説明

ジボランの製造方法

【課題】
例えば、半導体の製造に用いられるジボランには高品質のものが要求される。しかし、従来の方法で得られるジボランは不純物として塩化メチル(CHCl)およびメタン(CH)を含むため、純度、収率を十分に向上することができない。本発明によれば、不純物である塩化メチルを発生することなく純度の高いジボランを収率よく得ることができ、さらにリサイクル可能な溶媒の歩留まりを向上することができることから工業的に有利なジボランの製造方法を提供することができる。
【解決手段】
ソジウムボロハイドライドと三塩化ホウ素とを反応させた後、更に酸を反応させるジボランの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はジボラン(B)の製造方法に関する。ジボランは、沸点−92.5℃で常温では気体であり、引火性、毒性が強く、そのまま燃料、ロケット推進薬等として利用され、また、窒素(N)、アルゴン(Ar)、ヘリウム(He)、水素(H)等のガスで希釈された混合ガスとして、半導体、太陽電池等の製造用ドーパントやBPSG絶縁膜材料として利用される。さらにジボランは、種々のアミン付加体や高次ボランのような、より安定した取り扱い容易な物質に変えられ、例えば、めっき工業分野における還元剤や、有機合成分野における生理活性物質として幅広く利用される。
【背景技術】
【0002】
ジボランの製造方法として、エチレングリコールジメチルエーテル類等の溶媒中で、ソジウムボロハイドライド(NaBH)と三塩化ホウ素(BCl)とを反応させることで生成する方法が知られている(特許文献1参照)。
【0003】
上記従来のジボランの製造方法における反応は、以下の反応式(1)で示される反応と、反応式(2)で示される反応の2段階で進み、両反応式を足し合わせた反応式(3)により全体の反応が表される。
【0004】
7NaBH+BCl→4NaB+3NaCl (1)
6NaB+2BCl→7B+6NaCl (2)
3NaBH+BCl→2B+3NaCl (3)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平3−93603号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えば、半導体の製造に用いられるジボランには高品質のものが要求される。しかし、上記従来の方法で得られるジボランは不純物として塩化メチル(CHCl)およびメタン(CH)を含むため、純度、収率を十分に向上することができない。上記特許文献においては、得られるジボランの純度は、コールドトラップにより半精製した状態で97.8〜99.6%、収率は85.1〜89.0%であり、不純物として塩化メチルおよびメタンを含む。そのような塩化メチルやメタンを除去するための精製工程は製造コストを増大させる。
【0007】
さらに従来の製造方法においては、反応に用いられる溶媒が分解され、溶媒の再利用に際して歩留まりが悪化したり、溶媒に不純物が蓄積されて、再生処理のための新たな精製工程が必要になり、製造コストが増大する。
【0008】
そのため、ジボランの生成反応直後における純度と収率を向上させ、溶媒の再利用における歩留まりの向上を図り、効率的な生産を行うことが求められている。本発明は、このような課題を解決できるジボランの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ジボランの生成反応直後における純度と収率を向上させるための技術の開発に先立ち、従来技術における不純物の発生のメカニズムについて検討した。その結果、次のような不純物の発生メカニズムが判明した。すなわち、反応式(1)で表される反応に際して、三塩化ホウ素と反応した溶媒の末端のエーテル結合が開裂し、塩化メチルを生じる。
【0010】
その塩化メチルが、ソジウムボロハイドライドにより還元されることでメタンとなる。
ソジウムボロハイドライドが反応系内にある間は、発生した塩化メチルは比較的速やかにメタンにまで還元される。
【0011】
