説明

スズ含有化合物を用いた乳酸類の製造方法

【課題】セルロース等の炭水化物含有原料から乳酸類を効率的に製造するための代替法の提供。
【解決手段】触媒としてスズ含有化合物、並びに助触媒としてリチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物もしくは第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含む、水及び/又はアルコールを含有する溶媒中で、炭水化物含有原料を加熱処理することを特徴とする、乳酸類の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭水化物含有原料から、触媒としてスズ含有化合物、並びに助触媒としてリチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1種の化合物を用いて乳酸類を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、工業的に実施されている乳酸の製造法は糖類の乳酸発酵によるものである(特許文献1参照)。しかしながらこの方法でセルロースを乳酸発酵の原料とするには、酸又は酵素などを用いた糖化工程を経る必要がある。また一般に発酵による乳酸製造法は反応速度が遅く、巨大な発酵槽が必要となり、生成する乳酸の濃度が低いため、精製のためのエネルギー消費量が大きくなる問題がある。加えて、乳酸発酵は発酵の進行とともに溶液のpHが低下することにより、乳酸菌の発酵効率が低下してしまうため、塩基で中和させながら発酵が行われる。従って、この乳酸発酵法により生成するのは乳酸塩であり、乳酸塩より乳酸を遊離させるために酸で処理することが行われ、そこから生じる中和塩の処理もプロセス上大きな問題となっている。
【0003】
生物学的な方法によらない乳酸の製造法としては、炭水化物をアルカリ存在下で水熱処理する化学的な方法が知られている。例えば糖類(非特許文献1、2参照)、セルロース(特許文献2、非特許文献3参照)、又は有機性廃棄物(非特許文献4参照)をこの方法で処理すると、高温高圧の反応条件下で分解した炭水化物の一部が異性化して乳酸が生成する。しかし、この方法では乳酸は触媒として加えられたアルカリと反応し、乳酸塩となっているため、乳酸を酸として分離するためには反応液になんらかの無機酸を添加して酸性にしなければならず、アルカリと無機酸が量論的に消費されるという問題がある。
【0004】
アルカリを使わない乳酸の化学的製造法としては、金属ハロゲン化物を触媒として、デンプン、オリゴ糖又は単糖を、アルコールと反応させることにより、乳酸エステルに変換する方法が報告されている(特許文献3参照)。しかし、本発明者らが検討したところ、この方法は200℃未満ではセルロース系の原料を分解できず、乳酸や乳酸エステルの生成が認められなかった。
【0005】
またアルカリを使用せず、セルロース系の原料を化学的な反応により直接、乳酸へ変換した例も報告されているが、これは非常に高温高圧(温度350℃以上400℃未満、圧力20MPa以上35MPa)の反応条件を必要としておりエネルギー消費量が大きい上、乳酸の収率も不十分である(特許文献4参照)。
【0006】
またセルロース系の原料より一段階で乳酸を製造した報告として、第3族金属塩を触媒として用いた例(特許文献5、6参照)及び希土類金属酸化物を触媒として用いた例(特許文献7参照)が報告されている。これらは比較的高価な第3族金属や希土類金属を使用するため、乳酸製造時のコスト増加につながると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6−311886号公報
【特許文献2】特開2005−232116号公報
【特許文献3】特開2004−359660号公報
【特許文献4】特開2004−323403号公報
【特許文献5】特開2008−120796号公報
【特許文献6】特開2009−263242号公報
【特許文献7】特開2009−263241号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Byung Y.Y. and Montgomery R., Carbohydrate Research, Vol.280 (1996) p.27-45
【非特許文献2】Byung Y.Y. and Montgomery R., Carbohydrate Research, Vol.280 (1996) p.47-57
【非特許文献3】Niemelae K. and Sjoestroem E., Biomass, 11 (1986) p.215-221
