説明

ステロイド5α−レダクターゼ活性の測定方法およびそれに用いるキット

【課題】吸光光度計やプレートリーダー等の汎用測定機器で測定可能なステロイド 5α-レダクターゼの高感度活性測定法とキットを提供する。
【解決手段】5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および/または5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)の測定方法。前記5α-DHTおよび/またはA-diolを含有する被検体とNADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) を混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの含有量を求めることを含む。この測定方法を利用した、ステロイド5α-レダクターゼ活性の測定方法、ステロイド5α-レダクターゼに相互作用する物質のスクリーニング方法。これら方法に用いるキット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステロイド 5α-レダクターゼ(E.C. 1.3.99.5)活性の簡易測定方法およびこの簡易測定法に利用するステロイド 5α-レダクターゼ活性測定用キットに関する。特に本発明は、5α-DHTの定量に3α-HSDによるチオNADサイクリングを利用することで、ステロイド 5α-レダクターゼ活性の簡易な比色測定を可能にする方法およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
テストステロンは5α-DHTに還元されて男性ホルモン作用を発揮することから、この還元反応を触媒するステロイド 5α-レダクターゼ (E.C. 1.3.99.5)の活性測定法は、男性ホルモンに関連する疾病の診断や治療薬の開発等の研究において重要な手法となっている。たとえば、前立腺がんに有効な治療薬の一つとしてこの酵素の阻害薬(Finasterideなど)が使用されているが、ステロイド 5α-レダクターゼの簡易測定法が開発できれば、このような阻害薬を効率的に見出すためのスクリーニング法として応用することができる。
【0003】
ステロイド 5α-レダクターゼ活性のこれまでの測定法は放射活性測定法に限られていた。この方法では、前立腺、精巣、肝臓など生体組織のホモジネートに、酵素基質としての[3H]-テストステロンとNADPHを加えてインキュベートし、生成する[3H]-5α-DHTと[3H]-5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)の総量を定量することによって、これら生体試料のステロイド 5α-レダクターゼ活性が測定されている(スキーム1)。
【化1】

【0004】
しかし、この方法は、大過剰に存在しているテストステロンと生成物(5α-DHTとA-diol)との分離が不可欠であり、反応液からの生成物の有機溶媒抽出、抽出溶媒の乾固、TLC(非特許文献1-3)またはHPLC(非特許文献4, 5)による生成物の分離および分離画分の放射活性測定からなる煩雑な方法である。その上、測定の場がラジオアイソトープ実験施設に限定されること、放射性廃棄物処理の問題が生じることなどの、放射性薬品の使用に伴う問題点を抱えており、ステロイド 5α-レダクターゼ活性のスクリーニング法への応用は極めて困難である。
【0005】
最近になって、放射性薬品を使用しないステロイド5α-レダクターゼ活性測定法として高速液体クロマトグラフ-質量分析装置(LC-MS)を利用する方法が報告された(非特許文献6)。しかし、この方法も、LC-MS分析のための前処理に固相抽出による生成物の精製・濃縮操作が必要であるなど、ステロイド5α-レダクターゼ活性のスクリーニング法には適していない。このため、多数検体の一斉分析が可能で、スクリーニング法に適したステロイド5α-レダクターゼ活性の実用的な簡易、かつ高感度な測定法の開発が強く求められていた。
【非特許文献1】D.W.Frederiksen and J.D.Wilson. Partial characterization of the nuclear reduced nicotinamide adenine dinucleotide phosphate: Δ4 -3-ketosteroid 5α-oxidoreductase of rat prostate. J.Biol.Chem., 246: 2584-2593 (1971).
【非特許文献2】K.Normington and D.W.Russell. Tissue distribution and kinetic characteristics of rat steroid 5α-reductase isozymes. J.Biol.Chem., 267: 19548-19554 (1992)
【非特許文献3】K.Pratis, L.O'Donnell, G.T.Ooi, R.I.McLachlan and D.M.Robertson, Enzyme assay for 5α-reductase type 2 activity in the presence of 5α-reductase type 1 activity in rat testis. J.Steroid biochem. Mol. Biol., 75: 75-82 (2000).
【非特許文献4】J.-P. Raynaud, H.Cousse and P.Martin, Inhibition of type 1 and type 2 5α-reductase activity by free fatty acids, active ingredients of Permixon. J.Steroid biochem. Mol. Biol., 82:233-239 (2002).
【非特許文献5】S.J.Assinder, C.Johnson, K.King and H.D.Nicholson. Regulation of 5α-reductase isoforms by oxytocin in the rat ventral prostate. Endocrinol., 145:5767-5773(2004).
【非特許文献6】K.Mitamura, C.Ogasawara, A.Shiozawa, E.Terayama and K.Shimada. Determination method for steroid 5α-reductase activity using liquid chromatography/atmospheric pressure chemical ionization-Mass spectrometry. Anal.Sci., 21: 1241-1244 (2005).
【非特許文献7】S.Ueda and H.Misaki, A highly sensitive enzymatic cycling method for determination of total bile acid in human serum. Clin. Chem., 38: 1057(1992).
【非特許文献8】G.Zhang, A.Cong, G.Xu, C.Li, R. Yang and T.Xia, An enzymatic cycling for the determination of serum total bile acids with recombinant 3α-hydroxysteroid dehydrogenase. Biochem. Biophys. Res. Commun., 326:87-92(2005).
