シルクフィブロイン多孔質体
【課題】細孔の状態が互いに異なる二つの層が積層する新規な層構成を有するシルクフィブロイン多孔質体を提供すること。
【解決手段】シルクフィブロインを含有し、多孔質層の一方の面のみにフィルム層を有し、該多孔質層における細孔の面積比が50〜99%であり、該フィルム層における細孔の面積比が20%以下であるシルクフィブロイン多孔質体である。
【解決手段】シルクフィブロインを含有し、多孔質層の一方の面のみにフィルム層を有し、該多孔質層における細孔の面積比が50〜99%であり、該フィルム層における細孔の面積比が20%以下であるシルクフィブロイン多孔質体である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シルクフィブロイン多孔質体に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質や糖類などの生物由来物質を利用して作製可能である多孔質体は、医療分野、生活日用品分野、浄水分野、化粧品・エステ分野、組織工学や再生医工学における細胞培養支持体や組織再生支持体など産業上幅広い分野で利用される。
これら多孔質体を構成する生体由来物質としては、セルロースやキチン等の糖類、コラーゲン、ケラチン、シルクフィブロイン等のタンパク質群が知られている。
【0003】
このうち、タンパク質としては、コラーゲンが一番よく利用されてきたが、BSE問題が発生してから牛由来のコラーゲンを利用することが非常に難しくなってきた。また、ケラチンは、羊毛や羽毛から得ることができるが、原料入手に問題があり、工業的に利用することは難しい。羊毛は、原料価格が非常に高騰しており、羽毛に関しては市場がないため、原料を入手することができない。これらに対して、シルクフィブロインは、原料入手の観点からは、安定に供給されることが期待でき、さらに価格も安定しているので、工業的に利用することが容易である。また、シルクフィブロインは、衣類用途以外に、手術用縫合糸として長く使用されてきた実績があり、現在では食品や化粧品の添加物としても利用され、人体に対する安全性にも問題がないことから、上記した多孔質体の利用分野に十分利用可能である。
【0004】
シルクフィブロイン多孔質体は、上記したような様々な分野、具体的には、創傷被覆材、人工心膜、人工脳膜、薬剤徐放担体や索引具等の医療分野、紙おむつや生理用品等の生活日用品分野、微生物や細菌等の住処になる支持体として活用しうる浄水分野、エステティックサロンや個人での使用による保湿等を目的としたフェイスマスクなどの化粧品・エステ分野、組織工学や再生医工学における細胞培養支持体や組織再生支持体など産業上幅広い分野での応用が期待されている。
一方、用途に応じてシルクフィブロイン多孔質体の特性に対する要求は多様かつ精密となってきている。特に人工心膜、人工脳膜などの用途においては体液等の吸収保持と癒着防止の両立、フェイスマスクなどの用途においては美容液の浸透性と保湿性の両立、創傷被覆剤などの用途においては体液の吸収と揮発防止の両立などの効果が期待される、シルクフィブロイン多孔質体の開発が強く望まれている。
【0005】
ところで、シルクフィブロイン多孔質体を作製する手法に関しては、いくつか報告がある。例えば、シルクフィブロイン水溶液を急速冷凍したのち結晶化溶媒に浸漬し、融解と結晶化を同時進行することによって得る方法がある(特許文献1)。しかしながら、この方法は結晶化溶媒である有機溶媒を大量に使用する必要があり、さらに溶媒の残留の可能性も否定できず、医療分野等の上記した応用分野での使用には問題がある。次に、シルクフィブロイン水溶液のpHを6以下に保持してゲル化させるか又はその水溶液に貧溶媒を添加してゲル化させ、得られたゲルを凍結乾燥して多孔質体を作製する方法がある(特許文献2)。しかしながら、この方法は十分な強度をもった多孔質体を得ることはできない。他に、シルクフィブロイン水溶液を冷凍した後に長時間凍結状態を維持することで多孔質体を作製する手法が報告されている(特許文献3)。しかしながら、発明者らの検討ではこの手法は再現性が乏しく、多孔質体が作製できないことが多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−41097号公報
【特許文献2】特公平6−94518号公報
【特許文献3】特開2006−249115号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、細孔の状態が互いに異なる二つの層が積層する新規な層構成を有するシルクフィブロイン多孔質体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、前記課題を達成するために鋭意研究を重ねた結果、下記の発明により当該課題を解決できることを見出した。すなわち本発明は、シルクフィブロインを含有し、多孔質層の一方の面のみにフィルム層を有し、該多孔質層における細孔の面積比が50〜99%であり、該フィルム層における細孔の面積比が20%以下であることを特徴とするシルクフィブロイン多孔質体を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、細孔の状態が互いに異なる二つの層が積層する新規な層構成を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。そして、このような構成の多孔質体により、人工心膜、人工脳膜などの用途においては体液等の吸収保持と癒着防止の両立、フェイスマスクなどの用途においては美容液の浸透性と保湿性の両立、創傷被覆剤などの用途においては体液の吸収と揮発防止の両立などの効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】シルクフィブロイン多孔質体の切削における該多孔質体断面を示す模式図である。
【図2】実施例1で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図3】実施例1で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図4】実施例1で作製したシルクフィブロイン多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】実施例2で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図6】実施例2で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図7】実施例3で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図8】実施例3で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図9】実施例4で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図10】実施例4で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図11】実施例5で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図12】実施例5で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図13】実施例6で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図14】実施例6で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図15】実施例7で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図16】実施例7で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図17】実施例8で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図18】実施例8で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図19】実施例9で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図20】実施例9で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図21】実施例10で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図22】実施例10で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図23】実施例11で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図24】実施例11で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図25】実施例12で