明のSHCL用眼科組成物は、眼科分野で用いられるものであってSHCLに接触するように使用されるものであれば、その製剤形態については制限されない。例えば、SHCL用点眼剤(SHCLを装着したまま使用可能な点眼剤)、SHCL用洗眼剤(SHCLを装着したまま使用可能な洗眼剤)、SHCL装着液、SHCLケア用液剤(SHCL消毒液、SHCL保存液、SHCL洗浄液、及びSHCL洗浄保存液等)等を挙げることができる。
【0072】
これらの中でも、SHCL用点眼剤又はSHCL装着液、特にSHCL用点眼剤は、眼球表面にSHCLが接触している際に又は接触する直前(例えば、接触させることとなる装着行為前の10分以内)に使用されるものであり、SHCLへの角膜上皮細胞の接着抑制作用が強く求められる製剤形態である。また、SHCL用点眼剤は、SHCL装用中に手軽に使用できるので、SHCL装用中に花粉タンパク質が蓄積するのを効果的に抑制できるため、SHCL装用中の不快感を防止して快適にSHCLを装用することを可能にするという点で好適である。また点眼剤は、他の眼科組成物に比べて一般に1日当たりの使用頻度が高いため、本発明の効果をより一層有効に奏させ得る。これらの観点を総合的に鑑みれば、本発明のSHCL用眼科組成物の好適な一例として、SHCL用点眼剤が挙げられる。
【0073】
また、本発明のSHCL用眼科組成物の使用方法としては、該SHCL用眼科組成物をSHCLに接触させることとなる工程を有する公知の方法であれば、特に限定はない。例えば、SHCL用点眼剤の場合、SHCLの装着前又は装用中に、該点眼剤の適量を点眼すればよい。また、SHCL用洗眼剤の場合も、SHCLの装着前又は装用中、該洗眼剤の適量を洗眼に使用すればよい。なお、本発明のSHCL用眼科組成物がSHCL用点眼剤又はSHCL用洗眼剤である場合、SHCLを装用している時はもちろん、装用していない時でも点眼や洗眼の目的で使用することができる。また、SHCL装着液の場合、SHCLの装着時にSHCLと該装着液の適量を接触させることより使用される。更に、SHCLケア用液剤の場合であれば、適量の該ケア用液剤中にSHCLを浸漬したり、該ケア用液剤にSHCLを接触させて擦り洗いすること等によって使用される。
【0074】
本発明のSHCL用眼科組成物において、適用対象となるSHCLの種類については特に制限されず、イオン性又は非イオン性の別を問わず、現在市販されている、或いは将来市販される全てのSHCLを適用対象にできる。本発明のSHCL用眼科組成物によれば、非イオン性SHCLを適用対象とする場合には、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着を抑制することができ、また、イオン性SHCLを適用対象とする場合には、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を抑制することができる。なお、ここでイオン性とは、米国FDA(米国食品医薬品局)基準に則り、コンタクトレンズ素材中のイオン性成分含有率が1mol%以上であることをいい、非イオン性とは、米国FDA基準に則り、コンタクトレンズ素材中のイオン性成分含有率が1mol%未満であることをいう。
【0075】
また、本発明のSHCL用眼科組成物において、適用対象となるSHCLの含水率についても特に制限されず、例えば、90%以下、好ましくは60%以下、更に好ましくは50%以下が挙げられる。なお、SHCLはハイドロゲル素材を含むものであるため、少なくとも0%より多い水分を含む。とりわけ、含水率が35%以下の非イオン性SHCLは特に角膜上皮細胞に対する接着性が強い傾向がある。本発明のSHCL用眼科組成物によれば、このように角膜上皮細胞に対する接着性が強い非イオン性SHCLに対しても、角膜上皮細胞の接着抑制効果を有効に奏することができる。かかる本発明の効果に鑑みれば、本発明のSHCL用眼科組成物の好適な適用対象として、含水率が35%以下の非イオン性SHCLが挙げられる。
【0076】
ここでSHCLの含水率とは、SHCL中の水の割合を示し、具体的には以下の計算式により求められる。
【0077】
含水率(%)=(含水した水の重量/含水状態のSHCLの重量)×100
かかる含水率はISO18369-4:2006の記載に従って、重量測定方法により測定され得る。
【0078】
また、一般に材質が柔らかい非シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズに比べ、材質が硬いSHCLは、異物の吸着によるレンズの変形や濡れ性低下により、使用感の悪化を感じさせ易く、眼粘膜障害を引き起こし易い傾向にある。本発明のSHCL用眼科組成物によれば、このように使用感悪化や眼粘膜障害を引き起こし易い硬い材質のイオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を有効に抑制することができ、それによりレンズの変形や変質を防いで、使用感の悪化や眼粘膜障害を効果的に防止することもできる。かかる本発明の効果に鑑みれば、本発明のSHCL用眼科組成物の好適な適用対象として、硬度が比較的高いイオン性SHCLが挙げられる。好ましくは、適用対象となるイオン性SHCLの硬度は、下記のテクスチャーアナライザーによる測定方法により測定した場合の硬度が、3g以上、好ましくは4g以上、より好ましくは6g以上、更に好ましくは8g以上である。また、適用対象となるSHCLの硬度の上限値については、特に制限されないが、好ましくは15g以下、更に好ましくは12g以下である。
