説明

シンチレータ用結晶及び放射線検出器

【課題】結晶の密度や実効原子番号を小さくすることなく、しかもシンチレータとして用いると光電子増倍管に十分適したものとなるシンチレータ用結晶及びこれを用いた放射線検出器を提供する。
【解決手段】下記一般式(1)で表されるシンチレータ用結晶である。Ln(1−y)Ce:M (1)(一般式(1)中、Ln(1−y)Ceは母体材料の化学組成を示し、Lnは希土類元素からなる群より選択される1種以上の元素を示し、Xはハロゲン元素からなる群より選択される1種以上の元素を示し、Mは母体材料中にドープされているドーパントの特定の構成元素を示し、yは下記式(A): 0.0001≦y≦1 (A)で表される条件を満足する数値を示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シンチレータ用結晶及び放射線検出器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、シンチレータを備えた、いわゆるシンチレータ型放射線検出器が知られている。この放射線検出器では、まずシンチレータにγ線等の放射線が入射して蛍光が発生する。次いで、発生した蛍光を光電子増倍管などの光検出器で検出して電気信号に変換する。次に、種々の電子回路でその電気信号を処理して、計数率、蛍光量、時間情報などの各種情報を得る。そして、その各種情報から、入射した放射線の強度、エネルギー、発生位置・方向などの情報を入手する。このシンチレータ型放射線検出器は、主に核医学、高エネルギー物理、放射線管理、地下検層などの分野で幅広く利用されている。
【0003】
シンチレータ型放射線検出器は、γ線検出の別の手段として知られている半導体検出器に比べ、一般的にエネルギー弁別能力に劣る。しかしながら、シンチレータ型放射線検出器は、半導体検出器よりも密度や実効原子番号の高いものがあり、1つの放射線に対する応答時間が短い。そのため、シンチレータ型放射線検出器は、高エネルギーγ線の検出、精度の高い時間情報や高い検出効率が必要な場合に、半導体検出器よりも適しているといえる。
【0004】
γ線検出の際にシンチレータ型放射線検出器に求められる特性としては、γ線の検出効率が高いこと、エネルギー弁別能力に優れること、並びに時間分解能に優れることが挙げられる。これらを同時に実現すべくシンチレータに求められる特性としては、その密度及び実効原子番号が高いこと、蛍光量(蛍光強度)が大きいこと、蛍光波長が光検出器の波長感度に適していること、エネルギー分解能に優れていること、並びに、蛍光の立ち上がりが速く減衰時間が短いこと等が挙げられる。
【0005】
シンチレータの密度及び実効原子番号が高いと、γ線とシンチレータとの相互作用確率を高めて、検出効率を高くすることができる。また、蛍光減衰時間が短ければ、γ線毎の処理時間が短くてすみ、短時間にしてより多くのγ線からの信号処理を可能とし、いわゆる時間的な感度を高くすることができる。一方、シンチレータ型放射線検出器のエネルギー弁別能力を高めるには、対応する光検出器における量子変換、並びに、得られた電気信号を処理する回路の増幅過程における揺らぎを小さくする必要がある。これを実現するには、光検出器の感度波長に適した蛍光波長において蛍光量(蛍光強度)が大きいことが求められる。
【0006】
また、上述のとおり、シンチレータ自体のエネルギー分解能が優れていることも重要である。2つのγ線が実質的に同時にシンチレータに入射すると、各々のγ線に基づいてシンチレータから蛍光が生じる。シンチレータ型放射線検出器の時間分解能は、例えば、それらの蛍光から得られる電気信号の時間差を統計的に測定したときの分布で評価できる。時間分解能を優れたものとするには、蛍光が生じた瞬間からの微小時間Δtにおける電気信号をより大きくする必要がある。この電気信号を大きくするためのシンチレータの条件は、蛍光量が大きいこと、蛍光波長が光検出器に適したものであること、蛍光の立ち上がりが速いこと、並びに、減衰時間が短いことである。
【0007】
シンチレータ型放射線検出器の応用の一例として、最近用途が拡大している核医学診断装置の陽電子放出型断層撮像(Positron Emission Tomography:PET)装置について説明する。PET装置は陽電子放出核種を含む、例えば糖を主成分とした薬剤を被験者の体内に投与し、その分布を画像化する装置である。このPET装置を用いることで、ミリ単位の初期癌をも発見可能となる。
【0008】
