説明

ジクロロエポキシブタンの製造方法

【課題】 塗料、接着剤、発泡体等に用いられる樹脂成分の中間原料であるポリオールの原料又は樹脂に難燃性、ガスバリヤ性、耐摩耗性、プラスチック基材への接着性等の機能を付与できる化合物であるジクロロエポキシブタンをジクロロブテンと過酸化水素との反応によりエポキシ化して製造し、効率的に反応溶液からジクロロエポキシブタンを回収する方法を提供する。
【解決手段】 タングステン及び/又はモリブデンを有する遷移金属化合物と有機アンモニウム塩の存在下、ジクロロブテンと過酸化水素との反応によりジクロロエポキシブタンを製造するに際し、反応後の反応溶液を、チオ硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、アルカリ性化合物、チオ硫酸ナトリウム水溶液、亜硫酸ナトリウム水溶液及びアルカリ性化合物水溶液からなる群より選択されるもので洗浄した後、有機相を分離し、該有機相を分留する際の沸点温度90℃以下で蒸留精製を行いジクロロエポキシブタンを回収するジクロロエポキシブタンの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジクロロエポキシブタンの製造方法に関するものであり、更に詳細には、塗料、接着剤、発泡体等に用いられる樹脂成分の中間原料であるポリオールの原料又は樹脂に難燃性、ガスバリヤ性、耐摩耗性、プラスチック基材への接着性等の機能を付与できる化合物であるジクロロエポキシブタンをジクロロブテンと過酸化水素との反応によりエポキシ化して製造し、効率的に反応溶液からジクロロエポキシブタンを回収する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ジクロロエポキシブタンの製造方法に関しては、これまで多数の文献が知られている。そして、一般にクロロヒドリン法と呼ばれる1,2,4−トリクロロブタン−3−オールのアルカリ化合物による脱塩化水素による方法として1,4−ジクロロ−2,3−エポキシブタンと1,2−ジクロロ−3,4−エポキシブタンの混合物を合成する方法(例えば特許文献1参照。)、有機過酸化物である過酢酸または過ギ酸を用いて3,4−ジクロロ−1−ブテンのオレフィン部位を酸化し3,4−ジクロロ−1,2−エポキシブタンを製造する方法(例えば非特許文献1参照。)、さらに3,4−ジクロロ−1−ブテンのオレフィン部位のエポキシ化反応を高い収率で実現させている方法として、メタクロロ過安息香酸を用いて室温付近という温和な条件下での3,4−ジクロロ−1,2−エポキシブタンの合成方法(例えば非特許文献2参照。)等が提案されている。
【0003】
また、別のジクロロエポキシブタンの合成方法として、−30℃で3,4−エポキシ−1−ブテンに液体塩素を添加し、3,4−ジクロロ−1,2−エポキシブタンを製造する方法(例えば非特許文献3参照。)、第三級アミン又は第一級、第二級若しくは第三級アミンのハロゲン化水素塩の存在下に、3,4−エポキシ−1−ブテンとハロゲン分子を反応させることからなる方法(例えば特許文献2参照。)等が提案されている。
【0004】
その一方で、近年、安価で取扱いが容易な過酸化水素とタングステン化合物を用いた触媒によるエポキシ体の製造方法が注目を集め、例えば第4級アンモニウム塩を含む有機相とタングステン化合物およびリン酸類を含む水相からなる2相系溶液に、過酸化水素を添加するエポキシ化方法(例えば特許文献3参照。)、α−アミノメチルホスホン酸、相間移動触媒およびタングステン酸類の存在下、オレフィン類と過酸化水素を反応させる方法(例えば非特許文献4参照。)、等が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Hawkins,J.Chem.Soc.,248頁(1959年)
【非特許文献2】D.F.Taber等、J.Org.Chem.67巻、3847頁(2002年)
【非特許文献3】Movsumzade等、Chem.Abstr.82:86251k(1975年)
【非特許文献4】佐藤一彦等、触媒,Vol.46、No.5,328頁(2004年)
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】英国特許第864880号公報(特許請求の範囲参照。)
【特許文献2】特表平08−508494号公報(特許請求の範囲参照。)
