説明

シート状炭素繊維編物およびその製造方法

【課題】伸縮性やドレープ性に富み複雑曲面にも賦形可能であり、かつ高強度、高弾性率の高性能なシート状炭素繊維編物、およびその高性能なシート状炭素繊維編物を、毛羽発生を抑え糸切れさせることなく編成できる製造方法を提供する。
【解決手段】ポリアクリロニトリル繊維をプリカーサとして製造された連続炭素繊維束からなることを特徴とするシート状炭素繊維編物、および炭素繊維束をガイドにらせん状に巻きつけて、もしくはパイプガイドに通すことで集束させながら供給し、編成操作を繰り返すことを特徴とするシート状炭素繊維編物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維強化プラスチック(以下、FRPと略称することもある。)を成形する際に用いるシート状炭素繊維編物およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維を強化繊維とした複合材料、とくにFRPは、軽量、高強度、高剛性などの特性を有し、これらの特性を利用して多くの分野での使用が広まってきており、例えば航空宇宙、土木建築、スポーツ用途に用いられている。強化繊維布帛の代表的な形態としては、織物、強化繊維束を編糸で保持した一方向強化繊維材(たとえば特許文献1)や強化繊維束を一方向に並行に配列しBステージ状態の熱硬化性樹脂で接着した一方向プリプレグなどのシート材がある。これらの強化繊維布帛は上記したような複合材料にした際の優れた力学特性、軽量化などの要求を満たすことはできるものの、炭素繊維束が直線的に配列されているので、繊維方向の機械的特性には優れるが、繊維軸から離れるに従い急激に機械的な特性が低下するという極端な異方性を有する形態となっているため、次のような問題があった。
【0003】
たとえば、三次元の複雑曲面を有する疑似等方性の成形物を成形しようとした場合、従来の強化繊維布帛ならびにプリプレグの形態では、伸縮性やドレープ性に劣るため、深絞り賦形が困難であった。また、極端な異方性を有する材料であるため、これらシート材を小さく裁断し、繊維軸が異なるように一枚一枚賦形しながら積層することが必要となり、成形作業が非常に煩雑であった。また、炭素繊維の破断伸度が小さく、かつ炭素繊維束が直線的に配列されているので、その成形物に強い衝撃が加わると、比較的低い衝撃力で破壊するという問題もあった。
【0004】
上記のような問題を解決するため、業界では炭素繊維を編物形態に加工することを試みられてきたが、編成時に毛羽や糸切れが多発し、未だ満足なものは得られていないのが現状である。
【0005】
一方、ポリアクリロニトリル繊維のプリカーサを編成したのち不融化(耐炎化)処理し、これを炭化処理して炭素繊維編物を製造する方法が提案されているが(特許文献2)、加熱による不融化処理ならびに炭化処理によってプリカーサが大幅に収縮して布帛の幅が不安定となり、また繊維目付けの不均一な炭素繊維編物となるばかりか、無緊張下で炭化処理するため高強度、高弾性率の、いわゆる高性能な炭素繊維編物が得られないという問題があった。
【特許文献1】特開2004−360106号公報
【特許文献2】特開平9−176939号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明の課題は、伸縮性やドレープ性に富み複雑曲面にも賦形可能であり、かつ高強度、高弾性率の高性能なシート状炭素繊維編物、およびその高性能なシート状炭素繊維編物を、毛羽発生を抑え糸切れさせることなく編成できるシート状炭素繊維編物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係るシート状炭素繊維編物は、ポリアクリロニトリル繊維をプリカーサとして製造された連続炭素繊維束からなることを特徴とする。たとえばシート状炭素繊維編物は、適切なフィラメント数、繊度の連続炭素繊維束を用いて、適切な炭素繊維目付けにて編成される。適切なフィラメント数、繊度の炭素繊維束、とくに連続炭素繊維束が用いられることにより、ループ形成等も比較的容易に行われるようになり、編物への編成が可能になる。編物であるから、織物や一方向強化繊維材等に比べはるかに伸縮性やドレープ性に富み、複雑曲面にも容易に賦形可能なシート状炭素繊維編物が実現できる。
