説明

スクリーニング方法

【課題】本発明は、スクリーニング方法、より詳細にはアルツハイマー病及び関連病態の治療標的としてのチロシンキナーゼの役割に関する方法に関する。
【解決手段】本発明は、アルツハイマー病及び関連病態の治療に有用な化合物のスクリーニングに関する物質及び方法を提供する。特に、チロシンキナーゼを用いたスクリーニング方法を提供し、同様に、治療標的としてのチロシンキナーゼの役割に関する方法も提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スクリーニング方法、より詳細にはアルツハイマー病及び関連病態の治療標的としてのチロシンキナーゼの役割に関する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病(AD)は、脳における老人斑及び神経原線維濃縮体の存在により特徴付けられる、神経変性疾患である。死亡時の認知症の程度は、老人斑の数よりも、神経原線維濃縮体の数、並びにニューロン及びシナプスの減少とより相関している。ニューロンにおける神経原線維濃縮体の存在により、これらニューロンの死がもたらされることから、濃縮体形成の予防が、重要な治療目標であると暗示される。神経原線維濃縮体を形成する主要なタンパク質は、微小管結合タンパク質、すなわちタウであり、これは、対になった螺旋状の外観を有するフィラメントへと集合し、対螺旋状フィラメント(paired helical filament、PHF)と称される。PHFは、アルツハイマー脳の変性ニューロンの異なる場所に存在しており、その多くが神経細胞体で凝集すると、それらが神経原線維濃縮体を産生する(Lee et al., 2001)。
【0003】
老人斑は、ジストロフィー軸索により取り囲まれて老人斑又は神経斑を形成する、アミロイドβ−ペプチド(Aβ)の細胞外の主要な(central)沈着を有している。in vitro及びin vivoにおいて、Aβは神経毒性であることが示されている。Aβは、より大きなアミロイド前駆体タンパク質(APP)のタンパク質分解プロセスに由来する。Aβ産生は、AD発症機序における初期の事象であると信じられていることから、治療標的としてのAβ産生に多大な注目が集まっている。これは、常染色体優性ADを生じさせる、APP遺伝子の突然変異が、Aβ全体の産生の増加、又はAβ40よりもわずかに長いAβ42の相対的増加のいずれかをもたらすからである。Aβ42はAβ40よりもアミロイド生成性である;Aβ42は、Aβ40の40残基のC末端側に2つのさらなる疎水性アミノ酸を有しており、それにより、アミロイド線維を凝集し形成する傾向の高いペプチドを持っている。同様に常染色体優性ADを生じさせる2つの他の遺伝子である、プレセニリン−1及びプレセニリン−2(PS1及びPS2)の突然変異も、Aβ40に対するAβ42の割合の増加をもたらす。脳におけるAβ沈着が、神経原線維濃縮体の出現に先立つという考えは、アミロイドカスケード仮説に基づいているが、濃縮体が発症機序に重要であるのか、又は単なる重要ではない付帯現象であるのかは不明である。ある他の関連する神経変性疾患における、タウに対する遺伝子の突然変異の発見により、これは変えられている。
【0004】
Aβが、脳におけるニューロンを死滅させるメカニズムは、さらに立証されなければならない。Aβ毒性の多くの研究が、ラット脳神経細胞培養を用いた組織培養により実施されている。凝集したAβに、胎仔のラット及びヒトの脳神経培養細胞を暴露すると、2〜10分以内に、タウを含むいくつかのタンパク質のホスホチロシン含量の増加が誘起されることを我々は示している(Williamson et al., 2002)。我々はまた、この処理により、チロシンキナーゼFAK及びFynの活性化がもたらされることも示しており、Fynとは、チロシンキナーゼであるsrcファミリーのメンバーである。このタウのチロシンリン酸化は、チロシンキナーゼであるsrcファミリー及びc−Ablに作用する阻害剤により妨げられた。
【0005】
Fynレベルの増加は、AD脳における、異常リン酸化タウを含むニューロンと関連していることが以前に報告されており(Shirazi and Wood, 1993)、我々は、ホスホチロシンを認識する抗体を用いて、AD脳由来のPHF−タウにホスホチロシンが含まれることを実証している(Williamson et al., 2002)。タウにおいて、5つの潜在的なチロシンリン酸化部位が存在しており、これらは、441アミノ酸の最も長いヒト脳のタウアイソフォームにおける残基の番号付けに基づいて、18、29、197、310、及び394位の残基である。in vitroにおいて、ともにsrcファミリーキナーゼであるFyn及びLckが、組み換えヒトタウをリン酸化し、18、197、310、及び394位のホスホチロシンが、1つ又は複数のそれぞれのトリプシンペプチドにおいて、断片ペプチドの配列情報から、確実に同定されたことを我々は示している(Scales et al., 2002)。
【0006】
Fyn遺伝子を破壊しているトランスジェニックマウスの脳切片におけるニューロンは、Aβ毒性に耐性を示す(Lambert et al., 1998)。従って、Fynの活性化が、Aβ毒性に関与し得るという証拠が存在している。
【0007】
培養ミクログリアをAβで処理することにより、いくつかの他のチロシンキナーゼ、すなわちSyk、Lyn、及びFAKの活性化がもたらされることが報告されており(McDonald et al., 1997)、上述のとおり、我々は、FAKがまた、Aβに暴露された初代神経細胞でも活性化されることを発見している(Williamson et al., 2002)。Sykは、α−シヌクレインのチロシンをリン酸化することが報告されており、α−シヌクレインとは、パーキンソン病の病的特徴であってAD脳の最大で70%に存在してもいる、Lewy小体の主要タンパク質である(Negro et al., 2002)。最後に、タンパク質チロシンキナーゼであるAblが、共トランスフェクション細胞においてタウをリン酸化し、Ablは、セリン/スレオニンタンパク質キナーゼであるcdk5の活性化に関与していることを我々は発見しており、このcdk5は、その他にもGSK−3によりリン酸化され得るタウにおける多くの残基をリン酸化する、病原的に重要なタウキナーゼと見なされている(Zukerberg et al., 2000)。従って、タウは、様々なチロシンキナーゼに対する基質であり、これらは、タウオパチー(tauopathy)の潜在的発症機序との関連で考慮される必要があるという強い可能性がある。
【0008】
ADにおける典型的な神経原線維濃縮体形態でのタウの神経細胞内沈着、又は多数の他の神経変性疾患における他の形態的に明確なタウ凝集物の存在は、タウオパチーとしてこれらの病態を分類する基礎である。従って、ADに加えて、タウオパチーの主な例は、第17番染色体に連鎖するパーキンソン症候群を伴った前頭側頭型痴呆(FTDP−17)、進行性核上麻痺(PSP)、ピック病、大脳皮質基底核変性症、及び多系統萎縮症(MSA)である。細胞内のタウ沈着(通常はニューロンに沈着するが、時にはグリアに沈着することもある)は、フィラメント状であって、コントロールのヒト脳におけるタウのリン酸化と比較して、過リン酸化状態である。ADの場合には、この過リン酸化タウは、PHFに由来することから、しばしば、PHF−タウと称される。
【0009】
脳におけるAβの沈着は、AD以外のこれら他のタウオパチーにおいては、存在しないか、又は最小量であるかのいずれかである。原因遺伝子がタウ遺伝子として同定されている常染色体優性疾患を有するいくつかのタウオパチー系統(pedigree)が存在しており、同一の突然変異を有する症例が、明らかに異なる病気を示すかもしれないが、それらは、常に脳におけるタウの沈着を有し、大部分がFTDP−17の変形である。従って、病気、及びニューロンにおけるタウ凝集物の沈着をもたらす、タウ遺伝子の突然変異の発見は、病気の根本原因が何であろうと、ADを含むこれら全ての病態において、タウ沈着が最も重要な病因であるという有力な証拠である。従って、アミロイドカスケード仮説は、タウ突然変異の発見により実証される。また、実際に、神経原線維濃縮体形成は、ADにおけるAβ沈着におそらく従属しているが、Aβ沈着を欠く他のタウオパチーにおいては、いくつかの他の主要な事象が、タウ病状を誘引しなければならないことがアミロイドカスケード仮説により確認される。従って、タウ異常及び沈着は、ADを含む全てのタウオパチーの重要な治療標的である。
【0010】
タウは、ホスホタンパク質であり、そのリン酸化の機能は、まだ明確に立証されてはいない。しかし、複数のセリン及びスレオニン残基のリン酸化の増加は、in vitro及び細胞の両方で実証されている効果である、微小管重合を促進させ、重合した微小管を安定化させるというタウの能力を低減させる。多くの研究により、AD脳由来のPHF−タウが、コントロール脳由来のタウよりも、セリン及びスレオニンを大量にリン酸化することが示されている。これは、一つにはタンパク質配列決定により実証されており、一つには特定のモノクローナル抗体が、PHF−タウのみを標識化するか、あるいはまた非リン酸化タウ及びPHF−タウでないものを標識化するかを示すことにより実証されている;これら抗体のうち多数の抗体に対するエピトープは、PHF−タウに存在している特定のリン酸化残基であって、コントロール脳タウには存在していないか、又は低レベルでしか存在していないものにマップされている。他のタウオパチーのうち、他の大部分の症例に由来する病原性タウは、PHF−タウと同様に、過リン酸化されているようである。
【0011】
これらの発見は、タウのリン酸化制御における類似の異常性が、ADを含む全てのタウオパチーにより共有されていることを強く示唆する。タンパク質のリン酸化は、タンパク質キナーゼによりもたらされ、脱リン酸化は、タンパク質ホスファターゼによりもたらされることから、これらの酵素は、これらの病気の潜在的治療標的であり、従って、タウに対するタンパク質キナーゼ及びホスファターゼを同定することは重要である。
【0012】
上述のとおり、ヒト脳タウには5つのチロシンがある。非ニューロン共トランスフェクション細胞においては、Fynがタウをリン酸化し、18位のチロシンが、好ましいリン酸化部位であることが報告されている(Lee et al., 1998)。アルツハイマー脳から単離されたPHF−タウが、チロシンリン酸化されていることを我々は報告しており、リン酸化部位の一つとして、18位のチロシンを他の人が同定している(Williamson et al., 2002;Lee et al., 2004)。
【0013】
タウ遺伝子が破壊されているトランスジェニックマウス(これらの動物は、もはやタウタンパク質を発現しない)由来の培養ニューロンは、Aβへの暴露に耐性を示し、死滅しない(Rapoport et al., 2002)。神経毒性であるAβに対するタウのこの要件は、タウの発現を減少させるアンチセンスオリゴヌクレオチドで処理されたニューロンが、Aβ暴露の神経毒性作用に耐性を示したという実験で確認されている(Liu et al., 2004)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Williamson et al., 2002
【非特許文献2】Lee et al., 2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
対螺旋状フィラメントタウのリン酸化をもたらすのに関与する酵素、及びこれら酵素によりリン酸化される部位を同定することは、依然として、当分野における重要な問題である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
[発明の要旨]
概して、本発明は、キナーゼとの相互作用を介した、チロシン部位におけるタウタンパク質リン酸化の調節に関する。特に、本発明は、タウタンパク質におけるチロシンリン酸化部位の同定、及びこれら部位の一部を優先的にリン酸化するキナーゼ(例えばチロシンキナーゼ)に関する。これは、候補治療薬に対するスクリーニング方法で用いられ得る、新規治療標的及び相互作用を同定する。1つの側面において、本発明は、PHFタウの394位のチロシンリン酸化における、タンパク質チロシンキナーゼc−Ablが担う役割の同定に基づく。これは、以前には、従来技術で開示されていない。本発明より前の従来技術では、別のSrcファミリータンパク質チロシンキナーゼであるFynにより、394位のチロシンがリン酸化されることが提案されていた。従って、Fynキナーゼの阻害により394位のチロシンを阻害できる化合物のスクリーニングに基づく従来技術のアプローチと比較して、1つの側面において、本発明は、c−Ablの阻害剤であって、AD又は他のタウオパチーの治療に有用である物質に対するスクリーニング方法を提供する。
【0017】
本明細書に記載の研究のいくつかは、正常タウ又は胎仔脳タウを用いた、より慣用的なアプローチよりもむしろ、アルツハイマー患者の脳由来のPHFタウにおけるタウリン酸化状態の技術的に困難な測定を伴った。従って、本発明は、臨床的PHFタウにおけるチロシンリン酸化の存在の初めての開示を提供し、ある側面のおいては、特異的キナーゼと特異的リン酸化事象とを結びつける初めての開示を提供する。
【0018】
さらに、ADを治療するための標的候補としての、c−Ablの本明細書での同定は、タウの病原性チロシンリン酸化を変更することに基づいており、また、cdk5がPHFタウ産生におけるGSK−3の代替物として提案されていることから、c−Ablはcdk5活性化源となり得るという観察によりさらに支持される。
【0019】
さらに、本発明は、fyn、lck、及びc−Ablの脂質ラフトへの動員(recruitment)を介した、これらキナーゼとアミロイドカスケード理論とを結びつける本明細書に記載の研究から、これらのキナーゼが、AD又は他のタウオパチーの治療薬剤の標的候補であることを提案する。特定の説明のいずれにも束縛されることを望むことなく、本発明者らは、Aβが、細胞膜のコレステロールに富むドメインとの相互作用を介して、これらのチロシンキナーゼを活性化し、この結果、これらの膜領域とタウとの不適切な過剰関連、及びそれに続く細胞内の細胞シグナリングプロセスの混乱がもたらされることを提案する。従って、これらのシグナリング事象に関与するキナーゼを、その活性及び/又はそれらのタウとの相互作用のモジュレーターをスクリーニングするための治療標的として、単独で、又は任意の組み合わせ物で用いることができる。