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図26】実施例12で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図27】実施例13で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図28】実施例13で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図29】実施例14で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図30】実施例14で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図31】実施例15で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図32】実施例15で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図33】実施例16及び17で作製したシルクフィブロイン多孔質体の水の蒸発量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロインを含有し、多孔質層の一方の面のみにフィルム層を有し、該多孔質層における細孔の面積比が50〜99%であり、該フィルム層における細孔の面積比が20%以下であることを特徴とするものである。
【0012】
多孔質層は、スポンジ状の多孔質構造を有しており、含水状態で硬い構造物である。該多孔質層の細孔の面積比は50〜99%であり、好ましくは70〜99%、より好ましくは90〜99%であり、さらに好ましくは95〜99%である。多孔質層の細孔の面積比が上記範囲内であれば、多孔質層及びフィルム層の細孔の状態の違いによる効果、例えば上記したような人工心膜、人工脳膜などの用途における体液などの吸収保持と癒着防止の両立、フェイスマスクなどの用途における美容液の浸透性と保湿性の両立、創傷被覆剤などの用途における体液の吸収と揮発防止の両立が顕著となる(以下、本効果のことを、単に本発明の効果と称することがある。)。
【0013】
多孔質体における多孔質層中の細孔直径は、適宜調整可能であるが、通常1〜300μm程度であり、所望によって1〜50μmという極めて小さいものとすることもできる。また、多孔質層の厚さは適宜調整可能であるが、通常0.05〜2cm程度である。
【0014】
また、多孔質層の吸水速度は、20〜30μl/sであり、かつ蒸発速度は0.08〜0.2g/m2・sであることが好ましい。ここで、吸水速度及び蒸発速度は以下のようにして得られる値である。
(吸水速度の算出方法)
シルクフィブロイン多孔質体(多孔質層又はフィルム層)に純水を100μl滴下し、吸収されるまでの時間を測定した。吸水速度は、測定した時間を用いて、下記の式より算出した値である。測定は5回行い、その平均値を吸水速度とした。
吸水速度(μl/s)=純水滴下量/吸水に要した時間
(蒸発速度の算出方法)
シルクフィブロイン多孔質体(多孔質層又はフィルム層)を48時間純水中に浸漬し、完全に吸水させた後、温度:40℃、相対湿度:50%の条件に設定した恒温恒湿槽中で金網上に静置し、10分経過までは1分ごとに、10分以降は2分ごとにその重量を測定し、その変化を水の蒸発量の変化とした。蒸発速度は、静置して1分後から30分までの蒸発量の変化から下記の式より算出した値である。
蒸発速度(g/m2・s)=(蒸発量の変化)/多孔質体表面積
【0015】
また、多孔質層の吸水速度は、23〜30μl/sであることがより好ましく、さらに好ましくは25〜30μl/sである。また、多孔質層の蒸発速度は、0.08〜0.15g/m2・sであることがより好ましく、さらに好ましくは0.08〜0.1g/m2・sである。多孔質層の吸水速度及び蒸発速度が上記範囲であると、本発明の効果が良好となる。
【0016】
フィルム層は、多孔質層に比べて細孔が極めて少ない層である。具体的には、フィルム層の細孔の面積比は20%以下であり、好ましくは10%以下、より好ましくは5%以下である。フィルム層の細孔の面積比が上記範囲内であると、本発明の効果が良好となる。また、フィルム層における細孔直径0.5μm以上の細孔の個数は、通常20個/mm2以下程度であり、好ましくは10個/mm2以下である。
なお、多孔質層及びフィルム層の細孔の面積比、細孔の個数及び細孔直径は、走査型電子顕微鏡写真を、画像解析ソフトImageJ(アメリカ国立衛生研究所製)を用いて画像処理することで測定したものである。細孔の面積比及び個数が上記範囲であると、本発明の効果が良好となる。
【0017】
また、フィルム層の吸水速度は、0.1〜3.5μl/sであり、かつ蒸発速度は0.03〜0.07g/m2・sであることが好ましい。フィルム層の吸水速度及び蒸発速度が上記範囲であると、本発明の効果が良好となる。同様の観点から、フィルム層の吸水速度は、1〜3.5μl/sであることがより好ましく、さらに好ましくは2〜3.5μl/sである。また、フィルム層の蒸発速度は、0.03〜0.06g/m2・sであることがより好ましく、さらに好ましくは0.03〜0.05g/m2・sである。
【0018】
シルクフィブロイン多孔質体の10%圧縮硬さは、適宜調整可能であるが、通常0.1N以上程度であり、好ましくは1N以上である。上限についての制限は特に無いが、通常50N以下である。また、シルクフィブロイン多孔質体の引張弾性率は、適宜調整可能であるが、通常0.1〜75MPa程度であり、好ましくは0.5〜75MPaである。この範囲内であれば、各種用途において、力学的強度として適当である。
【0019】
また、本発明の多孔質体の空孔率は、適宜調整可能であるが、通常90%以上程度であり、好ましくは95%以上である。ここで、空孔率は、以下のようにして得られる値である。まず、得られた多孔質体を純水中に1日静置し完全に吸水させ、秤量した後(湿重量)、凍結乾燥して多孔質体中の水分を完全に除去し、再度秤量する(乾燥重量)。次いで、水の密度を1g/cm3、フィブロインの密度を1.2g/cm3、含水状態のフィブロイン多孔質体の密度を1g/cm3と仮定し、次式に従って得られる値をシルクフィブロイン多孔質体の空孔率とした。
空孔率=(湿重量−乾燥重量/1.2)/湿重量×100
このように、本発明のシルクフィブロイン多孔質体は極めて大きい空孔率を有するものであり、様々な用途において、優れた性能を示すものである。
【0020】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロイン水溶液に添加剤を添加したシルクフィブロイン溶液を凍結する工程、融解する工程、及び切削する工程を順に有する製造方法により製造することができる。また、融解後に得られた多孔質体を純水中に浸漬して添加剤を除去する工程をさらに有する製造方法により製造することが好ましい。
【0021】
本発明で用いられるシルクフィブロインは、家蚕、野蚕、天蚕等の蚕から産生されるものであればいずれでもよく、その製造方法も問わない。本発明では、シルクフィブロイン水溶液として用いるが、シルクフィブロインは溶解性が悪く、直接水には溶解することが困難である。シルクフィブロイン水溶液を得る方法としては、公知のいかなる手法を用いてもよいが、高濃度の臭化リチウム水溶液にシルクフィブロインを溶解後、透析による脱塩、風乾による濃縮を経る手法が簡便である。ここで、臭化リチウム水溶液の濃度は、8〜10Mが好ましく、8.5〜9.5Mがより好ましい。臭化リチウム水溶液の濃度が上記範囲内であると、シルクフィブロインを効率的に溶解することができる。
【0022】
シルクフィブロインの濃度は、添加剤を添加したシルクフィブロイン溶液中で0.1〜50質量%であることが好ましく、0.5〜20質量%であることがより好ましく、1〜12質量%であることがさらに好ましい。この範囲内に設定することで、十分な強度を持った多孔質体を効率的に製造することができる。
【0023】
本発明において、シルクフィブロイン水溶液に添加する添加剤は、シルクフィブロインの多孔質化を促進させる効果を有するものである。添加剤としては、脂肪族カルボン酸、アミノ酸あるいは有機溶媒が好ましく挙げられる、これらを単独あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。
脂肪族カルボン酸としては、特に制限はないが、水溶性のものが好ましく、水への溶解度が高いものがより好ましい。また、本発明において用いられる脂肪族カルボン酸としては、pKaが、5.0以下のものが好ましく、3.0〜5.0のものがより好ましく、3.5〜5.0のものがさらに好ましい。
