説明

シート状細胞培養物の積層状態判定方法およびシート状細胞培養物の積層状態判定システム

【課題】シート状細胞培養物の積層状態を容易かつ精度よく判定可能なシート状細胞培養物の積層状態判定方法を提供する。
【解決手段】本1または複数の細胞層を含んで構成されるシート状細胞培養物300の光学的性質を計測して、該シート状細胞培養物300の積層状態の情報を得る情報取得工程と、得られた情報に基づいてシート状細胞培養物の積層状態を判定する判定工程とを含む、シート状細胞培養物300の積層状態判定方法は、および、シート状細胞培養物300の光学的性質を計測して、該シート状細胞培養物300の積層状態の情報を得る情報取得手段20と、得られた情報に基づいてシート状細胞培養物の積層状態を判定する積層判定手段31とを含む、シート状細胞培養物300の積層状態判定システム1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シート状細胞培養物の積層状態判定方法およびシート状細胞培養物の積層状態判定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患により損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、ES細胞等の利用が試みられている。
【0003】
しかしながら、移植細胞を細胞懸濁液の状態で組織へと投与した場合には、移植細胞の注入効率の低さ、レシピエント組織を穿刺により損傷する危険性、広範囲な組織修復の困難性といった問題が指摘されたため、スキャフォールドを利用して形成した細胞構造物や、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発されてきた。
【0004】
シート状細胞培養物の治療への応用については、火傷などによる皮膚損傷に対する培養表皮シートの利用、角膜損傷に対する角膜上皮シート状細胞培養物の利用、食道ガン内視鏡的切除に対する口腔粘膜シート状細胞培養物の利用などの検討が進められている。
【0005】
また、心筋組織に適用可能なシート状細胞培養物については、組織工学を応用した温度応答性培養皿を用いた3次元組織構造物としてのシート状細胞培養物と、その製造方法が提供された(例えば、特許文献1参照)。
また、播種細胞数のコントロールや、加圧などによって、製造工程由来不純物を含まないシート状細胞培養物およびその製造方法が提供された(特許文献2参照)。
【0006】
このようなシート状細胞培養物を、目的とする患部(移植部位)に移植するには、例えば、シート状細胞培養物の端部を移植デバイス等で把持し、シート状細胞培養物を包装容器から取り出し、患部まで移送し、その患部に移植(貼付)するといった一連の操作が必要となるが、シート状細胞培養物は、絶対的な物理的強度が低く、皺、破れ、破損などが生じ易いことから、この一連の操作には高度な技術が要求され、かつ細心の注意を払う必要がある。
また、シート状細胞培養物の治療への応用を促進するために、このような細胞培養物を用いて、より効率よく組織修復を行ない、治療効果を向上させることが求められている。
【0007】
上記のような問題を解決するための1つの方法として、単層で用いられるシート状細胞培養物を複数積層して、積層シート状細胞培養物を形成することが考えられた(例えば、非特許文献1参照)。このような積層シート状細胞培養物は、一度に移植できる細胞数が多く治療効果の向上が見込めるとともに、物理的強度が向上している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2007−528755号公報
【特許文献2】特開2010−81829号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Shimizu, T. et al, Biomaterials 2003 24(13) 2309-2316
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者は、鋭意研究を行う中で、シート状細胞培養物の製造時や該シート状細胞培養物を用いた治療時においてその積層状態を把握することは、その治療効果や取り扱い方法を把握する上で重要であるとの認識に至った。しかしながら、本発明者は、同時に、シート状細胞培養物が比較的薄いシートであるため、細胞層の積層状態を把握することは容易ではないという問題に直面した。
【0011】