【0079】
コンタクトレンズの硬度は、テクスチャーアナライザー(製品名:TA.XT.plus TEXTUREANALYSER(Stable Micro Systems Limited製))を用いて、具体的に以下のようにして
測定され得る。
【0080】
まず、測定対象となるコンタクトレンズをパッケージから取り出し、余分な水分をふき取って、生理食塩水(0.9%塩化ナトリウム溶液)で濯いだ後、生理食塩水を満たしたプラスチックシャーレの底に凸面が上方になるように配置する。次いで、測定器のプローブの真下に該コンタクトレンズが来るように調節し、以下の測定条件下で測定を行う。
【0081】
[測定条件]
測定器の設定:
テストモード 圧縮測定
プローブタイプ φ10mmシリンダープローブ
Target Mode Distance
Distance 2.5mm
Triger Type Auto
Triger Force 0.1g
Test Speed 1.0mm/sec
プローブがレンズ頂点を押し下げ始めてから2.5mm(2.5秒)レンズを押しつぶす際の応力を測定し、その最大値を硬度として記録する。
【0082】
本発明のSHCL用眼科組成物は、上記(A)及び(B)成分に基づく固有の生理活性を発揮でき、様々な用途に使用することができる。例えば、(A)成分や(B)成分に基づいて、目のピント調節機能改善の用途に使用してもよく、消炎、疲れ目改善等の用途に使用してもよい。
【0083】
また、従来、ポリメチルメタクリレート(PMMA)素材のハードコンタクトレンズの装着によって、角膜へのレンズの固着等に起因して角膜上皮障害(3時−9時ステイニング)が惹起され易いことが知られている。また、SCLの装用でも、目が乾く症状等を有する者(例えば、ドライアイ患者)ではレンズにより角膜が損傷され易く、角膜ステイニングが生じ易い傾向があることが知られている。一方、非イオン性SHCLは、角膜上皮細胞と著しく接着する特性があり、更にはシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの固有の性質として通常の非シリコーンSCLよりも一般に固いため、角膜上皮に物理的損傷を与え易い傾向がある。このような非イオン性SHCLの特性を鑑みれば、非イオン性SHCLの装用によっても上述のような角膜上皮障害を生じさせ易いことが明らかである。これに対して、本発明のSHCL用眼科組成物によれば、角膜上皮細胞の非イオン性SHCLへの接着を効果的に抑制できるので、非イオン性SHCLの装用によって引き起こされる角膜上皮障害を予防することができる。従って、本発明のSHCL用眼科組成物は、非イオン性SHCLの装用により生じる角膜上皮障害の予防剤として用いられることができ、とりわけ、目が乾く症状を有する者用(例えば、ドライアイ患者用)として好適に用いられる。
【0084】
また、角膜上皮細胞はアレルゲン等に対するバリアー機能も有しているので、上述のような非イオン性SHCL装用により引き起こされる角膜上皮障害は、そのバリアー機能を低下させ、目のアレルギー症状等を発症させ易くする畏れがある。これに対して、本発明のSHCL用眼科組成物によれば、非イオン性SHCLへの角膜上皮細胞の接着を抑制することによって、角膜上皮細胞を正常な状態に保持し、角膜上皮細胞のバリアー機能を維持させることが可能である。従って、本発明のSHCL用眼科組成物は、非イオン性SHCLを使用する者が、アレルギー症状を始めとする種々の眼病に対して抵抗力を高めて予防するための眼病予防剤(例えば、アレルギー症状の予防剤)として好適に用いられる。
【0085】
更に、本発明のSHCL用眼科組成物は、イオン性SHCLからの花粉タンパク質の除去を促進し、再付着も防止できるので、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を有効に抑制できる。よって、コンタクトレンズ上に吸着された花粉タンパク質が、長時間眼に接触し続けるのを防ぎ、花粉によるアレルギーの予防や悪化の防止にも有効である。従って、花粉症又は花粉症予備軍のイオン性SHCL使用者への適用に好適である。
【0086】
また、SHCLは、細菌が付着し易いことが分かっており、更に長期間の連続装用も可能になっているため、装用中に細菌の付着が助長され易い使用形態で用いられることもある。これに対して、本発明によれば、SHCLへの細菌の付着増大を有効に抑制できるので、眼粘膜の細菌感染症の予防乃至緩和剤としても使用できる。