本発明において用いられる脂肪族カルボン酸としては、特に制限はないが、水溶性を有するものが好ましく、例えば、炭素数1〜6、好ましくは炭素数3〜5の飽和または不飽和のモノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸を好ましく用いることができ、例えば、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、アクリル酸、2−ブテン酸、3−ブテン酸などの不飽和モノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸などのジカルボン酸などが好ましく挙げられる。これらの脂肪族カルボン酸は、単独あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0024】
本発明において用いられるアミノ酸としては、有害なものを除き特に制限はない、例えばバリン、ロイシン,イソロイシン,グリシン,アラニン,セリン,トレオニン,メチオニン等のモノアミノモノカルボン酸、アスパラギン酸,グルタミン酸等のモノアミノジカルボン酸(酸性アミノ酸)、グルタミン等のジアミノカルボン酸などの脂肪族アミノ酸;フェニルアラニン、チロシン等の芳香族アミノ酸;プロリン,ヒドロキシプロリン、トリプトファン等の複素環を有するアミノ酸などが挙げられる。なかでも、多孔質体形成の再現性の観点から酸性アミノ酸や、ヒドロキシプロリン、セリン、トレオニン等のオキシアミノ酸が好ましい。
これと同様の観点から、酸性アミノ酸の中でもモノアミノジカルボン酸がより好ましく、アスパラギン酸及びグルタミン酸が特に好ましく、オキシアミノ酸の中でもヒドロキシプロリンがより好ましい。これらのアミノ酸は、いずれか1種を単独であるいは2種以上組み合わせて使用することができる。さらに、機械特性に優れる多孔質体が必要な場合は、モノアミノジカルボン酸を用いることが好ましい。
【0025】
有機溶媒としては、特に制限はないが、水溶性を有するものが好ましく、例えばメタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール、グリセロール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ピリジン、アセトン、アセトニトリルなどが好ましく挙げられる。これらのうち、得られるシルクフィブロイン多孔質体の生体への安全性などの点から、エタノールが好ましい。これらの有機溶媒は、単独あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0026】
本発明において、高い強度を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ようとする場合、直鎖の構造を有し、炭素数が多い脂肪族カルボン酸を用いることが好ましい。また、本発明において、小さい細孔直径を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ようとする場合は、脂肪族カルボン酸を使用することが好ましく、より小さい細孔直径のものを得ようとするには、直鎖の構造を有し、炭素数が多い脂肪族カルボン酸を用いることが好ましい。
【0027】
シルクフィブロイン水溶液に添加する添加剤の量は、シルクフィブロイン溶液中で0.01〜18.0質量%であることが好ましく、より好ましくは0.1〜5質量%であり、さらに好ましくは0.5〜4質量%である。この範囲内に設定することで、十分な強度を持った多孔質体を製造することができる。また、4質量%以下であれば、シルクフィブロイン水溶液に添加剤を添加したシルクフィブロイン溶液を静置する際、該溶液がゲル化しにくく、安定して均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。また、シルクフィブロイン水溶液に添加剤を添加する際に起こりやすいゲル化を予防するために、目的とするフィブロイン濃度よりも高濃度なシルクフィブロイン水溶液を予め調製しておき、そこに添加剤の希釈水溶液を加えることがさらに好ましい。
【0028】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体を製造するにあたり、特に添加剤として脂肪族カルボン酸あるいは酸性アミノ酸を用いる場合は、シルクフィブロイン水溶液に添加剤を添加したシルクフィブロイン溶液を、該溶液が凝固しない温度で静置することが好ましい。静置をすることにより、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体が得られ、かつ強度を向上させ、細孔直径を小さくすることができる。該シルクフィブロイン溶液の静置は、該溶液を型あるいは容器に流し込んで、所定の温度条件下で行えばよい。
静置する際の温度は、凝固しない温度であれば特に制限はないが、凝固のしにくさ、溶液のゲル化のしにくさ、あるいはフィブロイン分子の分解の起こりにくさを考慮すると、−5〜50℃であることが好ましく、−3〜20℃がより好ましく、3〜10℃がさらに好ましい。静置する温度は、シルクフィブロイン溶液を恒温槽中に入れるなどして調節できる。シルクフィブロイン溶液を静置する温度を調節することで、得られるシルクフィブロイン多孔質体の細孔直径や強度を調整することができ、温度を3〜10℃とすることで、細孔直径が小さく、強度の高い多孔質体が得られる。
【0029】
シルクフィブロイン溶液を静置する時間は、特に制限はないが、10時間以上であることが好ましく、また製造効率を考慮すると、300時間以内が好ましく、200時間以内がより好ましい。シルクフィブロイン溶液を静置する時間を調節することで、得られるシルクフィブロイン多孔質体の細孔直径や強度を調節することができ、時間を長くすると、平均細孔直径が小さくまたより強度が高い多孔質体が得られる。
【0030】
本発明の多孔質体では、上記のようにしてシルクフィブロイン溶液を静置した後、低温恒温槽中に入れて凍結させ、次いで融解することによって、シルクフィブロイン多孔質体を製造する。
凍結温度は、添加剤を含有させたシルクフィブロイン溶液が凍結する温度であれば特に制限されないが、−4〜−40℃が好ましく、−10〜−30℃がより好ましく、−10〜−20℃がさらに好ましい。凍結温度を上記範囲内にすると、良質なシルクフィブロイン多孔質体を再現よく得ることができる。
凍結時間は、十分に凍結し、かつ凍結状態を一定時間保持できるよう、所定の凍結温度で2時間以上であることが好ましく、4時間以上がより好ましい。
【0031】
凍結の方法としては、静置後のシルクフィブロイン溶液を一気に凍結温度まで下げて凍結してもよいが、静置を常温程度の温度条件で行った場合には、静置の後、凍結の前に過冷却状態を経て凍結することが好ましい。なお、溶液が過冷却状態となるような温度条件で静置を行った場合には、改めて過冷却状態を経て凍結しなくてもよい。
過冷却状態とする方法としては、例えば一旦、5〜−10℃程度、好ましくは0〜−5℃程度で、30分以上保持して容器内を均一にして過冷却状態としてから、凍結温度まで下げて凍結することで、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。静置あるいは過冷却状態から凍結温度までにかける時間を調整することで、多孔質体の構造や強度をある程度制御することが可能であり、例えば、0.1〜2℃/h程度でゆっくり温度を下げると、より高い強度のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。
【0032】
上記のようにして凍結した後、凍結したシルクフィブロイン溶液を、融解することによってシルクフィブロイン多孔質体が得られる。融解の方法は特に制限はないが、自然融解のほか、恒温槽内に保管する方法などが挙げられる。
【0033】
得られたシルクフィブロイン多孔質体には添加剤として使用した脂肪族カルボン酸、酸性アミノ酸や有機溶媒が含まれるが、用途に応じて、該添加剤を除去する必要がある場合には、適当な方法でシルクフィブロイン多孔質体から該添加剤を除去して用いることができる。たとえば、多孔質体を、純水中に浸漬して、これらの添加剤を除去することが最も簡便な方法として挙げられる。
【0034】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、多孔質体作製時の型や容器を適宜選択することにより、フィルム状、ブロック状、管状、球状等、目的に応じた形状とすることができる。型や容器としては、シルクフィブロイン溶液が流出しない形状・形態のものであれば制限はなく、その素材としては、鉄、ステンレス、アルミニウム、金、銀、銅などの熱伝導率が高い素材を用いることが、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得る観点から好ましい。また、型や容器の厚さは、その機能と凍結の際の膨張などによる変形などを防止する観点から、0.5mm以上であることが好ましく、取り扱いが容易で、冷却効率的な観点から、より好ましくは1〜3mmである。
【0035】
また、ここで用いられる型や容器は、前記フィルム層の構造や厚さを制御することを目的として、その内側のシルクフィブロイン溶液と接する内壁面に、シートを設けることができる。
