説明

シリンジ、及びこのシリンジを用いたインフュージョン試料導入装置

【課題】インフュージョン分析に際して試料導入用シリンジで発生する気泡が質量分析に及ぼす影響を抑制する。
【解決手段】インフュージョン分析用のシリンジ20のバレル21内面またはプランジャ22の一部に導電性皮膜21c等の導電性接液面を設け、これを接地する。また、上記シリンジ20を用い、その吸入吐出口21aを下に向けて配置し、且つ、吸入吐出口21aからESIプローブ10に至る管路の全ての接液部Aに非導電性材料を用いてインフュージョン試料導入装置を構成する。上記構成により、電気分解による気泡はバレル21内で発生して上昇するので、下方に位置する吸入吐出口21aから吐出される液体試料中には気泡が混入しない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ/質量分析装置(以下、LC/MS)の質量分析部にシリンジにより液体試料を直接導入するためのシリンジ、及びこれを用いるインフュージョン試料導入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
LC/MSは液体クロマトグラフと質量分析装置がイオン化インターフェイスを介して連結された複合分析装置であり、代表的なイオン化インターフェイスとしては、試料を高電界を利用してイオン化するエレクトロスプレーイオン化インターフェイス(ESI)がある。また、LC/MSでは液体クロマトグラフを通さずにシリンジにより質量分析部に液体試料を直接導入するインフュージョン分析と呼ばれる分析法がある。
【0003】
図3に、従来のESIの原理的構成と併せて、これに連結されたインフュージョン分析のためのシリンジを示す。
同図に示す如く、先端にノズル孔13aを有する中空円筒状のノズル筒13の軸心に沿って保持された金属製のキャピラリ15に液体試料接続口11から液体試料が導入される。ノズル筒13にはネブライザガス導入管12を通して窒素等のネブライザガスが導入され、ノズル孔13aから噴出している。これにより、ノズル孔13a付近に位置するキャピラリ15の先端から液体試料が噴霧される。ノズル筒13には高圧電源16により高電圧が印加され、これと導通するキャピラリ15も高電位にあるため、噴霧された液滴は帯電している。噴霧後、帯電液滴はさらに微細化してイオン化されるが、液滴がイオン化される過程については特許文献1に詳しく説明されているのでここでは省略する。
ノズル筒13は先端部を除いて絶縁カバー14で覆われ、ESIの主要部であるESIプローブ10を形成する。
【0004】
シリンジ20は、先端の吸入吐出口21aに金属製のニードル23が装着されたガラス製のバレル21と、このバレル21の内壁に密嵌しつつ摺動するプランジャ22とで構成される。プランジャ22は、軟質弾性材料から成るプランジャシール22bで摺動面と前面が被覆された金属製のプランジャヘッド22aとこれに連結された金属製のプランジャロッド22cで構成され、プランジャロッド22cを押し込み、或いは引き出すことで吸入吐出等の操作が行われる。
バレル21の末端には金属製のフランジ21bが設けられている。
【0005】
ニードル23は金属製のカップリング25を介して接続される導管24によりESIプローブ10の液体試料接続口11に連結されている。導管24としては、耐薬品性に優れたPEEK樹脂製のチューブが用いられるのが普通である。
【0006】
上記従来構成において、プランジャロッド22cを押し込むことにより、シリンジ20内に収容された液体試料がESIプローブ10に導入され、イオン化された試料は図示しない質量分析部に導かれてインフュージョン分析が行われる。プランジャロッド22cを押し込む操作は、手動でもよいが、通常はモータ駆動のアクチュエータ(図示しない)により一定速度で操作される。このアクチュエータとシリンジ20、及び導管24等を含む装置がインフュージョン試料導入装置である。
【0007】
インフュージョン分析を行う場合で液体試料が電解質を含む場合は、高電圧が印加されたキャピラリ15から導電性の液体試料を通して金属製のニードル23やカップリング25にも高電圧が掛かり、放電を起こしたり感電の危険性が生じたりする。この問題の対策として、図示の如く、カップリング25(及びこれと電気的に導通しているニードル23)を接地することが一般に行われている。
【特許文献1】特開2007−227254号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記構成では、高電圧が印加されたキャピラリが一方の電極、接地されたニードルが他方の電極となって電気分解が起こり、ニードル内の液体試料中に気泡が発生することがある。気泡は、液体試料に混入したままESIプローブに導入されるので、スプレー状態が不安定となり、質量分析にノイズが生じる等の悪影響が現れる。
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、インフュージョン分析に際して試料導入用シリンジで発生する気泡が質量分析に及ぼす影響を抑制するインフュージョン試料導入装置及びこれに用いるシリンジを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために、インフュージョン分析用のシリンジのバレル内面またはプランジャの一部に導電性接液面を設け、これを接地する。また、上記シリンジを用い、その吸入吐出口を下に向けて配置し、且つ、吸入吐出口からESIに至る管路の全ての接液部に非導電性材料を用いてインフュージョン試料導入装置を構成する。
上記構成により、電気分解による気泡はバレル内で発生して上昇するので、下方に位置する吸入吐出口から吐出される液体中には気泡が混入しない。
【発明の効果】
【0010】
本発明は上記のように構成されているので、電気分解により発生する気泡の影響を受けることなくインフュージョン分析を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明装置は、バレル内面またはプランジャの一部に導電性接液面を設けてこれを接地すると共に、吸入吐出口を下に向けて配置したシリンジを用い、全ての接液部が非導電性材料から成る管路を介してESIに液体試料を導入する装置である。
