説明

シルクフィブロイン多孔質体

【課題】多様化する要求に対応可能な強度を有するシルクフィブロイン多孔質体を提供すること。
【解決手段】本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロインを含有し、10%圧縮硬さが1.3N以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シルクフィブロイン多孔質体に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質や糖類などの生物由来物質を利用して作製可能である多孔質体は、再生医療用足場材料、創傷被覆材や薬剤徐放担体等の医療分野、紙おむつや生理用品等の生活日用品分野、微生物や細菌等の住処になる支持体として活用しうる浄水分野、エステティックサロンや個人での使用による保湿等を目的とした化粧品・エステ分野、組織工学や再生医工学における細胞培養支持体や組織再生支持体など産業上幅広い分野で利用される。
これら多孔質体を構成する生体由来物質としては、セルロースやキチン等の糖類、コラーゲン、ケラチン、シルクフィブロイン等のタンパク質群が知られている。
【0003】
このうち、タンパク質としては、コラーゲンが一番よく利用されてきたが、BSE問題が発生してから牛由来のコラーゲンを利用することが非常に難しくなってきた。また、ケラチンは、羊毛や羽毛から得ることができるが、原料入手に問題があり、工業的に利用することは難しい。羊毛は、原料価格が非常に高騰しており、羽毛に関しては市場がないため、原料を入手することができない。これらに対して、シルクフィブロインは、原料入手の観点からは、安定に供給されることが期待でき、さらに価格も安定しているので、工業的に利用することが容易である。
シルクフィブロインは、衣類用途以外に、手術用縫合糸として長く使用されてきた実績があり、現在では食品や化粧品の添加物としても利用され、人体に対する安全性にも問題がないことから上記した多孔質体の利用分野に十分利用可能である。
【0004】
シルクフィブロイン多孔質体を作製する手法に関しては、いくつか報告がある。例えば、シルクフィブロイン水溶液を急速冷凍したのち結晶化溶媒に浸漬し、融解と結晶化を同時進行することによって得る方法がある(特許文献1)。しかしながら、この方法は結晶化溶媒である有機溶媒を大量に使用する必要があり、さらに溶媒の残留の可能性も否定できず、医療分野等の上記した応用分野での使用には問題がある。次に、シルクフィブロイン水溶液のpHを6以下に保持してゲル化させるか又はその水溶液に貧溶媒を添加してゲル化させ、得られたゲルを凍結乾燥して多孔質体を作製する方法がある(特許文献2)。しかしながら、この方法は十分な強度をもった多孔質体を得ることはできない。他に、シルクフィブロイン水溶液を冷凍した後に長時間凍結状態を維持することで多孔質体を作製する手法が報告されている(特許文献3)。しかしながら、発明者らの検討ではこの手法は再現性が乏しく、多孔質体が作製できないことが多い。
上記したシルクフィブロイン多孔質体の作製手法と比較すると、確実で簡便な手法が報告されている(特許文献4;非特許文献1)。シルクフィブロイン水溶液に対して少量の水溶性有機溶媒を添加した後に、一定時間冷凍して融解することによってシルクフィブロイン多孔質体を得る手法である。この手法では、少量使用した有機溶媒も超純水による洗浄工程によって除去することができ、さらには、得られた含水状態の多孔質体は、それまでに報告されていたものよりも強度が高く形態安定性に優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−41097号公報
【特許文献2】特公平6−94518号公報
【特許文献3】特開2006−249115号公報
【特許文献4】特許第3412014号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Biomacromolecules,6,3100−3106(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の生物由来物質から得られる多孔質体の利用可能分野あるいは使用方法は幅広く、各用途に応じて要求される特性は多岐にわたっている。とりわけ、より高い強度を有するものに対する要求は多様化しており、従来の技術を用いて得られるシルクフィブロイン多孔質体の製造方法では対応しきれない場合が増える傾向にある。
そこで、本発明は、多様化する要求に対応可能な強度を有するシルクフィブロイン多孔質体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、一定以上の10%圧縮硬さを有するシルクフィブロイン多孔質体により上記課題を解決し得ることを見出した。
