説明

シリンジ及びそれを用いた全有機体炭素計

【課題】シリンジを低温環境下で使用したり低温試料を送液したりする場合にも気密性又は液密性が低下しないようにする。
【解決手段】シリンジ10は先端に液出入口をもつ円筒状のバレル38と、バレル38内面と気密及び液密を保って接触するプランジャチップ44を先端にもち、プランジャチップ44がバレル内面を摺動するようにバレル38の軸方向に移動するプランジャ42,44とを備え、プランジャ軸42の内部でプランジャチップ44の近傍にヒータ46が設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は全有機体炭素計(TOC計)等の各種分析計や医療用装置において液体や気体の流体を移送するために流体を吸入して吐出するシリンジと、そのシリンジを利用した一応用例としてのTOC計に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シリンジは、先端に液出入口をもつ円筒状のバレルと、バレル内面と気密及び液密を保って接触するプランジャチップを先端にもち、プランジャチップがバレル内面を摺動するようにバレルの軸方向に移動するプランジャを備えている。プランジャチップはバレル内壁との間の気密性又は液密性を維持するために、ゴムや樹脂などを材質とするのが通常である。耐薬品性と試料汚染低減の観点から、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)などのフッ素系樹脂が用いられているが、フッ素系樹脂は弾性が低いため良好な気密性及び液密生を維持しにくいという欠点をもっている。一方、バレルの材質としては一般にガラスが用いられている。
【0003】
このような材質のシリンジを低温環境、例えば10℃以下、で使用したり、低温試料、例えば5℃以下の試料、を送液するのに用いたりすると、プランジャチップとバレルの熱膨張係数の違いによってバレルよりもプランジャチップの方が大きく収縮して気密性及び液密性が低下する。その結果、送られる流体又は気体が隙間から漏れることがある。
【0004】
また、シリンジがTOC計の試料注入器として使用される場合には、バレルとプランジャチップの気密性の低下した部分から空気中の二酸化炭素が試料中に進入してTOC測定精度が低下する虞がある。
【0005】
そこで、従来はプランジャチップの内側に弾性体からなるOリングを設けることによってプランジャチップの弾性を補う手法が採られている。そのOリングの弾性力によってプランジャチップを常にバレル内壁に押し付けられる方向に付勢しようとするものである。
【0006】
シリンジ全体を加温した状態でガス状試料の分取及び移送を行うようにしたものは知られている(特許文献1参照。)。シリンジ全体を加温するのは、キシレン等の高沸点成分を含むガス状試料を分取して移送する場合に、その成分がシリンジ内面に吸着する等の現象が生じることがないようにするためである。
【特許文献1】特開平10−10104号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
プランジャチップの内側にOリングを設けたシリンジでは、やはり低温環境や低温試料の送液時にはプランジャチップの弾性を補いきれず、流体漏れや外部からのガス進入の虞は残る。それだけでなく、低温環境や低温試料の送液でない通常温度での使用時にも、Oリングの圧力が常にプランジャチップをバレル内壁に押し付ける方向に作用しているため、プランジャチップの外周面の磨耗が激しく、プランジャチップの寿命を短くする欠点がある。
本発明は、シリンジを低温環境下で使用したり低温試料を送液したりする場合にも気密性又は液密性が低下することのないシリンジを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のシリンジは、先端に液出入口をもつ円筒状のバレルと、バレル内面と気密及び液密を保って接触するプランジャチップを先端にもち、プランジャチップがバレル内面を摺動するようにバレルの軸方向に移動するプランジャとを備えたものであり、さらにプランジャチップの温度を上昇させることができるようにプランジャ内部にヒータが設けられたものである。
【0009】
低温環境で使用する場合や低温試料を送液する場合には、プランジャ内に備えたヒータに通電することによってプランジャを加温し、その熱によりプランジャチップ温度を一定温度以上に保つことができる。これにより温度低下に伴うバレル内壁面とプランジャチップ外周面との接触面に隙間が生じることを防ぐことができる。
【0010】