【特許文献3】特開2004−115455号公報(特許請求の範囲参照。)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1で提案された方法は、任意の割合でジクロロエポキシブタンの構造異性体を製造することは不可能であり、その生産性に課題を有するものであった。また、非特許文献1に提案された過ギ酸による反応では、反応の収率が35%と低く、副生物としてグリコール類やグリコールエステルが多量に生成するという課題がある。さらに、非特許文献2に提案されている方法においては、高い選択性と収率を実現できるが、酸化剤として非常に高価なメタクロロ過安息香酸をジクロロブテンに対して少なくとも等モル以上という多量に用いる必要があり、その結果、廃棄物として未反応の過酸化物を含むメタクロロ安息香酸が多量に排出される。さらに反応時間も72時間と非常に長く工業的には有効な製造方法ではない、という課題があった。
【0008】
非特許文献3に提案の方法は、原料調達の点で工業規模での3,4−ジクロロ−1,2−エポキシブタンの製造方法としては実用性が低いという課題があった。特許文献2に提案された方法においては、低温条件にて反応を行うことが必要であり工業規模での製造方法としては同じく実用性に課題を有するものであった。
【0009】
また、特許文献3に提案の方法に於いては、トルエン、キシレンなどの芳香族系の炭化水素溶媒を基質に対して過剰量用いるなど生成するエポキシ体との分離など煩雑な工程が必要であり、非特許文献4に提案の方法においては、高価で、吸湿性が高く取り扱いにも注意を要するアミノメチルホスホン酸を用いており、工業的には必ずしも満足するものではない上に、これらの方法は、何れも酸化しようとする基質によって充分な触媒活性が得られないことが多く、条件の検討が必要である。
【0010】
そして、これまでタングステン化合物を用いた触媒と過酸化水素によるエポキシ体の製造方法では、電子吸引基である塩素基を含有するジクロロブテン類のようなオレフィン類のエポキシ化方法についての報告例がないのが現状である。またジクロロブテン類のような高沸点で固化しにくい化合物は、反応溶液に残留する触媒との分離が困難であり、反応で得られたエポキシ体を効率よく回収することは非常に困難であった。
【0011】
そこで、樹脂成分の中間原料であるポリオールの原料又は樹脂に機能を付与できる化合物であるジクロロエポキシブタンの製造と反応溶液からの回収を効率よく、安価に工業的なレベルで実施することが可能な方法の提供が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題に関して鋭意検討した結果、ジクロロブテンと過酸化水素を反応する際にタングステン及び/又はモリブデンを有する遷移金属化合物と有機アンモニウム塩の存在下で行った後に、反応溶液を、特定条件下で洗浄し、有機相より特定条件下でジクロロエポキシブタンを回収することにより、効率的にジクロロエポキシブタンを製造することが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち本発明は、タングステン及び/又はモリブデンを有する遷移金属化合物と有機アンモニウム塩の存在下、ジクロロブテンと過酸化水素との反応によりジクロロエポキシブタンを製造するに際し、反応後の反応溶液を、チオ硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、アルカリ性化合物、チオ硫酸ナトリウム水溶液、亜硫酸ナトリウム水溶液及びアルカリ性化合物水溶液からなる群より選択されるもので洗浄した後、有機相を分離し、該有機相を分留する際の沸点温度90℃以下で蒸留精製を行いジクロロエポキシブタンを回収することを特徴とするジクロロエポキシブタンの製造方法に関するものである。
【0014】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0015】
本発明のジクロロエポキシブタンの製造方法は、ジクロロブテンと過酸化水素との反応によりエポキシ化を行う際に、タングステン及び/又はモリブデンを有する遷移金属化合物と有機アンモニウム塩の存在下で反応を行い、反応後の反応溶液を、チオ硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、アルカリ性化合物、チオ硫酸ナトリウム水溶液、亜硫酸ナトリウム水溶液及びアルカリ性化合物水溶液からなる群より選択されるもので洗浄した後、有機相を分離し、該有機相を分留する際の沸点温度90℃以下で蒸留精製を行い、ジクロロエポキシブタンを回収するものである。