すなわち、本発明は、シルクフィブロインを含有し、10%圧縮硬さが1.3N以上であるシルクフィブロイン多孔質体を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、多様化する要求に対応可能な強度を有するシルクフィブロイン多孔質体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施例1で作製した多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】実施例3で作製した多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図3】実施例5で作製した多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図4】実施例6で作製した多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】比較例7で作製した多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係るシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロインを含有し、10%圧縮硬さが1.3N以上であることを特徴とする。シルクフィブロイン多孔質体の10%圧縮硬さは、3.5N以上であると好ましく5.0N以上であるとより好ましく、6.5N以上であるとさらに好ましい。シルクフィブロイン多孔質体の10%圧縮硬さの上限としては、用途に応じて適切なものを用いることができるが、好ましくは50.0N以下であり、より好ましくは15.0N以下であり、さらに好ましくは12.0N以下である。
本発明に係るシルクフィブロイン多孔質体は、例えば、シルクフィブロイン水溶液に脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸を添加してなるシルクフィブロイン溶液を10時間以上静置した後に、凍結し、融解することによって得ることができる。
また、上述の製造方法においては、融解後に得られたシルクフィブロイン多孔質体を純水中に浸漬して前記脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸を除去する工程をさらに有することが好ましい。
【0012】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体の製造において用いられるシルクフィブロインは、家蚕、野蚕、天蚕等の蚕から産生されるものであればいずれでもよく、その製造方法も問わない。シルクフィブロインは水溶液として用いるが、水に対する溶解性が悪いため、直接水に溶解することは困難である。シルクフィブロイン水溶液を得る方法としては、公知のいかなる手法を用いてもよいが、高濃度の臭化リチウム水溶液にシルクフィブロインを溶解後、透析による脱塩、風乾による濃縮を経る手法が簡便である。ここで、臭化リチウム水溶液の濃度は、8〜10Mが好ましく、8.5〜9.5Mがより好ましい。臭化リチウム水溶液の濃度が、上記範囲内であると、シルクフィブロインを効率的に溶解することができる。
本発明のシルクフィブロイン多孔質体の製造において、シルクフィブロインの濃度は、脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸を添加したシルクフィブロイン溶液中で0.1〜50質量%であることが好ましく、0.5〜20質量%であることがより好ましく、3.0〜10質量%であることがさらに好ましい。この範囲内に設定することで、十分な強度を持ったシルクフィブロイン多孔質体を効率的に製造することができる。
【0013】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体の製造において、シルクフィブロイン水溶液に添加する脂肪族カルボン酸としては、特に制限はないが、水溶性のものが好ましく、水への溶解度が高いものがより好ましい。また、本発明のシルクフィブロイン多孔質体の製造において用いられる脂肪族カルボン酸としては、pKaが、5.0以下のものが好ましく、3.0〜5.0のものがより好ましく、3.5〜5.0のものがさらに好ましい。
本発明のシルクフィブロイン多孔質体の製造において用いられる脂肪族カルボン酸としては、たとえば、炭素数1〜6の飽和または不飽和のモノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸を好ましく用いることができ、例えば、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、アクリル酸、2−ブテン酸、3−ブテン酸などのモノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸などのジカルボン酸などが好ましく挙げられる。これらの脂肪族カルボン酸は、単独あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0014】
