説明

ジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤

【課題】顕著なジペプチジルペプチダーゼIV(DPPIV)阻害活性を有し、天然物から
得られ、毒性が低く安全性の高い物質の提供。
【解決手段】チーズの水溶性画分に、顕著なDPPIV阻害活性があり、チーズの熟成期間
が長くなるにつれて阻害活性が高くなる。また、このチーズの水溶性画分には、DPPIV
阻害活性を有するペプチドが含まれている。本発明のDPPIV阻害剤は、DPPIVに拮抗
的に作用することで血糖値を低下させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インスリン非依存性糖尿病(NIDDM)と称される2型糖尿病やこの病気に
関連する疾患(例えば、肥満及び脂質障害)の治療において治療用化合物として使用され
る、新規なジペプチジルペプチダーゼIV(DPPIV)阻害剤に関する。また、本発明は、
チーズの水溶性画分に存在するDPPIV阻害活性を有するペプチドに関する。本発明のD
PPIV阻害剤は、チーズの水溶性画分に存在するペプチドまたはチーズの水溶性画分を有
効成分とし、DPPIVに拮抗的に作用することで血糖値を低下させることを特徴とする。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、複数の原因から誘発され、空腹状態時または経口ブドウ糖負荷試験中にグルコ
ース投与後の血漿グルコースレベルが高いこと、すなわち高血糖により特徴づけられる病
気である。高血糖が持続し、血糖値が正常にコントロールされないと、他の代謝及び血行
動態的疾患の罹患率及び死亡率が高くなる。グルコースホメオスタシスが異常であると、
脂質、リポタンパク質及びアポリポタンパク質代謝が変化し、他の代謝及び血行動態的疾
患が発症する。よって、糖尿病患者は、冠状心疾患、卒中、末梢血管疾患、高血圧、腎症
、神経障害及び網膜症を含めた大血管及び微小血管合併症を併発する危険性が特に高い。
従って、糖尿病を臨床的に管理及び治療する際にはグルコースホメオスタシス、脂質代謝
及び高血圧をコントロールすることが重要である。
【0003】
糖尿病に2つの型があることが認められている。1型糖尿病、すなわちインスリン依存性
糖尿病(IDDM)では、患者はグルコース利用を調節するホルモンであるインスリンを
ほとんど乃至全く生成しない。2型糖尿病、すなわちインスリン非依存性糖尿病(NID
DM)では、患者の血漿インスリンレベルは糖尿病でない人と同等かまたは高いことが多
い。しかしながら、これらの患者は主なインスリン感受性組織である筋肉、肝臓や脂肪組
織におけるグルコース及び脂質代謝に対するインスリン刺激作用に対して抵抗性を有して
おり、血漿インスリンレベルは高いが顕著なインスリン抵抗性を解決するには十分でない

【0004】
インスリン抵抗性は、主にインスリン受容体の数が減少したことではなく、ポストインス
リン受容体結合欠陥に起因していると言われている。このインスリン応答性に対して抵抗
性が生ずると、筋肉におけるグルコース摂取、酸化及び貯蔵のインスリン活性化は不十分
となり、脂肪組織における脂肪分解及び肝臓におけるグルコース産生及び分泌に対するイ
ンスリン抑制は不十分となる。
現在、2型糖尿病に対する治療は何年にもわたり実質的に変わっていないが、限界がある
ことは認められている。運動及び食事のカロリー摂取制限により糖尿病状態は改善される
が、この治療のコンプライアンスは非常に低い。なぜならば、非活動的なライフスタイル
が確立されており、食品、特に飽和脂肪を多く含む食品が過剰に消費されているからであ
る。より多くのインスリンを分泌するように膵臓β細胞を刺激するスルホニル尿素(例え
ば、トルブタミド及びグリピジド)またはメグリチニドを投与することにより、インスリ
ン濃度は高インスリン抵抗性組織を刺激するのに十分なレベルの高さとなる。スルホニル
尿素またはメグリチニドが有効でなかったときには、インスリンを注射することによりイ
ンスリンの血漿レベルを上昇させる。しかしながら、インスリンまたはインスリン分泌促
進薬(スルホニル尿素及びメグリチニド)の投与により血漿グルコースレベルが非常に低
くなる恐れがあり、血漿インスリンレベルが高いためにインスリン抵抗性が増す恐れがあ
る。ビグアニドはインスリン感受性を増加させて高脂血症を若干改善する。しかしながら
、2種のビグアニドのフェンホルミン及びメトホルミンはそれぞれ乳酸アシドーシス及び
悪心、下痢を誘発する恐れがある。
【0005】
膵臓β細胞から分泌されるインスリンは、血糖を降下させる唯一のホルモンとして生体の
糖代謝の制御にかかわり、グルコースホメオスタシスに重要な役割を果たしている。イン
スリンの分泌には、インクレチンが関与していると考えられる。インクレチンとは、消化