薬剤から放出された陽電子は直ちに近くの電子と結合して対消滅を起こし、一対の消滅γ線が互いに180°の方向に放出される。このγ線を、リング状に設置した多数のシンチレータ型放射線検出器で同時に捉える。このとき、γ線が入射した2つのシンチレータを結んだ直線上に薬剤があるので、それらのγ線に基づく情報から画像を再構成することにより体内の薬剤分布を把握することができる。
【0009】
PET装置では画像の分解能が重要となるため、1つのシンチレータ素子のサイズを小さくする必要がある。また、PET装置を用いた診断は短時間で終了することが求められる。これらの要求に応えるためには、PET装置は、511keVと高いエネルギー量を有する消滅γ線に対して検出効率を向上させることが望まれる。
【0010】
また、体内で起こる消滅γ線の散乱、あるいは外部からのγ線を識別するためには、シンチレータ型放射線検出器のエネルギー弁別能が重要となる。さらには、一対の消滅γ線を非常に短いタイムウインドウを設けて同時計数するので、シンチレータ型放射線検出器は時間分解能に優れることが望まれる。
【0011】
シンチレータは、その材料の観点から有機シンチレータと無機シンチレータとに大別される。このうち、無機シンチレータとしては、その材料にNaI:Tl、CsI:Tl、BiGe12(BGO)、GdSiO:Ce(GSO)(以上、例えば、特許文献1及び特許文献2参照)、LuSiO:Ce(LSO)(例えば、特許文献3参照)などを用いたものが挙げられる。
【0012】
これらの中でも、無機シンチレータとして最もよく知られているのは、材料にNaI:Tlを用いたものである。この無機シンチレータは、1948年にR.Hofstadterによって発見されて以来、現在に至るまでほとんどのγ線検出器分野で最も使用されているシンチレータである。NaIは潮解性があるため、使用の際に、例えばパッケージなどによる防水処理を施す必要がある。しかしながら、この無機シンチレータはコストパフォーマンスに優れ、結晶の大型化も容易であり、蛍光量も多く、しかも蛍光波長も光電子増倍管の読み出しに適している。その一方、この無機シンチレータの欠点としては、密度がそれほど大きくないこと、蛍光の立ち上がりが速くないこと、蛍光減衰時間がそれほど短くないことなどが挙げられる。
【0013】
これ以外の無機シンチレータのうち、CsI:Tlを用いたものはNaI:Tlを用いたものに比べて潮解性が弱く、蛍光量も大きい。一方で、その蛍光の立ち上がり時間や減衰時間はNaI:Tlよりも長く、密度もそれほど大きくない。また、BGOを用いたものは密度や実効原子番号が非常に大きく潮解性が極めて小さい。しかしながら、このシンチレータは蛍光量が小さい上に、蛍光波長も光電子増倍管に適した波長ではなく、なおかつ減衰時間も長いという欠点を有する。
【0014】
また、GSO:Ceを用いたものは、Ceが持つ高い蛍光効率と減衰の速さを利用した初めてのシンチレータである。このシンチレータは、減衰時間が早く、エネルギー分解能に優れている。しかしながら、蛍光量はそれほど大きくなく、蛍光の立ち上がり時間も速くない。また、LSO:Ceを用いたものは蛍光の立ち上がり時間と減衰時間が短く、蛍光量が大きく、蛍光波長も光電子増倍管に適している。ところが、このシンチレータはエネルギー分解能が良好ではないこと、並びに、Luに含まれる放射性同位元素による自己蛍光が極めて多いためその用途が限定されてしまうこと、といった欠点も併せ持つ。
【0015】
そこで、Ceを賦活材とした希土類ハライド単結晶が、新しいシンチレータ材料として注目されている。この希土類ハライド単結晶を用いたシンチレータは、蛍光量が大きく、エネルギー分解能に優れ、しかも蛍光減衰時間も短いという利点を有する。シンチレータに用いられる希土類ハライドとしては、LaCl(例えば、特許文献4参照)、LaBr(例えば、特許文献5及び非特許文献3参照)、CeBr(例えば、非特許文献1参照)、及びLuI:Ce(例えば、非特許文献2参照)などが開示されている。
【0016】
これらのなかでも、LaBr:Ce及びCeBrは、これらを材料としたシンチレータの密度、実効原子番号、蛍光量、エネルギー分解能、蛍光の立ち上がり、蛍光減衰時間がNal:Tlよりも優れている。そのため、これらの材料は、あらゆるシンチレータ型放射線検出器の応用分野で期待されており、特に、そのエネルギー分解能の高さ、並びにそのシンチレータを組み込んだ放射線検出器の時間分解能の高さが注目されている。そのため、上述の材料を用いたシンチレータは、核医学における次世代型PETの候補である、TOF (Time of Flight)方式を取り入れたTOF−PETへの応用にも非常に期待されている(例えば、特許文献7参照)。