また、酸性アミノ酸としては、特に制限はないが、水溶性のものが好ましく、水への溶解度が高いものがより好ましい。また、得られるシルクフィブロイン多孔質体の用途を考慮すると、毒性が極めて小さく、安全性が高いものであることが好ましい。このような酸性アミノ酸としては、例えば、アスパラギン酸、グルタミン酸などが好ましく挙げられるが、溶解度の観点からグルタミン酸を用いることが好ましい。これらの酸性アミノ酸は、単独あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。また、脂肪族カルボン酸と酸性アミノ酸とを組み合わせて使用することもできる。
【0015】
高い強度を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ようとする場合、直鎖の構造を有し、炭素数が多い脂肪族カルボン酸を用いることが好ましい。また、小さい細孔直径を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ようとする場合は、脂肪族カルボン酸を使用することが好ましく、より小さい細孔直径のものを得ようとするには、直鎖の構造を有し、炭素数が多い脂肪族カルボン酸を用いることが好ましい。
【0016】
シルクフィブロイン水溶液に添加する脂肪族カルボン酸及び酸性アミノ酸の量は、シルクフィブロイン溶液中で0.01〜18.0質量%であることが好ましく、0.1〜5.0質量%であることがより好ましく、0.5〜4.0質量%であることがさらに好ましい。この範囲内に設定することで、十分な強度を持った多孔質体を製造することができる。また、4.0質量%以下であれば、シルクフィブロイン水溶液に脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸を添加したシルクフィブロイン溶液を静置する際、該溶液がゲル化しにくく、安定して良質なシルクフィブロイン多孔質体が得られる。また、シルクフィブロイン水溶液に脂肪族カルボン酸及び酸性アミノ酸を添加する際に起こりやすいゲル化を予防するために、目的とするフィブロイン濃度よりも高濃度なシルクフィブロイン水溶液を予め調製しておき、そこに脂肪族カルボン酸及び酸性アミノ酸の希釈水溶液を加えることがさらに好ましい。
【0017】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロイン水溶液に脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸を添加したシルクフィブロイン溶液を、該溶液が凝固しない温度で10時間以上静置することで製造することができる。静置の工程を加えることにより、高い強度を有し、かつ安定して均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。該シルクフィブロイン溶液の静置は、該溶液を型あるいは容器に流し込んで、所定の温度条件下で行えばよい。
静置する際の温度は、凝固しない温度であれば特に制限はないが、凝固のしにくさ、溶液のゲル化のしにくさ、あるいはフィブロイン分子の分解の起こりにくさを考慮すると、−5〜50℃が好ましく、−5〜30℃がより好ましく、−3〜20℃がさらに好ましい。静置する温度は、シルクフィブロイン溶液を恒温槽中に入れるなどして調節できる。
シルクフィブロイン溶液を静置する時間は、10時間以上であればよいが、20〜200時間が好ましく、50〜100時間がより好ましく、70〜100時間がさらに好ましい。
シルクフィブロイン溶液の凍結温度としては−4〜−40℃程度が好ましく、−5〜−30℃程度がより好ましく、−10〜−20℃がさらに好ましい。
凍結時間としては、脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸を添加したシルクフィブロイン水溶液が十分に凍結し、かつ凍結状態を一定時間保持できるよう、所定の凍結温度で2時間以上であることが好ましく、5時間以上であることがさらに好ましい。5時間以上凍結状態を保持することで十分な強度を持った多孔質体を製造することができる。
【0018】
凍結の方法としては、静置後のシルクフィブロイン溶液を一気に凍結温度まで下げて凍結してもよいが、静置を常温程度の温度条件で行った場合には、静置の後、凍結の前に過冷却状態を経て凍結することが好ましい。なお、溶液が過冷却状態となるような温度条件で静置を行った場合には、改めて過冷却状態を経て凍結しなくてもよい。
過冷却状態とする方法としては、例えば一旦、5〜−10℃程度、好ましくは0〜−5℃程度で、30分以上保持して容器内温度を均一としてから、凍結温度まで下げて凍結することで、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。静置あるいは過冷却状態から凍結温度までにかける時間を調整することで、多孔質体の構造や強度をある程度制御することが可能であり、例えば、0.1〜2℃/h程度でゆっくり温度を下げると、より高い強度のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。