【非特許文献9】S.Ueda、M.Oda, S.Imamura and M.Ohnishi. Kinetic study of the enzymatic cycling reaction conducted wit 3a-hydroxysteroid dehydrogenase in the presence of excessive thio-NAD+ and NADH. Anal.Biochem., 332: 84-89 (2004).
【非特許文献10】D.W.Russell and J.D.Wilson, Steroid 5α-reductase: Two genes/two enzymes. Annu.Rev.Biochem., 63:25-61 (1994).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、従来のステロイド5α-レダクターゼ活性測定法では、酵素基質であるテストステロンとその生成物(5α-DHTとA-diol)の分離が不可欠であるため、煩雑な測定操作からなっており、しかも高感度測定の必要性から放射活性測定装置(たとえば液体シンチレーションカウンター)やLC-MSなどの特殊な測定機器を使用しなければならない。したがって、分離操作が不要で、普及型の比色計でも5α-DHTとA-diolの総量を定量できる簡易で高感度な方法が開発できれば、実用性の高いステロイド5α-レダクターゼ活性のスクリーニング法を導くことができる。
【0007】
そこで本発明の第1の目的は、ステロイド 5α-レダクターゼ活性の簡易、かつ高感度な測定方法を可能とする、ステロイド 5α-レダクターゼの酵素反応生成物である、5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および/または5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)の測定方法を提供することにある。
【0008】
さらに、本発明の第2の目的は、放射性薬品や高速液体クロマトグラフ-質量分析装置(LC-MS)などの高度な機器を利用することなく、ステロイド5α-レダクターゼ活性を簡易、かつ高感度に測定できる方法を提供することにある。
【0009】
さらに、本発明の第3の目的は、放射性薬品や高速液体クロマトグラフ-質量分析装置(LC-MS)などの高度な機器を利用することなく、ステロイド5α-レダクターゼに対して相互作用をする物質のスクリーニング方法を提供することにある。
【0010】
さらに、本発明の第4の目的は、上記5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および/または5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)の測定方法、並びにステロイド5α-レダクターゼ活性測定方法およびスクリーニング方法に利用できる、測定用キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、まず、本発明者らは、5α-DHTとA-diolの特異的簡易測定法を開発すべく種々検討した。その結果、3α-HSDを用いるチオNADサイクリング(スキーム2)によって数nMオーダーの5α-DHTとA-diolが特異的に比色測定できることを見出し、さらに、このサイクリング法を利用してステロイド5α-レダクターゼ活性を簡易測定できることも見出し、本発明を完成させた。
【化2】

【0012】
本発明は以下のとおりである。
[1]
5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および/または5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)の測定方法であって、
前記5α-DHTおよび/またはA-diolを含有する被検体とNADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) を混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの含有量を求めることを含む、前記測定方法。
[2]
生成したチオNADH量の計測は、チオNADHの吸収波長における吸光度を測定することで行う[1]に記載の方法。
[3]
前記5α-DHTは、テストステロンにステロイド5α-レダクターゼが作用して生成した物である[1]または[2]に記載の方法。
[4]
ステロイド5α-レダクターゼ活性の測定方法であって、
ステロイド5α-レダクターゼを含有する被検体にテストステロンを加えて、ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を所定時間行った後、生成した5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)を、NADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) を混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量を求め、求めた5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量から、ステロイド5α-レダクターゼの活性を求めることを含む、前記測定方法。
[5]
ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を行った後、3α-HSDの酵素反応を行う前に、ステロイド5α-レダクターゼを失活させる工程を含む、[4]に記載の測定方法。
[6]
ステロイド5α-レダクターゼに相互作用する物質のスクリーニング方法であって、
ステロイド5α-レダクターゼとテストステロンを含有する系に被検物質を共存させ、ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を所定時間行った後、生成した5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)を、NADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) を混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量を求め、求めた5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量から、ステロイド5α-レダクターゼの活性を求め、前記被検物質のステロイド5α-レダクターゼの活性への影響を求め、被検物質のステロイド5α-レダクターゼに相互作用を評価することを含む、前記スクリーニング方法。
[7]
ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を行った後、3α-HSDの酵素反応を行う前に、ステロイド5α-レダクターゼを失活させる工程を含む、[6]に記載の測定方法。
[8]
前記相互作用が、ステロイド5α-レダクターゼの活性を向上させるものである、[6]または[7]に記載のスクリーニング方法。
[9]
前記相互作用が、ステロイド5α-レダクターゼの活性を低減させるものである、[6]または[7]に記載のスクリーニング方法。
[10]
(i) NADH溶液、(ii) 3α-HSD溶液、および(iii) チオNAD溶液を含む、5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および/または5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)測定用試薬セットからなる、5α-DHT および/またはA-diolの測定用キット。
[11]
5α-DHT および/またはA-diol測定用試薬セットが、(iv) 緩衝液をさらに含む、[10]に記載の測定用キット。
[12]
(i)テストステロン溶液、および(ii) NADPH溶液を含む、ステロイド5α-レダクターゼ反応用試薬セット(試薬セットA)、並びに
[10]または[11]に記載の5α-DHT および/またはA-diol測定用試薬セット(試薬セットB)を含む、ステロイド5α-レダクターゼの活性測定用キット。
[13]
ステロイド5α-レダクターゼ反応用試薬セット(試薬セットA)が、(iii)緩衝液をさらに含む、[12]に記載の測定用キット。
【発明の効果】
【0013】
本発明の効果をまとめると以下のとおりである。
【0014】
(1)本発明の3α-HSDを用いるチオNADサイクリング(第1の態様)は極めて高感度な増幅定量法であり、比色計でも数nMの5α-DHTが短時間で定量できる。したがって、生体試料中のステロイド 5α-レダクターゼ活性を測定するのに十分な感度を有している。
【0015】
(2)ステロイド 5α-レダクターゼを含有する生体試料とテストステロンをインキュベートすると5α-DHTのみならず、A-diolも生成する。これは当該生体試料に3α-HSDも含まれているため、一端生成した5α-DHTがさらに代謝されたものである。このため、ステロイド 5α-レダクターゼの活性測定では5α-DHTとともにA-diolも測定する必要があり、従来法ではこれらを個別に測定している。一方、本発明のチオNADサイクリング(スキーム2)は5α-DHTとA-diolの存在比に関係なく、両者の総量を測定する方法である。
【0016】
(3)酵素基質であるテストステロンはステロイド 5α-レダクターゼとの反応後も大過剰に存在しているため、従来法では、反応終了後にテストステロンと生成物との分離が不可欠である。これが従来法の測定操作を煩雑なものにしている。一方、本発明のチオNADサイクリングは生成物(5α-DHTとA-diol)に対する特異性が高く、大過剰のテストステロンが共存していても分離操作なしで生成物を直接測定できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の第1の態様は、5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および/または5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)の測定方法である。
本発明の第2の態様は、本発明の第1の態様の5α-DHTおよび/またはA-diolの測定方法を利用した、ステロイド5α-レダクターゼ活性の測定方法である。
本発明の第3の態様は、本発明の第2の態様であるステロイド5α-レダクターゼ活性の測定方法を利用した、ステロイド5α-レダクターゼに相互作用する物質のスクリーニング方法である。
本発明の第4の態様は、上記本発明の第1の態様の5α-DHTおよび/またはA-diolの測定方法、本発明の第2の態様であるステロイド5α-レダクターゼ活性の測定方法、本発明の第3の態様であるステロイド5α-レダクターゼに相互作用する物質のスクリーニング方法に利用できる測定用キットである。
以下順次、本発明について説明する。
【0018】
[本発明の第1の態様]
本発明の第1の態様は、5α-DHTおよび/またはA-diolの測定方法であり、この方法は、5α-DHTおよび/またはA-diolを含有する被検体とNADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) を混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの含有量を求めることを含む。
【0019】
生体試料中のステロイド5α-レダクターゼ活性を測定するためには、その生成物である5α-DHTとA-diolが10-9−10-8 Mのレベルで測定できなければならない。これを比色法で達成するには検出シグナルの増幅が必要である。そこで本発明者が注目したのがチオNADサイクリング法による増幅定量法である。この増幅定量法は本発明者らが独自に見出したものであり、5α-DHTとA-diolの測定法として「発明の効果」に記載した優れた特徴を有している。
【0020】
多種類ある酵素サイクリング法の中でチオNAD(P)を利用するサイクリング系は比較的最近になって登場したユニークなサイクリング系(スキーム3)である。この系ではNAD(P)/NAD(P)Hを補酵素として利用する脱水素酵素(Dehydrogenase; DH)を用い、NAD(P)/NAD(P)HとそのアナローグであるチオNAD(P)/チオNAD(P)Hが共存する条件下でサイクリングを行うと、脱水素酵素の基質(還元型基質でも酸化型基質でもよい。その総量が定量できる。)をチオNAD(P)H(極大吸収波長:400 nm、ε =11,900)として増幅定量することができる。
【化3】

【0021】
チオNADサイクリングはすでに幾つかの生体成分の定量に利用されているが、それらのサイクリング率は1分間当たり数回転から数十回転に留まっている。ただし、3α-HSDを用いた胆汁酸のチオNADサイクリングでは1分間当たり数十から100回転と比較的高いサイクリング率を示すことが知られている(非特許文献7-9)。
【0022】
本発明の方法では、脱水素酵素としてNAD/NADHを補酵素として利用する3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD)を用い、過剰のNADHとチオNADが共存する条件下での酵素サイクリング反応により幾何級数的に生成するチオNADHを定量することで、5α-DHTとA-diolの定量が行われる。この反応は通常37℃で行うが、室温でも実施できる。5α-DHTとA-diolは、後述するように、テストステロンの5α-レダクターゼによる反応生成物であり、このチオNADサイクリングを用いることで、5α-レダクターゼの活性測定もできる。従って、前記5α-DHTは、テストステロンにステロイド5α-レダクターゼが作用して生成した物であることができる。
