説明

ジチオカルバメート系農薬の分析方法

【課題】分析精度を落とすことなく、従来の二硫化炭素法によるジチオカルバメート系農薬分析方法の操作の安全性等を向上させる。
【解決手段】試料を、塩化スズ(II)の存在下、塩酸と反応させて、生じた二硫化炭素を捕集し、分析することにより、試料中のジチオカルバメート系農薬を分析する方法において、反応容器に試料1〜5g(固形分量)及び塩化スズ(II) 0.5〜4g(二水和物換算)を加えた後、15〜30℃の塩酸水溶液を加え、次いで煮沸し、生じた二硫化炭素を捕集管内に捕集し、分析することを特徴とするジチオカルバメート系農薬の分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中のジチオカルバメート系農薬を分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジチオカルバメート系農薬は、殺菌剤、殺線虫剤として農薬分野で広く使用されており、医療用漢方製剤の原料である薬用生薬においても利用されている。
【0003】
ジチオカルバメート系農薬の分析方法のうち、二硫化炭素法はジチオカルバメート系農薬を塩酸中で加熱して発生した二硫化炭素を捕集し、分析することにより、農薬の含量を定量する方法で、古くからある方法ではあるが、環境省が公定法として採用している唯一の方法であり、方法としての信頼性は最も高い。
【0004】
二硫化炭素法による分析方法は、現在ほぼ確立しており、例えば、非特許文献1には、500mLの分解フラスコに試料100g、及び触媒として塩化スズ(II)(塩化第一スズ)300mgを加えた後、予め沸騰させた1.6N塩酸200mLを注入し、直ちに加熱を始め、沸騰後60分間加熱反応させ、発生した二硫化炭素を捕集管内のエタノールに吸収させ、分析している。この方法で、塩酸として、沸騰させた塩酸を用い、直ちに加熱を始め、沸騰後60分間加熱するのは、100℃以上で酸分解したとき、ジネブ型では二硫化炭素2モルを発生するが、100℃以下では二硫化炭素と硫化水素を1モルずつ発生するため、分解温度の急速な上昇を図るためと記載されている。
しかしながら、沸騰させた塩酸を用いることは、操作の安全性の点で問題がある。
【0005】
【非特許文献1】「残留農薬分析法」厚生省生活衛生局食品化学課編、社団法人日本食品衛生協会発行、昭和61年1月発行、第43〜47頁、特に第47頁の註解5)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、分析精度を落とすことなく、従来の二硫化炭素法によるジチオカルバメート系農薬分析方法の操作の安全性等を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)試料を、塩化スズ(II)の存在下、塩酸と反応させて、生じた二硫化炭素を捕集し、分析することにより、試料中のジチオカルバメート系農薬を分析する方法において、反応容器に試料1〜5g(固形分量)及び塩化スズ(II) 0.5〜4g(二水和物換算)を加えた後、15〜30℃の塩酸水溶液を加え、次いで煮沸し、生じた二硫化炭素を捕集管内に捕集し、分析することを特徴とするジチオカルバメート系農薬の分析方法。
(2)試料が生薬、漢方製剤又は農作物である前記(1)に記載の分析方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、分析精度を落とすことなく、従来の二硫化炭素法によるジチオカルバメート系農薬分析方法の操作の安全性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明において分析対象となるジチオカルバメート系農薬とは、次式: >N−CS−S− で示されるジチオカルバメート構造を有する農薬であれば制限はなく、例えば、次式(I)、(II)又は(III):
【化1】

(式中、R及びRは、同一又は異なって、水素原子、置換又は非置換のフェニル基、置換又は非置換のC1−5−アルキル基、置換又は非置換のC3−7−アルキル基、アミノ基、ベンゾチアゾリル基を表し、R及びRは、共同して炭素数1〜4のアルキレン基を表してもよく、nは1又は2であり、Xは水素原子、アンモニウム基、金属原子を表す。)
で示される化合物が挙げられる。
【0010】
前記式において、R又はRで表されるC1−5−アルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、アミル基が挙げられ、C3−7−アルキル基としては、例えばシクロヘキシル基が挙げられる。R又はRで表されるフェニル基、C1−5−アルキル基及びC3−7−アルキル基は、ジチオカルバモイル基によって置換されていてもよい。
【0011】
Xで表される金属原子としては、例えば、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属原子;カルシウム、マグネシウム等のアルカリ土類金属原子;亜鉛、ニッケル、カドミウム、鉄、銅、マンガン、砒素が挙げられる。
【0012】