したがって、上記問題を鑑み、本発明は、シート状細胞培養物の積層状態を容易かつ精度よく判定可能な、シート状細胞培養物の積層状態判定方法およびシート状細胞培養物の積層状態判定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究をさらに重ねた結果、シート状細胞培養物の光学的性質に着目し、当該光学的性質に基づいて積層状態を判定することにより、容易かつ精度よく当該積層状態を判定できることを見出し、本発明に至った。
【0013】
したがって、本発明は、以下の(1)〜(7)に示されるものである。
(1) 1または複数の細胞層を含んで構成されるシート状細胞培養物の光学的性質を計測して、該シート状細胞培養物の積層状態の情報を得る情報取得工程と、
得られた情報に基づいてシート状細胞培養物の積層状態を判定する判定工程とを含む、シート状細胞培養物の積層状態判定方法。
(2) 計測される光学的性質が色である、(1)に記載のシート状細胞培養物の積層状態判定方法。
(3) 判定工程において判定される積層状態が、シート状細胞培養物に含まれる細胞層の数である、(1)または(2)に記載のシート状細胞培養物の積層状態判定方法。
(4) さらに、情報取得工程前に、既知の積層状態の他のシート状細胞培養物を用いて光学的性質を計測し、シート状細胞培養物の積層状態についての判定基準を作成する判定基準作成工程を含み、
判定工程では、判定基準と得られた情報とに基づいて積層状態を判定する、(1)〜(3)のいずれかに記載のシート状細胞培養物の積層状態判定方法。
(5) 判定基準作成工程で用いられるシート状細胞培養物と情報取得工程で用いられるシート状細胞培養物とが、それらに含まれる各細胞層が同一の条件で作成されたものである、(4)に記載のシート状細胞培養物の積層状態判定方法。
(6) 情報取得工程で用いられるシート状細胞培養物が、該シート状細胞培養物に含まれる各細胞層が同一の条件で作成されたものである、(1)〜(5)のいずれかに記載のシート状細胞培養物の積層状態判定方法。
(7) 1または複数の細胞層を含んで構成されるシート状細胞培養物の光学的性質を計測して、該シート状細胞培養物の積層状態の情報を得る情報取得手段と、
得られた情報に基づいてシート状細胞培養物の積層状態を判定する積層判定手段とを含む、シート状細胞培養物の積層状態判定システム。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法およびシステムにより、シート状細胞培養物の光学的性質を計測し、取得した情報に基づいて積層状態の判定を行うことにより、シート状細胞培養物の積層状態、特に細胞層の積層数を容易かつ精度よく判定することができる。ひいては、本発明により、シート状細胞培養物の製造時や該シート状細胞培養物を用いた治療時においてその積層状態を把握して、その治療効果や取り扱い方法を把握および検討することが容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】複数の細胞層が積層されたシート状細胞培養物の一例を示す写真である。
【図2】本発明の好適な実施態様に係るシート状細胞培養物の積層状態判定システムの一例の概要図である。
【図3】本発明の好適な実施態様に係るシート状細胞培養物の積層状態判定およびシート状細胞培養物の細胞層の積層方法の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施態様に基づいて本発明を説明する。
【0017】
まず、本発明のシート状細胞培養物の積層状態判定方法およびシート状細胞培養物の積層状態判定システムの説明に先立ち、該方法およびシステムに好適に用いられるシート状細胞培養物の一例について説明する。図1は、複数の細胞層が積層されたシート状細胞培養物の一例を示す写真である。
【0018】
本明細書において、「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに接着(連結)してシート状となったものである。
このようなシート状細胞培養物は、典型的には1つの細胞層からなるものであるが、複数すなわち2以上の細胞層を含んで構成されていてもよい。上述したように、シート状細胞培養物は、比較的薄いシートであるため、細胞層の積層状態を把握することは容易ではないが、本発明の方法およびシステムを用いることにより、容易かつ精度よくその積層状態を判定することができる。
上述したような複数の細胞層を含んで構成されるシート状細胞培養物としては、例えば、図1に示すような3層構造のものが挙げられる。
