説明

シルクフィブロイン多孔質体の製造方法

【課題】本発明は、多孔質体の強度を容易に調整し、より高い強度を有する多孔質体を製造する方法を提供すること。
【解決手段】シルクフィブロイン水溶液に、シルクフィブロインの濃度が10〜50質量%となるように脂肪族カルボン酸を添加して得られたシルクフィブロイン溶液を凍結し、融解することを特徴とするシルクフィブロイン多孔質体の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シルクフィブロイン多孔質体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質や糖類などの生物由来物質を利用して作製可能である多孔質体は、医療分野、生活日用品分野、浄水分野、化粧品・エステ分野、組織工学や再生医工学における細胞培養支持体や組織再生支持体など産業上幅広い分野で利用される。
これら多孔質体を構成する生体由来物質としては、セルロースやキチン等の糖類、コラーゲン、ケラチン、シルクフィブロイン等のタンパク質群が知られている。
【0003】
このうち、タンパク質としては、コラーゲンが一番よく利用されてきたが、BSE問題が発生してから牛由来のコラーゲンを利用することが非常に難しくなってきた。また、ケラチンは、羊毛や羽毛から得ることができるが、原料入手に問題があり、工業的に利用することは難しい。羊毛は、原料価格が非常に高騰しており、羽毛に関しては市場がないため、原料を入手することができない。これらに対して、シルクフィブロインは、原料入手の観点からは、安定に供給されることが期待でき、さらに価格も安定しているので、工業的に利用することが容易である。
シルクフィブロインは、衣類用途以外に、手術用縫合糸として長く使用されてきた実績があり、現在では食品や化粧品の添加物としても利用され、人体に対する安全性にも問題がないことから上記した多孔質体の利用分野に十分利用可能である。
【0004】
シルクフィブロイン多孔質体を作製する手法に関しては、いくつか報告がある。例えば、シルクフィブロイン水溶液を急速冷凍したのち結晶化溶媒に浸漬し、融解と結晶化を同時進行することによって得る方法がある(特許文献1)。しかしながら、この方法は結晶化溶媒である有機溶媒を大量に使用する必要があり、さらに溶媒の残留の可能性も否定できず、医療分野等の上記した応用分野での使用には問題がある。次に、シルクフィブロイン水溶液のpHを6以下に保持してゲル化させるか又はその水溶液に貧溶媒を添加してゲル化させ、得られたゲルを凍結乾燥して多孔質体を作製する方法がある(特許文献2)。しかしながら、この方法は十分な強度をもった多孔質体を得ることはできない。他に、シルクフィブロイン水溶液を冷凍した後に長時間凍結状態を維持することで多孔質体を作製する手法が報告されている(特許文献3)。しかしながら、発明者らの検討ではこの手法は再現性が乏しく、多孔質体が作製できないことが多い。
上記したシルクフィブロイン多孔質体の作製手法と比較すると、確実で簡便な手法が報告されている(特許文献4;非特許文献1)。シルクフィブロイン水溶液に対して少量の水溶性有機溶媒を添加した後に、一定時間冷凍して融解することによってシルクフィブロイン多孔質体が得られる手法である。この手法では、少量使用した有機溶媒も超純水による洗浄工程による除去から残留有機溶媒もほぼなくなり、さらには、得られた含水状態の多孔質体は、それまでに報告されていたものよりも強度が高く形態安定性に優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−41097号公報
【特許文献2】特公平6−94518号公報
【特許文献3】特開2006−249115号公報
【特許文献4】特許第3412014号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Biomacromolecules,6,3100−3106(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の生物由来物質から得られる多孔質体の利用可能分野あるいは使用方法は幅広く、各用途に応じて要求される特性、例えば多孔質体の強度などの特性は多岐にわたっている。とりわけ、より高い強度を有するものに対する要求が増加しており、従来の技術を用いて得られるシルクフィブロイン多孔質体の製造方法では対応しきれない場合が増える傾向にある。