【0020】
従って、本発明は、タウタンパク質の特異的リン酸化を阻害することによって作用する、アルツハイマー病又はタウオパチーを治療するのに有効な候補化合物のスクリーニング方法を提供する。これらの方法は、質量分析及び免疫学的アッセイによる測定を含む多くの手段で実施され得る。
【0021】
Aβが神経毒性であるためには、Fyn及びタウの両方を必ず発現していなければならないという上述の要件、及びFynが細胞においてタウをリン酸化できるという既知の事実を考慮して、本発明者らは、一連の生化学的事象が、タウのプロセッシングに関与することを提案する。これは、Aβへのニューロンの暴露が、Fyn及びおそらく他のタンパク質チロシンキナーゼの活性化を誘起し、ついで、これがタウをリン酸化し、この結果、最後には神経細胞死を招く一連のさらなる生化学的変化がもたらされ、これは、タウの多数のセリン及びスレオニン残基の過リン酸化を伴い得るということである。
【0022】
関与する酵素の同定における第一の段階は、PHF−タウにおける全てのリン酸化部位をマップすることであり、その部位の全部と、コントロール脳タウにおけるものとを比較することである。タンパク質配列決定研究により、PHF−タウにおいて、全部で25個のリン酸化部位が同定された(Hanger et al., 1998;Morishima−Kawashima et al., 1995);これらの部位のうちの広範囲にわたる、ごくわずかな部位しか、成体コントロールヒト脳又は胎児コントロールヒト脳(胎児脳由来のタウは、成体脳由来のタウよりもリン酸化されていることが公知である)由来のタウにおいて同定されていないので、コントロール脳タウは研究されていない。
【0023】
上述のとおり、従来技術では、5つの潜在的チロシンリン酸化部位が、ヒトタウタンパク質の18位、29位、197位、310位、及び394位に存在しており、チロシンキナーゼLck及びFynは、18位、310位、及び394位でタウのチロシンをリン酸化し、18位のチロシンは、Fynの好ましいリン酸化部位であることが開示された。しかし、本発明は、AD脳由来のPHF−タウが、394位のチロシンにおいてリン酸化されることを初めて開示するものであり、この新規な結果は、質量分析実験から得られる。本発明はまた、Fynが、細胞において、主として18位のチロシンをリン酸化し、Ablが、主として394位のチロシンをリン酸化することも実証する。これらの発見は、394位のチロシンリン酸化が、AD病状の一因となり得、Ablが潜在的薬剤標的であることを意味する。
【0024】
従って、本出願に記載の研究は、従来技術で与えられた初めの暗示を精緻化し、かつどのようにしてAβがFynの活性化を誘引し得るのか、どのようにしてFynはタウと接触し得るのか、Fyn、並びにキナーゼSyk及びAblが、タウのどの特定のチロシン残基に作用し得るのかを研究するためのものである。
【0025】
[Aβ神経毒性−脂質ラフト]
Fynは、コレステロール及びスフィンゴ脂質に富む細胞膜の領域である脂質ラフトと関連することが知られている。Triton X100などのある種の界面活性剤中、4℃で細胞を可溶化することにより、脂質ラフトを単離することができる。なぜなら、これらのコレステロールに富む領域は不溶性のままであって、その低い浮遊密度により他の細胞成分から分離され得るからである。従って、脂質ラフトは、超遠心分離によるショ糖溶液浮遊法により単離される。さらに、膜へのAβの結合は、少なくとも一部分においてはコレステロールにより媒介され、膜コレステロールレベルの上昇と、神経細胞及び内皮細胞に対するAβ毒性との間には、正の相関が認められることが報告されている(Eckert et al., 2000;Subasinghe et al., 2003;Wang et al., 2001;Yip et al., 2001)。脂質ラフトの構成成分であるフロチリン(flotillin)は、アルツハイマー脳の、濃縮体を有するニューロンに蓄積し、これにより、罹患脳における脂質ラフトの異常性が示され(Girardot et al., 2003)、実際に、アルツハイマー脳から単離された脂質ラフトのタンパク質組成は異常であることが報告されている(Ledesma et al., 2003)。我々は、Aβ神経毒性との関連において、脂質ラフトを研究した。
【0026】
本出願では、ニューロンのAβへの暴露に対する脂質ラフトの影響についての研究を記載する。要約すると、ラット大脳皮質ニューロンの初代培養細胞から単離された脂質ラフトには、マーカータンパク質であるフロチリン、並びにFyn、FAK、及び少量ではあるが再現可能(reproducible)な量であるアクチン、チューブリン、及びタウが含まれることを、我々は、ウエスタンブロッティングにより発見した。5分間、10μMのAβに暴露した後、ホスホチロシンモノクローナル抗体である4G10により検出されるとおり、多数のタンパク質のホスホチロシン含量が増加する;さらに、未処理のニューロンと比較した、脂質ラフトのフロチリン含量に対して、Fyn、FAK、タウ、チューブリン、アクチン、及びc−Srcキナーゼの量もまた増加するが、β−カテニンの量は増加しない。
【0027】
さらに、Aβへの暴露及びそれに続く脂質ラフトの単離の前に、神経培養細胞をSrcファミリーチロシンキナーゼ阻害剤であるPP2で前処理すると、Aβにより誘起される、脂質ラフトへの増加量のタウ及びFynの動員の阻害がもたらされることも我々は発見した。
【0028】
[タウのチロシンリン酸化]
Fynは、タウとFynとを共トランスフェクションした細胞において、タウをリン酸化することが以前に示されている(Lee et al., 1998)。上述のとおり、我々は、in vitroにおいて、Fyn及びLckが、ヒトタウに存在する5つのチロシンのうち、ヒトタウの4つのチロシン(Y18、Y197、Y310、Y394)をリン酸化することを以前に発見した(Scales et al., 2002)。我々は、現在、5つのチロシンのそれぞれが、フェニルアラニンに個々に突然変異されているか(F18、F29、F197、F310、F394)、又は単一のチロシンのみがそのままであって、他の4つのチロシンがフェニルアラニンに置換されているか(Y18のみ、Y29のみ、Y197のみ、Y310のみ、Y394のみ)のいずれかである、一連のタウ突然変異形態を作製した。
【0029】
これらの突然変異体を用いて、我々は、これらのタウ突然変異形態でトランスフェクトされた非神経細胞を、チロシンホスファターゼを阻害するための過バナジン酸(pervanadate)で処理することにより、タウの内因性チロシンリン酸化が増加し、この場合、197位のチロシンからの寄与とともに主に394位のチロシンがリン酸化されていることを発見した。タウ突然変異形態を、Fyn、Syk、又はAblチロシンキナーゼとともに共トランスフェクションした別の実験において、我々は、Fynによる18位及び310位のチロシンの優先的リン酸化、Sykによる18位、29位、197位、及び394位のチロシンの優先的リン酸化を発見したが、Ablは、197位、310位、及び394位のチロシンを優先的にリン酸化した。
【0030】
in vitroにおいて、組み換えヒトタウをリン酸化するための過バナジン酸の存在下、ラット脳溶解物を用いて、我々は、質量分析により、310位及び394位のチロシンがリン酸化されることを発見した。
【0031】
最後に、我々は、質量分析により、394位のチロシンが、ヒト胎児脳から単離されたタウ、及びPHFにおいてリン酸化されているという明確な証拠を発見しているので、タウにおけるチロシンリン酸化は、生理学的事象である。
【0032】
[タウのチロシンリン酸化は、Fynに対するSH2結合部位をもたらす]
in vitroにおいて、Lckによるタウのリン酸化が、FynのSH2ドメインに対する結合部位をもたらすことを我々は発見した。要約すると、2つ以上のチロシンキナーゼがタウをリン酸化し、異なるキナーゼは、異なるチロシン残基を優先的にリン酸化しており、Aβは、少なくともこれらのキナーゼの一部を活性化できるということを証拠は示している。データはまた、タウのチロシンリン酸化が、少なくとも1つのチロシンキナーゼに対する結合部位をもたらすことも実証しており、これにより、タウが、微小管重合タンパク質としてのその役割に加えて、重要な細胞シグナリングタンパク質であり得るということが示唆される。
【0033】
従って、1つの側面において、本発明は、3つのキナーゼが、18位、29位、197位、310位、及び394位のチロシンにおけるチロシンリン酸化部位で、タウタンパク質をリン酸化することを提案する。このキナーゼとは、Fyn、Syk、及びAblである。これらのキナーゼの説明及び配列を以下に示す:
− Fyn:Semba, K. et al., (1986) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 83, 5459−5463。Genbank NM 002037を参照されたい。2つの主なアイソフォームがある。本発明は、主として、脳で発現しているアイソフォームに関するが、例えばT細胞などの造血細胞で発現している他のアイソフォームにも、本明細書で開示するスクリーニング方法における使用が認められ得る。
− Syk:Law, C. L. et al., J. Biol. Chem. 269, 12310−12319。Genbank L28824を参照されたい。
− c−Abl:Fainstein, E., Einat, M., Gokkel, E., Marcelle, C., Croce, C. M., Gale, R. P. and Canaani, E. (1989) Oncogene 4, 1477−1481。Genbank X16416及びM14752を参照されたい。N末端を伴うが、類似の触媒ドメインを有するいくつかのアイソフォームが存在する。
【0034】
これらのキナーゼについて言及する際には、本発明は、より詳細には以下で述べるとおりの、アイソフォーム、スプライス変異体、フラグメント、及び配列変異体の使用を含む。
【0035】
特に、キナーゼ、及びそれらが優先的にリン酸化する部位は、リン酸化の阻害剤又は脱リン酸化の促進剤のスクリーニング方法で用いられ得る。好ましくは、スクリーニング方法は、リン酸化を阻害できる物質を発見するためである。スクリーニング方法は、例えば、問題のキナーゼによる、所定の部位でのタウタンパク質のリン酸化を阻害又は予防するために、候補物質が、キナーゼ及び/又はタウタンパク質に結合できるかどうかを測定する工程を伴ってよい。この方法は、候補物質とキナーゼ及び/又はタウタンパク質とを接触させる工程、並びに結合が生じたかどうか、及び任意選択でその結合反応の親和性を測定する工程を伴ってよい。
【0036】
別法として、又は追加として、本方法には、例えば、本明細書に開示するとおりの、キナーゼの1つによる部位での、タウタンパク質などの基質のリン酸化を阻害又は予防するために、候補物質が、キナーゼを阻害できるかどうかを測定する工程を含めてよい。この測定には、候補物質と、問題のキナーゼ、及びタウタンパク質又は代替基質(例えば、リン酸化部位周辺のアミノ酸配列を含む、タウのフラグメントなど)とを接触させる工程、及び候補物質が、基質をリン酸化するキナーゼを阻害するかどうかを測定する工程を含めてよい。この測定工程には、その阻害の程度を測定する工程を含めてよい。初めのスクリーニングが、タウタンパク質又はキナーゼに結合できるか、又はキナーゼの活性を阻害できる候補物質を同定するために行われる状況下では、この方法に、候補物質の結合又は阻害特性が、キナーゼの存在下、タウタンパク質又はそのフラグメントのリン酸化を阻害できるかどうかを測定するさらなる工程を含めてよい。
【0037】
これらの特性を有する候補物質のスクリーニングには、タウタンパク質、又は1つ又は複数の関連するリン酸化部位を含む、そのフラグメント、活性部分、若しくは配列変異体を用いてよい。この方法で用いられてよいタウタンパク質の一例は、リン酸化部位周辺のアミノ酸配列を含む、タウのフラグメントである。
【0038】
部位、及びそれらを優先的にリン酸化するキナーゼは、Fynによる18位及び310位のチロシン、Sykによる18位、29位、197位、及び394位のチロシン、並びにAblによる197位、310位、及び394位のチロシンである。
【0039】
これらの発見の結果として、タウオパチー治療のための治療法としての使用又は開発のための、タウタンパク質における部位のリン酸化モジュレーターをスクリーニングするためのアッセイ及びアッセイ方法の基礎として、新規な部位及びキナーゼを用いることができる。第一工程として、候補物質は、それらが、本明細書に開示のキナーゼの阻害剤又は促進剤であるかどうかを決定するために試験されてよい。任意選択で、この方法には、候補物質が、キナーゼによるタウのリン酸化を阻害できるかどうか、及び/又はホスファターゼ(例えば、チロシンホスファターゼなど)によるリン酸化タウの脱リン酸化を促進できるかどうかを測定する工程を、別法として、又は追加として、含めてよい。
【0040】
従って、さらなる側面において、本発明は、(a)本明細書に開示の1つ又は複数の部位で、タウタンパク質をリン酸化できるキナーゼの使用、及び(b)キナーゼによる基質のリン酸化を阻害できる候補物質を同定するためにキナーゼ及び基質が用いられる場合の、キナーゼの基質の使用を提供する。
【0041】