該シートとしては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)やテトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などのフッ素樹脂からなるシート、あるいはポリエチレンテレフタレート(PET)やポリプロピレン(PP)などからなる離型処理されたシートなどが好ましく挙げられる。これらのシートを用いた場合、細孔が少なく平滑なフィルム層を得ることができる。また、フィルム層を設けたくない場合は、ろ紙などといった表面が粗いシートを設けることもできる。これらのシートの採用については、多孔質体の用途に応じて、適宜選択すればよい。
また、シートは、熱伝導を阻害しにくい厚さ1mm以下のものを用いることが好ましい。
【0036】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、上記した融解する工程に次いで、切削する工程を経て得られる。具体的には、例えば、テフロンシートなどのシートをその内壁面に設けたブロック状の型あるいは容器を用い、該型あるいは容器から取り出してから、側面の四面のフィルム層を取り除き、多孔質層の部分で切削することで得られる(図1を参照)。また、一面のみにテフロンシートなどのシートをその内壁面に設け、その他の面の内壁面にろ紙を設けた型あるいは容器を用い、一面のみにフィルム層を有する多孔質体を得ることもできる。
【0037】
このようにして得られた本発明のシルクフィブロイン多孔質体において、上記したように、多孔質層は、多数の細孔を有するスポンジ状の多孔質構造であり、通常この多孔質層には凍結乾燥などにより水除去を行わなければ水が含まれ、含水状態で硬い構造物である。また、多孔質体を凍結乾燥することにより、シルクフィブロイン多孔質体の乾燥品を得ることができる。
【0038】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、細孔の状態が互いに異なるフィルム層と多孔質層とを有するため、人工心膜、人工脳膜などの用途においては体液等の吸収保持と癒着防止の両立、フェイスマスクなどの用途においては美容液の浸透性と保湿性の両立、創傷被覆剤などの用途においては体液の吸収と揮発防止の両立などの効果を発揮するため、これらの用途に好適に用いられる。
【実施例】
【0039】
以下に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0040】
実施例1
(シルクフィブロイン溶液の調製)
シルクフィブロイン水溶液は、シルクフィブロイン粉末(KBセーレン社製、商品名:「フィブロインIM」)を9M臭化リチウム水溶液に溶解し、遠心分離で不溶物を除去したのち、超純水に対して透析を繰り返すことによって得た。得られたシルクフィブロイン水溶液を透析チューブ中で風乾し濃縮した。この濃縮液に添加剤として酢酸水溶液を添加し、シルクフィブロイン濃度が5質量%、酢酸濃度が2質量%であるシルクフィブロイン溶液を調製した。
(多孔質体の製造)
このシルクフィブロイン溶液をアルミ板で作製した型(内側サイズ;80mm×40mm×4mm)に流し込み、低温恒温槽(EYELA社製NCB−3300)に入れて下記条件で凍結保存した。また、型は、その内壁面に接着剤を用いてPTFEシート(厚さ:0.5mm)を貼り付けた型を用いた。
(凍結条件)
凍結は、予め低温恒温槽を−5℃に冷却しておいた低温恒温槽中にシルクフィブロイン溶液を入れた型を投入して2時間保持し、その後3℃/時間の速度で−20℃まで冷却し、そのままの温度で5時間保持した。
凍結した試料を自然解凍で室温に戻してから、型から取り出し、超純水に浸漬し、超純水を1日2回、3日間交換することによって、使用した酢酸を除去した。
(多孔質体の切削)
酢酸を除去して得られたシルクフィブロイン多孔質体を、スライサー(有限会社北島マシンナイフ製KMK−09−0005−HT)を用いて図1に示されるように切削し、2枚のシルクフィブロイン多孔質体(79mm×39mm×1.5mm)を得た。さらに、該多孔質体の全側面にあるフィルム層を、スライサーを用いて切削することで、多孔質層の一方の面にフィルム層が形成したシルクフィブロイン多孔質体を得た。
【0041】
得られた多孔質体の構造を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。走査型電子顕微鏡は、Philips社製XL30−FEGを使用して、低真空無蒸着モード、加速電圧10kVで測定を行った。なお、多孔質体の構造は、フィルム層、多孔質層及び多孔質体の断面を観察し、その走査型電子顕微鏡写真を各々図2〜図4に示す。
【0042】
また、得られた走査型電子顕微鏡写真を画像解析ソフトImageJ(アメリカ国立衛生研究所製)を用いて画像処理することで細孔面積比を測定した。なお、測定は5回行いその平均値を算出した。
【0043】
(吸水速度の測定)
切削後のシルクフィブロイン多孔質体中の水分を冷凍庫中で凍結後、凍結乾燥機中で完全に乾燥することで乾燥シルクフィブロイン多孔質体を得た。乾燥シルクフィブロイン多孔質体の切削面(多孔質層)と非切削面(フィルム層)にピペットを用いて純水を100μl滴下し、吸収されるまでの時間から吸水速度を次式に従って算出した。測定は5回行い、その平均値を示した。結果は第1表に示す。
吸水速度(μl/s)=純水滴下量/吸水に要した時間
【0044】
実施例2〜15
実施例1において、第1−1表に示される添加剤、添加剤の濃度、及び型の材質とした以外は、実施例1と同様にしてシルクフィブロイン多孔質体を作製した。得られた多孔質体について、実施例1と同様に細孔面積比を測定した結果を第1−1表に示す。また、得られた多孔質体について、フィルム層と多孔質層の走査型電子顕微鏡写真を各々図5〜32に示す。
【0045】
実施例16
実施例1において、流し込む型をアルミ板で作製した型(内側サイズ;80mm×40mm×4mm)からアルミ板で作製した型(内側サイズ;264mm×205mm×4mm)とした以外は、実施例1と同様にしてシルクフィブロイン多孔質体(サイズ:263mm×204mm×3mm)を作製した。
(蒸発速度の測定)
得られたシルクフィブロイン多孔質体を48時間純水中に浸漬し、完全に吸水させた後、温度:40℃、相対湿度:50%の条件に設定した恒温恒湿槽中で金網上に静置し、10分経過までは1分ごとに、10分以降は2分ごとにその重量を測定した。該重量の変化を水の蒸発量の変化とした。水の蒸発量をグラフ1に示す。またグラフ1の、静置して1分後から30分までの直線部分の傾きから次式に従って算出した水の蒸発速度を第2表に示す。
蒸発速度(g−H2O/m2・s)=(静置して1分後から30分までの直線部分の傾き)/多孔質体表面積
【0046】
実施例17
実施例16と同様にして得たシルクフィブロイン多孔質体を、スライサー(有限会社北島マシンナイフ製KMK−09−0005−HT)を用いて厚さ方向で1mm及び2mmのところで切削して、三枚のシルクフィブロイン多孔質体(サイズ:サイズ:263mm×204mm×1mm)を得た。その中心から切削された多孔質層が露出した多孔質体(フィルム層なし)について、実施例16と同様にして蒸発速度を算出した。水の蒸発量をグラフ1に示す。またグラフ1の、静置して1分後から30分までの直線部分の傾きから次式に従って算出した水の蒸発速度を第2表に示す。
【0047】
実施例18
実施例16において酢酸に代えて、グルタミン酸を用いたこと以外は実施例16と同様にして多孔質体を作製した。得られたシルクフィブロイン多孔質体を実施例16と同様にして、蒸発速度を算出した。蒸発速度を第2表に示す。
【0048】
実施例19
実施例17において酢酸に代えて、グルタミン酸を用いたこと以外は実施例17と同様にして多孔質体を作製した。得られたシルクフィブロイン多孔質体を実施例17と同様にして、蒸発速度を算出した。蒸発速度を第2表に示す。
【0049】
実施例20
実施例16において酢酸に代えて、ジメチルスルホキシドを用いたこと以外は実施例16と同様にして多孔質体を作製した。得られたシルクフィブロイン多孔質体を実施例16と同様にして、蒸発速度を算出した。蒸発速度を第2表に示す。
【0050】
実施例21
実施例17において酢酸に代えて、ジメチルスルホキシドを用いたこと以外は実施例17と同様にして多孔質体を作製した。得られたシルクフィブロイン多孔質体を実施例17と同様にして、蒸発速度を算出した。蒸発速度を第2表に示す。
【0051】
【表1】
*1,アルミニウム板(テフロンシートあり)
【0052】
【表2】
*2,鏡面仕上げアクリル板(テフロンシートなし)
*3,鏡面仕上げポリスチレン板(テフロンシートなし)
【0053】
【表3】
*1,アルミニウム板(テフロンシートあり)
【技術分野】
【0001】
本発明は、シルクフィブロイン多孔質体に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質や糖類などの生物由来物質を利用して作製可能である多孔質体は、医療分野、生活日用品分野、浄水分野、化粧品・エステ分野、組織工学や再生医工学における細胞培養支持体や組織再生支持体など産業上幅広い分野で利用される。
これら多孔質体を構成する生体由来物質としては、セルロースやキチン等の糖類、コラーゲン、ケラチン、シルクフィブロイン等のタンパク質群が知られている。
【0003】