【0023】
5α-DHTおよび/またはA-diolを含有する被検体と混合する、NADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) の量は、被検体に含まれる5α-DHTおよび/またはA-diolの含有量に応じて適宜、決定できる。反応溶液に含まれるNADH、チオNADおよび3α-HSD の量(濃度)は、後述のキットの項で説明する。
【0024】
上記被検体とNADH、チオNADおよび3α-HSDを混合した後、所定時間、3α-HSDの酵素反応を行う。チオNADサイクリングの反応温度、pHおよび反応時間等も被検体中の5α-DHTおよび/またはA-diol含量に応じて適宜決定できる。たとえば、10〜30℃の範囲の温度で、pH7〜10の範囲のpHで、1〜30分の範囲の時間で実施できる。但し、pHは、リン酸緩衝液を用いる場合は8.0、トリス塩酸緩衝液を用いる場合は9.8がより好ましい。
【0025】
3α-HSDの酵素反応により生成したチオNADH量を計測する。生成したチオNADH量の計測は、チオNADHの吸収波長における吸光度を測定することで行うことができる。NADHの極大吸収が340 nm(ε =6,200)であるのに対し、チオNAD(P)Hは可視域に吸収を示すため(極大吸収波長:400 nm、εmax =11,900)、普及型の比色計、吸光光度計や比色測定用マイクロプレートリーダーを用いて測定できることをその長所としている。
【0026】
チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの含有量を求める。上記チオNADサイクリングの条件(試薬濃度、3α-HSDの種類(由来)、反応時間、温度等)を固定した上で、チオNADH量の計測量と5α-DHTおよび/またはA-diolの含有量との検量線を予め作成しておくことで、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの含有量を求めることはできる。ただし、固定すべきチオNADサイクリングの条件は、適宜決定できる。
【0027】
一般に、チオNAD(P)Hは、普及型の吸光光度計や比色測定用マイクロプレートリーダーを用いて測定できるという長所を有し、この利点を利用して、NAD(P)Hの吸収増加に基づく脱水素酵素活性測定やその基質の定量法などの従来法のいくつかがチオNADを用いる方法に改良されている。しかしながら、このサイクリング系を5α-DHTおよび/またはA-diolの測定方法、さらにはステロイド5α-レダクターゼ活性の測定に応用した報告は未だない。本発明では、ステロイド5α-レダクターゼ反応生成物の測定にチオNADサイクリングを利用することにより、比色法でも測定可能なステロイド 5α-レダクターゼ活性測定法を初めて開発した。
【0028】
[本発明の第2の態様]
本発明の第2の態様は、本発明の第1の態様の5α-DHTおよび/またはA-diolの測定方法を利用した、ステロイド5α-レダクターゼ活性の測定方法である。この測定方法は、ステロイド5α-レダクターゼを含有する被検体にテストステロンを加えて、ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を所定時間行った後、生成した5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)を、NADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) を混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量を求め、求めた5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量から、ステロイド5α-レダクターゼの活性を求めることを含む。
【0029】
本発明のステロイド 5α-レダクターゼ活性測定法は、(1) 試料中のステロイド 5α-レダクターゼによるテストステロンの還元反応、(2) その反応生成物である5α-DHTとA-diolのチオNADサイクリングによる増幅定量、の2段階の操作からなる。スキーム4参照。
【0030】
【化4】

【0031】
第1段目の反応は公知の反応であり、条件等は公知の方法を考慮して適宜決定できる。ステロイド 5α-レダクターゼを作用させるテストステロンの量は、被検体に含まれる5α-レダクターゼの量や活性に応じて適宜決定でき、例えば、1〜50 μMの範囲とすることができる。
【0032】
5α-レダクターゼによるテストステロンの還元反応では、例えば、pH 7.0-7.5の緩衝液を使用するのが通例である。但し、後述するようなアイソザイムの活性を区別して測定する場合は、5αR1ではpH 7.0-7.5、5αR2ではpH 5.0-5.5 の緩衝液を使用するとよい。反応時間や反応温度は被検体中のステロイド 5α-レダクターゼ含量を考慮して適宜決定できるが、たとえば、肝ミクロソームでは37℃で20-30分、前立腺ホモジネートの場合は37℃で60分が適当である。但し、これらの条件に限定される意図ではない。
【0033】
ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を行った後、3α-HSDの酵素反応を行う前に、ステロイド5α-レダクターゼを失活させる工程を含むことが適当である。ステロイド5α-レダクターゼは、例えば、反応混合物を加熱(例えば、50〜80℃)することで失活させることができる。
【0034】
ステロイド5α-レダクターゼを失活させた反応混合物は、次いで、本発明の第1の態様で説明したように、NADH、チオNADおよび3α-HSD と混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量を求める。さらに、求めた5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量から、ステロイド5α-レダクターゼの活性を求める。ステロイド5α-レダクターゼの活性は、5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量から以下のように求められる。
(1)既知量の5α-DHTまたはA-diolを標準物質として同様の方法で3α-HSDの酵素反応を所定時間行い検量線を作成する。
(2)作成した検量線から5α-レダクターゼの反応により生成された5α-DHTとA-diolの総量を算出する。