【0016】
本発明におけるタングステン及び/又はモリブデンを有する遷移金属化合物は、エポキシ化反応の際に触媒として作用する遷移金属化合物であり、該遷移金属化合物としては、これらの範疇に属するものであれば如何なる制限を受けることなく用いることが可能であり、例えば単核の金属酸化物類、イソポリ酸類、ヘテロポリ酸類等を挙げることができ、より具体的には、タングステン酸、タングステン酸リチウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸カリウム、タングステン酸アンモニウム等のタングステン酸またはその塩;モリブデン酸、モリブデン酸リチウム、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウム、モリブデン酸アンモニウム等のモリブデン酸またはその塩;リン−12−タングステン酸、リン−12−タングステン酸ナトリウム、リン−12−タングステン酸アンモニウム、リン−12−タングステン酸カリウム、ケイタングステン酸、ケイタングステン酸ナトリウム、リンバナドタングステン酸、リン−3−モリブド−9−タングステン酸、リン−6−モリブド−6−タングステン酸、リン−9−モリブド−3−タングステン酸、リン−12−モリブデン酸等のタングステン及び/又はモリブデンを含むヘテロポリ酸またはその塩、等が挙げられ、これらは単独又は2種以上を混合して用いることもできる。そして、特に効率よくジクロロエポキシブタンを製造することが可能となることから、タングステン酸、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸アンモニウム、リン−12−タングステン酸、リン−3−モリブド−9−タングステン酸が好ましい。
【0017】
本発明における該遷移金属化合物の使用量としては、ジクロロエポキシブタンの製造が可能である限り如何なる制限を受けるものではなく、その中でも特にジクロロエポキシブタンの生産効率に優れた製造方法となることから、ジクロロブテン1モルに対し、該遷移金属化合物中のタングステン原子及び/又はモリブデン原子のモル比率で0.0001〜1倍モルであることが好ましく、特に0.001〜0.1倍モルであることが好ましく、さらに該遷移金属化合物の回収工程を省略することも可能となることから0.002〜0.05倍モルであることが好ましい。
【0018】
本発明における有機アンモニウム塩は、エポキシ化反応の際に触媒として作用する該遷移金属化合物の有機相へ溶解性を向上させるものであり、該有機アンモニウム塩としては一般的に有機アンモニウム塩として知られている範疇に属するものであれば如何なるものも用いることが可能であり、その中でも特に入手が容易で、遷移金属化合物の溶解性向上効果に優れることから炭素数9以上50未満の有機金属アンモニウム塩が好ましく、特に炭素数16以上44未満の有機アンモニウム塩であることが好ましい。該有機アンモニウム塩としては、具体的には塩化ベンジルトリメチルアンモニウム、塩化ベンジルトリエチルアンモニウム、塩化ベンジルトリブチルアンモニウム、塩化ベンジルトリブチルアンモニウム、塩化フェニルトリメチルアンモニウム、塩化テトラヘキシルアンモニウム、塩化テトラオクチルアンモニウム、塩化トリオクチルメチルアンモニウム、塩化トリオクチルエチルアンモニウム、塩化ジラウリルジメチルアンモニウム、塩化ラウリルトリメチルアンモニウム、塩化ジステアリルジメチルアンモニウム、塩化ステアリルトリメチルアンモニウム、塩化ジセチルジメチルアンモニウム、塩化セチルトリメチルアンモニウム、塩化トリカプリルメチルアンモニウム等のテトラアルキルアンモニウム塩化物;塩化ドデシルピリジニウム、塩化セチルピリジニウム等のアルキルピリジニウム塩化物;臭化ベンジルトリメチルアンモニウム、臭化ベンジルトリエチルアンモニウム、臭化ベンジルトリブチルアンモニウム、臭化ベンジルトリブチルアンモニウム、臭化フェニルトリメチルアンモニウム、臭化テトラヘキシルアンモニウム、臭化テトラオクチルアンモニウム、臭化トリオクチルメチルアンモニウム、臭化トリオクチルエチルアンモニウム、臭化ジラウリルジメチルアンモニウム、臭化ラウリルトリメチルアンモニウム、臭化ジステアリルジメチルアンモニウム、臭化ステアリルトリメチルアンモニウム、臭化ジセチルジメチルアンモニウム、臭化セチルトリメチルアンモニウム、