【0087】
2.非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制方法、及び非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用の付与方法
前述するように、上記(A)及び(B)成分を併用することによって、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着を抑制することができる。
【0088】
従って、本発明は、更に別の観点から、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを含有するSHCL用眼科組成物を、非イオン性SHCLと接触させることを特徴とする、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着を抑制する方法を提供する。更には、SHCL用眼科組成物に、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを配合することを特徴とする、SHCL用眼科組成物に非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制作用を付与する方法を提供する。
【0089】
これらの方法において、(A)及び(B)成分の種類や配合割合、配合される他の成分の種類や配合割合、SHCL用眼科組成物の製剤形態、適用対象となる非イオン性SHCLの種類等については、前記「1.SHCL用眼科組成物」と同様である。
【0090】
3.イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を抑制する方法、及びイオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積抑制作用を付与する方法
また、前述するように、上記(A)及び(B)成分を併用することによって、イオン性SHCL装用眼が花粉に晒されても、イオン性SHCLからの花粉タンパク質の除去を促進し、再付着を防止できるので、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を抑制することが可能になる。従って、本発明は、更に別の観点から、 (A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを含有するSHCL用眼科組成物を、イオン性SHCLと接触させることを特徴とする、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を抑制する方法を提供する。更には、SHCL用眼科組成物に、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを配合することを特徴とする、イオン性SHCLへの花粉タンパク質の蓄積を抑制する作用を該眼科組成物に付与する方法を提供する。
【0091】
これらの方法において、(A)及び(B)成分の種類や配合割合、配合される他の成分の種類や配合割合、SHCL用眼科組成物の製剤形態、適用対象となるイオン性SHCLの種類等については、前記「1.SHCL用眼科組成物」と同様である。
【0092】
4.アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種により増大されるSHCLの摩擦を低減する方法、アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種により増大されるSHCLの摩擦を低減する作用を付与する方法、並びに、アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種により増大されるSHCLの摩擦を低減するための剤
また、前述するように、上記(A)成分、並びにアスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を併用することによって、アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種により増大されるSHCLの摩擦を低減することが可能になる。
【0093】
従って、本発明は更に別の観点から、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種とを併用することを特徴とする、該(B)成分を接触させることにより増大されるSHCLの摩擦を低減させる方法を提供する。更には、(B)アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を含む眼科組成物に、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を配合することを特徴とする、該(B)成分を接触させることにより増大されるSHCLの摩擦を低減する作用を、該眼科組成物に付与する方法を提供する。