管ホルモンの総称であり、食物を摂取したという情報がインクレチンの分泌を介して速や
かに膵臓β細胞へと伝達され、インスリン分泌を刺激し、食後の血糖値上昇を抑制し、血
糖を一定に保つ役割を有している。これまでにインクレチンとして胃抑制性ポリペプチド
(GIP)およびグルカゴン様ペプチド1(GLP−1)の2つのホルモンが知られている
。よって、インクレチンの作用により、血糖が上昇し始める食後早期にインスリン分泌を
効率的に上昇させ食後の高血糖を抑えることができる。2型糖尿病患者では、食後の高血
糖が一つの特徴であり、この一因としてインクレチンの作用障害が報告されている。
【0006】
血中に存在するDPPIVは、特異的にN末端から2番目のプロリンまたはアラニンを持つ
生理活性ペプチドに対して作用し、N末端からジペプチドを遊離させる酵素であり、各種
のホルモンやケモカインの分解に関与していることが知られている。GIPやGLP−1
も血中においてDPPIVにより速やかに分解され、活性を失う。このことは、DPPIV欠
損マウスを用いた試験で、経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)において耐糖能の悪化が見
られ、DPPIVがGLP−1やGIPなどの分解を介して、生体内の糖代謝に影響を及ぼ
していることが報告されている(例えば、非特許文献1参照。)。
よって、血中のDPPIVによるインクレチン分解活性を阻害することで血糖値を低下させ
ることが可能となる。
【0007】
DPPIV阻害剤としては、化学合成物が多数報告されおり、たとえばフルオロピリジン、
ピラジン、スルフォスチンなどがありすでに経口剤として実用化されているものもある(
例えば、特許文献1、2、3、4参照。)。しかし、これらの化学合成品は、常に安全性
の問題に注意を払わなければならない。
天然物由来では納豆抽出液がDPPIV阻害活性を持つと報告されているのみである(例え
ば、非特許文献2参照。)。
【0008】
チーズの水溶性画分についてはカルシウム吸収促進作用、細胞増殖作用、抗菌作用等の生
理作用が明らかにされている。しかしながら、チーズの水溶性画分がDPPIV阻害活性を
持つという報告は見当たらない。また、チーズの生理機能に関しては、抗腫瘍作用、抗変
異原作用等が報告されているものの、DPPIV阻害活性を持つことについては知られてい
ない。このように、チーズの水溶性画分がDPPIV阻害活性を持つという報告は見当たら
ない。
【特許文献1】特表2005-500321号公報
【特許文献2】特表2004-535455号公報
【特許文献3】特表2004-536115号公報
【特許文献4】特開2000-327689号公報
【非特許文献1】Scrocchi,L.A.ほか、Nat.med.,2:1254-1258,1996
【非特許文献2】一之瀬充研究室、平成14年度卒業論文、県立シーボルト大学、2型糖尿病関連酵素阻害物質の検索、納豆抽出液に見出されたDPPIV阻害活性
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、天然物から得られ、毒性が低く安全性の高い、顕著なDPPIV阻害活性を有す
るDPPIV阻害剤およびその製造方法を提供することを課題とする。また、医薬品、特定
保健用食品、健康食品等に利用できるDPPIV阻害剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、チーズを水性溶媒に懸濁し
た後、不溶性物質の除去を行って得られた水溶性画分に、顕著なDPPIV阻害活性を有す
る物質が存在することを見出した。また、上記水溶性画分をOASISカラムで処理した
OASIS溶出画分にDPPIV阻害活性があり、チーズの熟成期間が増加すると共に阻害
活性が増加する傾向があった。さらに、活性の高かったゴーダタイプ12ヶ月熟成チーズの
OASIS溶出画分をHPLCで分画し、フラクションの活性を測定した結果、全体的に
活性はあるが、特に活性の強い画分が数個あり、活性成分が分画された。この活性の高い
画分をMSで解析し、カゼイン(α,β)由来ペプチドの存在が確認された。確認されたい
くつかのペプチドを合成し、そのIC50を求めた結果、市販の阻害剤であるDiprotin A
の1/8〜1/500倍の活性があることを見出した。
すなわち、本発明は、チーズの水溶性画分を有効成分とするDPPIV阻害剤に関する。
また、本発明は、熟成ナチュラルチーズの水溶性画分を有効成分とするDPPIV阻害剤に
関する。
また、本発明は、DPPIV阻害活性を有する以下のいずれかの配列からなるペプチドに関
する。
(1) Ile-Pro-Asn
(2) Gly-Pro-Ile-Pro-Asn
(3) Val-Pro-Ile-Thr-Pro-Thr