前記ジチオカルバメート系農薬の具体例としては、ジネブ、マンネブ、マンゼブ、アンバム、ポリカルバメート(ビスジメチルジチオカルバモイルジンクエチレンビスジチオカルバメート)、有機ニッケル(ジメチルジチオカルバミン酸ニッケル)、フェルバム、プロピネブ、ジラム、チウラム、メチルジチオカルバミン酸ナトリウムが挙げられる。
【0013】
本発明に適用しうる試料としては、ジチオカルバメート系農薬の残留が疑われるものであれば特に制限はなく、例えば生薬、漢方製剤、農作物、土壌が挙げられ、好ましくは生薬、漢方製剤、農作物が挙げられる。
塩化スズ(II)としては、例えば二水和物、無水和物が挙げられる。
【0014】
本発明においては、反応容器に試料1〜5g(固形分量)及び塩化スズ(II)0.5〜4g(二水和物換算)を加えた後、15〜30℃の塩酸水溶液を加え、次いで煮沸し、生じた二硫化炭素を捕集管内に捕集し、分析する。
【0015】
試料の量が前記下限未満であると、定量分析精度が低下し、前記上限を超えると、迅速な加熱が行われないため、副反応が進行してしまう。
【0016】
塩化スズ(II)の量が前記下限未満であると、二硫化炭素生成反応が十分に進行せず、前記上限を超えても、触媒としての効果に差がなくなる。
【0017】
前記15〜30℃の塩酸水溶液としては、通常、室温の塩酸水溶液をそのまま用いればよいが、必要に応じて前記温度範囲内に温度を調整して用いてもよい。
【0018】
前記塩酸水溶液を加えた後、通常10〜50分間、好ましくは10〜20分間煮沸し、生じた二硫化炭素を捕集管内に捕集し、分析する。二硫化炭素の捕集管には、通常エタノールを入れる。
【0019】
本発明を実施する際には、例えば図1に示すような分解蒸留装置を用いることができる。当該装置には、水酸化ナトリウムトラップ(第一吸収管)、硫酸トラップ(第二吸収管)、エタノールトラップ(第三吸収管;二硫化炭素捕集管)が取り付けられており、水酸化ナトリウムトラップ(第一吸収管)は発生した塩化水素ガスを中和する役割を果たし、通常4〜10重量%の水酸化ナトリウム水溶液を4〜6mL含有し、硫酸トラップ(第二吸収管)は脱水及び揮発性妨害成分を除く役割を果たし、通常硫酸を4〜6mL含有し、エタノールトラップ(第三吸収管;二硫化炭素捕集管)は、二硫化炭素を捕集管内に捕集する役割を果たし、通常エタノールを2.995〜3.004mL含有する。
【0020】
分解反応を終了させた後、エタノールトラップ(第三吸収管;二硫化炭素捕集管)の溶液を、従来の二硫化炭素法と同様にして、例えば炎光光度型検出器付きガスクロマトグラフにより分析することにより、試料中のジチオカルバメート系農薬を分析することができる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0022】
(実施例1)
図1に示す分解蒸留装置を用いて添加回収試験を実施した。反応条件を表1に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
[分解蒸留操作]
検体3.00gを分解フラスコ(300mL)に正確に量りとり、塩化スズ(II)二水和物2.0gを加えた。添加回収試験の場合は、農薬標準溶液(二硫化炭素換算値6.0ppm)を分解反応直前に添加した。別途、水酸化ナトリウムトラップ、硫酸トラップ、エタノールトラップをそれぞれ取り付け、エタノールトラップをドライアイス/アセトンで浸して冷却した。水流ポンプで排気口から吸引しながら1.5mol/L塩酸試液100mLを加え、マントルヒーターで加熱した。20分間煮沸後、分解反応を止めてエタノールトラップの溶液をサンプリングし、ガスクロマトグラフ分析試料溶液とした。
【0025】
[検量線用二硫化炭素溶液の調製]
25mLの褐色メスフラスコに約20mLのエタノールをとり、栓をしてメスフラスコの重量を正確に量った(W)。これに、二硫化炭素1mLを正確にとり、栓をしてメスフラスコの重量を正確に量った(W)。二硫化炭素標準品W−Wの値が1.25gから1.28gの範囲であることを確認し、エタノールで正確に25mLとして標準原液とした。標準原液1mLを正確に量りとり、エタノールで正確に100mLとして500ppm溶液とした。500ppm溶液2mLを正確に量りとり、エタノールで正確に250mLとして標準溶液1(4ppm)とした。標準溶液1 10mLを正確に量りとり、エタノールで正確に20mLとして標準溶液2(2ppm)とした。標準溶液2 10mLを正確に量りとり、エタノールで正確に20mLとして標準溶液3(1ppm)とした。標準溶液3 10mLを正確に量りとり、エタノールで正確に20mLとして標準溶液4(0.5ppm)とした。標準溶液4 10mLを正確に量りとり、エタノールで正確に25mLとして標準溶液5(0.2ppm)とした。
【0026】
標準溶液1〜5をガスクロマトグラフにて1回ずつ分析し、二硫化炭素の濃度に対する面積値の平方根から最小二乗法により検量線を作成した。
その際、検量線の直線性を評価し、相関係数が0.995以上であることを確認した。
【0027】
[分析操作]
ガスクロマトグラフ
Agilent Technologies社製 6890N