このうち、タンパク質としては、コラーゲンが一番よく利用されてきたが、BSE問題が発生してから牛由来のコラーゲンを利用することが非常に難しくなってきた。また、ケラチンは、羊毛や羽毛から得ることができるが、原料入手に問題があり、工業的に利用することは難しい。羊毛は、原料価格が非常に高騰しており、羽毛に関しては市場がないため、原料を入手することができない。これらに対して、シルクフィブロインは、原料入手の観点からは、安定に供給されることが期待でき、さらに価格も安定しているので、工業的に利用することが容易である。また、シルクフィブロインは、衣類用途以外に、手術用縫合糸として長く使用されてきた実績があり、現在では食品や化粧品の添加物としても利用され、人体に対する安全性にも問題がないことから、上記した多孔質体の利用分野に十分利用可能である。
【0004】
シルクフィブロイン多孔質体は、上記したような様々な分野、具体的には、創傷被覆材、人工心膜、人工脳膜、薬剤徐放担体や索引具等の医療分野、紙おむつや生理用品等の生活日用品分野、微生物や細菌等の住処になる支持体として活用しうる浄水分野、エステティックサロンや個人での使用による保湿等を目的としたフェイスマスクなどの化粧品・エステ分野、組織工学や再生医工学における細胞培養支持体や組織再生支持体など産業上幅広い分野での応用が期待されている。
一方、用途に応じてシルクフィブロイン多孔質体の特性に対する要求は多様かつ精密となってきている。特に人工心膜、人工脳膜などの用途においては体液等の吸収保持と癒着防止の両立、フェイスマスクなどの用途においては美容液の浸透性と保湿性の両立、創傷被覆剤などの用途においては体液の吸収と揮発防止の両立などの効果が期待される、シルクフィブロイン多孔質体の開発が強く望まれている。
【0005】
ところで、シルクフィブロイン多孔質体を作製する手法に関しては、いくつか報告がある。例えば、シルクフィブロイン水溶液を急速冷凍したのち結晶化溶媒に浸漬し、融解と結晶化を同時進行することによって得る方法がある(特許文献1)。しかしながら、この方法は結晶化溶媒である有機溶媒を大量に使用する必要があり、さらに溶媒の残留の可能性も否定できず、医療分野等の上記した応用分野での使用には問題がある。次に、シルクフィブロイン水溶液のpHを6以下に保持してゲル化させるか又はその水溶液に貧溶媒を添加してゲル化させ、得られたゲルを凍結乾燥して多孔質体を作製する方法がある(特許文献2)。しかしながら、この方法は十分な強度をもった多孔質体を得ることはできない。他に、シルクフィブロイン水溶液を冷凍した後に長時間凍結状態を維持することで多孔質体を作製する手法が報告されている(特許文献3)。しかしながら、発明者らの検討ではこの手法は再現性が乏しく、多孔質体が作製できないことが多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−41097号公報
【特許文献2】特公平6−94518号公報
【特許文献3】特開2006−249115号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、細孔の状態が互いに異なる二つの層が積層する新規な層構成を有するシルクフィブロイン多孔質体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、前記課題を達成するために鋭意研究を重ねた結果、下記の発明により当該課題を解決できることを見出した。すなわち本発明は、シルクフィブロインを含有し、多孔質層の一方の面のみにフィルム層を有し、該多孔質層における細孔の面積比が50〜99%であり、該フィルム層における細孔の面積比が20%以下であることを特徴とするシルクフィブロイン多孔質体を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、細孔の状態が互いに異なる二つの層が積層する新規な層構成を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。そして、このような構成の多孔質体により、人工心膜、人工脳膜などの用途においては体液等の吸収保持と癒着防止の両立、フェイスマスクなどの用途においては美容液の浸透性と保湿性の両立、創傷被覆剤などの用途においては体液の吸収と揮発防止の両立などの効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】シルクフィブロイン多孔質体の切削における該多孔質体断面を示す模式図である。
【図2】実施例1で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図3】実施例1で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図4】実施例1で作製したシルクフィブロイン多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】実施例2で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図6】実施例2で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図7】実施例3で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図8】実施例3で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図9】実施例4で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図10】実施例4で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図11】実施例5で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図12】実施例5で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図13】実施例6で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図14】実施例6で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図15】実施例7で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図16】実施例7で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図17】実施例8で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図18】実施例8で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図19】実施例9で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図20】実施例9で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図21】実施例10で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図22】実施例10で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図23】実施例11で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図24】実施例11で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図25】実施例12で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図26】実施例12で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図27】実施例13で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図28】実施例13で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図29】実施例14で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図30】実施例14で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図31】実施例15で作製したシルクフィブロイン多孔質体のフィルム層表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図32】実施例15で作製したシルクフィブロイン多孔質体の多孔質層の走査型電子顕微鏡写真である。
【図33】実施例16及び17で作製したシルクフィブロイン多孔質体の水の蒸発量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロインを含有し、多孔質層の一方の面のみにフィルム層を有し、該多孔質層における細孔の面積比が50〜99%であり、該フィルム層における細孔の面積比が20%以下であることを特徴とするものである。