(4) Val-Pro-Gly-Glu-Ile-Val-Glu
(5) Leu-Pro-Gln-Asn-Ile-Pro-Pro
(6) Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro
(7) Val-Pro-Tyr-Pro-Gln-Arg-Asp-Met-Pro
(8) Val-Ala-Pro-Phe-Pro-Glu
(9) Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro
(10) Tyr-Pro-Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-His-Asn-Ser
(11) Tyr-Pro-Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-His-Asn
(12) Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val
(13) Met-Pro-Phe-Pro-Lys-Tyr
(14) Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-Pro-Asn
(15) Leu-Pro-Gln-Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro
(16) Val-Pro-Ile-Thr-Pro-Thr-Leu
(17) Val-Pro-Gln-Leu-Glu-Ile-Val-Pro-Asn
(18) Tyr-Pro-Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-Pro-Asn
(19) Leu-Pro-Gln-Asn-Ile-Pro-Pro-Leu
(20) Val-Pro-Pro-Phe-Ile-Gln-Pro-Glu
(21) Ala-Pro-Phe-Pro-Glu-Val-Phe-Gly-Lys
(22) Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe
(23) Gly-Pro-Ile-Val-Leu-Asn-Pro-Trp
(24) Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Ile-Gln-Pro-Glu
また、本発明は、チーズの水溶性画分に存在するDPPIV阻害活性を有する前記のいずれ
かの配列からなるペプチドに関する。
また、本発明は、DPPIV阻害活性を有する前記のいずれか1以上のペプチドを有効成分
とするDPPIV阻害剤に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明のチーズの水溶性画分またはチーズの水溶性画分に存在するDPPIV阻害活性を有
するペプチドは、DPPIV阻害活性を有する高血糖防止剤等として利用可能な、安全性が
高く、副作用のない画分であり、数々の医薬品、特定用保健食品、機能性食品等への利用
が期待できる。また、本発明のDPPIV阻害剤は、チーズを水性溶媒に懸濁した後、不溶
性物質の除去を行って得られるチーズの水溶性画分をそのまま利用するという簡便な製造
方法で得ることができ、さらに原料となるチーズも容易に、しかも安価に入手することが
できるという利点があり、実用上極めて利用価値が高い。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のDPPIV阻害剤はチーズの水溶性画分またはチーズの水溶性画分に存在するDP
PIV阻害活性を有するペプチドを有効成分とする。チーズの水溶性画分が熟成ナチュラル
チーズの水溶性画分であればより好ましい。
本発明のDPPIV阻害活性を有するチーズの水溶性画分は、例えばチーズを水性溶媒に懸
濁した後、不溶性物質の除去を行って得ることができる。本発明のチーズの水溶性画分に
おいてチーズを水性溶媒に懸濁するということは、チーズに水性溶媒を加えてホモジナイ
ザーなどで均質化したり、または水性溶媒中で破砕したりして、水溶性画分を得やすい大
きさにすることをいう。チーズを水性溶媒に懸濁した後、遠心分離して得た上清、あるい
は、その上清をさらにろ過して不溶性物質を除去したものが本発明のチーズの水溶性画分
である。この水溶性画分を限外ろ過に通して得られる透過液であっても良い。また、上記
水溶性画分を透析膜やイオン交換樹脂等によって脱塩処理を行っても良いし、OASIS
カラム等に通して吸着した画分を溶出した画分であっても良い。また、DPPIV阻害活性
を有するチーズの水溶性画分は、C18カラムを用いて、式(1)〜(24)で表されるアミ
ノ酸配列のいずれかの配列からなるペプチドを多く含む画分に分画することも可能である

