説明

シリサイドの製造方法

【課題】モノシランガスの原料であるシリサイドを安定かつ安価に提供する。
【解決手段】炭素-珪素化合物をマグネシウム含有金属存在下で加熱する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリサイドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モノシランガスは、多結晶シリコン、アモルファスシリコン、微結晶シリコンなどの原料として、半導体、太陽電池などの各種電子デバイスの製造プロセスで用いられている。近年の太陽電池産業の成長に伴ってモノシランの需要も急激な成長が予想され、安定かつ安価にモノシランを製造する手法の開発が求められている。
【0003】
従来のモノシランガス製造方法としては、主に以下の手法が挙げられる。
【0004】
(1)トリクロロシランの不均化反応(特許文献1参照)
2SiHCl⇔SiCl+HSiCl
2HSiCl⇔HSiCl+HSiCl
2HSiCl⇔SiH+HSiCl
(2)四塩化珪素とリチウムアルミニウムハイドライドを用いた反応(非特許文献1、2参照)
LiAlH+SiCl→LiCl+AlCl+SiH
(3)シリサイドと塩酸の反応(非特許文献3参照)
MgSi+4HClaq→2MgCl+SiH
(4)シリサイドと塩化アンモニウムの反応(非特許文献4、5参照)
MgSi+4NHCl→2MgCl+4NH+SiH
【0005】
上記(1)〜(4)の従来の公知手法の中で、シリサイドを原料とする手法(3)、(4)は古くから研究されている手法である。手法(4)では、シラン類の生成収率として70〜80%程度、シラン類中のモノシラン比率として90〜97%程度を達成している。
【0006】
前記シリサイドは、不活性ガス雰囲気下において金属珪素と金属マグネシウムを500〜800℃程度で加熱することで容易に得ることができる(以下、反応式(ア))。
Si+2Mg→MgSi・・・(ア)
【0007】
しかしながら、原料として用いる金属珪素は、製造時に大量の電力を必要とするため、珪石、珪砂などのシリカ分から直接シリサイドを製造できれば、結果としてモノシランガスを安価に製造することが期待できる。
【0008】
公知文献によると、シリカ、とりわけ籾殻灰に含有しているシリカからは、以下の反応式(イ)、(ウ)によって直接シリサイドを製造することが可能である(非特許文献6、7、8参照)。
SiO+2Mg→Si+2MgO ・・・(イ)
Si+2Mg→MgSi ・・・(ウ)
【0009】
上記反応では、700〜800℃下で1時間加熱することで、シリサイドを生成収率90%程度で得ることができる。しかしながら、上記反応式(ア)の金属珪素を原料とする場合と比較して、上記反応式(イ)、(ウ)のシリカを原料とする場合ではマグネシウムの使用量が2倍になってしまう。マグネシウムは非常に高価な金属であるため、例え籾殻灰等の安価もしくはほとんど無償で入手可能なシリカを原料に用いた場合でも、原料コストが高くなってしまい、モノシランガスを安価に製造するは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭59−54617号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】J. Am. Chem. Soc. 1947, 69, 1199.
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc. 1947, 69, 2692.
【非特許文献3】J.Chem. Soc. 1946, 1131.
【非特許文献4】J. Am. Chem. Soc. 1934, 56, 1252.
【非特許文献5】J. Am. Chem. Soc. 1935, 57, 1349.
【非特許文献6】Sol. Energy. Mater. 1980, 3, 441.
【非特許文献7】Sol. Energy. Mater. 1991, 22, 161.