そこで、本発明は、多孔質体の強度を容易に調整し、より高い強度を有する多孔質体を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、前記課題を達成するために鋭意研究を重ねた結果、下記の発明により当該課題を解決できることを見出した。すなわち本発明は、シルクフィブロインの含有量が10〜50質量%であるシルクフィブロイン水溶液に脂肪族カルボン酸を添加したシルクフィブロイン溶液を凍結し、融解することを特徴とするシルクフィブロイン多孔質体の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、様々な多孔質体の強度を有するシルクフィブロイン多孔質体、とりわけより高い強度を有するシルクフィブロイン多孔質体を簡便に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】シルクフィブロイン多孔質体の切削における該多孔質体断面を示す模式図である。
【図2】実施例1で作製したシルクフィブロイン多孔質体の表面(フィルム層)の走査型電子顕微鏡写真である。
【図3】実施例1で作製したシルクフィブロイン多孔質体の断面(多孔質層)の走査型電子顕微鏡写真である。
【図4】実施例2で作製したシルクフィブロイン多孔質体の断面(多孔質層)の走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】実施例3で作製したシルクフィブロイン多孔質体の断面(多孔質層)の走査型電子顕微鏡写真である。
【図6】実施例4で作製したシルクフィブロイン多孔質体の断面(多孔質層)の走査型電子顕微鏡写真である。
【図7】実施例5で作製したシルクフィブロイン多孔質体の断面(多孔質層)の走査型電子顕微鏡写真である。
【図8】実施例6で作製したシルクフィブロイン多孔質体の断面(多孔質層)の走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体の製造方法は、シルクフィブロインの含有量が10〜50質量%であるシルクフィブロイン水溶液に脂肪族カルボン酸を添加したシルクフィブロイン溶液を凍結し、融解することを特徴とする。
また、本発明の製造方法においては、シルクフィブロイン溶液を該溶液が凝固しない温度で1時間以上静置した後、凍結し、融解することが好ましく、また、融解後に得られた多孔質体を純水中に浸漬して前記脂肪族カルボン酸を除去する工程をさらに有することが好ましい。
【0012】
本発明で用いられるシルクフィブロインは、家蚕、野蚕、天蚕等の蚕から産生されるものであればいずれでもよく、その製造方法も問わない。本発明では、シルクフィブロイン水溶液として用いるが、シルクフィブロインは溶解性が悪く、直接水には溶解することが困難である。シルクフィブロイン水溶液を得る方法としては、公知のいかなる手法を用いてもよいが、高濃度の臭化リチウム水溶液にシルクフィブロインを溶解後、透析による脱塩、風乾による濃縮を経る手法が簡便である。ここで、臭化リチウム水溶液の濃度は、8〜10Mが好ましく、8.5〜9.5Mがより好ましい。臭化リチウム水溶液の濃度が、上記範囲内であると、シルクフィブロイン溶液がゲル化しにくく、安定して均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。
【0013】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体の製造方法において、シルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインの濃度は、脂肪族カルボン酸を添加したシルクフィブロイン溶液中で10〜50質量%となるような濃度であることを要する。この範囲内に設定することで、高い強度を持ったシルクフィブロイン多孔質体を効率的に製造することができる。また、フィブロインの濃度を調節することで、必要に応じた強度のシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。例えば、より強度が高い多孔質体が必要であればフィブロイン濃度を30〜50質量%とすることが好ましく、40〜50質量%とすることがより好ましい。
【0014】
本発明において、シルクフィブロイン水溶液に添加する脂肪族カルボン酸は、シルクフィブロインの多孔質化を促進させる効果を有する添加剤である。脂肪族カルボン酸としては、特に制限はないが、水溶性のものが好ましく、水への溶解度が高いものがより好ましい。また、本発明において用いられる脂肪族カルボン酸としては、pKaが、5.0以下のものが好ましく、3.0〜5.0のものがより好ましく、3.5〜5.0のものがさらに好ましい。
本発明において用いられる脂肪族カルボン酸としては、例えば、好ましくは炭素数1〜6、より好ましくは炭素数3〜5の飽和または不飽和のモノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸を好ましく用いることができ、例えば、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、アクリル酸、2−ブテン酸、3−ブテン酸などのモノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸などのジカルボン酸などが好ましく挙げられる。これらの脂肪族カルボン酸は、単独あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0015】