本発明において、リン酸化部位を含むタウタンパク質は、実質的に全長及び/又は野生型のタウ又はPHFタウタンパク質であってよく、又はそのフラグメント、活性部分、若しくは配列変異体であってよい。他の実施態様では、本発明は、タウタンパク質をコードする、対応する核酸分子を用いてもよい。フラグメント、活性部分、又は配列変異体であるタウタンパク質が用いられる場合には、リン酸化部位(1つ以上)は、タウタンパク質配列の周囲のアミノ酸とともに存在していてよい。好ましくは、本発明は、PHFタウタンパク質を用いる。本発明において、タウ及びPHFタウの番号付けは、Goedert et al (1989) Neuron 3, 519−526:Multiple isoforms of human microtubule−associated protein Tau:sequences and localization in neurofibrillary tangles of Alzheimer's Disease Goedert M, Spillantini MG, Rutherford D, Jakes R and Crowther RAの、図1に開示の配列に従う。
【0042】
別法として、又は追加として、先に定義したタウタンパク質のいずれも、1つ又は複数のリン酸化部位でリン酸化を有してよい。これは、研究されるべきタンパク質の協調的リン酸化の効果、すなわち、1つの部位のリン酸化が、1つ又は複数の先行又は同時リン酸化工程によりもたらされるタウタンパク質の変化に依存する、という効果を可能にする。従って、本発明のある実施態様では、タウタンパク質は、1つ又は複数の既知のタウリン酸化部位を含んでよい。
【0043】
さらなる側面において、本発明は、キナーゼによる基質の1つ又は複数の部位でのリン酸化を阻害できる物質のスクリーニング方法であって、以下の工程:
(a)少なくとも1つの候補物質と、本明細書に開示の1つ又は複数の部位でタウタンパク質をリン酸化できるキナーゼと、前記キナーゼの基質とを接触させる工程;
(b)前記候補物質が、前記キナーゼによる基質のリン酸化を阻害するかどうか、及び任意選択でその程度を測定する工程;及び
(c)前記基質のリン酸化を阻害する前記候補物質を選択する工程、
を含む方法を提供する。
【0044】
本明細書に開示の方法を、治療に有用な、又はタウオパチーを治療するための先導化合物の開発に有用な候補物質を同定するために用いてよい。
【0045】
本発明の全ての側面において、この基質は、タウタンパク質であってよく、又はキナーゼによる作用を受ける1つ又は複数のリン酸化部位を含む、タウタンパク質のフラグメントを含んでもよい。例えば、c−Ablの場合には、基質は、394位のチロシン周辺のアミノ酸配列に基づく、タウタンパク質のフラグメントであってよい。しかし、他の実施態様では、他の非タウ系のキナーゼの基質を用いてもよく、これは例えば、キナーゼの基質が容易に利用可能である場合などである。この場合、本方法には、初めのスクリーニングで選択された候補物質が、この候補物質の不在下でキナーゼがタウタンパク質の部位(1つ以上)をリン酸化できるという条件下、タウタンパク質リン酸化を阻害する特性を有するかどうかを確認するさらなる工程を含めてよい。
【0046】
この実施態様において、本方法は、タウタンパク質の脱リン酸化に由来するシステム中に存在し得るホスファターゼを阻害するために、工程(a)にホスファターゼ阻害剤を含めることを、追加として伴っていてもよい。
【0047】
さらなる側面において、本発明は、ホスファターゼによる基質の1つ又は複数の部位での脱リン酸化を促進できる物質のスクリーニング方法であって、以下の工程:
(a)少なくとも1つの候補物質と、本明細書に開示の1つ又は複数の部位でタウタンパク質を脱リン酸化できるホスファターゼと、前記ホスファターゼの基質とを接触させる工程;
(b)前記候補物質が、前記ホスファターゼによる基質の脱リン酸化を促進するかどうか、及び任意選択でその程度を測定する工程;及び
(c)前記基質の脱リン酸化を促進する前記候補物質を選択する工程、
を含む方法を提供する。
【0048】
この実施態様において、本方法は、タウタンパク質のリン酸化に由来するシステム中に存在し得るキナーゼを阻害するために、工程(a)にキナーゼ阻害剤を含めることを、追加として伴っていてもよい。
【0049】
本発明の使用に適したスクリーニング技術の例は、当業者に周知である。例として、細胞系スクリーニングアッセイは、タウをコードする核酸と、Fyn、Syk、又はAblチロシンキナーゼの1つ以上をコードする核酸とを用いて細胞を共トランスフェクションし、候補化合物が、タウリン酸化、特にFynによる18位及び310位のチロシン、Sykによる18位、29位、197位、及び394位のチロシン、並びにAblによる197位、310位、及び394位のチロシンでのリン酸化に対して有する効果を決定することにより実施されてよい。スクリーニングの好ましい方法は、タウの部位でのリン酸化を測定するために、質量分析の使用を伴ってよく、これを以下に詳述する。都合よくは、スクリーニング方法は、タウのリン酸化部位に対応する複数の基質が固定されている固相(例えば、アレイ)を用いた多重アッセイフォーマット(multiplex assay format)で実施されてよい。例として、この基質は、タウタンパク質のフラグメントを含んでよい。これを、より詳細に以下に記載する。従って、本発明は、本発明の多重スクリーニングアッセイの実施に適合した、キット又は固相を提供する。
【0050】
ある実施態様において、本方法には、本明細書に開示の方法の1つに従って候補物質を同定した後、1つ又は複数のその特性を高めるために前記候補物質を最適化する工程、及び/又は医薬としてそれを配合する工程のさらなる工程(1つ以上)を含めてよい。
【0051】
本明細書に開示の方法及び使用は、Fyn、Syk、又はAblから選択される1つ又は複数のキナーゼを用いる。しかし、本スクリーニング方法には、タウのリン酸化部位での、1つ又は複数のさらなる酵素の効果を調査する工程を含めてよい。本発明のいずれかの側面における使用に適したさらなる酵素の例を、以下の多重アッセイセクションに記載する。
【0052】
さらなる側面において、本発明は、タウオパチーの治療における、本明細書に開示の方法により得られる、タウタンパク質リン酸化のモジュレーターの使用を提供する。好ましくは、このモジュレーターは、タウタンパク質リン酸化の阻害剤である。
【0053】
関連する側面において、本発明は、タウオパチー治療用医薬の製造における、c−Abl、Syk、又はFyn阻害剤の使用を提供する。
【0054】
本発明において、タウタンパク質におけるリン酸化及び脱リン酸化の存在及び程度を検出する工程は、好ましくは、以下に詳述するとおりの質量分析を用いて実施され得る。別法として、又は追加として、リン酸化される部位とリン酸化されない部位とを区別できる、部位特異的に認識する作用物質(site specific recognition agent)を用いてもよい。当分野で公知のこのような作用物質の例は、モノクローナル抗体AT100などの部位特異的抗体である。
【0055】
さらなる側面において、本発明は、先に定義した1つ又は複数の部位でタウタンパク質のリン酸化を阻害できるか、又は脱リン酸化を促進できる、本明細書に開示の方法の1つにより得られる物質を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】図1には、本出願で与える番号付けのために用いられる、ヒトタウアイソフォームのアミノ酸配列を示す。リン酸化部位である、Y18、Y29、Y197、Y310、及びY394を太字で示す。
【図2】図2には、ヒトc−Ablのp150アイソフォームのアミノ酸配列を示す。
【図3】図3には、ヒトSykのアミノ酸配列を示す。
【図4】図4には、ヒトFynのアイソフォーム1のアミノ酸配列を示す。
【発明を実施するための形態】
【0057】
本発明の実施態様を以下に詳述するが、これは例であって、限定するものではない。
【0058】
[本発明の詳細な説明]
(タウタンパク質)
本明細書に開示のアッセイ及びアッセイ方法では、野生型又は全長タウタンパク質、キナーゼ又はホスファターゼ、又はそれらのフラグメント、活性部分、若しくは誘導体を用いることができる。タウタンパク質の場合には、本アッセイで用いられる物質は、上述のとおり、リン酸化されていなくても、部分的にしかリン酸化されていなくてもよい。
【0059】
本発明では、タウタンパク質、キナーゼ(特に、Fyn、Syk、及びAbl)、又はホスファターゼの誘導体は、1つ又は複数のアミノ酸の付加、挿入、欠失、及び置換の1つ以上により、野生型アミノ酸配列と1つ又は複数のアミノ酸残基が異なっているアミノ酸配列を有している。従って、例えば他の生物由来などの、変異体、誘導体、対立遺伝子、突然変異体、及び相同体が含まれる。従って、タウタンパク質又はキナーゼの誘導体には、野生型配列に対して、1個、2個、3個、4個、5個、6個以上、又は11個以上のアミノ酸の変化、例えば置換などが含まれてよい。
【0060】
好ましくは、本明細書に開示のアッセイで用いられる、タンパク質のフラグメント又誘導体は、タンパク質の関連する野生型配列の対応する部分と配列同一性を共有しており、好ましくは、少なくとも約60%、又は70%、又は75%、又は80%、又は85%、又は90%、又は95%の配列同一性を有する。好ましいフラグメントには、タウタンパク質に対応するか、又は配列同一性を共有する、少なくとも5個、少なくとも10個、少なくとも15個、少なくとも20個、又は少なくとも25個のアミノ酸が含まれる。任意選択で、前記フラグメントには、他の部分と関連するか、又は結合したタウタンパク質のフラグメントが含まれてよく、他の部分とは、例えば、発現タグ、精製タグ、フラグメントを固定するか、若しくは他の方法で操作できる群、又はラベルなどである。よく理解されているとおり、アミノ酸レベルの同一性は、通常、当分野での標準的用法である、Altschul et al., (1990) J. Mol. Biol. 215:403−10の、TBLASTNプログラムにより規定され、決定され得る、アミノ酸同一性に関するものである。
【0061】
同一性は、関連する野生型アミノ酸配列と比較して、関連するペプチドの全長にわたっていてよく、又は約5個、10個、15個、20個、25個、30個、35個、50個、75個、100個、又はそれを超えるアミノ酸の連続配列にわたっていてもよい。
【0062】
別法として、フラグメント又は誘導体をコードする核酸は、ストリンジェントな条件下、対応する野生型核酸とハイブリダイズしてよく、これは、例えば、Ausubel, Short Protocols in Molecular Biology, 1992又はSambrook et al, Molecular Cloning, A Laboratory Manual, Cold Spring Harbour Laboratory Press, 1989などの参考書に開示されているとおりであって、以下を含むハイブリダイゼーション溶液を用いる:5×SSC、5×デンハート試薬、0.5〜1.0%のSDS、100μg/mLの変性及び断片化サケ精子DNA、0.05%のピロリン酸ナトリウム、及び最大で50%のホルムアミド。
【0063】
ハイブリダイゼーションは、37〜42℃で、少なくとも6時間行われる。ハイブリダイゼーション後、フィルターを以下のとおり洗浄する:(1)2×SSC及び1%SDSで、室温、5分間;(2)2×SSC及び0.1%SDSで、室温、15分間;(3)1×SSC及び1%SDSで、37℃、30分〜1時間;(4)1×SSC及び1%SDSで、溶液を30分間ごとに変えながら、42〜65℃、2時間。
【0064】
特定の配列相同性の核酸分子間のハイブリダイゼーションを達成するために必要とされるストリンジェントな条件を測定するための一般式の1つは、以下のとおりである(Sambrook et al., 1989):
=81.5℃+16.6Log[Na+]+0.41(%G+C)−0.63(%ホルムアミド)−600/#bp(二本鎖)。
【0065】
上記式の例として、[Na+]=[0.368]、50%のホルムアミド、42%のGC含量、及び200塩基の平均プローブサイズを用いた場合には、Tは57℃である。二本鎖DNAのTは、相同性が1%減少するごとに、1〜1.5℃低下する。従って、約75%を超える配列同一性を有するターゲットは、42℃のハイブリダイゼーション温度を用いて観察されるだろう。このような配列は、本発明の核酸配列に実質的に相同であると考えられ得る。
【0066】
(阻害剤及び増強剤(enhancer)のスクリーニング方法)
新規薬剤の同定につながる製剤研究は、先導化合物が発見される前、及び後であってさえも、非常に多くの候補物質のスクリーニングを伴い得ることが周知である。これが、製剤研究を非常に高価なものにし、その研究に多大な時間を必要とさせる、1つの要因である。スクリーニング工程を助けるための手段は、かなりの商業的重要性及び有用性を有し得る。
【0067】
上述のとおり、タウタンパク質のリン酸化の阻害剤、又はタウタンパク質の脱リン酸化の促進剤である物質のスクリーニング方法は、適した反応媒体中、1つ又は複数の試験物質と、タウタンパク質と、キナーゼ又はホスファターゼ(本明細書で定義したとおりのもの)とを接触させる工程、及び候補物質の存在及び不在下、リン酸化又は脱リン酸化の存在又は程度を測定する工程により実施され得る。候補物質の存在及び不在下における活性の差は、調節作用の指標となる。
【0068】
in vitroにおける予備アッセイの後、又は平行して、in vivoアッセイを行ってよい。
【0069】
もちろん、当業者ならば、試験アッセイで得られた結果を比較するための、任意の適したコントロール実験を設計するだろう。
【0070】
本発明のアッセイ方法を実施した後、タウタンパク質のリン酸化部位の1つ(本明細書で定義したとおりのもの)と、キナーゼ(本明細書に開示のとおりのもの)又はホスファターゼとの相互作用を調節する能力について検査で陽性反応を示す、化合物、物質、又は分子を単離及び/又は製造及び/又は使用してよい。
【0071】
本発明のアッセイの正確なフォーマットは、ルーチン技術及び知識を用いて、当業者により変更されてよい。例えば、物質間の相互作用は、検出可能なラベルで物質の1つを標識化し、それと、固体支持体上に固定したもう1つの物質とを接触させることにより、in vitroで研究されてよい。