【0019】
また、シート状細胞培養物に含まれる細胞同士は、直接互いに連結していてもよいが、介在物質を介して互いに連結していてもよい。
このような介在物質としては、細胞同士を少なくとも機械的に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。
また、シート状細胞培養物中の細胞は少なくとも機械的に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。
【0020】
シート状細胞培養物に含まれる細胞としては、シート状細胞培養物を形成し得る任意の細胞を用いることができる。
かかる細胞の例としては、限定されずに、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞)、心筋細胞、線維芽細胞、滑膜細胞、上皮細胞、内皮細胞などが含まれ、これらのうち、1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。これらのうち、本発明においては、単層の細胞培養物を形成し、適用時において積層した細胞培養物とすることができるもの、例えば、筋芽細胞が好ましい。
【0021】
また、シート状細胞培養物に含まれる細胞は、細胞培養物による治療が可能な任意の生物に由来し得る。かかる生物としては、特に限定されないが、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどが挙げられ、これらのうち1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0022】
また、上述したように、シート状細胞培養物に含まれる細胞は、1種類のみであってもよいが、2種類以上であってもよい。
シート状細胞培養物に含まれる細胞が2種類以上存在する場合、最も多い細胞の比率(純度)は、特に限定されないが、シート状細胞培養物中、好ましくは65%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは75%以上である。
【0023】
シート状細胞培養物は、スキャフォールド(支持体)を含んでいてもよい。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、細胞培養物の物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)製の膜等が知られている。好ましくは、シート状細胞培養物は、スキャフォールドを含まない。
【0024】
上述したようなシート状細胞培養物は、例えば、培養基材上でシート状細胞培養物を構成するための細胞を培養することにより調製することができ、具体的な方法は、例えば、上述した特許文献1および2に記載されている。
【0025】
また、積層構造を有するシート状細胞培養物を調製する場合には、例えば、シート状細胞培養物を積層したのち、インキュベートすることにより、各層が接着された積層構造を有するシート状細胞培養物を調製することができる。インキュベートの条件としては、例えば、20〜40℃、0〜10%CO雰囲気下、1分〜24時間とすることができる。
なお、シート状細胞培養物の積層に際し、シート状細胞培養物の搬送、インキュベートには、例えば、該シート状細胞培養物を支持するシート状の支持体を用いることができ、このような支持体を用いることにより、積層作業が容易となる。なお、後述の情報取得工程等の本実施態様の各工程において、支持体は必要に応じて除去される。
【0026】
次に、本発明のシート状細胞培養物の積層状態判定方法について説明する。
本発明のシート状細胞培養物の積層状態判定方法は、1または複数の細胞層を含んで構成されるシート状細胞培養物の光学的性質を計測して該シート状細胞培養物の積層状態の情報を得る情報取得工程と、得られた情報に基づいてシート状細胞培養物の積層状態を判定する判定工程とを含む。
また、本実施態様においては、シート状細胞培養物の積層状態判定方法は、情報取得工程前に、既知の積層状態の他のシート状細胞培養物を用いて光学的性質を計測し、シート状細胞培養物の積層状態についての判定基準を作成する、判定基準作成工程を含んでいる。
【0027】
以下、各工程について説明する。
まず、判定基準作成工程では、既知の積層状態のシート状細胞培養物を用いて光学的性質を計測し、シート状細胞培養物の積層状態についての判定基準を作成する。