臭化トリカプリルメチルアンモニウム等のテトラアルキルアンモニウム臭化物;臭化ドデシルピリジニウム、臭化セチルピリジニウム等のアルキルピリジニウム臭化物;ヨウ化ベンジルトリメチルアンモニウム、ヨウ化ベンジルトリエチルアンモニウム、ヨウ化ベンジルトリブチルアンモニウム、ヨウ化ベンジルトリブチルアンモニウム、ヨウ化フェニルトリメチルアンモニウム、ヨウ化テトラヘキシルアンモニウム、ヨウ化テトラオクチルアンモニウム、ヨウ化トリオクチルメチルアンモニウム、ヨウ化トリオクチルエチルアンモニウム、ヨウ化ジラウリルジメチルアンモニウム、ヨウ化ラウリルトリメチルアンモニウム、ヨウ化ジステアリルジメチルアンモニウム、ヨウ化ステアリルトリメチルアンモニウム、ヨウ化ジセチルジメチルアンモニウム、ヨウ化セチルトリメチルアンモニウム、ヨウ化トリカプリルメチルアンモニウム等のテトラアルキルアンモニウムヨウ化物;ヨウ化ドデシルピリジニウム、ヨウ化セチルピリジニウム等のアルキルピリジニウムヨウ化物;硫酸水素ベンジルトリメチルアンモニウム、硫酸水素ベンジルトリエチルアンモニウム、硫酸水素ベンジルトリブチルアンモニウム、硫酸水素ベンジルトリブチルアンモニウム、硫酸水素フェニルトリメチルアンモニウム、硫酸水素テトラヘキシルアンモニウム、硫酸水素テトラオクチルアンモニウム、硫酸水素トリオクチルメチルアンモニウム、硫酸水素トリオクチルエチルアンモニウム、硫酸水素ジラウリルジメチルアンモニウム、硫酸水素ラウリルトリメチルアンモニウム、硫酸水素ジステアリルジメチルアンモニウム、硫酸水素ステアリルトリメチルアンモニウム、硫酸水素ジセチルジメチルアンモニウム、硫酸水素セチルトリメチルアンモニウム、硫酸水素トリカプリルメチルアンモニウム等のテトラアルキルアンモニウム塩;硫酸水素ドデシルピリジニウム、硫酸水素セチルピリジニウム等アルキルピリジニウム塩;等を挙げることができ、更に上述の具体例の有機アンモニウム塩の中で天然由来の原料から調製された有機アンモニウム塩であってアルキル基に一部不飽和結合や炭素数に分布を有するものであってもよい。また、該有機アンモニウム塩は単独又は2種以上を混合して用いても良い。そして、その中でも特にジクロロエポキシブタンの生産効率に優れた製造方法となることから塩化トリオクチルメチルアンモニウム、塩化ジラウリルジメチルアンモニウム、塩化ジステアリルジメチルアンモニウム、塩化セチルトリメチルアンモニウム、硫酸水素テトラオクチルアンモニウム、塩化ドデシルピリジニウム、塩化セチルピリジニウムであることが好ましい。
【0019】
本発明における有機アンモニウム塩の使用量としては、ジクロロエポキシブタンの製造が可能である限り如何なる制限を受けるものではなく、その中でも特にジクロロエポキシブタンの生産効率に優れた製造方法となることから、該遷移金属化合物中のタングステン原子及び/又はモリブデン原子1モルに対して0.1〜5倍モルの範囲であることが好ましい。そして、特に有機アンモニウム塩がアルキルピリジニウム塩類である場合、0.1〜1.5倍モルの範囲であることがより好ましく、またテトラアルキルアンモニウム塩類である場合、0.25〜1.5倍モルの範囲であることがより好ましい。また、該有機アンモニウム塩は、取扱いを容易にするため水やアルコール、プロピレングリコール等によって希釈されたものも用いることもできる。
【0020】
本発明におけるジクロロブテンとしては、一般的にジクロロブテンと称される範疇に属するものであれば如何なる制限を受けることなく用いることが可能であり、例えば1,4−ジクロロ−3−ブテン及び/又は3,4−ジクロロ−1−ブテンを挙げることができる。
【0021】
本発明における過酸化水素としては、一般的に過酸化水素と称される範疇に属するものであれば如何なる制限を受けることなく用いることが可能であり、その中でも安全性の点から過酸化水素水として取り扱うことが好ましく、その際の濃度としては0.01〜85重量%の範囲の濃度の過酸化水素水であることが好ましく、特に10〜60重量%の範囲の濃度の過酸化水素水をそのまま、あるいは水で希釈して用いることが好ましい。
【0022】
本発明における過酸化水素の使用量としては、ジクロロエポキシブタンの製造が可能である限り如何なる制限を受けるものではなく、その中でも特にジクロロエポキシブタンの生産効率に優れた製造方法となることから、ジクロロブテン1モルに対して0.1〜5.0倍モルの範囲であることが好ましく、特に0.3〜2.0倍モルの範囲であることが好ましい。