また、本発明に用いることができる配列式(1)〜(24)で表されるアミノ酸配列のいず
れかの配列からなるDPPIV阻害活性を有するペプチドは、例えば上記水溶性画分をC18
カラムを用いて分画することにより得ることができる。さらに、合成して得られたペプチ
ドについても利用可能である。水性溶媒としては、水、リン酸緩衝液等の溶媒を用いるこ
とができる。この水溶性画分を凍結乾燥や噴霧乾燥等によって乾燥させることにより粉末
化しても良い。
【0013】
本発明のDPPIV阻害活性を有するチーズの水溶性画分または配列式(1)〜(24)で表
されるアミノ酸配列のいずれかの配列からなるチーズの水溶性画分に存在するDPPIV阻
害活性を有するペプチドを得るためのチーズ原料としては、ナチュラルチーズ、及びナチ
ュラルチーズを原料としたプロセスチーズ等を用いることができるが、パルメザンチーズ
、グリュイエールチーズ、マリボーチーズ、ゴーダチーズ、チェダーチーズ、エメンター
ルチーズ、エダムチーズ、カマンベールチーズ、ブリーチーズ、マンステールチーズ、ポ
ン・レヴェックチーズ、スチルトンチーズ、ダナブルーチーズ、ブルーチーズ等の熟成ナ
チュラルチーズ、及びこれらの熟成ナチュラルチーズを原料としたプロセスチーズ等を用
いることが望ましく、より熟成期間の長い熟成ナチュラルチーズを用いることがより望ま
しい。
このように、本発明のDPPIV阻害剤は、チーズを原料とするので、原料の入手が極めて
容易であり、安価であるという利点を有する。しかも、チーズを原料とし、水性溶媒を利
用するだけであり、安全性、毒性の面でも極めて有利である。
【0014】
本発明のDPPIV阻害剤は、チーズを水性溶媒に懸濁した後、脱脂、遠心分離、ろ過等に
よって不溶性物質の除去を行って得られるチーズの水溶性画分をそのまま利用することが
できるし、透析膜やイオン交換樹脂等によって脱塩を行ったもの、さらに、凍結乾燥や噴
霧乾燥等によって乾燥を行い粉末化したものも利用することができる。
また、本発明のDPPIV阻害活性を有する画分は、飲食品に配合してDPPIV阻害用飲食
品として使用することができる。飲食品に配合する場合は、チーズの水溶性画分をそのま
ま配合することができるし、透析膜やイオン交換樹脂等によって脱塩を行ったもの、さら
に、凍結乾燥や噴霧乾燥等によって乾燥を行い粉末化したものも配合することができる。
このように、本発明のDPPIV阻害剤は、チーズを水性溶媒に懸濁した後、脱脂、遠心
分離、ろ過等によって不溶性物質の除去を行って得られるチーズの水溶性画分をそのまま
利用するという簡便な製造方法で得ることもできるので、実用上極めて利用価値が高い。
さらに原料となるチーズも容易に入手することができるという利点がある。
【0015】
本発明のDPPIV阻害剤は、経口的に投与して、生体においてDPPIVを阻害することに
より血糖値を低下させることが可能となる。経口的に投与する場合、本発明のDPPIV阻
害剤の剤形としては、錠剤、カプセル剤、細粒剤、散剤、丸剤、トローチ、舌下剤または
液剤等の経口投与用の製剤を例示することができる。
【0016】
本発明のDPPIV阻害剤の経口による投与量は、治療や予防の目的、症状、体重、年齢や
性別等を考慮して適宜決定すればよいが、通常、成人1日あたりチーズの水溶性画分の固
形分として50mg〜100g投与すれば、DPPIVを阻害する治療または予防効果が得られる。
【0017】
本発明のDPPIV阻害剤、あるいはそれらを配合した飲食品を経口摂取することによって
生体内で血糖値を低下させる作用を発揮する。本発明のDPPIV阻害剤を配合した飲食品
としては、チーズ、バター、乳飲料、ジュース、ヨーグルト、ゼリー、パン、アイスクリ
ーム、麺、ソーセージ、育児用調製乳や離乳食等を挙げることができる。
【0018】
DPPIVの活性測定は、例えば‐GloTM プロテアーゼ法を用いて行うことができる。
基質としてDPPIV‐GloTM Reagent(プロメガ社)を用いる。この方法は、DPPIV
に被験サンプルを加え、基質溶液を添加し、混和して、一定時間後の発光量を測定するこ
とにより、DPPIVの活性を測定する。このように、添加‐混和‐測定の操作により、D
PPIV‐GloTM Reagentを加えると、DPPIVによる基質の切断に引き続き、ルシフェ
ラーゼ反応による発光シグナルが生じる。この酵素反応のカップリングによるホモジニア
スタイプアッセイで発生するシグナルは、DPPIV活性量に比例するので、これによりD
PPIVの活性を測定することができる。
【0019】
以下に実施例及び試験例を示し、本発明をより詳細に説明するが、これらは単に例示する
のみであり、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