【0072】
適した検出可能なラベル、特にペプチジル(peptidyl)物質に適した検出可能なラベルには、35S−メチオニンが含まれ、これは、組み換え技術によって産生されたペプチド及びポリペプチドに組み込まれてよい。組み換え技術によって産生されたペプチド及びポリペプチドはまた、抗体で標識化され得るエピトープを含む融合タンパク質として発現されてもよい。
【0073】
固体支持体上に固定されたタンパク質は、固体支持体に結合されたタンパク質に対する抗体を用いて、又はそれ自体が公知である他の技術を介して、固定されてよい。好ましいin vitro相互作用は、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)を含む融合タンパク質を利用してよい。これは、グルタチオンアガロースビーズに固定され得る。上述のタイプのin vitroアッセイフォーマットにおいて、試験化合物は、固定化GST−融合ポリペプチドと結合する、標識化ペプチド又はポリペプチドの量を減少させるその能力を測定することにより、分析され得る。これは、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動によりグルタチオン−アガロースビーズを分画することにより測定されてよい。別法として、このビーズをすすいで、非結合タンパク質を除去してよく、結合しているタンパク質の量は、存在するラベルの量を、例えば、適したシンチレーションカウンターで計測することにより、測定され得る。
【0074】
本発明のアッセイに添加されてよい候補物質の量は、通常は、用いられる化合物の種類に応じて、試行錯誤により決定されるだろう。典型的には、約0.001nM〜1mM以上の濃度の推定上の阻害剤化合物が用いられてよく、例えば0.01nM〜100μM、例えば0.1〜50μM、例えば約10μMなどである。ペプチドが試験物質である場合には、より高い濃度を用いてよい。弱い効果しか有さない分子であっても、さらなる調査及び開発のための有用な先導化合物であり得る。
【0075】
コンビナトリアルライブラリー技術は、ポリペプチドの活性を調節する能力について、潜在的に膨大な数の異なる物質を試験するのに効率的な手段を提供する。このようなライブラリー及びその使用は、当分野で公知である。用いられてよい化合物は、薬剤スクリーニングプログラムで用いられる、天然又は合成化合物であってよい。いくつかの特徴付けられた構成成分又は特徴付けられていない構成成分を含む、植物の抽出物もまた用いてよい。
【0076】
いずれかのタンパク質における、相互作用部位に対する抗体は、推定上の阻害剤化合物のさらなるクラスを形成する。候補阻害剤抗体は、特徴付けられてよく、それらの結合領域は、相互作用を崩壊させるのに関与する、一本鎖抗体及びそのフラグメントを提供するために決定されてよい。
【0077】
抗体はまた、タウタンパク質における部位のリン酸化が、アッセイの間に生じたかどうかを測定するための、部位特異的に認識する作用物質として用いられてもよい。
【0078】
抗体は、当分野で標準的である技術を用いて得てよい。抗体を作製する方法には、タンパク質又はそのフラグメントで、哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ラビット、ウマ、ヤギ、ヒツジ、又はサル)を免疫する工程が含まれる。様々な当分野の公知技術のいずれかを用いて、抗体を免疫動物から得ても良く、好ましくは、抗体と、関心のある抗原との結合を用いて、スクリーニングしてよい。例えば、ウエスタンブロッティング技術又は免疫沈降を用いてよい(Armitage et al., 1992, Nature 357:80−82)。動物からの抗体及び/又は抗体産生細胞の単離は、動物を犠牲にする工程を伴い得る。
【0079】
ペプチドで動物を免疫することに代わる手段又は追加手段として、タンパク質に対して特異的な抗体を、組み換え技術により産生された、発現免疫グロブリン可変ドメインのライブラリーから得てもよく、これには、例えば、その表面上に機能的な免疫グロブリン結合ドメインを示す、ラムダバクテリオファージ又はフィラメント状バクテリオファージが用いられる;例えば、国際公開第92/01047号を参照されたい。ライブラリーは、いずれのタンパク質(又はフラグメント)でも免疫されていない生物から得られた配列から構築された、ナイーブライブラリーであってよく、又は関心のある抗原に暴露された生物から得られた配列を用いて構築されたライブラリーであってもよい。
【0080】
本発明の抗体は、多くの手段で変更されてよい。実際に、「抗体」という用語は、所要の特異性を有する結合ドメインを有する結合物質のいずれをも対象とすると解釈されるべきである。
【0081】
従って、本発明は、合成分子、及びその形状が、抗原又はエピトープと結合できる抗体の形状を模倣している分子を含む、抗体フラグメント、誘導体、機能的等価物、及び抗体の相同体を包含する。
【0082】
抗原又は他の結合パートナーと結合できる抗体フラグメントの例を以下に挙げる:VL、VH、Cl、及びCH1ドメインからなるFabフラグメント;VH及びCH1ドメインからなるFdフラグメント;抗体の単一の腕のVL及びVHドメインからなるFvフラグメント;VHドメインからなるdAbフラグメント;単離されたCDR領域、及びヒンジ領域でのジスルフィド架橋により連結された2つのFabフラグメントを含む2価のフラグメントである、F(ab')2フラグメント。単一鎖のFvフラグメントもまた含まれる。
【0083】
本発明によるモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、遺伝子突然変異又は他の変化を受けてよい。モノクローナル抗体は、元の抗体の特異性を保持する他の抗体又はキメラ分子を産生するために、組み換えDNAテクノロジー技術を受け得ることが、当業者にさらに理解されるだろう。このような技術は、抗体の免疫グロブリン可変領域又は相補性決定領域(CDR)をコードするDNAを、異なる免疫グロブリンの定常領域、又は定常領域及びフレームワーク領域に導入することを伴ってよい。例えば、欧州特許出願公開第0184187号、英国特許出願公開第2188638号、又は欧州特許出願公開第0239400号を参照されたい。キメラ抗体のクローニング及び発現は、欧州特許出願公開第0120694号及び同第0125023号に記載されている。
【0084】
所望の結合特性を有する抗体を産生できるハイブリドーマは、本発明の範囲内であり、同様に、抗体(抗体フラグメントを含む)をコードする核酸を含み、それを発現できる、真核性又は原核性の宿主細胞も本発明の範囲内である。本発明はまた、抗体が産生される条件下で、好ましくは抗体が分泌される条件下で抗体を産生できる細胞を成長させることを含む、抗体産生方法も提供する。
【0085】
サンプルにおける抗体の反応性は、任意の適切な手段により測定されてよい。1つの可能性として、個別のレポーター分子でタグしてもよい。レポーター分子は、直接的又は間接的に、検出可能な、好ましくは測定可能な、シグナルをもたらし得る。レポーター分子の結合は、直接的又は間接的であってよく、例えばペプチド結合を介した共有結合、又は非共有結合であってよい。ペプチド結合を介した結合は、抗体及びレポーター分子をコードする遺伝子融合の組み換え発現の結果としてであってよい。結合の測定様式は、本発明の特徴ではなく、当業者ならば、好ましく一般的な知識により、適した様式を選択できる。
【0086】
他の候補阻害剤化合物は、ポリペプチド又はペプチドフラグメントの三次元構造をモデリングし、特定の分子形状、サイズ、及び電荷特性を有する潜在的阻害剤化合物を提供するために、合理的薬剤設計を用いることに基づいてよい。
【0087】
(質量分析)
LC/MS/MS系ストラテジーを用いて、AD脳から単離されたタウタンパク質内の新規リン酸化部位を発見した。いわゆるPHF−タウを、初めに、ヒトAD脳物質の熱安定性調製物から抽出し、それに続いて、イオン交換クロマトグラフィーによりさらに精製した。SDS−PAGEを用いて分離した後、ついで、ホスホ−ペプチドマッピングを行った。クマシー染色されたバンドを切り出し、還元し、アルキル化し、トリプシン、キモトリプシン、及びエンドプロテイナーゼAsp−Nなどの一連のプロテアーゼを用いて、酵素消化した。ついで、得られたペプチド混合物を、75ミクロンID PepMap逆相カラムを用いて、200nL/分の流速で、アセトニトリルのグラジエントを用いてペプチドを溶離することにより、ペプチドを分離し、Q−TOF micro装置を用いたLC/MS/MSにより分析する。
【0088】
示される(bespoke)インデックスファイルに対するデータベース検索を、Mascotアルゴリズム(Matrix Science)を利用して行う。ついで、結果を確認するために、ホスホペプチドに関連する全てのMS/MSスペクトルを、それに続いて、視覚的に検証する。
【0089】
ペプチドのタンデムMS/MSを、産生されたフラグメントイオンによる配列情報を提供するために用いてよい。フラグメント化は、通常、アミノ酸配列の診断に役立つ配列イオンのラダーを導く、ペプチド結合にわたって生じる。一連の連続イオン間の差は、ペプチドのその位置でのアミノ酸の質量を示す。最も一般的なイオンタイプは、b及びyイオンである。C末端含有フラグメントは、y系列(y−ions)と称され、N末端含有フラグメントは、b系列(b−ions)と称される(Roepstorff, P., Fohlman, J. J. Biomed. Mass Spectrom. 1984, 11, 601)。トリプシンタンパク質分解により作りだされ、エレクトロスプレーによりイオン化されたペプチドは、通常、二重荷電イオンを形成している。これは、ペプチド内の塩基性基の存在、すなわち、N末端のアルファアミノ基、及びC末端のリジン又はアルギニンの側鎖の存在に由来する。このようなペプチドのMS/MSスペクトルは、通常、スペクトルの高質量側の端に、突出したy−タイプイオン系列を生じる(Bonner, R., Shushan, B. Rapid Commun. Mass Spectrom. 1995, 9, 1067−1076)。理想的には、de novoシークエンシングの目的のために、相補的なb及びyイオンの完全なセットが、提案されたペプチド配列に対して、高い信頼性レベルを保証するだろう。さらに、ペプチドの完全な配列を示すフラグメントイオンが存在する場合には、リン酸基の結合部位を、これらフラグメントイオンの位置及びパターンから推定できる。従って、ほとんどの場合において、それぞれのホスホペプチドにおける正確なリン酸化部位を発見することが可能である。いくつかの例において、我々は、不均一であるMS/MSスペクトルさえも発見した。ここで、2つ(又はそれ以上)の別個のホスホペプチドは、同一のスペクトルに示される。
【0090】
これは、それぞれのホスホペプチド形態が、同一の分子量及び同一のリン酸基数を有するが、これらが、ペプチド内の異なるアミノ酸に結合されるからである。従って、両方の形態は、同一のm/z比率の前駆イオンを生じさせ、ついで、MS/MS実験の間、質量分析計により同時に選択される。このような場合、我々は、当該ホスホペプチドを「レジオマー(regiomer)」と称する。
【0091】
(スクリーニング化合物に対する多重アッセイ)
薬剤開発においては、化合物が、提案される標的に効果を有するかどうかを示すための単純な読み取りを有する、高速ハイスループットアッセイを開発することが望ましい。キナーゼなどの酵素機能を阻害する化合物の場合には、変形レベルを容易に検出できる方法で、酵素により変形される、標的酵素に対する人工基質を開発することが可能である。阻害剤化合物の存在下では基質は変形されず、これもまた容易に検出することができる。
【0092】
タウリン酸化の阻害剤の場合には、多数の部位のリン酸化状態に対する、特異的タンパク質キナーゼ阻害効果をモニタリングする必要がある。1つの側面において、タウにおけるそれぞれのリン酸化部位に対応する人工基質を準備し、他の部位とは独立したそれぞれの部位のリン酸化を阻害する能力についてそれぞれの化合物を評価することが可能である。このような系において、それぞれの化合物は、マルチプルウェルに添加され、ここで、それぞれのウェルには提案されるキナーゼ標的、1つのリン酸化部位特異的な人工基質、及びリン酸化を示すレポーターシステムが含まれており、レポーターシステムとは、例えば、リン酸化形態又は非リン酸化形態のいずれかの基質に特異的に結合し、蛍光マーカーで標識化されているモノクローナル抗体などであって、この蛍光マーカーとは、無色の基質を着色物質に変換する酵素、又はルミネッセンスシグナルの産生を促進する酵素である。このようなアッセイにおいて、標的に対する人工基質は、固体表面上に固定され、この固体表面とは、アッセイ手順の一部として、結果が読み取られる前に、反応していない抗体はいずれも洗浄によりシステムから除去されるようなものである、ということが望ましい。このようなアッセイは、典型的には96ウェル、又はより典型的には384ウェル、又はさらにより典型的には1536ウェルの各種フォーマットのマイクロタイターウェル中で実施されてよく、あるいはまた、ガラスなどの固体支持体に基づくマイクロアレイ上で実施されてもよい。
【0093】
別法として、タウの広範囲のリン酸化状態に対する、異なるキナーゼ阻害剤の効果を設計してもよい。このようなアッセイにおいて、いずれのリン酸化も有さないか、1つ又は複数の所望のリン酸化を有する、全長の組み換えタウタンパク質を基質として用いてよい。別法として、単一のリン酸化部位を示す全ての人工基質の等量混合物を用いてもよい。それぞれのスクリーニングアッセイは、タウのリン酸化について既知の活性を有する、1つ、2つ、又は3つ以上のタンパク質キナーゼの阻害に対する化合物の効果を測定するだろう。上述のより単純なアッセイと同様に、基質、標的キナーゼ、及び化合物をマイクロタイタープレートのウェルに添加し、適切なバッファーと、阻害剤化合物の不在下で基質のリン酸化を可能にする他の構成物質とともにインキュベートする。ついで、基質のリン酸化状態を、タウ上の個別のリン酸化部位に対する特異性を有する抗体又は他の分子の混合物を用いて測定してよく、ここで、このような抗体又は他の分子は、例えば、蛍光色素、又は赤外線スペクトル、可視スペクトル、若しくは紫外線スペクトルに独特のスペクトル特性を有する化合物などの独特なレポーターでそれぞれ標識化されている。リン酸化基質(1つ以上)に非結合なままである抗体を除去した後、それぞれの特異的レポーターのレベルを、適切な読み取り装置を用いて測定し、タウのそれぞれの特異的部位におけるリン酸化レベルを、いずれのキナーゼ阻害剤も添加していないコントロールと比較することにより明らかにする。