(3)国際単位の定義から5α-レダクターゼを1分間反応させると1μmoleの5α-DHTおよび/またはA-diolが生成するので、5α-レダクターゼの反応時間から5α-レダクターゼ活性を求める。これを式にあらわすと以下の通りである。
【数1】

【0035】
尚、テストステロンの代謝物である5α-DHTとA-diolも3α-HSDの基質として作用することから、本発明者らは5α-DHTの3α-HSDを用いるチオNADサイクリング(スキーム2)について検討した。その結果、1分間当たり460回転もする高効率なサイクリング条件を見出すことができた(実施例1)。しかも、ステロイド5α-レダクターゼの基質であるテストステロンのサイクリング率は0.9回転/分にすぎないことから、確立したサイクリング条件では、大過剰のテストステロンが共存する試料中の微量の5α-DHT(1.25-12.5 nM)を特異的に比色測定できることが確認できた(実施例2)。
【0036】
前記のLC-MS(非特許文献6)を用いた測定法における5α-DHTの定量限界は約20 nM(5 ng/800 μl)であるのに対し、本サイクリング法の定量限界は約1.25 nM (1.25×10-9 M)であった。したがって、本サイクリング法は、その高い特異性に加えて、生体試料中のステロイド5α-レダクターゼ活性を測定するのに十分な測定感度を有するものであった。
【0037】
本発明の第1の態様のチオNADサイクリング法を利用すると、生体試料中のステロイド5α-レダクターゼとの反応でテストステロンから生成する5α-DHTやA-diolは、反応液を加熱して酵素反応を停止後、チオNADサイクリング用試薬で希釈し、数分間の吸光度増加を測定するだけで定量することができる。この定量値から5α-DHTとA-diolの生成速度を求めると生体試料中のステロイド5α-レダクターゼ活性値が得られる。本法では何らの分離操作も必要としない。
【0038】
その1例として、ラット肝ミクロソームのステロイド5α-レダクターゼ活性を測定した実験を実施例3に示した。この実験では、40 mM カリウムリン酸緩衝液(pH 7.0)中、NADPH共存下でテストステロンとラット肝ミクロソームを37℃で20分間インキュベートしてから80℃で5分間加熱後、チオNADサイクリング用試薬を加えて400 nmにおける吸光度を経時的に測定した。用いたラット肝ミクロソームのタンパク質濃度は5.6 μg/ml(酵素反応液中濃度は56 ng/100 μl)であり、求められたステロイド5α-レダクターゼの比活性は3.9 nmol/min/mg proteinであった。また、この条件での検量線は、肝ミクロソームタンパク質濃度が5.6-56 ng/100 μl反応液の範囲で良好な直線性が成立した(実施例4)。なお、マウス前立腺ホモジネートについては、ステロイド5α-レダクターゼ活性が低値であるため、酵素反応時間を60分間に延長し、その他は同様の条件でおこなった。求められた比活性は、酵素反応液のpHが5.5の場合は0.78 pmol/min/mg proteinであり、pHが7.0の場合は0.24 pmol/min/mg proteinであった。
【0039】
以上のように本発明のステロイド5α-レダクターゼ活性測定法は、その阻害薬の活性測定にも応用できる。代表的なステロイド5α-レダクターゼ阻害薬であるFinasterideを用いてラット肝ミクロソームのステロイド5α-レダクターゼに対する影響を調べた実験(実施例5)では、40 nMのFinasterideが共存すると、ステロイド5α-レダクターゼ活性は約41%に低下することを確認した。
【0040】
生体には、ステロイド5α-レダクターゼとして2種類のアイソザイムが存在する(非特許文献4、10)。たとえばラットではタイプ1(5αR1)とタイプ2(5αR2)があるが、これらの至適pHは異なり、5αR1では7.0、5αR2では5.0-5.5である。肝臓や皮膚には主に5αR1が含まれ、生殖器組織では5αR2が主要なステロイド5α-レダクターゼである。ただし、前立腺や精嚢は例外で、両者がほぼ同じ割合で存在する。これら2種のアイソザイムの活性はそれぞれの至適pHで測定されている(非特許文献4)。したがって、本測定法を利用する場合も、両者の活性を区別して測定するには5α-レダクターゼ反応に使用する緩衝液を使い分けると良い。
【0041】
[本発明の第3の態様]
本発明の第3の態様は、本発明の第2の態様であるステロイド5α-レダクターゼ活性の測定方法を利用した、ステロイド5α-レダクターゼに相互作用する物質のスクリーニング方法である。本発明の第2の態様であるステロイド5α-レダクターゼ活性の測定方法は、上記のように、本発明の第1の態様の5α-DHTおよび/またはA-diolの測定方法を利用する方法である。
【0042】
本発明の第3の態様であるステロイド5α-レダクターゼに相互作用する物質のスクリーニング方法は、
(1)ステロイド5α-レダクターゼとテストステロンを含有する系に被検物質を共存させ、ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を所定時間行った後、
(2)生成した5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)を、NADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) を混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量を求め、求めた5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量から、ステロイド5α-レダクターゼの活性を求め、
(3)前記被検物質のステロイド5α-レダクターゼの活性への影響を求め、被検物質のステロイド5α-レダクターゼに対する相互作用を評価することを含む。
【0043】
(1)の被検物質の共存下でのステロイド5α-レダクターゼの酵素反応は、被検物質を共存させること以外は、本発明の第2の態様と同様に行うことができる。被検物質は、ステロイド5α-レダクターゼの活性を向上させ、あるいは低減される等のステロイド5α-レダクターゼと相互作用すると期待される物質から、適宜選択される。低分子化合物でも、オリゴマーまたはポリマーであってもよく、合成品でも、半合成品でも、天然物でもよい。共存させる被検物質は単独でも複数の組み合わせでもよく、すでに相互作用をすることが知られている物質のステロイド5α-レダクターゼへの相互作用に影響を与える物質を被検物質とすることもできる。その場合には、相互作用をすることが知られている物質と被検物質とを共存させることになる。
【0044】
(2)の工程は、本発明の第1の態様および第2の態様における説明に従って実施できる。
【0045】