反応式(2)で表される反応に際しては、反応系内のソジウムボロハイドライドは消費され尽くされているので、塩化メチルがメタンに還元されることはないが、反応が進むに従い反応中間体であるNaBの量が減少するので、三塩化ホウ素が溶媒の分解に大きく寄与するようになり、より多くの塩化メチルが発生するようになる。
【0012】
上記のような従来技術における不純物の発生メカニズムから、前記第1段階の反応において、反応中間体であるNaBを生成し、第2段階の反応において、三塩化ホウ素を使用することなく、その反応中間体からジボランを生成できれば、不純物である塩化メチルの発生がないことが究明された。本発明者らは、かかる不純物の発生メカニズムに基づきジボランの製造方法につき鋭意検討を行い、ソジウムボロハイドライドと三塩化ホウ素の反応により生成される反応中間体であるNaBに酸を作用させることで、ジボランを生成できることを新たに見出し、本発明をなすに至った。
【0013】
本発明によるジボランの製造方法は、ソジウムボロハイドライドと三塩化ホウ素とを反応させることで反応中間体を生成し、前記反応中間体と酸とを反応させることで、ジボランを生成することを特徴とする。
【0014】
本発明において、ソジウムボロハイドライドと三塩化ホウ素とを反応させることで反応中間体であるNaBを生成する第1段階の反応は以下の式(4)で示され、その反応中間体と酸とを反応させることでジボランを生成する第2段階の反応は、例えば、前記酸が硫酸の場合は、以下の反応式(5)で示される。
【0015】
7NaBH+BCl→4NaB+3NaCl (4)
2NaB+HSO→2B+NaSO+2H (5)
本発明においては、第2段目の反応において、三塩化ホウ素を用いることなく、ソジウムボロハイドライドは、消費され尽くされているので、溶媒が分解して塩化メチルが副生することなく、ジボランを得ることができる。また、溶媒の分解による不純物の発生を抑えられる結果、リサイクル可能な溶媒の歩留まりを向上できる。
【0016】
本発明に用いられる酸の種類は、NaBを中和してジボランを遊離させることができるものであれば特に限定されず、例えば、フッ化水素、塩化水素、臭化水素、ヨウ化水素、硫酸およびリン酸などの無機の強酸、ホウ酸、二酸化炭酸および炭酸水素ナトリウムなどの無機の弱酸、蟻酸、酢酸およびフェノールなどの有機酸等を用いることができ、溶媒のリサイクル等を考慮すると無機酸を使用するのが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、不純物である塩化メチルを発生することなく純度の高いジボランを収率よく得ることができ、さらにリサイクル可能な溶媒の歩留まりを向上することができることから工業的に有利なジボランの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明方法は、ガス吹込み管、撹拌器、還流冷却器、ヒーター等を備えたガラス製または金属製の反応容器や反応釜といった公知の反応器を用いて行うことができる。まず、反応器に所定量の溶媒とソジウムボロハイドライドを仕込み、攪拌することで溶媒にソジウムボロハイドライドを溶解させる。
【0019】
溶媒としては、ポリエーテル系のものが好ましく、例えば、エチレングリコールジメチルエーテル、ジグライム、トリグライムおよびテトラグライムなどが好適であり、また、エーテルの末端がエチル基、プロピル基およびブチル基などのものも利用可能である。
【0020】
溶媒の量は溶媒種と反応を行う温度により異なるが、例えば、ジグライムを用いる場合はソジウムボロハイドライド1gあたり5ml以上であればよく、また、ソジウムボロハイドライドを反応前に完全溶解させる量である必要はなく、ソジウムボロハイドライドと三塩化ホウ素との反応により反応中間体であるNaBを生成でき、その生成されたNaBを溶解させることができる量であればよい。
【0021】
その反応器内のソジウムボロハイドライドの溶液に浸したガス吹き込み管より、水素、窒素、アルゴンおよびヘリウム等のイナートガスを冷却下に吹き込むみ、イナートガスで系内の気相領域の雰囲気を十分に置換する。これは、系内に水分,アルコール分などが存在すると、生成されたジボランがそれらと反応してホウ酸およびホウ酸エステルに容易に変化して収率が低下し、また、反応器材料として一般に用いられるステンレススチールが水分を含む三塩化ホウ素により腐食されるため、それらを防止するためであり、さらに、生成されたジボランが重合して高次ボランが生成されるのを抑制するためである。