プランジャとプランジャチップの材質や寸法により熱容量が決まるので、それに適した出力のヒータを選択することにより、特にプランジャチップの温度を測定してその温度が一定になるように制御しなくても、ヒータに連続通電して温度を平衡状態に保つことができる。
【0011】
しかしながら、プランジャチップの温度を正確に一定温度に保ちたいという要請がある場合には、プランジャ内でプランジャチップの温度を検出できる位置にヒータと直接接触しない状態で温度センサを埋め込み、その温度センサによる検出温度に基づいてヒータへの通電が制御されるようにしてもよい。
【0012】
本発明のシリンジは各種分析計や医療用装置に用いることができるが、その一例はTOC計である。TOC計は、水溶液試料中の全炭素をCO2に変換するTC酸化反応部を少なくとも含む反応部と、水溶液試料の一定量を採取して反応部に注入する試料注入器と、反応部にキャリアガスを供給するキャリアガス供給部と、反応部からキャリアガスとともに送られてきたCO2を検出するCO2検出部とを備えている。本発明のTOC計では試料注入器で水溶液試料の採取と反応部への注入を行う採取・注入機構として本発明のシリンジが用いられ、さらに、シリンジに設けられたヒータへの通電を行う電源装置を備えている。
【0013】
このTOC計において、ヒータへの通電を行うか否かは作業者が環境温度や送液する試料温度から判断して必要な場合に通電するように操作することができる。しかしながら、環境温度を検出して自動的に通電を行わせるようにすることもできる。その場合はこのTOC計の周囲の環境温度を検出する環境温度センサをさらに備え、電源装置は環境温度が予め定められた温度以下のときにシリンジに設けられたヒータへの通電を行うものとする。
【0014】
同様に試料温度を検出して必要な場合に自動的にヒータに通電するようにすることもできる。その場合は試料注入器へ水溶液試料を供給する流路に試料温度を検出する試料温度センサをさらに備え、電源装置は試料温度が予め定められた温度以下のときにシリンジに設けられたヒータへの通電を行うものとする。
【0015】
さらに環境温度センサと試料温度センサをともに備え、電源装置は環境温度が予め定められた温度以下になったとき、又は試料温度が予め定められた温度以下になったときにシリンジに設けられたヒータへの通電を行うようにしてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明のシリンジでは、プランジャ内部でプランジャチップの近傍にヒータを設けたので、低温環境で使用したり低温試料を送液する際には、ヒータに通電することによってプランジャチップ温度を一定温度以上に保つことができ、温度低下に伴うバレル内壁面とプランジャチップ外周面との接触面に隙間が生じることを防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
(実施例1)
図1は一実施例のシリンジが適用される分析装置の一実施例としてのTOC計を表わす。TOC計本体内には水溶液試料中のTC(全炭素)をCO2に変換するTC酸化反応部2と、水溶液試料中のIC(無機体炭素)をCO2に変換するIC反応部4が設けられている。水溶液試料の一定量を採取してTC酸化反応部2又はIC反応部4へ導くために、試料注入器6が設けられており、試料注入器6はマルチポートバルブ8と一実施例としてのマイクロシリンジ10を備えている。マルチポートバルブ8には試料容器12が接続されており、サンプル容器12内の水溶液試料がマイクロシリンジ10で一定量採取され、TC酸化反応部2又はIC反応部4へ導かれる。
【0018】
TC酸化反応部2には酸化触媒が充填されたTC燃焼管14が設けられ、TC燃焼管14を加熱するためにTC燃焼管14の外側に加熱炉16が設けられている。TC燃焼管14にはスライド式の試料注入部18が設けられ、水溶液試料は試料注入部18を経てTC燃焼管14に注入され、また、ガス流量制御部20からキャリアガスとして純酸素ガス又は酸素を含むガス(例えば炭素分を除いた高純度空気)が試料注入部18からTC燃焼管14へ供給される。TC燃焼管14の出口はIC反応部4を経て除湿及び除塵を行う除湿ガス処理部22へ接続され、除湿ガス処理部22からNDIR(非分散型赤外分光光度計)のCO2検出部24へ接続されている。
【0019】
マルチポートバルブ8には塩酸などの酸水溶液を供給する流路が接続され、ガス流量制御部20からのキャリアガスはマイクロシリンジ10内にも導くことができるようになっている。これより、マイクロシリンジ10に採取された試料溶液に酸を添加し、キャリアガスをスパージガスとして吹き込んで試料溶液中のICを除去できるようになっている。