【0017】
以上説明した、従来の材料を用いた主な無機シンチレータの特性を表1に示す。
【0018】
【表1】


【特許文献1】特公昭62−008472号公報
【特許文献2】特開2003−300795号公報
【特許文献3】特許第2852944号明細書
【特許文献4】特表2004−500462号公報
【特許文献5】特表2003−523446号公報
【特許文献6】特公平07−078215号公報
【特許文献7】国際公開第04/044613号パンフレット
【非特許文献1】IEEE Transactions Nuclear Science, Vol.52(2005)3157
【非特許文献2】Nuclear Instrument And Methods In Physics Research A537(2005)279
【非特許文献3】Nuclear Instrument And Methods In Physics Research A486(2002)254
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかしながら、LaBr:CeやCeBrを用いたシンチレータは、それらの蛍光波長ピークが、光電子増倍管の中でも最も広く用いられているバイアルカリ型の光電子増倍管の感度波長ピークよりも短い。そのため、このシンチレータは、その蛍光量の大きさに比べて、実際に光電子増倍管を経て得られた信号が小さくなってしまう。例えば、上記表1に示すように、LaBr:Ceの蛍光波長ピークは360nm及び380nmにある。これらの蛍光波長ピークのうち、360nmの蛍光波長ピーク付近の方が蛍光量は多くなっている。これに対して、シンチレータ型放射線検出器で一般的に使用されているバイアルカリ型の光電子増倍管は、その感度波長ピークが400nmであり、シンチレータの蛍光波長ピークは、光電子増倍管の感度波長ピークよりも著しく短くなっている。その結果、シンチレータの蛍光量の大きさに比べ、実際に光電子増倍管を経て得られた信号は小さくなり、シンチレータが光電子増倍管に適しないものとなる。
【0020】
シンチレータを光電子増倍管に適したものとするには、シンチレータの蛍光波長をシフトさせる手法が考えられる。そのような手法として、例えば上記特許文献6に示されているようなものがある。この文献によると、GdSiO:CeのGdのサイトを、同じ希土類元素のLuで数10mol%程度置換し、Ce3+を取り囲む結晶場を変化させることで、蛍光波長を短波長側にシフトさせることができる。
【0021】
しかしながら、この手法は、イオン半径の異なる元素間の置換が必要となるため、結晶化が困難となり、結晶作製時にクラックが生じやすくなる。また、置換する元素が置換される元素よりも原子番号が低いと、得られた結晶の密度や実効原子番号が、元の結晶のものよりも小さくなってしまう。
【0022】
そこで、本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、結晶の密度や実効原子番号を小さくすることなく、しかもシンチレータとして用いると光電子増倍管に十分適したものとなるシンチレータ用結晶及びこれを用いた放射線検出器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者らはLaBr:CeやCeBrの蛍光発生の物理的機構を鋭意検討し、これらに共通して存在する2つの蛍光波長ピークのうち、光電子増倍管の感度波長に適合する長波長成分を増加させるには、1価〜3価の価数をもつ金属元素群から選ばれる元素を含む物質を結晶中に微小添加する、つまりドープすることが有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0024】
すなわち、本発明は、下記一般式(1)で表されるシンチレータ用結晶を提供する。
Ln(1−y)Ce:M (1)
ここで、一般式(1)中、Ln(1−y)Ceは母体材料の化学組成を示し、Lnは希土類元素からなる群より選択される1種以上の元素を示し、Xはハロゲン元素からなる群より選択される1種以上の元素を示し、Mは前記母体材料中にドープされているドーパントの構成元素であって、Li、Na、K、Rb、Cs、Al、Zn、Ga、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Sc、Ge、Ti、V、Cu、Nb、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Mo、Ru、Rh、Pb、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Tl及びBiからなる群より選択される1種以上の元素を示し、yは下記式(A):
