説明

ジルコニア粉末及びその製造方法並びにその用途

【課題】
研磨剤またはジルコニアセラミックスの焼結用原料として適するジルコニア粉末を提供する。
【解決手段】
フッ化リチウムの含有量が1〜200ppmであり、結晶子径が50nm以上であり、比表面積が10m/g以下であることを特徴とするジルコニア粉末は、粗大で硬い凝集粒子が含まれず、研磨剤並びに焼結用原料として好適な粉末となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、研磨剤またはジルコニアセラミックスの焼結用原料に適したジルコニア粉末及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジルコニア微粉末は高強度ジルコニア或いは安定化ジルコニアセラミックスの焼結用原料として多く使用されている。高強度ジルコニアとは相変態による強化メカニズムを示すセラミックスで、2〜4モル%イットリア含有ジルコニアで代表され、安定化ジルコニアとは8〜10モル%イットリア含有ジルコニアで代表される。また、近年では、ガラスの研磨剤であるセリア粉末の価格高騰から、その代替粉末としても注目されている(例えば、特許文献1,2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平03−146584号公報
【特許文献2】特開2005−170700号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
研磨剤またはジルコニアセラミックスの焼結用原料として適するジルコニア粉末を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
研磨剤として多用されているセリア粉末の比表面積は3〜10m/gであることから、ジルコニア粉末を研磨剤として用いる場合は、同程度の比表面積をもつことが望ましいと考えられる。しかしながら、比表面積10m/g以下のジルコニア粉末を得るには1000℃前後或いはそれ以上の高温を必要とする。このような高温では加熱による粒子間の焼結が進むため、粗大な硬く凝集した粒子ができやすくなるという問題がある。
【0006】
この問題を解消するためには、加熱に頼らず、粒子の成長を促進し、比表面積の低下をもたらす添加剤が必要である。
【0007】
そこで、本発明者等は鋭意検討を重ねた結果、フッ化リチウムがジルコニア粉末粒子の成長を促進する顕著な効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明者等はフッ化リチウムをジルコニア粉末に共存させて焼成すると、フッ化リチウムの融点である848℃以上の温度で著しく粒子成長が起こることを見出した。この事は、溶融したフッ化物がジルコニアに対するフラックスとして働き、ジルコニアの溶解析出が起こるため粒子成長する証拠と考えられる。
【0009】
すなわち、本発明はフッ化リチウムの含有量が1〜200ppmであり、結晶子径が50nm以上であり、比表面積が10m/g以下であることを特徴とするジルコニア粉末である。
【0010】
本発明のジルコニア粉末は研磨剤またはジルコニアセラミックスの焼結用原料として主に用いられるため、フッ化リチウムはガラス等への侵食などの影響は少ないが、皆無ではないので、ジルコニア粉末中のフッ化リチウムの含有量は1〜200ppm、好ましくは1〜100ppmである必要がある。
【0011】
また、本発明のジルコニア粉末の結晶子径は50nm以上であり、比表面積は10m/g以下である。結晶子径が50nmより小さい粉末、あるいは比表面積が10m/gより大きい粉末では、凝集強度が弱すぎて研磨において微細化し、研磨効率が低下し、また、ジルコニアセラミックス用焼結原料として用いる場合も焼結体に気孔が残存しやすくなるという問題がある。
【0012】
なお、ジルコニア粉末を研磨剤として用いるのであれば、結晶子径は50〜150nm、比表面積は3〜10m/gであることが好ましい。
【0013】