【0008】
この本発明に係るシート状炭素繊維編物においては、炭素繊維束のフィラメント数が6,000本以下でかつ炭素繊維束の繊度が400テックス以下であり、1平方メートル当たりの炭素繊維目付けが100〜700gであることが好ましい。このような適切な範囲に調整することにより、賦形性に優れ、かつ、所望の機械的特性を疑似等方性にて発現可能なシート状炭素繊維編物が実現できる。
【0009】
また、後述の実施態様にも示すように、炭素繊維束からなる編糸がたて方向に連続したループを形成している形態とすることが好ましい。すなわち、複数本の炭素繊維束からなる挿入糸が、たて方向に配列された炭素繊維束からなるループによって順次編成された構成である。
【0010】
また、本発明は、上記のようなシート状炭素繊維編物を確実かつ容易に製造可能とするために、炭素繊維束をガイドにらせん状に巻きつけて、もしくはパイプガイドに通すことで集束させながら供給し、編成操作を繰り返すことを特徴とするシート状炭素繊維編物の製造方法も提供する。
【0011】
このような本発明に係るシート状炭素繊維編物の製造方法は、とくにニードル、ガイドおよびシンカーを備えたラッセル編機、あるいはニードルおよびガイドを備えたラッセル編機による編成により、実施することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るシート状炭素繊維編物によれば、ドレープ性に優れ、深絞り賦形が可能であるため、複合材料を成形する際の成形作業が非常に簡単であり、その積層板は耐衝撃に優れる。これはポリアクリロニトリル繊維をプリカーサとして製造された連続炭素繊維束からなるシートであり、編物形態におけるループ組織によってもたらされる効果である。
【0013】
また、本発明に係るシート状炭素繊維編物の製造方法によれば、シート状炭素繊維編物の編成時における毛羽発生や糸切れを防止でき、品質が均一な編物が得られる。とくに、炭素繊維束をガイドにらせん状に巻きつけて、もしくはパイプガイドに通すことで集束させながら供給し、編成操作を繰り返すことにより、上記のような目標とするシート状炭素繊維編物を容易に編成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明について、望ましい実施の形態とともに、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明のシート状炭素繊維編物1、とくにシート状炭素繊維経編物1を説明するための部分拡大図を示している。炭素繊維束からなる編糸2がたて方向(シートの長さ方向)に連続したループを形成しながら並行に多数本配列し、そのループに炭素繊維束からなる多数本の挿入糸3が編み込まれている。本実施形態では、挿入糸3は編糸2の3本毎に交錯して方向が反転し(1コース毎にガイドを3針分振って)、経編地が形成されている。
【0015】
本発明のシート状炭素繊維編物1(シート材)では、編糸2の炭素繊維束がループを形成し、また挿入糸3がループに編みこまれて一体化されているので、たとえばシート材の長さ方向に引っ張ると、ループが伸び、また、これにつれて挿入糸3の配列角も変わるので、シート材が簡単に伸びて伸縮性に富み、かつドレープ性にも富み、このドレープ性は複雑曲面への賦形性を大きく支配する。編物はこのように伸縮性やドレープ性に優れるので、複雑曲面にも賦形可能となるのである。
【0016】
また、編物では炭素繊維束(編糸2)がループを形成し、また挿入糸3も折り返し形態にて二方向に配列し、全体として多方向に繊維配列しているので、FRPにしたときには、一方向材や織物などの形態のように極端な異方性を示さない。したがって、繊維軸が異なるように一枚一枚賦形しながら積層しなくとも、多数枚同方向に積層しても疑似等方性の特性が得られ、成形作業も極めて簡単になる。
【0017】
本発明のシート状炭素繊維編物における編組織については、図1の実施形態のように編糸2がたて方向にループを形成し、また挿入糸3がループに編みこまれて一体化されているので形態が安定し、積層作業時に繊維配向が乱れるようなことはなく好ましいが、これに限定されるものではない。この他にも、デンビ、チュール、マーキゼットなどの組織があり、また挿入糸は例えばデンビ組織の生地は耳部がカールしてしまうがそれを防ぐといった効果もあり、編組織や挿入糸の有無などの組合せは多数存在する。これらは使用用途や使用形態によって適宜設計されると良い。