【0020】
IC反応部6には、IC反応液が充填されたIC反応器28が備えられており、スライド式の試料注入部26を経て試料注入器6から液体試料が注入されるようになっている。IC反応器28では注入された液体試料中のICがCO2として発生し、TC酸化反応部2を経て供給されるキャリアガスによって除湿ガス処理部22からCO2検出部24へ導かれる。IC反応器28にはIC反応液を供給するIC反応液供給器(図示略)が接続され、IC反応器28のIC反応液を排出するドレインバルブ(図示略)も設けられている。
【0021】
TC酸化反応部2からIC反応部4に至る流路には、TC酸化反応部2からのガスが冷却されて生じた水蒸気を凝縮して保持するブランクチェック用超純水トラップ30が設けられている。超純水トラップ30に保持された超純水の流路は、マルチポートバルブ8の1つのポートに接続され、試料注入用のマイクロシリンジ10により採取してTC酸化反応部2へ注入できるように接続されている。
【0022】
マルチポートバルブ8の他のポートには、他の試料を供給するためのオートサンプラと、試料の希釈や流路の洗浄に用いて希釈水を供給する流路も接続されている。
【0023】
マイクロシリンジ10としては本発明の一実施例であるシリンジを用いる。マイクロシリンジ10は図2及び図3に示されたものであり、バレル38とプランジャ42,44を備えている。バレル38は硬質ガラス製であり、円筒状をなしている。バレル38の先端には液出入口40が設けられている。バレル38内にはプランジャ軸42の先端にプランジャチップ44が取り付けられたプランジャが設けられ、プランジャはバレル38の軸方向に沿って前後方向(前進する方向と後退する方向)に移動できるように支持されている。プランジャ軸42はステンレス製、プランジャチップ44はPTFE製である。
【0024】
プランジャ軸42の内部にはその先端部、すなわちプランジャチップ44の温度を上昇させることができる位置にはカートリッジヒータ46が設けられている。ヒータ46の電極引出線48はプランジャ軸42の内部を通ってプランジャ軸42の基端部から外部に引き出され、電源装置50(図1)に接続されている。この実施例ではプランジャ内にはヒータ46が設けられているが、温度センサは設けられていない。
【0025】
シリンジ10は容量が5mLのものであり、プランジャ軸42の直径は8mmである。プランジャ軸42の中心軸には基端部側から直径4mmの穴が開けられ、その穴の先端部にヒータ46が挿入されて固定されている。このようなシリンジ10において、ヒータ46を連続通電して加熱したときにプランジャチップ44を周囲温度よりも約10℃高い温度に加温するためのヒータ46として、発熱量が3Wのカートリッジヒータを選択して使用している。
【0026】
このTOC計においては、環境温度を測定するための環境温度センサ52が設けられている。その温度センサ52による検出温度が15℃未満になると電源装置50はヒータ46への通電を行うように電源装置50にプログラムが施されている。
【0027】
この実施例ではプランジャチップ44の温度を検出してその温度からヒータ46への通電を制御するフィードバック回路は設けられていないが、連続して通電するだけでプランジャ軸42及びプランジャチップ44の熱容量及び送液される試料の熱容量から周囲温度よりも約10℃高い温度に保たれる。そしてフィードバック回路を設けないことにより装置コストを抑えることができる。
【0028】
シリンジ10が図1に示されるような通気処理用のガスを供給できるものである場合には、シリンジ10に液を吸入するときにプランジャチップ44が後退する位置よりも先端側に通気処理ガスを供給するための導入口54を設ける。そのようなシリンジ10の形態では、プランジャチップ44は導入口54よりも基端側まで後退してバレル38内に試料と酸を吸入し、シリンジ10が外気に導通するようにバルブ8が切り替えられた後、導入口54からキャリアガスが導入されてバレル内の試料が通気処理され、もともと試料に含まれていた無機体炭素が放出される。
【0029】
試料の通気処理を試料容器12で行うようにすることもできる。その場合にはシリンジ10には通気処理のための導入口54を設ける必要はない。
【0030】
(実施例2)
実施例2はプランジャ内の先端部、すなわちプランジャチップ44の温度を検出できる位置にプランジャチップ44の温度を検出するための温度センサを備えたものである。具体的には、図4に示されるようにプランジャ軸42の中心軸に穴が開けられ、その穴の先端部でカートリッジヒータ46よりもさらに先端側に、ヒータ46と直接接触しないでプランジャチップ44の温度を検出できるように温度センサ56としてサーミスタが配置されている。温度センサ56のリード線58もプランジャ軸42の基端部側から取り出され、電源装置50に接続されている。
