説明

シート形成判定システム

【課題】 シート状細胞培養物の製造工程において、シート化状態を正確、簡便かつ迅速に判断するためのシステム、およびシート化状態を判断する工程を含む製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 シート形成細胞をシート化培養する培養容器を収納する収納部、シート形成細胞と培養容器との接着状態を測定するための測定部、および前記測定部によって得られた結果を解析して接着率を算出する解析部を含む、シート形成細胞のシート化状態を判定するためのシステムを提供することにより、上記課題が解決された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シート状細胞培養物が正しく形成されたか否かを判定するためのシステム、および該システムを用いたシート状細胞培養物、特にヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いるシート状細胞培養物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の心臓病に対する治療の革新的進歩にかかわらず、重症心不全に対する治療体系は未だ確立されていない。心不全の治療法としては、βブロッカーやACE阻害剤による内科治療が行われるが、これらの治療が奏功しないほど重症化した心不全には、補助人工心臓や心臓移植などの置換型治療、つまり外科治療が行われる。
【0003】
このような外科治療の対象となる重症心不全には、進行した弁膜症や高度の心筋虚血に起因するもの、急性心筋梗塞やその合併症、急性心筋炎、虚血性心筋症(ICM)、拡張型心筋症(DCM)などによる慢性心不全やその急性憎悪など、多種多様の原因がある。
これらの原因と重症度に応じて弁形成術や置換術、冠動脈バイパス術、左室形成術、機械的補助循環などが適用される。
【0004】
この中で、ICMやDCMによる高度の左室機能低下から心不全を来たしたものについては、心臓移植や人工心臓による置換型治療のみが有効な治療法とされてきた。しかしながら、これら重症心不全患者に対する置換型治療は、慢性的なドナー不足、継続的な免疫抑制の必要性、合併症の発症など解決すべき問題が多く、すべての重症心不全に対する普遍的な治療法とは言い難い。
【0005】
その一方、最近、重症心不全治療の解決策として新しい再生医療の展開が不可欠と考えられている。
重症心筋梗塞等においては、心筋細胞が機能不全に陥り、さらに線維芽細胞の増殖、間質の線維化が進行し心不全を呈するようになる。心不全の進行に伴い、心筋細胞は傷害されてアポトーシスに陥るが、心筋細胞は殆ど細胞分裂をおこさないため、心筋細胞数は減少し心機能の低下もさらに進む。
このような重症心不全患者に対する心機能回復には細胞移植法が有用とされ、既に自己骨格筋芽細胞による臨床応用が開始されている。
【0006】
近年、その一例として、組織工学を応用した温度応答性培養皿を用いることによって、成体の心筋以外の部分に由来する細胞を含む心臓に適用可能な三次元に構成された細胞培養物と、その製造方法が提供された(特許文献1)。
【0007】
また、製造工程由来不純物を用いない方法でシート状細胞培養物を製造する試みがなされてきた。例えば、播種細胞数のコントロールや、加圧などによって、製造工程由来不純物を含まないシート状細胞培養物およびその製造方法が提供された(特許文献2および3)。
【0008】
一方、培養容器表面に接着する性質を有する細胞を培養して増殖させる過程において、培養容器と細胞との接着状態を観察する技術は知られている。例えば特許文献4には、増殖させた培養細胞を培養容器から剥離して回収する際に、培養容器内の輝度情報を測定し、かかる輝度情報に基づいてその剥離状態を判定する装置が開示されている。特許文献5には、接着依存性細胞を増殖培養する際に、その増殖能の指標として培養容器に接着するまでの時間を採用し、増殖性の接着細胞が培養容器に接着する際に伸展する性質を利用して、接着細胞と未接着細胞とを選別する装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2007−528755号公報
【特許文献2】特開2010−81829号公報
【特許文献3】特開2010−226962号公報
【特許文献4】WO2007/136073
【特許文献5】特開2001−205602号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、シート状細胞培養物の製造工程において、シート状細胞培養物のシート化状態を判定するためのシステム、およびシート形成細胞と培養容器との接着率を算出するステップを含むシート状細胞培養物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