本発明において、高い強度を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ようとする場合、直鎖の構造を有し、炭素数が多い脂肪族カルボン酸を用いることが好ましい。また、本発明において、小さい細孔直径を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ようとする場合は、脂肪族カルボン酸を使用することが好ましく、より小さい細孔直径のものを得ようとするには、直鎖の構造を有し、炭素数が多い脂肪族カルボン酸を用いることが好ましい。
【0016】
シルクフィブロイン水溶液に添加する脂肪族カルボン酸の量は、シルクフィブロイン溶液中で0.01〜18質量%であることが好ましく、0.1〜5質量%であることがより好ましく、0.5〜4質量%であることがさらに好ましい。この範囲内に設定することで、高い強度を持ったシルクフィブロイン多孔質体を製造することができる。また、4質量%以下であれば、シルクフィブロイン水溶液に脂肪族カルボン酸を添加したシルクフィブロイン溶液を静置する際、該溶液がゲル化しにくく、安定して均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。また、シルクフィブロイン水溶液に脂肪族カルボン酸を添加する際に起こりやすいゲル化を予防するために、目的とするフィブロイン濃度よりも高濃度なシルクフィブロイン水溶液を予め調製しておき、そこに脂肪族カルボン酸の希釈水溶液を加えることがさらに好ましい。
【0017】
本発明の製造方法では、シルクフィブロイン水溶液に脂肪族カルボン酸を添加したシルクフィブロイン溶液を、該溶液が凝固しない温度で10時間以上静置することが好ましい。静置の工程を加えることにより、高い強度を有し、かつ安定して均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。該シルクフィブロイン溶液の静置は、該溶液を型あるいは容器に流し込んで、所定の温度条件下で行えばよい。
静置する際の温度は、凝固しない温度であれば特に制限はないが、凝固のしにくさ、溶液のゲル化のしにくさ、あるいはフィブロイン分子の分解の起こりにくさを考慮すると、−5〜50℃であることが好ましく、−3〜20℃がより好ましく、3〜10℃がさらに好ましい。シルクフィブロイン溶液を静置する温度を調節することで、得られるシルクフィブロイン多孔質体の細孔直径や強度を調整することができ、温度を3〜10℃とすることで、特に細孔直径が小さく、強度の高い多孔質体が得られる。
【0018】
シルクフィブロイン溶液を静置する時間は、10時間以上であれば特に制限はないが、製造効率を考慮すると、300時間以内が好ましく、200時間以内がより好ましい。シルクフィブロイン溶液を静置する時間を調節することで、得られるシルクフィブロイン多孔質体の細孔直径や強度を調節することができ、時間を長くすると、細孔直径が小さく、より強度が高い多孔質体が得られる。
【0019】
本発明の製造方法では、シルクフィブロイン水溶液と脂肪族カルボン酸とを混合してシルクフィブロイン溶液を調製した後、あるいは該シルクフィブロイン溶液を調製して、該シルクフィブロイン溶液を静置した後、低温恒温槽中に入れて凍結させ、次いで融解することによって、シルクフィブロイン多孔質体を製造する。
凍結温度は、脂肪族カルボン酸を含有させたシルクフィブロイン溶液が凍結する温度であれば特に制限されないが、−4〜−40℃が好ましく、−10〜−30℃がより好ましく、−10〜−20℃がさらに好ましい。凍結温度を上記範囲内にすると、シルクフィブロイン多孔質体を再現よく得ることができる。
凍結時間は、十分に凍結し、かつ凍結状態を一定時間保持できるよう、所定の凍結温度で2時間以上であることが好ましく、4時間以上がより好ましい。
【0020】
凍結の方法としては、静置後のシルクフィブロイン溶液を一気に凍結温度まで下げて凍結してもよいが、静置を常温程度の温度条件で行った場合には、静置の後、凍結の前に過冷却状態を経て凍結することが好ましい。なお、溶液が過冷却状態となるような温度条件で静置を行った場合には、改めて過冷却状態を経て凍結しなくてもよい。