【0018】
炭素繊維糸には短繊維を紡績した紡績糸も知られているが、紡績糸は強撚によって糸を形成しているので、集束性が強く、糸の断面形状は円形に近い。このような編糸を用いて編成した編物は空隙部が多くなり、編地の表面が凹凸し、編糸の屈曲が大きくなる。また、短繊維の紡績によって糸形成がなされているから、FRPでの強度発現度合いも低くなるので、本発明では連続フィラメントを多数本集束した連続炭素繊維束が用いられる。
【0019】
本発明において使用される炭素繊維は、ポリアクリロニトリルの繊維束を酸素雰囲気中で加熱することによって酸化・耐炎化処理し、これを高温の不活性ガス中に緊張状態で炭化処理することによって製造される。したがって、処理条件によっても異なるが、引張強度が3〜10GPa、引張弾性率が200〜600GPaの高強度でかつ高弾性率の高性能の炭素繊維となり、バラツキの少ない均一な特性となる。
【0020】
本発明で使用する連続炭素繊維束のフィラメント数や繊度は、例えば12,000本、800テックス程度でもよいが、あまり炭素繊維束が太いと編糸と挿入糸の交差している箇所(図1における箇所イ)が厚くなり、一方、編組織の中には炭素繊維が存在しない空隙部(図1における箇所ロ)もあるので、FRPに成形した際に空隙部ロに充填された樹脂が硬化時に収縮するので、凹凸の大きなFRPとなる。また、大きな空隙部にはボイドが発生しやすい。したがって、好ましくはフィラメント数が6,000本以下(例えば、1,000〜6,000本の範囲)でかつ炭素繊維束の繊度が400テックス以下(例えば、60〜400テックスの範囲)が好ましい。
【0021】
なお、上記空隙部ロに充填した樹脂に振動吸収性能があるので、用途によってはこの空隙部を利用し、その個数や大きさを適切に設計し、また樹脂を最適化することによって、振動吸収性機能を積極的に持たせるために活用することもできる。
【0022】
また、本発明に係る炭素繊維編物の1平方メートル当たりの炭素繊維目付けは100〜700gであることが好ましい。FRP成形物に表面平滑性が求められる場合には、細い炭素繊維束を使用して100〜300g/m2、FRP成形物に機械的特性を求められたり厚みのあるFRP成形物を求められたりする場合には、太い炭素繊維束を使用して300〜700g/m2の目付けとすることが好ましい。また、目付けが100g/m2以下であると、編目の大きな編物となり空隙部が多くなりFRP成形物の凹凸が大きくなり、700g/m2以上になると、編糸同士や挿入糸との交錯によって炭素繊維束の屈曲(クリンプ)が大きくなり、応力集中よってFRP成形物の機械的特性を低下させるので好ましくない。
【0023】
本発明に係るシート状炭素繊維編物を積層したFRPにおいては、衝撃力が加わると、炭素繊維が屈曲しているので、炭素繊維が真直ぐ配列した一方向材のように直ちに炭素繊維に大きな負荷はかからず、まずFRPのマトリックス樹脂が破壊して衝撃エネルギーを吸収し、次に炭素繊維が破壊に至るので、耐衝撃性に強いFRP成形物となる。
【0024】
なお、FRPの耐衝撃性をさらに向上させるには、樹脂部での衝撃吸収エネルギーを多くするため、破断伸度の大きな樹脂を用いることが好ましい。熱可塑性樹脂の場合はポリアミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂およびポリエーテルエーテルケトン樹脂などが、また、エポキシ樹脂やビニルエステル樹脂などの熱硬化性樹脂の場合は破断伸度が4〜10%の高破断伸度樹脂が好ましい。
【0025】
本発明に係るシート状炭素繊維編物は、図1に示したように、編目がさほど大きくなく、編物の表面凹凸も適度であり、かつシート状に形成できるので、この炭素繊維編物を積層することによって繊維体積含有率の大きなFRPが得られる。
【0026】