【非特許文献4】Armando T.Q. et al., Journal of Hazardous Materials, B93 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、炭水化物含有原料から乳酸類を効率的に製造するための代替法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、触媒としてスズ含有化合物、並びに助触媒としてリチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1種の化合物を用いることにより、比較的低温の反応温度にて、炭水化物含有原料から乳酸類を効率的に製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 触媒としてスズ又は有機スズのハロゲン化物及びスズ又は有機スズのパーフルオロアルキルスルホン酸塩からなる群より選択される一種以上のスズ含有化合物を含み、かつ助触媒としてリチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含む、水及び/又はアルコールを含有する溶媒中で、炭水化物含有原料を加熱処理することを特徴とする、乳酸類の製造方法。
[2] 触媒として用いるスズ又は有機スズのハロゲン化物が塩化物である、[1]の方法。
[3] 触媒として用いるパーフルオロアルキルスルホン酸塩が、トリフルオロメタンスルホン酸塩である、[1]又は[2]の方法。
【0012】
[4] 助触媒として用いるリチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物及び第一遷移系列金属のハロゲン化物が塩化物である、[1]〜[3]のいずれかの方法。
[5] 助触媒として用いる四級アンモニウム塩がハロゲン化物である、[1]〜[3]のいずれかの方法。
[6] 加熱処理が、100℃〜300℃で加熱することによるものである、[1]〜[5]のいずれかの方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法では、セルロースやフルクトース等の炭水化物含有原料から、比較的低温の反応温度を用いて、乳酸類を効率的に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明では、触媒として機能する少なくとも1種のスズ含有化合物並びに助触媒として機能する、リチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含めた、水及び/又はアルコールを含有する溶媒中で、炭水化物含有原料を加熱処理することにより、乳酸類を反応生成物として取得することができる。
【0015】
本発明の方法を用いれば、炭水化物含有原料中の炭水化物、例えば、セルロースなどの多糖、フルクトースなどの単糖、オリゴ糖から、比較的低温の反応温度を用いても、乳酸類を簡便かつ高効率に製造することができる。
【0016】
本発明において「乳酸類」とは、乳酸及び/又は乳酸エステルを意味する。乳酸エステルは特に限定されないが、好ましくは乳酸メチルである。
【0017】
炭水化物からの乳酸類の生成反応は、セルロースを出発原料とする場合には、例えば、以下のように進行する。
【0018】
【化1】

【0019】
セルロースはアルコール中又は水中、高温高圧下で加溶媒分解されて糖類を生成する。この反応条件下では、生成された糖類はさらに分解して低分子化合物に変化するか、逆に重合して炭素質の高分子化合物となる。その分解反応としては、脱水反応とレトロアルドリゼーションがある。脱水反応では5−メトキシメチルフルフラール、レトロアルドリゼーションでは、グリコールアルデヒド(二炭糖)、ジヒドロキシアセトン又はグリセルアルデヒド(三炭糖)、エリスリトール(四炭糖)が生成する。このうち三炭糖は、異性化により、乳酸に変換することができる。さらに乳酸は、アルコールとの脱水縮合反応により乳酸エステルへと変換される。
【0020】
本発明の方法において原料として使用できる炭水化物含有原料は、炭水化物を含有する任意の原料であってよい。限定するものではないが、炭水化物含有原料は、単糖、オリゴ糖(単糖が2〜9個結合したもの)、若しくは多糖(単糖が10個以上結合したもの)などの任意の炭水化物、又はそれを含む生物由来材料であってよい。多糖としては、限定するものではないが、セルロースが好ましい。炭水化物含有原料は、例えば、セルロース、ホロセルロース、セロビオース、デンプン(例えば、可溶性デンプン)、マルトース、グルコース、マンノース、フルクトース、ガラクトース、グロース等の六炭糖を含む炭水化物、ヘミセルロース、キシロース、アラビノース等の五炭糖を含むヘミセルロース系物質、又はそれらの少なくとも1つを含有する、例えばリグノセルロース系の原料であってもよい。炭水化物含有原料は、特に限定されないが、例えば、上記のような炭水化物(例えば、セルロース、単糖、オリゴ糖等)を含むバイオマス材料であってもよい。炭水化物含有原料の例としては、古紙、製材残材、麦藁、コーンストーバー、コーンコブ、トウモロコシの穂などの農産廃棄物をはじめとするリグノセルロース系バイオマス材料、デンプンやグルコース等の糖類を含む食品廃棄物等が挙げられる。本発明の方法において使用する炭水化物含有原料は上記のような炭水化物に加えて水を含んでいることも好ましい。