(チーズの水溶性画分の調製)
ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシズ・ラクチス(Lactococcus lactis subsp. la
ctis)、ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシズ・クレモリス(Lactococcus lactis
subsp. cremoris)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroide
s)を乳酸菌スターターとして常法により製造したゴーダタイプチーズを原料として用い
た。このチーズを細かく切断し、10倍量の水を加え、ホモジナイザー(AM-3: 株式会社日
本精機製作所)で粉砕(10,000rpm、10分間)して懸濁した後、遠心分離(6,000rpm、10
分間、4℃)で沈殿を除いた上清をさらにろ過(No.2ろ紙:ADVANTEC)して不溶性物質を
除去後、限外ろ過(Centriplus YM-30 :Millipore)をして透過液を得、これをチーズの
水溶性画分とした。このようにして得られたチーズの水溶性画分は、そのままDPPIV阻
害剤として利用可能である。
【実施例2】
【0021】
(チーズの水溶性画分の調製)
乳酸菌スターターとしてストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophi
lus)及びラクトバチラス・ヘルベティカス(Lactobacillus helveticus)を用いて常法に
より製造したイタリアンタイプチーズを原料として用いた以外は実施例1と同様にして、
チーズの水溶性画分を調製した。このようにして得られたチーズの水溶性画分は、そのま
まDPPIV阻害剤として利用可能である。
【0022】
[試験例1]
(DPPIVの活性測定)
実施例1で得られたゴーダタイプチーズと実施例2で得られたイタリアンタイプチーズの
それぞれの水溶性画分について、DPPIV‐GloTM プロテアーゼ法により、DPPIV
阻害活性の測定を行った。ゴーダタイプチーズは、製造直後、1、2、6、及び12ヶ月熟成
させたもののそれぞれの水溶性画分を実施例1に記載のとおり調製し、試験に供した。基
質としてDPPIV‐GloTM Reagent(G8350;プロメガ社)を用い、酵素はDPPIV (
317630、ヒト胎盤由来;Calbiochem社)、対照阻害剤としてディプロチンA (DiprotinA
、 4132−v ;Peptide社)を使用した。すなわち、100μl 、96穴ブラックプレートに、
1μlの DPPIV(10μU/μl)及び前記のゴーダタイプチーズ水溶性画分 6μlを添加し
て、超純水で50μlにメスアップし、さらに基質溶液50μlを添加し、混和した。30分後に
発光量を測定した。サンプル無添加のものの活性(発光量)を100%とし、サンプルを添
加した際の相対的な活性を算出した。
また、イタリアンタイプチーズは、製造直後、1、2、6、及び12ヶ月熟成させたもののそ
れぞれの水溶性画分を実施例2に記載のとおり調製し、ゴーダタイプチーズの水溶性画分
と同様の試験に供した。
結果を図1に示す。
【0023】
ゴーダタイプチーズの水溶性画分、イタリアンタイプチーズの水溶性画分のいずれにもD
PPIV活性を阻害する作用があることが確認された。
またそれぞれのチーズの熟成が進むにつれて阻害する作用は強くなっており、特に熟成期
間が6カ月以上のチーズの水溶性画分は顕著なDPPIV活性を阻害する作用を示した。こ
れは熟成によって生じるペプチドが有効成分であると考えられる。このようにチーズの水
溶性画分は、そのままDPPIV阻害剤として利用可能である。
【実施例3】
【0024】
(チーズの水溶性画分の調製)
実施例1のゴーダタイプチーズ、実施例2のイタリアンタイプチーズと同じチーズを原料
として用いた。これらのチーズを細かく切断し、10倍量の水を加え、ホモジナイザー(AM
-3: 株式会社日本精機製作所)で粉砕(10,000rpm、10分間)して懸濁した後、スターラ
ーで攪拌しながら40℃の恒温槽で1時間加温処理した。そして、遠心分離(6,000rpm、10
分間、4℃)で沈殿を除いた上清をさらにろ過(No.2ろ紙:ADVANTEC)して不溶性物質を
除去後、限外ろ過(Centriplus YM-30 :Millipore)をして透過液を得た。
この透過液を、蒸留水で平衡化したOASISカラム(HLB 6cc:ウォーターズ社)
に供し、蒸留水で洗浄後、吸着画分を100%メタノールにて溶出した。回収した溶出液を
遠心エバポレーター(CVE-200D:EYELA)で乾固した後、OASISカラムに供した量の1
/10量の蒸留水に溶解した。