また、FRPを成形する際、公知の織物、強化繊維束を編糸で保持した一方向強化繊維材や一方向プリプレグなどのシート材と適宜組み合わせて積層し、成形する形態としてもよい。つまり、少なくとも一部に、とくに曲面等への賦形側に、本発明に係るシート状炭素繊維編物を使用し、残りの部分に公知の強化繊維シート材を組み合わせた形態とすることも可能である。
【0027】
本発明に係るシート状炭素繊維編物は、すでに炭化された炭素繊維束を使用した編物なので、プリカーサからなる編物を炭化して得られる炭素繊維編物に比べ、安定した幅の布帛となり、また繊維目付けの均一な炭素繊維編物となり、高強度、高弾性率の、いわゆる高性能な炭素繊維編物となる。
【0028】
次に本発明のシート状炭素繊維編物の製造方法について説明する。本発明のシート状炭素繊維編物を編成していく際、特に編糸に毛羽の発生や糸切れといった問題があるループ編成に的をおいて説明する。
【0029】
まず、図2〜図7によりラッセル編機での通常のループ編成操作の各ステップについて説明する。各図において、Fはラッセル編機の前方、Bはラッセル編機の後方を示している。図2は始動時の状態を示し、ニードル4は最も低い位置にあり、シンカー6はラッセル編機の前方F側に動きガイド7は前方位置に留まっている。次に図3に示すように、ニードル4は上昇し、トング5で閉じられていたフック9が開口していく。シンカー6は前方位置まで動いてきてその地点でとどまり、ニードル4の上昇につられて上昇してくる編地8を押さえ、フック9にかかっていたループがフック9の下方向へとスライドしていく。このときガイド7がバックスウィングを始める。続いて図4に示すように、ニードル4は上昇を続けて最高点に達し、フック9でスライドしてきたループはニードル4下部へと落ちる。ガイド7はニードルのフック9よりも後方B側へバックスウィングし、シンカー6はニードル4から後退し始める。次に図5に示すように、バックスウィングが終わったガイド7がループを形成するために左もしくは右にジョギングするオーバーラップを行い、ガイド7がフロントスウィングを始めてループとなる編糸2がニードル4の上部に巻きつき、次いで図6に示すようにニードル4が下降していくと、ニードル4に巻きついた編糸がフック9内へ滑り込む。ニードルは4が下降していくとトング5によってフック9が閉じられていき、フック9内に滑り込んだ編糸が新ループとして保持される。さらにニードル4が下降していくためニードル4下部に落ちていたループが旧ループとなりフック9を閉じたトング5の上をスライドしていく。このときシンカー6は後退位置にある。次に図7に示すステップのように、ニードル4は最下位置(ノックオーバー位置)に達し、旧ループはニードル4から外れ、フック9内にある新ループと旧ループが絡む。始動位置からノックオーバー位置までの一連の動作を1コースとし、これらの動作を繰り返す。
【0030】
次に、図8、図9により、本発明によるシート状炭素繊維経編物の製造方法の一例について、図10、図11に示した従来の方法でシート状炭素繊維経編物を製造する場合と比較しながら、説明する。供給されてくる炭素繊維束10はガイド7にらせん状に巻きつけられてガイド穴11に通される。従来は、ガイド7には供給されてくる糸をそのまま左から右へと通すが、供給されてくる糸が炭素繊維束の場合、下記のような問題点があった。
【0031】
図10、図11に従来の方法で炭素繊維経編物を製造する場合を示し、図12に図10、図11のガイドブロック12より上部に存在する経糸張力のバランス装置を示す。通常、図10に示すように炭素繊維束10をガイド7に巻きつけずにガイド穴11に通す。ニードル4のフック9に炭素繊維束10がかかり、ニードル4が下降していくと炭素繊維束10は引っ張られて張力が強くなる。この張力はテンションレール13によって吸収され、ニードル4が上昇した際に張力が弱まるときもこのテンションレール13によって一定張力で糸を供給できるように調整しているが、実際には完全に張力を吸収することはできず、テンションレール13で吸収できなかった張力が供給される編糸にかかることになる。
【0032】
編糸が合成繊維である場合、合成繊維には伸縮性があり、ニードル4が下降して張力がかかった状態からニードル4が上昇して編糸にかかった張力が弱まっても糸が緩んでいくのを糸の収縮によって吸収していく。したがって、ガイド穴11を左から右へと通る屈曲はあるものの、糸道が膨らむことはなくほぼ直線的で安定している。