【0021】
本発明の方法では、少なくとも1種のスズ含有化合物を、セルロースの分解反応、及び糖の分解・異性化反応のための触媒として使用する。
【0022】
本発明において「スズ含有化合物」とは、スズ又は有機スズのハロゲン化物及びスズ又は有機スズのパーフルオロアルキルスルホン酸塩からなる群より選択される少なくとも一種の化合物を意味する。
【0023】
ここで「有機スズ」とは、1つ以上の有機置換基(炭化水素基)が結合したスズ(Sn)をいう。本発明で使用され得る有機スズのスズ原子上に結合する置換基としては、特に限定されないが例えば、n−ブチル基、t−ブチル基、n−ヘキシル基、n−オクチル基などが挙げられる。スズ又は有機スズのパーフルオロアルキルスルホン酸塩は、スズ(II)塩であってもスズ(IV)塩であってもよい。
【0024】
「スズ又は有機スズのハロゲン化物」としては、スズ又は有機スズのフッ化物、塩化物、臭化物、及びヨウ化物が挙げられ、好ましくは塩化物である。特に限定されないが、例えば塩化スズ(II)、塩化スズ(IV)五水和物、臭化スズ(II)、n−ブチルスズ(II)塩化物、三塩化フェニルスズをとりわけ好適に使用することができる。
【0025】
「パーフルオロアルキルスルホン酸塩」としては、特に限定されないが、例えばトリフルオロメタンスルホン酸塩、ペンタフルオロメタンスルホン酸塩、ヘプタフルオロプロパンスルホン酸塩、ノナフルオロブタンスルホン酸塩等が挙げられる。本発明において、より好ましいパーフルオロアルキルスルホン酸塩は、トリフルオロメタンスルホン酸塩(慣用名:トリフラート)である。スズのパーフルオロアルキルスルホン酸塩としては、例えば、トリフルオロメタンスルホン酸スズ(II)(Sn(OTf))(Tfはトリフルオロメチルスルホニル基CFSO−を表す。以後同様。)をとりわけ好適に使用することができる。有機スズのパーフルオロアルキルスルホン酸塩としては、例えば、トリフルオロメタンスルホン酸ジブチルスズ(II)(BuSn(OTf))をとりわけ好適に使用することができる。
【0026】
1つの反応系において、スズ含有化合物の1種類を使用してもよいし、2種類以上を組み合わせて使用してもよい。
【0027】
本発明の方法ではさらに、リチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1種の化合物を、セルロースの分解反応、及び糖の分解・異性化反応のための助触媒として使用する。
【0028】
本発明において「助触媒」とは、スズ含有化合物の存在下において、当該スズ含有化合物と共同して作用することによりセルロースの分解反応、及び糖の分解・異性化反応を促進・強化する化合物を意味する。助触媒自体は単独で、すなわち、スズ含有化合物の非存在下において、セルロースの分解反応、及び糖の分解・異性化反応を触媒しても良いし、しなくても良い。
【0029】
「リチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物」としては、リチウム、マグネシウム及び第一遷移系列金属(すなわち、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛)のフッ化物、塩化物、臭化物、及びヨウ化物が挙げられ、好ましくは塩化物である。特に限定されないが、例えば、塩化リチウム、塩化マンガン四水和物、塩化コバルト六水和物、塩化コバルト六水和物、塩化ニッケル四水和物、塩化鉄(II)六水和物などをとりわけ好適に使用することができる。
【0030】
「四級アンモニウム塩」としては、特に限定されないが、例えば四級アンモニウム塩のハロゲン化物(フッ化物、塩化物、臭化物、及びヨウ化物)が挙げられ、そのような四級アンモニウム塩のハロゲン化物としては、限定されるものではないが、例えば、ビス(トリフェニルホスフィン)イミニウムクロライド、テトラブチルアンモニウムブロミド、トリオクチルメチルアンモニウムクロリドなどをとりわけ好適に使用することができる。
【0031】
1つの反応系において、助触媒の1種類を使用してもよいし、2種類以上を組み合わせて使用してもよい。
【0032】
本発明の方法に用いる、水及び/又はアルコールを含有する溶媒は、水若しくはアルコール、又はその両方を含む溶液である。この溶媒は、水又はアルコール単独であってもよいし、水とアルコールの混合液であってもよいし、それらに他の成分、例えば他の有機溶媒が混合された溶液であってもよい。水としては、蒸留水、イオン交換水、工業用水等を使用することができる。アルコールとしては、特に限定されないが、炭素数1から8までの脂肪族アルコールが好ましい。例えばメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、エチレングリコールなどを挙げることができる。含水アルコールも本発明において溶媒として好適に使用できる。1種又は2種以上のアルコールが溶媒に含まれていてもよい。また本発明の方法において、乳酸を製造する場合は水を溶媒として使用し、乳酸エステルを製造する場合は、アルコールを含有する溶媒を使用すればよい。