また、本発明のジルコニア粉末は安定化剤を含有していても良い。使用できる安定化剤としてはY、CaO、MgO、ランタノイド系希土類金属酸化物を挙げることができ、YとCeOがとくに好ましい。安定化剤の含量は、少なくとも1種以上を総量で20mol%未満であることが好ましく、例えばYは2〜4mol%、CeOは8〜12mol%であることが好ましい。
【0014】
次に、本発明のジルコニア粉末の製造方法について以下に説明する。
【0015】
本発明のジルコニア粉末は、ジルコニア粉末にフッ化リチウムの粉末を0.1モル%以上混合した後、848〜1150℃で焼成し、焼成後の粉末を水系溶媒で洗浄し、フッ化リチウムの含有量を1〜200ppmまで除去することで製造することができる。
【0016】
使用するジルコニア粉末としては特に制限はないが、ジルコニウム塩水溶液の加水分解、或いはアルカリ中和で得られる水和ジルコニアを焼成した微粉末であることが好ましい。また、安定化剤としてY、CaO、MgO、ランタノイド系希土類金属酸化物のうち、少なくとも1種以上を総量で20mol%未満含有していても良い。
【0017】
フッ化リチウムは通常市販されている粉末が使用でき、ジルコニア粉末にボールミル等を用いて機械的に混合すればよい。
【0018】
フッ化リチウムはジルコニア粉末に対して0.1モル%以上添加する必要があり、1〜10モル%添加することが好ましい。添加量が0.1モル%より少ないとフラックスとしての効果は得難く、10モル%より多く添加しても効果は漸増に留まるため、通常これ以下でよい。
【0019】
ジルコニア粉末の比表面積並びに結晶子径はフッ化物の添加量と焼成温度に依存するため、結晶子径は50nm以上であり、比表面積は10m/g以下のジルコニア粉末を得るには848〜1150℃、好ましくは850〜1050℃で焼成する必要がある。848℃より低温ではフッ化リチウムが溶融しないため添加効果が得られず、1150℃より高温で焼成すれば硬い凝集粒子が生成され、研磨剤として用いるには特に不適である。焼成は大気中で十分であり、保持時間は特に限定されないが、通常1〜3時間である。
【0020】
フッ化リチウムはガラス等への侵食などの影響は少ないが、皆無ではないので、焼成後ジルコニア粉末中のフッ化リチウムの含有量は1〜200ppm、好ましくは1〜100ppmまで低減させる必要がある。フッ化リチウムは水系溶媒で洗浄除去することが可能であり、具体的な方法としては焼成した粉末を水系溶媒中に入れ、攪拌した後、ろ過する方法などが挙げられる。水系溶媒とはフッ化リチウムが溶解するものであれば特に制限はないが、安価で扱い易いことからも純水が好ましく、水を含むアルコール等有機溶媒であっても構わない。フッ化リチウムの水への溶解度は室温で0.3g/100ml程度であり、水で粉末を数回洗浄すれば、1〜200ppmまで除去することができる。ただし、常温の場合、多量の水を必要とするため、加熱温水を用いることが好ましい。
【0021】
なお、粒径を整えるため、フッ化リチウムを水系溶媒で洗浄除去した後、粉末を粉砕することが好ましい。粉砕は湿式が好ましく、ボールミル、攪拌ミル、振動ミル等通常の手段で可能である。
【発明の効果】
【0022】
本発明のジルコニア粉末は粗大な硬い凝集粒子を含まないため、特に研磨剤として用いることに適する。ガラス基板の研磨において傷を発生させることなく、高い研磨レートを示す。従って、レンズ用ガラス、光学ガラス、板ガラス、磁気ディスク用ガラス基板、フォトマスク用ガラス、TFT用ガラス基板等の研磨に広く使用することができる。また、セリア系研磨剤に比較して安価であり、研磨コストの低減を図ることができるので、工業的利用価値が高い。
【0023】
さらに本発明のジルコニア粉末はジルコニアセラミックスの焼結用原料としても適する。焼結用にはフッ化物を除去した、イットリア含有ジルコニア粉末が特に好適である。従来の粉末に比較して、気孔が少ない高密度の焼結体を与える。従って、ジルコニアセラミックスの用途である、粉砕ボール、粉砕部材、半導体製造用治工具、固体燃料電池用部材、人工歯冠、インプラント部材等の歯科材料、人工関節などに広く利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実施例2の粉末の透過電顕写真
【実施例】