【0033】
しかし編糸が炭素繊維束10の場合、図10に示すようにニードル4が下降すると炭素繊維束10には張力がかかっていく。このとき炭素繊維束10は張力がかかっているためフィラメントは集束する。しかし、図11に示すようにニードル4が上昇していくと、炭素繊維束10にかかっていた張力は弱まって糸が緩み、次第に集束が解かれていきガイド穴11部分で炭素繊維束10の糸道が屈曲しているため屈曲している内周側と外周側の経路差によってフィラメントが蛇行し糸割れを起こしてしまう。炭素繊維は弾性率が大きいため変形が与えられると元に戻ろうとする復元力が働いてフィラメントの蛇行をなくそうとするため炭素繊維束10の糸道はa’部分で外に大きく膨らんでしまう。
【0034】
こうなると、ニードル4が上昇し、ガイド7がフロントスウィングしてガイド7の横をニードル4が通過するときに、a’部分で膨らんだ炭素繊維を擦り、編機のニードルやガイドの回転数、つまり運動速度は織機などと比べて5〜10倍と高いので、毛羽が発生してしまう。ここで、ガラス繊維やアラミド繊維などの強化繊維は炭素繊維よりも弾性率が低く破断伸度も大きいため、多少ニードルに擦れても炭素繊維よりは毛羽がでにくいが、炭素繊維は弾性率が大きく、結節強度が低いので毛羽が発生しやすい。この他、ニードル4が上昇する時に炭素繊維束10の張力が弱まると若干ではあるが糸が供給される方向とは逆方向に戻ってしまい、ニードル4の昇降によって炭素繊維束10が進退を繰り返し、ガイド穴11に何度も擦れてしまい毛羽が発生しやすくなる。以上のように毛羽が発生して炭素繊維に損傷が与えられた場合、その部分がニードル4のフック9にかかって引っ張られると糸切れしてしまう。もし仮に糸切れしなかったとしても毛羽が多数存在し、編成したときに編地がきれいに形成されない。また、a’部分での膨らみを防止するために炭素繊維に高い張力を与えるとフック9やガイド穴11で屈折し、炭素繊維はそのまま破断してしまい編成が非常に困難であった。
【0035】
そこで本発明では図8、図9に示したように、炭素繊維束10をガイド7にらせん状に巻きつけてからガイド穴11に通す。図8に示すように、炭素繊維束10がニードル4のフック9にかかってニードル4が下降すると、炭素繊維束10は引っ張られて張力がかかっていき、この張力によって炭素繊維束10のフィラメントは集束する。図9に示すように、ニードル4が上昇していくと、炭素繊維束10にかかっていた張力は弱まって糸が緩み、フィラメントが蛇行し糸割れを起こそうとするが、炭素繊維束10をガイド7にらせん状に巻きつけてからガイド穴11に通しているため、炭素繊維束10がねじれて擬似的に撚りがかかった状態を作り出し、炭素繊維束10は集束する。このため、前述のa’部分に対応する糸道a部分では、外に大きく膨らむことはない。
【0036】
したがって、ニードル4がガイド7の横を通過するときに、ニードル4が炭素繊維を擦ることはなく毛羽が発生しない。これに加え、炭素繊維束10をガイド7にらせん状に巻きつけているため、炭素繊維束10とガイド7の間に接点ができて小さな摩擦力が発生し、ニードル4が上昇し炭素繊維束10の張力が弱まっても、炭素繊維束10の供給方向とは逆方向への戻りを少なくすることができ、糸の進退を抑えることができるため炭素繊維束の損傷を少なくできる。ここでガイド7の炭素繊維束10を巻きつけている部分は曲率がガイド穴11に比べて小さく、接触させていることで毛羽が発生することはない。また、炭素繊維の逆方向への戻りが少なくなるため、ガイド穴11からニードル4間の炭素繊維束が若干緩んだ状態になり、ニードル4が下がって炭素繊維束10が引っ張られても、編みつけ付近で炭素繊維束10に若干の緩みがあるため急に強い張力がかかるのを防ぐことができ、糸切れを防ぐこともできる。
【0037】
上記の実施形態ではループ形成に際して編糸である炭素繊維束を導く役割をするものとしてガイド穴11を有するガイド7を使用しているが、例えば図13に示すように、パイプガイド15を使用してもよい。パイプガイド15の場合、供給されてくる糸を直線的に通すことができ、且つパイプの中を通るためパイプ中に拘束され糸道が安定的であることや、パイプガイド15の下部が細く絞られており、フィラメントを集束させた状態で糸を供給することができるため好ましい。