医療の現場においてシート状細胞培養物を用いて対象を治療する場合、用いるシート状細胞培養物を形成するためにシート形成細胞をシート化培養するが、使用する直前にシート状細胞培養物を剥離、回収することが望ましい。この際、シート状細胞培養物が正しく形成されていないとシート状細胞培養物が回収できないため、剥離する前にシート状細胞培養物が剥離可能な程度に形成されているか否かを判断する必要が生じてきた。本発明者らは、シート化培養においては、シート形成の進捗度合いがシート形成細胞の接着率に依存していることを新たに見出した。さらに鋭意研究を続ける中で、シート化培養における接着細胞は通常培養における接着細胞とは異なり、視覚的に黒いドット状(点状)を呈する特徴的な形態で接着しているという新たな知見を見出し、かかる特徴を検出することで接着率を解析することにより、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち本発明は、以下の[1]〜[8]に関する。
[1]シート形成細胞をシート化培養する培養容器を収納する収納部、シート形成細胞と培養容器との接着状態を測定するための測定部、および前記測定部によって得られた結果を解析して接着率を算出する解析部を含む、シート形成細胞のシート化状態を判定するためのシステム。
[2]測定部が、撮像部を含む、[1]に記載のシステム。
[3]接着率が、接着細胞率である、[1]または[2]に記載のシステム。
[4]接着状態の測定が、接着細胞数の計数である、[1]〜[3]のいずれか一項に記載のシステム。
[5]撮像部が、微粒子可視化システムを含む、[2]に記載のシステム。
[6]接着率が、接着面積率である、[2]のシステム。
[7]解析が、撮像部からの画像データにおいて所定の階調値以上に黒い階調値を有する画素の割合を算出することを含む、[2]または[6]に記載のシステム。
[8]シート形成細胞をシート化培養する工程、およびシート形成細胞と培養容器との接着率を算出し、接着率が設定値以上である場合にシート状細胞培養物が形成されたと判定する工程を含む、シート状細胞培養物の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、シート化培養されたシート状細胞培養物が正しく形成されているか否か、すなわち剥離可能なレベルに到達しているか否かを正確に判定することが可能となる。したがって、医療などの現場において適切な培養物の選択が簡便となり、迅速に治療に適用することが可能となる。さらに、シート状細胞培養物が形成され、剥離すべきタイミングを正確に判断することが出来るため、シートを確実に形成するために過剰に培養する必要がなくなり、過剰な培養に起因する品質の低下、例えば骨格筋芽細胞における望まない分化の進行など、を防ぐことが出来る。特に本発明の方法により、シート状細胞培養物の形成を非侵襲的に判定することが可能となるため、個別のシート状細胞培養物に対して本発明の方法が適用できるので、より正確にシート状細胞培養物の形成を判定できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1Aは、通常の増殖培養または従来のシート製造のための培養における密度で播種した際の、ヒト骨格筋芽細胞の接着の様子を示す図である。図1Bは、本発明のシート化培養のために高密度で播種した際におけるヒト骨格筋芽細胞の接着の様子を示す図である。これらの図からも明らかなとおり、Aの方は接着後各々の細胞が平面方向に伸展していることが観察されるが、Bの方では伸展せず、ドット状(または敷石状)に接着し、接着細胞が視覚的に黒色に観察されることがわかる。
【図2】図2は、播種直後から6時間後までの接着細胞の変化を示す図である。Aは播種直後、Bは播種の1.5時間後、Cは播種の3時間後、Dは播種の4.5時間後、Eは播種の6時間後の図である。これらを解析してみると、黒色の領域(黒色の顆粒の数)が時間とともに増大していることがわかる。
【図3】図3は、本発明の一態様における、システムの処理のフロー図を表す。
【図4】図4は、本発明の一態様における、システムのブロック図を表す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、シート形成細胞をシート化培養する培養容器を収納する収納部、シート形成細胞と培養容器との接着状態を測定するための測定部、および前記測定部によって得られた結果を解析して接着率を算出する解析部を含む、シート形成細胞のシート化状態を判定するためのシステムに関する。
【0016】