【0019】
上記のようにして凍結した後、凍結したシルクフィブロイン溶液を、融解することによってシルクフィブロイン多孔質体が得られる。融解の方法は特に制限はないが、自然融解のほか、恒温槽内に保管する方法などが挙げられる。
【0020】
上述のようにして得られたシルクフィブロイン多孔質体には脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸が含まれるが、用途に応じて、脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸を除去又はその濃度を調整する必要がある場合には、適当な方法で多孔質体中の脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸の濃度を調整して用いることができる。得られた多孔質体に含まれる脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸の濃度を調整する方法としては、例えば、多孔質体を純水中に浸漬して透析する方法が最も簡便な方法として挙げられる。
また、シルクフィブロイン多孔質体製造後に水分濃度を調整する方法としては、例えば、シルクフィブロイン多孔質体を乾燥して水分を蒸発させる方法が挙げられる。乾燥の方法としては、自然乾燥、風乾、凍結乾燥、加熱乾燥などが挙げられるが、乾燥時の収縮が抑えられるという観点からは、凍結乾燥が好ましい。
【0021】
なお、本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロイン多孔質体作製時の型あるいは容器を適宜選択することにより、フィルム状、ブロック状、管状等、目的に応じた形状とすることができる。
これらの型あるいは容器から取り出したシルクフィブロイン多孔質体の、該型あるいは容器に触れる面には、厚さ1〜100μm程度のフィルム層が形成している。該フィルム層は、実質的に細孔を有しない、あるいは該フィルム層に囲まれた内側にある多孔質体と比較して細孔の少ない層である。すなわち、本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、多孔質層の他に、そのまわりを被覆するフィルム層を有していてもよく、多孔質層のみからなっていてもよい。シルクフィブロイン多孔質体がフィルム層を有する場合、その用途に応じて、フィルム層を取り除いて用いることもできるし、積極的にフィルム層を残したまま用いてもよい。
【0022】
フィルム層は表面が面積比で20%以下の細孔を有するものであると好ましく、多孔質層は表面が面積比で50〜98%の細孔を有するものであると好ましい。また、フィルム層は、その細孔直径が0.5μm以上の細孔が20個/mm2以下であると好ましく(より好ましくは、10個/mm2以下)、実質的に細孔を有しないものであると好ましい。ここで、表面の細孔の面積比、細孔の個数及び細孔直径は、走査型電子顕微鏡写真を画像解析ソフトImageJ(アメリカ国立衛生研究所製)を用いて画像処理することで測定したものである。
前記多孔質層は吸水速度が20〜30μl/s、及び/又は蒸発速度が0.008〜0.2g/m2・sであることが好ましく、かつ、前記フィルム層は吸水速度が0.1〜3.5μl/s、及び/又は蒸発速度が0.03〜0.07g/m2・sであることが好ましい。
【0023】
また吸水速度は以下のようにして定義できる。
シルクフィブロイン多孔質体(多孔質層又はフィルム層)に純水を100μl滴下し、吸収されるまでの時間を測定した。吸水速度は、測定した時間を用いて、下記の式より算出した値である。測定は5回行い、その平均値を吸水速度とした。
吸水速度(μl/s)=純水滴下量/吸水に要した時間
また蒸発速度は以下のように定義できる。
シルクフィブロイン多孔質体(多孔質層又はフィルム層)を48時間純水中に浸漬し、完全に吸水させた後、温度:40℃、相対湿度:50%の条件に設定した恒温恒湿槽中で金網上に静置し、10分経過までは1分ごとに、10分以降は2分ごとにその重量を測定し、その変化を水の蒸発量の変化とした。蒸発速度は、静置して1分後から30分までの蒸発量の変化から下記の式より算出した値である。
蒸発速度(g/m2・s)=(蒸発量の変化)/多孔質体表面積
【0024】
例えば、ブロック状の型あるいは容器で作製したシルクフィブロイン多孔質体の場合、側面の四面のフィルム層を取り除き、多孔質層の部分で裁断すると、多孔質層と多孔質層の一方の面のみに細孔を有しないフィルム層を有するシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。