【0094】
このような多重スクリーニングアッセイの好ましい実施態様では、基質は、脱リン酸化組み換えタウタンパク質であり、キナーゼは、CK1、CK2、GSK−3a、GSK−3b、PKA、CDK5、ERK1/2、SAPK1g、SAPK2a、SAPK2b、SAPK3、SAPK4、例えばp38MAPK及びJNKなどのストレス感受性タンパク質キナーゼファミリーのキナーゼ(SAPK)、MARKファミリーキナーゼ、例えば、110K、cdc2、cdk2、PKC、PKN、TTK、PKB、DYRK、PK、CaMKII、及びPKDなど、又は1つ又は複数のこれらのキナーゼの混合物から選択される。レポーターシステムは、好ましくは標識化抗体、典型的にはモノクローナル抗体であって、例えば、当分野で周知の技術を用いて、ラビット又はマウスから得ることができるものなどである。ラベルは、好ましくは、抗体に共有結合している、蛍光又は呈色(colorimetric)化合物であって、より好ましくは、蛍光又は呈色ナノ粒子であり、最も好ましくは、独特のラマンスペクトルを有するナノ粒子である。
【0095】
(模倣物質の開発)
ひとたび、候補化合物が本発明のアッセイ及びスクリーニングで発見されれば、それらは、薬剤としての開発のための模倣化合物の設計に用いられ得る。既知の医薬活性化合物に対する模倣物の設計は、「先導」化合物に基づく医薬品開発への公知のアプローチである。これは、活性化合物を合成することが困難又は高価である場合、又は活性化合物が、特定の投与方法に適さない場合、例えば、ペプチドが、消化管内のプロテアーゼにより急速に分解される傾向にあるために、経口組成物には適さない活性薬剤である場合などに所望され得る。模倣物の設計、合成、及び試験は、通常、標的特性に対する、多数の分子の無作為なスクリーニングを避けるために用いられる。
【0096】
所定の標的特性を有する化合物からの模倣物の設計において、通常行われるいくつかの工程がある。第一に、標的特性を決定するのに重大及び/又は重要である、化合物の特定の部分を決定する。ペプチドの場合には、ペプチド内のアミノ酸残基を体系的に変更することにより、例えば、それぞれの残基を順々に置換することにより、これを行うことができる。化合物の活性領域を構成する、これらの部分又は残基は、その「ファーマコフォア(pharmacophore)」として知られる。
【0097】
ひとたび、ファーマコファアが発見されれば、種々の情報源由来のデータ、例えば、分光技術、X線回折データ、及びNMRなどを用いて、その物理的特性、例えば、立体化学、結合形成、サイズ、及び/又は電荷などに応じて、その構造をモデリングする。このモデリングプロセスにおいて、コンピュータ分析、類似性マッピング(原子間の結合形成よりもむしろ、ファーマコフォアの電荷及び/又は体積をモデリングする)、及び他の技術を用いることができる。
【0098】
このアプローチの変法では、リガンド及びその結合パートナーの三次元構造をモデリングする。これは、リガンド及び/又は結合パートナーが、結合のコンフォメーションを変化する場合に特に有用であり得、これにより、模倣物の設計において、これを考慮に入れたモデルが可能になる。
【0099】
ついで、鋳型分子を、ファーマコフォアを模倣する化学基をグラフト(graft)できるものから選択する。鋳型分子及びその上にグラフトされた化学基は、先導化合物の生物活性を保持しながら、模倣物を合成しやすく、医薬として許容可能である可能性が高く、かつin vivoで分解しないように、都合よく選択され得る。ついで、このアプローチにより発見された1つ又は複数の模倣物を、それらが標的特性を有するかどうか、又はどの程度までその特性を示すのかを見るために、スクリーニングできる。ついで、さらなる最適化又は修正を実施して、in vivo又は臨床試験のための1つ又は複数の最終模倣物に辿り着くことができる。
【0100】
(阻害剤)
「阻害剤」という用語は、広義に用いられ、キナーゼの発現又はキナーゼ活性を、部分的又は全体的に、遮断、阻害、又は中和する分子のいずれもがその用語に含まれる。好ましくは、キナーゼ阻害剤は、他のキナーゼに影響を及ぼすことなく、所望のキナーゼの発現又は活性を阻害する、特異的又はほぼ特異的な阻害剤である。
【0101】
キナーゼ阻害剤には、抗体、ドミナントネガティブ形態、及び低分子阻害剤が含まれる。
【0102】
Abl活性の低分子阻害剤には、以下が含まれる:フェニルアミノピリミジン類、例えば、イマチニブ又はメシル酸イマチニブ(Glivec/Gleevec(商標)、4−[(4−メチル−1−ピペラジニル)メチル]−N−[4−メチル−3−[4−(3−ピリジニル)2−ピリミジニル[アミノ]−フェニル]ベンズアミドメタンスルホン酸塩;Novartis);BMS−354825 [n−(2−クロロ−6−メチルフェニル)−2−(6−(4−(2−ヒドロキシエチル)ピペラジン−1−イル)−2−メチルピリミジン−4−イルアミノ)チアゾール−5−カルボズアミド(carbozamide)];PD 173955(Parke Davis);例えば、PD 166326(Parke Davis)などのピリドピリミジン類;及びON 012380(Onconova)。
【0103】
Syk活性の低分子阻害剤には、以下が含まれる:ピセタノール(picetannol) (3,4,3’,5’−テトラヒドロキシ−trans−スチルベン);574711 (3−(1−メチル−1H−インドール−3−イル−メチレン)−2−オキソ−2,3−ジヒドロ−1H−インドール−5−スルホンアミド、Calbiochem);ER−27319;及びBAY61−3606。
【0104】
Fyn活性の低分子阻害剤には、PP1 (4−アミノ−5−(4−メチルフェニル)−7−(t−ブチル)ピラゾロ[3,4−d]ピリミジン)が含まれる。
【0105】
キナーゼ発現の阻害剤には、以下に記載のとおりのアンチセンスRNA又はsiRNA、三重鎖(triple−helix)核酸、又はリボザイムが含まれる。
【0106】
転写を阻害するために用いられる、三重鎖形成の核酸分子は、一本鎖であって、デオキシヌクレオチドからなるべきである。これらのオリゴヌクレオチドの塩基組成は、それが、Hoogsteen塩基対法則を介して三重鎖形成を促進するように設計され、これは、通常、二本鎖の1つの鎖上に、相当な長さのプリン又はピリミジンを必要とする。さらに詳細な説明については、例えば、国際公開第97/33551号、上記参照;Lee et al., Nucl. Acids Res., 6:3073 (1979);Cooney et al., Science, 241:456 (1988);Dervan et al., Science, 251:1360 (1991)などを参照されたい。
【0107】
リボザイムは、RNAの特異的切断を触媒できる酵素的RNA分子である。リボザイムは、相補的な標的RNAへの配列特異的ハイブリダイゼーションによって作用し、それに続いて、エンドヌクレアーゼ的(endonucleolytic)切断を行う。
【0108】
潜在的RNA標的内の特異的リボザイム切断部位は、公知技術により同定され得る。さらに詳細な説明については、例えば、Rossi, Current Biology, 4:469−471 (1994)及び国際公開第97/33551号(1997年9月18日公開)などを参照されたい。
【0109】
(アンチセンス)
遺伝子のコード配列に相補的な配列である核酸配列(「アンチセンス」核酸)の発現は、その遺伝子由来のタンパク質産物の産生を阻害できる。どのようにしてこれが生じるのかは、正確にはわかっていないが、アンチセンス核酸配列が、細胞内mRNAとハイブリダイズし、二本鎖分子を形成すると考えられている。細胞は、この二本鎖形態のmRNAを翻訳せず、従って、翻訳が阻害される。アンチセンス核酸は、転写阻害及びスプライシング阻害を含む、他の効果を有するかもしれない。
【0110】
「アンチセンス」核酸という用語は、RNA分子に十分に相補的である核酸配列を示し、ここで、アンチセンス核酸は、mRNAの翻訳を阻害するようにアンチセンス核酸とmRNAとの分子ハイブリダイゼーションを生じさせるために、前記RNA分子に特異的である。このようなハイブリダイゼーションは、in vivo条件下、すなわち、細胞内部で生じなければならない。
【0111】
約15ヌクレオチド以上のオリゴマー、及びAUG開始コドンとハイブリダイズする分子は、合成しやすく、それらを細胞に導入する場合に、より大きな分子よりも問題点を有する可能性が低いので、特に有効である。
【0112】
(RNA干渉)
RNA干渉(RNAi)は、動物及び植物における、配列特異的な、転写後遺伝子サイレンシングプロセスであって、サイレンシングされる遺伝子に相同な配列である、二本鎖RNA(dsRNA)により開始される。RNAiは、短い二本鎖RNA分子(低分子干渉RNA、すなわちsiRNA)により媒介される。siRNAは、10〜15bpの短いRNAオリゴヌクレオチドとして、又はsiRNAを産生するためにその後切断される、より長いdsRNAとして、細胞内に導入され得る。RNAは、RNAとして細胞内に導入されてよく、又はDNA若しくはRNAベクターから転写されてもよい。
【0113】
C. elegans、Drosophila、植物、及び哺乳動物における、遺伝子をサイレンシングするためのRNAiの使用に関する方法は、当分野で公知である(Fire A, et al., 1998 Nature 391:806−811;Fire, A. Trends Genet. 15, 358−363 (1999);Sharp, P. A. RNA interference 2001. Genes Dev. 15, 485−490 (2001);Hammond, S. M. et al., Nature Rev. Genet. 2, 110−1119 (2001);Tuschl, T. Chem. Biochem. 2, 239−245 (2001);Hamilton, A. et al., Science 286, 950−952 (1999);Hammond, S. M. et al., Nature 404, 293−296 (2000);Zamore, P. D., et al., Cell 101, 25−33 (2000);Bernstein, E., et al., Nature 409, 363−366 (2001);Elbashir, S. M. et al., Genes Dev. 15, 188−200 (2001);国際公開第0129058号;国際公開第9932619号;及びElbanishir S M , et al., 2001 Nature 411:494−498)。
【0114】
ある実施態様において、siRNAは、1つ又は複数のデオキシチミジン塩基の一末端又は両末端に突出部分を有する。突出部分は、siRNA配列の一部と解釈されるべきではない。突出部分が存在する場合には、これは、ヌクレアーゼによる分解に対する脆弱性を低減することにより、細胞内のsiRNAの安定性を増加させるのに役立つ。
【0115】
当分野で公知である、標準的な固相又は液相合成技術を用いて、siRNA分子を合成してよい。ヌクレオチド間の結合は、ホスホジエステル結合であってよく、あるいはまた、例えば下記式の結合基であってよい:P(O)S、(チオアート);P(S)S、(ジチオアート);P(O)NR'2;P(O)R';P(O)OR6;CO;又はCONR'2、ここで、Rは、H(又は塩)又はアルキル(1〜12C)であり、R6は、−O−又は−S−を介して隣接ヌクレオチドに結合されている、アルキル(1〜9C)である。
【0116】
別法として、siRNA分子又はより長いdsRNA分子は、核酸配列の転写により、好ましくは以下に記載のとおりのべクター内に含まれる核酸配列の転写により、組み換え技術を用いて作製されてよい。
【0117】
さらなる別法としては、細胞における、ショートヘアピンRNA分子(shRNA)の発現である。shRNAは、合成siRNAよりも安定である。shRNAは、スモールループ配列により分けられた、短い逆方向反復からなる。1つの逆方向反復は、遺伝子標的に相補的である。ついで、shRNAは、標的遺伝子mRNAを分解し、発現を抑制する、siRNAへと処理される。例えば、ヒトH1又は7SKプロモーターなどのRNAポリメラーゼIIIプロモーターの支配下、shRNA配列をコードするDNA構築物で細胞をトランスフェクションすることにより、shRNAを細胞内で産生できる。別法として、細胞外でshRNAを合成し、直接細胞内に導入してもよい。好ましくは、shRNA配列は、40〜100塩基長であり、より好ましくは40〜70塩基長である。ヘアピンのステムは、好ましくは、19〜30塩基対の長さである。このステムは、ヘアピン構造を安定化させるためのG−Uペアを含んでよい。
【0118】
天然由来の塩基に加えて、修飾されたヌクレオチド塩基を用いることができ、これは、これを含むsiRNA分子に有利な特性を与え得る。
【0119】
例えば、修飾塩基は、siRNA分子の安定性を増加させ、それにより、サイレンシングに必要な量を低減し得る。さらに、修飾塩基の供給により、非修飾siRNAよりも安定であるか、又は非修飾siRNAよりも安定でない、siRNA分子も提供され得る。
【0120】