【0023】
また、本発明の製造方法は、リン酸類や硫酸類などの酸類を用いpHを調製した過酸化水素水を用いることが好ましい。酸類によりpHを調製することにより過酸化水素の自己分解反応を抑制し、高い転化率と選択性でジクロロエポキシブタンを製造することが可能となる。その際のpHは、0.3〜4.0の範囲とすることが特に好ましい。該酸類としては、例えばリン酸、ポリリン酸、ピロリン酸、リン酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸アンモニウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素アンモニウム、硫酸、硫酸水素ナトリウムなどが挙げられる。また、その際の使用量としては、酸の当量として、該遷移金属化合物中のタングステン原子及び/又はモリブデン原子に対して0.01〜100倍当量の範囲が好ましく、更に好ましくは0.1〜10倍当量である。
【0024】
本発明のジクロロエポキシブタンの製造方法は、溶媒の存在下又は非存在下のいずれでも行うことが可能である。溶媒としては、例えば塩化メチレン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素;ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、シクロオクタン、2,6−ジメチルシクロオクタン等の脂肪族炭化水素;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、エチルベンゼン、クメン等の芳香族炭化水素;イソプロパノール、ブタノール、高級脂肪族アルコール等のアルコール類、等が挙げられる。これらの中でも反応効率と副反応を抑えるという観点から有機相と水相に分離しやすい溶媒が好ましく塩化メチレンやクロロホルム等のハロゲン化炭化水素やトルエンやキシレン等の芳香族系炭化水素が好ましい。
【0025】
溶媒を用いる際の使用量としては、ジクロロブテン類に対して0.01〜5倍重量であることが好ましい。
【0026】
ジクロロエポキシブタンを製造する際の反応温度は、過酸化水素の自己分解反応が低く抑えられ、過酸化水素当たりの選択率が高く維持できることから0〜100℃の範囲で反応を行うことが好ましい。更にエポキシ化反応の速度を高め、副反応の進行や過酸化水素の自己分解を抑えるという観点から25〜75℃の範囲であることが特に好ましい。また、製造は、大気圧下、加圧下または減圧下のいずれでも実施できる。反応の雰囲気は特に制限はなく、特に安全性を考慮して、窒素、アルゴンなどの不活性気体中で実施することが好ましい。
【0027】
本発明のジクロロエポキシブタンの製造方法は、溶媒を用いた溶液系、ジクロロブテンを溶媒としたバルク系、溶媒及び/又はジクロロブテンを有機相、過酸化水素を水溶液とした水相である2相系、等の方法により行うことが可能であり、その中でも特に効率的に製造を行うことが可能であることから2相系にて行うことが好ましい。その際の2相系としては、例えばタングステン及び/又はモリブデンを有する遷移金属化合物と過酸化水素とを有する水相にジクロロブテンと有機アンモニウム塩とを含む有機相を加え反応を行う方法;ジクロロブテンと有機アンモニウム塩とを含む有機相とタングステン及び/又はモリブデンを有する遷移金属化合物を含む水相とからなる2相系溶液に、過酸化水素を水溶液で加える方法;ジクロロブテンと有機アンモニウム塩とを含む有機相にタングステン及び/又はモリブデンを有する遷移金属化合物を溶解した過酸化水素の水溶液を加える方法、等が挙げられる。また、この際の有機相は溶媒により希釈されていてもよい。さらに、過酸化水素の水溶液である過酸化水素水であってもよく、過酸化水素水はリン酸や硫酸等の酸類によりpHを調整されていてもよい。
【0028】