また、型あるいは容器は、熱伝導を考慮してアルミニウム製のものを用いることが好ましいが、その内側に予めテフロンシートなどの樹脂シートや、ろ紙などといった表面が荒いシートを設置してから、シルクフィブロイン溶液を流し込んで、多孔質体を作製することができる。テフロンシートなどの樹脂シートを設置する場合には、フィルム層をより積極的に形成することができ、ろ紙などの表面が粗いシートを設置する場合には、型から取り出す際に該シートがフィルム層を剥離するため、フィルム層を有さない多孔質体が得られる。これらのシートの採用については、多孔質体の用途に応じて、適宜選択すればよい。
【0025】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体において、上記した多孔質層は、スポンジ状の多孔質構造を有しており、通常この多孔質体には凍結乾燥等により水除去を行わなければ水が含まれ、含水状態で堅い構造物である。また、多孔質体を凍結乾燥することにより、シルクフィブロイン多孔質体の乾燥品を得ることができる。
【0026】
本発明のシルクフィブロイン多孔質体は、すぐれた力学的特性を有しており、10%圧縮硬さで1.3N以上という極めて高い強度を有するものであり、特許文献4において使用されている水溶性有機溶媒であるメタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール、グリセロール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ピリジン、アセトン、アセトニトリルを用いた多孔質体よりも優れた力学的特性を有している。
また、シルクフィブロイン多孔質体における多孔質層中の細孔の大きさ(平均細孔径)は、好ましくは1〜300μmであり、より好ましくは1〜50μmである。
また、シルクフィブロイン多孔質体は、空孔を多く有し、水の密度を1.0g/cm3、シルクフィブロイン多孔質体の密度を1.2g/cm3、純水中に1日静置し完全に吸水させた状態のシルクフィブロイン多孔質体の密度を1g/cm3とすると、その空孔率は通常85.0体積%以上、好ましくは90.0体積%以上、より好ましくは95.0体積%以上であり、その上限は好ましくは99.0体積%以下、より好ましくは98.0体積%以下である。
【0027】
前記フィルム層は、上記したように細孔を有しない層であり、その細孔は原則存在しないが、細孔を有していてもその細孔は製造上の欠陥として生じてしまうというものである。より具体的には、細孔を有する場合でも、その細孔の個数は好ましくは20個/mm2以下、より好ましくは10個/mm2以下程度のものであり、その細孔の割合は面積比で好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下程度のものである。上記範囲であれば、多孔質層及びフィルム層の細孔の状態の違いによる効果、例えば上記したような人工心膜、人工脳膜などの用途における体液などの吸収保持と癒着防止の両立、フェイスマスクなどの用途における美容液の浸透性と保湿性の両立、創傷被覆剤などの用途における体液の吸収と揮発防止の両立が顕著となる。
【0028】
本発明の多孔質体は、保湿等を目的とした化粧品・エステ分野等に広く適用することができる。具体的には、ピーリングパックや化粧用パフとして好適に使用することができる。また、凍結に用いる容器の形状を変えることで、所望の形状のものを容易に得ることができることから、例えば、顔の形状に合わせたフェイスマスクとして好適に使用することができる。
また、本発明の多孔質体は、例えば、内視鏡観察下で切除された生体組織を牽引するための重りとして、好適に使用し得る。
さらに、組織工学や再生医工学における細胞培養支持体や組織再生支持体、微生物や細菌等の住処になる支持体として、好適に使用し得る。
その他、創傷被覆材や止血スポンジ、癒着防止膜、薬剤徐放担体等の医療分野、紙おむつや生理用品等の生活日用品分野などに好適に使用することができる。
【実施例】
【0029】
以下に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0030】
実施例1
(シルクフィブロイン溶液の調製)
シルクフィブロイン水溶液は、シルクフィブロイン粉末(KBセーレン社製、商品名:「フィブロインIM」)を9M臭化リチウム水溶液に溶解し、遠心分離で不溶物を除去したのち、超純水に対して透析を繰り返すことによって得た。得られたシルクフィブロイン水溶液を透析チューブ中で風乾し濃縮した。この濃縮液に酢酸水溶液を添加し、シルクフィブロイン濃度が5質量%、酢酸濃度が2質量%であるシルクフィブロイン溶液を調製した。
(多孔質体の製造)
このシルクフィブロイン溶液をアルミ板で作製した型(内側サイズ;80mm×40mm×4mm)に流し込み、低温恒温槽(EYELA社製NCB−3300)に入れて−1℃で10時間静置した。その後下記条件で凍結した。
(凍結条件)