過冷却状態とする方法としては、例えば一旦、5〜−10℃程度、好ましくは0〜−5℃程度で、30分以上保持して容器内を均一にして過冷却状態としてから、凍結温度まで下げて凍結することで、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。静置あるいは過冷却状態から凍結温度までにかける時間を調整することで、多孔質体の構造や強度をある程度制御することが可能であり、例えば、0.1〜2℃/h程度でゆっくり温度を下げると、より高い強度のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。
【0021】
上記のようにして凍結した後、凍結したシルクフィブロイン溶液を、融解することによってシルクフィブロイン多孔質体が得られる。融解の方法は特に制限はないが、自然融解のほか、恒温槽内に保管する方法などが挙げられる。
【0022】
得られたシルクフィブロイン多孔質体には脂肪族カルボン酸が含まれるが、用途に応じて、脂肪族カルボン酸を除去する必要がある場合には、適当な方法でシルクフィブロイン多孔質体から脂肪族カルボン酸を除去して用いることができる。たとえば、多孔質体を、純水中に浸漬して、脂肪族カルボン酸を除去することが最も簡便な方法として挙げられる。
【0023】
本発明の製造方法により得られるシルクフィブロイン多孔質体は、多孔質体作製時の型や容器を適宜選択することにより、フィルム状、ブロック状、管状等、目的に応じた形状とすることができる。型や容器としては、シルクフィブロイン溶液が流出しない形状・形態のものであれば制限はなく、その素材としては、鉄、ステンレス、アルミニウム、金、銀、銅などの熱伝導率が高い素材を用いることが、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得る観点から好ましい。また、型や容器の厚さは、その機能と凍結の際の膨張などによる変形などを防止する観点から、0.5mm以上であることが好ましく、取り扱いが容易で、冷却効率的な観点から、より好ましくは1〜3mmである。
【0024】
これらの型や容器から取り出したシルクフィブロイン多孔質体において、該型や容器に触れる面には、厚さ1〜100μm程度のフィルム層が形成している。該フィルム層は、細孔を有さない層である。ここで、細孔を有さないとは、細孔は原則存在しない、すなわち実質的に細孔を有さず、細孔を有していてもその細孔は製造上の欠陥として生じてしまうものであることを意味する。より具体的には、細孔を有する場合でも、その細孔直径が0.5μm以上の細孔の個数は20個/mm2以下、好ましくは10個/mm2以下程度のものであり、その細孔の割合は面積比で10%以下、好ましくは5%以下程度のものである。ここで、フィルム層の細孔の面積比、細孔の個数及び細孔直径は、走査型電子顕微鏡写真を、画像解析ソフトImageJ(アメリカ国立衛生研究所製)を用いて画像処理することで測定したものである。
【0025】
一方、本発明の製造方法により得られるシルクフィブロイン多孔質体において、上記した多孔質層は、多数の細孔を有するスポンジ状の多孔質構造を有するものであり、好ましくは1〜300μmの孔径を有する。このように、該フィルム層は、細孔の観点から該フィルム層に囲まれた内側にある多孔質体とは全く異なる性状を有する層である。
【0026】
本発明の製造方法で得られるシルクフィブロイン多孔質体は、多孔質層、及びそのまわりを被覆するフィルム層を含む構成を有するものであり、その用途に応じて、フィルム層を取り除いて用いてもよいし、積極的にフィルム層を残して用いてもよいものである。例えば、ブロック状の型あるいは容器で作製したシルクフィブロイン多孔質体の場合、側面の四面のフィルム層を取り除き、多孔質層の部分で切削すると、多孔質層とフィルム層とを含む構成を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる(図1を参照)。ここで、フィルム層の除去や多孔質層の切削には、切削工程で常用される器具、装置などを制限なく用いることができるが、鋭利な刃物を用いることが好ましい。
【0027】
また、本発明の製造方法で用いられる型や容器は、前記フィルム層の構造や厚さを制御することを目的として、その内側のシルクフィブロイン溶液と接する内壁面に、シートを設けることができる。
該シートとしては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)やテトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などのフッ素樹脂からなるシート、あるいはポリエチレンテレフタレート(PET)やポリプロピレン(PP)などからなる離型処理されたシートなどが好ましく挙げられる。これらのシートを用いた場合、細孔が少なく平滑なフィルム層を得ることができる。また、フィルム層を設けたくない場合は、ろ紙などといった表面が粗いシートを設けることもできる。これらのシートの採用については、多孔質体の用途に応じて、適宜選択すればよい。
