説明

ジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤

【課題】可食経験の有る植物由来の抽出物を用いた新規のジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤を提供する。
【解決手段】クロセチンまたはその薬理学的に許容しる塩を有効成分として含有することを特徴とするジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤。
【効果】本発明のジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤は、優れたジペプチジルペプチダーゼIV阻害活性を有している。また、本発明のジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤は、ジペプチジルペプチダーゼIVを阻害することによって改善される疾患の予防及び治療に利用し得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロセチンまたはその薬理学的に許容しうる塩を有効成分とするジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ジペプチジルペプチダーゼIV(以下、DPP4とも言う)は、N末端から2番目にプロリン(あるいはアラニン)を含むペプチドに特異的に結合し、そのプロリン(あるいはアラニン)のC末端側を切断してジペプチドを産生するセリンプロテアーゼである。DPP4は、極めて広範囲に及ぶ組織(例えば腸、肝臓、肺、腎臓および胎盤等)の上皮および内皮細胞上、並びにT細胞上で発現しており、T細胞の活性化、ガン細胞の内皮細胞への接着やHIVの細胞内への侵入、神経ペプチドの代謝等において重要な役割を果たしていると考えられている。
【0003】
一方、DPP4を阻害することによって改善される疾患として、関節炎、慢性関節リウマチなどの自己免疫疾患、後天性免疫不全症候群、移植臓器・組織の拒絶反応、乳腺腫瘍および前立腺腫瘍の肺への転移、乾癬や扁平苔癬などの皮膚疾患、膵臓機能の低下、食後高血糖、耐糖能異常などがあると考えられている。このため、DPP4阻害作用を有する化合物がこれまでに種々提案されている。
【0004】
例えば、2-{6-[3(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル]-3-エチル-2,4-ジオキソ-3,4-ジヒドロ-2H-ピリミジン-1-イルメチル}-ベンゾニトリルTFA塩(特許文献1参照)、アミノ酸およびチアゾリジン基またはピロリジン基から形成されるジペプチド化合物およびその塩(特許文献2参照)、ジペプチジルペプチダーゼIV阻害作用を有し、かつテトラヒドロイソキノリン骨格を有する化合物又はその薬理的に許容しうる塩を有効成分としてなる医薬組成物(特許文献3参照)などが提案されている。
【0005】
一方、カロテノイドの一種であり、クチナシの果実、サフランの雌しべなどの可食経験の有る植物から抽出されるクロセチンについては、眼精疲労改善剤としての用途(特許文献4参照)が知られているが、DPP4阻害剤として有用であるとの報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−314551号公報
【特許文献2】特表2002−516318号公報
【特許文献3】特開平10−182613号公報
【特許文献4】特開2007−31426号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、可食経験の有る植物由来の抽出物を用いた新規のジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、カロテノイド色素の一種であるクロセチンがDPP4阻害作用を有することを見いだし、本発明を完成した。
即ち、本発明は、下記(1)式で表されるクロセチン、またはその薬理学的に許容しる塩を有効成分として含有することを特徴とするジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤、からなっている。
【0009】
【化1】

【発明の効果】
【0010】
本発明のジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤は、優れたジペプチジルペプチダーゼIV阻害活性を有している。
本発明のジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤は、ジペプチジルペプチダーゼIVを阻害することによって改善される疾患の予防及び治療に利用し得る。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に用いられるクロセチンは、下記(2)式で表される化合物(分子量328.40)である。
【0012】
【化2】