【0094】
更に別の観点から、本発明は、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、アスパラギン酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種により増大するSHCLの摩擦を低減するための剤をも提供する。
【0095】
これらの方法及び剤において、(A)成分、並びにアスパラギン酸及びその塩からなる群から選択される少なくとも1種の種類や配合割合、配合される他の成分の種類や配合割合、SHCL用眼科組成物の製剤形態、適用対象となるSHCLの種類等については、前記「1.SHCL用眼科組成物」と同様である。
【0096】
5. SHCLへの細菌付着増大を低減する方法、及びSHCLへの細菌付着増大を低減する作用を付与する方法
また、前述するように、上記(A)成分及び(B)成分を併用することによって、SHCLへの細菌付着増大を低減することが可能になる。
【0097】
従って、本発明は更に別の観点から、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを併用することを特徴とする、SHCLへの細菌付着増大を抑制する方法を提供する。更には、眼科組成物において、(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B) グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを配合することを特徴とする、SHCLへの細菌付着増大を抑制する作用を該眼科組成物に付与する方法をも提供する。
【0098】
これらの方法において、(A)成分、並びに(B)成分の種類や配合割合、配合される他の成分の種類や配合割合、SHCL用眼科組成物の製剤形態、適用対象となるSHCLの種類等については、前記「1.SHCL用眼科組成物」と同様である。
【実施例】
【0099】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0100】
参考試験例1:各種SCLの角膜上皮細胞の接着性評価
表1に示す5種類のソフトコンタクトレンズを用いて以下の実験を実施し、ソフトコンタクトレンズ表面の角膜上皮細胞接着性を評価した。なお、本試験に使用したソフトコンタクトレンズは、いずれも市販品である。
【0101】
【表1】

【0102】
具体的に以下の方法により評価した。増殖用培地(10%ウシ胎児血清含有DMEM培地)を900μLずつ入れた24ウェルマイクロプレートに、各ソフトコンタクトレンズをそれぞれ凸面が上になるように一枚ずつ浸漬させた。各ウェルに、増殖用培地を用いて調整したウサギ角膜上皮細胞株SIRC(ATCC number:CCL-60)の細胞懸濁液(1×105cell/mL)を100μLずつ播種し、37℃、5%CO条件下で48時間培養後、ソフトコンタクトレンズに接着した生存細胞数を計測した。なお、コントロールとして、いずれのレンズも浸漬させず、マイクロプレートの底面で細胞を培養し、ウェル中の生細胞数を計測した(コントロール群)。なお、生存細胞数の測定にはCell Counting Kit((株)同仁化学研究所製)を用いた。コントロール群のウェル中に含まれる生細胞の総数に対して、各ソフトコンタクトレンズ表面に接着している生細胞数の割合(コントロール群に対する生細胞数の割合;%)をそれぞれ算出した。
【0103】
得られた結果を図1に示す。図1から明らかなように、非イオン性SHCLであるレンズA及びBは、イオン性SHCLであるレンズCや非シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズであるレンズDまたはEと比較して、顕著な角膜上皮細胞接着性があることが確認された。また、細胞のソフトコンタクトレンズへの接着状況を顕微鏡で観察したところ、レンズC、D及びEには細胞接着が殆ど確認できなかったものの、レンズA及びBの表面には一面に角膜上皮細胞が接着していることが確認された。以上の結果より、非イオン性SHCLは、角膜上皮細胞の接着性が他の種類のレンズと比較して顕著に高いことが確認され、非イオン性SHCLの装用は角膜表面に損傷等の悪影響を与え得ることが明らかとなった。
【0104】
試験例1:非イオン性SHCLへの角膜上皮細胞の接着抑制試験:
表2に示す試験液を用いて、非イオン性SHCLに対する角膜上皮細胞の接着抑制効果を評価した。
【0105】
【表2】

【0106】