【0038】
ここで、ニードル4が下降したときになるべく強い張力がかからないようにするため、テンション板バネ14(図12に図示)としては、薄いものを使用するのが良い。また、ニードル4にかかっているループの結節部には編糸の張力がかかっており、編地を巻き取るときに強い張力で巻き取ると、この巻き取り力もループ結節部にかかるため非常に強い負荷がかかり、炭素繊維は結節強度が低いため糸切れしてしまう。したがって、巻き取り張力は編地が強く引っ張られることなく軽く巻ける程度が良い。
【0039】
さらに炭素繊維束10を毛羽立つことなくニードル4へと供給するために、シンカー6を取り外して編成を行うことが好ましい。通常編成するときには、ニードル4が上昇したときに形成したループがフック9からニードル4の下部に落ちることで編地を編成できるが、ニードル4上昇時にループがフック9にかかったまま編地も一緒に上がることがあるため、ループがニードル4下部へと落ちないことがある。こうなると編地を編成できなくなるため、図3に示したようにシンカー6で編地をおさえてニードル4が上昇したときにループがニードル4と一緒に上がるのを防ぎ、確実にループがニードル4下部に落ちるようにしている。続いて図6に示したようにニードル4が下降するときには、シンカー6はニードル4から後退した位置へと離れていく。ニードル4が下がりきると今度はニードル4上昇に備えてシンカー6が前進するというように、シンカー6は前後運動を繰り返している。
【0040】
炭素繊維のように太い繊維束で編地を編成する場合、シンカー6の前後運動によって供給されてくる繊維束を突き刺して毛羽立ちやすく、このため炭素繊維に大きな損傷を与えてしまい、ニードル4にかかって引っ張られると糸切れしやすくなる。
【0041】
したがって、シンカー6を取り外して編むことで毛羽の発生を防ぐことができる。ここで、シンカー6がないとループがニードル4下部に落ちず、編地を編成しにくいと上記したが、炭素繊維に比べ合成繊維は弾性率が低く、ループを形成すると編地の巻き取り力によって引っ張られるためループが長細くなってニードル4の周りに巻きつくような状態になり、ループがニードル4下部に落ちにくくなる。しかしながら、炭素繊維は高弾性であるのでループを形成するとそのループは円形状に丸い形をとるためニードル4がループの中を通過しやすくなり、シンカー6がなくてもループがニードル4下部に落ちやすく、またループがニードル4から外れやすいため編地を編成しやすい。
【0042】
なお、ラッセル編機での製造方法について上述したが、本発明に係るシート状炭素繊維編物は、同じようなニードル、ガイドならびにシンカーを備えるトリコット編機やクロチェット編機などでも編成可能である。
【0043】
本発明において使用する炭素繊維束は、編成時における炭素繊維束のニードルとの擦れによる毛羽発生を抑制し、またシンカーの炭素繊維束への突き刺さりを防ぐ観点から、フィラメント数が少ないほうが好ましく、フィラメント数が1,000〜12,000本程度が好ましく、中でも6,000本以下であることが好ましい。また、炭素繊維束にはサイジング剤を用いて集束性が付与されていたほうが良く、サイジング剤付着量としては0.2〜1.5重量%程度であることが好ましい。また、炭素繊維束の撚りも集束性付与に効果があるので、例えば、1メートル当たり5〜15回程度の若干の撚りをかけることが望ましい。
【0044】
また、前記実施形態の説明において、ニードル4としてコンパウンドニードルを図示したが、このニードル4とトング5の代わりとしてラッチニードルを使用してもよい。
【0045】
このように、上述した本発明に係るシート状炭素繊維経編物は、ドレープ性に優れ、深絞り賦形が可能であるため成形作業が非常に簡単であり、その積層板構成を採用したFRPは耐衝撃に優れる。これはポリアクリロニトリル繊維をプリカーサとして製造された連続炭素繊維束からなるシートであり、編物形態におけるループ組織によってもたらされる効果である。
【0046】