また、シートは、熱伝導を阻害しにくい厚さ1mm以下のものを用いることが好ましい。
【0028】
本発明の製造方法により得られるシルクフィブロイン多孔質体において、多孔質層は、上記したように、多数の細孔を有するスポンジ状の多孔質構造であり、通常この多孔質層には凍結乾燥などにより水除去を行わなければ水が含まれ、含水状態で硬い構造物である。また、多孔質体を凍結乾燥することにより、シルクフィブロイン多孔質体の乾燥品を得ることができる。
【0029】
本発明の製造方法により得られるシルクフィブロイン多孔質体は、引張弾性率で0.5〜70.1MPaという極めて高い強度を有するものであり、特許文献4において使用されている水溶性有機溶媒であるメタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール、グリセロール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ピリジン、アセトン、アセトニトリルを用いた多孔質体よりも優れた力学的特性を有している。
【0030】
多孔質体における多孔質層中の細孔直径は、上記したように好ましくは1〜300μmであり、シルクフィブロイン水溶液に加える脂肪族カルボン酸の種類、シルクフィブロイン水溶液と添加剤とを混合して得た溶液の濃度や該溶液を静置する時間や温度、静置後凝固温度まで冷却する際の降温速度などを変化させることである程度制御することが可能である。また、脂肪族カルボン酸を用いた場合には、1〜50μmという極めて小さいものも製造可能である。
【0031】
また、多孔質体の空孔率は、適宜調整可能であるが、通常55%以上程度であり、好ましくは80%以上と調整することもでき、より好ましくは90%以上と調整することもできる。ここで、空孔率は、以下のようにして得られる値である。まず、得られた多孔質体を純水中に1日静置し完全に吸水させ、秤量した後(湿重量)、凍結乾燥して多孔質体中の水分を完全に除去し、再度秤量する(乾燥重量)。次いで、水の密度を1g/cm3、フィブロインの密度を1.2g/cm3、含水状態のフィブロイン多孔質体の密度を1g/cm3と仮定し、次式に従って得られる値をシルクフィブロイン多孔質体の空孔率とした。
空孔率=(湿重量−乾燥重量/1.2)/湿重量×100
このように、本発明の製造方法で得られたシルクフィブロイン多孔質体は極めて大きい空孔率を有するものであり、様々な用途において、優れた性能を示すものである。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0033】
実施例1
(シルクフィブロイン溶液の調製)
シルクフィブロイン水溶液は、シルクフィブロイン粉末(KBセーレン社製、商品名:「フィブロインIM」)を9M臭化リチウム水溶液に溶解し、遠心分離で不溶物を除去したのち、超純水に対して透析を繰り返すことによって得た。得られたシルクフィブロイン水溶液を透析チューブ中で風乾し濃縮した。この濃縮液に添加剤として酢酸水溶液を添加し、シルクフィブロイン濃度が10質量%、酢酸濃度が2質量%であるシルクフィブロイン溶液を調製した。
(多孔質体の製造)
このシルクフィブロイン溶液をアルミ板で作製した型(内側サイズ;80mm×40mm×4mm)に流し込み、低温恒温槽(EYELA社製NCB−3300)に入れて−5℃で2時間静置した。その後下記条件で凍結した。
(凍結条件)
凍結は、予め低温恒温槽の初期温度を−5℃に冷却しておいた低温恒温槽中にシルクフィブロイン溶液を入れた型を投入し、3℃/時間の速度で−20℃まで冷却し、そのままの温度で5時間保持した。
凍結した試料を自然解凍で室温に戻してから、型から取り出し、超純水に浸漬し、超純水を1日2回、3日間交換することによって、使用した酢酸を除去した。
【0034】
得られたシルクフィブロイン多孔質体の構造を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。走査型電子顕微鏡は、Philips社製XL30−FEGを使用して、低真空無蒸着モード、加速電圧10kVで測定を行った。なお、シルクフィブロイン多孔質体の構造は、多孔質体の表面(フィルム層)及び多孔質体を切断して露出させた内部(多孔質層)を観察した。フィルム層及び多孔質層の走査型電子顕微鏡写真を各々図2及び図3に示す。
【0035】
(引張弾性率)
得られたシルクフィブロイン多孔質体の力学的特性を、INSTRON社マイクロテスター5548型を用いて評価した。作製したシルクフィブロイン多孔質体から40mm×4mm×4mmの試験片を切り出し、この試験片を2mm/minの条件で引っ張った際の強度とひずみをグラフ化し、傾きから引張弾性率を求めた。その結果を表1に示す。なお、引張弾性率は、作製した多孔質体から5点の試験片を作製し、さらに異なる日に作製した多孔質体から5点の試験片を切り出し、それら10点について測定を行った際の測定結果の平均値を示している。