表1に示すレンズB(非イオン性SHCL)を、表2に示す各試験液(実施例1−4及び比較例1−5)3mLに一枚ずつ浸漬し、34℃条件下で24時間静置した。各試験液から取り出したレンズBを生理食塩水で軽く洗浄後、水分を拭い去り、増殖用培地(10%ウシ胎児血清含有DMEM培地)が900μL入った24ウェルプレートに凸面が上になるように一枚ずつ浸漬させた。各ウェルに、増殖用培地を用いて調整したウサギ角膜上皮細胞株SIRC(ATCC number:CCL-60)の細胞懸濁液(1×105cell/mL)を100μLずつ播種し、37℃、5%CO条件下で48時間培養した後、レンズに接着した生存細胞数を計測した(サンプル群)。また、コントロールとして、各試験液の代わりに、表2に示すコントロール試験液で浸漬処理したレンズBを用いて、上記と同条件でウサギ角膜上皮細胞株の細胞懸濁液を播種して培養を行って、レンズBに接着した生存細胞数を計測した(コントロール群)。更に、ブランクとして、ウサギ角膜上皮細胞を播種せずに増殖用培地(10%ウシ胎児血清含有DMEM培地)1000μLのみを添加したウェルを作製し、この中に浸漬処理を行っていないレンズBを37℃、5%CO条件下で48時間静置した(ブランク群)。なお、生存細胞数の計測には、Cell Counting Kit((株)同仁化学研究所製)を用い、下式に従って細胞接着抑制率(%)を算出した。
【0107】
【数1】

【0108】
得られた結果を図2に示す。図2から明らかなように、グリチルリチン酸二カリウム、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸カリウム、又はコンドロイチン硫酸ナトリウムをそれぞれ単独で用いた場合には、細胞接着を抑制しないばかりか、反って細胞を接着させ易くなる傾向があることが確認された(比較例2−5)。一方、全く予想外なことに、メチル硫酸ネオスチグミンに対して、これらの成分を組み合わせて用いることにより、非イオン性SHCLに対する角膜細胞接着抑制率が相乗的に著しく高められることが明らかとなった(実施例1−4)。特に、メチル硫酸ネオスチグミンとグリチルリチン酸二カリウムを組み合わせた場合(実施例1)には、非イオン性SHCLへの細胞接着を格段顕著に抑制できることが確認された。
【0109】
参考試験例2:SCLに対する花粉タンパク質吸着特性の評価
表3に示す4種のソフトコンタクトレンズを試験に用いて、ソフトコンタクトレンズに対する花粉タンパク質の吸着特性を評価した。
【0110】
まず、試験に使用するレンズを、生理食塩液4mLに1枚ずつ浸漬させ、室温にて一晩保存した(レンズの前処理)。
【0111】
花粉タンパク質抗原((株)エル・エス・エル社製 Cedar Pollen Extract-Ja、性状:凍結乾燥粉末(Cedar Pollen粗抽出物 Mountain ceder、Juniperus Asheiiの花粉から抽出))を、生理食塩液に溶解し、5mg/30mL花粉タンパク質液を調製した。24穴プレートの各穴に、花粉タンパク質液1.0mLを入れ、前処理済みのレンズの余分な水分をふき取った後に浸漬し、34℃120rpmにて18時間振とうを行った。次いで、レンズを取り出し、生理食塩液100mLに素早く(約1秒)浸漬させて余分な液をすすいだ後、ビーカーのふちを使って軽く水分を切り、24穴プレートの各穴に入れた花粉タンパク質分離用液(1%炭酸ナトリウム及び1%SDS含有水溶液)1mLに浸漬させた。34℃120rpmで3時間振とうし、レンズに吸着した花粉タンパク質を花粉タンパク質分離用液中に分離させた。
【0112】
マイクロBCAアッセイキット(Thermo SCIENTIFIC,Pierce #23235)を用いて、花粉タンパク質分離用液中の花粉タンパク質量を、アルブミン換算値として定量し、レンズに対する花粉タンパク質吸着量を求めた。
【0113】
【表3】

【0114】
なお、各ソフトコンタクトレンズの硬度は、上述のようにテクスチャーアナライザー(製品名:TA.XT.plus TEXTURE ANALYSER(Stable Micro Systems Limited製))を用いて測定した値である。
【0115】
結果を図3に示す。イオン性SHCLであるレンズ1を用いた場合には、非シリコンソフトコンタクトレンズであるレンズ3及びレンズ4や、非イオン性SHCLであるレンズ2と比較すると、顕著に高い花粉タンパク質の吸着が認められた。この結果から、花粉タンパク質は、ソフトコンタクトレンズの中でもイオン性SHCLに対して極めて多量に吸着する傾向があり、イオン性SHCLには、花粉タンパク質を非常に吸着し易いという特有の課題が存在することが確認された。
【0116】
試験例2:イオン性SHCLに対する花粉タンパク質の蓄積抑制の評価
上記参考試験例2にて花粉タンパク質の顕著な吸着が確認されたレンズ1(イオン性SHCL)を用いて、下記の試験を実施した。
【0117】
先ず、レンズ1を、5mLの生理食塩液に1枚ずつ浸漬させ、24時間室温にて保存した(レンズの前処理)。花粉タンパク質抗原((株)エル・エス・エル社製 Cedar Pollen Extract-Ja、性状:凍結乾燥粉末(Cedar Pollen粗抽出物 Mountain ceder、Juniperus Asheiiの花粉から抽出))を生理食塩液に溶解し、5mg/50mL花粉タンパク質液を調製した。24穴プレートの各穴に、1.0mLの花粉タンパク質液を入れ、前処理したレンズの余分な水分をふき取った後に浸漬させ、34℃、400rpmで24時間振とうを行った。