Agilent Technologies社製 7683オートサンプラー
注入口:スプリット/スプリットレス注入口
インサート:Agilent Technologies社製 スプリット/スプリットレス ライナ(5183-4711)
検出器:炎光光度型検出器(イオウ用干渉フィルター使用)
【0028】
[試薬・試液]
塩酸、関東化学(株)、特級
硫酸、関東化学(株)、試薬特級、JIS K8951
水酸化ナトリウム、関東化学(株)、試薬特級、JIS K8576
塩化スズ(II)二水和物、関東化学(株)、試薬特級、JIS K8136
エタノール(99.5%)、国産化学(株)、試薬特級
アセトン、国産化学(株)、試薬特級
アセトン、国産化学(株)、試薬一級(冷媒用)
アセトニトリル、関東化学(株)、残留農薬試験用
蒸留水(ヘキサン洗浄品)、和光純薬工業(株)、残留農薬試験用
塩酸試液:精製水2595mLに塩酸405mLを加え、混和した(約1.5mol/L)。
水酸化ナトリウム試液:32.5gの水酸化ナトリウムに精製水500mLを加えて溶解した(約6.5%)。
【0029】
[標準品]
二硫化炭素、和光純薬工業(株)、試薬特級、JIS K8732
ジネブ標準品、和光純薬工業(株)、残留農薬試験用 試薬純度80.5%
プロピネブ標準品、ジーエルサイエンス(株)、農薬標準品 試薬純度81.8%
チウラム標準品、和光純薬工業(株)、残留農薬試験用 試薬純度100%
ジラム標準品、和光純薬工業(株)、残留農薬試験用 97.7%
フェルバム標準品、和光純薬工業(株)、残留農薬試験用 99.3%
ポリカルバメート標準品、和光純薬工業(株)、残留農薬試験用 96.0%
マンゼブ標準品、和光純薬工業(株)、残留農薬試験用 84.8%
マンネブ標準品、和光純薬工業(株)、残留農薬試験用 90.2%
有機ニッケル(ジメチルジチオカルバミン酸ニッケル)標準品、Gelest, Inc. (USA)、100%
ジネブ標準溶液:ジネブ3.37mgを量りとり、アセトニトリルを加え正確に250mLとした。(二硫化炭素換算6.0ppm)
プロピネブ標準溶液:プロピネブ3.48mgを量りとり、蒸留水を加え正確に250mLとした。(二硫化炭素換算6.0ppm)
チウラム標準溶液:チウラム11.9mgを量りとり、アセトンを加え正確に250mLとした。次いでこの溶液を10mL量りとり、アセトンを加え正確に50mLとした。(二硫化炭素換算6.0ppm)
ジラム標準溶液:ジラム12.34mgを量りとり、アセトンを加え正確に200mLとした。この溶液を10mL正確に量りとり正確に50mLとした。(二硫化炭素換算6.0ppm)
フェルバム標準溶液:フェルバム2.79mgを量りとり、アセトンを加え正確に250mLとした。(二硫化炭素換算6.0ppm)
ポリカルバメート標準溶液:ポリカルバメート2.98mgを量りとり、アセトニトリルを加え正確に250mLとした。(二硫化炭素換算6.0ppm)
マンゼブ標準溶液:マンゼブ3.13mgを量りとり、蒸留水を加え正確に250mLとした。(二硫化炭素換算6.0ppm)
マンネブ標準溶液:マンネブ2.84mgを量りとり、アセトニトリルを加え正確に250mLとした。(二硫化炭素換算6.0ppm)
有機ニッケル標準溶液:有機ニッケル2.96mgを量りとり、蒸留水を加え正確に250mLとした。(二硫化炭素換算6.0ppm)
添加回収試験の結果を表2に示す。
【0030】
【表2】

【0031】
生薬試料であるサンショウ、キジツ、チンピ、ソヨウ、ビワヨウ、センキュウ、ブクリョウ、シャクヤク、ボタンピ、ケイヒ、トウニンと漢方エキスの試料であるツムラ桂枝茯苓丸エキス顆粒(TJ−25)について、ジネブ、チウラム、プロピネブ等のジチオカルバメート系農薬の添加回収試験を行った結果、全ての試料において試験を行った農薬は70%以上の添加回収を確認しており、本発明の試験法が適用できることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明に用いる分解蒸留装置の一例を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を、塩化スズ(II)の存在下、塩酸と反応させて、生じた二硫化炭素を捕集し、分析することにより、試料中のジチオカルバメート系農薬を分析する方法において、反応容器に試料1〜5g(固形分量)及び塩化スズ(II) 0.5〜4g(二水和物換算)を加えた後、15〜30℃の塩酸水溶液を加え、次いで煮沸し、生じた二硫化炭素を捕集管内に捕集し、分析することを特徴とするジチオカルバメート系農薬の分析方法。
【請求項2】
試料が生薬、漢方製剤又は農作物である請求項1記載の分析方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−64670(P2008−64670A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−244240(P2006−244240)
【出願日】平成18年9月8日(2006.9.8)
【出願人】(000003665)株式会社ツムラ (43)
【Fターム(参考)】