本発明において、「シート形成細胞」とは、播種し、インキュベートすることにより、シート状細胞培養物を形成することができる細胞をいう。したがって、本発明において「シート形成細胞の培養」とは、シート状細胞培養物の形成のための培養を行うことを意味し、本明細書においては「シート化培養」と同義である。上述のとおり、シート状細胞培養物の製造において、製造工程由来不純物が混入することは好ましくない。したがって、本発明においてシート化培養は、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度でシート形成細胞を播種し、培養することを意味する。シート形成細胞は具体的には、これに限定するものではないが、例えば骨格筋芽細胞、皮膚細胞、角膜上皮細胞、歯根膜細胞、心筋細胞、肝細胞、膵細胞、口腔粘膜上皮細胞などが挙げられ、好ましくは骨格筋芽細胞が挙げられる。
【0017】
「実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度」とは、成長因子を含まない非増殖系の培養液で培養した場合に、シート状細胞培養物を形成することができる細胞密度を意味する。例えば、骨格筋芽細胞の場合、成長因子を含む培養液を用いる方法では、シート状細胞培養物を形成するために、約6,500個/cmの密度の細胞をプレートに播種していたが(例えば、特許文献1参照)、かかる密度の細胞を、成長因子を含まない培養液で培養してもシート状の細胞培養物を形成することはできない。したがって、本発明におけるシート形成細胞の播種密度は、成長因子を含む培養液を用いる方法、すなわち細胞の増殖を少なくとも目的の一部とする培養におけるものよりも高いものである。具体的には、例えば、骨格筋芽細胞については、かかる密度は典型的には300,000個/cm以上である。細胞密度の上限は、細胞培養物の形成が損なわれず、細胞が分化に移行しなければ特に制限されないが、骨格筋芽細胞については、例えば、1,000,000個/cmである。当業者であれば、本発明に適した細胞密度を、実験により適宜決定することができる。培養期間中、細胞は増殖してもしなくてもよいが、増殖するとしても、細胞の性状が変化する程には増殖しない。例えば、骨格筋芽細胞はコンフルエントになると分化を開始するが、本発明においては、骨格筋芽細胞は、細胞培養物は形成するが、分化に移行しない密度で播種される。
【0018】
本発明の好ましい態様において、細胞は計測誤差の範囲を超えて増殖しない。細胞が増殖したか否かは、例えば、播種時の細胞数と、細胞培養物形成後の細胞数とを比較することにより評価することができる。本発明において、シート状細胞培養物形成後の細胞数は、典型的には播種時の細胞数の300%以下、好ましくは200%以下、より好ましくは150%以下、さらに好ましくは125%以下、特に好ましくは100%以下である。
本発明において「液体培地」とは、細胞の培養に用い得る細胞培養液を意味し、単に「培地」または「培養液」という場合もある。上述のとおり、本発明において液体培地は、細胞の生存を維持でき、シート状細胞培養物を形成し得るものであれば何を用いてもよいが、好ましくは成長因子を含まない液体培地である。典型的には、アミノ酸、ビタミン類、電解質を主成分としたものが利用できる。本発明の一態様において、液体培地は、細胞培養用の基礎培地をベースにしたものである。かかる基礎培地には、これに限定するものではないが例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80−7などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。
【0019】
本発明のシステムは、シート形成細胞と培養容器との接着状態を測定するための測定部を含む。本明細書において「接着状態」とは、培養容器底面に接着するシート形成細胞の様相を画像あるいは数値で測定したものである。例えば図2は、シート化培養開始後の各経過時間における接着状態を画像で表したものである。図中、黒いドット(点または顆粒)は接着細胞を表している。図から明らかなように、時間経過とともに黒いドットの数が増大している。かかる「接着状態」は、シート形成細胞と培養容器の接着の様相を表すことが出来るデータであればいかなる形式で表されてもよく、測定部が有する測定装置に依存して変化し得る。したがって接着状態は、これに限定するものではないが例えば、画像データであってもよいし数値データであってもよい。例えば測定装置が撮像装置である場合は、接着状態は上記図のように画像データとして取得されるし、例えば測定装置が吸光度計である場合には、接着状態は透過光強度という数値データとして取得されることになる。測定部は、前記接着状態のデータが得られる測定装置を含むものであればいかなるものであってもよく、これに限定するものではないが例えば撮像装置、透過光検出器、色相色差計などが挙げられ、データの汎用性や処理の多様性などの観点から、測定部が撮像部を含み、接着状態が画像データとして取得されることが好ましい。