【0022】
イナートガスで系内の気相領域の雰囲気を十分に置換した後、ソジウムボロハイドライドの溶液中にガス吹込み管を用いて三塩化ホウ素を吹き込む。これにより、ソジウムボロハイドライドと三塩化ホウ素が反応することで反応中間体であるNaBを生成する第1段階の反応が開始する。この第1段階の反応における反応温度は、好ましくは−10℃〜35℃、より好ましくは0℃〜25℃に保って行なう。−10℃よりも低くなると反応は進行するが冷却に多くのエネルギーを要し、35℃を超えると反応速度は増加するが反応溶液中に吹き込まれた三塩化ホウ素の一部が未反応のまま気相領域に抜けるためである。そのガス吹込み管から、三塩化ホウ素と同時にイナートガスを吹き込むことで、反応溶液の逆流防止、吹き込み管の閉塞防止、反応器外からの空気の侵入防止等を図ってもよい。
【0023】
反応液中に供給した三塩化ホウ素の量が、反応器に仕込んだソジウムボロハイドライドに対してモル比で0.12〜0.16に達した時点で、三塩化ホウ素の供給を停止する。
これは、そのモル比が0.12未満では、最終収率が低下し、0.16を超えても効果に変化はないことに拠る。
【0024】
第1段階の反応は1〜2時間で完結するのが好ましい。第1段階の反応において、不純物としてメタン等のガスが発生するが、これらはイナートガスと共に約−78℃に冷却したコールドトラップに導き、分離する。これにより第2段階の反応で発生するジボランの純度を高めることができる。
【0025】
次に反応器に酸を供給し、反応中間体のNaBと酸とを反応させることで、第2段階の反応を開始する。この第2段階の反応においては、第1段階の反応におけるよりも反応温度を上昇させるのが好ましい。第2段階の反応において用いる酸は、溶媒のリサイクル等を考慮して無機酸を使用するのが好ましい。第2段階の反応に際しても、ガス吹込み管から反応溶液中にイナートガスを吹き込むのが好ましい。
【0026】
第2段階の反応における酸の供給は、反応中間体が溶解した反応溶液中への気相での吹き込み、あるいは液相での滴下等により行うことができる。その供給する酸の量は、反応器に仕込んだソジウムボロハイドライドの量に対し、モル当量で70%〜100%の範囲にすればよい。例えば、酸として気体の塩化水素を用いる場合は、ソジウムボロハイドライドの量に対する塩化水素ガスの量をモル比で0.400〜0.571として反応溶液中へ吹き込み、酸として液相の硫酸を用いる場合は、ソジウムボロハイドライドに対する硫酸の量をモル比で0.200〜0.286として反応溶液中へ滴下する。ソジウムボロハイドライドの量に対する酸の量は、モル当量の70%未満では生産性が低下するので好ましくなく、また、モル当量100%より過剰になっても、添加量に見合った効果が得られず、経済的でない。なお、ソジウムボロハイドライドの量に対する酸の量がモル当量より少ない場合、反応溶液中に反応中間体のNaBが残存することになるが、その反応溶液から反応副生成物(酸として例えば硫酸を用いる場合はNaSO、塩化水素を用いる場合はNaCl)を除去したものを溶媒として一緒にリサイクルすれば、次のサイクルで残存したNaBがジボランの生成に寄与するので、収率の低下にはつながらない。NaBは反応溶液中で安定して存在するので、反応時間が特に収率に影響することはないが、生産性を考慮すると酸の添加時間は1〜6時間程度が適当である。
【0027】
第2段階の反応における反応温度は好ましくは20℃〜100℃、より好ましくは25℃〜80℃である。その反応温度が20℃未満になると発生するジボランの反応溶液への溶解度が高くなる結果、ジボランの気化が不十分となり、100℃を超えると温度を高くしてもエネルギー的に不利になるだけである。
【0028】
第2段階の反応によって反応溶液中に生成したジボランはガスとなり、反応器の気相領域のイナートガスと共に反応器から粗ジボランとして流出される。反応器からイナートガスと共に流出する粗ジボランを、還流冷却器および−78℃に冷却した第1コールドトラップを経由させて、液体窒素により約−196℃に冷却された第2コールドトラップに導き、主にジボランと不純物のメタンを凝縮、固化させることでイナートガスと分離する。しかる後に、第2コールドトラップの気相領域を真空排気した後、常温まで加熱し、気化させ、別途準備した圧力容器内に導き捕集する。これにより、半精製された状態のジボランを得る。
