説明

スズまたはスズ合金めっき層の定量分析方法

【課題】銅や黄銅からなる基材にスズめっき層を形成した試料について、スズめっき層をより正確に定量する方法を提供する。
【解決手段】銅または黄銅からなる基材に、スズまたはスズ合金からなるめっき層を形成してなる試料、もしくは金属製の基材に、銅または黄銅からなる下地層を介して、スズまたはスズ合金からなるめっき層を形成してなる試料における前記めっき層の定量分析方法であって、 ホウフッ化水素酸をホウ素元素換算で1.6質量%、ホウ素化合物をホウ素元素換算で0.2質量%以下、チオ尿素を1質量%以下の割合で含む水溶液からなるめっき剥離液を前記試料に接触させて前記めっき層を溶解し、溶解分を含有する前記めっき剥離液について定量することを特徴とするスズまたはスズ合金めっき層の定量分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅または黄銅からなる基材に、スズまたはスズ合金からなるめっき層(以下、「スズめっき層」ともいう)を形成してなる試料における前記めっき層を定量分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気機器や電子機器の電極や端子として銅や黄銅が広く使用されており、耐食性の向上や、接触抵抗の低減、挿入力の低減等の目的でスズめっき層で被覆されることが多い。しかし、スズめっき層には、鉛やカドミウム、クロム等の環境負荷物質が混入していることがあり、それらの含有量を定量する必要がある。
【0003】
スズめっき層の定量分析方法としては、簡便であることから、試料をめっき剥離液に浸漬してスズめっき層を溶解し、溶解分を含有するめっき剥離液について、IPC−AES法等により定量することが主流になっている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
【非特許文献1】「ICP−AES、及びXRFによるSnめっき層中のPb定量分析方法の検討」:山本 信雄、久留須 一彦、第67回分析化学討論会講演要旨集 p.189
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
めっき剥離液は、めっき層だけを選択的に溶解する必要があるが、基材の種類によっては、少なからず基材も溶解している。そのため、基材側にも測定対象の金属成分が含まれていると、その分を定量値から差し引く必要がある。しかし、測定精度を高めるためにめっき層の溶解量を多くしようとすると、基材の溶解量も多くなるため、測定対象の金属成分が基材側に多く含まれていると、めっき層における測定対象の金属成分の定量値がマイナスになることがあり、定量できない。
【0006】
非特許文献1に記載の定量方法では、めっき剥離液としてホウ酸、フッ化水素酸、硝酸の混酸を用いることで、基材をできるだけ溶解しない工夫がなされているが、この混酸は銅系材料を溶解する。また、希硫酸系のめっき剥離液も知られているが、純銅は溶解しないものの、黄銅や鉄系材料を溶解する。
【0007】
その他、金属イオンを含有するめっき剥離液も知られている。例えば、鉄イオンを含有するめっき剥離液が知られているが、定量下限値が高く、分析結果を示すスペクトルが良好ではない。また、クロムイオンを含有するめっき剥離液も知られているが、クロムの定量はできず、またPb:220.353nmに干渉があるため鉛の測定にも不適である。
【0008】
このように、従来のめっき剥離液は銅系材料を溶解しやすく、銅や黄銅を基材とするスズめっき層には不適である。
【0009】
そこで本発明は、銅や黄銅からなる基材にスズめっき層を形成した試料について、スズめっき層をより正確に定量する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、請求項1に記載された発明は、銅または黄銅からなる基材に、スズまたはスズ合金からなるめっき層を形成してなる試料、もしくは金属製の基材に、銅または黄銅からなる下地層を介して、スズまたはスズ合金からなるめっき層を形成してなる試料における前記めっき層の定量分析方法であって、ホウフッ化水素酸をホウ素元素換算で1.6質量%、ホウ素化合物をホウ素元素換算で0.2質量%以下、チオ尿素を1質量%以下の割合で含む水溶液からなるめっき剥離液を前記試料に接触させて前記めっき層を溶解し、溶解分を含有する前記めっき剥離液について定量することを特徴とするスズまたはスズ合金めっき層の定量分析方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明のスズまたはスズ合金めっき層の定量分析方法で用いるホウ素系の特定組成のめっき剥離剤は、実質的にスズめっき層のみを選択的に溶解することができるため、めっき層の定量を正確に行なうことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に関して詳細に説明する、
【0013】
本発明の定量方法は、基本的には従来と同様に、スズめっき層が形成された試料をめっき剥離液に浸漬してスズめっき層を溶解し、溶解分を含有するめっき剥離液を定量するが、その際、下記に示すホウ素系の特定組成のめっき剥離液を用いる。
【0014】
めっき剥離液は、ホウフッ化水素酸をホウ素元素換算で1.6質量%、ホウ素化合物をホウ素元素換算で0.2質量%以下、チオ尿素を1質量%以下の割合で含む水溶液である。ホウ素化合物としては水素化ホウ素カリウム、水素化ホウ素ナトリウム等の水素化ホウ素化合物、ジメチルアミンボラン、トリメチルアミンボラン、トリエチルアミンボラン等のアミンボラン化合物、ヒドラジン等が挙げられる。各成分とも含有量が下限値を下回るとスズめっき層を溶解し難くなり、上限値を上回ると銅や黄銅を溶解するようになる。また、めっき剥離液には、その他にも、例えば、安定剤としてエチレングリコールモノアリルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル等のグルコールエーテル類等を1〜10質量%の割合で含有してもよい。
【0015】
測定精度を高めるためにはスズめっき層の溶出量が多いほど好ましいため、めっき剥離液との接触は、基材が露出するまで行なう。尚、基材の露出は、目視により十分可能である。
【0016】
そして、スズめっき層の溶解分を含有するめっき剥離液について、定量分析を行なう。定量分析は、簡便で、高精度の定量ができる等の理由から、ICP−AES(誘導結合プラズマ発光分光分析法)を行なうことが好ましい。本発明では、特にスズめっき層中の環境負荷物質である鉛、カドミウム、クロムの定量を目的とするが、ICP−AESによりこれらを高精度で測定することができる。
【0017】
本発明で用いる上記のめっき剥離液は、銅、並びに黄銅成分である亜鉛を、測定に影響を与えるレベルまで溶解せず、実質的にスズめっき層のみを溶解する。従って、測定値をそのままスズめっき層における含有量と見做して問題ない。しかし、後述する実施例1のように、銅や亜鉛の測定値を試料量から差し引いて新たな試料量とし、鉛やカドミウム、クロム等の各成分の含有量を補正することでより、高精度の定量ができる。
【0018】
また、同じく環境負荷物質である水銀を定量する場合には、CV−AAS(冷蒸気還元気化原子吸光法)を行なうことが好ましい。
【0019】
尚、本発明で用いるめっき剥離液は銅及び黄銅を溶解しないため、試料は、銅や黄銅からなる基材にスズめっき層が形成されたものの他に、銅や黄銅以外の金属製基材で、銅や黄銅を下地層としてその上にスズめっき層を形成したものであってもよい。
【実施例】
【0020】
(実施例1)
黄銅製基材に銅下地めっき、スズめっき層を形成した試料を、メルテックス株式会社製めっき剥離液「エンストリップTL−105」(ホウフッ化水素酸をホウ素元素換算で1.6質量%、ホウ素化合物をホウ素元素換算で0.2質量%以下、チオ尿素を1質量%以下、安定化剤含有、残部水)に浸漬した。黄銅製基材が露出した時点で試料を取り出し、浸漬前との重量差を求めたところ、試料量は0.01315gであった。
【0021】
次いで、スズめっき層を溶解した後のめっき剥離液についてICP−AESにて定量分析を行ない、銅、亜鉛、鉛、カドミウム及びクロムの含有量を求めた。結果を表1に示すが、銅及び亜鉛の含有量は僅かであり、黄銅製基材の溶解が抑えられていることがわかる。
【0022】
【表1】