【0013】
このクロセチンは、通常、カロテノイド系の黄色色素であるクロシン(クロセチンのジゲンチオビオースエステル)を加水分解することにより得られる。クロシンは、アカネ科クチナシ(Gardenia augusta MERRIL var. grandiflora HORT.,Gardenia jasminoides ELLIS)の果実、サフランの柱頭の乾燥物などに含まれる。クロシンを得るための工業的原料としてはクチナシの果実が好ましく用いられる。
【0014】
上記クチナシの果実からクロシンを抽出する方法に制限はなく、例えば、クチナシの乾燥果実を粉砕し、水、アルコール(例えば、メタノール、エタノールなど) またはそれらの混合液を用いて抽出するなどの公知の方法が用いられる。抽出条件は、例えば水・アルコール混合液(1:1)を用いる場合、室温(約0〜30℃)〜50℃で約1〜18時間が好ましく、約30〜40℃で約2〜4時間がより好ましい。乾燥果実の粉砕物からのクロシンの抽出率をより高めるため、抽出操作は通常複数回繰り返される。クロシンを含む抽出液は自体公知の方法により濃縮され、通常、濃縮液として冷蔵保存される。
【0015】
クロシンの加水分解は、定法に従って行われてよく、通常、酸、アルカリまたは適当な加水分解酵素を用いて行われる。ここで酸としては、例えば塩酸、硫酸およびリン酸などが挙げられる。アルカリとしては例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウムおよび炭酸カリウムなどが挙げられる。また加水分解酵素としては、β−グルコシダーゼなどが挙げられる。
【0016】
工業的には、クロシンの加水分解は通常アルカリを用いて行われる。一例を示すと、前記クロシンを含む濃縮液に過剰量の水酸化ナトリウム水溶液を加え、好ましくは攪拌下、室温(約0〜30℃)〜70℃で約1〜24時間、好ましくは約40〜60℃で約3〜5時間反応する。
【0017】
アルカリによる加水分解終了後、反応液に塩酸、硫酸またはリン酸などの無機酸、もしくはクエン酸などの有機酸の水溶液を適量加え、液性をpH約4.0以下、好ましくはpH約1.0〜3.0にすることによりクロセチンの結晶を析出させる。これとは別に、反応液を塩酸、硫酸またはリン酸などの無機酸、もしくはクエン酸などの有機酸の水溶液に加えて、クロセチンの結晶を析出させてもよい。その後、クロセチンの結晶を含む混合液を固液分離することにより、クロセチンの結晶を含む懸濁液またはスラリーが得られる。
【0018】
また、クロシンの加水分解が酸を用いて行われる場合、通常、加水分解と同時にクロセチンの結晶が析出するため、反応液はクロセチンを含む懸濁液として得られる。反応終了後、得られた懸濁液を固液分離することにより、クロセチンの結晶を含む懸濁液またはスラリーが得られる。
【0019】
上記のようにして得られたクロセチンの結晶を含む懸濁液またはスラリーには、クロセチンの結晶と共に、酸、中和塩および原料由来の不純物などが混ざり合っているため、これらを除去する目的で、洗浄処理が行われる。該処理は、例えば、上記懸濁液またはスラリーを十分量の水、アルコールまたはそれらの混合液を用いて洗浄するなど、公知の方法にて行ってよい。洗浄処理は、所望する純度が得られるまで、通常複数回繰り返される。洗浄処理後、クロセチンの結晶を含む懸濁液またはスラリーを、例えば真空乾燥機などを用いて約50℃を越えない温度で乾燥し、精製クロセチンを得る。精製クロセチンは、窒素ガスなど不活性ガスで置換された容器に密封され、保存されるのが好ましい。
【0020】
本発明で用いられるクロセチンの含有量は、クロセチンを含む試料の色価から次式に基づいて算出される。
【0021】
【数1】

【0022】
尚、上記色価は、以下の[色価測定方法]に基づき測定される。
【0023】
[色価測定方法]
1)測定する吸光度が0.3〜0.7の範囲になるように、試料を精密に量り、ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶かして正確に100mlとする。
2)その5mlを正確に量り、Kolthoff氏緩衝液(50mM Na247・10H2O−50mM Na2CO3,pH10.0)を加えて50mlとする。
3)その5mlを正確に量り、Kolthoff氏緩衝液(pH10.0)を加えて50mlとする。
4)その5mlを正確に量り、Kolthoff氏緩衝液(pH10.0)を加えて50mlとし、試験溶液とする。
5)Kolthoff氏緩衝液(pH10.0)を対照とし、液層の長さ1cmで420nm付近の極大吸収部における吸光度Aを測定し、次式により色価を求める。
【0024】
【数2】