【0118】
花粉タンパク質液に浸漬させたレンズ1を取り出し、生理食塩水100mLに素早く(約1秒)浸漬させて余分な液をすすいだ後、水分をふき取り、24穴プレートに入れた表4に記載の各試験液(実施例1、比較例1−2、及びコントロール)1.0mLに浸漬して34℃、400rpmで24時間振とうを行った。その後、レンズ1を取り出し、生理食塩水100mLに素早く(約1秒)浸漬させて余分な液をすすいだ後、ビーカーのふちを使って、軽く水分を切り、24穴プレートに入れた花粉タンパク質分離用液(1%炭酸ナトリウム及び1%SDS含有水溶液)0.5mLに浸漬させた。34℃、400rpmで3時間振とうし、レンズに吸着した花粉タンパク質を花粉タンパク質分離用液中に分離させた。
【0119】
マイクロBCAアッセイキット(Thermo SCIENTIFIC,Pierce #23235)を用いて、花粉タンパク質分離用液中の花粉タンパク質の量を、アルブミン換算値として定量し、レンズ1に吸着していた花粉タンパク質の量を求めた。次式により、コントロールの試験液における花粉タンパク質吸着量に対する、比較例及び実施例の試験液における花粉タンパク質吸着量の割合から、花粉タンパク質吸着改善率(%)を算出した。
【0120】
【数2】

【0121】
【表4】

【0122】
結果を図4に示す。グリチルリチン酸二カリウムは界面活性作用を有することが知られているため蓄積を改善する作用を有することも想定されたが、これを単独で用いた場合(比較例2)には、花粉タンパク質の蓄積を改善するどころか、花粉タンパク質吸着改善率は悪化する傾向があることが認められた。一方、全く予想外なことに、このグリチルリチン酸二カリウムとメチル硫酸ネオスチグミンとを組み合わせて用いた場合(実施例1)には、花粉タンパク質吸着改善率が相乗的に著しく高められ、イオン性SHCLに対する花粉タンパク質の吸着量を効果的に低減でき、蓄積を抑制できることが明らかとなった。
【0123】
参考試験例3:SHCL表面の摩擦の評価:
SHCL表面の物性を測定するために、粘着性、粘弾性、乾燥性等の様々な表面物性変化を摩擦の増減の面から評価することが知られている剛体振り子物性試験器RPT−3000W((株)エー・アンド・デイ製)を用いて、SHCL表面の摩擦力の評価を行った。試験に使用したレンズは下記表5のレンズI及びIIである。
【0124】
【表5】

【0125】
これらのSHCLを生理食塩水中に一晩浸漬させたものを試験サンプルとして用いた。測定条件は、温度25℃、相対湿度60%条件の下、振り子重量200g、センサー径4mmの条件で測定を実施し、測定開始から5分後の対数減衰率を以って、各SHCL表面の摩擦の評価を行った。
【0126】
ここで測定される対数減衰率はレンズ表面の摩擦の大小を示し、対数減衰率が高いほど摩擦が大きいことを示す。この結果、レンズIの対数減衰率は約0.10、そしてレンズIIの対数減衰率は約0.23といずれも著しく高い値であった。従って、SHCLは対数減衰率が高く、摩擦が非常に大きいことが認められた。
【0127】
試験例3: SHCL表面の摩擦に対する低減効果の評価:
SHCLとして上記参考試験例3で使用したレンズIIを用い、レンズ表面の摩擦低減効果について以下の方法により評価を行った。
【0128】
先ず、下記の表6に示される各試験液(比較例6−7及び実施例5)を調製した。SHCLを生理食塩水中に4時間浸漬して前処理した後、10mlの各試験液中に1枚づつ浸漬させ、一晩静置した。その後、レンズ表面の水分を軽くふき取り、温度25℃、相対湿度60%条件の下、振り子重量200g、センサー径4mmの条件で、対数減衰率を10秒毎に計3分間測定した。
【0129】
【表6】

【0130】
この結果を以下の図5に示す。図5に示されるように、コントロール(比較例6)と比較して、アスパラギン酸カリウムの配合により対数減衰率は上昇し、摩擦が増大することが認められた(比較例7)。一方、全く予想外のことに、アスパラギン酸カリウムにメチル硫酸ネオスチグミンを組み合わせて配合した試験液(実施例5)では、対数減衰率を効果的に低減できることが明らかとなった。
【0131】
試験例4:ソフトコンタクトレンズへの細菌付着性評価試験
下記の表7に示す試験液(実施例6−8及び比較例8−12)を用いて、各種ソフトコンタクトレンズへのStaphylococcus aureus(ATCC No.6538)の付着性について評価した。レンズは、SHCLとしてレンズF(非イオン性SHCL、主要構成モノマー:N,N−ジメチルアクリルアミド、ピロリドン系化合物、ケイ素含有メタクリレート系化合物、ケイ素含有アクリレート系化合物(USAN:AsmofilconA)、含水率40%、BC8.60、DIA14.0)、及び非シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(非SHCL)として上記参考試験例1のレンズEを用いた。