0.0001≦y≦1 (A)
で表される条件を満足する数値を示す。
【0025】
本発明のシンチレータ用結晶によれば、γ線が入射した場合に光電子増倍管の波長感度ピークに適合した長波長側の蛍光を効率よく発生させることができる。
【0026】
本発明者らは、かかる効果が得られる理由を以下の通り推察する。例えば、シンチレータ用結晶の母体材料としてLaBr:CeまたはCeBrを用いる場合、γ線が結晶に入射すると電子・正孔の再結合が生じ、それによるエネルギーがCe3+に移行する。それによって、Ce3+の電子は、基底状態である4f軌道から励起状態である5d軌道に遷移し、その後5d軌道から基底状態の4f軌道に遷移する。4f軌道にはスピンが異なる2つの状態、すなわち4F2/7、4F2/5が存在するため、電子はある一定の割合で異なる2つの状態に遷移する。このため、蛍光波長ピークが2つ存在し、例えばLaBr:Ceにおいては4F2/5状態に遷移するとき360nmの蛍光を発生し、4F2/7状態に遷移するとき380nmの蛍光を発生する。
【0027】
ここで、ドーパントの構成元素である金属元素は、Ce3+の近傍に存在すると、Ce3+の電子状態に影響を及ぼして、光電子増倍管の感度波長ピークに適していない短波長成分を発生させる5d軌道から4F2/5への遷移を減少させ、光電子増倍管の感度波長ピークに適する長波長成分を発生させる5d軌道から4F2/7への遷移を増加させることができる。これによって、光電子増倍管の感度波長に適する長波長成分の蛍光を増加させることができる。
【0028】
本発明のシンチレータ用結晶のLnはLaであることが好ましい。
【0029】
Laを用いることによって、より透明度の高い結晶が得られ、かつ含有される蛍光賦活材(Ce)が更に効率よく蛍光するシンチレータを得ることができる。
【0030】
本発明のシンチレータ用結晶のXはBrであることが好ましい。
【0031】
Brを用いることによって、より効率よく蛍光するシンチレータを得ることができる。
【0032】
上記のシンチレータ用結晶中のMは、シンチレータ用結晶の総質量に対して0.0001〜0.05質量%含まれていることが好ましい。Mがこの範囲で含まれることによって、他の特性に対する悪影響を更に抑制することができ、蛍光の長波長成分を増加させて光電子増倍管により十分適した蛍光波長にすることができる。
【0033】
本発明のシンチレータ用結晶を用いた場合に、発生する蛍光の蛍光波長に対する蛍光強度分布が2つの極大値を示し、かつ、それらの極大値のうち短波長側の極大値における蛍光強度を長波長側の極大値における蛍光強度で除した値が0.7を超えることが好ましい。
【0034】
かかる蛍光強度を示すシンチレータ結晶を用いることによって、光電子増倍管の波長感度に適した波長の蛍光を十分得ることが可能となる。
【0035】
本発明のシンチレータ結晶は単結晶であることが好ましい。単結晶を用いることによって、高い透明度のシンチレータを得ることができる。
【0036】
本発明のシンチレータ結晶を備えるシンチレータを光電子増倍管の光電面の外側に設けることによって、核医学、高エネルギー物理、放射線管理、地下検層等の分野で要求されている性能を満足できる放射線検出器及び陽電子放出型断層撮像装置を提供することができる。
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、クラックの発生が十分に抑制され、結晶の密度や実効原子番号を小さくすることなく、しかもシンチレータとして用いると光電子増倍管に十分適したものとなるシンチレータ用結晶及びこれを用いた放射線検出器を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0039】
本実施形態のシンチレータ用結晶は、下記一般式(1)で表される。
Ln(1−y)Ce:M (1)