【0020】
本発明のシステムは、上記の接着状態のデータを解析し、接着率を算出する解析部を含む。本発明において、「接着率」とは、播種細胞がどの程度培養容器に接着したかを表す割合を意味する。具体的には、これに限定するものではないが例えば、全播種細胞中の接着細胞の割合(接着細胞率)、一視野における接着細胞の占有面積(接着面積率)などが挙げられる。解析部で行われる解析は、得られる接着状態のデータの形式によって変化し得る。これに限定するものではないが、例えば得られた画像データを処理して接着細胞領域の占有面積を求めてもよいし、得られた画像データにおいて一視野中の接着細胞数を計数してもよいし、得られた透過光強度データの経時変化から接着細胞数の検量線を描いてもよい。当業者であれば、公知の方法を用いて、得られたデータから接着率を算出することができる。
【0021】
上記接着率を算出することで、シート化状態を判定することが出来る。本発明に用いられるシート化培養においては、通常の培養と比較して高密度でシート形成細胞を播種し、実質的に細胞は分裂、増殖せずに培養容器に接着し、シート状細胞培養物を形成することとなる。通常の低密度培養であれば、播種した細胞のほぼ全てが培養容器に接着するため、接着率がシート化状態の指標となることはない。しかし、本発明に用いられるシート化培養であれば、接着率をシート化状態の指標として用いることが出来る。シート化状態の評価はいかなる方法で行ってもよい。例えば75%、80%、85%、90%、95%など、所定の閾値を設定し、接着率が該閾値以上の場合にシート形成が完了したと判断してもよいし、接着率を基にシート形成の進捗度合いを数値で表現してもよい。
【0022】
前記接着状態は、解析部によって解析される前に、解析部内の記録媒体に記録され得る。したがって解析部は、記録部を有していてもよい。記録部としては、例えば磁気テープ、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、フラッシュメモリなど、電気的に記録されるものであってもよいし、例えば紙、写真など、物理的に記録されるものであってもよい。
【0023】
上記閾値の設定値は、播種するシート形成細胞の数などに依存して変化し得、使用の形態に応じて入力される任意の値であってもよいし、あらかじめ上記記録部に記録された値でもよい。したがって解析部は入力部を備えていてよい。入力部の形態は、例えばキーボード、センサー(該センサーは測定部の測定装置と同一のものであってもよい)、タッチパネルなど、当業者に知られたあらゆる入力部が用いられ得る。最も好ましくは、設定値は100、すなわち播種した細胞が全て接着した状態である。設定値は、測定部によって測定される値や所望のシート形成度合いに依存して変化するため、設定値は使用の際に任意に入力され得る。設定値の入力部は、上記入力部と共通であってもよいし、異なっていてもよい。
【0024】
解析部において、好ましくは測定部で測定された接着状態および/または解析部による接着率および/または解析結果が、情報として外部に出力される。したがって解析部は、該情報の出力部を備えていてよい。情報の出力手段としては、例えば外部モニター、ランプ、ブザー、予め登録された携帯電話やインターネットメールアドレスへの送信など、剥離完了の情報を操作する人間に知らせるものであってもよいし、プリンタなど、記録部に出力されるものであってもよい。
【0025】
本発明のシステムは、上記接着状態および/または上記接着率を基準として、シート化状態を判定するシステムである。本発明において「シート化状態」は「シート化の進捗度合い」とも表され、シート状細胞培養物の形成度合いを表すものである。シート化培養においては、接着細胞の数が多くなればシートの形成が進行するため、接着率とシート化状態は線形的に関係している。したがって、シート化状態は接着率から一義的に決定され得る。シート化状態としては、これに限定するものではないが、例えば、完成状態を100%としたときの完成度を百分率で表したものなどでもよいし、所定の値以上の完成度のものを「合格」とするものであってもよい。
【0026】
収納部は、培養容器の周辺環境を制御し得る制御部を有していてよい。周辺環境とは、これに限定されるものではないが、例えば温度、圧力、湿度、CO濃度などが挙げられる。したがって制御部は、制御すべき設定を入力する入力部や、設定値を記録しておく記録部、現在の周辺環境の状態を測定する測定部、測定部にて測定した情報などを出力する出力部などを有していてよい。また、かかる制御部は、解析部とCPU、入力部、出力部および/または記録部を共有していてもよい。
【0027】