凍結は、予め低温恒温槽を−1℃に冷却しておいた低温恒温槽中にシルクフィブロイン溶液を入れた型を投入し、その後3℃/時間の速度で−20℃まで冷却し、そのままの温度で5時間保持した。
凍結した試料を自然解凍で室温に戻してから、型から取り出し、超純水に浸漬し、超純水を1日2回、3日間交換することによって、使用した酢酸を除去した。
【0031】
得られた多孔質体の構造を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。走査型電子顕微鏡は、Philips社製XL30−FEGを使用して、低真空無蒸着モード、加速電圧10kVで測定を行った。なお、多孔質体の構造は、多孔質体の表面ではなく、多孔質体を切断して露出させた内部を観察した。得られた多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真を図1に示す。
【0032】
また、上述のようにして得た多孔質体について、以下の方法で各種物性を測定した。
(10%圧縮硬さ)
得られた多孔質体を純水中に1日静置し完全に吸水させた後、その硬さを圧縮試験機で測定した。圧縮試験機は、(株)島津製作所製EZ Testを、ロードセルは10Nと50Nのものを、ロードプレートは直径8mmのものを使用した。多孔質体を1mm/minの速度で初期厚さの10%まで圧縮し、その時かかっている荷重を読み取り10%圧縮硬さとした。結果を第1表に示す。
なお、測定結果は、作製した多孔質体の任意の5箇所、及び異なる日に作成した多孔質体の任意の5箇所、計10箇所について測定を行った平均値である。
(平均細孔径)
得られた走査型電子顕微鏡写真を画像解析ソフトImageJ(アメリカ国立衛生研究所製)を用いて画像処理することで平均細孔径を算出した。なお、測定結果は、作製した多孔質体から5枚の走査型電子顕微鏡写真を撮影し、さらに異なる日に作製した多孔質体から5枚の走査型電子顕微鏡写真を撮影し、それら10枚の走査型電子顕微鏡写真について測定を行った平均値を示している。
(空孔率)
得られた多孔質体を純水中に1日静置し完全に吸水させ、秤量した後(湿重量)、凍結乾燥して多孔質体中の水分を完全に除去し、再度秤量した(乾燥重量)。水の密度を1g/cm3、フィブロインの密度を1.2g/cm3、含水状態のフィブロイン多孔質体の密度を1g/cm3と仮定し、次式に従ってシルクフィブロイン多孔質体の空孔率の測定を行った。
空孔率=(湿重量−乾燥重量/1.2)/湿重量×100
【0033】
実施例2〜36及び比較例1〜17
実施例1において、第1表に示される静置温度、静置時間及び添加剤とした以外は実施例1と同様にしてシルクフィブロイン多孔質体を得た。得られた多孔質体について、実施例1と同様にして10%圧縮硬さ、空孔率、平均細孔直径を測定した。これらの数値を第1−1〜1−3表に示す。また、実施例3、5、6及び比較例7で得られた多孔質体の断面(多孔質層)を、走査型電子顕微鏡を用いて撮影した。撮影した走査型電子顕微鏡写真を各々図2、3、4及び5に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の多孔質体は、保湿等を目的とした化粧品・エステ分野等に広く適用することができる。具体的には、ピーリングパックや化粧用パフとして好適に使用することができる。また、凍結に用いる容器の形状を変えることで、所望の形状のものを容易に得ることができることから、例えば、顔の形状に合わせたフェイスマスクとして好適に使用することができる。
また、本発明の多孔質体は、例えば、内視鏡観察下で切除された生体組織を牽引するための重りとして、好適に使用し得る。
その他、創傷被覆材や止血スポンジ、癒着防止膜、薬剤徐放担体等の医療分野、紙おむつや生理用品等の生活日用品分野などに好適に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シルクフィブロインを含有し、10%圧縮硬さが1.3N以上であるシルクフィブロイン多孔質体。
【請求項2】
空孔率が85.0体積%以上である請求項1に記載のシルクフィブロイン多孔質体。
【請求項3】
脂肪族カルボン酸及び/又は酸性アミノ酸を含有するシルクフィブロイン溶液を用いて得られる請求項1又は2に記載のシルクフィブロイン多孔質体。
【請求項4】
前記多孔質体が、多孔質層と該多孔質層の一方の面のみに細孔を有しないフィルム層を有する請求項1〜3のいずれかに記載のシルクフィブロイン多孔質体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−82240(P2012−82240A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227026(P2010−227026)
【出願日】平成22年10月6日(2010.10.6)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】