【非特許文献8】Mater. Sci. Eng. 1982, 52, 173.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述した現状を踏まえて、モノシランガスをより安定かつ安価に供給することが望まれており、モノシランガスの原料となりうるシリサイドをより安定かつ安価に供給することが望まれている。
【0013】
そこで、本発明では安定かつ安価に供給し続けることが可能な原料を用い、安価にシリサイドを製造することを目的とし、その結果としてモノシランガスを安定かつ安価に提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明のある態様はシリサイドの製造方法である。当該製造方法は、炭素-珪素化合物をマグネシウム含有物質存在下で加熱することを特徴とする。
【0015】
この態様の製造方法によれば、下記反応式(エ)に示すように生成した炭素-珪素化合物(例えば炭化珪素)をマグネシウム含有物質存在下で加熱する工程を経て、シリサイドを製造することができる。反応式(エ)の反応は、大きな比表面積を有する炭素-珪素化合物(例えば炭化珪素)を用いた方が、シリサイドの生成収率向上が期待できる。
SiC+2Mg→MgSi+C ・・・(エ)
【0016】
また、本発明の実施形態の一つにおいて、下記反応式(オ)に示すように、シリカを原料として炭素-珪素化合物(例えば炭化珪素)を製造する工程を経てもよい。反応式(オ)の反応においても、大きな比表面積を有するシリカを用いた方が、大きな比表面積を有する炭素-珪素化合物(例えば炭化珪素)の生成が期待でき、結果として収率良くシリサイドを製造することができる。
SiO+2C→SiC+CO ・・・(オ)
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、モノシランガスの製造原料であるシリサイドをより安定かつ安価に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0019】
実施の形態に係るシリサイドの製造方法は、炭素-珪素化合物をマグネシウム含有物質存在下で加熱することを特徴とする。
【0020】
シリサイドとは、少なくとも珪素とマグネシウムを含む2成分以上の金属からなる合金である。具体例としては、MgSi、MgSiAl、MgSiNi、MgSiBa、MgSiCe等が挙げられる。
【0021】
炭素-珪素化合物とは、少なくとも炭素と珪素を含有する化合物のことであり、具体的にはSiCやSiOC等が挙げられる。
【0022】
炭素-珪素化合物の比表面積としては、5m/g以上、好ましくは10m/g以上、より好ましくは30m/g以上である。
【0023】
本実施の形態で用いられるマグネシウム含有物質は、上述したシリサイドを製造することが可能であればよく、好ましくは(a)マグネシウム、(b)マグネシウムとアルミニウム、ニッケル、バリウム、セシウム中の1種類以上の金属との混合物および合金であり、この中で、マグネシウムがより好ましい。
【0024】
マグネシウム含有物質の添加量は、シリカのモル数に対してマグネシウム含有物質に含有するマグネシウムのモル数が2〜5倍が好ましく、2〜4倍がより好ましく、2〜3倍がさらに好ましい。
【0025】
炭素-珪素化合物とマグネシウム含有物質を混ぜ合わせる手法としては、ボールミル等を用いてもよく、また単に混合させるだけでもよい。また、湿式法を用いて混合を実施してもよい。炭素-珪素化合物とマグネシウム含有物質の反応は、固定床、流動床などのいずれの方式を用いてもよく、反応温度としては500〜1000℃、好ましくは500〜800℃、より好ましくは550〜650℃であることが適している。
【0026】
本発明の実施形態の一つにおいて、前記炭素-珪素化合物は、シリカ含有物質を炭素含有物質存在下で加熱することで製造することが好ましい。
【0027】
前記シリカ含有物質としては、具体的には、珪石、珪砂、シリカ集積バイオマス、非晶質性シリカアルミナ、結晶性シリカアルミナ(例えば、ゼオライトやシリカアルミナを含有した触媒や吸着材およびその使用済みの廃棄物)、モノシランやジシランなどのシランガスの燃焼除去後の廃棄物等が挙げられる。また、シリカ含有物質中に含まれているシリカの量としては、20〜100質量%、好ましくは40〜100質量%、より好ましくは60〜100質量%であることが適している。
【0028】