また、本発明の一態様において、収納部は、培養容器周辺を細胞培養に適した環境に保つことが可能である。したがって、かかる態様における収納部は、細胞培養インキュベーターとして機能することができる。この態様において、収納部をインキュベーターとして用いてシート化培養し、インキュベートと平行して本発明の判定を実行することが可能である。
【0028】
本発明の一態様において、測定部は撮像部を含み、したがって接着状態のデータは画像データとして得られる。この場合、接着状態の画像データは、例えば図1bに示されるような画像データとして得られる。本発明のシート化培養においては、通常の培養と比較して高密度でシート形成細胞を播種するため、通常の接着状態(図1a)とは異なり、接着細胞が黒いドット状になることが新たに見出された。接着細胞が黒いドット状に見える理由としては、通常の培養においては播種細胞密度が低いため、接着面積を伸展させるように接着することができるが、本願のシート化培養においては播種細胞密度が高いため、細胞が接着面を伸展させることが困難なことに加え、細胞密度が高いことが考えられる。
【0029】
本発明の別の一態様において、接着率として接着細胞率を算出する。本明細書において、「接着細胞率」とは、上記のとおり、全播種細胞のうち培養容器に接着した細胞の割合、またはそれと同等とみなせる割合を意味する。すなわち、一視野中の平均接着細胞数を計数し、そこから全接着細胞数を算出して求めてもよいし、非接着細胞数を計数し、全播種細胞数から引いて接着細胞数を求めてもよい。
【0030】
本発明のさらなる一態様において、接着状態の測定として、接着細胞数の計数を行う。接着細胞数の計数には、当業者に知られたあらゆる方法を用いることが出来る。これに限定するものではないが例えば、微粒子可視化システムなどを用いることにより、接着細胞を可視化して計数することも出来るし、画像データ中における黒のドット状部分を計数することによって接着細胞数を計数することも可能である。
【0031】
本発明の好ましい一態様において、本発明のシステムの撮像部は、微粒子可視化システムを含んでいる。微粒子可視化システムとは、例えば約0.1μm程度までの粒径の、目に見えない微粒子を可視化して撮像することが可能なシステムであり、例えば新日本空調株式会社などから市販されており、当業者は容易に入手可能である。かかるシステムを用いることで、細胞一つ一つを可視化、計数することが可能となる。
【0032】
本発明の別の一態様において、接着率は接着面積率である。本明細書において「接着面積率」とは、撮像部によって撮像された画像データのうち、接着細胞が占める面積の割合、またはそれに準じるもののことをいう。したがって、接着面積率を算出する場合、これに限定するものではないが、例えば、画像全体を、接着細胞を示す領域とそれ以外の領域に区分けし、画像全体のうち接着細胞を示す領域がどの程度の割合で存在するかを求めることで算出可能である。
【0033】
本態様の一例として、例えば画像データを白(階調値0)および黒(階調値255)のモノクロ二階調化処理、すなわち256階調グレースケール処理し、所定の階調値以上の階調値を有する画素の割合を計測することで、上記接着面積率を求めることが可能である。閾値となる所定の階調値は、得られる画像データの明度によって変化し得、これに限定するものではないが例えば50以上、100以上、128以上、150以上、200以上などであってよい。例として、図2において上記処理を、閾値を128以上として行った場合の例を示すと、播種直後における接着面積率は0.8%であるが、1.5時間後には4.8%となり、3時間後、4.5時間後および6時間後にはそれぞれ29.1%、33.0%および34.1%となる。
【0034】
シート状細胞培養物の製造において、シート化培養を行う時間が短すぎるとシートの形成が不十分となるために好ましくない。逆にシート化培養を行う時間が長すぎると、高い細胞密度の中に長時間置かれることで細胞に負荷がかかり、例えば分化が起こったり、細胞死を起こしてしまうことが考えられるため、やはり好ましくない。シート化培養の培養時間は、16〜48時間であり、好ましくは16〜26時間である。本発明のシステムにおいて採用されている方法は、特にシート状細胞培養物の製造において、シート状細胞培養物形成の進捗度合いを確認し、最適なタイミングでシート化培養を終了することにより、品質の高いシート状細胞培養物を提供することを可能にする。したがって本発明には、シート形成細胞をシート化培養する工程、およびシート形成細胞と培養容器との接着率を算出し、接着率が設定値以上である場合にシート状細胞培養物が形成されたと判定する工程を含む、シート状細胞培養物の製造方法が包含される。
【0035】
以下に本発明の具体的な態様を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの具体例に限定されるものではない。