【0025】
本発明において、クロセチンの薬理学的に許容しうる塩としては、例えば、ナトリウム、カリウムなどの第1族元素の塩、マグネシウム、カルシウムなどの第2族元素の塩、ピリジン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、エタノールアミンなどの医薬的に許容される有機アミノ化合物の塩などが挙げられる。
【0026】
本発明のジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤は、上記クロセチンもしくはその薬理学的に許容しうる塩をそのまま、あるいは医薬品添加物、食品添加物および食品素材などを適宜配合し、常法に従い、例えば液剤(例えばドリンク剤など)、散剤、顆粒剤、錠剤、マイクロカプセル、ソフトカプセル、ハードカプセル、油脂組成物、O/W型乳化液、W/O型乳化液または可溶化液などの形状の製剤として製造され得る。
【0027】
上記製剤の製造に用いられる医薬品添加物、食品添加物および食品素材としては、例えば賦形剤(乳糖、デキストリン、コーンスターチ、結晶セルロースなど)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステルなど)、崩壊剤(カルボキシメチルセルロースカルシウム、無水リン酸水素カルシウム、炭酸カルシウムなど)、結合剤(デンプン糊液、ヒドロキシプロピルセルロース液、アラビアガム液など)、溶解補助剤(アラビアガム、ポリソルベート80など)、甘味料(砂糖、果糖ブドウ糖液糖、ハチミツ、アスパルテームなど)、着色料(β−カロテン、食用タール色素、リボフラビンなど)、保存料(ソルビン酸、パラオキシ安息香酸メチル、亜硫酸ナトリウムなど)、増粘剤(アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウムなど)、酸化防止剤(BHT、BHA、アスコルビン酸、トコフェロールなど)、香料(ハッカ、ストロベリー香料など)、酸味料(クエン酸、乳酸、DL−リンゴ酸など)、調味料(DL−アラニン、5´−イノシン酸ナトリウム、L−グルタミン酸ナトリウムなど)、乳化剤(グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルなど)、pH調整剤(クエン酸、クエン酸三ナトリウムなど)、ビタミン類、ミネラル類、アミノ酸類などが挙げられる。
【0028】
上記製剤の場合、クロセチンもしくはその薬理学的に許容しうる塩の含有量は、製剤100質量%中、純度100質量%のクロセチンに換算して、通常約0.0001〜50質量%、好ましくは約0.001〜20質量%、より好ましくは約0.01〜10質量%である。
【0029】
更に、本発明のジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤は、飲食品の形態をとることが可能である。該飲食品としては、例えば清涼飲料、ドロップ、キャンディ、チューインガム、チョコレート、グミ、ヨーグルト、アイスクリーム、プリン、ゼリー菓子、クッキーなどが挙げられる。
【0030】
上記飲食品の場合、クロセチンもしくはその薬理学的に許容しうる塩の含有量は、飲食品100質量%中、純度100質量%のクロセチンに換算して、通常約0.00003〜10質量%、好ましくは約0.01〜5質量%である。
【0031】
上記製剤および飲食品を経口摂取する場合、クロセチンもしくはその薬理学的に許容しうる塩の成人1日当たりの用量は、純度100質量%のクロセチンに換算して、約0.1〜500mgの範囲である。
【0032】
本発明のジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤は、ジペプチジルペプチダーゼIV阻害活性に優れているため、関節炎、慢性関節リウマチなどの自己免疫疾患、後天性免疫不全症候群(AIDS)、腫瘍の転移、乾癬や扁平苔癬などの皮膚疾患の予防や治療、また、インスリン分泌の促進、膵臓機能の改善、食後高血糖の改善、耐糖能以上の改善、インスリン抵抗性の改善などを目的として利用し得る。
【0033】
以下に本発明を実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
[ジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤の作製]