ここで、一般式(1)中、Ln(1−y)Ceは母体材料の化学組成を示し、Lnは希土類元素からなる群より選択される1種以上の元素を示し、Xはハロゲン元素からなる群より選択される1種以上の元素を示し、Mは母体材料中にドープされているドーパントの構成元素であって、Li、Na、K、Rb、Cs、Al、Zn、Ga、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Sc、Ge、Ti、V、Cu、Nb、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Mo、Ru、Rh、Pb、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Tl及びBiからなる群より選択される1種以上の元素を示し、yは下記式(A):
0.0001≦y≦1 (A)
で表される条件を満足する数値を示す。
【0040】
シンチレータ用結晶としては、透明性が高く、比較的単結晶育成が容易であることと、蛍光賦活材が効率よく蛍光することが望まれることから、希土類元素Lnのうち、Laを最も好適に使用することができる。
【0041】
蛍光賦活材であるCeは、広い濃度範囲でシンチレータ用結晶に含有させることができる。例えば、式(A)のyが1の場合、一般式CeX:Mで示される希土類ハライドシンチレータ用結晶となる。この場合、シンチレータ用結晶に他の蛍光賦活材を含有させる必要はない。
【0042】
シンチレータ用結晶中のCeの濃度は、一般式(1)のyの値で0.0001未満である場合、蛍光量が減少してしまう傾向がある。Ceの濃度は、一般式(1)のyの値で0.001〜0.1が好ましく、0.005〜0.5がより好ましい。
【0043】
一般式(1)のXはハロゲン元素からなる群より選択される1種以上の元素であり、具体的にはF、Cl、Br、I等を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。このうち、シンチレータ用結晶としては、透明性が高く、比較的単結晶育成が容易であることと、蛍光賦活材が更に効率よく蛍光することが望まれることから、Br元素が最も好適に使用できる。
【0044】
一般式(1)のMはドーパントの構成元素であり、1〜3価金属元素群からなるLi、Na、K、Rb、Cs、Al、Zn、Ga、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Sc、Ge、Ti、V、Cu、Nb、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Mo、Ru、Rh、Pb、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Tl及びBiからなる群より選択される1種以上の元素を示す。
【0045】
Mとしては、臭化物としての原料が存在し、かつシンチレータ用結晶中に取り込まれやすい価数やイオン半径を有するものが好ましい。かかる要素を備える元素として、Ga、Ca、Sr、Sc、Ti、Na、Fe、Mn、Co、Ni、In、Sb、Biが好ましく、このうちNa、Fe、Niがより好ましい。これらの元素は、単独であるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0046】
一般式(1)で表されるシンチレータ用結晶のMの割合は、シンチレータ用結晶の全質量基準で0.0001〜0.05質量%が好ましく、0.0001〜0.01質量%がより好ましく、0.0005〜0.01質量%がさらに好ましい。該割合が、0.0001質量%未満であると、本発明の効果が得られ難くなる傾向があり、0.05質量%を超えるとシンチレータ用結晶に割れが多くなってしまう傾向がある。
【0047】
本実施形態にかかるシンチレータ用結晶は、発生する蛍光の蛍光波長に対する蛍光強度分布が2つの極大値を示し、かつ、それらの極大値のうち短波長側の極大値における蛍光強度を長波長側の極大値における蛍光強度で除した値(蛍光強度比)が0.7を超えることが好ましく、0.8以上であることがより好ましい。この蛍光強度比が0.7以下であると、後述する蛍光出力が向上しない傾向がある。一方、この蛍光強度比が0.8以上であると、光電子増倍管の感度波長ピークに適した波長の蛍光を一層多く得ることができる。
【0048】
このような蛍光強度分布は、シンチレータ用結晶に割れが生じない程度の量でドーパントを添加してCe3+の電子状態に影響を及ぼし、電子遷移を変化させることで得ることができる。
【0049】
本実施形態にかかるシンチレータ用結晶は、高い透明度のシンチレータを得る観点から、単結晶であることが好ましい。
【0050】