以下、実施例1に本発明の最良の形態を説明する。
【実施例1】
【0012】
図1に本発明の一実施例を示す。同図において、図3と同一物(機能的な同一物を含む)には同符号を付してあるので再度の説明を省略する。
本実施例が図3に示す従来例と相違する点は、第1に、シリンジ20のバレル21の内壁に導電性皮膜21cを設けたことである。導電性皮膜21cは、具体的には例えば金、ニッケル等の金属の蒸着膜であって、バレル21の先端部の内壁から末端のフランジ21bに達するまでほぼバレル21の全長に亘って帯状に設けられているので、バレル21内に液体が存在すれば必ずこの液体と接触する。また、金属製のフランジ21bと導通しているので、フランジ21bを接地すれば導電性皮膜21cも接地される。
【0013】
第2の相違点は、吸入吐出口21aを下に向けてシリンジ20が配置されていることであり、第3は、吸入吐出口21aとESIプローブ10の液体試料接続口11とを連結する管路の全ての接液部Aが非導電性材料で構成されることである。ここで、接液部Aとは液体試料に接する部位の総称であって、例えば、図示の如く、導管24の内壁面は接液部Aである。導管24はもとより樹脂製であるので非導電性であるが、この導管24を吸入吐出口21aに接続するカップリング26も樹脂(例えばPEEK)で成型することで全ての接液部Aを非導電性にしている。
【0014】
上記構成において、プランジャロッド22cを押し込むことにより、液体試料が導管24を通してESI2に導入され、ESIプローブ10の先端のノズル孔13aから噴霧され、イオン化されて質量分析部1に導入され、質量分析が行われることは従来と変わりない。この過程で、接地された導電性皮膜21cを一方の電極として電気分解が起こり、バレル21内の液体試料中に気泡が発生する。発生した気泡はバレル21内を上昇するので下方に位置する吸入吐出口21aから吐出される液体試料中には気泡が混入しない。また、導管24やカップリング26には電極となり得る導電性接液部が存在しないので、これらの部分で気泡が発生することはない。
【0015】
図2に本発明の変形例を示す。同図においては、シリンジ20の一部のみを示すが、図示されない部分、及び全体的構成は図1と同様である。また、同図中で図1または図3と同符号を付したものは同一物(機能的な同一物を含む)であり、ここで再度の説明は省く。
図2(A)は、金属製のプランジャヘッド22aの前面がプランジャシール22bで覆われずに金属面が露出して露出金属面22dを形成する構造である。露出金属面22dはバレル21内の液体試料に接し、また、プランジャロッド22cを介して接地されているので、露出金属面22dを一方の電極として電気分解が起こり、その付近で気泡が発生するから、下方の吸入吐出口21aに気泡が入ることはない。耐薬品性を高める必要がある場合は、露出金属面22dに金メッキ等を施してもよい。
【0016】
図2(B)は、プランジャヘッド22aにプランジャシール22bを貫通する金属製のネジ22eを螺設し、その表面が、図2(A)における露出金属面22dと同様の導電性接液面となる構造であって、その作用も図2(A)の場合とほぼ同じである。
【0017】
なお、本発明は上記実施例に限らず、この他にも種々の変形例を挙げることができる。
例えば、シリンジ20は鉛直に設置する必要はなく、斜めに傾斜させてもよい。但し、その場合、吸入吐出口21aを下方に向けることが必要条件となる。斜めに傾斜させることで、例えば図2(A)の変形例において、バレル21内に空気が入ったとき、露出金属面22dが接液しなくなる問題が解消される。
また、シリンジ20とESIプローブ10を結ぶ管路についても、図3の従来例と同様に、ニードル23とカップリング25を介して導管24に接続してもよい。但し、この場合、ニードル23とカップリング25は樹脂製、または少なくとも接液面が樹脂等でコーティングされたものを用いることが必要である。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明は質量分析に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施例を示す図である。
【図2】本発明の他の実施例を示す図である。
【図3】従来の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0020】
1 質量分析部
2 ESI
10 ESIプローブ
11 液体試料接続口
12 ネブライザガス導入管
13 ノズル筒
13a ノズル孔
14 絶縁カバー
15 キャピラリ
16 高圧電源
20 シリンジ
21 バレル
21a 吸入吐出口
21b フランジ
21c 導電性皮膜
22 プランジャ
22a プランジャヘッド
22b プランジャシール
22c プランジャロッド
22d 露出金属面
22e ネジ
23 ニードル
24 導管
25 カップリング
26 カップリング
A 接液部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端に吸入吐出口を有する筒状のバレルと該バレルの内壁に密嵌しつつ摺動するプランジャとで構成され、プランジャの移動により前記バレル内に液体を吸入吐出するシリンジにおいて、前記バレルの内面または前記プランジャの一部に前記バレル内の液体に接すると共にシリンジ外部に電気的に導通する導電性接液面を有することを特徴とするシリンジ。
【請求項2】
前記請求項1記載のシリンジを用い、且つ、前記シリンジの吸入吐出口を下方に向けて配置すると共に前記吸入吐出口とエレクトロスプレーイオン化インターフェイスとを連結する管路の全ての接液部を非導電性材料で構成して成るインフュージョン試料導入装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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