「修飾されたヌクレオチド塩基」という用語は、共有結合により修飾された塩基及び/又は糖を有するヌクレオチドを包含する。例えば、修飾ヌクレオチドには、3位のヒドロキシル基及び5位のリン酸基以外の、低分子量有機基に共有結合している糖を有するヌクレオチドが含まれる。従って、修飾ヌクレオチドにはまた、以下が含まれてもよい:2'置換糖、例えば、2'−O−メチル−;2−O−アルキル;2−O−アリル;2'−S−アルキル;2'−S−アリル;2'−フルオロ−;2'−ハロ又は2;アジド−リボース、カルボサイクリック糖アナログ a−アノマーの糖;エピマーの糖、例えば、アラビノース、キシロース、又はリキソース、ピラノース型の糖、フラノース型の糖、及びセドヘプツロース。
【0121】
修飾ヌクレオチドは、当分野で公知であり、アルキル化プリン及びピリミジン、アシル化プリン及びピリミジン、並びに他の複素環が含まれる。これらのクラスのピリミジン及びプリンは、当分野で公知であり、以下が含まれる:シュードイソシトシン(pseudoisocytosine)、N4,N4−エタノシトシン、8−ヒドロキシ−N6−メチルアデニン、4−アセチルシトシン、5−(カルボキシヒドロキシメチル)ウラシル、5−フルオロウラシル、5−ブロモウラシル、5−カルボキシメチルアミノメチル−2−チオウラシル、5−カルボキシメチルアミノメチルウラシル、ジヒドロウラシル、イノシン、N6−イソペンチル−アデニン、1−メチルアデニン、1−メチルシュードウラシル、1−メチルグアニン、2,2−ジメチルグアニン、2−メチルアデニン、2−メチルグアニン、3−メチルシトシン、5−メチルシトシン、N6−メチルアデニン、7−メチルグアニン、5−メチルアミノメチルウラシル、5−メトキシアミノメチル−2−チオウラシル、−D−マンノシルケオシン(mannosylqueosine)、5−メトキシカルボニルメチルウラシル、5−メトキシウラシル、2−メチルチオ−N6−イソペンテニルアデニン、ウラシル−5−オキシ酢酸メチルエステル、シュードウラシル、2−チオシトシン、5−メチル−2−チオウラシル、2−チオウラシル、4−チオウラシル、5−メチルウラシル、N−ウラシル−5−オキシ酢酸メチルエステル、ウラシル5−オキシ酢酸、ケオシン、2−チオシトシン、5−プロピルウラシル、5−プロピルシトシン、5−エチルウラシル、5−エチルシトシン、5−ブチルウラシル、5−ペンチルウラシル、5−ペンチルシトシン、及び2,6,ジアミノプリン、メチルシュードウラシル、1−メチルグアニン、1−メチルシトシン。
【0122】
(医薬組成物)
タウタンパク質のリン酸化又は脱リン酸化を調節するか又はそれらに影響を及ぼす基質の同定後、基質をさらに調べてよい。さらに、例えば、医薬(medicament)、医薬組成物、又は薬剤(drug)などの組成物の調製、すなわち、製造又は配合において、これを製造及び/又は使用してよい。これらは、個体に投与されてよい。
【0123】
従って、本発明は、様々な側面において、本明細書に開示のスクリーニングアッセイ及びアッセイ方法を用いて同定された物質だけでなく、このような物質を含む医薬組成物、医薬、薬剤、又は他の組成物にも及び、例えばタウオパチーを治療するために、患者にこのような組成物を投与することを含む方法にも及び、タウオパチーを治療するために投与するための組成物の製造における、このような物質の使用にも及び、かつ、医薬として許容可能な賦形剤、ビヒクル又はキャリア、及び任意選択で他の成分と、このような物質とを混合する工程を含む、医薬組成物の調製方法にも及ぶ。
【0124】
本発明のアッセイ及びアッセイ方法において、キナーゼ阻害剤又はホスファターゼ促進剤として同定された物質、又はさらなる開発若しくは最適化から生じた化合物若しくは物質は、医薬組成物中に配合されてよい。これらの組成物は、神経原線維濃縮体、又はタウタンパク質の凝集物により特徴づけられる病態であるタウオパチーの治療に用いられてよい。
【0125】
タウオパチーは、当業者に公知の認定された病態クラスであって、アルツハイマー病(AD)、第17番染色体に連鎖するパーキンソン症候群を伴った前頭側頭型痴呆(FTDP−17)、進行性核上麻痺(PSP)、ピック病、大脳皮質基底核変性症、及び多系統萎縮症(MSA)を含む。細胞内のタウ沈着は、通常はニューロン又はグリアで生じ、フィラメント状であって、コントロールのヒト脳由来のタウのリン酸化レベルと比較して、通常、過リン酸化状態である。ADの場合には、この過リン酸化タウは、PHFに由来することから、しばしば、対螺旋状フィラメントタウ(PHF)と称される
【0126】
これらの組成物には、上記物質の1つに加えて、当分野で周知の、医薬として許容可能な賦形剤、キャリア、バッファー、安定剤、又は他の物質が含まれていてよい。このような物質は非毒性であるべきであって、活性成分の有効性に干渉すべきでない。キャリア又は他の物質の正確な特性は、投与経路、例えば、口腔、静脈内、皮膚又は皮下、鼻、筋肉内、腹腔内などの経路によって決まってよい。
【0127】
経口投与用の医薬組成物は、錠剤、カプセル剤、粉剤、又は液剤であってよい。錠剤には、ゼラチン又はアジュバントなどの固体キャリアが含まれてよい。液状の医薬組成物には、水、石油、動物油、植物油、鉱油、又は合成油などの液体キャリアが通常含まれる。生理食塩水、デキストロース又は他のサッカリド溶液、又はグリコール、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、若しくはポリエチレングリコールなどが含まれてもよい。
【0128】
静脈内、皮膚又は皮下注射、又は苦痛部位での注射について、活性成分は、発熱物質を含まず、適したpH、等張性、及び安定性を有する、非経口に適した水溶液の形態であるだろう。当業者ならば、例えば、塩化ナトリウム注射液、リンゲル注射液、乳酸加リンゲル注射液などの等張性ビヒクルなどを用いて、適した溶液をうまく調製できる。保存料、安定剤、バッファー、抗酸化剤、及び/又は他の添加剤を、必要に応じて含めてよい。
【0129】
個体に与えられるべき本発明による、ポリペプチドであるか、抗体であるか、ペプチドであるか、核酸分子であるか、低分子であるか、又は他の医薬として有用な化合物であるかにかかわらず、投与は、好ましくは、「予防的に有効な量」又は「治療的に有効量」(場合によっては、予防が治療と考えられるかもしれないが)であり、これは、個体に良い効果をもたらすのに十分なものである。投与される実際の量、並びに投与割合及び投与の経時変化(time−course)は、治療されているものの性質及び重篤度によって決まるだろう。治療処方、例えば、用量に関する決定などは、一般医及び他の医師の責任の範囲内であり、典型的には、治療されるべき疾患、個々の患者の状態、デリバリー部位、投与方法、及び一般医に公知の他の要因が考慮される。上述の技術及びプロトコルの例は、Remington's Pharmaceutical Sciences, 20th Edition, 2000, pub. Lippincott, Williams & Wilkinsに記載されている。組成物は、単独で又は他の治療との組み合わせで、同時に又は連続的かのいずれかで、治療されるべき病態に応じて投与されてよい。
【0130】
[実験]
(アルツハイマー脳由来のPHF−タウの精製)
対螺旋状フィラメント(PHF)タウを、Hanger et al, 1998に記載のとおり、アルツハイマー脳から精製した。簡単に述べると、脳組織をホモジナイズし、不溶性PHF−タウを、分画遠心法により回収した。グアニジンでの可溶化及び再生(re−naturing)バッファーに対する透析後、アニオン交換及び逆相クロマトグラフィーにより、PHF−タウを精製した。
【0131】
(ヒトタウの突然変異形態の準備)
単一のチロシンをフェニルアラニンでそれぞれ置換した、5つのタウ構築物を作製するために、QuikChange XL site−directed mutagenesis kit(Stratagene、Amsterdam、The Netherland)を用いた。プライマー(Sigma−Genosisによるカスタム合成)は、以下のとおりであった:18位のチロシンをフェニルアラニンへと変換(タウ構築物Y18Fをもたらす)するためのフォワードプライマー5'−CAC GCT GGG ACG TTC GGG TTG GGG GAC−3'(プライマーA)、及びリバースプライマー5'−GTC CCC CAA CCC GAA CGT CCC AGC GTG−3';29位のチロシンをフェニルアラニンへと変換(Y29Fをもたらす)するためのフォワードプライマー5'−GAT CAG GGG GGC TTC ACC ATG CAC CAA G−3'(プライマーB)、及びリバースプライマー5'−C TTG GTG CAT GGT GAA GCC CCC CTG ATC−3';197位のチロシンをフェニルアラニンへと変換(Y197Fをもたらす)するためのフォワードプライマー5'−GAT CGC AGC GGC TTC AGC AGC CCC GG−3'(プライマーC)、及びリバースプライマー5'−CC GGG GCT GCT GAA GCC GCT GCG ATC−3';310位のチロシンをフェニルアラニンへと変換(Y310Fをもたらす)するためのフォワードプライマー5'−GGC AGT GTG CAA ATA GTC TTC AAA CCA GTT GAC CTG AG−3'(プライマーD)、及びリバースプライマー5'−CT CAG GTC AAC TGG TTT GAA GAC TAT TTG CAC ACT GCC−3';並びに、394位のチロシンをフェニルアラニンへと変換(Y394Fをもたらす)するためのフォワードプライマー5'−GCG GAG ATC GTG TTC AAG TCG CCA GTG G−3'(プライマーE)、及びリバースプライマー5'−C CAC TGG CGA CTT GAA CAC GAT CTC CGC−3'。全長の挿入配列を、それぞれの構築物について決定した(Lark Technologies)。
【0132】
5つすべてのチロシンをフェニルアラニンに変えるために、5種類のプライマーA〜E(上記)とともに、QuikChange(登録商標)multi site−directed mutagenesis kit(Stratagene)を用いた。コロニーを配列決定し、5つすべてのチロシンがフェニルアラニンに置換されている構築物(タウY全てF)を同定するとともに、4つのフェニルアラニンと、18位のチロシンだけ、29位のチロシンだけ、又は197位のチロシンだけとを含む、単一のチロシンが残っている構築物を発見した。
【0133】
310位のチロシンだけ、又は394位のチロシンだけを含む突然変異体は、全てがフェニルアラニンに置換された構築物から、上述のとおりの単一部位特異的突然変異誘発法により、以下のプライマーを用いて作製した:310位のチロシンのみのための、フォワードプライマー5'−GGC AGT GTG CAA ATA GTC TAC AAA CCA GTT GAC CTG AG−3'、及びリバースプライマー5'−CT CAG GTC AAC TGG TTT GTA GAC TAT TTG CAC ACT GCC−3';394位のチロシンのみのための、フォワードプライマー5'−GCG GAG ATC GTG TAC AAG TCG CCA GTG G−3'、及びリバースプライマー5'−C CAC TGG CGA CTT GTA CAC GAT CTC CGC−3'。チロシンを1つ残す、5つの構築物を、Y18のみ、Y29のみなどと称し、それらのタウコード配列を確認した(Lark Technologies)。
【0134】
(組み換えヒトタウの作製及び精製)
最も大きなタウアイソフォーム(2N4R)を発現するプラスミドを用いて、以前に記載されたとおりに(Mulot et al., 1994)、組み換えヒトタウを作製し、精製した。簡単に述べると、2N4Rタウを発現する細菌性細胞溶解物を加熱し、遠心分離して、非耐熱性タンパク質を除去した。上清を硫安分画し、沈殿物質をバッファーに可溶化して、透析し、カチオン交換クロマトグラフィーに供した。タンパク質をNaClで溶出し、タウを含む画分をプールし、Mesバッファー(pH 6.25)及び5mMのDTTに対して透析し、凍結貯蔵した。
【0135】
(ラット脳溶解物による、組み換えタウのin vitroにおけるリン酸化)
活性タンパク質キナーゼを含むラット脳抽出物を、以下を含む氷冷バッファー(脳1g当たり2mLのバッファー)でラット脳をホモジナイズすることにより調製した:25mMのTris−HCl(pH 7.5)、5mMのEGTA、2mMのジチオスレイトール(DTT)、2μMのオカダ酸、1mMのオルトバナジン酸ナトリウム、及びプロテアーゼ阻害剤。ホモジネートを、100,000gで1時間遠心分離し、2mMのATP及び10μMのオカダ酸とともに、氷上で30分間インキュベートした。この抽出物(ラット脳上清、RBS)には、7mg/mLのタンパク質が含まれた(Bradford)。
【0136】
組み換え2N4Rタウタンパク質(100μg/mL)を、以下を含む50mMのTris−HClバッファー(pH 7.5)中で、RBS(1.8mg/mLのタンパク質)とともに、37℃、24時間インキュベートすることによりリン酸化した:5mMのMgCl2、3mMのATP、5mMのEGTA、1mMのオルトバナジン酸ナトリウム、10μMのオカダ酸、1mMのDTT、及びプロテアーゼ阻害剤。ついで、反応混合物を100℃で5分間加熱し、氷上で10分間インキュベートし、16000gで10分間遠心分離した。タウタンパク質を含む上清を、吸引して取り出し、ウエスタンブロッティング及び質量分析により分析した。
【0137】
(チロシンタンパク質キナーゼによる、組み換えタウのin vitroにおけるリン酸化)
組み換えヒトタウ(1μg)を、30μLのキナーゼバッファー(1mMのATPの存在下、HEPES 50mM pH7.4、10mMのMnCl2)中、50ngのAbl又はSyk(Upstate)のいずれかとともに、30℃、30分間インキュベートした。30μLのSDS−PAGEサンプルバッファーを添加し、反応を停止した。
【0138】
(Lckによる組み換えタウのin vitroにおけるリン酸化、及びそれに続くFynのSH2ドメインの結合)