粉砕したクチナシの乾燥果実150gにメタノール・水混合液(1:1)300mlを加え、室温で3時間攪拌した後吸引ろ過した。抽出残にメタノール・水混合液(1:1)300mlを加え、室温で30分間攪拌した後吸引ろ過する操作を2回繰り返し、ろ液として計約900mlの抽出液を得た。この抽出液を、ロータリーエバポレーターを用いて減圧下、60℃で濃縮し、クロシンを含む濃縮物約50gを得た。
得られた濃縮物と40質量%水酸化ナトリウム水溶液17gとを混合し、撹拌下50℃で3.5時間加水分解反応を行った。反応終了後、反応液を4質量%リン酸水溶液420mlに加えて酸性とした後、そのまま約3時間室温で放置した。析出した沈殿を遠心分離(10,000×g、10分間)により回収し、更に水100mlで洗浄と遠心分離操作を2回繰り返した。得られたペースト状の固形物を50℃で8時間真空乾燥し、クロセチン約1.2gを得た。
得られたクロセチン1gにジメチルホルムアミド18mlを加え、80℃で溶解した。不溶物を定量ろ紙(No.5C,アドバンテック東洋社)でろ過し、ろ液を10℃で3日間放置した。次に生成したクロセチンの結晶を含む母液をガラスろ過器No.3でろ過し、メタノール20mlで洗浄後、結晶を50℃で真空乾燥し、精製クロセチンからなるジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤約0.16gを得た。
【0035】
[試験例]
[DPP4阻害活性の測定試験]
DPP4阻害活性の測定は、DDPIV Drug Discovery kit(BIOMOL社製)を用いて、キットのプロトコールに従って以下の方法で実施した。なお、キットには、DPP4溶液、グリシル−プロリン−7−アミノ−4−メチルクマリン(H−Gly−Pro−AMC)溶液及びイソロイシルチアゾリジン(P32/98)が含まれている。
【0036】
96ウェルマイクロプレートに、測定緩衝液(50mM Tris、pH7.5)25μlを加え、次いでDPP4溶液(17.3μU/μl)15μlならびに種々の濃度(10、50、100、200、400μM)の被験物質溶液10μlを添加して混和後、37℃で10分間静置した。その後、基質としてグリシル−プロリン−7−アミノ−4−メチルクマリン(H−Gly−Pro−AMC)溶液(0.5mM)50μlを加え混合し、37℃に加温し反応を開始させた。反応開始10分後、DPP4活性により遊離したAMCについて、マイクロプレートリーダー(INFINITE200;TECAN社製)を用いて蛍光強度を測定(励起波長380nm、蛍光波長460nm)した。なお、被験物質溶液に代えて測定緩衝液を用いて同様の測定を行い、その結果をコントロールとした。また、被験物質溶液及びDPP4溶液に代えて測定緩衝液を用いて同様の測定を行い、その結果をブランクとした。測定結果及び次式に基づき、添加した被験物質の終濃度(1、5、10、20、40μM)毎にDPP4活性の阻害率を算出した。
【0037】
【数3】

【0038】
これら阻害率に基づいて、横軸に被験物質の終濃度、縦軸にDPP4阻害率をプロットしたグラフを作成し、このグラフからDPP4活性を50%阻害するときの被験物質の濃度(IC50値)を算出した。なお、比較のため、優れたDPP4阻害活性を示す化合物として公知のイソロイシルチアゾリジンについても同様に試験し、IC50値を算出した。結果を表1に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
表1の結果から、本発明のジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤は、有効成分としてクロセチンを含有することによりイソロイシルチアゾリジンに比類するジペプチジルペプチダーゼIV阻害活性を有することが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)式で表されるクロセチン、またはその薬理学的に許容しる塩を有効成分として含有することを特徴とするジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤。
【化1】


【公開番号】特開2011−98902(P2011−98902A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−253889(P2009−253889)
【出願日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【出願人】(390010674)理研ビタミン株式会社 (236)
【Fターム(参考)】