【0033】
炭水化物含有原料に対する、水及び/又はアルコールを含有する溶媒の使用量は、当業者が適宜選択することができ、特に限定されるものではないが、通常、重量比で原料:溶媒=1:1〜1:1000であり、好ましくは1:5〜1:100である。
【0034】
水及び/又はアルコールを含有する溶媒に含有させる、触媒として用いるスズ含有化合物の合計量(使用量)としては、限定するものではないが、炭水化物含有原料中のグルコース残基又はフルクトース残基1mol当たり、質量比で0.001〜1.0mol、好ましくは0.005mol〜0.1mol、例えば0.01〜0.05molに相当する量を使用できる。使用量が少な過ぎるとセルロースの分解反応、及び糖の分解・異性化反応が進行しにくく、多過ぎると副反応のため目的とする乳酸類の収率が低下するため好ましくない。
【0035】
また、スズ含有化合物に対する助触媒として用いる、リチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物の使用量は、当業者であれば適宜調節することができるが、触媒として用いるスズ含有化合物の使用量1.0molに対して0.1〜10.0molであり、好ましくはスズ含有化合物の使用量と同等又はそれ以上の範囲であり、さらに好ましくは1.0molから4.0molの範囲である。
【0036】
本発明の方法では、触媒としてスズ含有化合物並びに助触媒としてリチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウムより選択される少なくとも1種の化合物を含む、水及び/又はアルコールを含有する溶媒中で、炭水化物含有原料を加熱処理する。加熱処理の条件は、原料に含まれる糖類やアルコールの種類などによって当業者であれば適宜調節することができるが、100℃〜300℃が好ましく、100℃〜250℃がより好ましく、例えば150℃〜160℃を好適に使用できる。本発明の方法ではこのように比較的低めの加熱温度で実施できる。
【0037】
本発明の方法では、加熱処理を、酸素の非存在下で行うことも好ましい。酸素の非存在条件にするためには、加熱処理前に不活性ガスを反応容器に充填して、空気をパージ(排除)することが好適である。不活性ガスの種類は特に限定されるものではないが、例えば、窒素ガス、アルゴンガス、炭酸ガスなどが例として挙げられる。
【0038】
本発明の加熱処理は、加圧下で行うことも好ましい。反応圧力は大気圧以上であることが好ましく、0.3MPa〜20MPaが好ましく、0.4MPa〜10MPaがさらに好ましい。
【0039】
本発明方法における水及び/又はアルコールを含有する溶媒中での反応は、限定するものではないが、例えばオートクレーブ中で行うことが好ましい。また他の好ましい反応形態として、連続流通系反応方法(連続法)が挙げられる。原料・溶媒・触媒を混合した反応液を、所定温度、圧力に制御された反応器に連続的に供給して、所定時間反応器内に滞留させて反応させることができる。
【0040】
本発明の方法では、例えば、電磁撹拌式オートクレーブに、触媒としてスズ含有化合物、助触媒としてリチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウム塩より選択される少なくとも1種の化合物、炭水化物含有原料、並びに水及び/又はアルコールを含有する溶媒を仕込み、不活性ガスで空気をパージした後、上記加熱温度まで加熱して所定時間反応させればよい。加熱時間は、当業者であれば適宜調節でき、特に限定するものではないが、加熱温度に達してから3時間〜24時間とすればよく、5時間〜12時間が好ましい。所定の加熱時間経過後は、加熱を停止し、室温まで放冷させればよい。室温まで冷却した後、オートクレーブから反応生成物を取り出す。
【0041】
また連続流通系反応方法を用いる本発明の方法では、炭水化物含有原料、水及び/又はアルコールを含有する溶媒、触媒としてスズ含有化合物、並びに助触媒としてリチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウム塩より選択される少なくとも1種の化合物を混合した反応液を、所定の加熱温度及び圧力に制御された反応器に連続的に供給し、所定の加熱時間にわたり反応器内に滞留させて反応させればよい。加熱時間経過後は、加熱を停止し、室温まで放冷させればよい。室温まで冷却した後、反応器から反応生成物を取り出す。
【0042】
以上のような方法により、乳酸類を高収率で生成させることができる。炭水化物含有原料がセルロースを含む場合、セルロースから効率よく加溶媒分解された糖類から乳酸類が多量に生成されることになる。本発明の方法によれば、乳酸類を、セルロースや単糖等を含む炭水化物含有原料中の1グルコース残基又は1フルクトース残基当たりの基準で、45%〜60%程度の収率で得ることができる。尚、収率は、原料のセルロースより理論上生成される、1グルコース残基当たりの乳酸類のモル数(乳酸類/グルコース残基=2mol/1mol)に対する、乳酸及び/又は乳酸エステルのモル数(mol)の百分率(%)で表される。