(3)の工程における被検物質のステロイド5α-レダクターゼの活性への影響は、被検物質の存在の有無や濃度の変化によるステロイド5α-レダクターゼの活性の変動から求めることができる。このように求めた被検物質のステロイド5α-レダクターゼの活性への影響の大小等から、被検物質のステロイド5α-レダクターゼに対する相互作用を評価することができる。前記相互作用は、ステロイド5α-レダクターゼの活性を向上させるものであることもできるし、ステロイド5α-レダクターゼの活性を低減させるもの(阻害剤)であることもできる。
【0046】
ステロイド 5α-レダクターゼによってテストステロンから生成する5α-DHTは活性型男性ホルモンであり、その濃度の変動は種々の内分泌疾患の発症に関与している。たとえば、前立腺肥大や前立腺がんでは5α-DHT濃度が上昇する。これに対応して、これらの疾患ではステロイド 5α-レダクターゼ活性が上昇することも知られており、その阻害薬が前立腺肥大や前立腺がんに有効な治療薬の一つとして利用されている。さらに、男性にみられる粗毛症や禿頭にも5α-DHTが関与していることから、ステロイド 5α-レダクターゼ阻害薬は育毛剤としても市販されている。したがって、ステロイド 5α-レダクターゼ活性測定法は男性ホルモンが関与する内分泌疾患発症メカニズムの研究、前立腺疾患の治療薬の開発や治療効果の判定、育毛剤の開発研究等で必須の手法となっている。また、内分泌撹乱物質、いわゆる環境ホルモンの中にはステロイド 5α-レダクターゼを阻害して野生生物に性分化異常を誘発するものもあることから、この酵素活性測定法は環境汚染化学物質などの有害性確認試験にも活用できるものと考えられる。
【0047】
このように、ステロイド 5α-レダクターゼ活性測定法を必要とする分野は多岐にわたるが、従来から利用されてきた放射活性測定法および最近になって開発されたLC-MSのいずれもが、特殊な測定装置を必要とする上に、酵素反応生成物の分離を不可欠とするために測定操作が煩雑であるなど、実用面での問題点は多い。したがって、実用性の高い5α-レダクターゼ活性測定法、すなわち普及型の比色計でも測定可能な感度を有し、複雑な分離操作を必要としない簡易な測定法の開発が求められていた。
【0048】
チオNADサイクリング法を利用した本発明のステロイド 5α-レダクターゼ活性測定法は極めて簡易な方法であり、比色測定法であるにもかかわらず、ラット肝ミクロソームやマウス前立腺ホモジネート中のステロイド 5α-レダクターゼ活性を測定するのに十分な感度を有している。測定は試料と試薬の混合とインキュベート、数分間の加熱による酵素反応の停止、検出試薬による希釈とインキュベートという単純な操作からなるため、自動化も可能である。特に、普及型の比色用マイクロプレートリーダーを利用すれば多数の試料を一斉に測定することが可能であり、ステロイド 5α-レダクターゼ活性のスクリーニング法として活用できる。また、実施例5でも示すように、ステロイド 5α-レダクターゼ阻害薬のスクリーニングにも適用できる。
【0049】
本発明の第4の態様
本発明の第4の態様は、測定用キットであり、内容によって、
本発明の第1の態様の5α-DHTおよび/またはA-diolの測定方法、
本発明の第2の態様であるステロイド5α-レダクターゼ活性の測定方法、
本発明の第3の態様であるステロイド5α-レダクターゼに相互作用する物質のスクリーニング方法に利用できるものである。
【0050】
[5α-DHT および/またはA-diolの測定用キット]
5α-DHT および/またはA-diolの測定用キットは、(i) NADH溶液、(ii) 3α-HSD溶液、および(iii) チオNAD溶液を含む、5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および/または5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)測定用試薬セットからなる。この試薬セットは、(iv) 緩衝液をさらに含むことができる。
【0051】
この試薬セットは、チオNADサイクリング用試薬(5α-DHT測定用試薬)として用いることができ、より具体的には、(i)0.1 M トリス塩酸緩衝液(pH 9.8)または0.1 Mカリウムリン酸緩衝液(pH 8.0)、(ii) 上記緩衝液にNADHを溶解した10 mM NADH溶液、(iii) 3α-HSD (80 U/ml、Recombinant E.Coli由来)を0.1 M トリス塩酸緩衝液(pH 7.5)とグリセロールの1:1混液に溶解した400 U/ml 3α-HSD溶液、および(iv) チオNAD を10 mMグリシン緩衝液(pH 4.0)に溶解した 20 mMチオNAD溶液、を含むものであることができる。
【0052】
[ステロイド5α-レダクターゼの活性測定用キット]
ステロイド5α-レダクターゼの活性測定用キットは、 (i)テストステロン溶液、および(ii) NADPH溶液を含む、ステロイド5α-レダクターゼ反応用試薬セット(試薬セットA)、並びに上記5α-DHT および/またはA-diol測定用試薬セット(試薬セットB)を含む。ステロイド5α-レダクターゼ反応用試薬セット(試薬セットA)は、(iii)緩衝液をさらに含むことができる。
【0053】
上記ステロイド5α-レダクターゼ反応用試薬セット(試薬セットA)は、(i)0.3〜0.5 M のスクロースおよび1 mMのジチオスレイトール(DTT)を含む40 mMリン酸カリウム緩衝液(pH 7.0)または0.1 M トリス-クエン酸緩衝液(pH 7.0 またはpH 5.0)、(ii) 2.5 mMテストステロン(エタノール溶液)を上記(i)の緩衝液で希釈した20〜100 μM テストステロン溶液、(iii) NADPHを上記(i)の緩衝液に溶解した 16 mM NADPH溶液、を含むものであることができる。試薬セットBは、上記5α-DHT および/またはA-diol測定用試薬セットであることができる。
【0054】
本発明のキットは、吸光光度計や比色計による、酵素サイクリング法を用いる5α-レダクターゼ活性の測定に利用できる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【0056】
実施例1 5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)のチオNADサイクリング
<試薬>
0.1 M トリス塩酸緩衝液(pH 9.8)
125 nM 5α-DHTまたは12.5 μMテストステロン
30 mM チオNAD
15 mM NADH
400 U/mL 3α-HSD
【0057】
<操作>