本発明のジクロロエポキシブタンの製造方法は、反応の終了後の反応溶液の水相をデカンテーションで取り除いた後あるいは取り除かずそのまま、チオ硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、アルカリ性化合物、チオ硫酸ナトリウム水溶液、亜硫酸ナトリウム水溶液及びアルカリ性化合物水溶液からなる群より選択されるものにより洗浄を行うものである。その際のアルカリ性化合物としては、水溶液とした際にpHが7を越える化合物であれば特に制限はなく、例えば水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、酢酸ナトリウムなどに代表される化合物を挙げることができる。そして、チオ硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、アルカリ性化合物の使用量としては、例えば反応終了後に残存する過酸化水素に対して0.5〜5倍当量が挙げられる。また、洗浄は、公知の方法に従って実施することができる。即ち、回分的に実施することもできるし、連続式に実施することもできる。また向流抽出装置などを用いて行うこともできる。ここで、チオ硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、アルカリ性化合物、チオ硫酸ナトリウム水溶液、亜硫酸ナトリウム水溶液及びアルカリ性化合物水溶液からなる群より選択されるものにより洗浄を行わない場合、又は、チオ硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、アルカリ性化合物、チオ硫酸ナトリウム水溶液、亜硫酸ナトリウム水溶液及びアルカリ性化合物水溶液からなる群より選択されるもの以外のものによる洗浄を行った場合、蒸留精製時の蒸留効率が悪く、ジクロロエポキシブタンの回収効率の悪い製造方法となる。なお、本発明のジクロロエポキシブタンの製造方法においては、これら洗浄を行った後に、さらに水等による洗浄を行ってもよい。
【0029】
そして、本発明のジクロロエポキシブタンの製造方法においては、洗浄後の反応溶液から有機層を分離し、該有機層を分留する際の沸点温度90℃以下、好ましくは80℃以下の条件で蒸留精製を行うことにより、効率よくジクロロエポキシブタンを回収するものである。この分留する際の沸点温度が90℃を超える条件で蒸留精製を行った場合、遷移金属化合物の存在により、ジクロロエポキシブタンの副反応が起こることによりその回収効率が著しく低下するものとなる。また、蒸留精製の方法としては、公知の方法を選択することが可能であり、例えば単蒸留、水蒸気蒸留、平衡フラュシュ蒸留、連続多段蒸留、回分多段蒸留、充填塔による連続精留あるいは分子蒸留、等を挙げることができる。蒸留操作を行う減圧度は、分留する際の沸点温度を90℃以下に設定することが可能であれば任意に選択することが可能であり、5kPa以下であることが好ましく,特に2kPa以下であることが好ましい。蒸留に要する時間に関しても任意に選択することが可能であり、回分式であれば、操作時間は24時間以内、特に好ましくは副反応の進行を考慮して8時間以内に実施することが好ましい。なお、本発明における分留する際の沸点温度とは、一般的な蒸留精製においては蒸留頭頂温度であり、該蒸留頭頂温度とは蒸留精製を行う際に用いる蒸留精製装置の頭頂部の温度(最高温度)をいう。
【0030】
本発明の製造方法により得られるジクロロエポキシブタンとしては、一般的にジクロロエポキシブタンと称される範疇に属するものであれば如何なる制限も受けることはなく製造することが可能であり、例えば1,4−ジクロロ−2,3−エポキシブタン、3,4−ジクロロ−1,2−エポキシブタンを挙げることができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明の製造方法によれば、塗料、接着剤、発泡体等に用いられる樹脂成分の中間原料であるポリオールの原料又は樹脂に難燃性、ガスバリヤ性、耐摩耗性、プラスチック基材への接着性等の機能を付与できるジクロロエポキシブタンを生産効率よく製造することが可能となり、その工業的価値は極めて高いものである。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を示し、本発明の効果を具体的に証明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0033】
実施例より用いた評価・測定方法を以下に示す。
【0034】
〜ガスクロマトグラフィー(GC)分析〜
キャピラリーカラム(タイプ:FFAP、サイズ:長さ×キャピラリ−径 30m×0.32mmφ)を用い、温度プログラムは、初期温度:100℃(5分間)、昇温度パターン:250℃まで10℃/分で昇温度、5分間保持で測定した。
【0035】
実施例1