【0012】
多孔質層は、スポンジ状の多孔質構造を有しており、含水状態で硬い構造物である。該多孔質層の細孔の面積比は50〜99%であり、好ましくは70〜99%、より好ましくは90〜99%であり、さらに好ましくは95〜99%である。多孔質層の細孔の面積比が上記範囲内であれば、多孔質層及びフィルム層の細孔の状態の違いによる効果、例えば上記したような人工心膜、人工脳膜などの用途における体液などの吸収保持と癒着防止の両立、フェイスマスクなどの用途における美容液の浸透性と保湿性の両立、創傷被覆剤などの用途における体液の吸収と揮発防止の両立が顕著となる(以下、本効果のことを、単に本発明の効果と称することがある。)。
【0013】
多孔質体における多孔質層中の細孔直径は、適宜調整可能であるが、通常1〜300μm程度であり、所望によって1〜50μmという極めて小さいものとすることもできる。また、多孔質層の厚さは適宜調整可能であるが、通常0.05〜2cm程度である。
【0014】
また、多孔質層の吸水速度は、20〜30μl/sであり、かつ蒸発速度は0.08〜0.2g/m2・sであることが好ましい。ここで、吸水速度及び蒸発速度は以下のようにして得られる値である。
(吸水速度の算出方法)
シルクフィブロイン多孔質体(多孔質層又はフィルム層)に純水を100μl滴下し、吸収されるまでの時間を測定した。吸水速度は、測定した時間を用いて、下記の式より算出した値である。測定は5回行い、その平均値を吸水速度とした。
吸水速度(μl/s)=純水滴下量/吸水に要した時間
(蒸発速度の算出方法)
シルクフィブロイン多孔質体(多孔質層又はフィルム層)を48時間純水中に浸漬し、完全に吸水させた後、温度:40℃、相対湿度:50%の条件に設定した恒温恒湿槽中で金網上に静置し、10分経過までは1分ごとに、10分以降は2分ごとにその重量を測定し、その変化を水の蒸発量の変化とした。蒸発速度は、静置して1分後から30分までの蒸発量の変化から下記の式より算出した値である。
蒸発速度(g/m2・s)=(蒸発量の変化)/多孔質体表面積
【0015】
また、多孔質層の吸水速度は、23〜30μl/sであることがより好ましく、さらに好ましくは25〜30μl/sである。また、多孔質層の蒸発速度は、0.08〜0.15g/m2・sであることがより好ましく、さらに好ましくは0.08〜0.1g/m2・sである。多孔質層の吸水速度及び蒸発速度が上記範囲であると、本発明の効果が良好となる。
【0016】
フィルム層は、多孔質層に比べて細孔が極めて少ない層である。具体的には、フィルム層の細孔の面積比は20%以下であり、好ましくは10%以下、より好ましくは5%以下である。フィルム層の細孔の面積比が上記範囲内であると、本発明の効果が良好となる。また、フィルム層における細孔直径0.5μm以上の細孔の個数は、通常20個/mm2以下程度であり、好ましくは10個/mm2以下である。
なお、多孔質層及びフィルム層の細孔の面積比、細孔の個数及び細孔直径は、走査型電子顕微鏡写真を、画像解析ソフトImageJ(アメリカ国立衛生研究所製)を用いて画像処理することで測定したものである。細孔の面積比及び個数が上記範囲であると、本発明の効果が良好となる。
【0017】
また、フィルム層の吸水速度は、0.1〜3.5μl/sであり、かつ蒸発速度は0.03〜0.07g/m2・sであることが好ましい。フィルム層の吸水速度及び蒸発速度が上記範囲であると、本発明の効果が良好となる。同様の観点から、フィルム層の吸水速度は、1〜3.5μl/sであることがより好ましく、さらに好ましくは2〜3.5μl/sである。また、フィルム層の蒸発速度は、0.03〜0.06g/m2・sであることがより好ましく、さらに好ましくは0.03〜0.05g/m2・sである。
【0018】
シルクフィブロイン多孔質体の10%圧縮硬さは、適宜調整可能であるが、通常0.1N以上程度であり、好ましくは1N以上である。上限についての制限は特に無いが、通常50N以下である。また、シルクフィブロイン多孔質体の引張弾性率は、適宜調整可能であるが、通常0.1〜75MPa程度であり、好ましくは0.5〜75MPaである。この範囲内であれば、各種用途において、力学的強度として適当である。
【0019】
また、本発明の多孔質体の空孔率は、適宜調整可能であるが、通常90%以上程度であり、好ましくは95%以上である。ここで、空孔率は、以下のようにして得られる値である。まず、得られた多孔質体を純水中に1日静置し完全に吸水させ、秤量した後(湿重量)、凍結乾燥して多孔質体中の水分を完全に除去し、再度秤量する(乾燥重量)。次いで、水の密度を1g/cm3、フィブロインの密度を1.2g/cm3、含水状態のフィブロイン多孔質体の密度を1g/cm3と仮定し、次式に従って得られる値をシルクフィブロイン多孔質体の空孔率とした。
空孔率=(湿重量−乾燥重量/1.2)/湿重量×100
このように、本発明のシルクフィブロイン多孔質体は極めて大きい空孔率を有するものであり、様々な用途において、優れた性能を示すものである。
【0020】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロイン水溶液に添加剤を添加したシルクフィブロイン溶液を凍結する工程、融解する工程、及び切削する工程を順に有する製造方法により製造することができる。また、融解後に得られた多孔質体を純水中に浸漬して添加剤を除去する工程をさらに有する製造方法により製造することが好ましい。
【0021】
本発明で用いられるシルクフィブロインは、家蚕、野蚕、天蚕等の蚕から産生されるものであればいずれでもよく、その製造方法も問わない。本発明では、シルクフィブロイン水溶液として用いるが、シルクフィブロインは溶解性が悪く、直接水には溶解することが困難である。シルクフィブロイン水溶液を得る方法としては、公知のいかなる手法を用いてもよいが、高濃度の臭化リチウム水溶液にシルクフィブロインを溶解後、透析による脱塩、風乾による濃縮を経る手法が簡便である。ここで、臭化リチウム水溶液の濃度は、8〜10Mが好ましく、8.5〜9.5Mがより好ましい。臭化リチウム水溶液の濃度が上記範囲内であると、シルクフィブロインを効率的に溶解することができる。
【0022】
シルクフィブロインの濃度は、添加剤を添加したシルクフィブロイン溶液中で0.1〜50質量%であることが好ましく、0.5〜20質量%であることがより好ましく、1〜12質量%であることがさらに好ましい。この範囲内に設定することで、十分な強度を持った多孔質体を効率的に製造することができる。
【0023】
本発明において、シルクフィブロイン水溶液に添加する添加剤は、シルクフィブロインの多孔質化を促進させる効果を有するものである。添加剤としては、脂肪族カルボン酸、アミノ酸あるいは有機溶媒が好ましく挙げられる、これらを単独あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。
脂肪族カルボン酸としては、特に制限はないが、水溶性のものが好ましく、水への溶解度が高いものがより好ましい。また、本発明において用いられる脂肪族カルボン酸としては、pKaが、5.0以下のものが好ましく、3.0〜5.0のものがより好ましく、3.5〜5.0のものがさらに好ましい。
本発明において用いられる脂肪族カルボン酸としては、特に制限はないが、水溶性を有するものが好ましく、例えば、炭素数1〜6、好ましくは炭素数3〜5の飽和または不飽和のモノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸を好ましく用いることができ、例えば、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、アクリル酸、2−ブテン酸、3−ブテン酸などの不飽和モノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸などのジカルボン酸などが好ましく挙げられる。これらの脂肪族カルボン酸は、単独あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0024】
本発明において用いられるアミノ酸としては、有害なものを除き特に制限はない、例えばバリン、ロイシン,イソロイシン,グリシン,アラニン,セリン,トレオニン,メチオニン等のモノアミノモノカルボン酸、アスパラギン酸,グルタミン酸等のモノアミノジカルボン酸(酸性アミノ酸)、グルタミン等のジアミノカルボン酸などの脂肪族アミノ酸;フェニルアラニン、チロシン等の芳香族アミノ酸;プロリン,ヒドロキシプロリン、トリプトファン等の複素環を有するアミノ酸などが挙げられる。なかでも、多孔質体形成の再現性の観点から酸性アミノ酸や、ヒドロキシプロリン、セリン、トレオニン等のオキシアミノ酸が好ましい。
これと同様の観点から、酸性アミノ酸の中でもモノアミノジカルボン酸がより好ましく、アスパラギン酸及びグルタミン酸が特に好ましく、オキシアミノ酸の中でもヒドロキシプロリンがより好ましい。これらのアミノ酸は、いずれか1種を単独であるいは2種以上組み合わせて使用することができる。さらに、機械特性に優れる多孔質体が必要な場合は、モノアミノジカルボン酸を用いることが好ましい。