組み換え2N4Rタウタンパク質(440μg/mL)を、以下とともに30℃でインキュベートした:精製組み換えLck(20〜100μg/mL)、40mMのβ−グリセロホスフェートバッファー(pH 7.5)、3mMのATP、25mMのMgCl2、5mMのMnCl2、1mMのDTT、100μMのEDTA、1mMのオルトバナジン酸ナトリウム、及びプロテアーゼ阻害剤。6時間後、チューブを100℃で5分間加熱し、氷上で10分間冷却し、16000gで10分間遠心分離した。4G10抗ホスホチロシン抗体(Upstate, Inc)及び抗タウ抗体(Dako)を用いて、ウエスタンブロッティングにより、チロシンリン酸化について上清を確認した。
【0139】
タウとFynのSH2ドメインとの相互作用を、2〜5μgのGST−Fyn−SH2融合タンパク質又はコントロールとしてのGSTを含む、グルタチオン−セファロース(登録商標)ビーズとともに、チロシンリン酸化又は非リン酸化タウ(5μg/mL)をインキュベートすることにより調べた。4℃で60分間混合した後、ビーズを3回洗浄し、上述のとおり、タウ及びホスホチロシンについて、ウエスタンブロッティングにより分析した。
【0140】
(タウのゲル内タンパク消化)
PHF−タウ又はin vitroリン酸化タウタンパク質を、10%(wt/vol)ポリアクリルアミドゲルで分離し、コロイド状のクマシーブルーGで染色した。タウに相当するタンパク質バンドを切り出し、カルバミドメチル化し、タンパク質分解酵素(トリプシン又はAsp−N)で消化した。一連のアセトニトリル及び水性洗浄により、ペプチドをゲル片から抽出し、乾燥し、50mMの重炭酸アンモニウムに再懸濁した。
【0141】
(ニューロンのアミロイドβ処理、及び脂質ラフトの単離)
ラット及びヒトの初代皮質神経細胞培養を、線維状Aβ25〜35又はAβ1〜42で、1〜30分間処理した。1つ80cmのフラスコから、プロテアーゼ阻害剤を含む25mMのMes(pH 6.5)中、2mLの1%Triton X−100へと細胞を擦り取ることにより、コントロールの未処理神経細胞培養及びAβ処理神経細胞培養から脂質ラフトを調製した。Dounceホモジナイゼーションにより細胞を破砕した。ホモジネートを、25mMのMes、150mMのNaCl(pH6.5)中、2mLの90%ショ糖(w/v)と混合し、12mLの遠心分離管に入れた。ホモジネート混合物を、4mLの35%(w/v)ショ糖溶液、それに続いて4mLの5%(w/v)ショ糖溶液とともに重ねることにより、5〜35%のショ糖のステップ勾配を形成した。ついで、これを、Beckman SW41ローターで、39,000rpm、18時間遠心分離した。それぞれの勾配の上部から、1mLの画分を回収した。脂質ラフト画分は、5%(w/v)ショ糖層と35%(w/v)ショ糖層との界面に分画され、画分4及び5であった。脂質ラフト画分(4及び5)を、10mLのdd H2Oとともに混合し、Beckman SW41ローターで、39,000rpm、2時間遠心分離することにより、脂質ラフト画分を濃縮した。上清を吸引し、残ったペレットを、100μLの2×サンプルバッファーに再懸濁した。脂質ラフトタンパク質のウエスタンブロットを、フロチリンに対する抗体でプローブし、スキャニングデンシトメトリーにより、タンパク質負荷を修正した。抗タウポリクローナル抗体(DAKO)を用いて、脂質ラフトタンパク質のウエスタンブロットをプローブすることにより、脂質ラフト中のタウを検出した。
【0142】
(過バナジン酸で処理された培養細胞における、タウのチロシン残基のリン酸化)
実験の第一セットにおいて、COS−7細胞を、V5タグのヒトタウ最長アイソフォーム、又はV5タグのタウ変異体であって、1つのチロシンが1つのフェニルアラニンで置換されている構築物(すなわち、Y18F、Y29F、Y197F、Y310F、及びY394F)で、一過的にトランスフェクトした。実験の第二セットにおいて、COS−7細胞を、V5タグのタウ(441)構築物、又はV5タグのタウ変異体であって、1つのチロシンのみがそのままであり、4つの他のチロシンがフェニルアラニンで置換されているもの(すなわち、そのままであるチロシンに従って、Y18のみ、Y29のみ、Y197のみ、Y310のみ、及びY394のみ)で、一過的にトランスフェクトした。
【0143】
タウのチロシンリン酸化を増加させるために、細胞を、チロシンホスファターゼ阻害剤である過バナジン酸で20分間処理した。細胞を、1%のNP−40、2mMのオルトバナデート、及びプロテアーゼ阻害剤を含むNETFバッファー(100mMのNaCl、2mMのEGTA、50mMのTris−Cl pH 7.4、及び50mMのNaF)中に採取した。細胞を、40μLのプロテインG−セファロースビーズで予めきれいにし(precleared)、プロテインG−セファロースビーズに予め吸着させておいた抗V5モノクローナル抗体を用いて、免疫沈降を行った。細胞を、1%のNP−40を含むNETF溶解バッファー中に採取し、抗V5抗体を用いてタウを免疫沈降した。得られた免疫沈降物を、SDS−PAGEにより分離し、これを繰り返し、ニトロセルロース上に転写した。2枚の複製メンブレンに対して、4G10ホスホチロシン抗体、又はTP70抗体(全タウ抗体)を用いて、免疫ブロットを行った。結合抗体を、増強化学発光検出により可視化した。定量化は、GS710 Calibrated Imaging Densitometer(Bio−Rad)を用いてオートラジオグラムをスキャニングし、Quantity One 4.0.3ソフトウェア(Bio−Rad)を用いて相対的な光学密度を測定することにより行った。
【0144】
(チロシンキナーゼである、Fyn、Src、Abl、Sykの共発現による、培養細胞中のタウのチロシン残基のリン酸化)
Fyn cDNAは、D. Markby(Sugen, San Francisco)から譲り受け、Src cDNAは、Upstate社(Src cDNA Allelic Pack)のものであり、Abl及びAblΔXB cDNA(SH3ドメインの大部分を欠失している、Ablの構成的活性型)は、Richard A. Van Etten(Molecular Oncology Research Institute, Boston)からのものであり、Syk cDNAは、H. Band(Bringham and Women's Hospital, Boston)から譲り受けた。共トランスフェクション実験のために、CHO細胞を用いた。COS細胞を、V5タグのヒトタウ最長アイソフォーム、及びV5タグのタウ変異体であって、1つのチロシンが1つのフェニルアラニンで置換されている構築物(すなわち、Y18F、Y29F、Y197F、Y310F、及びY394F)で、一過的にトランスフェクトした。全ての実験において、細胞を、エンプティーベクター、又はタンパク質チロシンキナーゼ発現ベクター(Fyn、Src、Abl、又はAblΔXB)で共トランスフェクションした。細胞を採取して、「過バナジン酸で処理された培養細胞における、タウのチロシン残基のリン酸化」のセクションに記載のとおり、免疫沈降及びウエスタン分析を行った。
【0145】
[結果]
(PHF−タウで発見された、チロシンリン酸化の新規部位)
現在の文献では、PHF−タウにおいて、直接的手段により同定された25個の既知のリン酸化部位(すべて、セリン又はスレオニン)が報告されている(Hanger et al., 1998)(Morishima−Kawashima et al., 1995)。抗体反応性のみにより同定されている、さらに2〜3個の部位が存在する。抗体標識化に基づき、18位のチロシンが、AD脳におけるPHF−タウの一部でリン酸化されていることが報告されている。我々は、PHF−タウにおいて、さらに12個のリン酸化部位を発見し、そのうちの1つが、チロシン残基(394位のチロシン)であることを発見し、部位の総数を37個にした。我々はまた、394位のチロシンが、ヒト胎児脳から単離されたタウにおいてリン酸化されていることも発見した。
【0146】
(ラット脳溶解物によりもたらされる、組み換えタウのチロシンリン酸化の新規部位)
ラット脳の上清を用いた、リン酸化されているタウのタンパク質消化物の質量分析により、多くのセリン及びスレオニンに加えて、310位及び394位のチロシンのリン酸化が実証された。
【0147】
(ニューロン及び脂質ラフト組成物のAβ処理)
初代ラット神経細胞培養のAβ25〜35及びAβ1〜42処理により、脂質ラフトの神経タンパク質成分のチロシンリン酸化において、急速な増加がもたらされた。Aβ処理の後、脂質ラフトタンパク質のホスホセリン又はホスホスレオニン含量の増加は、全く観察されなかった。チロシンリン酸化の増加は、脂質ラフトへのFyn、タウ、及びチューブリンの分配(partitioning)の増加に付随した。焦点接着キナーゼ(FAK)レベルは、Aβに反応して、脂質ラフト内で一過的に増加したが、典型的な脂質ラフトタンパク質であるフロチリンのレベルは、変化しないままであった。チロシンキナーゼ阻害剤であるPP2でのチロシンリン酸化の阻害により、脂質ラフトタンパク質のチロシンリン酸化におけるAβ誘導性の増加、及び脂質ラフトへのタウの分配におけるAβ誘導性の増加は無効化された。
【0148】
(過バナジン酸で処理された培養細胞における、タウのチロシン残基のリン酸化)
1つのチロシン残基がフェニルアラニンに交換されている5つの変異体(Y18F、Y29F、Y197F、Y310F、及びY394F)の第一セットを、COS−7細胞にトランスフェクトし、細胞を過バナジン酸で20分間処理した。4G10抗ホスホチロシン抗体を用いて、免疫沈降したタウにウエスタン分析を行ったところ、Y394F変異構築物が、野生型コントロールのおよそ10%までチロシンリン酸化を低下させるという顕著な効果をもたらす、唯一の単一チロシン変異体であることが示される。Y18F、Y29F、及びY310F構築物のチロシンリン酸化は、野生型コントロールと顕著な差を生じなかった。Y197F変異構築物に関して、チロシンリン酸化の減少が、この構築物を用いて実施された5つの実験のうちの2つで観察されたことが、指摘されるべきである。これらの結果を確認するために、我々は、単独のチロシンとして、ただ1つのチロシン残基が残り、他の4つのチロシンはフェニルアラニンで置換されている(Y18のみ、Y29のみ、Y197のみ、Y310のみ、及びY394のみ)変異体の第二セットを、COS−7細胞にトランスフェクトした。ホスホチロシン抗体を用いた分析により、Y18のみ、Y29のみ、及びY310のみ変異構築物においては、いずれのチロシンリン酸化も、過バナジン酸により誘起され得なかったが、その一方、過バナジン酸は、野生型タウで観察されたものと同様の、Y394のみのチロシンリン酸化の増加を誘起する。Y197のみの変異構築物を用いてなされた4つの実験のうちの2つで、わずかではあるが明確なホスホチシン免疫反応性が検出可能であった。総合すれば、これらの結果から、過バナジン酸処理されたCOS−7細胞におけるタウのチロシンリン酸化の大部分が、394位のチロシンで起こることが示唆される。
【0149】
(Fynを過剰発現している培養細胞における、タウのチロシン残基のリン酸化)
野生型タウ、及び1つのチロシン残基がフェニルアラニンに交換されている5つの変異体(Y18F、Y29F、Y197F、Y310F、及びY394F)の第一セットを、エンプティーベクター、又はFyn発現ベクターを用いて、CHO細胞に共トランスフェクションした。4G10ホスホチロシン抗体を用いて、免疫沈降したタウにウエスタン分析を行ったところ、Y18F及びY310F変異構築物が、それぞれ、野生型コントロールのおよそ50%までチロシンリン酸化を低下させるという顕著な効果をもたらす、2つの単一チロシン変異体であることが示される。総合すると、これらの結果から、18位及び310位のチロシンが、Fynによりリン酸化される主な部位であることが示唆される。
【0150】
(Ablを過剰発現している培養細胞における、タウのチロシン残基のリン酸化)
野生型タウ、及び1つのチロシン残基がフェニルアラニンに交換されている5つの変異体(Y18F、Y29F、Y197F、Y310F、及びY394F)の第一セットを、エンプティーベクター、又はAblΔXB発現ベクターを用いて、CHO細胞に共トランスフェクションした。4G10ホスホチロシン抗体を用いて、免疫沈降したタウにウエスタン分析を行ったところ、Y394Fが、野生型コントロールのおよそ25%までチロシンリン酸化を低下させるという最も強力な効果を有するチロシン変異体であることが示される。Y197F及びY310F変異構築物もまた、それぞれ、野生型コントロールのおよそ70%までチロシンリン酸化を低下させるという顕著な効果を有する。対照的に、Y18F及びY29F変異構築物では、野生型コントロールとの差は生じなかった。総合すると、これらの結果から、Ablは、主に、394位のチロシンでタウをリン酸化し、このキナーゼにより、197位と310位のチロシンもまたリン酸化されることが示唆される。対照的に、Ablは、18位及び29位のチロシンをリン酸化しない。
【0151】
(Sykを過剰発現している培養ニューロンにおける、タウのチロシン残基のリン酸化)
野生型タウ、及び1つのチロシン残基がフェニルアラニンに交換されている5つの変異体(Y18F、Y29F、Y197F、Y310F、及びY394F)の第一セットを、エンプティーベクター、又はSyk発現ベクターを用いて、CHO細胞に共トランスフェクションした。4G10ホスホチロシン抗体を用いて、免疫沈降したタウにウエスタン分析を行ったところ、タウの単一変異体(すなわち、1つのチロシンがフェニルアラニンに変異され、他の4つのチロシンはそのまま存在する)は、タウチロシンリン酸化の顕著な低下を全く示さなかったことが示される。Y18のみ、Y29のみ、Y197のみ、又はY394のみの変異体は、それぞれ、野生型で見られたレベルの20〜25%までリン酸化され得、これは、Sykが、これらの部位のそれぞれでタウをリン酸化できることを示している。
【0152】
(チロシンリン酸化タウに結合する、FynのSH2ドメイン)
グルタチオンビーズに結合されたGST−SH2タンパク質を用いた共沈降実験により、コントロールの非リン酸化タウは、FynのSH2ドメインに結合できないが、チロシンリン酸化タウはFynのSH2ドメイン(アイソフォームB)に結合できることが実証された。