【0031】
この実施例では、ヒータ46に通電を行う際に、温度センサ56による温度検出信号に基づいて温度センサ56の検出温度が一定になるように、電源装置50によりヒータ46への通電がフィードバック制御される。
【0032】
この実施例ではヒータ46の電力をプランジャ軸42、プランジャチップ44や送液される液体の熱容量に合わせて最適なものを選択しなくても、フィードバックによりプランジャチップ44の温度を所定の温度に保つことができる利点がある。
【0033】
(実施例3)
図1に示されるように、試料容器12からシリンジ10へ試料を供給する流路に試料温度センサ60が設けられている。この温度センサ60により送液しようとする試料の温度が検出される。温度センサ60は電源装置50に接続され、供給される試料の温度が所定の温度以下の場合に電源装置50はシリンジのヒータ46への通電を行うように電源装置50がプログラムされている。
【0034】
図1の実施例では、環境温度センサ52と試料温度センサ60が設けられているので、電源装置50は環境温度が予め定められた温度以下になったとき、又は試料温度が予め定められた温度以下になったときにヒータ46への通電を行うようにプログラムが施されていてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】一実施例のTOC計を示す概略構成図である。
【図2】一実施例のシリンジを示す概略構成図である。
【図3】同実施例のシリンジにおけるプランジャを示す概略正面図である。
【図4】他の実施例のシリンジにおけるプランジャを示す概略正面図である。
【符号の説明】
【0036】
2 TC酸化反応部
4 IC反応部
6 試料注入器
8 マルチポートバルブ
10 マイクロシリンジ
38 バレル
42 プランジャ軸
44 プランジャチップ
46 カートリッジヒータ
50 電源装置
52 環境温度センサ
56 温度センサ
60 試料温度センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端に液出入口をもつ円筒状のバレルと、
前記バレル内面と気密及び液密を保って接触するプランジャチップを先端にもち、前記プランジャチップが前記バレル内面を摺動するように前記バレルの軸方向に移動するプランジャと、
前記プランジャチップの温度を上昇させることができるように、前記プランジャ内部に設けられたヒータと、
を備えたシリンジ。
【請求項2】
前記プランジャ内でプランジャチップの温度を検出できる位置には前記ヒータと直接接触しない状態で温度センサが埋め込まれており、前記温度センサによる検出温度に基づいて前記ヒータへの通電が制御される請求項1に記載のシリンジ。
【請求項3】
水溶液試料中の全炭素をCO2に変換するTC酸化反応部を少なくとも含む反応部と、水溶液試料の一定量を採取して前記反応部に注入する試料注入器と、前記反応部にキャリアガスを供給するキャリアガス供給部と、前記反応部からキャリアガスとともに送られてきたCO2を検出するCO2検出部とを備えた全有機体炭素計において、
前記試料注入器で水溶液試料の採取と反応部への注入を行う採取・注入機構として請求項1又は2に記載のシリンジが用いられ、
さらに、前記シリンジに設けられたヒータへの通電を行う電源装置を備えたことを特徴とする全有機体炭素計。
【請求項4】
この全有機体炭素計の周囲の環境温度を検出する環境温度センサをさらに備え、
前記電源装置は環境温度が予め定められた温度以下のときに前記シリンジに設けられたヒータへの通電を行うものである請求項3に記載の全有機体炭素計。
【請求項5】
前記試料注入器へ水溶液試料を供給する流路に試料温度を検出する試料温度センサをさらに備え、
前記電源装置は試料温度が予め定められた温度以下のときに前記シリンジに設けられたヒータへの通電を行うものである請求項3又は4に記載の全有機体炭素計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−139332(P2009−139332A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−318720(P2007−318720)
【出願日】平成19年12月10日(2007.12.10)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】