このようにして得られたOASIS溶出画分は、チーズの水溶性画分として、そのまま本
発明のDPPIV阻害剤として利用可能である。
【0025】
[試験例2]
(DPPIVの活性測定)
実施例3で得られたゴーダタイプチーズ及びイタリアンタイプチーズの水溶性画分につい
て、DPPIV‐GloTMプロテアーゼキット(G8350、プロメガ社)により、DPPIV阻
害活性の測定を行った。ゴーダタイプチーズ及びイタリアンタイプチーズは、製造直後、
1、2、4、6、及び12ヶ月熟成させたもののそれぞれの水溶性画分を実施例3に記載のとお
り調製し、試験に供した。基質としてDPPIV‐GloTM Reagent(プロメガ社)を用い
、酵素はDPPIV (317630、ヒト胎盤由来;Calbiochem社)を使用した。すなわち、96
穴ブラックプレートに前記のゴーダタイプチーズ又はイタリアンタイプチーズ水溶性画分
10μlを添加し、基質溶液50μlを添加して混和した。さらに超純水39μlと1μlの DP
PIV(10μU/μl)を添加して反応を開始し、30分後に発光量を測定した。サンプル無添
加のものの発光量を100%とし、サンプルを添加した際の相対的な活性を算出した。DP
PIV阻害活性の測定結果を図2に示す。
【0026】
(熟成期間の増加による活性の変化)
ゴーダタイプチーズ、イタリアンタイプチーズのいずれの水溶性画分にもDPPIVの活性
を阻害する作用があることが確認された。またそれぞれのチーズの熟成が進むにつれて阻
害する作用が強くなっており、特にゴーダタイプ12ヶ月熟成チーズでは非常に顕著なDP
PIV活性を阻害する作用を示した。これは熟成によって生じるペプチドが有効成分である
と考えられる。
【実施例4】
【0027】
(逆相HPLCによる分画とDPPIV阻害活性の測定)
阻害活性成分を同定するため、まずは阻害活性の高かったゴーダタイプ12ヶ月熟成チーズ
のOASIS溶出画分を逆相HPLCで分画した。ゴーダタイプ12ヶ月熟成チーズの水溶
性画分を実施例3に記載のとおり調製し、試験に供した。分画にはHPLC system(HP 1050
;ヒューレット・パッカード社)を用い、カラムはPROTEIN & PEPTIDE C18 カラム(4.6 m
m ID×250mm: VYDAC) を30℃で使用した。溶出は5→65%アセトニトリル(0.1% TFA) /60分
のグラジエント、1ml/分の流速で行い、UV220nmで検出した。220nmでの吸光度の変化を図
3に示す。
OASIS溶出画分100μlをインジェクション後、3〜43分の間1分間隔で溶出液を分取し
た。それぞれ遠心エバポレーター(CVE-200D:EYELA)で乾固した後、10μlの蒸留水また
は1μlのDMSO(048-21985:和光純薬工業)に溶解し、1ウエル当たりその全量を添加して
各々のDPPIV阻害活性を求めた。HPLC画分のDPPIV阻害活性の変化を図4に示す。
その結果、広く阻害活性が見られたが、いくつかのフラクションで特に活性が強かった。
このようにして活性成分を分画することも可能である。
【0028】
[試験例3]
(活性画分のMSによる解析)
活性が高かったフラクションについてマススペクトル(MS)による解析を行った。HP
LCで分画した各フラクションをバッファーで適宜希釈したのち、LCQ Advantage MSsy
stemによりMS分析を行った。MS/MS解析はXcalibur 1.3 & Bioworks 3.1により行っ
た。データベースには nr.fasta (NCBI) よりBos taurus由来のタンパク配列のみを抽出
して用いた。
ゴーダタイプ12ヶ月熟成チーズの水溶性画分をHPLCで分画したフラクションをMS解
析した結果、同定されたカゼイン由来ペプチドを表1に示す。
その結果、各フラクションにカゼイン由来のペプチドが多数存在することが示され、これ
らの同定されたペプチドがDPPIV阻害活性に関与していると考えられる。
【0029】
[表1]
───────────────────────────────────
フラクシ アミノ酸配列 カゼイン 位置
ョン(分)
───────────────────────────────────
6 Ile-Pro-Asn β 66-68
───────────────────────────────────
10 Gly-Pro-Ile-Pro-Asn β 64-68
───────────────────────────────────
12 Val-Pro-Ile-Thr-Pro-Thr αS2 117-122
───────────────────────────────────
15 Val-Pro-Gly-Glu-Ile-Val-Glu β 8-14
Leu-Pro-Gln-Asn-Ile-Pro-Pro β 70-86