【0025】
有機溶媒としては、特に制限はないが、水溶性を有するものが好ましく、例えばメタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール、グリセロール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ピリジン、アセトン、アセトニトリルなどが好ましく挙げられる。これらのうち、得られるシルクフィブロイン多孔質体の生体への安全性などの点から、エタノールが好ましい。これらの有機溶媒は、単独あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0026】
本発明において、高い強度を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ようとする場合、直鎖の構造を有し、炭素数が多い脂肪族カルボン酸を用いることが好ましい。また、本発明において、小さい細孔直径を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ようとする場合は、脂肪族カルボン酸を使用することが好ましく、より小さい細孔直径のものを得ようとするには、直鎖の構造を有し、炭素数が多い脂肪族カルボン酸を用いることが好ましい。
【0027】
シルクフィブロイン水溶液に添加する添加剤の量は、シルクフィブロイン溶液中で0.01〜18.0質量%であることが好ましく、より好ましくは0.1〜5質量%であり、さらに好ましくは0.5〜4質量%である。この範囲内に設定することで、十分な強度を持った多孔質体を製造することができる。また、4質量%以下であれば、シルクフィブロイン水溶液に添加剤を添加したシルクフィブロイン溶液を静置する際、該溶液がゲル化しにくく、安定して均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。また、シルクフィブロイン水溶液に添加剤を添加する際に起こりやすいゲル化を予防するために、目的とするフィブロイン濃度よりも高濃度なシルクフィブロイン水溶液を予め調製しておき、そこに添加剤の希釈水溶液を加えることがさらに好ましい。
【0028】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体を製造するにあたり、特に添加剤として脂肪族カルボン酸あるいは酸性アミノ酸を用いる場合は、シルクフィブロイン水溶液に添加剤を添加したシルクフィブロイン溶液を、該溶液が凝固しない温度で静置することが好ましい。静置をすることにより、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体が得られ、かつ強度を向上させ、細孔直径を小さくすることができる。該シルクフィブロイン溶液の静置は、該溶液を型あるいは容器に流し込んで、所定の温度条件下で行えばよい。
静置する際の温度は、凝固しない温度であれば特に制限はないが、凝固のしにくさ、溶液のゲル化のしにくさ、あるいはフィブロイン分子の分解の起こりにくさを考慮すると、−5〜50℃であることが好ましく、−3〜20℃がより好ましく、3〜10℃がさらに好ましい。静置する温度は、シルクフィブロイン溶液を恒温槽中に入れるなどして調節できる。シルクフィブロイン溶液を静置する温度を調節することで、得られるシルクフィブロイン多孔質体の細孔直径や強度を調整することができ、温度を3〜10℃とすることで、細孔直径が小さく、強度の高い多孔質体が得られる。
【0029】
シルクフィブロイン溶液を静置する時間は、特に制限はないが、10時間以上であることが好ましく、また製造効率を考慮すると、300時間以内が好ましく、200時間以内がより好ましい。シルクフィブロイン溶液を静置する時間を調節することで、得られるシルクフィブロイン多孔質体の細孔直径や強度を調節することができ、時間を長くすると、平均細孔直径が小さくまたより強度が高い多孔質体が得られる。
【0030】
本発明の多孔質体では、上記のようにしてシルクフィブロイン溶液を静置した後、低温恒温槽中に入れて凍結させ、次いで融解することによって、シルクフィブロイン多孔質体を製造する。
凍結温度は、添加剤を含有させたシルクフィブロイン溶液が凍結する温度であれば特に制限されないが、−4〜−40℃が好ましく、−10〜−30℃がより好ましく、−10〜−20℃がさらに好ましい。凍結温度を上記範囲内にすると、良質なシルクフィブロイン多孔質体を再現よく得ることができる。
凍結時間は、十分に凍結し、かつ凍結状態を一定時間保持できるよう、所定の凍結温度で2時間以上であることが好ましく、4時間以上がより好ましい。
【0031】
凍結の方法としては、静置後のシルクフィブロイン溶液を一気に凍結温度まで下げて凍結してもよいが、静置を常温程度の温度条件で行った場合には、静置の後、凍結の前に過冷却状態を経て凍結することが好ましい。なお、溶液が過冷却状態となるような温度条件で静置を行った場合には、改めて過冷却状態を経て凍結しなくてもよい。
過冷却状態とする方法としては、例えば一旦、5〜−10℃程度、好ましくは0〜−5℃程度で、30分以上保持して容器内を均一にして過冷却状態としてから、凍結温度まで下げて凍結することで、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。静置あるいは過冷却状態から凍結温度までにかける時間を調整することで、多孔質体の構造や強度をある程度制御することが可能であり、例えば、0.1〜2℃/h程度でゆっくり温度を下げると、より高い強度のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。
【0032】
上記のようにして凍結した後、凍結したシルクフィブロイン溶液を、融解することによってシルクフィブロイン多孔質体が得られる。融解の方法は特に制限はないが、自然融解のほか、恒温槽内に保管する方法などが挙げられる。
【0033】
得られたシルクフィブロイン多孔質体には添加剤として使用した脂肪族カルボン酸、酸性アミノ酸や有機溶媒が含まれるが、用途に応じて、該添加剤を除去する必要がある場合には、適当な方法でシルクフィブロイン多孔質体から該添加剤を除去して用いることができる。たとえば、多孔質体を、純水中に浸漬して、これらの添加剤を除去することが最も簡便な方法として挙げられる。
【0034】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、多孔質体作製時の型や容器を適宜選択することにより、フィルム状、ブロック状、管状、球状等、目的に応じた形状とすることができる。型や容器としては、シルクフィブロイン溶液が流出しない形状・形態のものであれば制限はなく、その素材としては、鉄、ステンレス、アルミニウム、金、銀、銅などの熱伝導率が高い素材を用いることが、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得る観点から好ましい。また、型や容器の厚さは、その機能と凍結の際の膨張などによる変形などを防止する観点から、0.5mm以上であることが好ましく、取り扱いが容易で、冷却効率的な観点から、より好ましくは1〜3mmである。
【0035】
また、ここで用いられる型や容器は、前記フィルム層の構造や厚さを制御することを目的として、その内側のシルクフィブロイン溶液と接する内壁面に、シートを設けることができる。
該シートとしては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)やテトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などのフッ素樹脂からなるシート、あるいはポリエチレンテレフタレート(PET)やポリプロピレン(PP)などからなる離型処理されたシートなどが好ましく挙げられる。これらのシートを用いた場合、細孔が少なく平滑なフィルム層を得ることができる。また、フィルム層を設けたくない場合は、ろ紙などといった表面が粗いシートを設けることもできる。これらのシートの採用については、多孔質体の用途に応じて、適宜選択すればよい。
また、シートは、熱伝導を阻害しにくい厚さ1mm以下のものを用いることが好ましい。
【0036】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、上記した融解する工程に次いで、切削する工程を経て得られる。具体的には、例えば、テフロンシートなどのシートをその内壁面に設けたブロック状の型あるいは容器を用い、該型あるいは容器から取り出してから、側面の四面のフィルム層を取り除き、多孔質層の部分で切削することで得られる(図1を参照)。また、一面のみにテフロンシートなどのシートをその内壁面に設け、その他の面の内壁面にろ紙を設けた型あるいは容器を用い、一面のみにフィルム層を有する多孔質体を得ることもできる。
【0037】