【0028】
本発明においてその計測の対象となるシート状細胞培養物の積層状態としては、特に限定されないが、例えば、シート状細胞培養物に含まれる細胞層の数(積層数)、積層した細胞層同士のずれ等が挙げられる。
特に、シート状細胞培養物に含まれる細胞層の数は、シート状細胞培養物の治療効果、物理的強度等のシート状細胞培養物に必要な性質に密接に関連するため、このような情報を本発明の積層状態の計測の対象とすることが好ましい。
【0029】
また、本発明において、光学的性質を計測することにより、シート状細胞培養物から、比較的容易にその積層状態について反映した情報を取得可能である。また、光学的性質は、シート状細胞培養物に対し作用するのが光であるため、例えば、物理的に接触せずに計測可能であり、シート状細胞培養物に与える影響が少ない。
【0030】
このような光学的性質としては、シート状細胞培養物の光透過率、色(色相、明度、彩度)、反射光の波長(分光反射率)等が挙げられ、1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。上述した中でも光学的性質として、色を計測することが好ましい。図1に示すように、細胞層を積層するとその積層状態に応じてシート状細胞培養物の色が変化するため、シート状細胞培養物の色を計測することにより、より精度よくその積層状態、特に、細胞層の積層数を反映した情報が取得可能である。なお、本発明者は、鋭意研究を行う中で、シート状細胞培養物を積層するとその色が変化することを見出したものであり、このようなシート状細胞培養物の色に着目して積層状態を判定すること自体が新規なものである。
このようなシート状細胞培養物の色としては、特に限定されないが、例えば、色相、彩度または明度あるいはこれらの組み合わせ、具体的には、XYZ、Yxy、L*a*b*、ハンターLab、L*C*h、マンセル、CMC(I:c)、CIE1994、LAB99、LCh99、CIE2000、CIE WI・Tw、WI ASTM E313、YI ASTM D1925、YI ASTM E313等の表色系、表色値に基づいた色彩値、色差値または分光反射率等を計測することができる。
【0031】
また、上述した光透過率としては、例えば、可視光線をシート状細胞培養物に照射した際の、可視光線の照射強度に対する、シート状細胞培養物を透過した可視光線の強度の割合を算出し、これを光透過率とすることができる。なお、光透過率については、可視光線はもちろん、例えば、電波、赤外線、紫外線、X線等を含む電磁波を用いても計測することができる。
【0032】
上記のような、光学的性質は、シート状細胞培養物の一部について計測されるものであってもよいし、複数の部分について計測されるものであってもよい。また、シート状細胞培養物の同一の部分について複数回計測されるものであってもよい。
また、光学的性質は、複数のシート状細胞培養物について計測されるものであってもよい。例えば、異なる積層状態の複数のシート状細胞培養物について計測を行うものであってもよい。このような場合、複数の積層状態についての情報が得られるため、幅広い範囲での積層状態の判定が可能となる。一方、同一の積層状態の複数のシート状細胞培養物について計測を行うと、当該積層状態での判定基準の精度が向上する。
【0033】
計測により得られた光学的性質の情報については、さらに加工(統計処理、情報処理)されて判定基準として用いてもよいし、加工せずに判定基準として用いてもよい。
同一の光学的性質について、同一の積層状態の複数の情報が存在する場合、例えば、算術平均、幾何平均、調和平均等の平均値、中央値等を求めて、得られた値を判定基準に用いてもよい。一方で、同一の光学的性質について、異なる複数の積層状態の複数の情報が存在する場合、例えば、回帰曲線を作成して、検量線とし、当該検量線を判定基準に用いてもよい。
なお、本判定基準作成工程は、予め判定基準が設定可能な場合には、省略可能である。
【0034】
次に、情報取得工程では、1または複数の細胞層を含んで構成されるシート状細胞培養物の光学的性質を計測して当該シート状細胞培養物の積層状態の情報を得る。
計測される光学的性質としては、判定基準作成工程に記載したものと同様(同一)の光学的性質とすることができる。
また、光学的性質は、シート状細胞培養物の一部について計測されるものであってもよいし、複数の部分について計測されるものであってもよい。また、シート状細胞培養物の同一の部分について複数回計測されるものであってもよい。
【0035】