シンチレータ用単結晶の製造方法は、ハロゲン化物とドーパントとの混合原料を加熱して熔融させたのち、冷却して結晶化するような、例えばブリッジマン法やチョクラルスキー法を用いることができる。
【0051】
以下に、本発明の一実施形態に係るシンチレータ用単結晶を、ブリッジマン法によって製造する方法の一例を説明する。
【0052】
図1は、ブリッジマン法に用いられる炉(VB炉)の構造を示す模式断面図である。図1に示すVB炉100は、混合原料2を収納し昇降方向に可動するるつぼ1と、るつぼ1の降下方向(図中矢印)に沿って温度勾配を形成するためのヒーター4と、るつぼ1を昇降方向に可動するためのシャフト6と、これらを取り囲む断熱部材5と、これら全てを外包する気密化可能な容器3と、から構成されている。なお、容器3の側面には排気口3Aが設けられている。
【0053】
シンチレータ用単結晶の母体材料の原料としては、例えば商業的に入手可能なLaBr又はCeBrを用いることができる。これらの原料は、乾燥状態がよいものが好ましい。また、これらの原料の純度は高い方が好ましく、99.9質量%以上であることがより好ましく、99.99質量%以上であることがさらに好ましい。
【0054】
母体材料にドープするために微小添加されるドーパントとしては、Na、Fe、Cr、Ni等の元素を含有する物質を用いることができる。該物質としては、例えばNaBr、FeBr、CrBr、及びNiBrを好適に用いることができる。ドーパントとして用いられる物質は、純度が高い方が好ましく、99質量%以上であることがより好ましく、99.9質量%以上であることがさらに好ましい。
【0055】
るつぼ1としては、1000℃程度の高温においても熔融しない、例えば石英ガラス、カーボン、白金等の材質のるつぼを用いることができる。このるつぼに、母体材料の原料とドーパントとの混合原料2を投入することができる。
【0056】
るつぼ1として、例えば石英ガラス製の管を用いる場合は、混合原料2を投入した管内は1Pa以下の減圧状態にして封管し、アンプルとすることが好ましい。一方、カーボン製や白金製のるつぼを用いる場合は、使用するVB炉100を10−2Pa以下の減圧状態とするか、窒素などの不活性ガスで満たすことが好ましい。なお、VB炉100は、排気口3Aから排気して減圧状態で気密することができるような構造とすることができる。
【0057】
シンチレータ用単結晶の育成は、混合原料2を投入したるつぼ1をVB炉100内に設置し、混合原料2を800℃程度に加熱して熔融した後、るつぼ1を3℃/cm〜10℃/cmの温度勾配を有するVB炉内で徐々に降下(図1の矢印方向)させて冷却することによって行う。
【0058】
るつぼ1の降下速度は、クラックがなく、透明度の高い結晶を得易くする観点から、3mm/h以下が好ましく、1mm/h以下がより好ましく、0.5mm/h以下がさらに好ましい。
【0059】
このようにして得られたシンチレータ用結晶は、光電子増倍管の光電面の外側に設けられてシンチレータとして機能する。放射線検出器は、これらシンチレータ及び光電子増倍管を備えるものである。このような放射線検出器は、公知の放射線検出器と同様に陽電子放出型断層撮像装置に組み込んで使用することができる。なお、光電子増倍管は公知のものであってもよく、放射線検出器及び陽電子放出型断層撮像装置におけるシンチレータ以外の部材は公知のものであってもよい。
【0060】
次に、得られた希土類ハライドシンチレータの評価方法について説明する。評価方法としては、例えばドーパントの構成元素、すなわち一般式(1)のMの含有量測定、蛍光スペクトル測定、蛍光出力測定などが挙げられる。
【0061】
ここで、Mの含有量とは、実際に育成された単結晶全体の質量に対する質量%で表される。測定方法としては、例えば、誘導結合プラズマ発光分光法(以下ICP−AESと記す)や原子吸光法などによって測定することができる。各々の測定方法で、元素の種類によって感度が異なる場合があり、例えば、ドーパントにおけるNaなどは原子吸光法によって測定することが好ましく、Ni、FeなどはICP−AES法を用いることが好ましい。
【0062】
蛍光スペクトルとは、γ線、X線、紫外線などで励起された結晶から得られる蛍光の蛍光波長に対する蛍光の強度分布のことである。実際、シンチレータを使用するにあたり、重要なのはγ線などの放射線励起によって、どのような蛍光スペクトルが得られるかということである。
【0063】