【0023】
上記の測定値を基に、銅と亜鉛の各量を上記試料量から差し引いて真の試料量(0.01211g)とし、下記の如くスズめっき層における鉛、カドミウム及びクロムの各含有量を求めた。
鉛 :3.3/0.01211=276.3ppm
カドミウム:0.05918/0.01211=4.9ppm
クロム :0.29062/0.01211=24.0ppm
【0024】
(実施例2〜7)
黄銅製基材に、銅下地めっき、組成の異なるスズめっき層を形成した試料A〜Fを用意し、実施例1で用いたメルテックス株式会社製めっき剥離液「エンストリップTL−105」に浸漬した。黄銅製平板が露出した時点で試料を取り出し、めっき剥離液についてICP−AESにて定量分析を行ない、銅、亜鉛、鉛、カドミウム及びクロムの含有量を求めた。尚、ここでは実施例1のような銅及び亜鉛量を差し引く補正は行なっていない。結果を表2に示すが、銅及び亜鉛の含有量が少なく、黄銅製基材の溶解が少ないことがわかる。
【0025】
【表2】

【0026】
(比較例1〜4)
めっき剥離液として、何れも硝酸と塩酸との混合液からなり、混合比の異なる混酸A〜Dを用い、それぞれに黄銅製基材にスズめっき層を形成した同一の試料を浸漬した。黄銅製平板が露出した時点で試料を取り出し、めっき剥離液についてICP−AESにて定量分析を行ない、銅、亜鉛、鉛、カドミウム及びクロムの含有量を求めた。また、黄銅製基材について、蛍光X線により銅及び亜鉛の含有量を測定し、ICP−AESにより銅、亜鉛、鉛、カドミウム及びクロムの含有量を測定した。そして、黄銅製基材中の各成分の含有割合を基に、めっき剥離液中の各成分の含有量を補正した。鉛、カドミウム及びクロムについて表3に示すが、鉛、カドミウム及びクロムの含有量がマイナスとなる場合が多く、混酸系のめっき剥離液は黄銅製基材を溶解し、スズめっき層の定量には使用できないことがわかる。
【0027】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅または黄銅からなる基材に、スズまたはスズ合金からなるめっき層を形成してなる試料、もしくは金属製の基材に、銅または黄銅からなる下地層を介して、スズまたはスズ合金からなるめっき層を形成してなる試料における前記めっき層の定量分析方法であって、
ホウフッ化水素酸をホウ素元素換算で1.6質量%、ホウ素化合物をホウ素元素換算で0.2質量%以下、チオ尿素を1質量%以下の割合で含む水溶液からなるめっき剥離液を前記試料に接触させて前記めっき層を溶解し、溶解分を含有する前記めっき剥離液について定量することを特徴とするスズまたはスズ合金めっき層の定量分析方法。

【公開番号】特開2008−286672(P2008−286672A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−132681(P2007−132681)
【出願日】平成19年5月18日(2007.5.18)
【出願人】(000006895)矢崎総業株式会社 (7,019)
【Fターム(参考)】