【0043】
上記のようにして得られる反応液から、乳酸又は乳酸エステルを分離することも好ましい。この分離は、例えば液体クロマトグラフィー等の当業者に公知の有機酸分離方法によって行うことができる。
【0044】
本発明の方法では、触媒として使用する酸の使用量を少量に抑え、比較的低温の反応温度を用いながらも乳酸類の収率を向上させることができて有用である。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
50mL容のステンレス製オートクレーブ(耐圧硝子工業製)に、原料としてD−フルクトース0.45g(2.5mmol)、触媒として塩化スズ(II)5mg(0.025mmol)、助触媒として塩化マンガン四水和物20mg(0.1mmol)、溶媒としてメタノール10mLと、撹拌子を加え、蓋を閉めた。このオートクレーブ中の空気を窒素ガスでパージし、0.5MPaまで加圧した後、マグネティックスターラーで混合物を撹拌しながら、電気炉を用いてオートクレーブを150℃になるまで加熱した。その後、150℃に保持しながら5時間撹拌を続けた後、オートクレーブを室温中で放冷した。冷却後、オートクレーブ中から反応溶液を取り出し、溶液中の生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。なお各収率は、原料のD−フルクトースより理論上生成される、乳酸類のモル数(乳酸類/フルクトース=5 mmol/2.5 mmol)に対する、生成物のモル数(mol)の百分率(%)で表した。表中の「trace」は0.5%未満であることを示す。
【0046】
(実施例2)
塩化スズ(II)に代えて臭化スズ(II)7mg(0.025mmol)を用いた点以外は、実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0047】
(実施例3)
塩化スズ(II)に代えてn−ブチルスズ三塩化物28mg(0.1mmol)を用いた点以外は、実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0048】
(実施例4)
塩化スズ(II)に代えて三塩化フェニルスズ30mg(0.1mmol)を使用し、10時間の反応時間で加熱処理を行った。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0049】
(実施例5)
塩化スズ(II)に代えてトリフルオロメタンスルホン酸スズ42mg(0.1mmol)を使用し、塩化マンガン四水和物に代えて塩化マグネシウム六水和物20mg(0.1mmol)を使用した。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0050】
(実施例6)
塩化スズ(II)に代えて、トリフルオロメタンスルホン酸スズ8mg(0.02mmol)及びn−ブチルスズ三塩化物23mg(0.08mmol)を用いた点以外は、実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0051】
(比較例1)
触媒として塩化スズ(II)24mg(0.125mmol)を使用し、助触媒を用いなかった点以外は、実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0052】
(比較例2)
触媒として臭化スズ(II)35mg(0.125mmol)を使用し、助触媒を用いなかった点以外は、実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0053】
(比較例3)
触媒として塩化スズ(IV)五水和物35mg(0.1mmol)を使用し、助触媒を用いず、10時間の反応時間で加熱処理を行った。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0054】
(比較例4)
触媒としてトリフルオロメタンスルホン酸スズ21mg(0.05mmol)を使用し、助触媒を用いず、160℃にて加熱処理を行った。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0055】
(比較例5)
助触媒として塩化マンガン四水和物20mg(0.1mmol)を使用し、触媒を用いなかった点以外は、実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0056】
(比較例6)
助触媒として塩化マグネシウム六水和物20mg(0.1mmol)を使用し、触媒を用いなかった点以外は、実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0057】
(実施例7)