攪拌装置を付した3リットルのフラスコに、85%リン酸によりpH0.5に調整した35重量%の過酸化水素水500ミリリットル(565g、5.82モル)、リン−12−タングステン酸・30水和物50.11g(185.6ミリモル)を加え、室温で溶解させ24時間緩やかに攪拌した。別途、冷却管、攪拌装置、滴下装置を付した5リットルのフラスコに3,4−ジクロロ−1−ブテン2リットル(2320g、18.56モル)、塩化トリオクチルメチルアンモニウムの95重量%アルコール溶液62.4g(和光純薬工業社販売元、(商品名)Aliquote336:18.56ミルモル)を加え、室温で攪拌した。
【0036】
3,4−ジクロロ−1−ブテンと塩化トリオクチルメチルアンモニウムの溶液を激しく攪拌しながら50℃まで昇温し、反応溶液の温度が60℃を越えないように制御しながら先に用意したリン−12−タングステン酸の過酸化水素溶液を30分かけて滴下した。その後、リン酸によりpH0.5に調整した35重量%の過酸化水素水126ミリリットル(142g、1.466モル)を1時間30分かけて反応温度を60℃に保ちながら滴下した。
【0037】
この反応溶液を激しく攪拌しながら33時間、反応温度は60℃に制御しながら反応を実施し、3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの製造を行った。GC分析により3,4−ジクロロ−1−ブテンのエポキシ転化率は89%、選択率88%を確認した。反応溶液の中には3,4−ジクロロ−2−エポキシブタン2290g(14.54モル)が存在する。
【0038】
そして、得られた反応溶液からGC分析により61gの3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンを含む反応溶液76gを採取し、該反応溶液に亜硫酸ナトリウム水溶液50ミリリットル(10g/L)を適下し、水相の過酸化水素濃度を5mg/L以下、pH=7とした。デカンテーションにより水相を除去し、蒸留水50ミリリットルで2回有機相を洗浄・デカンテーションにより水相を除去することにより有機相を得た。
【0039】
得られた有機相を回分式の蒸留装置で操作温度(油浴の温度)80℃、蒸留頭頂温度47℃、減圧度0.4kPaで1時間かけて減圧蒸留により該有機相から3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンを蒸留回収し、触媒成分との分離を行った。GC分析の結果留分には3,4−ジクロロ−2−エポキシブタン59g(回収率:96%)を確認した。
【0040】
実施例2
蒸留装置の操作条件;操作温度(油浴の温度)80℃、蒸留頭頂温度47℃、減圧度0.4kPa、操作時間1時間の代わりに、操作温度(油浴の温度)95℃、蒸留頭頂温度66℃、減圧度1.5kPa、操作時間1時間とした以外は、実施例1と同様の方法により3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの製造・回収を行った。GC分析の結果留分には3,4−ジクロロ−2−エポキシブタン59g(回収率:96%)を確認した。
【0041】
実施例3
蒸留装置の操作条件;操作温度(油浴の温度)80℃、蒸留頭頂温度47℃、減圧度0.4kPa、操作時間1時間の代わりに、操作温度(油浴の温度)105℃、蒸留頭頂温度78℃、減圧度2.6kPa、操作時間1時間とした以外は、実施例1と同様の方法により3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの製造・回収を行った。GC分析の結果留分には3,4−ジクロロ−2−エポキシブタン57g(回収率:93%)を確認した。
【0042】
比較例1
実施例1と同様の方法で得られた反応溶液の混合物を一部76g採取し、反応液を洗浄することなく、蒸留装置で操作温度(油浴の温度)128℃、蒸留頭頂温度97℃、減圧度5.5kPaで4時間かけて減圧蒸留により3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンを蒸留回収し、触媒成分との分離を行った。GC分析から結果留分には3,4−ジクロロ−2−エポキシブタン1.8gを確認した。回収率は3%と低いものであった。
【0043】
比較例2
蒸留装置の操作条件;操作温度(油浴の温度)128℃、蒸留頭頂温度97℃、減圧度5.5kPa、操作時間4時間の代わりに、操作温度(油浴の温度)95℃、蒸留頭頂温度78℃、減圧度2.6kPa、操作時間9時間とした以外は、比較例1と同様の方法により3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの製造・回収を行った。GC分析の結果留分には3,4−ジクロロ−2−エポキシブタン46gを確認した。回収率は76%と低いものであった。