【実施例】
【0036】
例1:接着細胞の観察
ヒト全血から得た血清を、20%w/vとなるようにDMEM/F12培地(Invitrogen製)に加え、フィルターユニット(ナルジェヌンクインターナショナル社製、孔サイズ0.2μm)にてろ過してシート形成培地とした。このシート形成培地10mLに6×10個の骨格筋芽細胞を懸濁し、10cm温度応答性培養皿(セルシード製)に播種し、37℃、5%CO濃度の条件で、12〜26時間培養した。細胞播種直後、1.5時間後、3時間後、4.5時間後、6時間後にそれぞれ細胞を倒立型リサーチ顕微鏡で観察し、撮像した。結果を図2に示す。
【0037】
図2から明らかなように、シート化培養を行うと、接着細胞は黒いドット状に観察され、時間の経過とともにドットの数が増えていることがわかる。黒色領域の面積率は、播種直後においては0.8%、1.5時間後には4.8%、3時間後には29.1%、4.5時間後には33.0%、および6時間後には34.1%であった。
【0038】
例2:微粒子可視化システムを含むシート化状態判定システム
図3には、本発明の一態様における処理のフローチャートを例示し、図4にはかかる態様のシステムのブロック図を示す。この例において、測定部は微粒子可視化システムを含む撮像装置を含んでいる。
本態様では、シート化培養開始後、任意の所定の時間で接着細胞の接着状態を、微粒子可視化システムで観察する。一視野を単位面積とし、一視野中の接着細胞数をカウントする。かかる接着細胞数から、培養容器の底面全体に接着している細胞が播種細胞数に対してどの程度の割合であるか(すなわち接着細胞率)を算出する。本態様においては、接着細胞率の閾値を80%に設定し、80%以上の細胞が接着している場合、シートが形成されていると判断する。
【0039】
接着細胞率が閾値以上であった場合、シート形成が完了していると判断し、剥離作業へと移行する。接着細胞率が閾値以下であった場合、本態様においては次に培養時間を判断する。培養時間が26時間以内である場合、培養上清を除き、新しい培地を添加して再度所定の時間培養する。26時間以上であった場合、長時間の培養後にも所定の細胞接着性を達成しない細胞群であると判断され、培養を停止し、剥離工程へと移行する。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、シート化培養されたシート状細胞培養物が正しく形成されているか否かを、正確、簡便かつ迅速に判定することが可能となる。したがって、医療などの現場において適切な培養物の選択が簡便となり、迅速に治療に適用することが可能となる。さらに、シート状細胞培養物が形成され、剥離すべきタイミングを正確に判断することが出来るため、シートを確実に形成するために過剰に培養する必要がなくなり、過剰な培養に起因する品質の低下、例えば骨格筋芽細胞における望まない分化の進行など、を防ぐことが出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート形成細胞をシート化培養する培養容器を収納する収納部、シート形成細胞と培養容器との接着状態を測定するための測定部、および前記測定部によって得られた結果を解析して接着率を算出する解析部を含む、シート形成細胞のシート化状態を判定するためのシステム。
【請求項2】
測定部が、撮像部を含む、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
接着率が、接着細胞率である、請求項1または2に記載のシステム。
【請求項4】
接着状態の測定が、接着細胞数の計数である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項5】
撮像部が、微粒子可視化システムを含む、請求項2に記載のシステム。
【請求項6】
接着率が、接着面積率である、請求項2に記載のシステム。
【請求項7】
解析が、撮像部からの画像データにおいて所定の階調値以上に黒い階調値を有する画素の割合を算出することを含む、請求項2または6に記載のシステム。
【請求項8】
シート形成細胞をシート化培養する工程、およびシート形成細胞と培養容器との接着率を算出し、接着率が設定値以上である場合にシート状細胞培養物が形成されたと判定する工程を含む、シート状細胞培養物の製造方法。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−152189(P2012−152189A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−16383(P2011−16383)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】