塩化マンガン四水和物に代えて塩化コバルト六水和物6mg(0.025mmol)を使用し、160℃にて加熱処理を行った。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0058】
(実施例8)
触媒として塩化スズ(II)9mg(0.05mmol)を使用し、助触媒として塩化コバルト六水和物12mg(0.05mmol)を使用し、160℃にて加熱処理を行った。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0059】
(実施例9)
塩化マンガン四水和物に代えて塩化ニッケル六水和物6mg(0.025mmol)を使用し、160℃にて加熱処理を行った。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0060】
(実施例10)
触媒として塩化スズ(II)9mg(0.05mmol)を使用し、助触媒として塩化ニッケル六水和物12mg(0.05mmol)を使用し、160℃にて加熱処理を行った。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0061】
(比較例7)
触媒として塩化スズ(II)5mg(0.025mmol)を使用し、助触媒を用いず、160℃にて加熱処理を行った。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0062】
(比較例8)
触媒として塩化スズ(II)9mg(0.05mmol)を使用し、助触媒を用いず、160℃にて加熱処理を行った。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0063】
(比較例9)
助触媒として塩化コバルト六水和物24mg(0.1mmol)を使用し、触媒を用いず、160℃にて加熱処理を行った。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0064】
(比較例10)
助触媒として塩化ニッケル六水和物24mg(0.1mmol)を使用し、触媒を用いなかった点以外は、実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0065】
(実施例11)
塩化マンガン四水和物に代えて塩化リチウム4mg(0.1mmol)を使用した以外は、実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0066】
(実施例12)
塩化マンガン四水和物に代えて塩化鉄(II)四水和物20mg(0.1mmol)を使用した以外は、実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0067】
(比較例11)
助触媒として塩化リチウム4mg(0.1mmol)を使用し、触媒を用いなかった。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0068】
(比較例12)
助触媒として塩化鉄(II)四水和物20mg(0.1mmol)を使用し、触媒を用いなかった。その他の条件は実施例1と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表1に示す。
【0069】
(結果)
表1に示すように、スズ含有化合物と助触媒を組み合わせて用いた場合(実施例1−12)、スズ含有化合物又は助触媒のいずれかを用いなかった場合(比較例1−12)と比べて、乳酸エステルを高い収率で得ることができた。助触媒として、塩化マンガン四水和物又は塩化マグネシウム六水和物を用いた場合(実施例1−6)に、乳酸エステルを高い収率で得られる傾向がみられた。また、2種のスズ含有化合物を助触媒と組み合わせて用いた場合(実施例6)、特に高い収率が得られた。さらに、二種類の触媒の使用量比率を変えた実施例7及び8並びに実施例9及び10では、スズ含有化合物と助触媒の合計使用量がより多い方(実施例8及び10)が、その使用量がより少ない場合(実施例7及び9)よりも乳酸エステルの収率は高かった。従って、スズ含有化合物と助触媒の合計使用量を比較的高くすることが、乳酸エステルを高い収率で得る上で有用であることが示された。
【0070】
【表1】


【0071】
(実施例13)
50mL容のステンレス製オートクレーブ(耐圧硝子工業製)に、原料としてD−フルクトース0.45g(2.5mmol)、触媒として塩化スズ(IV)五水和物35mg(0.1mmol)、助触媒としてビストリフェニルホスフィンイミニウムクロリド57mg(0.1mmol)、溶媒としてメタノール20mLと、撹拌子を加え、蓋を閉めた。このオートクレーブ中の空気を窒素ガスでパージし、0.5MPaまで加圧した後、マグネティックスターラーで混合物を撹拌しながら、電気炉を用いてオートクレーブを150℃になるまで加熱した。その後、150℃に保持しながら10時間撹拌を続けた後、オートクレーブを室温中で放冷した。冷却後、オートクレーブ中から反応溶液を取り出し、溶液中の生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表2に示す。なお各収率は、実施例1と同様に、原料のD−フルクトースより理論上生成される、乳酸類のモル数(乳酸類/フルクトース=5 mmol/2.5 mmol)に対する、生成物のモル数(mol)の百分率(%)で表した。