【0044】
比較例3
蒸留装置の操作条件;操作温度(油浴の温度)128℃、蒸留頭頂温度97℃、減圧度5.5kPa、操作時間4時間の代わりに、操作温度(油浴の温度)97℃、蒸留頭頂温度89℃、減圧度5.5kPaとした以外は、比較例1と同様の方法により3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの製造・回収を試みた。GC分析の結果留分には3,4−ジクロロ−2−エポキシブタン24gを確認したが、回収率は40%と低くほとんど回収できなかった。
【0045】
実施例4
回分式の蒸留装置を用い、蒸留装置の操作条件;操作温度(油浴の温度)80℃、蒸留頭頂温度47℃、減圧度0.4kPa、操作時間1時間の代わりに、フラッシュ蒸留装置を用い、蒸留装置の操作条件;操作温度(外部ジャケットの温度)85℃、蒸留頭頂温度62℃、減圧度1.1kPa、加熱部での平均滞留時間2分とした以外は、実施例1と同様の方法により3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの製造・回収を行った。3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの回収率は96%であった。
【0046】
実施例5
亜硫酸ナトリウム水溶液50ミリリットル(10g/L)の代わりに、チオ硫酸ナトリウム50ミリリットル(10g/L)とした以外は、実施例1と同様の方法により3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの製造・回収を行った。3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの回収率は96%であった。
【0047】
実施例6
亜硫酸ナトリウム水溶液50ミリリットル(10g/L)の代わりに、1molwt%の水酸化ナトリウム水溶液50ミリリットルとした以外は、実施例1と同様の方法により3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの製造・回収を行った。3,4−ジクロロ−2−エポキシブタンの回収率は96%であった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
塗料、接着剤、発泡体等に用いられる樹脂成分の中間原料であるポリオールの原料又は樹脂に難燃性、ガスバリヤ性、耐摩耗性、プラスチック基材への接着性等の機能を付与できるジクロロエポキシブタンを生産効率よく製造することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン及び/又はモリブデンを有する遷移金属化合物と有機アンモニウム塩の存在下、ジクロロブテンと過酸化水素との反応によりジクロロエポキシブタンを製造するに際し、反応後の反応溶液を、チオ硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、アルカリ性化合物、チオ硫酸ナトリウム水溶液、亜硫酸ナトリウム水溶液及びアルカリ性化合物水溶液からなる群より選択されるもので洗浄した後、有機相を分離し、該有機相を分留する際の沸点温度90℃以下で蒸留精製を行い、ジクロロエポキシブタンを回収することを特徴とするジクロロエポキシブタンの製造方法。
【請求項2】
タングステン及び/又はモリブデンを有する遷移金属化合物が、タングステン酸、タングステン酸ナトリウム、リン−12−タングステン酸及びリン−3−モリブド−9−タングステン酸からなる群より選択されるものであることを特徴とする請求項1に記載のジクロロエポキシブタンの製造方法。
【請求項3】
有機アンモニウム塩が、炭素数9以上50未満のものであることを特徴とする請求項1又は2に記載のジクロロエポキシブタンの製造方法。

【公開番号】特開2012−131732(P2012−131732A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−284629(P2010−284629)
【出願日】平成22年12月21日(2010.12.21)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】