また、複数回計測を行った場合には、これらの計測結果について、例えば、算術平均、幾何平均、調和平均等の平均値、中央値等を求めて、これを積層状態の情報としてもよい。
【0036】
また、本工程で計測されるシート状細胞培養物は、それに含まれる各細胞層が、異なる条件で作成されたものであってもよいが、同一の条件で作成されたものであることが好ましい。
また、判定基準作成工程で用いられるシート状細胞培養物と、本工程で用いられるシート状細胞培養物とは、それらに含まれる各細胞層が、異なる条件で作成されたものであってもよいが、同一の条件で作成されたものであることが好ましく、同一のロットで(同一の条件で同時に)作成されたものであることがより好ましい。これにより、より精度よく積層状態を判定することができる。
【0037】
次に、判定工程では、得られた情報に基づいてシート状細胞培養物の積層状態を判定する。
本実施態様においては、本方法の対象となるシート状細胞培養物の積層状態は、情報取得工程で得られた情報と、判定基準作成工程で得られた判定基準とを比較することにより行う。
【0038】
例えば、情報取得工程で得られた情報が、ある既知の積層状態の判定基準と一致するまたは近い値である場合には、対象となるシート状細胞培養物の積層状態は、当該既知の積層状態と同一であると判定することができ、そうでなければ、当該既知の積層状態と異なると判定することができる。
また、例えば、異なる複数の既知の積層状態についての判定基準が存在する場合、対象となるシート状細胞培養物の積層状態は、情報取得工程で得られた情報が、複数の既知の積層状態の判定基準のうち、より近い値を有する判定基準を有する既知の積層状態と同一とすることができる。
また、例えば、判定基準が検量線である場合には、情報取得工程で得られた情報をプロットし、検量線に基づいて積層状態を判断することができる。
【0039】
なお、本発明の変形例として、判定基準作成工程で得られた判定基準を用いずに、予め設定された判断基準に基づいて、対象となるシート状細胞培養物の積層状態を判定することができる。
このような場合、判定は、上述した判定基準作成工程で得られた判定基準を用いた場合と同様の方法で行うことができる。
【0040】
以上、上述した本発明のシート状細胞培養物の積層状態判定方法によれば、シート状細胞培養物の積層状態、特に、細胞層の数を容易かつ精度よく判定することが可能である。さらに、光学的性質、特に色を計測することにより、本願発明の効果は、より顕著に発揮される。
また、特に、本発明の前記方法は、どのような分野におけるシート状細胞培養物に用いられるものであってもよいが、シート状細胞培養物を積層体として構成することが求められる分野、例えば、骨格筋組織、心筋組織、角膜上皮、皮膚、歯根膜、肝、膵、口腔粘膜上皮、胃等に由来するシート状細胞培養物について、特に有効である。
また、本発明の方法は、特に、1〜10層、好ましくは、1〜8層の細胞層を有するシート状細胞培養物について好適に適用可能である。
【0041】
次に、本発明のシート状細胞培養物の積層状態判定システムについて説明する。
図2は、本発明の好適な実施態様に係るシート状細胞培養物の積層状態判定システムおよび当該システムを利用したインキュベートシステムの一例の概要図である。
【0042】
インキュベートシステム100は、積層状態判定システム1と、インキュベーター200とを有している。また、積層状態判定システム1は、キャビネット10と、情報取得手段20と、制御部30と、トレー40とを有している。
【0043】
キャビネット10は、1または複数のシート状細胞培養物300とこれを担時する基材301とを収納可能な空間11を有し、かつ、空間11と外部とを遮断してシート状培養物300の外部からの汚染を保護するケーシングである。また、キャビネット10は、開閉可能な側壁によって、インキュベーター200と分離されている。また、キャビネット10は、図示せぬ雰囲気調整手段が備えられており、制御部30の指示に従って、空間11の温度および雰囲気が調整される。
【0044】
情報取得手段20は、キャビネット10中に備え付けられており、制御部30の指示に従って、シート状細胞培養物300の光学的性質を計測して、シート状細胞培養物300の積層状態の情報を得る。得られたシート状細胞培養物300の積層状態の情報は、制御部30へ転送され、必要に応じて制御部30の記憶部32に蓄積される。
情報取得手段20は、計測する光学的性質に応じた測定装置であればよいが、本実施態様においては、例えば、色を計測するための色相色差計や分光反射率を計測するための分光色測計である。