【0132】
【表7】

【0133】
まず。各レンズを1枚あたり滅菌生理食塩水5mL中に4時間以上浸漬させた(レンズの前処理)。次いで、各試験液(実施例6−8及び比較例8−12)1mLを24穴マルチプレートに入れ、それぞれに前処理を終えたレンズを表面の水分を不織布で吸い取った後に1枚ずつ入れた。コントロールとしては生理食塩水を用いた。一晩処理した後に各レンズの表面の水分をプレートのふちで軽くきった後、107〜8CFU/mLのS. aureus菌液(生理食塩水中に懸濁したもの)5mLを入れた6穴マルチプレートに入れ、30分間室温にて保存した。30分後、ピンセットで生理食塩水5mLを入れた6ウェルプレートに各レンズを移し、1分間振とうした。次いで、各レンズを、新しい生理食塩水5mLの入ったスピッツ管に移し,3分間超音波(38kHz)にかけた後、1分間試験管ミキサーにて攪拌することで、各レンズに付着した細菌を剥がし、付着菌液とした。
【0134】
得られた付着菌液を適当な濃度になるように希釈し、ソイビーン・カゼイン・ダイジェスト・寒天培地(SCDLP寒天培地)上に播種した。33℃にて一晩培養後、観察されたコロニー数をカウントし、希釈倍率で補正することにより、各レンズに対する付着細菌数(生菌数)を求めた。
【0135】
この結果を、以下の図6に示す。図6に示されるように、SHCLは非シリコーンハイドロゲルレンズに比べて著しくS.aureusを付着させ易いことが認められた(比較例8)。また、メチル硫酸ネオスチグミン、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸カリウム、又はコンドロイチン硫酸ナトリウムをそれぞれ単独で用いた場合には、SHCLへの細菌付着は増強される傾向があることも認められた(比較例9−12)。一方、全く予想外のことに、このように細菌付着を増強させてしまう傾向があるメチル硫酸ネオスチグミンと、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸カリウム、又はコンドロイチン硫酸ナトリウムとを組み合わせて用いることにより、SHCLへの細菌付着の増強をコントロールレベルにまで抑制することができた(実施例6−8)。一方、非シリコーンハイドロゲルレンズを用いた場合には、このような抑制効果は全く認められなかった。従って、この細菌付着抑制効果は、対象レンズをSHCLとした場合に特異的に認められる効果であることが明らかとなった。
【0136】
製剤例
表8に記載の処方で、SHCL用点眼剤(実施例9−21)が調製される。
【0137】
【表8】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)ネオスチグミン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種と、(B)グリチルリチン酸、アミノエチルスルホン酸、アスパラギン酸、コンドロイチン硫酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種とを含有する、シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
【請求項2】
(A)成分として、メチル硫酸ネオスチグミンを含む、請求項1に記載のシリコーンハイ
ドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
【請求項3】
(B)成分として、グリチルリチン酸二カリウム、アミノエチルスルホン酸、アスパラギ
ン酸カリウム、アスパラギン酸マグネシウム、アスパラギン酸マグネシウム・カリウム及びコンドロイチン硫酸ナトリウムからなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1又は2に記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。
【請求項4】
点眼剤である、請求項1〜3のいずれかに記載のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ用眼科組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−136988(P2011−136988A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−269172(P2010−269172)
【出願日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【出願人】(000115991)ロート製薬株式会社 (366)
【Fターム(参考)】