───────────────────────────────────
17 Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro β 80-86
Val-Pro-Tyr-Pro-Gln-Arg-Asp-Met-Pro β 178-186
───────────────────────────────────
18 Val-Ala-Pro-Phe-Pro-Glu αS1 25-30
Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro β 74-81
───────────────────────────────────
21 Tyr-Pro-Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-His-Asn-Ser β 60-69
Tyr-Pro-Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-His-Asn β 60-68
Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val β 74-82
Met-Pro-Phe-Pro-Lys-Tyr β 109-114
───────────────────────────────────
22 Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-Pro-Asn β 62-68
Leu-Pro-Gln-Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-P β 70-84
ro
Val-Pro-Ile-Thr-Pro-Thr-Leu αS2 117-123
───────────────────────────────────
23 Val-Pro-Gln-Leu-Glu-Ile-Val-Pro-Asn αS1 106-114
───────────────────────────────────
4 Tyr-Pro-Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-Pro-Asn β 60-68
Leu-Pro-Gln-Asn-Ile-Pro-Pro-Leu β 70-78
Val-Pro-Pro-Phe-Ile-Gln-Pro-Glu β 84-91
───────────────────────────────────
25 Ala-Pro-Phe-Pro-Glu-Val-Phe-Gly-Lys αS1 26-34
───────────────────────────────────
27 Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe β 80-87
───────────────────────────────────
29 Gly-Pro-Ile-Val-Leu-Asn-Pro-Trp αS2 102-109
───────────────────────────────────
30 Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Ile-Gln-Pro-G β 80-91
lu
───────────────────────────────────
【実施例5】
【0030】
(ペプチドの合成と活性測定)
MSで推定されたペプチドのうちのいくつかを合成し、蒸留水またはDMSO(048-21
985:和光純薬工業)に溶解してそのDPPIV阻害活性を求めた。まず、各ペプチド溶液
を段階希釈して各々の阻害活性を求め、阻害活性(%)とサンプル濃度の対数(Log10)の関
係式から逆算して、各サンプルの50%阻害濃度(IC50)を求めた。対照阻害剤としてDiprot
inA(4132−v ;Peptide社)の阻害活性も測定した。
MS解析の結果同定されたペプチドを合成したもののDPPIV阻害活性を比較した。結果
を表2に示す。
その結果、ペプチドにより阻害活性に違いが見られたが、特にLeu-Pro-Gln-Asn-Ile-Pr
o-Pro-Leuの配列を有するペプチド(#9)ではIC50=45.6μMと高い阻害活性を示した。こ
れらの成分を含むことで各フラクションが阻害活性を示していると考えられる。
【0031】
【表2】

【0032】
[試験例4]
(熟成期間による活性ペプチドの蓄積)
DPPIV阻害活性を示したペプチドのいくつかについて、チーズ熟成中における量変化を
調べるため、各熟成期間のチーズ水溶性画分を適当に希釈後、LCQ Advantage MSsystem