【0045】
制御部30は、インキュベートシステム100の各部と接続されており、インキュベートシステム100、特に積層状態判定システム1およびインキュベーター200の各部の制御を行うものである。
制御部30は、積層判定手段31と、記憶部32とを有している。
積層判定手段31は、記憶部32へ蓄積された情報取得手段20において取得されたシート状細胞培養物300の積層状態についての情報を解析するように構成されており、既知の積層状態のシート状細胞培養物を用いて作成された判定基準または予め設定されている判定基準に基づいて、上記情報を解析して、シート状細胞培養物300の積層状態を判定する。判定方法としては、上述した判定工程と同様の方法とすることが出来る。
記憶部32は、情報取得手段20において取得されたシート状細胞培養物300の積層状態についての情報や、上述した判定基準等の情報を蓄積する。また、これらの情報は、必要に応じて、記憶部32から積層判定手段31等の他の要素へ送信可能である。
このような制御部30は、例えば、公知の中央演算処理装置、内部記憶装置、外部記憶装置等を用いて構成されることが出来る。
【0046】
また、制御部30には、入力手段33と、出力手段34とが接続されている。
入力手段33は、例えば、キーボード、マウス、タブレット等であり、使用者がインキュベートシステム100の操作を行う際に、制御部30へ指示を入力、送信することが出来る。
出力手段34は、例えば、ディスプレイ、プリンタ等であり、例えば得られたシート状細胞培養物300の積層状態や、その他インキュベートシステム100の操作に必要な情報等を表示することが出来る。
【0047】
トレー40は、平板状をなし、キャビネット10の空間11の下方に設けられている。トレー40は、1または複数のシート状細胞培養物300および基材301を担時する。また、トレー40は、キャビネット10の側壁を貫通してインキュベーター200へ延長している。そして、トレー40は、制御部30の指示により、例えば、トレー40が回転することにより、シート状細胞培養物300および基材301をインキュベーター200へ移動可能である。これにより、インキュベートシステム100において、使用者が作業することなく、シート状細胞培養物300および基材301をキャビネット10とインキュベーター200との間で自動的に移動させることが出来る。
【0048】
インキュベーター200は、キャビネット201と、タイマー202と、図示せぬ雰囲気調整手段とを有している。
キャビネット201は、インキュベーター200のケーシングであり、シート状細胞培養物300および基材301が配置され、1または複数のシート状細胞培養物300をインキュベートすることが可能なように、外部と遮断された空間203を形成している。また、空間203は、図示せぬ雰囲気調整手段により、その雰囲気が調整されている。そして、空間203内に配置されたシート状細胞培養物300は、例えば、複数の細胞層を接着させるために、インキュベートされることが可能である。
【0049】
また、タイマー202は、空間203で行われているインキュベートの時間を管理する。そして、タイマー202が管理するインキュベートの設定時間は、例えば、使用者が入力手段および制御部30を通じて、設定可能となっている。そして、インキュベートの設定時間が経過した場合には、タイマー202は、制御部30へインキュベートが終了した旨通知する。さらに、制御部30は、必要に応じて、出力手段34にその旨を出力する、および/または、トレー40を作動させ、シート状細胞培養物300および基材301をインキュベーター200の外部へ移動させる。
また、空間203には、トレー40が空間11より延長されている。トレー40は、空間203において、シート状細胞培養物300および基材301を担持する。
【0050】
以上のような、積層状態判定システムによれば、上述したようなシート状細胞培養物の積層状態判定方法を容易かつ精度良く行うことが出来る。
特に、上述したようなインキュベートシステムは、積層状態判定システムとインキュベーターとを有し、これらが連動するように構成されている。これにより、シート状細胞培養物の積層状態を確認しつつ、シート状細胞培養物の細胞層の積層が可能となっている。この結果、このようなインキュベートシステムを用いて製造されたシート状細胞培養物は、その積層状態、特に細胞層の数が正確に把握された、信頼性の高いものとなっている。また、積層状態判定システムとインキュベーターとが連動するように構成されていることにより、作業者の負担を低減することができる。