【0072】
(実施例14)
助触媒としてビストリフェニルホスフィンイミニウムクロリド115mg(0.2mmol)を使用した以外は、実施例13と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表2に示す。
【0073】
(実施例15)
塩化スズ(IV)五水和物に代えて、三塩化フェニルスズ30mg(0.1mmol)を使用した以外は、実施例13と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表2に示す。
【0074】
(実施例16)
助触媒としてトリオクチルメチルアンモニウムクロリド40mg(0.1mmol)を使用した以外は、実施例13と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表2に示す。
【0075】
(実施例17)
助触媒としてテトラブチルアンモニウムブロミド28mg(0.1mmol)を使用した以外は、実施例13と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表2に示す。
【0076】
(比較例13)
触媒として塩化スズ(IV)五水和物35mg(0.1mmol)を使用し、助触媒を用いなかった点以外は、実施例13と同様に反応を行い、各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果における乳酸類の収率を後掲の表2に示す。
【0077】
(結果)
表2に示されるように、スズ/有機スズの塩化物を四級アンモニウム塩と共に使用した場合(実施例13−17)、四級アンモニウム塩を使用しなかった場合(比較例3)と比べて、乳酸類を高い収率で得ることができた。また、有機スズの塩化物を用いた場合(実施例15)、スズの塩化物を用いた場合と比べて(実施例13)、より高い収率が得られた。
【0078】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の方法を用いれば、炭水化物含有原料、例えばセルロース、単糖、オリゴ糖資源を含むバイオマスを利用した、乳酸類の効率的な製造が可能となる。この方法によれば大量の強酸を用いることなく、副生成物の生成を抑制しつつ、乳酸類、とりわけ乳酸エステルを高収率で製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒としてスズ又は有機スズのハロゲン化物及びスズ又は有機スズのパーフルオロアルキルスルホン酸塩からなる群より選択される一種以上のスズ含有化合物を含み、かつ助触媒としてリチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物、第一遷移系列金属のハロゲン化物及び四級アンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含む、水及び/又はアルコールを含有する溶媒中で、炭水化物含有原料を加熱処理することを特徴とする、乳酸類の製造方法。
【請求項2】
触媒として用いるスズ又は有機スズのハロゲン化物が塩化物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
触媒として用いるパーフルオロアルキルスルホン酸塩が、トリフルオロメタンスルホン酸塩である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
助触媒として用いるリチウムのハロゲン化物、マグネシウムのハロゲン化物及び第一遷移系列金属のハロゲン化物が塩化物である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
助触媒として用いる四級アンモニウム塩がハロゲン化物である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
加熱処理が、100℃〜300℃で加熱することによるものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。

【公開番号】特開2012−97007(P2012−97007A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−244406(P2010−244406)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構、「化学的アプローチによるセルロースからの乳酸合成技術の顕在化」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】