また、上述した本発明に係るシート状炭素繊維経編物の製造方法によれば、炭素繊維の編成時における毛羽発生や糸切れが防止でき、品質が均一な編物が得られる。これは炭素繊維束をガイドにらせん状に巻きつけて、もしくはパイプガイドに通すことで集束させながら供給し、編成操作を繰り返すことによる効果である。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明に係るシート状炭素繊維編物およびその製造方法は、とくに曲面等の複雑な形状を有するFRPを成形する際に用いて好適なものである。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の一実施形態に係るシート状炭素繊維編物の部分平面図である。
【図2】ラッセル編機での通常のループ編成操作の一ステップを説明するための概略部分斜視図である。
【図3】図2の次のステップを説明するための概略部分斜視図である。
【図4】図3の次のステップを説明するための概略部分斜視図である。
【図5】図4の次のステップを説明するための概略部分斜視図である。
【図6】図5の次のステップを説明するための概略部分斜視図である。
【図7】図6の次のステップを説明するための概略部分斜視図である。
【図8】本発明の一実施形態に係るシート状炭素繊維編物の製造方法における糸道を示すラッセル編機の概略部分斜視図である。
【図9】図8の次のステップを説明するための概略部分斜視図である。
【図10】従来の方法でシート状炭素繊維編物の製造する場合の糸道を示すラッセル編機の概略部分斜視図である。
【図11】図10の次のステップを説明するための概略部分斜視図である。
【図12】ラッセル編機の経糸張力バランス装置の概略斜視図である。
【図13】本発明の別の実施形態に係るシート状炭素繊維編物の製造方法における糸道を示すラッセル編機の概略部分斜視図である。
【符号の説明】
【0049】
イ:編糸と挿入糸の交差している箇所
ロ:炭素繊維が存在しない空隙部
1:シート状炭素繊維編物
2:編糸
3:挿入糸
4:ニードル
5:トング
6:シンカー
7:ガイド
8:生地
9:フック
10:炭素繊維束
11:ガイド穴
12:ガイドブロック
13:テンションレール
14:テンション板バネ
15:パイプガイド
a:本発明によるガイド穴付近の糸道部分
a’:従来方法によるガイド穴付近の糸道部分
F:ラッセル編機前方
B:ラッセル編機後方

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリル繊維をプリカーサとして製造された連続炭素繊維束からなることを特徴とするシート状炭素繊維編物。
【請求項2】
炭素繊維束のフィラメント数が6,000本以下でかつ炭素繊維束の繊度が400テックス以下であり、1平方メートル当たりの炭素繊維目付けが100〜700gである、請求項1に記載のシート状炭素繊維編物。
【請求項3】
炭素繊維束からなる編糸がたて方向に連続したループを形成してなる、請求項1または2に記載のシート状炭素繊維編物。
【請求項4】
炭素繊維束をガイドにらせん状に巻きつけて集束させながら供給し、編成操作を繰り返すことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のシート状炭素繊維編物の製造方法。
【請求項5】
炭素繊維束をパイプガイドに通すことで集束させながら供給し、編成操作を繰り返すことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のシート状炭素繊維編物の製造方法。
【請求項6】
ニードル、ガイドおよびシンカーを備えたラッセル編機によって編成することを特徴とする、請求項4または5に記載のシート状炭素繊維編物の製造方法。
【請求項7】
ニードルおよびガイドを備えたラッセル編機によって編成することを特徴とする、請求項4または5に記載のシート状炭素繊維編物の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate


【公開番号】特開2008−106391(P2008−106391A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−290050(P2006−290050)
【出願日】平成18年10月25日(2006.10.25)
【出願人】(591168932)新道繊維工業株式会社 (22)
【Fターム(参考)】