1mlのキュベットに0.1 Mトリス塩酸緩衝液(pH 9.8) 650 μlを採り、これに125 nM 5α-DHTまたは12.5 μM テストステロンを200 μl加え(ブランクは0.1 Mトリス塩酸緩衝液を200 μl)、さらに30 mM チオNAD 50 μlおよび15 mM NADH 50 μlを加えて37℃で5分間予備加温した。次いで、400 U/mLの 3α-HSD を50 μl添加して反応を開始させ、400 nmにおける吸光度を経時的に測定した。その結果を図1に示す。5α-DHT(反応液中の最終濃度:25 nM)を試料とした場合、チオNADHの吸光度はほぼ直線的に増加し、400 nmにおけるそのモル吸光係数(ε = 11,900)から計算したチオNADHの生成速度より、5α-DHTのサイクリング率は460サイクル/分と求められた。一方、5α-DHTと同濃度のテストステロンでの吸光度増加はブランク(緩衝液を使用)と差が認められなかったが、その100倍濃度(反応液中の最終濃度:2.5 μM)では図1のような吸光度増加がみられ、そのサイクリングは0.9サイクル/分と見積もられた。
【0058】
実施例2 テストステロン共存下における5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)の検量線
<試薬>
0.1 M トリス塩酸緩衝液(pH 9.8)
25〜400 nM 5α-DHT
100 μMテストステロン
16 mM NADPH
20 mM チオNAD
10 mM NADH
400 U/mL 3α-HSD
【0059】
<操作>
1 mlのキュベットに0.1 Mトリス塩酸緩衝液(pH 9.8)を785 μl、25〜400 nM 5α-DHTを50 μl(ブランクは0.1 Mトリス塩酸緩衝液を50 μl)、100 μMテストステロンを10 μl、16 mM NADPHを5 μl、20 mM チオNADを50 μlおよび10 mM NADH を50 μl入れて混合し、37℃で5分間予備加温した。次いで、400 U/mLの3α-HSD を50 μl添加して反応を開始させ、400 nmにおける吸光度を経時的に測定した。5α-DHTの反応液中最終濃度に対して、反応開始後1分から4分までの3分間の吸光度増加(ブランク補正したもの)をプロットした検量線を図2に示す。ステロイド5α-レダクターゼの反応に必要な酵素基質であるテストステロンおよび補酵素であるNADPHが反応液中にそれぞれ1.0 μMおよび80 μM共存しても検量線は良好な直線性を示し、過剰のテストステロン共存下でも数nMレベルの5α-DHTを定量できることが確認された。
【0060】
実施例3 ラット肝ミクロソームのステロイド5α-レダクターゼ活性の測定
<試薬>
0.3 M スクロース(SUC)および1 mMジチオスレイトール(DTT)含有40 mMリン酸カリウム緩衝液(pH 7.0)
ラット肝ミクロソーム(10週齢のWistar ST雄ラットから常法により調製したもの)
100 μMテストステロン
16 mM NADPH
0.1 M トリス塩酸緩衝液(pH 9.8)
20 mM チオNAD
10 mM NADH
400 U/mL 3α-HSD
【0061】
<操作>
75 μlの0.3 M SUC/1 mM DTT/40 mMリン酸カリウム緩衝液(pH 7.0)に100 μMテストステロンを10 μl、16 mM NADPHを5 μlおよびラット肝ミクロソーム懸濁液(タンパク質濃度:5.6 μg/ml)を10 μl加え37℃で20分間インキュベートした後、80℃で5分間加熱し、酵素反応を停止した。次いで、この反応液に0.1 M トリス塩酸緩衝液(pH 9.8)を750 μl、10 mM NADHを50 μlおよび20 mM チオNADを50 μl加え、37℃に恒温化後、400 U/mL 3α-HSDを50 μl添加してチオNADサイクリングを開始させた。ブランクには80℃で5分間加熱して失活させたラット肝ミクロソームを用いた。図3はラット肝ミクロソームによる反応でテストステロンから生成した5α-ジヒドロテストステロンのチオNADサイクリングの結果を示している。ブランクと比較して明らかなチオNADHの吸光度増加が観察され、このチオNADHの生成量と上記の検量線(図2)から求められたラット肝ミクロソームのステロイド5α-レダクターゼ活性は3.9 nmol/min/mg proteinであった。
【0062】
実施例4 ラット肝ミクロソームのタンパク質濃度とチオNADH生成量
実施例3と同じ試薬を用い、ラット肝ミクロソームのタンパク質濃度を変化させた実験を実施例3と同様な操作で行った。ただし、チオNADサイクリングは10分間行った。図4は、5α-レダクターゼ反応液(100 μl)中のミクロソームタンパク質量(5.6〜224 ng)に対して、反応開始後1分から6分までの吸光度増加(ブランク補正)をプロットしたものである。ミクロソームタンパク質量の増加に伴ってチオNADHの生成量(すなわち5α-DHTの生成量)は増加し、タンパク質量が5.6〜56 ngの範囲では良好な直線性が成立した。このラット肝ミクロソームのステロイド5α-レダクターゼ活性は3.9 nmol/min/mg proteinであることから、本法ではラット肝ミクロソームのステロイド5α-レダクターゼ活性を約0.2 μU/ml(1 U = 1 μmol/min)まで測定できることになる。
【0063】
実施例5 ステロイド5α-レダクターゼ阻害剤(Finasteride)による阻害実験
<試薬>
0.3 M スクロース(SUC)および1 mMジチオスレイトール(DTT)含有40 mMリン酸カリウム緩衝液(pH 7.0)
ラット肝ミクロソーム(5.6 μg protein/ml)
100 μMテストステロン
16 mM NADPH
400 nM Finasteride
0.1 M トリス塩酸緩衝液(pH 9.8)
20 mM チオNAD
10 mM NADH
400 U/mL 3α-HSD
【0064】
<操作>
65 μlの0.3 M SUC/1 mM DTT/40 mMリン酸カリウム緩衝液(pH 7.0)に100 μMテストステロンを10 μl、16 mM NADPHを5 μl、400 nM Finasterideを10 μl(酵素反応液中最終濃度は40 nM、対照にはFinasterideの替わりに緩衝液を10 μl添加)およびラット肝ミクロソーム懸濁液を10 μl加え37℃で20分間インキュベートした後、80℃で5分間加熱し、酵素反応を停止した。次いで、この反応液に0.1 M トリス塩酸緩衝液(pH 9.8)を750 μl、10 mM NADHを50 μlおよび20 mM チオNADを50 μl加え、37℃に恒温化後、400 U/mL 3α-HSDを50 μl添加してチオNADサイクリングを開始させた。ブランクには80℃で5分間加熱して失活させたラット肝ミクロソームを用いた。図5にはFinasteride添加の有無によるチオNADHの吸光度増加(ブランク補正)の相違を示している。Finasteride(酵素反応液中濃度:40 nM)の添加によってチオNADH生成量は減少し、その減少量から計算すると、40 nMのFinasterideの共存はラット肝ミクロソームのステロイド5α-レダクターゼ活性を41%に低下させた。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は、ステロイド 5α-レダクターゼ (E.C. 1.3.99.5)が関連する疾病の診断や治療薬の開発の分野で有用である。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】5α-ジヒドロテストステロンとテストステロンのチオNADサイクリングの実験結果。