によりMS分析を行った。MS/MS解析はXcalibur 1.3 & Bioworks 3.1により行った。
データベースには nr.fasta (NCBI) よりBos taurus由来のタンパク配列のみを抽出して
用いた。得られたデータから、各ペプチドに相当するシグナルをそれぞれ抽出し、そのシ
グナルの強度を熟成期間毎に比較した。
その結果、これらのペプチドが熟成に伴い増加していることが示され、以上のことから熟
成に伴って阻害活性を持ついくつかのペプチドが生成・増加し、そのトータルな活性によ
りチーズ上清中の阻害活性が増加していることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】熟成期間の異なるゴーダタイプチーズ及びイタリアンタイプチーズの水溶性画分のDPPIV活性を阻害する作用を示した図である。(試験例1)
【図2】熟成期間の異なるゴーダタイプチーズ及びイタリアンタイプチーズの水溶性画分のDPPIV活性を阻害する作用を示した図である。(試験例2)
【図3】ゴーダタイプ12ヶ月熟成チーズの水溶性画分を逆相HPLCで分析した際の吸光度を示した図である。(実施例4)
【図4】ゴーダタイプ12ヶ月熟成チーズの水溶性画分を逆相HPLCで分析した際の1分間隔で分画したフラクションのDPPIV阻害活性を示した図である。(実施例4)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジペプチジルペプチダーゼIV阻害活性を有する以下のいずれかの配列からなるペプチド。
(1) Ile-Pro-Asn
(2) Gly-Pro-Ile-Pro-Asn
(3) Val-Pro-Ile-Thr-Pro-Thr
(4) Val-Pro-Gly-Glu-Ile-Val-Glu
(5) Leu-Pro-Gln-Asn-Ile-Pro-Pro
(6) Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro
(7) Val-Pro-Tyr-Pro-Gln-Arg-Asp-Met-Pro
(8) Val-Ala-Pro-Phe-Pro-Glu
(9) Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro
(10) Tyr-Pro-Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-His-Asn-Ser
(11) Tyr-Pro-Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-His-Asn
(12) Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val
(13) Met-Pro-Phe-Pro-Lys-Tyr
(14) Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-Pro-Asn
(15) Leu-Pro-Gln-Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro
(16) Val-Pro-Ile-Thr-Pro-Thr-Leu
(17) Val-Pro-Gln-Leu-Glu-Ile-Val-Pro-Asn
(18) Tyr-Pro-Phe-Pro-Gly-Pro-Ile-Pro-Asn
(19) Leu-Pro-Gln-Asn-Ile-Pro-Pro-Leu
(20) Val-Pro-Pro-Phe-Ile-Gln-Pro-Glu
(21) Ala-Pro-Phe-Pro-Glu-Val-Phe-Gly-Lys
(22) Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe
(23) Gly-Pro-Ile-Val-Leu-Asn-Pro-Trp
(24) Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Ile-Gln-Pro-Glu
【請求項2】
チーズの水溶性画分を由来とする請求項1記載のペプチド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−201923(P2011−201923A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−153110(P2011−153110)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【分割の表示】特願2005−261209(P2005−261209)の分割
【原出願日】平成17年9月8日(2005.9.8)
【出願人】(711002926)雪印メグミルク株式会社 (65)
【Fターム(参考)】