シンチレータ用結晶の蛍光スペクトルの評価には、X線や紫外線励起による蛍光スペクトルを用いることができる。また、紫外線励起による蛍光スペクトル測定は、簡易で広く用いられており、X線励起とほぼ同様な蛍光スペクトルが得られるため、シンチレータ用結晶の評価に用いることができる。紫外線励起の蛍光スペクトルは蛍光光度計などを用いて測定することができる。
【0064】
蛍光出力とは、例えば放射線計測に適した応答速度の速い光電子増倍管とシンチレータを組み合わせ、単一のエネルギーのγ線、例えば137Csから得られる約662KeVのγ線をシンチレータに照射し、そのγ線のエネルギーが全てシンチレータ内で吸収されたときに得られる蛍光量の平均値として表される。
【0065】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0066】
以下、実施例及び比較例に基づき本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0067】
[実施例1]
シンチレータ用結晶の母体材料の原料として、LaBr(アルドリッチ社製、純度99.99%)25g、CeBr(アルドリッチ社製、純度99.99%)0.125gを用いた。シンチレータ用結晶のドーパント原料として、NaBr(アルドリッチ社製、純度99.99%)2.5125mgと、FeBr(アルドリッチ社製、純度99.99%)2.5125mgと、NiBr(アルドリッチ社製、純度99.99%)2.5125mgとを用いた。母体材料の原料とドーパント原料とを混合して混合原料を得た。
【0068】
得られた混合原料を石英アンプル内に投入し、石英アンプル内を1Paに減圧して、その状態で密閉した。続いて、石英アンプルをVB炉内の所定の場所に設置した。
【0069】
続いて、次の通りブリッジマン法による単結晶育成を行った。まず、ヒーターを800℃に加熱し、その加熱状態で石英アンプルを24時間保持することによって混合原料を溶融した。その後、石英アンプルを0.5mm/hの速度で200時間下降した。下降終了後、ヒーターの電源を切って、その位置、すなわち200時間下降位置に石英アンプルを保持して室温まで徐冷し、単結晶を得た。
【0070】
[実施例2]
シンチレータ用結晶のドーパント原料として、NaBr(アルドリッチ社製、純度99.99%)5.025mgを用いたこと以外は、実施例1と同様にして単結晶を製造した。
【0071】
[実施例3]
シンチレータ用結晶のドーパント原料として、FeBr(アルドリッチ社製、純度99.999%)5.025mgを用いたこと以外は、実施例1と同様にして単結晶を製造した。
【0072】
[実施例4]
シンチレータ用結晶の母体材料の原料として、CeBr(アルドリッチ社製、純度99.99%)25g、シンチレータ用結晶のドーパント原料として、NaBr(アルドリッチ社製、純度99.99%)2.5mg、FeBr(アルドリッチ社製、純度99.999%)2.5mg、NiBr(アルドリッチ社製、純度99.999%)2.5mgを用いたこと以外は、実施例1と同様にして単結晶を製造した。
【0073】
[実施例5]
シンチレータ用結晶のドーパント原料として、NaBr(アルドリッチ社製、純度99.99%)5.0mgを用いたこと以外は、実施例4と同様にして単結晶を製造した。
【0074】
[実施例6]
シンチレータ用結晶のドーパント原料として、FeBr(アルドリッチ社製、純度99.999%)5.0mgを用いたこと以外は、実施例4と同様にして単結晶を製造した。
【0075】
[比較例1]
シンチレータ用結晶のドーパント原料を添加しなかったこと以外は、実施例1と同様にして単結晶を製造した。
【0076】
[比較例2]
シンチレータ用結晶のドーパント原料を添加しなかったこと以外は、実施例4と同様にして単結晶を製造した。
【0077】
各実施例及び比較例で製造した単結晶の外観を目視によって評価した。評価基準は、無色透明で表面に殆どクラックがないものをA、無色透明で単結晶の一端に僅かにクラックがあるものをB、無色透明で多数のクラックが発生しているものをC、着色しているものをDとし、AまたはBのものを合格と判定した。
【0078】
各実施例及び比較例で製造した単結晶に含有されるドーパントの構成元素の含有量測定を行った。Naの含有量は原子吸光光度計((株)日立製作所製、商品名:Z−5010)で、Fe及びNiの含有量はICP−AES(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製、商品名:SPS3000)で測定した。