【0051】
次に、上述したインキュベートシステム1を用いた、本発明のシート状細胞培養物の積層状態判定方法による、シート状細胞培養物の積層状態判定およびシート状細胞培養物の細胞層の積層方法の一例を説明する。
図3は、本発明の好適な実施態様に係るシート状細胞培養物の積層状態判定およびシート状細胞培養物の細胞層の積層方法の一例を示すフローチャートである。
【0052】
本実施態様では、1層の細胞層からなるシート状細胞培養物を2層に積層し、さらに、2層のものを4層に積層して、4層の細胞層からなるシート状細胞培養物を得る。
【0053】
まず、一層の細胞層からなるシート状細胞培養物を複数準備する。
次に、上記シート状細胞培養物のうち1または複数をキャビネット10内に導入し、情報取得手段20により光学的性質を計測して、シート状細胞培養物の積層状態についての判定基準を作成する(ステップS−1、判定基準作成工程)。本実施態様においては、色について計測を行い、シート状細胞培養物の積層状態(細胞層が1層)についての判定基準を作成する。得られた判定基準は、制御部30へ転送され、必要に応じて記憶部32に蓄積される。なお、本実施態様においては、複数のシート状細胞培養物について計測を行った場合には、例えば制御部30において統計処理が行われ、その平均値を判定基準とすることができる。また、シート状細胞培養物が支持体よって支持されている場合、必要に応じて支持体を剥離して、本工程および次工程に供する。
【0054】
次に、シート状細胞培養物のうち、判定基準の作成に用いられなかったものについて、情報取得手段20により光学的性質を計測し、当該シート状細胞培養物の積層状態についての情報を得る(ステップS−2、情報取得工程)。得られた情報は、制御部30へ転送され、必要に応じて記憶部32に蓄積される。
【0055】
次に、積層判定手段31により、(S−2)で得られた情報を、(S−1)で得られた判断基準に基づいて、解析し、(S−2)で計測に供されたシート状細胞培養物の積層状態を判定する(ステップS−3、判定工程)。本実施態様においては、シート状細胞培養物は、細胞層の目的とする積層数(ここでは、1層)を有するか否かを判定する。シート状細胞培養物の細胞層が目的とする積層数でない場合、当該シート状細胞培養物の積層状態に何らかの異常があるものとして判定し、この場合、制御部30は、エラーである旨を出力手段34に出力(表示)させ(S−6)、異常のある当該シート状細胞培養物についての積層を終了する(エンド)。シート状細胞培養物の細胞層が目的とする数(ここでは、1層)である場合、当該シート状細胞培養物を正常な積層状態にあるものと判断し、次のシート状細胞培養物の積層に供する。
【0056】
また、同時に、積層判定手段31により、シート状細胞培養物が、最終的に目的とする数(本実施態様では4層)の細胞層を有しているか否かを判定する(S−4)。シート状細胞培養物が4層の細胞層を有していることが判定できた場合には、積層を終了し、シート状細胞培養物を完成品として供する(エンド)。
次に、シート状細胞培養物の積層を行う(S−5)。シート状細胞培養物の積層は、例えば、支持体上に上記シート状細胞培養物を複数枚(ここでは2枚)を重なり合うように密着させ、さらに、必要に応じて、その上に支持体をかぶせる。そして、インキュベーター200により、例えば37℃、5%CO雰囲気下で所定時間インキュベートすることにより、細胞層同士が密着し、複数(ここでは2層)の細胞層が積層した積層済みシート状細胞培養物を得る。このとき、支持体表面にシート状細胞培養物の(培養時における)上面が接するように回収することにより、次の積層時において、回収したシート状細胞培養物の下面が他のシート状細胞培養物の上面と接するように積層することができる。この操作により、支持体表面側に上面が向いたシート状細胞培養物の積層体を形成することができる。
【0057】
このようなステップS−1〜S−5をシート状細胞培養物が目的とする数の細胞層を有し、この積層状態が確認できるまで繰り返す。本実施態様においては、ステップS−1〜S−5を2度繰り返し、さらに、3度目のS−4において、シート状細胞培養物が4層の細胞層を有していることが判定できた場合には、積層を終了し、シート状細胞培養物を完成品として供する。このとき、シート状細胞培養物は、積層された状態で、積層体の各細胞層の(培養時における)上面は、積層体の積層方向についてどちらの方向を向いていてもよい。具体的には、積層体の各細胞層の上面が全て同じ向きになっていてもよいし、上面が互い違いに異なる向きになっていてもよく、または上面がランダムに向いていていもよい。