【0029】
上記実施形態によれば、第2段階の反応において、三塩化ホウ素を用いることなく、ソジウムボロハイドライドは、消費され尽くされているので、塩化メチルが多量に副生することなく、ジボランを得ることができ、ジボランに不純物である塩化メチルが多量に含まれることなく、また、使用する溶媒についても、三塩化ホウ素との反応が緩和される結果、次反応への歩留まりを高く維持することができる。
【0030】
以下、本発明を実施例および比較例を用いて、さらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例になんら限定されるものではない。
【0031】
実施例1
反応器の内容積が10Lで、反応器出口に−50℃に冷却した還流冷却器を備え、その後に約−78℃に冷却した第1コールドトラップおよび約−196℃に冷却した第2コールドトラップを備えたステンレス(SUS304)製電磁撹拌式反応器を用い、本発明方法を以下の条件下で実施した。
【0032】
反応器にジグライム6.00Lを仕込み、そこに粉末状のソジウムボロハイドライド500g(13.2モル)を加えて攪拌して得た溶液に、ヘリウムガスを10L/分で吹き込みつつ、その溶液を25℃にした。そのソジウムボロハイドライドの溶液中に三塩化ホウ素221.0g(1.89モル、仕込みソジウムボロハイドライドに対するモル比0.14)を、流量計を通して1時間で吹き込み、第1段階の反応を行なった。
【0033】
次に、反応溶液を昇温して40℃とし、その反応溶液に98%硫酸377g(3.77モル、ソジウムボロハイドライドに対するモル比0.29)を90分かけて滴下し第2段階の反応を行なった。この硫酸滴下中にヘリウムガスを200ml/分で反応溶液中に吹き込み続け、硫酸滴下後もヘリウムガスの吹き込みを3時間継続し、ジボランの発生を完結させた。
【0034】
還流冷却器、第1コールドトラップを経由して第2コールドトラップに捕集されたジボランの収率を求め、また、ガスクロマトグラフィーにより、品質として純度、メタン含有率、および塩化メチル含有率を求めた。さらに、反応後の溶媒をろ過し、副生した塩化ナトリウム(NaCl)および硫酸ナトリウム(NaSO)を除去し、溶媒の回収量を求めた。以下の表1に求めた各値を示す。
【0035】
比較例1
実施例1と同様にして第1段階の反応を行なった。第1段階の反応終了後、ヘリウムガスで系内の気相領域の雰囲気を置換した後に反応液温を昇温して40℃とし、さらに三塩化ホウ素294.6g(2.51モル、ソジウムボロハイドライドに対するモル比0.19)を90分で吹き込み、第2段階の反応を行った。その後、実施例1と同様にして、純度、メタン含有率、および塩化メチル含有率を求めた。さらに、反応後の溶媒をろ過し、副生した塩化ナトリウム(NaCl)を除去し、溶媒の回収量を求めた。以下の表1に求めた各値を示す。
【0036】
【表1】

【0037】
上記表1から、実施例1により得られたジボランの収率および品質は比較例1と比べて大幅に改善されていることを確認できる。また、回収された溶媒量は実施例では比較例よりも多いことが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソジウムボロハイドライドと三塩化ホウ素とを反応させた後、更に酸を反応させるジボランの製造方法。
【請求項2】
前記酸が、塩化水素、硫酸およびリン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載のジボランの製造方法。

【公開番号】特開2011−162363(P2011−162363A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−23738(P2010−23738)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(000195661)住友精化株式会社 (352)