また実施形態の一つにおいて、シリカ含有物質がケイ酸植物を含んでいることが好ましい。ケイ酸植物とは、植物由来のシリカ分を含んでいるものを指し、具体的にはシリカ分を含有する植物として例えば、イネ、トウモロコシ、サトウキビ、トクサ、コムギ、オオムギ、ライムギ、ハトムギ、キビ、アワ、ヒエ、ススキ、エリアンサスなどが挙げられる。また、前記シリカ分を含有する植物の糖化処理残渣も好適である。中でもシリカ含有量が高いイネの籾殻や藁などが好ましく、さらには籾殻が好ましい。またケイ酸植物は、燃焼処理によって灰になったものであっても、炭化処理を施されたものであってもよい。
【0029】
前記燃焼処理とは、ケイ酸植物を酸素含有雰囲気中で直接燃焼させる工程のことであり、前記炭化処理とはケイ酸植物を不活性ガス雰囲気中で加熱して炭化物を形成する工程のことである。焼成処理、炭化処理の温度としては、400〜1000℃、好ましくは500〜900℃、より好ましくは500〜800℃であることが好ましい。また、焼成処理、炭化処理の処理時間としては、0.5h〜10h、好ましくは0.5h〜8h、より好ましくは1〜5hであることが好ましい。
【0030】
バイオマスに含まれているシリカは粒子径が小さく、比表面積が大きいという特徴を有している。そのため、生成する炭素-珪素化合物も大きな比表面積を有していることが期待できる。また、バイオマスには炭素分が含まれているため、炭素-珪素化合物製造工程において炭素含有物質を加える必要が無く、結果としてより安価にモノシランガスを製造することが期待できる。
【0031】
また実施形態の一つにおいて、前記シリカ含有物質がシリカアルミナを含んでいることが好ましい。シリカアルミナは、非晶質または結晶性の無機多孔質材料であり、比表面積が大きいことや酸点を有していることが挙げられる。そのため、生成する炭素-珪素化合物も大きな比表面積を有していることが期待でき、結果としてより安価にモノシランガスを製造することが期待できる。
【0032】
とりわけ実施形態の一つにおいて、シリカ含有物質の比表面積は大きいほうが好ましく、比表面積(BET法)としては10m/g以上、好ましくは20m/g以上、より好ましくは100m/g以上であることが適している。
【0033】
本実施の形態で用いられる炭素含有物質は、コークスや活性炭、カーボンブラック、バイオマス由来のカーボン分等が挙げられる。炭素含有物質の添加量としては、シリカのモル数に対して炭素のモル数が2〜20倍、好ましくは2〜10倍、より好ましくは2〜5倍になるようにすることが適している。
【0034】
シリカ含有物質と炭素含有物質を混ぜ合わせる手法としては、ボールミル等を用いてもよく、また単に混合させるだけでもよい。シリカ含有物質と炭素含有物質の反応は、固定床、流動床などのいずれの方式を用いてもよく、反応温度としては800〜3000℃、好ましくは1000〜2500℃、より好ましくは1200〜2000℃であることが適している。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。
【0036】
(実施例1)
炭素-珪素化合物として、比表面積が10m/gである炭化珪素を用いた。炭化珪素40mgに金属マグネシウムを48mg添加、混合し、反応混合物を得た。
【0037】
反応混合物はアルゴン雰囲気下、600℃下で1時間加熱することで反応を実施した。シリサイドへの反応転化率は以下の式(カ)により算出した。
反応転化率(%)=X/Y×100・・・(カ)
X:生成したシリサイドのモル数
Y:反応混合物中に含まれているシリカのモル数
反応性生物中のシリサイド含有率は、XRD測定の内部標準法を用いて分析し、その結果より生成したシリサイドのモル数:Xを見積もった。実施例1における反応転化率は4.7%であった。
【0038】
(実施例2)
炭素-珪素化合物として、比表面積が30m/gである炭化珪素を用いた。炭化珪素40mgに金属マグネシウムを48mg添加、混合し、反応混合物を得た。なお反応混合物中に含まれているMgのモル数とSiCのモル数は、量論比通り(反応式(エ)参照)になるようにした。反応混合物はアルゴン雰囲気下、600℃で1時間加熱することで反応を実施した。反応生成物中にシリサイドの生成が確認され、反応転化率は27%であった。
【0039】
(実施例3)
炭素-珪素化合物として、シリカ含有物質と炭素含有物質から製造したものを用いた。シリカ含有物質として籾殻灰を用いた。籾殻灰の組成は、シリカ60質量%、炭素40質量%で、比表面積(BET法)は123m/gであった。籾殻灰をアルゴン雰囲気下、1200℃で3時間加熱した。その後、不要な炭素分を除去する目的で、空気中、600℃下で1時間焼成し、炭素-珪素化合物を得た。得られた炭素-珪素化合物は、炭化珪素とSiOCの混合物であり、比表面積(BET法)は9.5m/gであった。
【0040】
上記で得られた炭素-珪素化合物40mgに金属マグネシウムを48mg添加、混合し、反応混合物を得た。反応混合物はアルゴン雰囲気下、600℃下で1時間加熱することで反応を実施した。反応生成物中にシリサイドの生成が確認され、反応転化率は4.8%であった。