【0079】
各実施例及び比較例で製造した単結晶の蛍光スペクトルを、蛍光光度計((株)日立製作所製、商品名:F4500)を用いて測定した。励起光としては、240nmの紫外線を用いた。
【0080】
137Csから得られる662KeVのγ線を用いて、各実施例及び比較例で製造した単結晶の蛍光出力を測定した。
【0081】
各評価結果、測定結果を図2及び表2に示す。
【0082】
図2は、240nmの紫外線励起による実施例1及び比較例1の蛍光スペクトルを示す図である。図2のaのスペクトルが実施例1の単結晶、bのスペクトルが比較例1の単結晶の蛍光スペクトルである。実施例1の単結晶では、比較例1の単結晶に比べて光電子増倍管の感度波長ピークに適した長波長成分の蛍光が増加していることが確認できた。
【0083】
【表2】

【0084】
表2に示されるように、ドーパントを添加した実施例1、2及び3の単結晶では、同じ母体材料を用いドーパントを添加していない比較例1の単結晶よりも、光電子増倍管の感度波長ピークに適した長波長成分の蛍光を増大し、蛍光出力を向上することができた。
【0085】
また、ドーパントを添加した実施例4、5及び6で得た単結晶では、同じ母体材料を用いドーパントを添加していない比較例2の単結晶よりも、光電子増倍管の感度波長ピークに適した長波長成分の蛍光を増大し、蛍光出力を向上することができた。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】ブリッジマン法に用いられる炉(VB炉)の構造を示す模式断面図である。
【図2】240nmの紫外線励起による実施例1及び比較例1の蛍光スペクトルを示す図である。
【符号の説明】
【0087】
1…るつぼ、2…混合原料、3…容器、3A…排気口、4…ヒーター、5…断熱部材、6…シャフト、100…VB炉。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるシンチレータ用結晶。
Ln(1−y)Ce:M (1)
(一般式(1)中、Ln(1−y)Ceは母体材料の化学組成を示し、Lnは希土類元素からなる群より選択される1種以上の元素を示し、Xはハロゲン元素からなる群より選択される1種以上の元素を示し、Mは前記母体材料中にドープされているドーパントの構成元素であって、Li、Na、K、Rb、Cs、Al、Zn、Ga、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Sc、Ge、Ti、V、Cu、Nb、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Mo、Ru、Rh、Pb、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Tl及びBiからなる群より選択される1種以上の元素を示し、yは下記式(A):
0.0001≦y≦1 (A)
で表される条件を満足する数値を示す。)
【請求項2】
前記LnはLaである、請求項1記載のシンチレータ用結晶。
【請求項3】
前記XはBrである、請求項1又は2に記載のシンチレータ用結晶。
【請求項4】
前記Mが前記シンチレータ用結晶の総質量に対して0.0001〜0.05質量%含まれている、請求項1〜3のいずれか一項に記載のシンチレータ用結晶。
【請求項5】
発生する蛍光の蛍光波長に対する蛍光強度分布が2つの極大値を示し、かつ、それらの極大値のうち短波長側の極大値における蛍光強度を長波長側の極大値における蛍光強度で除した値が0.7を超える、請求項1〜4のいずれか一項に記載のシンチレータ用結晶。
【請求項6】
単結晶である、請求項1〜5のいずれか一項に記載のシンチレータ用結晶。
【請求項7】
光電子増倍管と、前記光電子増倍管の光電面の外側に設けられた請求項1〜6のいずれか一項に記載のシンチレータ用結晶を備えるシンチレータと、を有する放射線検出器。
【請求項8】
陽電子放出型断層撮像装置に組み込まれている、請求項7記載の放射線検出器。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−101180(P2008−101180A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−317542(P2006−317542)
【出願日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】