【0036】
(空孔率)
得られた多孔質体を純水中に1日静置し完全に吸水させ、秤量した後(湿重量)、凍結乾燥して多孔質体中の水分を完全に除去し、再度秤量した(乾燥重量)。水の密度を1g/cm3、フィブロインの密度を1.2g/cm3、含水状態のフィブロイン多孔質体の密度を1g/cm3と仮定し、次式に従ってシルクフィブロイン多孔質体の空孔率の測定を行った。
空孔率=(湿重量−乾燥重量/1.2)/湿重量×100
【0037】
実施例2〜31及び比較例1〜15
実施例1において、第1表に示されるシルクフィブロイン濃度、添加剤の種類、添加剤の濃度及び低温恒温槽の初期温度とした以外は実施例1と同様にしてシルクフィブロイン多孔質体を得た。得られた多孔質体について、実施例1と同様にして引張弾性率及び空孔率を測定した。これらの数値を第1−1〜1−3表に示す。また、実施例2〜6で得られた多孔質体の断面(多孔質層)を、走査型電子顕微鏡を用いて撮影した。撮影した走査型電子顕微鏡写真を各々図4〜8に示す。
【0038】


【表1】

【0039】
【表2】

【0040】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の製造方法により得られるシルクフィブロイン多孔質体は、吸水性が高く、かつ安全性にも問題がないことから、保湿などを目的とした化粧品・エステ分野などに広く適用することができる。具体的には、ピーリングパックや化粧用パフとして好適に使用することができる。また、凍結に用いる容器の形状を変えることで、所望の形状のものを容易に得ることができることから、例えば、顔の形状に合わせたフェイスマスクとして好適に使用することができる。
また、本発明の製造方法により得られるシルクフィブロイン多孔質体は、吸水量を変えることでその重さを制御することができ、かつ安全性にも問題がないことから、例えば、内視鏡観察下で切除された生体組織を牽引するための重りとして、好適に使用し得る。
その他、癒着防止膜、創傷被覆材や薬剤徐放担体など、止血スポンジなどの医療分野、紙おむつや生理用品などの生活日用品分野、組織工学や再生医工学における細胞培養支持体や組織再生支持体、微生物や細菌などの住処になる支持体などに好適に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シルクフィブロイン水溶液に、シルクフィブロインの濃度が10〜50質量%となるように脂肪族カルボン酸を添加して得られたシルクフィブロイン溶液を凍結し、融解することを特徴とするシルクフィブロイン多孔質体の製造方法。
【請求項2】
前記シルクフィブロイン溶液を該溶液が凝固しない温度で静置した後、凍結し、融解することを特徴とする請求項1に記載のシルクフィブロイン多孔質体の製造方法。
【請求項3】
前記シルクフィブロインの濃度が、30〜50質量%である請求項1又は2に記載のシルクフィブロイン多孔質体の製造方法。
【請求項4】
前記溶液が凝固しない温度が、−5〜50℃の範囲である請求項2又は3に記載のシルクフィブロイン多孔質体の製造方法。
【請求項5】
融解後に得られた前記多孔質体を、純水中に浸漬して前記脂肪族カルボン酸を除去する工程をさらに含む請求項1〜4のいずれかに記載のシルクフィブロイン多孔質体の製造方法。
【請求項6】
前記脂肪族カルボン酸の添加量が、シルクフィブロイン溶液中で0.01〜18.0質量%である請求項1〜5のいずれかに記載のシルクフィブロイン多孔質体の製造方法。
【請求項7】
前記脂肪族カルボン酸が、炭素数1〜6の飽和又は不飽和のモノカルボン酸、ジカルボン酸、及びトリカルボン酸からなる群から選ばれる1種以上である請求項1〜7のいずれかに記載のシルクフィブロイン多孔質体の製造方法。
【請求項8】
前記脂肪族カルボン酸が、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、アクリル酸、2−ブテン酸、3−ブテン酸及びコハク酸からなる群から選ばれる1種以上である請求項8に記載のシルクフィブロイン多孔質体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−82244(P2012−82244A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227030(P2010−227030)
【出願日】平成22年10月6日(2010.10.6)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】