【0041】
(実施例4)
炭素-珪素化合物として、シリカ含有物質と炭素含有物質から製造したものを用いた。シリカ含有物質として廃触媒(原油処理に用いた廃触媒)、炭素分としてコークス(JX日鉱日石エネルギー(株)製、炭素含有量:99.9質量%以上)を用いた。反応に用いた廃触媒の表面積(BET法)は、25m/gであった。廃触媒とコークスをアルゴン雰囲気下、1200℃で3時間加熱した。その後、不要な炭素分を除去する目的で、空気中、600℃下で1時間焼成し、炭素-珪素化合物を得た。得られた炭素-珪素化合物の比表面積(BET法)は、6.2m/gであった。
【0042】
得られた炭素-珪素化合物40mgに金属マグネシウムを48mg添加、混合し、反応混合物を得た。反応混合物はアルゴン雰囲気下、600℃で1時間加熱することで反応を実施した。反応生成物中にシリサイド確認され、反応転化率は3.9%であった。
【0043】
(比較例1)
炭素-珪素化合物として、比表面積が0.1m/gである炭化珪素を用いた。炭化珪素40mgに金属マグネシウムを48mg添加、混合し、反応混合物を得た。反応混合物はアルゴン雰囲気下、600℃で1時間加熱することで反応を実施したが、反応生成物中にシリサイドは確認できなかった。
【0044】
(比較例2)
炭素-珪素化合物として、比表面積が0.5m/gである炭化珪素を用いた。炭化珪素40mgに金属マグネシウムを48mg添加、混合し、反応混合物を得た。反応混合物はアルゴン雰囲気下、600℃で1時間加熱することで反応を実施したが、反応生成物中にシリサイドは確認できなかった。
【0045】
(比較例3)
炭素-珪素化合物として、シリカ含有物質と炭素含有物質から製造したものを用いた。シリカ含有物質として籾殻灰を用いた。籾殻灰の組成は、シリカ60質量%、炭素40質量%で、比表面積(BET法)は5.2m/gであった。籾殻灰をアルゴン雰囲気下、1200℃で3時間加熱した。その後、不要な炭素分を除去する目的で、空気中、600℃下で1時間焼成し、炭素-珪素化合物を得た。得られた炭素-珪素化合物は、炭化珪素とSiOCの混合物であり、比表面積(BET法)は0.1m/g以下であった。
【0046】
上記で得られた炭素-珪素化合物40mgに金属マグネシウムを48mg添加、混合し、反応混合物を得た。反応混合物はアルゴン雰囲気下、600℃下で1時間加熱することで反応を実施したが、反応生成物中にシリサイドは確認できなかった。
【0047】
(評価結果)
上記実施例1乃至4、比較例1乃至3におけるシリサイドの生成収率を以下の表1に示す。その結果、原料として用いる炭素-珪素化合物の比表面積が5m以上の場合、シリサイドの生成が確認できた。反応温度や反応時間、反応触媒を最適化することで、さらなるシリサイドの生成収率向上が期待できる。
【0048】
以上、実施例に基づいて本発明を説明したが、本発明はこれらに制限されるものではなく、様々な変更や改良が可能である。
【0049】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素-珪素化合物をマグネシウム含有金属存在下で加熱することを特徴とするシリサイドの製造方法。
【請求項2】
前記炭素-珪素化合物を、シリカ含有物質と炭素含有物質から製造することを特徴とする、請求項1に記載のシリサイドの製造方法。
【請求項3】
前記シリカ含有物質の比表面積が10m/g以上であることを特徴とする請求項2に記載のシリサイドの製造方法。
【請求項4】
前記シリカ含有物質がケイ酸植物由来のシリカを含有していることを特徴とする請求項2または3に記載のシリサイドの製造方法。
【請求項5】
前記シリカ含有物質がシリカアルミナを含有していることを特徴とする請求項2乃至4のいずれか1項に記載のシリサイドの製造方法。
【請求項6】
前記炭素-珪素化合物の比表面積が5m/g以上であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のシリサイドの製造方法。
【請求項7】
前記炭素-珪素化合物が炭化珪素であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載のシリサイドの製造方法。

【公開番号】特開2013−47164(P2013−47164A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−186404(P2011−186404)
【出願日】平成23年8月29日(2011.8.29)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】