【0025】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0026】
(比表面積の測定)
粉末の比表面積はBET法による一点式比表面積測定装置(ユアサアイオニクス社製、製品名「MONOSORB」)により測定した。
【0027】
(結晶子径の測定)
粉末のX線回折は粉末X線回折装置(マック・サイエンス社製、商品名「MPX3」)を用いた。X線源としてはCu−Kα線を使用した。結晶子径はX線回折のメインピーク(正方晶系の場合(101)面)を用いて次式により算出した。測定装置固有の半値幅(B)は結晶Siを標準試料として求めた。
【0028】
L=0.9λ/(b−B)cosθ
L:結晶子径、λ:1.5418Å、b:メインピークの半値幅、B:Siの(111)面の半値幅、θ:メインピークの回折角度/2
実施例1
ジルコニア粉末として加水分解法で製造された安定化剤を含まない市販粉末(東ソー製TZ−0Y、比表面積14.7m/g)を、フッ化リチウムには関東化学製の試薬を用いた。ZrOに対して5モル%になるようにフッ化リチウムを添加し、両者をボールミルで24時間混合した。混合粉末を900℃で大気中2時間保持して焼成した。その後、粉末100gに水1リットルを加え、室温で1時間攪拌した後、粉末をろ過・分別する作業を3回繰り返し、フッ化リチウムの水洗除去を行った。
【0029】
実施例2
混合粉末の焼成温度を1000℃にする以外は、実施例1と同様の方法でジルコニア粉末を得た。その後、実施例1と同様の方法でフッ化リチウムの水洗除去を行った。
【0030】
実施例3
ジルコニア粉末として加水分解法で製造された3モル%イットリア含有市販粉末(東ソー製TZ−3YS、比表面積6.5m/g)に、フッ化リチウムを2モル%添加した混合粉末を用いた以外は、実施例1と同様の方法でジルコニア粉末を得た。その後、実施例1と同様の方法でフッ化リチウムの水洗除去を行った。
【0031】
実施例4
混合粉末の焼成温度を1000℃にする以外は、実施例3と同様の方法でジルコニア粉末を得た。その後、実施例1と同様の方法でフッ化リチウムの水洗除去を行った。
【0032】
実施例5
ジルコニア粉末として加水分解法で製造された3モル%イットリア含有市販粉末(東ソー製TZ−3Y、比表面積15.0m/g)に、フッ化リチウムを1モル%添加した混合粉末を用いた以外は、実施例1と同様の方法でジルコニア粉末を得た。その後、実施例1と同様の方法でフッ化リチウムの水洗除去を行った。
【0033】
実施例6
混合粉末の焼成温度を1000℃にする以外は、実施例5と同様の方法でジルコニア粉末を得た。その後、実施例1と同様の方法でフッ化リチウムの水洗除去を行った。
【0034】
比較例1
加水分解法で製造された安定化剤を含まない市販粉末(東ソー製TZ−0Y、比表面積14.7m/g)を800℃で大気中2時間保持して焼成した。
【0035】
比較例2
粉末の焼成温度を900℃にする以外は、比較例1と同様の方法でジルコニア粉末を得た。
【0036】
比較例3
フッ化リチウムの添加量を1モル%、混合粉末の焼成温度を800℃にする以外は、実施例1と同様の方法でジルコニア粉末を得た。
【0037】
比較例4
フッ化リチウムの添加量を5モル%にする以外は、比較例3と同様の方法でジルコニア粉末を得た。
【0038】
比較例5
フッ化リチウムの添加量を10モル%にする以外は、比較例3と同様の方法でジルコニア粉末を得た。
【0039】
比較例6
加水分解法で製造された3モル%イットリア含有市販粉末(東ソー製TZ−3YS、比表面積6.5m/g)を900℃で大気中2時間保持して焼成した。
【0040】
比較例7
加水分解法で製造された3モル%イットリア含有市販粉末(東ソー製TZ−3Y、比表面積15.0m/g)を900℃で大気中2時間保持して焼成した。
【0041】
比較例8
粉末の焼成温度を1000℃にする以外は、比較例7と同様の方法でジルコニア粉末を得た。
【0042】
実施例1〜6、比較例1〜8について測定した比表面積、結晶子径、フッ化リチウムの含有量について表1に示す。なお、比較例1〜8についてはフッ化リチウムの水洗除去を行わなかった。また、実施例2の粉末については粒子形状を透過電顕で観察し、図1の写真を得た。フッ化リチウムが顕著な粒子成長をもたらすことが明らかに認められる。