このようにして得られた本発明のシルクフィブロイン多孔質体において、上記したように、多孔質層は、多数の細孔を有するスポンジ状の多孔質構造であり、通常この多孔質層には凍結乾燥などにより水除去を行わなければ水が含まれ、含水状態で硬い構造物である。また、多孔質体を凍結乾燥することにより、シルクフィブロイン多孔質体の乾燥品を得ることができる。
【0038】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、細孔の状態が互いに異なるフィルム層と多孔質層とを有するため、人工心膜、人工脳膜などの用途においては体液等の吸収保持と癒着防止の両立、フェイスマスクなどの用途においては美容液の浸透性と保湿性の両立、創傷被覆剤などの用途においては体液の吸収と揮発防止の両立などの効果を発揮するため、これらの用途に好適に用いられる。
【実施例】
【0039】
以下に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0040】
実施例1
(シルクフィブロイン溶液の調製)
シルクフィブロイン水溶液は、シルクフィブロイン粉末(KBセーレン社製、商品名:「フィブロインIM」)を9M臭化リチウム水溶液に溶解し、遠心分離で不溶物を除去したのち、超純水に対して透析を繰り返すことによって得た。得られたシルクフィブロイン水溶液を透析チューブ中で風乾し濃縮した。この濃縮液に添加剤として酢酸水溶液を添加し、シルクフィブロイン濃度が5質量%、酢酸濃度が2質量%であるシルクフィブロイン溶液を調製した。
(多孔質体の製造)
このシルクフィブロイン溶液をアルミ板で作製した型(内側サイズ;80mm×40mm×4mm)に流し込み、低温恒温槽(EYELA社製NCB−3300)に入れて下記条件で凍結保存した。また、型は、その内壁面に接着剤を用いてPTFEシート(厚さ:0.5mm)を貼り付けた型を用いた。
(凍結条件)
凍結は、予め低温恒温槽を−5℃に冷却しておいた低温恒温槽中にシルクフィブロイン溶液を入れた型を投入して2時間保持し、その後3℃/時間の速度で−20℃まで冷却し、そのままの温度で5時間保持した。
凍結した試料を自然解凍で室温に戻してから、型から取り出し、超純水に浸漬し、超純水を1日2回、3日間交換することによって、使用した酢酸を除去した。
(多孔質体の切削)
酢酸を除去して得られたシルクフィブロイン多孔質体を、スライサー(有限会社北島マシンナイフ製KMK−09−0005−HT)を用いて図1に示されるように切削し、2枚のシルクフィブロイン多孔質体(79mm×39mm×1.5mm)を得た。さらに、該多孔質体の全側面にあるフィルム層を、スライサーを用いて切削することで、多孔質層の一方の面にフィルム層が形成したシルクフィブロイン多孔質体を得た。
【0041】
得られた多孔質体の構造を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。走査型電子顕微鏡は、Philips社製XL30−FEGを使用して、低真空無蒸着モード、加速電圧10kVで測定を行った。なお、多孔質体の構造は、フィルム層、多孔質層及び多孔質体の断面を観察し、その走査型電子顕微鏡写真を各々図2〜図4に示す。
【0042】
また、得られた走査型電子顕微鏡写真を画像解析ソフトImageJ(アメリカ国立衛生研究所製)を用いて画像処理することで細孔面積比を測定した。なお、測定は5回行いその平均値を算出した。
【0043】
(吸水速度の測定)
切削後のシルクフィブロイン多孔質体中の水分を冷凍庫中で凍結後、凍結乾燥機中で完全に乾燥することで乾燥シルクフィブロイン多孔質体を得た。乾燥シルクフィブロイン多孔質体の切削面(多孔質層)と非切削面(フィルム層)にピペットを用いて純水を100μl滴下し、吸収されるまでの時間から吸水速度を次式に従って算出した。測定は5回行い、その平均値を示した。結果は第1表に示す。
吸水速度(μl/s)=純水滴下量/吸水に要した時間
【0044】
実施例2〜15
実施例1において、第1−1表に示される添加剤、添加剤の濃度、及び型の材質とした以外は、実施例1と同様にしてシルクフィブロイン多孔質体を作製した。得られた多孔質体について、実施例1と同様に細孔面積比を測定した結果を第1−1表に示す。また、得られた多孔質体について、フィルム層と多孔質層の走査型電子顕微鏡写真を各々図5〜32に示す。
【0045】
実施例16
実施例1において、流し込む型をアルミ板で作製した型(内側サイズ;80mm×40mm×4mm)からアルミ板で作製した型(内側サイズ;264mm×205mm×4mm)とした以外は、実施例1と同様にしてシルクフィブロイン多孔質体(サイズ:263mm×204mm×3mm)を作製した。
(蒸発速度の測定)
得られたシルクフィブロイン多孔質体を48時間純水中に浸漬し、完全に吸水させた後、温度:40℃、相対湿度:50%の条件に設定した恒温恒湿槽中で金網上に静置し、10分経過までは1分ごとに、10分以降は2分ごとにその重量を測定した。該重量の変化を水の蒸発量の変化とした。水の蒸発量をグラフ1に示す。またグラフ1の、静置して1分後から30分までの直線部分の傾きから次式に従って算出した水の蒸発速度を第2表に示す。
蒸発速度(g−H2O/m2・s)=(静置して1分後から30分までの直線部分の傾き)/多孔質体表面積
【0046】
実施例17
実施例16と同様にして得たシルクフィブロイン多孔質体を、スライサー(有限会社北島マシンナイフ製KMK−09−0005−HT)を用いて厚さ方向で1mm及び2mmのところで切削して、三枚のシルクフィブロイン多孔質体(サイズ:サイズ:263mm×204mm×1mm)を得た。その中心から切削された多孔質層が露出した多孔質体(フィルム層なし)について、実施例16と同様にして蒸発速度を算出した。水の蒸発量をグラフ1に示す。またグラフ1の、静置して1分後から30分までの直線部分の傾きから次式に従って算出した水の蒸発速度を第2表に示す。
【0047】
実施例18
実施例16において酢酸に代えて、グルタミン酸を用いたこと以外は実施例16と同様にして多孔質体を作製した。得られたシルクフィブロイン多孔質体を実施例16と同様にして、蒸発速度を算出した。蒸発速度を第2表に示す。
【0048】
実施例19
実施例17において酢酸に代えて、グルタミン酸を用いたこと以外は実施例17と同様にして多孔質体を作製した。得られたシルクフィブロイン多孔質体を実施例17と同様にして、蒸発速度を算出した。蒸発速度を第2表に示す。
【0049】
実施例20
実施例16において酢酸に代えて、ジメチルスルホキシドを用いたこと以外は実施例16と同様にして多孔質体を作製した。得られたシルクフィブロイン多孔質体を実施例16と同様にして、蒸発速度を算出した。蒸発速度を第2表に示す。
【0050】
実施例21
実施例17において酢酸に代えて、ジメチルスルホキシドを用いたこと以外は実施例17と同様にして多孔質体を作製した。得られたシルクフィブロイン多孔質体を実施例17と同様にして、蒸発速度を算出した。蒸発速度を第2表に示す。
【0051】
【表1】
*1,アルミニウム板(テフロンシートあり)
【0052】
【表2】
*2,鏡面仕上げアクリル板(テフロンシートなし)
*3,鏡面仕上げポリスチレン板(テフロンシートなし)
【0053】
【表3】
*1,アルミニウム板(テフロンシートあり)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シルクフィブロインを含有し、多孔質層の一方の面のみにフィルム層を有し、該多孔質層における細孔の面積比が50〜99%であり、該フィルム層における細孔の面積比が20%以下であるシルクフィブロイン多孔質体。
【請求項2】
前記フィルム層の厚さが10〜100μmである請求項1に記載のシルクフィブロイン多孔質体。
【請求項3】
前記多孔質層とフィルム層とが、同時に形成されてなる請求項1又は2に記載のシルクフィブロイン多孔質体。
【請求項1】
シルクフィブロインを含有し、多孔質層の一方の面のみにフィルム層を有し、該多孔質層における細孔の面積比が50〜99%であり、該フィルム層における細孔の面積比が20%以下であるシルクフィブロイン多孔質体。
【請求項2】
前記フィルム層の厚さが10〜100μmである請求項1に記載のシルクフィブロイン多孔質体。
【請求項3】
前記多孔質層とフィルム層とが、同時に形成されてなる請求項1又は2に記載のシルクフィブロイン多孔質体。
【図1】
【図33】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【公開番号】特開2012−81593(P2012−81593A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227035(P2010−227035)
【出願日】平成22年10月6日(2010.10.6)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年10月6日(2010.10.6)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】
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