【0153】
(細胞におけるタウリン酸化が、Abl様キナーゼにより触媒されるかどうかを決定するための、STI 571の使用)
メシル酸イマチニブ、Gleevec(登録商標)、Glivec、以前はCGP 57148B、化学名4−[(4−メチル−1−ピペラジニル)メチル]−N−[4−メチル−3−[[4−(3−ピリジニル)−2−ピリミジニル]アミノ]−フェニル]ベンズアミドメタンスルホン酸塩としても知られる、化合物STI 571は、チロシンタンパク質キナーゼの公知の阻害剤であり、有効な抗白血病薬である。これはAbl選択性であるが、血小板由来増殖因子受容体及びc−Kitを含む、少数の他のチロシンタンパク質キナーゼも阻害する。
【0154】
Abl様キナーゼが、細胞におけるタウをリン酸化するかどうかを確認するための実験は、以下のとおりに行うことができた。COS−7、CHO、又はSH−SY5Y細胞を、適したタウ構築物、例えば、タウ2N4R−V5−His(野生型)を含むプラスミドなどでトランスフェクトし、48時間後にSTI−571で処理し、その1時間後に、100μMの過バナジン酸又はコントロールで処理する。
【0155】
さらに1時間後、細胞を採取し、細胞溶解物を、抗V5抗体で免疫沈降し、抗ホスホチロシン抗体4G10を用いたウエスタンブロッティングにより分析する。化合物PP2で既に示されたとおり、STI 571が、タウのチロシンリン酸化を阻害することが予測され得る。
【0156】
[仮説]
我々の仮説は、タウ及び特定のタンパク質チロシンキナーゼの関与を必須とするメカニズムにより、Aβがニューロンに対して神経毒性であるというものであり;恐らく、候補チロシンキナーゼには、Fyn及びAblが含まれるが、他のものが必要とされる場合もある。我々は、Aβへのニューロンの暴露が、1つ又は複数のこれらのキナーゼの活性化を誘起し、ついで、タウがリン酸化され、これにより、例えば、Fynに対するSH2結合部位を含む、他の細胞シグナリングタンパク質に対する結合部位が生じる、というメカニズムを予想する。ついで、チロシンリン酸タウが、病的な量で、細胞膜の脂質ラフト構成成分に結合し、これが、神経変性及び細胞死をもたらす、未知ではあるが有害な細胞シグナリングプロセスを誘引する。
【0157】
本明細書に記載の参考文献は、その全てが、明確に、参照として援用される。
[参考文献]





【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)タウタンパク質のリン酸化における、チロシンキナーゼの活性を阻害できるか、又は(b)タウタンパク質とのその相互作用を阻害するために、前記チロシンキナーゼと結合できる、候補化合物をスクリーニングするための、チロシンキナーゼ、又はチロシンキナーゼをコードする核酸分子の使用であって、前記チロシンキナーゼが、c−Abl、Syk、又はFynからなる群から選択される、使用。
【請求項2】
前記タウタンパク質が、対螺旋状フィラメントタウである、請求項1記載の使用。
【請求項3】
前記タウタンパク質が、図1に示すアミノ酸配列を有するタウタンパク質のフラグメント又は誘導体である、請求項1又は2記載の使用。
【請求項4】
前記タウタンパク質が、図1に示すアミノ酸配列を有するタウタンパク質と、80%を超える配列同一性を有する、請求項1乃至3のいずれか一項記載の使用。
【請求項5】
前記チロシンキナーゼが、タウタンパク質のY18、Y29、Y197、Y310、及びY394からなる群から選択される1つ又は複数の部位でタウタンパク質をリン酸化する、請求項1乃至4のいずれか一項記載の使用。
【請求項6】
前記チロシンキナーゼが、c−Ablである、請求項1乃至5のいずれか一項記載の使用。
【請求項7】
c−Ablが、タウタンパク質のY197、Y310、及びY394からなる群から選択される1つ又は複数の部位でタウタンパク質をリン酸化する、請求項6記載の使用。
【請求項8】
c−Ablが、タウタンパク質のY394でタウタンパク質をリン酸化する、請求項7記載の使用。
【請求項9】
前記チロシンキナーゼが、Fynである、請求項1乃至5のいずれか一項記載の使用。
【請求項10】
Fynが、タウタンパク質のY18及びY310からなる群から選択される1つ又は複数の部位でタウタンパク質をリン酸化する、請求項9記載の使用。
【請求項11】
前記チロシンキナーゼが、Sykである、請求項1乃至5のいずれか一項記載の使用。
【請求項12】
Sykが、タウタンパク質のY18、Y29、Y197、及びY394からなる群から選択される1つ又は複数の部位でタウタンパク質をリン酸化する、請求項10記載の使用。
【請求項13】
前記スクリーニングにおいて、前記候補化合物が、前記チロシンキナーゼによる基質のリン酸化を阻害するかどうか、及び任意選択でその程度を測定する工程を含む、請求項1乃至12のいずれか一項記載の使用。
【請求項14】
前記チロシンキナーゼの基質が、タウタンパク質又はそのフラグメントではない、請求項13記載の使用。
【請求項15】
前記スクリーニングにおいて、初めのスクリーニングで選択された候補物質が、前記候補物質の不在下で前記チロシンキナーゼが前記タウタンパク質の部位をリン酸化できるという条件下、前記タウタンパク質のリン酸化を阻害する特性を有するかどうかを確認する工程をさらに含む、請求項13又は14記載の使用。
【請求項16】
質量分析又は部位特異的に認識する作用物質が、前記タウタンパク質の1つ又は複数の部位でのリン酸化の存在、不在、又は程度を測定するために用いられる、請求項1乃至15のいずれか一項記載の使用。
【請求項17】
前記部位特異的に認識する作用物質が、モノクローナル抗体である、請求項16記載の使用。
【請求項18】
前記スクリーニングが、複数の基質が固定された固相を用いた多重アッセイで実施される、請求項1乃至17のいずれか一項記載の使用。
【請求項19】
前記基質が、タウタンパク質のリン酸化部位に対応する、請求項18記載の使用。
【請求項20】
チロシンキナーゼによるタウタンパク質のリン酸化を阻害できる物質のスクリーニング方法であって、前記タウタンパク質が1つ又は複数のリン酸化部位を含み、以下の工程:
(a)少なくとも1つの候補物質と、前記タウタンパク質と、チロシンキナーゼとを、前記候補物質の不在下で前記チロシンキナーゼが前記タウタンパク質の部位をリン酸化できるという条件下で、接触させる工程;
(b)前記候補物質が、前記チロシンキナーゼによる前記タウタンパク質の1つ又は複数の部位でのタウタンパク質のリン酸化を阻害するかどうか、及び任意選択でその程度を測定する工程;並びに
(c)前記部位の1つ又は複数で前記タウタンパク質のリン酸化を阻害する前記候補物質を選択する工程、
を含み、ここで、前記チロシンキナーゼが、c−Abl、Syk、又はFynからなる群から選択される、方法。
【請求項21】
前記タウタンパク質が、対螺旋状フィラメントタウである、請求項20記載の方法。
【請求項22】
前記タウタンパク質が、図1に示すアミノ酸配列を有するタウタンパク質のフラグメント又は誘導体である、請求項20又は21記載の方法。
【請求項23】
前記タウタンパク質が、図1に示すアミノ酸配列を有するタウタンパク質と、80%を超える配列同一性を有する、請求項20乃至22のいずれか一項記載の方法。
【請求項24】
前記チロシンキナーゼが、タウタンパク質のY18、Y29、Y197、Y310、及びY394からなる群から選択される1つ又は複数の部位でタウタンパク質をリン酸化する、請求項20乃至23のいずれか一項記載の方法。
【請求項25】
前記チロシンキナーゼが、c−Ablである、請求項20乃至22のいずれか一項記載の方法。
【請求項26】
c−Ablが、タウタンパク質のY197、Y310、及びY394からなる群から選択される1つ又は複数の部位でタウタンパク質をリン酸化する、請求項25記載の方法。
【請求項27】
c−Ablが、タウタンパク質のY394でタウタンパク質をリン酸化する、請求項26記載の方法。
【請求項28】
前記チロシンキナーゼが、Fynである、請求項20乃至24のいずれか一項記載の方法。
【請求項29】
Fynが、タウタンパク質のY18及びY310からなる群から選択される1つ又は複数の部位でタウタンパク質をリン酸化する、請求項28記載の方法。
【請求項30】
前記チロシンキナーゼが、Sykである、請求項20乃至24のいずれか一項記載の方法。
【請求項31】
Sykが、タウタンパク質のY18、Y29、Y197、及びY394からなる群から選択される1つ又は複数の部位でタウタンパク質をリン酸化する、請求項30記載の方法。
【請求項32】
前記方法が、工程(b)において、前記候補化合物が、前記チロシンキナーゼによる基質のリン酸化を阻害するかどうか、及び任意選択でその程度を測定する工程を含む、請求項20乃至31のいずれか一項記載の方法。
【請求項33】
前記チロシンキナーゼの基質が、タウタンパク質又はそのフラグメントではない、請求項32記載の方法。
【請求項34】
前記方法が、工程(b)において、前記候補物質が、前記チロシンキナーゼによる基質のリン酸化を阻害するかどうか、及び任意選択でその程度を測定する工程を含む、請求項20乃至33のいずれか一項記載の方法。
【請求項35】
前記チロシンキナーゼの基質が、タウタンパク質又はそのフラグメントではない、請求項34記載の方法。
【請求項36】
前記方法が、初めのスクリーニングで選択された候補物質が、前記候補物質の不在下で前記チロシンキナーゼが前記タウタンパク質の部位をリン酸化できるという条件下、前記タウタンパク質のリン酸化を阻害する特性を有するかどうかを確認する工程をさらに含む、請求項34又は35記載の方法。
【請求項37】
前記タウタンパク質の1つ又は複数の部位でのリン酸化の存在、不在、又は程度を測定する工程が、質量分析、又はリン酸化部位と非リン酸化部位とを区別できる部位特異的に認識する作用物質を用いる、請求項20乃至36のいずれか一項記載の方法。
【請求項38】
前記部位特異的に認識する作用物質が、モノクローナル抗体である、請求項37記載の方法。
【請求項39】
前記スクリーニングが、複数の基質が固定された固相を用いた多重アッセイで実施される、請求項20乃至38のいずれか一項記載の方法。
【請求項40】
前記基質が、タウタンパク質のリン酸化部位に対応する、請求項39記載の方法。
【請求項41】
前記リン酸化部位が、タウタンパク質のY18、Y29、Y197、Y310、及びY394からなる群から選択される1つ又は複数の部位である、請求項40記載の方法。
【請求項42】
前記方法が、前記チロシンキナーゼの阻害剤としての候補物質を同定した後、前記候補物質の構造を最適化するさらなる工程を含む、請求項20乃至41のいずれか一項記載の方法。
【請求項43】
請求項19乃至41のいずれか一項記載の方法により候補物質を同定した後、前記物質を製造するさらなる工程、及び/又は医薬組成物中に前記物質を配合するさらなる工程を含む方法。
【請求項44】
以下の工程:
(i)請求項1乃至42のいずれか一項中に記載の、チロシンキナーゼ阻害剤を同定する工程;
(ii)前記チロシンキナーゼ阻害剤の構造を最適化する工程;及び
(iii)前記最適化されたチロシンキナーゼ阻害剤を含む医薬組成物又は医薬を製造する工程、
を含む、医薬組成物又は医薬の製造方法。
【請求項45】
請求項1乃至42のいずれか一項中に記載の方法により得られる物質。
【請求項46】
タウオパチーの治療のための医薬を製造するための、請求項44記載の物質の使用。
【請求項47】
タウオパチーの治療のための医薬を製造するための、c−Abl、Syk、又はFynの阻害剤の使用。
【請求項48】
前記阻害剤が、c−Abl、Syk、又はFynキナーゼ活性の阻害剤である、請求項47記載の使用。
【請求項49】
前記阻害剤が、イマチニブ、メシル酸イマチニブ、BMS−354825、PD 173955、PD 166326、ON 012380、ピセタノール、574711、ER−27319、BAY61−3606及びPP1からなる群から選択される、請求項48記載の使用。
【請求項50】
前記阻害剤が、アンチセンス核酸又はsiRNAである、請求項48記載の使用。
【請求項51】
前記タウオパチーが、アルツハイマー病、第17番染色体に連鎖するパーキンソン症候群を伴った前頭側頭型痴呆(FTDP−17)、進行性核上麻痺(PSP)、ピック病、大脳皮質基底核変性症、多系統萎縮症(MSA)、鉄蓄積を伴う神経系(neurobasal)の変性、I型(ハレルフォルデン・スパッツ病)、嗜銀性顆粒痴呆、ダウン症候群、石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病、ボクサー痴呆、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群、筋強直性ジストロフィー、ニーマンピック病C型、進行性皮質下膠症、プリオンタンパク質の脳のアミロイド・アンギオパチー、タングルのみの認知症(「tangle only dementia」)、脳炎後のパーキンソン病、亜急性硬化性全脳炎、クロイツフェルト・ヤコブ病、筋萎縮性側索硬化症/パーキンソン認知症症候群、神経原線維変化/認知症を伴う非グアム型(non−Guamanian)運動ニューロン疾患、及びパーキンソン病である、請求項46乃至49のいずれか一項記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−24094(P2012−24094A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−195901(P2011−195901)
【出願日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【分割の表示】特願2007−517457(P2007−517457)の分割
【原出願日】平成17年6月21日(2005.6.21)
【出願人】(501467371)プロティオーム・サイエンシィズ・ピーエルシー (8)
【出願人】(500532757)キングス カレッジ ロンドン (14)
【氏名又は名称原語表記】KINGS COLLEGE LONDON
【Fターム(参考)】