【0043】
【表1】

試験例1(研磨試験)
実施例1で得たジルコニア粉末に純水を加え、固形分25wt%のスラリーを調製し、攪拌ビーズミルで30分間粉砕した。このスラリーを用いて以下の石英ガラスの研磨試験を行った。
【0044】
小型研磨試験機にポリウレタン製研磨パッドと石英ガラス基板(34mm角、厚さ1.7mm)3枚とをセットし、研磨圧力169g/cm、上下定盤回転数30rpm、スラリー流量120ml/minの条件で1時間研磨した。ガラス基板の重量減少量から算出した研磨レートは、15.6μm/hであった。また、目視検査、顕微鏡検査からは傷の発生は認められなかった。
【0045】
試験例2(研磨試験)
実施例1で得たジルコニア粉末を加水分解法で製造された3モル%イットリア含有市販粉末(東ソー製TZ−3YS、比表面積6.5m/g)を1160℃で焼成したもの(比表面積4.0m/g)に変更した以外は、試験例1と同様の方法でスラリーを調製し、石英ガラスの研磨試験を行った。研磨レートは、12.6μm/hであった。また、目視検査、顕微鏡検査からは多数の線状傷が認められた。
【0046】
試験例3(研磨試験)
実施例1で得たジルコニア粉末を市販セリア研磨剤(三井金属製)に変更した以外は、試験例1と同様の方法でスラリーを調製し、石英ガラスの研磨試験を行った。研磨レートは、16.8μm/hであった。また、目視検査、顕微鏡検査からは傷の発生は認められなかった。
【0047】
試験例4(焼結試験)
実施例3の粉末を水溶媒に入れ、25wt%スラリーとし、ビーズミルで1時間粉砕した。スラリーのpHをアンモニア水で約9に調整した後、乾燥して焼結用粉末とした。この粉末をラバープレス(成形圧200MPa)で成形し、電気炉で1500℃,2時間保持し焼結した。得られた焼結体の密度は6.079g/cm(相対密度99.9%)であった。また、焼結体に含まれる気孔頻度を鏡面研磨した焼結体表面の光学顕微鏡観察から求めたところ、95個/mmであった。
【0048】
試験例5(焼結試験)
実施例3の粉末を加水分解法で製造された3モル%イットリア含有市販粉末(東ソー製TZ−3YS、比表面積6.5m/g)に変更した以外は、試験例4と同様の方法で焼結体を得た。得られた焼結体の密度は6.065g/cm(相対密度99.7%)であった。また、焼結体に含まれる気孔頻度は202個/mmであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化リチウムの含有量が1〜200ppmであり、結晶子径が50nm以上であり、比表面積が10m/g以下であることを特徴とするジルコニア粉末。
【請求項2】
、CaO、MgO、ランタノイド系希土類金属酸化物の安定化剤のうち、少なとも1種以上を総量で20mol%未満含有することを特徴とする請求項1に記載のジルコニア粉末。
【請求項3】
ジルコニア粉末にフッ化リチウムの粉末を0.1モル%以上混合した後、848〜1150℃で焼成し、焼成後の粉末を水系溶媒で洗浄し、フッ化リチウムの含有量を1〜200ppmまで除去することを特徴とする請求項1または2に記載のジルコニア粉末の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のジルコニア粉末からなる研磨剤。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のジルコニア粉末からなるジルコニアセラミックス用焼結原料。

【図1】
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【公開番号】特開2013−91585(P2013−91585A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−235429(P2011−235429)
【出願日】平成23年10月26日(2011.10.26)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】