【図2】過剰のテストステロン共存下における5α-ジヒドロテストステロンの検量線。
【図3】ラット肝ミクロソームを用いて生成した5α-ジヒドロテストステロンのチオNADサイクリングの実験結果。
【図4】ラット肝ミクロソームタンパク質量とチオNADHの吸光度増加。
【図5】ラット肝ミクロソームのステロイド5α-レダクターゼのFinasterideによる阻害

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および/または5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)の測定方法であって、
前記5α-DHTおよび/またはA-diolを含有する被検体とNADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) を混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの含有量を求めることを含む、前記測定方法。
【請求項2】
生成したチオNADH量の計測は、チオNADHの吸収波長における吸光度を測定することで行う請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記5α-DHTは、テストステロンにステロイド5α-レダクターゼが作用して生成した物である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
ステロイド5α-レダクターゼ活性の測定方法であって、
ステロイド5α-レダクターゼを含有する被検体にテストステロンを加えて、ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を所定時間行った後、生成した5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)を、NADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) を混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量を求め、求めた5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量から、ステロイド5α-レダクターゼの活性を求めることを含む、前記測定方法。
【請求項5】
ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を行った後、3α-HSDの酵素反応を行う前に、ステロイド5α-レダクターゼを失活させる工程を含む、請求項4に記載の測定方法。
【請求項6】
ステロイド5α-レダクターゼに相互作用する物質のスクリーニング方法であって、
ステロイド5α-レダクターゼとテストステロンを含有する系に被検物質を共存させ、ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を所定時間行った後、生成した5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)を、NADH、チオNADおよび3α-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3α-HSD) を混合し、3α-HSDの酵素反応を所定時間行った後、生成したチオNADH量を計測し、チオNADH量の計測量から5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量を求め、求めた5α-DHTおよび/またはA-diolの生成量から、ステロイド5α-レダクターゼの活性を求め、前記被検物質のステロイド5α-レダクターゼの活性への影響を求め、被検物質のステロイド5α-レダクターゼにに対する相互作用を評価することを含む、前記スクリーニング方法。
【請求項7】
ステロイド5α-レダクターゼの酵素反応を行った後、3α-HSDの酵素反応を行う前に、ステロイド5α-レダクターゼを失活させる工程を含む、請求項6に記載の測定方法。
【請求項8】
前記相互作用が、ステロイド5α-レダクターゼの活性を向上させるものである、請求項6または7に記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記相互作用が、ステロイド5α-レダクターゼの活性を低減させるものである、請求項6または7に記載のスクリーニング方法。
【請求項10】
(i) NADH溶液、(ii) 3α-HSD溶液、および(iii) チオNAD溶液を含む、5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)および/または5α-アンドロスタン-3α,17β-ジオール(A-diol)測定用試薬セットからなる、5α-DHT および/またはA-diolの測定用キット。
【請求項11】
5α-DHT および/またはA-diol測定用試薬セットが、(iv) 緩衝液をさらに含む、請求項10に記載の測定用キット。
【請求項12】
(i)テストステロン溶液、および(ii) NADPH溶液を含む、ステロイド5α-レダクターゼ反応用試薬セット(試薬セットA)、並びに
請求項10または11に記載の5α-DHT および/またはA-diol測定用試薬セット(試薬セットB)を含む、ステロイド5α-レダクターゼの活性測定用キット。
【請求項13】
ステロイド5α-レダクターゼ反応用試薬セット(試薬セットA)が、(iii)緩衝液をさらに含む、請求項12に記載の測定用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−207396(P2009−207396A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−52662(P2008−52662)
【出願日】平成20年3月3日(2008.3.3)
【出願人】(399053416)学校法人村崎学園 徳島文理大学 (4)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(593025712)株式会社ビーエル (20)
【Fターム(参考)】