なお、ステップS−3において、シート状細胞培養物の細胞層が目的とする積層数でない場合であっても、後の判定において、当該シート状細胞培養物の細胞層の積層数が、最終的な積層数未満であることが判明した場合、当該シート状細胞培養物は、さらなる積層に利用することが可能である。
【0058】
以上、本発明について好適な実施態様に基づき詳細に説明したが、本発明はこれに限定されず、各構成は、同様の機能を発揮し得る任意のものと置換することができ、あるいは、任意の構成のものを付加することもできる。
例えば、上述した実施態様においては、シート状細胞培養物の積層状態判定方法は、判定基準作成工程を有するものとして説明したが、本発明のシート状細胞培養物の積層状態判定方法は、判定基準作成工程を有しなくてもよい。
【0059】
また、例えば、上述した実施態様においては、インキュベートシステムは、さらに、細胞層の積層を自動的に行う積層装置を備えていてもよい。このような場合、積層、インキュベート、積層構造の確認を1つのシステムにおいて行うことができ、シート状細胞培養物の積層作業が効率化する。
また、例えば、上述した実施態様においては、シート状細胞培養物の積層状態判定およびシート状細胞培養物の細胞層の積層方法について、1層の細胞層のものから4層の細胞層のものまで積層するとして説明したが、これに限定されず、任意の層数の細胞層を有するシート状細胞培養物から開始してもよく、また、任意の層数の細胞層を有するシート状細胞培養物まで積層してもよい。
【符号の説明】
【0060】
1 積層状態判定システム
10 キャビネット
11 空間
20 情報取得手段
30 制御部
31 積層判定手段
32 記憶部
33 入力手段
34 出力手段
40 トレー
100 インキュベートシステム
200 インキュベーター
201 キャビネット
202 タイマー
203 空間
300 シート状細胞培養物
301 基材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1または複数の細胞層を含んで構成されるシート状細胞培養物の光学的性質を計測して、該シート状細胞培養物の積層状態の情報を得る情報取得工程と、
得られた情報に基づいてシート状細胞培養物の積層状態を判定する判定工程とを含む、シート状細胞培養物の積層状態判定方法。
【請求項2】
計測される光学的性質が色である、請求項1に記載のシート状細胞培養物の積層状態判定方法。
【請求項3】
判定工程において判定される積層状態が、シート状細胞培養物に含まれる細胞層の数である、請求項1または2に記載のシート状細胞培養物の積層状態判定方法。
【請求項4】
さらに、情報取得工程前に、既知の積層状態の他のシート状細胞培養物を用いて光学的性質を計測し、シート状細胞培養物の積層状態についての判定基準を作成する判定基準作成工程を含み、
判定工程では、判定基準と得られた情報とに基づいて積層状態を判定する、請求項1〜3のいずれか一項に記載のシート状細胞培養物の積層状態判定方法。
【請求項5】
判定基準作成工程で用いられるシート状細胞培養物と情報取得工程で用いられるシート状細胞培養物とが、それらに含まれる各細胞層が同一の条件で作成されたものである、請求項4に記載のシート状細胞培養物の積層状態判定方法。
【請求項6】
情報取得工程で用いられるシート状細胞培養物が、該シート状細胞培養物に含まれる各細胞層が同一の条件で作成されたものである、請求項1〜5のいずれか一項に記載のシート状細胞培養物の積層状態判定方法。
【請求項7】
1または複数の細胞層を含んで構成されるシート状細胞培養物の光学的性質を計測して、該シート状細胞培養物の積層状態の情報を得る情報取得手段と、
得られた情報に基づいてシート状細胞培養物の積層状態を判定する積層判定手段とを含む、シート状細胞培養物の積層状態判定システム。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−147687(P2012−147687A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−6784(P2011−6784)
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】